日本の漁業が崩壊する本当の理由 片野歩

世界中で魚類資源が増えているのに、日本だけが減っている。
この現実を、恥ずかしいと思うべきである。

日本の漁業が崩壊する本当の理由.jpg

すべての漁協組合長、理事、参事、そして、任意の漁業団体の会長以下すべての役員たちは、この本を読むべきだ。
読みたくないならば、「日本の漁師は大バカものだ」を参照すること。
これを認識できないならば、役職に就く資格はない!

2018年03月08日

浜本幸生さんについて

こんばんは。

漁業権までは書き、次は、漁業法のことに触れようと思ったが、漁業権のことで、浜本幸生さんを無視するわけにはいかない。

昨日の引用に、「共同漁業権論」、正確には、「共同漁業権論−平成元年七月十三日最高裁判決批判」があったが、これは、浜本幸生さんの遺作であり、出版されてから、すぐに亡くなったらしい。

「海はだれのものか」に巻末のほうに、「付論 浜本幸生さんのこと」がある。
これを読めば、著者の熊本一規さんの先生が浜本幸生さんであることがわかり、また、浜本幸生さんがどういう人だったのか、というのもわかる。
その一端を表現した文章を載せる。

 浜本幸生さんが、99年11月4日、逝去された。水産庁に50年に入庁されて以来、ほぼ一貫して漁業法の解釈にあたってこられ、また、大分の風成裁判をはじめ、漁業法の解釈をめぐる多くの裁判でも証人として立たれた元水産庁漁業調整官である。「漁業法の神様」と呼ばれ、漁業界や中央・地方の官庁の漁業調整担当者には知らぬ人がいないぐらいの存在であった。退職後もしばしば水産庁から問い合わせを受け、氏の見解がそのまま水産庁の回答になることが続いた。漁業法に関して、最後は、水産庁も裁判所も含め誰もがこの人の判断を仰ぐ、文字どおりの「漁業法の神様」だった。
(中略)
 茶目っ気旺盛で自由奔放な浜本さんは、お世辞にも行儀のいい方ではなかった。管理されるのが嫌いで、「学校嫌い」「病院嫌い」といわれていた。中学では、教師がよってたかって放校処分にしたそうだから、また水産庁でも、入庁してまもなく、「生意気だ」と言って上司に殴って有名になったそうだから、奔放さも並み大抵ではない。訪ねていくと、よく足を机に上げて、思索に耽ったり、本を読んだりされていた。私の訪問に気付くと、ちょっと照れたような表情で足をおもむろに下ろされ、相手をしてくださった。あんな格好が許されていたのも、水産庁で別格(神様)扱いされていたからだろう。
(「海はだれのものか」p188)


1999年とは、平成11年であり、その後、平成13年に漁業法が改正されたのだから、本当のところ、水産庁は、ちゃんとした人間のいるところなのかもしれない。
熊本一規さんも、「海はだれのものか」のあとがきで、次のように書いている。

 他方、共同漁業権の総有の権利であることを守ってきたのは、明治時代以来、一貫して水産庁である。水産庁は、開発利権とは無縁であり、漁民の立場に立って行政を行っているからである。
(前掲書p196)


ところが、現実の水産行政は、「全国の小型漁船漁業」vs.「まき網漁業及び沖合底曳漁業」の構図の中にあり、各県の許可漁業と国の指定漁業と対立しているように見える。
しかも、魚類資源が減少している中、どう考えても、指定漁業側には、分がないように思う。

「海はだれのものか」に書いてあるとおり、明治時代から水産庁の漁業調整に関する部署は、ずっと漁業法を守ってきたのであろう。
水産庁の組織は、漁政部、資源管理部、増殖推進部、漁港漁場整備部に分かれていて、漁業調整課は資源管理部にある。
そして、資源管理部は、もちろんのこと、TACを受け持っている。

ここからは、私の推測になるが、きっと、資源管理部の内部は、対立しているのではないか。
なぜなら、漁業法第1条に、「漁業生産力を発展させ」る、と書いてあり、現在の指定漁業は、逆に漁業生産力を衰退させているからだ。

この事態を、浜本幸生さんは、どう考えているだろうか。
posted by T.Sasaki at 20:16| Comment(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月07日

漁業権について 2

こんばんは。

昨日のつづき。

漁業権は、だいたいわかったとして、今日は、漁業権は誰のものか、について。
これには、社員権説と総有説がある、と昨日書いた。

簡単に言えば、社員権説というのは、漁民は漁業協同組合に所属しているのだから、漁業権は、漁協にある、とする立場であり、一方、総有説は、関係漁民全員に漁業権はあるのであって、漁協にあるのではない、という立場である。
これは、埋め立てなどで漁業権の扱いが問題になる場合、埋め立てしたい側が、誰の同意を取り付け誰に補償するのか、という点で重要になってくる。

漁業法の法律改正などを行う水産庁側は、総有説をとる。

漁業法の前身は明治漁業法であり、これは日本独自の法律である。
一般的な法律などのように、外国の法律の継受ではない。
このことは、「漁業法の神様」と呼ばれた浜本幸生さんの「海の『守り人』論」に書いてあった。
私は、この本を最初の数十ページのみ読んで、その後、津波で流失した。
いろいろな本を買い置きしておくと、途中で別の面白そうなのを読んでしまうので、完読しなかったことを後悔している。

明治時代には、漁協を規定する水協法という法律はなく、しがたって、漁業権を行使していたのが、各地区の関係漁民であるのは、明白である。
現在ある漁協は、小さな漁協が合併したものが多いはず。
したがって、細部にわたる漁業権の海域は、一つの漁協の中に、いくつも存在する。
今でも、地区の関係漁民にしか、その海域の漁業権は与えられていないのである(少なくとも宮古漁協はそうである)。
合併したからといっても、他の海区のあわびやうにを採ることはできない。
この事実からもわかるとおり、漁業権は、漁協にあるのではなく、関係漁民集団にあるのである。

しかし、社員権説を主張する人もいた。
昨日の少し触れたある収用委員会で国土交通省側についた山畠正男氏と佐藤隆夫氏である。
そして、何を考えたのか、平成元年に、最高裁が、社員権説に軍配をあげた。

「昭和37年の漁業法改正に伴い、組合員の共同漁業を営む権利は入会権的権利から社員権的権利に変わった」
「漁業補償を受ける者は漁協である」
(「海はだれものものか」p20)


この昭和37年の法改正がくせ者であり、これには、批判が渦巻いている。
「海はだれのものか」の注釈にある浜本幸生さんの「共同漁業権論」に、次のように記してあるという。

「実は、昭和37年の漁業法改正をしたグループは、水産庁生え抜きの技術屋を除いては、岩本道夫企画室長以下、はじめて水産庁に来た連中で構成されていました。それに、『新漁業法の解説』の執筆者には、内閣法制局での法案審議を終わった後の人事異動でやった来た者も、加わっています。この『新漁業法の解説』には、ほかにも間違いが多く、また、まやかしの記述も多いのです。それで、昭和40年頃の水産庁長官が、「集めて焼いてしまえ」と言ったほどの代物です(それに対して、現行漁業法の立法関係者が書いた水産庁経済課編『漁業制度の改革』は、水産庁では「バイブル」と呼んでいます。)」
(前掲書p18)


「集めて焼いてしまえ」とは。穏やかでない。
そして、平成13年の漁業法改正で、水産庁は逆襲し、最高裁の判断に再考を求めたのである。
ここで再び注釈から引くが、最高裁も、自らの判決を快く思っていないらしい。

 2000年6月、中村敦夫参議院議員に対する最高裁事務局の回答によれば、「共同漁業権の補償を受ける者」が争点になった下級審まで含めた過去の判例のうち、約8割が「補償を受ける者が漁民である」と判示しているという。筆者の把握しているものとしては、大阪地裁昭和52年6月3日判決、大分地裁昭和57年9月6日判決、大阪地裁昭和58年5月30日判決、名古屋地裁昭和58年10月17日判決、福岡高裁昭和60年3月20日判決などがある。
 ちなみに、筆者は、中村議員をつうじて、平成元年最高裁判決をめぐり最高裁事務総局との討論を申し入れ、いったは承諾を得たものの、最高裁事務総局から依頼されて予め筆者の見解をまとめた小論を送ったところ、出席を断られ、討論は実現しなかった。その際、最高裁事務総局が「出席しない代わりに教えます」と言って教えてくれたのが、この点、および平成元年最高裁判決が小法廷判決であり、大法廷判決ではないので、将来覆される可能性はあるという点の2点であった。
(前掲書p141)


結論は明白であり、漁業権は、漁協ではなく、関係漁民にあるのだ。

慣れていない人には、難しいかもしれない。
結論だけ覚えていればよいと思う。
posted by T.Sasaki at 21:10| Comment(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月06日

漁業権について

こんばんは。

漁業権を理解することは難しいし、説明するもの難しい。
理解が難しいのだから、説明が簡単なわけがない。

各漁協には、必ず、「水協法・漁業法の解説」という本が置いてあるはずだ。
水色の本である。
漁協の理事たちは、読んでいるはずの本であるが、理解しているかどうかはわからない。

http://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784874090503(「版元ドットコム」)

ここで、少し、漁運丸の先代のことについて書く。

先代の船主、すなわち、私の父親のことだが、私の父は、家にカネがなかったから、同級生たちが、宮古水産高校(当時、宮古では優秀だったらしい)に進学しても、仕事をするしかなかった。
中卒で、しかも、卒業とは名ばかりで、幼少の頃から、ほとんど仕事ばっかりしていた。
あまりにかわいそうなので、小学校の先生が迎えに来ることもあったそうだ。
これには、私の祖父が戦争に引っ張って行かれた、というしかたがない事情がある。
当時、高浜で、最もボロな服を着ていて、その証拠写真が、最近出てきた(八戸のおばが、あるアルバムを持っていた)。
それほど、貧乏であった。
戦後は食べるものがなく、木の根っこを食べたりして生きながらえたそうだ。
「おしん」の大根飯のほうが、「まだマシだった」と父は回想する。
その父は、現在、デブである。

その後、いろいろなことがあって、宮古漁業協同組合の理事になる。
理事になる前は、高浜地区の総代であったから、いろいろな文書が漁協から配布される。
ろくに学校に行っていなかったから、ちょっと難しい漢字が読めず、片手にはいつも、辞書を持っていた。
それで、しばしば、私に意味や用法を聞くことがあった。

漁協の理事になって、もっと大きな難関があった。
「漁業法」や「水協法」という法律を理解しなければならない。
組合から、一度だけだったらしいが、「水協法・漁業法の解説」という水色の本が配布され、それを勉強していた。
私が読んでも、非常に難解な本で、5回ぐらい読んで、何となく、全体的なイメージがわく、というくらいの本である。
それを、私の父は、理事になった、という使命感から、一生懸命読んでいた。
その後、何度も「漁業法」は改正されているから、そのつど、私の父は、自分で「水協法・漁業法の解説」を注文して買って読んでいた。
だから、津波前には、私の家には、何冊も「水協法・漁業法の解説」があった。

今、漁協の理事になっている人たちには、これくらい努力している人がいるのだろうか。

岩手県にも、いろいろな水産団体があって、震災1年前に代替わりしたこともあり、それらの会合に私が出席することになるが、たまに、「お前の父は、こうだった」とか、批判的なことを言われたりした。
しかし、今思うに、漁協経営や漁業法のことに関し、各団体の役員は、私の父に比べ、勉強不足である。

私も、自分の思ったことをはっきり発言するタイプなので、会議に出席すれば、いろいろな局面で集中砲火を浴びる。
もう慣れっこになり、少々のことでは動じなくなった。
ある団体の長ですら、「この人は、ちゃんと勉強しているの?」と思わざるを得ないことを発言したりする。
ホント、こんなものか、と、がっかりさせられるのである。

「水協法」は、まだ勉強する気がないが、「漁業法」については、だいたいの大きな理解にたどり着いた。
漁業法の第一条には、次のように書かれてある。

この法律は、漁業生産に関する基本的制度を定め、漁業者及び漁業従事者を主体とする漁業調整機構の運用によつて水面を総合的に利用し、もつて漁業生産力を発展させ、あわせて漁業の民主化を図ることを目的とする。

つまり、漁業法は、漁業調整の基本的な法律であり、その目的が、「漁業生産力の発展」と「漁業の民主化」である、ということ。
こうやって読むと、普通のことのように思われるが、「民主化」というのが、どうも胡散臭い。
何をもって、「民主化」なのか、考えざるをえない。
民主化というと聞こえがいいが、完全な民主化などありえないのである。

漁業する権利を漁業権というのが、狭義の漁業権は、岸寄りの海面漁業に設定される。
埋め立てなどで、漁業権をめぐって、漁業補償がなされる、あれである。
しかし、広義の漁業権は、許可漁業、自由漁業にまでも及ぶ。
これには、私もびっくりした。
このことを説明している本が、前にも少し触れた熊本一規さんの著した「海はだれのものか」である。

彼は、ある収用委員会(それも日本で初めての漁業権収用決裁申請である)で、次のことを提起している。

「正しい法解釈ならば、法律のあらゆる条文を説明できるはずである」こと。
「一つの条文でも説明できない法解釈は正しい法解釈とはいえない」こと。


つまり、法解釈をねじまげるな、ということである。
副島隆彦先生の「法律学の正体」によると、法解釈というのは、とんでもない数に上るようだ。
だから、「こじつけじゃないの?」という類の法解釈も存在するらしい。
それを防ぐための提起である。

この収用委員会で、国土交通省側は、山畠正男氏と佐藤隆夫氏に依頼したが、最終的に、熊本一規さんに論破され、あとで書くが、漁業権の社員権説と総有説の論争は、総有説に軍配があがっている。
この本を読むと、なるほど、総有説が正しいのが、わかる。
再度書くが、漁業権について、理解したいのならば、「水協法・漁業法の解説」を読むよりも、「海はだれのものか」が近道であると断言してよい。

さて、漁業権の本質は何か、というと、それは、「慣習上の権利」である。
これを簡単にいえば、ず〜と何十年もその漁業を正式にやっていれば、それは、成熟した慣習上の権利となり、広義の漁業権となるのである。

ここで、「許可漁業は、漁業権ではないのか」と言われそうだが、そうではない。
実績が重要なのである。
引用する。

 注目すべきは、許可漁業は許可によって権利になるのではないことである。許可によっては、一般的禁止が解除され、営むことが可能になるだけである。その段階では、許可漁業は単なる利益にすぎない。しかし、許可漁業が継続して行われ続けると、それは利益から権利へと成熟していき、慣習に基づいて権利になるのである。
 要綱2条5項の解説に示されるように、許可漁業のみならず、自由漁業も継続して行われ続けると利益から権利に成熟していき、「慣習上の権利」になる。
 要綱2条5項の解説からわかるように、「慣習」とは「古くからのしきたり」ではなく、「実態の積み重ね」のことである。許可漁業や自由漁業は、慣習=「実態の積み重ね」によって権利になるのである。
(「海はだれのものか」p82)


この中で、「要綱」という言葉が出てくるが、これは、「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」のことであり、もちろん、ここで問題になっているのは、埋め立ての話である。
そして、要綱2条5項というのは、

この要綱において、『権利』とは、社会通念上権利と認められる程度にまで成熟した慣習上の利益を含むものとする
(前掲書p82)

としており、さらに、国土交通省監修の「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱の解説」では、

適例としては、入会権、慣行水利権、許可漁業あるいは自由漁業を営む実態が漁業権と同程度の地位を有する権利と認められるもの等がある
(前掲書p82)


との解説がある。
この場面で、関係漁民の同意なくして、埋め立てることはできない。
埋め立てれば、権利侵害となり、損害賠償となる。
その場合の賠償額も、同意が必要である。

この慣習上の権利は、何も難しいことはないと思う。
先人たち、つまり、明文化した法律のない時代に、何が社会生活を規定していたか、というと、その地域社会の慣習である。
他所から突然やってきて、海を埋めたら、その地域住民は、当然怒る。
だから、話し合いも持たず、慣習を打ち破るような行動は、慎むべきものなのである。

裁判により判決の結果などから、熊本一規さんも、次ように慣習法の重要性を訴えている。

 判決が「慣習に基づく権利」を否定した背景には、司法界に、行政に反する判決を出さない傾向がきわめて強いことに加え、「慣習に基づく権利」を認めようとしない風潮があるように思われる。
 しかし、慣習法は、いいかえれば、司法や行政に依存せずに地域社会を運営するための規範であり、成文法ではカバーし得ないさまざまな事項についての「住民の知恵の結晶」ともいうべきものである。慣習法に基づいて地域社会が運営されるということは、いいかえれば、慣習法によって住民自治が成り立つということである。近年、地方分権が盛んに叫ばれているが、慣習法は、地方分権どころか、住民自治を実現するのである。
 また、慣習法を熟知しているのは地域住民であり、地域に住んでいない裁判官や学者ではない。慣習法の存否が当該慣習法を全く知らない裁判官によって判断され、慣習法を熟知している地域住民がその判断に従わざるを得ないというのは、実はおかしな話なのである。
(前掲書p178)


以上のことから、従来から何十年と行われてきた鮭延縄漁業を妨害する宮古室蘭フェリーは、地域の慣習を乱すものである、と判断できる。
拡大解釈とはなるが、今回、私が説明会を求めた理由は、まさに、ここにある。
しかし、この拡大解釈は、実際に行われている。
例えば、青森県三沢地区では、いか釣り漁業者は、水揚げ実績にある割合を掛け算して、米軍基地の漁業補償金を受け取っている。
これは、岸寄りの漁業権海域の話ではなく、沖合い許可漁業のいか釣り漁業の話である。
青森県には、核燃がらみや原発がらみで、こんな類の似た話はよくあることである。

よく考えてみてほしい。

海はみんなものだ。
だから、誰にでも同じように、平等に使用できる権利がある、と、みんな主張したとしよう。
この場合、お互い「平等」を言い合って、何も決定できない。
「民主化というと聞こえがいいが、完全な民主化などありえないのである」と書いたのは、こういう意味からである。

ここで、昔々から住んでいた人たちの慣習の登場である。
海面利用は、太古の昔からあった。
それは、海幸彦、山幸彦の時代からである。
何十世代と慣習法は、繰り返されてきた。
繰り返されてくる間に、もちろん、少しずつ洗練されたり、変化したりするが、それでも、ずっと漁業をやってきているのである。
だから、その慣習法は強く、他所からきた人間が、勝手な振る舞いをすることはできない(この慣習法は海だけでなく、社会一般に通じるものだと思う)。

そういうことなのだ。

長くなったが、漁業の権利は、慣習上の権利である、と結論づけてよい。
posted by T.Sasaki at 21:42| Comment(2) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月04日

スマホ中毒が日本を滅ぼす 7

こんばんは。

今日は毛がに祭りだったらしいが、私は、今日を境に、毛がに漁を切り上げ、他船のいさだ漁に乗るつもりでもあった。
ただし、S丸かI丸のどちらかである。

S丸には、いさだ漁を教えてもらうために乗せてもらった過去があるからであり、I丸は、兄弟でやっていて、非常に人間性にあふれる人たちだから。
しかし、S丸はやらないと言うし、I丸は、乗組員が余っていると言う。
だから、あきらめた。
いさだ漁は腰を傷めるから、無理して乗っていいのは、この2隻のみ。

私は、若い時にいさだ漁で腰を酷使したから、今、あまり自信がない。。
腰や関節は、消耗品であり、ほどほどに使ったほうがいいと思っている。
自分の船でやるときは、乗組員の負荷を減らすために、考えるところがあり、変えるところは変えるつもりでいる。

私の同い年の友に、とんでもなく仕事をする人がいる。
八戸の人である。
若い頃からいか釣りの凍結船に乗っていて、現在は、小型いか釣り漁船に乗っている。
私の2倍から3倍ぐらいは体を使ったようで、一昨年、腰が壊れ、手術した。
腰の手術は、間違えば、車椅子の生活を余儀なくされるくらい、失敗もあることを私は知っている。
心配したが、八戸労災病院には、その道の名医がおり、彼は、今では、普通に仕事をしている。
この出来事は、人間の頑張りには、やはり限界があるのだ、ということを示していると思う。

しかし、である。
今のあんちゃんたちは、自分の体を使いなさ過ぎる。
あまりに動かないために、体力がなくなり、デブになり、むしろ不健康である。
その上、スマホ中毒になり、ゲーム中毒になり、精神的にも不健康である。

何度もここに登場しているが、八戸に、日本最後の大型いか釣り船、開洋丸がある。
私のおじが乗っているものだから、いろいろと話を聞く。
ここ2年くらい景気が良く、水産高校卒業の新人でも、1000万円前後の給与があったのだそうだ。
現在のいか釣りの凍結船は、大漁だった頃と比べれば、非常に楽であり、過労死というのは、まずありえない(前述の友が乗った頃の昔は、過労死がかなりあったそうだ)。
彼らは、それでも辞める。
理由は、スマホができないから。

大型凍結船ともなると(中型も同じだが)、ケータイの電波など届くはずもなく、通信できない。
それに我慢がならなかったらしい。
新卒で1000万円ももらえる業界がほかにあるのだろうか。
辞めるなら、景気が悪くなってもいいと思うのだが、彼らは、きっと、年をとってから後悔すると思う。

今日の夕方のニュースで、日本に定住する外国人が増えているそうだ。
私は、賛成である。
武士道を捨てた不真面目な日本人より、真面目な外国人のほうがいいのではないか。

「日本を売る気か?」

と言われそうだが、そうではない。
良く解釈すれば、彼らは、日本を尊敬していて、日本を好きなのである。
そういう人たちが、日本で仕事をするなら、大歓迎である。
実際に仕事をしている外国人たちは、それなりにちゃんとやっている。

日本を売っているのは、むしろ、スマホ中毒の人間たちであり、スマホ中毒を促している人間たちなのだ。
posted by T.Sasaki at 20:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月02日

ミズダコはかわいそう

こんばんは。

事件以外のことを書くのは構わないだろうから、暇なので、少しずつ。

1月21日に行われた、資源管理型漁業かご漁業者協議会で、勉強になったこと。
それは、ミズダコの悲劇である。
毛がにと違って、ミズダコは、1回の生殖行動(交接という)で、オスはそのまま死ぬそうだ。
メスは産卵し、それが孵化すれば、死ぬ。
だから、不幸にも、一発やれば死ぬということ。
何となくかわいそうな気がするが、スルメイカも同じだそうだ。

ということは、でかくなってからミズダコを獲っても、獲ってしまったら、子は増えないことになる。
これをどう考えたらいいのか。

今から、宮古魚市場のたこの規格を記す。
まずは、ミズダコから。

大々  12kg以上
大   12〜5kg
小    5〜3kg
ピン   3〜2kg
ピンピン 2kg未満

ヤナギダコ
小    3.5kg以上
ピンピン 3.5kg未満

マダコ
大  1.5kg以上
小  1.5〜0.8kg
ピン 0.8kg未満

ミズダコの大々の規格になるまで放っておいても、獲ってしまえば、ミズダコは増えない。
しかし、獲らないわけにはいかない。
ここで、産卵機会を多くする、という考え方が必要になる。
つまり、産卵させる確率を大きくしながら、水揚げを伸ばすということである。
いったい、どうやって?

今、岩手県のかご部会では、ミズダコの水揚げに関し、変なねじれ現象がある。
九戸地区では、2kg未満のミズダコを放流しているのに、下閉伊地区以南は、1kg未満放流と甘い漁獲制限をしている。
私は、2kg未満放流を全県でやるべきだ、と発言してきたが、どうなるか、わからない(昨年の会議で言い忘れたこと)。
放流する規格を大きくすればするほど、ミズダコが生き残って、産卵する機会は大きくなる。
もちろん、漁業者の側も、大きくなってから獲ったほうが、収入も大きくなる。
私は、3kg未満放流にしたほうがいいと考えている。
ケチケチするな。
魚類資源が大きくなるということは、結果的に地域全体が潤うのだから。

中には、「ピンピン」が一番高いから反対、という人もいるだろうが、掛け算してみてほしい。
ミズダコの成長は早く、1年で6倍にも7倍にもなるのだし、先ほどの産卵機会も大きくなり、一石二鳥の効果がある。

私が船頭やるようになってからは、みずだこのピンピンなど、ほとんど水揚げしない。
伝票をみてみるがよい(たまに間違って揚げることもあるが)。
ある船主に、「君もやったら?」と言ったら、「ほかの人に獲られてしまうから、獲るよ」と返答された。
そこで、私は、「それでいいじゃないの。大きくなったのを後から獲った人は、幸せになるんだから」と返したら、「それはそうだけど・・・」と。

この意識が、資源の増えない理由の一つである。

ヤナギダコに至っては、そういう制限がないから、かわいそうなくらい小さいのも水揚げされている。
「漁運さんも獲ってくればいいじゃないですか」と市場の職員には言われるが、私は、ヤナギダコもピンピン規格は、漁獲制限である(ただ3kgくらいのは揚げたりする)。

マダコに限っては、暖水や冷水の分布のしかたによって、資源変動が非常に大きく、放流効果があるのかないのか、はっきりしないらしい。
珍しく、回答の歯切れが悪かった。
しかし、おでんになるたこのような小さいのは、放流すべきだと私は思う。
あんなもの。

ちなみに、三陸沖にいるたこ類は、すべて、一発やれば、死ぬことになるのだそうだ。
だから、産卵機会を増やすような取り組みは、必要なのである。

一方、毛がには、孵化後2歳で生殖できるようになるが、交尾も毎年ではなく、成長も非常に遅い。
8cmの毛がにに成長するまで、7年もかかるそうだ。
だから、ミズダコより、資源増殖が難しい。
したがって、この3月から実施される、甲長8cm以上の漁獲制限は、正しいと言わざるをえない。

もともと今回の事件を起こす前から、私は、3月初めだけ見て、切り上げるつもりでいた。
8cm以上の毛がにとなると、水揚げは、6割減となるからだ。
これでは、事業として成り立たない。
そういう時は、道具をすべてあげて、海を休ませたほうがいい。
魚類資源を増やすために。
同じ理由で、4月の特別採捕も申し込まなかった。
あんなもの、資源が減っているのだから、やらなくてもいい。

一昨年のこの会議では、「やらなくてもいい」と発言したが、今回は、会議が行われた時期に、ほとんど毛がにの水揚げがなく、なんとなくかわいそうだったのもあって、何も言わなかった。
でも、やっぱり、特別採捕は、やらなくていい。
ちなみに、昨年は、かご漁業の周年操業はやめるべきだ、と言ってきたが、どうせ耳を貸さないだろうから、その点は何も言わなかった。
彼らは、資源増殖に興味がないのかもしれない。

ここで、北海道日高地区の記事を貼り付ける。

 日高東部(冬島地区を除くえりも漁協管内)の毛ガニかご漁は10日に低調な水揚げのまま終漁した。漁期は22日までだが、資源保護で早期切り上げ。漁獲量は不漁年だった昨季をさらに4割ほど下回った。一方、浜値の高騰に支えられ、金額は昨年を若干上回った。
(2018年2月26日付「週刊水産新聞」5面)


岩手県の漁師は、頭の程度が低いと言われても、しかたがないだろう。

と、県の水産職員たちは、心の中で思っている(笑)、きっと。

せっかくだから、水産技術センターで作ってきた、毛がにの生態とミズダコの生態の図を、スキャンして載せる。
こういうのは、漁業者全員が共有し、勉強し、いろいろ意見を言い合ったほうがいい。

毛がにとみずだこの生態.jpg
posted by T.Sasaki at 20:47| Comment(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月01日

とんでもない出来事

こんばんは。

かなり間をおいての投稿となるが、他意はない。
ただ忙しいだけ。
本当は、漁業権に関わる本を紹介するため、解説を書こうと考えていたのだが。

「海はだれのものか」

熊本一規さんが書いたものである。
事例をあげ、くどいくらい繰り返しの記述もあるから、漁業権についての教科書にしてもいいくらい。
「水協法・漁業法の解説」という水色の本もあるが、あれは、非常にわかりにくい本である。
それを読んでから、「海はだれのものか」を読むと、一発氷解!
法律とは、どうあるべきか、ということまで書いてあるから、私は、この本を薦める。

宮古と室蘭を結ぶフェリーの定期航路開設は、鮭延縄漁業に影響を与えることを以前書いてある(面倒くさいのでリンクは貼らない。検索してください)。
このことで、年末年始から宮古市役所へ行って、説明会を開くよう要請してきた。
それが、ようやく実現しそうだ。
私としては、「今ごろでは遅すぎるよ」という感想をもつが、しかし、まあいいか。
この件で、実は、「海はだれのものか」を読んでいたからこそ、市の職員を説得できる部分もあったのは確かである。

そして、・・・。

黙っていても、宮古魚市場の前で、白昼から取り調べを受け、たくさん写真も撮られたから、すでに、この情報は出回っている。
「やっぱりアイツは、とんでもない奴だった。ブログでは偉そうに・・・」
「さすがにブログも書けないだろう」
私を嫌いな人は、そう思っている。

つい先日、私は、岩手県漁業調整規則違反という罪を犯し、犯罪者となった。
現在、取調べを受けている身である。
母親が生きていたら、涙を流していたと思う。
一切を事実として認め、漁も切上げた。
しかし、ある噂を耳にしてから、非常に腹が立ち、変えなければならないところは変えるべき、という考えが、頭の中を占領してしまっている。

いさだ漁をやっていれば、こんなことにはならなかったが、しかし、今回の事件を起こしたため、いろいろなことが見えてきた。
最近は、むしろ、「いさだ漁をやらなくてよかったかも」という思いのほうが、だんだん強くなっている。
いったん、犯罪者になると、すべて捨てた分、何も気にならなくなる。

事件の背景や今後の許可制度のあり方など書こうと思うが、すべては、終わってからにする。
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2018年01月04日

平成30年新年おめでとう

平成30年の新年おめでとうございます。

しばらく更新していなかったので、「きっと死んでしまった」と思ったかもしれないが、残念ながら生きている。

昨年は、11月に鮭が獲れず、右往左往していた。
漁のない時こそ、と思い、いろいろな道具の手入れや省力化の工事をやっていた。

まだこが異常な大漁。

まだこ.JPG

これがずっと続いていたので、私もにわかに参戦。
おかげで、11月の乗組員の給料を払った。
そうしているうちに、急に鮭が釣れだした。
12月は、こんなブログや付き合いなど後回し。
魚は時を待っていない。

鮭延縄は特に重茂地区から山田地区にかけて大漁だったらしく、昨年の2倍とか3倍とか10倍だったとか。
私は、昨年より3割減の水揚げで、ガックリ。
いつも悪い所にいるから、魚の毛並みも悪い。
しかし、最後の最後で、とびっきり毛のいいオス鮭が来て、これは正月に食べた魚。

釣り鮭の一級品.JPG

ほとんど歯が生えていないから、身は若くて文句なしの大きさ。
脂の乗りは間違いない。
こんな魚は滅多に獲れるものじゃないから、権力を駆使し(笑)、私が持ち帰った。

私の新巻造りは甘塩タイプで、最初に造った4匹は、超甘塩。
食べてみて、これは日持ちしないと思い、「早く食べて下さい」と、送ったりあげたり。
妹などお嬢様で育ったものだから、「切り身を送って!」だって。

毎度こんな調子だから、仕事はどんどん遅れ、昨年の後始末をまだやっている。
元旦には飲んだくれたが、2日からはシャキッとして、後始末仕事。
まだ平成29年モード。



私は、脳がいかれている。
逆流性食道炎。
胃酸の抑制を、脳が放棄しているらしい。
しかたなく胃酸抑制剤を飲むようになった。
しかし、医師の処方通りではない。
あんなもの、個人差があるのだから、自分にあったように飲めばよい。
私の場合、消費するのに、通常の2倍から3倍の時間がかかる。

父親は薬で一度おかしくなった。
筋肉が緩くなって、起きるのが大変になった。
薬は恐ろしい。
処方通りに飲んでいたら、寝たきりになるかと思い、薬を減らしたら改善した。
医者は、薬を売って儲かるらしいが、患者は、その副作用の被害に遭う。
半分くらいは、疑っていたほうがいい。

最近、というわけではないが、私は、基本的に、日常生活が忙しい。
朝起きて、6時ごろには洗濯をやり始め(洗濯機がやるのだが)、その間に掃除機を動かし、あとは、朝ごはんの支度。
日中は、もちろん、沖に行かなくても漁師仕事をやり、昼、夜のご飯の支度。
こうなると、正常な夫婦二人分の仕事を一人でやっていることになる。
自営業だから、タダさえ、乗組員に対する仕事の割り振りから、経理業務までやらなければならないから、ホント、忙しい。

私はもう、若くないから、もう、こんなブログも書く余裕がなくなってきている。
この辺は、同業者たちも理解できると思う。

私は、自分の経験上、いろいろなことを書いてきた。
ここに載せた実務的なことだけでも、十分、みなさんに貢献してきたと思う。
もっと公表しようかとも思ったが、ずるい人間をいっぱい見てきて、「世の中、こんなものか」とがっかりさせられ、やめた。
きっと、これが、何十世代も続くのだろう。
だんだん、落胆が大きくなり、もう書く気力もなくなってきた。
とにかく疲れた。

何度も書くが、結婚していないから、性的障害者だと、私に向かって、あからさまに言う人もいる。
もう何を言われてもいい。
慣れっこだ。

それでも、疲れた。
あまりの忙しさに、ちょっと前に、さし歯も呑み込んでしまった。
歯医者の先生や助手たちには笑われたし、家の人たちも、困ったような笑ったような顔をしていた。
私は、本当に、忙しいのだ!

元旦に休んだから、少し元気になったような気がする。
今年もよろしくお願いします。
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2017年11月11日

君が若いなら、社会保険!

こんばんは。

毎年、いか釣りで新潟へ行っているが、何年も行っていると、自然に友だちができるものだ。
その中の一人は、同じ9.7トン型で、小型底曳きをやっている。
近年、新潟沖でも、変わった魚が獲れたりするそうだ。
どこでも同じ現象なのだが、漁船数も減っている。
しかし、その分、資源が増加傾向にあるのかな、とも言っていた。

彼は、10トン未満でも、最近になって社会保険に加入し、船を動かしている、という。
つまり、法人組織にしたわけだ。
尊敬する。

10トン未満は、船員保険の対象外だから、非常に不利である。
元々、10トン未満の船は、制度上、家族経営が基本とされる階層の船であるらしい。
だから、健康保険は国保であり、飽くまで、家族以外の人間を雇用するようにはなっていない。
労災保険も、強制ではなく、任意加入となっているのは、そのためだと思う。
社会保険になれば、国民年金ではなく、厚生年金だから、老後の手当ては雲泥の差である。
小型漁船には、少しハードルは高いかもしれない。

私は、もう、50歳も過ぎても細君ももてず、私のことを性的障害者とレッテルを貼る人もいる。
飲むと、平気でバカにする人がいるくらいだ。
スルーしないと喧嘩になるだろう。
そんな私の環境では、今さら、社会保険を掛けても、遅すぎる。
逆に考えれば、若い人が小型漁船で起業し、乗組員に歩合金を払えるくらいの水揚げがあるならば、会社組織にして、社会保険に加入すべきである。
そのほうが、乗組員のためにもなるし、自分のためにもなる。

なぜ、こんなに、社会保険制度が複雑なのだろう。
いっそのこと、これらの保険に加入できないくらいの経営能力しかない人なら、自分で事業をすべきでない、と判定するような価値基準を、みんなが持ったほうがいいと思う。
そうすれば、いちいち複雑な制度は必要なくなるし、老後、微々たる国民年金で暮らさなければならない、という不安もなくなる。

そうでなかったら、逆に、すべて、厚生年金などをすべて国民年金にし、老後は自分で考えよ、と。
なおかつ、すべて国民健康保険にし、3割負担。
労災も、すべて3割負担。

そうだ。
労災は、負担ゼロだから、ずるい人間は、治らないふりをして、いつまでも病院にいるのかもしれない。
特に、綺麗な看護婦さんがいる場合はそうかも(笑)。

バカな話になったが、若くして起業したら、社会保険に入ったほうがいい。
posted by T.Sasaki at 19:52| Comment(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月10日

高校時代の私(ドラゴン桜の続き)

再び。

小学、中学と、私は、いくらか勉強ができた。
同級生たちは、たぶん否定しない。
家で勉強したことはなく、宿題もほぼ授業の終わりに全部やった。

私は非常に純粋だったから、工業高校に入って、いろいろな発明をして、社会の役に立ちたい、と思っていた。
だから、志望校は宮古工業高校だった。
しかし、親が許さなかった。

親の希望は宮古高校であり、市内随一の進学校。
工業高校に入るくらいだったら、さらに上の大学を目指し、そこで、工学系の学科へ入るのが筋である。
私は、考えが幼稚だったのである。
しかし、親の考えは、そうではなく、ただ単に、見栄だったのではないか、と私は疑っている。

宮古高校に入学した私は、ヨット部に入ったが、当時の3年生がちょっと暗い雰囲気であったのがあまりいい気がしなかった。
それは、活躍した同級生の女子も言っていたことでもある。
そんなこともあり、辞めようと先生に相談しに行ったら、先生が引きとめてくれた。

その後、3年生が引退した夏季合宿が転機となる。
先輩である2年生が、解放的な人たちであり(男2人しかいなかった。常に女子と一緒に練習するから、本当に先輩は2人しかいなかった)、1年生の話もよく聞いてくれた。
その頃から、ヨットは面白いと思った。
実際に、のめり込んでしまうほど面白い(かな?)

熱中しすぎて、あまりにも学業の成績が悪かった。
後から聞いたのだが、入学時、私は360人中50番で入ったらしい。
1年生の期末で、150番。
これには親もカンカンで、「2年の最初の校内実力テストで、50番以内に入らないと、ヨット部をやめさせる」という約束が、先生とかわされた。
ヨットを続けたい私は、真面目に勉強し、何とか30番くらいになった。
先生からは、「やればできるんじゃないか。よかったな、ヨットを辞めなくて」と褒められたが、談判された先生のほうが、安心したと思う。
私より。
それからは、成績があまり下がらないように、テキトーに勉強し、3年生までヨットを続けた。

インターハイが終わったら、思う存分勉強しよう、と思っていたが、そうはうまくいかない。
ドラゴン桜」で書いたように、「学ぶ面白さより、金儲けのために押し売りされた面白さへと、傾倒する」のである。
友だちと街をブラブラしたり、つまらないことに興味をもって遊んで歩いたり。
尻に火がついたのは、11月に入ってから。
ある試験で、得意科目である数学が、まるっきりダメだったから。
得意科目がダメなら、ほかの科目はもっとダメに決まっている。
そこで意を決して、「共通一次試験までは、絶対にテレビを見ない」。

本当に年末年始もテレビを見ずに受験勉強した。
共通一次試験(今のセンター試験)はマークシート方式であり、得意の数学で、マークする問題の欄を一つ間違えて書いてしまい、その下は、つまり全部ずれた。
終わる直前に気がついて、全部書き直し、それがちゃんと機械で認識されたかどうか不安だった。
書き直した部分は正解だったので、不安は、それのみ。
国語と英語は、まるっきりダメであったが、そのハンデを覆すだけの理系科目と社会でかなり点数を稼いだので、入学した学科の成績は、2番だったらしい。

今思うのだが、「ドラゴン桜」流に勉強に熱中すれば、岩手大学よりは、もう少しマシな大学に入れたと思う。
でも、たぶん、入ってからが問題だったと思うから、やっぱり、これで良かったのだろう。
斉藤徳美先生や研究室の仲間とも出会えたことだし。

「あの時、こうしていれば・・・」という場合の数は、たくさん考えられるが、「ドラゴン桜」を読むと、その場合の数は、無限になる。
遊ぶのは、大人になってからでいい。
子どもの時分より、大人になってからのほうが、遊びのレパートリーも広がる。
したがって、子ども時代の遊びなど時間の無駄であり、勉強して、東大を目指すべきである。
「ドラゴン桜」に、「東大に入ってから遊べ」とは書いてないが、東大に入らないよりは、東大に入ったほうが、いろいろな可能性は広がる、ということは書いてある。

つまり、勉強しないよりは、勉強したほうが、人生の選択肢や未来への可能性は広がる、ということだ。
posted by T.Sasaki at 20:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ドラゴン桜

こんばんは。

「最近のコメント」で、私の学歴コンプレックスを指摘されたことに関連して、「ドラゴン桜」に話題を振ることにする。

マンガ「ドラゴン桜」は、私の青春時代にはなかった。
2003年から連載が始まっているから、それは、私がとんでもなく忙しい時期であり、知らない。
しかし、私の同世代か、それより下の世代が、何らかの形で、「ドラゴン桜」を読み、高校生の子どもを持つ頃にあたる。
私が「ドラゴン桜」を知ったきっかけは、ラジオだったか、テレビだったか忘れたが、「ドラゴン桜を読んで、子どもを東大に入れた」という話を聞いたから。

今年、八戸で、台風休みで暇だったから、マンガ喫茶だったか、そんな店で、念願の「ドラゴン桜」を少し読んだ。
なるほど、面白かった。

熱い!

私の甥っ子や姪っ子に読ませるために、つい、全巻、買ってしまった(笑)。
そして、今、少しずつ、私も読んでいる。
21巻もあるから、普通の読書より疲れるような気がして、1日1巻と決めている。
若い時は、マンガなど一気に読破したが、今は、疲れて途中で読む気が失せる。
なぜか、マンガを読むのは、疲れるのである。

このマンガは、いろいろなものが詰まっている。
学歴社会のトップに君臨する人間への嫌味を、読み方によっては感じるだろう。
私のいう嫌味と同じようなものだから、面白いと、私は思うのかもしれない。

小学校のうちは、ほぼ人間の気持ちは純粋だと思う。
それが、中学になって、いろいろなことに感化され、より面白いと思うものへと感情が流される。
例えば、ゲームやスマホ。
勉強どころではない。
学ぶ面白さより、金儲けのために押し売りされた面白さへと、傾倒する。
ここが、子どもやその親たちの試練である。
誰もが、ここで、学歴社会の分岐点に立つのである。

ドラゴン桜は、そこを暗に指摘している。
posted by T.Sasaki at 19:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする