日本の漁業が崩壊する本当の理由 片野歩

世界中で魚類資源が増えているのに、日本だけが減っている。
この現実を、恥ずかしいと思うべきである。

日本の漁業が崩壊する本当の理由.jpg

すべての漁協組合長、理事、参事、そして、任意の漁業団体の会長以下すべての役員たちは、この本を読むべきだ。
読みたくないならば、「日本の漁師は大バカものだ」を参照すること。
これを認識できないならば、役職に就く資格はない!

2018年03月21日

明日は雨かな

こんばんは。

夕方まで曇り、というので、少し船の手入れ。

配管手入れ.JPG

これは散水配管だが、これにホーマックで売られている硬化剤を使わないタイプのFRP用ペンキを塗る。
意外にも、ゲルコートやトップコートより柔らかいためか持ちがよく、今では、型抜き以外はすべてこのペンキ。

配管手入れ2.JPG

これは、「八戸からバックしてしまった」に載せてある写真の後付け亜鉛。
交換は、1年で1回ぐらいでいいかも。
減ってはいるが、それほど減るわけもない。
久しぶりに散水を使えば、さすがに赤サビは出るが、亜鉛びきの配管が何十年持つか、チャレンジ。

明日は雨だから、寝てる。
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2018年03月20日

反撃の決意

こんばんは。

違反行為というのは、すぐに認めれば、開き直って好き放題に言うことができる。
好き放題と言っても、論理があってこそだが。

私の「すべて認めます」という事情聴取が、ある程度終わってから、次のように言った。

違反は違反で認めるが、私は、海のためには、悪いことをしているわけではない。
この3月から甲長8cmへと漁獲制限が厳しくなるから、もともと私は、2月いっぱいで切り上げるつもりでいた。
商売にならないような操業なら、道具をすべてあげる。
いいですか。
そのほうが、魚は増えるんですよ。
昨年までは、3月末であげた。
どうせ特別採捕なんて、商売にならないから。
一方、県南の人たち、彼らは、1年中、道具の漬けっぱなしだ。
ああいうやり方では、魚は増えない。
大臣許可の2そう曳きトロール、あれって、史上最悪の漁法なんですよ。
魚を減らす漁法であり、増えることはない。
開口板が悪いとはいうが、2そう曳きは、その何倍も悪い。
八戸のトロールは全船かけまわしで、冬季は1ヶ月に10日も出ればいいほうだ。
ここの2そう曳きは、休みが非常に少ない。
そこから考えても、岩手の2そう曳きの方こそ、悪いことをしている。
そうじゃないですか?

さらに、ブログの冒頭の本の内容を言った。

魚を減らす、ということは、国を売っていることにもなる。
外国、特にノルウェーなどの漁業先進国では、日本の魚が少なくなることを期待している。
そして、日本に魚を高く売り付けようとしているんですよ。
知ってました?

取調べをした人は、「知らなかった」と驚いていた。
私は、一応「被疑者」なのだが、それからは、被疑者というより、普通の1対1の人間の会話みたいになった。
私は、違反のことは、もうどうでもよかったので、言いたいことを言って、時には笑いをとったり、もう犯罪者という感じではなかった。

あらためて思うのだが、私は、そんなに悪いことをしたわけではない。
そして、誰かにこの話をすれば、ほぼ100%、2そう曳きトロール漁法のほうが、海にとっては大犯罪である、と結論する。

通報したのはトロールではないか、という噂を聞いてから、悔しくて、2晩眠ることができなかった(捕まってから数日後だったが)。
その時、「徹底的にやる」と決意した(完全に逆ギレ!)

昨日、漁協から帰ってきてから、県の水産振興課に電話で漁業調整規則のことを聞いたら、ネットで見ることができるから、と場所を教えてもらった。
さっそく見た。
が、いっぱいあるので、途中であきらめた。
時間ができたら、規則以外の法律も勉強しようと思う。

目的は、「2そう曳きトロールをかけまわしに転換せよ」。
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2018年03月19日

スマホ中毒が日本を滅ぼす 8

再び、こんばんは。

スマホ中毒裁判は、検察の求刑を上回る判決。
求刑を上回ったということは、裁判官たちも、スマホ中毒を真剣に考えているのだろう。

https://news.biglobe.ne.jp/domestic/0319/mai_180319_8944856370.html(「BIGLOBEニュース」)

何年前からだったかわからないが、金融機関で契約書を作る場合、「反社会勢力ではない」という文書に署名させられる。
借金する場合も口座を作る場合も。
今日、それを書いてきた。
対応した人は、比較的暇と思われる支店長代理。
遺産相続に関する相談セールスを話し出したので、私は反社会勢力に関することに話題を振る。

「スマホ中毒を知ってますか?」
「あれって、仕事をしなくなるんですよ」
「スマホ中毒は、反社会的ですよね」
「それを生むソフト会社やゲーム機メーカー、スマホメーカー、携帯電話会社なども、私に言わせれば、反社会勢力ですよ」
「これら全部を対象としたら、銀行、困りますね」

代理は笑っていたが、そんなボケた世の中だ。
忙しいから、あとは出てきた。

スマホ中毒は、反社会的なのだ。
posted by T.Sasaki at 21:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

毛がにを獲っていい漁業

こんばんは。

昔の新造船進水式」で昔を思い出したが、良かった時の思い出ある分、私は、まだ幸せなのかもしれない。
魚類資源が復活して、また良い時代が来ればいいと本当に思う。。
それが私でなくて、後の、やる気のある若い人たちであっても。

私は落ち込んでも、ほとんど一晩寝れば回復タイプなので、すでに日本海へ行くための準備をやっている。
来月初めからは、本格的に艤装しようと考えている。
その前にいろいろ用足しがあり、今日は、そのついでに漁協へ行って、参事に「とんでもない出来事」のお詫びを兼ねた報告をし、さらに、いろいろと言ってきた。

フェリー定期航路に関すること。
外国人労働者に関すること。
そして特に、毛がにの採捕についての不満(これに関しては、下のほうに記したものを主に言ってきた)。
こうなった事件の背景には、私が「2そう曳きトロールをかけまわしに転換せよ」と言っていることにあるかもしれない、ということ(「2そう曳きトロールをかけまわしに転換せよ」というのは、私が沿岸組合いか釣り部会での会合で提案したのが始まりである)。
取り締まり船に通報していたのは、トロール漁船ではないか、という噂もあること。

この通報に関しては、取締り事務所は、尋ねても教えてくれない。
「通常の夜間パトロール」とは言うものの、宮古湾から追跡してきた写真を見せられると、どう考えても、「通常の夜間パトロール」ではない。

自営業者がこのようになったら、もう恐いものはない。
行き着くところまで行く。

ここで、毛がにに関して、一般に言われていることを書く。
毛がにを獲っていい漁業は、かご漁業、そして、固定式刺網漁業である。
ほかに、大臣許可の沖合底曳網漁業があるが、あの道具では毛がには入らない。
ただ、毛がにの甲羅をつぶすだけである。
近年、甲羅に傷が多く、また、足が片側しかないものが多く見られるようになった。
これは、2そう曳きトロールの影響ではないか、という人もいる。

毛がには、早い時期ほど深い水深にいて、春の脱皮する時期にかけて、岸よりの浅い水深へと上がってくる。
私の経験上、大きい毛がにほど、深いところに多い。

かご漁業には、沖出し禁止ラインというのが存在する。
トドが埼以南は、問題なく200mという深い水深を操業することができる。
しかし、宮古市明神埼以北は、ほぼ水深160mという浅い水深に規制ラインがあり、それより沖合で操業してはならないことになっている。
今回の私の違反行為は、このことによる。
だから、違反行為の理由は、浅い水深に毛がにがいないから、というもので、ちゃんと供述調書にも記載された。

もう一つ、小型船で毛がにを獲っていい漁業がある。
それは固定式刺網漁業であるが、毛がにを目的として操業してはならない、というような条件が付いている。
だから、毛がにの採捕を目的として操業していい漁業は、かご漁業のみである。
固定式刺網漁業には、沖出し制限があるのかないのかわからないが、とにかく、深い水深を操業できるから、大きな毛がにを獲ってくる。
昔々、私が高校生の頃、漁運丸も固定式刺網漁業をやっていて、マダラを獲っていた(マダラは300m以深)。
許可条件が変わっていないなら、沖出し制限がないのかもしれない。

明神埼160m付近の規制ライン沖のやや北側には、固定式刺網漁業の人たちも操業している。
規制ラインより1マイル以上も離れているから、その間には、何の道具も入っていない。
「誰の邪魔にもならないから、ちょっとぐらい」というのが、まあ、私のやったことだ。

でも、よくよく考えてみると、岩手県の許可の出し方がおかしい。
「正式に毛がにを獲っていいよ」というかご漁業が、正式に獲ってはならない固定式刺網漁業より、不利な操業条件になっているのだから。
しかも、南は堂々と獲っているのに、北は獲ってはならん、と言っているようなものではないか。

「県の水産部は、何も知らないのかも?」

というのは、気の使いすぎ。考えすぎ。
県は、水深160mでは、毛がにが獲れないのを知っている!
獲れたとしても、ぎりぎり7cmの小さい毛がに。
事実、北ほど、一番小さい規格の毛がにがほとんどである。
だから、毛がにを獲っていいかご漁業の許可は、県南のための許可なのである。
同じ許可で、これほど条件が不平等なものも珍しい。

県は、県北の人たちに意地悪なのか?

そうではなく、大臣許可の沖合底曳網漁業との漁業調整がうまくいっていないことに、こんな不平等な許可の原因がある。
何か、昔に定めた申し合わせみたいなものがあるようだが、県もはっきりと示さない。
何十年もこんなことを続けているのだから、県のほうにも落ち度がある。

宮古市では、市民の税金で、毛がに祭りを開催している。
このため、宮古魚市場の毛がにの相場は、県内一である。
喜んで、釜石以南の毛がに漁業者も、宮古へ搬入する。
これではまるで、宮古市の税金を、県南の漁業者のために使っているようなものだ。
宮古市の毛がに漁業者は、あまりにもかわいそうだ。

腹が立つ。
posted by T.Sasaki at 20:49| Comment(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月16日

昔の新造船進水式

こんばんは。

暇なので、いとこが2年くらい前に持ってきてくれた進水祝いのビデオを観ていた(現在乗っている船)。
みんな若く、妹なんか、ふっくらした丸い顔。
いとこなんかガキで、私があやしていた。
25年前の映像だから、ホント、みんな若いこと、若いこと。
DVDに焼いた。

日付は、平成4年11月2日となっていて、ちょうど鮭延縄に間に合うかどうかの進水式であった。
今みたいな政府の補助金はなく、この頃はまだ船価も安かった時代で、船体が2100万円だったから、何とか自力で新船を造れた。
新造船となると、ある程度のその計画を立てなければならず、前年からすでに発電機類を購入していた。
だいたい全部で7000万くらいかかったそうだ。
今は、それが9000万から1億円の時代である(9.7トン型)。

この船は気仙沼の丸竹造船所で作った船であり、納期に間に合わないという理由から、ブリッジだけ大船渡の「こうしん加工」(もう漢字も忘れた。あるのかどうかも知らない)という会社に特注したため、従来の丸竹造船所の船とは、違う型になったのである。
これを造っている間、船主と船頭は気仙沼通いで、その代わり、私がダメもとで、古い方の漁運丸を任され、いか釣りの船頭をやらされた。
この時、船頭として芽が出てしまったため、その後、いか釣りだけは船頭を任された。

新人船頭を任された頃、2そう曳きトロールに漁生丸という船があった。
2そう曳きだから、相手があり、それは清福丸(清福丸の現在はまぐろ船のみ)。
当時は、違う会社で2そう曳きをやっていたりした。
現在でも、寿丸と蛭子丸がやっている。

その漁生丸の船主(山内漁業部)と私の父は、なぜか付き合いがあり、年末の付け届けは毎年やっていた。
漁生丸の船頭と私のおじは、釜石の黒森丸(今はない)で船頭と通信長という間柄から、付き合いがあった。
おじは口が悪いから、常に2そう曳きの悪口をいい、漁生丸の船頭は、「そうだよな〜」と相づちをうつ。
すごいデブであったが、そのせいか、気持ちも非常に大らかだった。
おじに紹介され、無線機で潮流を教えてもらったりした。
そのうち、漁生丸は、他の水産会社の負債をかぶり、最終的に廃業した。

あ〜、懐かしい。

この頃は、私の父の付き合っていた船主たちは仲が良かった。
ビデオを観て、長い時間が経つとどうしてこんなになるだろうと思わずにいられない。
○○丸、○○丸、○○丸と出てきて、歌を歌ったり、お酌(今でいうコンパニオン)とダンスをしていたり。
今は、この人たちは、喧嘩別れしたり、船をやめたりした。
私は、その息子たちに、「仲良くしなさいよ」と言ったが、どうも無理みたい。

どうしてこうなったか、というと、自分が悪いのに「悪かった」と潔く謝らなかったからではないかと思う。
後々まで尾を引く。
これは、漁師に限らず、どの世界でもそうだと思う。

新造船ができて、地元に廻航してくれば、お祝いの餅まきがある。
ビデオでは、「こんなに大勢来ていたんだなあ」というのがわかる。
子どもたちもたくさん来ているから、高浜港に寂しく繋がっている私の船を見て、餅を拾ったことを思い出すこともあるかもしれない。
思い出されても、今の私は、複雑な心境である。

景気のいい頃の漁運丸と比べると、天と地の差がありすぎる。

昔はよかった。

これは、うまくいっていない人の常套句である。
posted by T.Sasaki at 21:34| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月13日

「ありのまま」か

こんばんは。

とんでもない出来事の取調べは終わったから、私は自由の身となった。
取締り事務所の職員の尋問は終わり、供述調書は検察へ送致される。
そこで、起訴されるか不起訴なのかは、検察での判断なのだそうだ。
だから、取締り事務所で、有罪とか罰金とか、そんなことはわからないらしい。

「自由の身になった」と大袈裟に書いたが、心理的にそう表現したに過ぎず、普段の生活は、ごく普段通り。
最初から自分のやったことを「認めます」だったから、供述もそのまま、ありのまま。
終われば、本当に、「自由だ」と。

この心境は、まるでちょっと前の「アナと雪の女王」let it go 。
見てはいないが、曲を思い出して、youtube で、「let it go」「May.j」を検索したら、いろんな人が歌っているのがわかった。。
映画は、松たか子なのか。
youtubeのコメントを読むと、May.jは、あまり人気がなかったのかな。
わからない。
テレビでは、頻繁に見たような気がしたけど。
歌自体、息遣いが聞こえるくらい全力で歌っていて、あんなに上手なのだから、私は、May.jの歌唱力を素晴らしいと思う。
外国の人の歌も聞いてみたが、英語版でも、May.jは、素晴らしい。

この let it go という歌には、誤解されている部分もあるようだ。
youtubeコメントには、May.jのほうが、ディズニーから正式なオファーが来て「エンドソング」を歌い、松たか子のほうが、アフレコで映画の中に入れられた、ということらしい。
つまり、日本版 let it go のオリジナルは、May.j。

「アナと雪の女王」は妹が見たが、何がよかったか聞いたら、「歌がよかった」というのには笑った。
「じゃあ、見ないほうがいいのか」と聞いたら、何も返事がなかった。
この映画は、女の人に断然人気があったらしい。

「ありのままの姿見せるのよ」

女がそんなことを言うと、「え?本当かよ?」と勘ぐるのだけれど(笑)、でも、今の自分の心理状態では、「アナと雪の女王」を見たいような気がしないでもない。
posted by T.Sasaki at 21:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月11日

許可とは

再び。
それでは、「海はだれのものか」の続き。

正直にいうと、私は今まで「許可」というものを理解していなかった。
漁業権について」で少し触れているが、許可とは、禁止していることを解除する、という意味であるそうだ。

 漁業は、本来、免許や許可を受けずに誰もが自由に営める「自由漁業」であるが、一般公衆の共同使用を妨げてしまうような漁業は、「漁業調整」の観点から一般的に禁止されている。しかし、そのような漁業といえども全面的に禁止して一切認めないことは同じく「漁業調整」の観点から好ましくないので、特定の者に禁止を解除して認めることがある。それが「許可漁業」である。
(「海はだれのものか」p81)

法律というのは、非常にまわりくどい。
しかし、許可が禁止の解除という役割を担っているのがわかると、なるほど、謎が解けた。
例えば、あわびやかぜ(うに)である。
それらは、一般的には、採捕禁止なのだ。
しかし、各漁協の正組合員という特定の者に許可して、初めて採捕できるわけだ。
したがって、それ以外の人たちは、どうやっても採ることはできない。

ところが、わからないことがたくさんありすぎる。
いか釣り漁業で旅すると、各県ごとの許可が必要であり、もちろん、自県の許可も必要である。
5トン未満のいか釣り船は、自由漁業扱いなので、もともと、5トン以上の漁船はいかを獲ってはならない、という法律があるのかもしれない。
そのため、各県で、それを解除するために、許可を出している、という解釈なのだと思う。

こうなると、何を獲ってよくて、何を獲ってはならない、というのは、漁業法以下、すべての法律や漁業調整規則を調べなければならない。
私たち漁業者には、とんでもない話だ。

岩手県漁業調整規則は、Webのどこにあるのだろう?
探せない。
自分の足で探すしかないのか。
posted by T.Sasaki at 21:05| Comment(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

変わる誕生日

再び、こんばんは。

7年前のことは、すでに過去のものだ。
7年前にたくさん死のうと、昨日、一人きりで死のうと、個人にとって、その重さは同じだと思う。

1ヶ月前に、血縁的に少し遠いが、おじさんが亡くなった。
比較的、付き合いがあるために、線香をあげに行ってきたのだが、そこで、びっくりするような話を聞いてきた。
題名にあるとおり、誕生日が変わっていた、というものである。

生前、その故人の誕生日をめぐり、家族内でいろいろ言い合ったらしい。
住民票や運転免許証の記載の誕生日が正しい、と思いきや、当の本人は、小さい頃の思い出では、誕生日はある行事と一緒に祝ってもらったから、記載の誕生日とは違う、というが、周りの人は、ボケ扱いをして信じない。
ところが、亡くなってから、いろいろ手続きをしているうちに、戸籍の原本をたどった。
そして、生まれ故郷の戸籍が出てきた。
そこにあったのは、故人の記憶の通りの誕生日だったのである。
それがどこで変わったか、というと、結婚した時、職員が誤って書き写したらしいのだ。

今みたいに電子化などなかった時代であるし、届出と誕生日の違いもわかったりわからなかったりした時代だから、そんなことも起こったのだろう。
しかし、もしかして、戸籍が変わる時など、よく確認したほうがいい。
間違いは今でも起こっているし、日本最高の頭脳が結集している財務省ですら、文書の捏造をやっているのだから。

いろいろな申請などの時に、本人確認できない事態になったら、大変である。
posted by T.Sasaki at 20:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

震災遺構は、残したい人たちが維持費用を払えばいい

こんばんは。

毎年、この日のテレビは、つまらない番組ばっかり。
仕事を終えて、しかたなくテレビを見ていたら、大槌町役場の保存か壊すか、をやっていた。
保存派の主張は、まあどこにもあるような震災遺構っていう目的のものである。
これはどう考えても、明らかに税金の無駄遣いなのである。

保存するにしても、まるっきり維持しないでいく、という方法もある。
崩れたら、崩れっぱなし。
いずれは、ただのゴミの山になる。
そうなる間に、子どもたちがそこで遊ぶだろう。
たとえ、立ち入り禁止にしても、子どもは、そういう場所に入りたがるものだ。
少なくとも、私の小さい頃は、そうだった。
親が、「危ないから行くな」と言っても、そんなものは聞かない。
そんなものだろう。

そこで、子どもが怪我なんかすると、特に今の親たちは「放置していた自治体が悪い」と言い出し、マスコミもそれに加担し始める。
そして、補償問題となり、自治体が支払う破目になる。
そのカネは、結局はみんなの税金で支払われる。
そして、その廃墟は撤去される。
撤去費用も税金だ。
これらのカネを、「震災遺構を残せ」と言っている人たちが、自治体の代わりに責任をとって払ってくれるだろうか。

次に、保存する震災遺構を、常にメンテナンスして維持していく場合を考えるが、これは、「いつまで?」「ずっと永遠に?」という問題に突き当たる。
過疎はどんどん進み、だれがこの維持費用を払うのか?
宮古でいえば、田老観光ホテルであるが、旧田老町民なのか?
維持費用を払えなくなった時は、たぶん、上記のような経過をたどるだろう。

丁寧に考えれば考えるほど、震災遺構というのは、税金の無駄遣いなのだ。

余談になるが、たぶん各家庭のポストに、共産党宮古支部?から、市政に関するアンケートがあったと思う。
宮古市の市議会議員の選挙が近いからだろう。
それにも、震災遺構に関する意見を書く欄があった。
私は、「あんなの税金の無駄遣い」だと書いた。
もちろん、閉伊川水門のこともあったから、あれはクソだらけだと書いた(もちろんクソだらけとは書かないよ。表現の話)。

さらに、共産党のダメな点も書いた。
私は、思想的に正反対だから、共産党を好きでない。
まず、頼ることはありえない。
posted by T.Sasaki at 20:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月09日

心は広く

こんばんは。

法律のことばっかり書いていると疲れるので、ちょっと「もぐもぐタイム」。
取引先からもらったカレンダーに、次のように書いてあった。

忙しさは美徳ではない
心を亡くすと文字が教えている

私は性格が悪いので、このことをいとこに当てつけて言ったら、「自分のことじゃないの?」と切り返され、「心を亡くすと書く字なら、忘れるもあるでしょ」と教えられた。
つまり、ボケが進むのも、心を亡くすということなのか。

そんな私は、ご存知の出来事で、時間的に体力的に余裕がある。
したがって、いろいろと考えている。

今日の夕方のニュースでは、近畿財務局職員の自殺が報じられ、国税庁長官が辞任した。
自殺がなかったら、辞任しなかったのか?
真実はどこにあるのかわからないが、自分の落ち度は潔く認めれば、事態は複雑にならず、辞任や退職はあっても、自殺までいくこともなかったのではないか。

もし、私も、自分のやったことを「違う」と言い張っていれば、それを取り繕うために、いろいろなことを複雑に考えなければならず、仕事もできなっただろう。
先のことも考える余裕もなくなる。
ご飯を食べても、美味しくない。

日本人には、せっかく武士道というのがあるのだから、潔く生きていけばいいと思う。
精神的に余裕があれば、心が大きくなるし、行動も広がる。
自分で楽しみながらご飯を作り、酒を飲む。
これが最高。

私の場合、酒がなくなれば飲まない。
何かで頂いた酒は、なくなるまで毎日飲むが、買ってまで飲む気にはなれない。
スーパーに買いものに行ったついでに、ご褒美に缶チューハイを1缶買う程度である(ケチ!)

私は、先の冬季オリンピックで、小平選手の心の大きさに感心させられた。
敗者に対する気配りは、銀メダルの韓国選手に学んだものだと、小平選手は言っていた。
あの写真は非常に美しいと思う。

http://www.sankei.com/pyeongchang2018/photos/180226/pye1802260020-p1.html(「産経ニュース」)

しかし、ほかの感動物語は、私がひねくれ者のせいか、あまり感心しない。
以前、このブログでも書いたが、現在のオリンピックはテレビあってものであり、NHKでさえ、視聴者に感動を与えるように、編集し放送している。
オリンピック選手の努力は並み大抵ではないのはわかるが、一般人でも、並み大抵ではない努力をしている人もいるのだ。
活躍したオリンピック選手たちには光があたり、いろいろなご褒美もちゃんとくる。
しかし、一般人は、友だちや親類などそれを見ている人しか知らない。

「元気を与えたい」とか、よく聞く言葉だが、日本の金メダルの数が多くなったからといって、私たちの生活が良くなるわけではない。
オリンピック選手やスポーツ選手の活躍はショーであり、娯楽なのだ。
酒の肴なのだ。
私は、むしろ、友だちや知り合いの頑張っている姿や成功した話のほうが、ずっと楽しい。
そして、その相手と酒も飲める(笑)。

話は脱線したが、小平選手の行動は、私的には、国民栄誉賞ものだ。
しかし、金二つや金銀銅をとったスケート選手がいるなかで、金と銀の選手に国民栄誉賞を与えたら、喧嘩のもと。
だから、きっと彼女は、一生もらえないだろう。
でも、私は与えたい。

私も失敗した人に、「尊敬しています」とは言わないまでも、「いろいろと教えられました」程度のことを言える人間になりたい。
posted by T.Sasaki at 20:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする