日本の漁業が崩壊する本当の理由 片野歩

世界中で魚類資源が増えているのに、日本だけが減っている。
この現実を、恥ずかしいと思うべきである。

日本の漁業が崩壊する本当の理由.jpg

すべての漁協組合長、理事、参事、そして、任意の漁業団体の会長以下すべての役員たちは、この本を読むべきだ。
読みたくないならば、「日本の漁師は大バカものだ」を参照すること。
これを認識できないならば、役職に就く資格はない!

2017年04月08日

魚類資源減少について 11

再び。

昨年のロシア海域での漁獲量は、どの海域でも増加しているのだという。
これは、新聞記事だったと思うが、私も以前のようにマメではなくなっているので、記事転載できない。
が、最近の記憶だから事実である。

前述Nさんから聞いた話になるが、彼もただ年をとっているわけではなく、いろいろな経験をしているから、その話は貴重なものだ。
彼はロシアに漁業指導に行ったことがあり、その時のことを教えてくれた。

ロシアでは、日本のように、オカの受け入れ態勢が整っていないのだそうだ。
だから、あまりたくさん魚を獲っても、買ってくれない。
まるで、以前の宮古地区のいさだ漁業と同じだ(笑)。
そのため、たとえ密漁があっても、乱獲になるほど獲っていない。

その話から考えると、漁獲量が増加した、ということは、オカの受け入れ施設が増加したのであり、ロシアも魚をたくさん獲り始めた、ということになるだろう。

ここで思うのだが、三陸沿岸では、震災復興のいろいろな補助金活用で、加工工場の冷蔵庫がたくさん建てられた。
つまり、受け入れ施設が充実し、たくさん魚を獲っても、さばけるようになった。
だから、2そう曳きのトロールが、市場のタンクにたくさん入れるのを喜んでいる。
これをどう考えたらいいのか。

スルメイカは、大陸棚の斜面で産卵することがわかっている(今、事情があって別のPCを使っているので、論文のリンクは後で貼るかも)。
オカ寄りの斜面は、場所にもよるが、水深100mより浅いほうが、斜面の傾きが大きい。
それより沖合いは、170m以深から急に斜面がきつくなる。
だから、スルメイカが岩手沖で産卵する場合、100m以浅か、170m以深だと考えていいのではないか。

昨年、一昨年と、スルメイカが定置網で漁獲されないに等しい。
特に、秋鮭終盤から1月にかけての産卵期に、ぜんぜん入らない。
ということは、トロールの網の入らないオカ寄りで、スルメイカが産卵していないことになる。
その代わり、トロールは、秋から冬にかけて、スルメイカを獲っている。
今年は、2月まで獲った。
つまり、産卵場が沖合いに移動しているのに、それをいいことに、たくさん獲ったことになる。
これでは、三陸のローカル群は、発生しない。
事実として、夏イカが、近年ぜんぜん定置網に入らない。
これは、ローカル群の消滅を意味していると思う。

ここで加工業界に提案である。
1月以降の産卵期のスルメイカを、買わないことにするのだ。
あるいは、成熟割合が大きくなった場合、スルメイカを買わない。
それくらいやらないと、スルメイカのローカル群は増えないだろう。
魚類資源が減少する、ということは、各冷蔵庫が空の状態が続く、ということであり、いずれ、行き詰ることになる。
価格ばかり上昇し、中身は残らない。

魚類資源の減少は、地域経済に影響を及ぼすことにもなり、ますます過疎なる。
魚市場の仲買人たちも、どうやったら、魚類資源を増やすことができるのか、考えるべき時が来ている。
posted by T.Sasaki at 17:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 魚類資源の減少について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

岩手の2そう曳きは操業日数も多い(魚類資源減少について 10)

再び、こんばんは。

八戸のトロールが全船かけまわしであることは、すでに記述していると思うが、彼らは、悪天候が予想される場合、すぐに休む。
私たちが、八戸にスルメイカの昼釣りに行っている時でも、あの独特の地鳴りのするエンジン音をたてて帰ってきたりする。
そんな中、小型のいか釣り船は、操業することもある。
トロールが出ない日は操業しやすいし、はやり網を使われる場合と使われない場合とでは、釣り針にスルメイカも乗りも違う。
冬は、1週間に1回か2回ぐらいしか出ないそうだ。
北ほど季節風が強いからしかたがない、ということである。

一方、岩手沖は、北上山地が迫っているせいか、八戸沖と比べて季節風は弱いし、南北に長い海岸線を擁するため、季節風が強い時には、県南を操業することができる。
小型船が操業できる日は、間違ってもトロール船が休むことはない。

したがって、八戸沖と岩手沖とを比較すれば、操業日数の点でも、魚類資源に脅威なのは、明らかに岩手沖のトロールである。
その上、全船かけまわしの八戸と違って、岩手は、ほぼ2そう曳きなのだから、資源増加など見込めるはずもない。
posted by T.Sasaki at 17:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 魚類資源の減少について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

岩手の沖合底曳網漁業の歴史(魚類資源減少について 9)

みなさん、こんばんは。

岩手の沖合底曳網(トロール)漁業の歴史について、少々。
聞いた話で申し訳ないが、これは、ある小型船の船主Nさんが教えてくれたことである。

Nさんのお父さん(故人)が、トロール漁船の船頭を昔やっていたそうだ。
岩手県でも、八戸のように、かけまわししかなかった時代である。
その頃のトロール漁業は、1年の半分、つまり6ヶ月操業で、6ヶ月休漁だった(現在は10ヶ月操業で2ヶ月休漁)。
戦後なのか、高度成長期なのか、よくわからないが、日本の国が、とにかく食糧増産を推し進める政策を採り、そのため、6ヶ月操業を10ヶ月操業にしたのだという。
その後、日本は、貿易などの恩恵により、食糧難ではなくなった。
前出の船頭の話では、食糧難でなくなったその時に、元の6ヶ月操業に戻せば、それほど魚も減らなかっただろう、と述懐していたそうである。

ところがだ。
それを元に戻すどころか、最悪の2そう曳きをやり始めたのである。
2そう曳きのトロールは、宮城県で行われている開口板(オッターボード)使用の1そう曳きトロールより悪い。
これでは、ますます魚類資源が減って当たり前なのだ。

岩手で最初に2そう曳きをやった会社は、現在、辞めてしまって存在しない。
だから、全船かけまわしの時代を知っているのは、引退間近の船頭ぐらい。
今、かけまわしで残っているのは、金勘漁業の25勝運丸のみとなっており、この船頭の腕前は、確かなものなのだろう。
断言する理由は、いさだ漁で、正確に網を入れないと獲れない、というのを、私たち小型船は経験しているからである。
ところが、2そう曳きは、そんな正確さなど必要ないと思う(やったことがないから、こればっかりは「思う」としか書けない)。
だから、2そう曳きの船頭の優劣というのは、漁経験と漁場の選択のみ、と言っていい。
かけまわしの船頭と違って、まず、普通の人ならば、誰でもできる、と考えてよいだろう。

以上、トロール漁業の変遷を粗く記したが、昔、半年操業であったことなど、調べてもなかなか出てこない。
関係機関で出向いて調べるしかないが、ここでは伝聞による記述で許していただきたい。

2そう曳きトロールは、開口板使用の1そう曳きトロールの馬力アップ版と考えてよい。
曳き網は、曳いた瞬間から水圧がかかり、網の目は、皿の形のように潰れ、正方形の目ならば抜けてしまうような魚も入ってしまう。
アバ桁や足桁をつけて、目を広げる方法もあるとは思うが、曳く馬力により、魚が横になって網に付いてしまえば、抜けなくなる。
これは、私たちがかごを海中から挙げるとき、よく見る現象である。
本来、抜けてもいい小さい魚が、横になってしまうと抜けていかないのである。
一時、トロール業界も、小さい魚が抜けるような取り組みをやったことがあるらしい。
これは、私の父からの伝聞であるが、その取り組みは成功しなかったようだ。

2そう曳きトロールは、底魚を獲る漁法としては、非常に効率がいい。
効率がいいということは、それだけ資源減少を促進させる、ということだ。
したがって、特に、2そう曳きトロールの操業には、たくさんの制限を設けるべきである。
歴史を振り返れば、かけまわしのみの時代でさえ半年操業であった時代もあったのだから、それを元に戻し、2そう曳きは、漁獲能力の効率の高さから、その半分でもいいだろう。
あまりに操業期間が短くなるならば、盛漁期のみ稼動して、あとは休漁する、ということもできるはずだ。
そういう複雑な操業方法が嫌ならば、2そう曳きは廃止して、全船かけまわしにしたほうが、魚類資源にはいいと思う。

2そう曳きの船頭なら「まず、普通の人ならば、誰でもできる」と私は書いたが、書かれた当事者は、「このヤロー」と思うだろう。
それくらい元気があって自信があるならば、魚類資源の増大へ向けて、ぜひ、船主に向かって、「かけまわしにしよう」と提案してみてはどうか。
そのような気概のある船頭がいることを、私は期待する。



現在、60歳以上の船頭たちには、その父親から聞いた話というのがあると思う。
伝聞には、もちろん、記憶違いというのもあるが、一致した話は、貴重なものとなる。
その昔は、ブログはおろか、個人が記録を残しておく、という考えなどなかっただろう。
今は、それができる。
私自身、それをやってみたい気持ちもある。

八戸には、高齢から、「やめようかなあ」という小型いか釣り船の船頭たちがいる。
漁協の理事もやったこともあり、まき網漁業やトロール漁業などとの会合にもほぼ出席し、発言してきた人間を私は知っている。
彼は、八戸沖の漁業紛争の生き証人である。
時間があったら、いろいろなことを聞いて、全部記録しようかなあ、と考えたりもしている。
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2017年04月07日

鮭の刺し網裁判について

再び、こんばんは。

かご漁業の話から、忘れないうち記しておく。
例の秋鮭を刺し網で獲らせろ、という裁判で、訴えた側が勝訴したらしい。
かご部会の会員の多数が、この訴えた側のメンバーであるという噂である。
私は、本当のところ、誰と誰が、正式なメンバーなのか、知らない。
負けた県側は、控訴したようだ。

鮭の再生産は、大昔と違って、人の手によるものである。
人工ふ化は、各漁協がやっており、それが、漁協の事業を支えている。
人工ふ化事業の前なのか後なのかわからないが、春鮭鱒の延縄漁は、私の父親の若かりし頃から存在する。
もしかして、秋鮭の人工ふ化を行う前からあるのだろう。
そうでなかったら、水産六法に、鮭延縄の制限する法律があるはずもない。

一方、刺し網で鮭を獲る、というのは、宮城県のみの許可であり(10トン未満のみ)、ごく最近できたものである。
鮭王国である北海道など、他の県では許可していない。
そもそも、ある人たちが、一生懸命育てて放流したものを、その人たちの言い分を無視し、他の漁業者が「獲らせろ」という話が、社会一般で通用するのだろうか。
私は、その時点でおかしいと思う。
例えば、宮古漁協の隣の重茂漁協では、あわび増殖に関して一生懸命であり、単協の重要な戦略の一つである。
それをそんな努力の片鱗もない人間が、「同じ漁師なんだから、獲らせてくださいよ」という人は、まずいない。
恥ずかしくて言えない。
他人が一生懸命やっている事に、「都合良く」参加できるわけがないではないか。

秋鮭の漁獲できる方法は、定置網、鮭延縄、河川捕獲の3つであり、これは以前から変わっていない。
一般の漁船漁業者には、ちゃんと延縄漁業という漁獲機会があって、岩手県沿岸漁船は、当初みんなやった。
それが思うように獲れなくなったから、県の許可制度が悪い、というのは、「都合が良すぎる」。
普通の日本人の感覚を持ち合わせている人間なら、そう思う。

私は今、「裁判の秘密」という本を読んでいるが、法曹界の人間というのは、本当に信用していいいのか悪いのか、ますます考えるようになった。
上記のように、日本人一般の感覚からかけ離れた判決がなされたりするのを目の当たりにすると、げんなりする。
控訴審も県が敗訴するとなると、これは各県に波及するだろうし、他の漁法でも、「獲らせろ」が始まる。
この「獲らせろ」論には、限界がない。
私は、これに関わっている弁護士や裁判官の頭の中を覗いてみたいし、いろいろなことを聞いてみたいと思っている。

大雨で川が増水し、川留めの設備が流失して、上流へどんどん鮭が遡上することがある。
この場合も、その流域の一般住民は獲ってはならず、鮭が産卵して役目が終わっても、獲ることはできない。
その後は、カラスや野鳥の餌になり、最終的に腐ってしまうのだが、私はその鮭を、流域住民が獲ってもいいように法改正したほうがいいと思う。
流域住民は、川をきれいにする努力をしているし、増水で被害を被ることもある。
人間的に考えるなら、川留めが壊れた場合、流域住民に幸運を与えてもいいような気がする。
少なくとも、これを「都合が良すぎる」とは誰もいわないだろう。

私は最近、モノを言う人が、どういう人間か、じっくり観察するようにしている。
心に裏がある人間は、信用できないからだ。

信用というのは、最後の最後は、カネや業績ではない。
基本的な人間性にある。
それが否定されるなら、この日本は終わりだ。

私が小学校卒業の時、先生から送られた言葉がある。
それは「心豊かに誠実に」である。
存命しているかどうかわからないが、それは照井先生という方であった。
50歳にもなって、この言葉を非常に重く感じる。
今まで日本人として生きてきて、この言葉に重みを感じなかった自分を恥じている。
posted by T.Sasaki at 20:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私が「嫌なやつ」でも結構

みなさん、こんばんは。

もう書くことをやめようと思ったが、たまにではあるが、「隠れファンです」とか、「見ているよ〜」と言われると、「やめないほうがいいのかなあ」と思ったりする。
実は、今日も意外なところで意外な人物と遭遇し、告白された。
私がブログをやめて喜ぶのは、まずは2そう曳きのトロール業界だろう。
その他、槍玉にあげられた人たちが喜ぶわけだ。

私は、予定通り、3月末日で毛がに漁を切り上げた。
時化が来たりして、延期したけれど、31日の夕方にすべて道具をあげてきた。
したがって、特別採捕という漁業には加わらない。

毛がにの特別採捕とは、簡単にいえば、4月末日まで甲長8cm以上の毛がになら採ってよい、という許可である。
3月から採れ始めた年もある、という人もいたから、一応、許可を取っておいたが、せいぜいよくて50kg程度しか採れないので、私は切り上げた(8cm以上なら半分以下)。
資源が少ないと思うなら、自主的にやめるべきなのだ。
今日、特別採捕許可を返してきた。
こんなものやっていても、漁業者自身が消耗するだけで、未来はない。

しかし、大方のかご漁業者は、獲りたいようだ。
ミズダコの小さいのも獲りたくて獲りたくてうずうずしている。
こんな綱渡りの資源状況で、改善しようという気概が全く感じられない。
だから私は、「この人たち、頭おかしいんじゃないの」と思うのだ。

このような資源状況とこんなお粗末な資源管理の中、もし、私に息子がいたとしても、「漁業を継げ」などと言うことはできない
何も改善されないならば、楽しい職業とは言えない。

何が楽しいか?
それは二つある。
一つは、文字通り、大漁すれば、金儲けになる。
もう一つは、漁をする楽しさ、というのがある。

しかし、かご漁業というのは、金儲け以外に、何の楽しみもない。
調査してそれを狙う、という漁業ではないからだ。
ある人に言わせれば、「バカでもできる」のだ。
一方、流れものを獲る漁業は、先ほどのように、、探して獲る、という楽しみがあり、これは、「バカ」ではできない。
「流れもの」とは、回遊魚を指し、例えれば、今年は景気がいいいさだ漁業、いか釣り漁業、さんま漁業、さけ延縄漁業などを指す。
ここで「バカ」という言葉を使ったが、「頭をあまり使わなくてもいい」ということを表現したものととらえてほしい。

こんなあんばいだから、後継者、という言葉を使うことに責任を感じてしまう。
後継者がいる場合、漁船漁業をやらせるほうが良いのか、良くないのか。
私は、先ほども書いたように、「やれ」と言うことはできない。
私が先代の後を継いだ時代とは、全く違う。

私は、大学を終わってから家業を継いだのだが、ほぼ給料というのをもらったことがなかった。
厳しい父親で、ちょっとでも遊んでいたりすると、怒鳴られた。
だから、あまりよその人たちとも話もできなかった。
そんな状況で仕事をしてきたものだから、これが普通のことだと思っていた。
しかし、ある時、いいのができて、その女に指摘された。

「それは普通じゃない」

結局、その女は、自分までずっと仕事をさせられて貧乏すると思ったのか、私と一緒になるのをやめて、さっさとほかの男と一緒になったらしい。
まるで、浜田省吾の「Money」の世界だ。
何が「愛してる」だ!(笑)

ところが、習慣というのは恐ろしいもので、仕事ばっかりするのに、それほど苦痛を感じなくなる。
仕事好きと言ったらいいのだろうか。
恐らくは、高度成長期を支えてきた日本人の多くは、同じように仕事好きだと思う。
仕事好きというより、モノを作るのが楽しい、のかな。
実際に、現在の私は、漁をするにあたっての、システム作りに傾倒している。
どうやったら、楽に仕事をできるのか、ということだ。
自分自身が年をとってきて、いずれ、今みたいに仕事をできない時がやってくるのを見越して、という理由もあるし、昨年のように、一人で操業しなければならない事態も想定している。
一人でも操業できる、ということは、同じ仕事を二人でやるなら、ずっと楽にできる。

若い時分に、比較的無駄使いしなかったため、今の自分があり、ほぼ震災前の設備を取り戻した。
こうなると、日本人の「もしかのための」貯蓄性向は、正しかったことになる。
つまり、私の父の厳しさは、ある面、正しかった。
(考えてみれば、「愛している」と言った女と甘い生活を営んでいたら、たぶん今の自分はないと断言できる。自分のことしか考えない女だったから。女を選ぶのは難しい。笑。逆に女の側も男を選ぶのは難しいだろう。特に今は)。

こんな私が、他のかご漁業者と同じように、資源増殖を無視する覚悟をもってやるならば、容赦なく獲るだろう。
周年操業で、コソコソしながら、いろんな漁業を平行してやる。
実際に、そのような灰色な話は、いろいろと耳にするから、やる気なれば、やれる。

でも、気分が悪いなあ。
だから、やらない。

あ〜、何となくスッキリした。

私は、みんなに「嫌なやつだ」と思われる。
でも、そんなのが一人ぐらいいてもいいじゃないか!
それでいろいろと考える人が出てくれば、本望である。

コメント欄に、名前も名乗らずに勘違いを記した人もいるが、労働環境の改善は、どこの事業者も考えていることだ。
厳しく育てられた後継者ほど、労働者のことを考えている(と思う)。
私は、そろそろ、日本人らしくない日本人に頼ることをやめたほうがいいのではないか、と考えている。
このことについては、後で記述することになると思う。
posted by T.Sasaki at 20:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月09日

勧められない起業

再び。

こういう大不漁が続くと、問題は、カネが続かなくなる、ということ。
もちろん、これを見越して、今年使う道具を前年に買っておく、という対策は練ってはいるが、本業のするめいかが、前沖で2年も大不漁を食らうと、非常に厳しい。
さまざまな魚類資源は減少傾向にあり、秋鮭も見通せない状態が続いている。
これでも、船の付属品などは、容赦なく消耗し、出費は減ることを知らない。

現在、私の懸案は、主機関のプロペラである。
ちょっとしたことが原因で起こる振動対策で、プロペラを小さくし、その分、スリップが大きくなるから、ピッチを少し立てた。
直線走行では、狙い通り振動は減ったが、舵を大きく切った時、逆に振動が大きくなった。
1kwのハロゲン作業灯の球が、切れてしまうのである(これが1灯1万円もする!)。
その後、対策として、電源を切ってから旋回するようにしたら、球は切れなくなった。
おそらく、振動でショートしたのだと思う。

しかたがないので、新造の時の最も古いプロペラに取り替えた。
しかし、実は、これも、流木を乗り越えてしまった時、裂けてしまったプロペラである。
修正してもらったが、ほんの少し欠けている。
このためか、いか釣りの艤装を解除した軽装備の時、いくらか振動する。

そこで、今回、思い切って、プロペラを買うことにした。
ついでにバイタも交換することにし、費用がちょっとかかる。
4枚プロペラのハイスキュー。
船の振動は、長期的には悪いので、先行投資ということである。
これは、つい2日前に決断した。

震災以前の漁ならば、この程度の出費など気にならなかったのに、今は深刻だ。
若くて、小型船で起業したいと考えている人は、この岩手では、思いとどまったほうがいいと思う。
本当は応援したいけれど(このブログには、若い人向けに、たくさんのヒントが書かれてある)、限られた漁場を、先輩たちが譲るほどの余裕はないと思うから。

この大不漁の原因が、本当のところ、何なのか、誰にもわからない。
わかるのは、海全体を見渡すことのできる神様だけだ(そんなのがいるはずもない)。
もし、私たちが獲り過ぎた、というならば(そう私は思っている)、これは、私を含む先輩たちの責任である。
だから、どうやって資源増殖していくのかを考えるのは、先輩たちのやるべきことなのだ。
posted by T.Sasaki at 18:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

毛がにの大不漁

こんばんは。

ご存知のように、毛がにが大不漁で、不漁だった昨年の3分の1も獲れそうにない。
しかし、単価が異常に高いため、乗組員の給料ぐらいは払えそうになった。
他の船の人たちからは、「あなたはタダ働きね」とからかわれたりするが、しかたがない。
このまま異常な高値が続くとは思えないし、確保してある餌がなくなり次第、切り上げるつもりいる。
あと7回ぐらいの操業で、海から道具を回収して、来年に期待しよう。

漁がない時は、さっさと切り上げれば、その分、魚も増えるだろうし、育つだろう。
漁師は、こういう時、リフレッシュしたり、勉強したりするのがいいと思う。
漁がある時は、時間がいくらあっても足りない、という事態になるのだから。

いるはずの小さい毛がにがいない、ということをすでに報告しているが、昨年夏のたこかご漁の時は、小さい毛がにはたくさんいたそうだ。
まさか、短期間に、まだらが食べつくしたわけではないと思う。
もしかして、低水温が押し寄せないため、広範囲にまばらに散らばっているのかもしれない。
と、希望的考察を書いておく。

私は今年、ミズダコを昨年より多く漁獲している。
ミズダコ資源が多くなっているのかな、と思っていたら、宮古魚市場の水揚げは減少傾向なのだという。
岩手県内のミズダコ水揚高がトップであることを考えると、これは不安材料である。
春先の水揚げの増加は資源増大を意味する、と、先日、岩手県水産技術センターでは説明していた。
水温上昇による影響が、じわじわと出てくるのかもしれない。

このミズダコの野郎、憎たらしいことに、長い足で餌だけ横取りして、かごの中に入らないのがいる。
たぶん、20kg以上の大きな奴だろう。
10キロ以上になると、オスは生殖活動した後に、死ぬそうだ(オスはかわいそうだ。笑)。
昨日、24kgのミズダコを獲った。
私にしては、最大のタコだ。
仲間内では、成熟してセックスしたオスが死ぬことを知ってから、「遠慮なしに、でかいタコは獲ったほうがいい」と話をしている。
死ぬ前に獲って食ったほうがいい。
posted by T.Sasaki at 18:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月02日

千年に一度の経験

NHKで見たくもない震災関連のリバイバル番組などをやっている。
「見たくもない」という理由の一つには、自分の涙もろさもある。
今日、ボーっとしてテレビを見ていたら、若い女の子が涙したシーンで、思わず、もらい泣きしてしまった。
津波のことで、いつも冷たく言い放ってはいる私であるが、ここで、プラス思考的に行ったほうがいいよ、と書いておく。

もうかなり前に書いたことだが、いつもお世話になっている機械屋さんに、「リセット」と励まされた。
肉親や家、倉庫などを失い、元気のないところで、リセットなのだ。
今まで不自由のない生活ができたのは、親のすねかじりのおかげなのであり、これからは、自分の力でやるしかない。
自分の力を試す機会を、天に与えられたのだ。
そう教えてくれた機械屋さんは、エライと思う(摂待鉄工所の社長です)。

それと同じ思考方法で、震災をプラスに考える。
特に若い人たちにとって、震災は、通過点の一つにすぎない。
千年に一回の規模の津波だったのだから、千年の一度しか経験できないことに遭遇した、と思えばよい。

今、20代の若者たちは、いずれ年老いて、私くらいの年齢になれば、あの時はこうだった、と子どもたちや若者たちに伝えることができる。
その頃には、苦労した経験が、きっと生きると思う。

苦労を乗り越えるかどうかは、気持ちの問題だと思う。
苦労と思えば疲れるだけだし、苦労を肥やしだと思えば、ぜんぜん平気。
私自身、苦労したと思ったことがあまりない。
なぜそうなのか、というと、今みたいにいろいろな製品がなかった時代を思い浮かべ、「昔は大変だっただろうなあ」と考え、それに比べれば、「今は楽だよな」と思うから。

自分より厳しい環境にいる人たちと自分を比較し、恵まれていることを自覚したほうがいい。
posted by T.Sasaki at 21:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 大震災・復興 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

恥ずかしくないのだろうか

これが天下の田老港であり、田老の壁である。

田老の壁.JPG

遠くてわからないと思うが、自慢の防潮堤を3.11で破壊され、さらに大きく復旧した。
これで田老は大丈夫だから、野球場を作った。
三陸鉄道の新駅も、この防潮堤の中に作るそうだ。
税金を使った施設は、たろう観光ホテルもある。
日本人はバカだから、いちいち震災遺構として残さなければならないという(こういうものを残さないと忘れる、というのだから、バカと言われてもしかたがない)。

宮古市民は、永遠に、これらを維持する税金を納めなければならない。
そして、それだけでは絶対に足りないから、東京などの都会人に、これらにかかる経費を、永遠に納めさせることになる。

「永遠に」という言葉を使ったが、もし、途中で「やめよう」というのなら、最初から震災遺構など必要ないのだ。

現宮古市長は、田老出身である。
だから、田老の壁(防潮堤)のように、宮古湾を醜く囲み、それでは足りないから、市民や議会の大反対を押し切り、閉伊川の水門まで作った。
その結果、昨年の台風10号の大浸水を招いた。
宮古市民はおとなしいから損害賠償を請求しないようだが、これは、損害賠償ものである。
民意に逆らって行った事業なのだから、市長に明確な責任がある。

しかし彼は、責任をとるどころか、また市長選に立候補するそうである。
厚顔無恥もいいところ。
恥というものを知らないらしい。

田老から来た現市長は、宮古を破壊している。
ふるさとの景色はありがたきかな」では、すでにない。
石川啄木と宮古市民は、かわいそうだ。
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ふるさとの景色はありがたきかな

数日前の早池峰山。

早池峰.JPG

思わず綺麗なので、パシャっとやった。
私のカメラでは、これが限界(ヘタクソ!)。

宮古高校時代には、天候の良い日には、いつも校舎のベランダから見ていた。
あの当時、山を見ても、あまり何も感じなかったが、今は、月山や早池峰山を見て、「お〜、いいな」と思うようになった。
石川啄木の詠んだ短歌の

ふるさとの山に向ひて言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな

を実感できる年頃になったようだ。
ようやく大人になったかな(笑)。

宮古から盛岡へ向かうとき、区界峠を越えると、岩手山が見えるようになる。
東京などから帰省してきて、盛岡駅から出ると、岩手山が見える。
その時やはり、「お〜、いいな」と思う。

そして、3日間も盛岡などにいて、宮古に帰ると、海が見える。

「お〜、いいな」

山に限らず、ふるさとの景色は、ありがたいのだ。
posted by T.Sasaki at 20:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする