日本の漁業が崩壊する本当の理由 片野歩

世界中で魚類資源が増えているのに、日本だけが減っている。
この現実を、恥ずかしいと思うべきである。

日本の漁業が崩壊する本当の理由.jpg

すべての漁協組合長、理事、参事、そして、任意の漁業団体の会長以下すべての役員たちは、この本を読むべきだ。
読みたくないならば、「日本の漁師は大バカものだ」を参照すること。
これを認識できないならば、役職に就く資格はない!

2018年06月13日

飲み食べ放題

こんにちは。

5連休してしまい、その間、誘われたりしていっぱい飲んでしまった。
焼肉飲み食べ放題と居酒屋飲み食べ放題を制覇(笑)。
新潟の物価は高く、もちろん普通の居酒屋も高い。
刺身など、少量で500円もすることもあるから、むしろスーパーMarusinで買って船で飲んでいたほうがずっとお得であり、飲み屋のネーチャンに騙されて、“同伴”なんかしたら、軽く3万円くらい使ってしまうから、最近では、船にこもっていた。
その鬱憤を晴らしたのが、飲み食べ放題。
おかげで肝臓の寿命が少し縮まったと思う。

友だちに無理やり引っ張っていかれた小料理屋のママさんが、酔っ払うとエロばばあで、“同伴”の話になると、今の“同伴”は、軽すぎると。
昔の“同伴”は、ホテルにまず行ってから、客を店に連れてくるのを言ったのだそうだ。
だから、今の“同伴”にカネをつぎ込むのは、「バカじゃねーの」と言われてしまった(笑)。
エロばばあは、胸の谷間やパンツまで見せて、一緒に行った30代の若者を誘惑していた。
こんなの、いるんだなあ。

この連休で地元漁師のEさんやDさんとも飲んだが、その際、資源管理に話がおよんだ。
一人は、小型底曳きをやっていて(9.7トン型で、新潟港に3隻のみ)、もちろん、かけまわし。
サイズ制限や漁期制限を設けて操業しており、サイズ制限に関しては、網目を大きくし、なおかつ、身網に桁をつけて、網目が開くようにしているそうだ。
桁をつけないと、網目は皿のようになるから、小さい魚は抜けない。
小型のかけまわしでさえ、このように取り組んでいるのに、岩手の2そう曳きは、「何でも獲れ」だから、世界有数の漁場にも魚はいなくなるのである。

もう一人のDさんは、おもにまぐろ延縄をやっていて、翌日に東京へ行った。
まぐろの漁獲制限のことで、お役人たちと話す機会を与えられた、とかで、私も翌日の新幹線に誘われた(笑)。
結果は、予想通り、何の変化もなかったようだ。
お役人たちは、小型漁師たちのガス抜きのためにやるのだろうが、小型側にすれば、新幹線代と時間の無駄である。

このDさんが、私に教えてくれた本、それが、このブログの最初に貼り付けてあるものである。
日本の漁師は、大バカものたちなのである。
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2018年06月09日

黒い炭水化物

こんにちは。

今月に入って高値に支えられ、少し順調になりつつある日本海するめいか漁であったが、悪天候予想で明日から4連休くらいを覚悟しなければならず、ガクッときている。
しかし、漁を休めば、それだけ魚が増える、と考えれば、気休めになるか。

「世界一シンプルで科学的に証明された食事」。
これ、デブの人は必見。
デブ以外も必見。

今まで、私が紹介してきた「炭水化物=悪」論は、少し違う。
人間の体は、栄養成分に対し、それほど敏感ではないらしい。
栄養成分というより、食べ物そのものに注目すべきなのだという。

例えば、果物であるが、これは、糖質を食べているようなものだから、あまり摂取しないほうがいいように感じられるが、そうではない。
糖質といえば、炭水化物であるが、これも、すべての炭水化物が悪い、というものではないらしい。

炭水化物には、白い炭水化物と黒い炭水化物がある。
白いほうは、精製された白米や小麦粉、それを原料とするパン、うどん、と言ったところか。
黒いほうは、このブログで少し書いたことがあるが、玄米や精製していない全粒粉と呼ばれる小麦粉、そして、蕎麦。

白い炭水化物は、血糖値を上げ、動脈硬化による脳卒中や心筋梗塞のリスクを上げることがわかっている。
もちろん、デブになる。
一方、黒い炭水化物は、糖尿病や動脈硬化による病気のリスクを下げ、ダイエットにも有効である。
がんリスクは、大腸がんのみ、下がっている。
なぜ黒い炭水化物が良いのか、というと、精製されないがために残った食物繊維や他の栄養成分による影響によるものではないか、ということである。

この本に書かれているものは、すべて、ある食べ物を摂取した群と摂取しない群を比較検討した研究を取り上げ、さらにそれらの研究の集合体(メタアナリシスという)から、結論を導きだしたものである。
栄養成分ではなく、食べ物そのものを研究している。
食べ物には、いろいろの複数の栄養成分が含まれているから、それが体内に入って、どう作用するかは、本当のところわかっていない。
だから、食べ物そのものに着目する。

理想の食事は、地中海式の食事が理想とされ、次のように具体的に書かれている。

普段どおりの食事を食べながら、塩分と白い炭水化物を減らす代わりに、オリーブオイル、ナッツ類、魚、野菜と果物を増やすことが最も健康に良い食事であると言って良いだろう。
(「世界一シンプルで科学的に証明された食事」p69)


面倒くさいので、あとは、箇条書きに書いておく。

黒い炭水化物以外の糖質は、上記の病気リスクを上げる。
例外は、ダークチョコレートであり、血圧を下げ、アルツハイマー病や脳卒中のリスクを下げる。

鶏肉以外の肉や加工品は、全死亡率を上げる。
動脈硬化による脳卒中や心筋梗塞、がんリスクを上げ、特に、大腸がんのリスクが上がる。

大人の乳製品のとり過ぎは、前立腺がんや卵巣がんのリスクを上げる。

野菜や果物は、全死亡率を減少させ、心筋梗塞や脳卒中のリスクも下げる。
しかし、がんリスクに対しては、有意な減少は認められない。
ただし、イチゴやメロン(特に赤肉腫のマスクメロン)は、糖尿病のリスクを上げる。
また、フルーツジュースは、同じく糖尿病のリスクを上げる。
ジュースは、不溶性の食物繊維が除去され、果糖が強調されるから、糖質アップされる。
だから、ジュースより、果物そのものを食べろ、というのだそうだ。
ちなみに、野菜類に含まれるβカロチンは、それそのものをサプリメントから摂取すると、全体的な死亡率が向上し、膀胱がん、心筋梗塞のリスクが上がり、喫煙者では、肺がん、胃がんのリスクも上がることがわかっている。
ある栄養成分だけを摂取することは、むしろ健康によくないこともある。

魚は、心筋梗塞やがんのリスクを下げる。
特に、乳がんリスクを下げる。

私は、今まで、食事指導に関し(特に白米)、医師や国は、まるっきり役に立っていない、と書いたことがあると思う。
むしろ、医師や米作農家という商売のために、食事指導するのをやっていないのではないか、とさえ書いた。
実際には、当事者にそういう悪意はないものの、著者の津川友介(UCLA助教授、医師)さんが本の冒頭で書いている次の記述には、思わず笑ってしまった。
そんなものだろう。
引用しておく。

医学部ではあまり食事や栄養のことを習わないため、医師は食事に関するきちんとした知識を持っていないことも多い。アメリカやイギリスの医学部ですら、食事と栄養のことを十分時間をかけて教えていないことが問題視されているのだが、日本ではもっと遅れていると思われる。
 栄養士は、「このような食事をすれば健康になる」というルールを一般人に指導することに関しては秀でているが、そのルールがそもそも本当に科学的根拠にもとづく正しいものであるかどうかを判断するための必要な専門知識(統計学や疫学という学問)を持っていない人が多い。
(前掲書p10)

農林水産省は農家を保護しなければいけない立場であるので、それを「忖度」して白米は糖尿病のリスクを増やすのであまり摂取しない方が良いとは書きづらいのかもしれない。実際に、2015年に厚労省が、玄米や麦など精製度の低い穀物を含む弁当やレストランのメニューに「健康的な食事」のマークを付けてお墨付きを与えようとしたことがあったのだが、自民党の農林水産関係の会合で「白米の生産に影響が出る」ということで取りやめになった。
(前掲書p11)


この本は、新潟のジュンク堂書店で、すでに、ベストセラーの書棚に並べられていた。
白米生産に味方する勢力や言論機関が、みんなからバカにされるのは、時間の問題である。
岩手県は、「玄米の時代」を先取りすべきである。
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2018年06月07日

「“福島原発”ある技術者の証言」を読んで

こんにちは。

相変わらず、大不漁の日本海するめいか漁である。
いか釣り船のほうがするめいかより多い、と言ってもいい状態だ。
先日、出港して航海中、自然要因が大不漁の原因であろうが、やっぱり、まき網漁業や沖底漁業は良くない、と無線機で言っていた人がいた。
たいていの小型船は、みな同じ認識なのである。

さて、暇人は読書。

名嘉幸照さんの書いた「“福島原発”ある技術者の証言」を読んだ。
まずは、津波浸水による全電源消失の責任は、誰にあるのか、について。
非常用ディーゼル発電機が、福島原発では地下にあって浸水した、というのは有名な話であるが、このことについて、震災以前、すでに、筆者の名嘉さんから福島原発へ提案があり、「東電の技術スタッフも認識していたと思う」とした上で、次のように記述されている。

 今回の原発事故で、もしGEに責任があるとすれば、基本設計の時点で非常用ディーゼル発電機を地下に置くという「エバスコ」の設計を採用したことだろう。
 しかし、それに異を唱えず、危険を認識しながら、非常用ディーゼル発電機を高所に移す措置を講じないまま長年、放置した点で、東電も責任は逃れられない。
(「“福島原発”ある技術はの証言」p182)


その他、海水ポンプがすべて使えなくなったのも致命的であり、これも、震災前から検討課題とされていた。
つまり、東電の責任は非常に大きく、当時の上層部の一声があれば、これらの致命的な欠陥は、すべて改善されていたのである。

名嘉幸照さんは、東北エンタープライズという東電の協力会社の会長であり、福島第一原発の1号機からのことを知っている(1号機から手をかけているわけではない)。
したがって、反原発運動もいろいろと見てきたのであるが、彼にすると、もっと真面目に勉強してほしかったと注文をつけている。

 たしかに反原発の方々の意見の中に貴重なものもあった。が、全般的に見ると、反対すること自体が目的となっている側面が強く、広く国民を巻き込む力に欠けていた。
 事故があれば、ひたすら非難するだけ。どうしてその事故が起きたのか、原子力行政や東電のありよう、原発プラントが抱えるリスクまで深く理解し、掌握したうえで、「原発反対」を言っていたかどうか。
 深い知識と判断力を持つ人もいたが、数は少なく、圧倒的多数は理性よりも、感情的に「反対」を叫んでいるように見えた。
(前掲書p239)


だから、この本を、反原発の人たちは、読むべきである。
すぐに読める簡単な本で、253ページあっても、集中すれば3時間くらいで読めると思う。
私も反核燃運動に少し関わったりしたが、「反対すること自体が目的」という言葉には、同感せざるをえないことが多々あった。
運動家は、やりすぎの傾向があるように思う。
とにかく屁理屈でもくっつけようとする。

ここで、彼らにもう一つ、読んでもらいたい本を紹介する。
「99.9%は仮説」という竹内薫さんの書いたものである。
題名が結論であるが、これは、人間関係に対する処方箋にもなっている。
それは、間主観性、と呼ばれている。

 ●わたしの頭のなかは仮説だらけ
 ●あなたの頭のなかも仮説だらけ

 この二点を理解することから、科学の第一歩ははじまるのです。
 科学的な態度というのは、「権威」を鵜呑みにすることではなく、さまざまな意見を相対的に比べて判断する“頭の柔らかさ”なのです。
(「99.9%は仮説」p233)

 間主観性というのは、ようするに、「相手の立場になって考えてみる」というだけのことなのです。
(前掲書p233)


この本も簡単で、すぐに読めると思う。
冒頭で、飛行機の飛ぶしくみが、現在でもまだよくわかっていない、というのからして、まあ、面白いといったらいいのか、そんな本である。

であるから、原発推進派、反対派とも、対立しすぎて、互いへの理解がなく、社会に対して、役に立っていない、ということなのだ。
これが、おそらく、次のことを解決できないでいる理由の一つにもなっていると思う。
それは、現在の技術革新のなさ、である。

 原子力発電といえば、多くの人は最新鋭の技術をこらしたプラントを思い描くだろう。たしかに、かつては最新の技術でピカピカの原子炉がつくられた。ところが、いつの間にか日本の原発は「化石産業」になってしまったと私は思う。技術の改革、イノベーションにとにかく後ろ向きなのだ。
(「“福島原発”ある技術者の証言」p178)


電力会社側も監督官庁側も、リスクばかり気にして、新しい技術を取り入れることを嫌がる。
そのため、「旧式の機器がけっこう目につき、ガッカリする」のだそうだ。
これには、反原発団体の目を気にしている部分もあると思う。
小さなミスも見せられない。
逆に、「それぐらい、新しいものに変えろよ」と反原発側が言ってやれば良かったのだ。
互いを理解する、とは、こういうことだと思う。

安倍政権の推進する原発輸出の件であるが、名嘉さんは、反対している。
それは次のような理由からである。

たとえばトルコに原発を売ったとしよう。トルコは日本同様、地震国である。仮に、大地震が日本の売った原発を襲い、事故を起こしたらどうするか。放射線災害が発生したとき、
「そちらで対処してくれ」
 と言ってすむのか。プラントの売り主として、責任をとらなくていいのか。
 私は責任をとらないといけないと思う。
 GEが売り込んだ福島の原発事故では、アメリカが陰に陽に、日本を手助けしている。日本が原発を売った場合も同じだ。万が一の場合は、日本人が面倒を見なくてはいけない。
(前掲書p191)

 原発を引き渡した後の故障やトラブルに、日本の技術者が対応する能力があるかも疑問だ。福島の原発事故以後、国内で原発の専門家、技術者の人気が下がり、人材供給に不安を抱える現状を見ると、他国の原発にまで手が回るか、私は懐疑的だ。
(前掲書p193)


そして、どうせやるなら、廃炉ビジネスを確立したほういい、としている。
その他、双葉郡アイランド構想もいいアイディアだと思う。
最後に、ちょっとショックを受けた。

 天界で再開したら、叔父さんはなんと言うだろう。
 お前は、よくやったよ、と慰めてくれるだろうか。半世紀経っても、ダメなままだったな、と叱られるだろうか。
 
 私はまだ、確信が持てないでいる。
(前掲書p247)


自分に起こった出来事を重なるものがあり、私はこみ上げるものを押さえることができなくなり、涙ぐんでしまった。
ノンフィクションのけっこうな物語である。
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2018年05月26日

「平成政治20年史」を読んで

5回目。

「平成政治20年史」を読むと、平野貞夫さんという人の人柄や能力がわかる。
元参議院議員であり、政策立案能力や事務能力が非常に優れていて、見識もしっかりしている。
そして、私は、この本から、小沢一郎という政治家も、再評価せざるをえなくなった。
彼は、単なる「よっしゃ、よっしゃ」の子分ではなかったのだ。

 私が「見方が甘い。野党の首脳がそんな認識ではだめだ」と大きな声を出すと、小沢党首が「僕はあんたより小泉との付き合いが古い。性格を知っているんだ」と、激論になった。すると菅さんが、「自由党は、小沢党首の独断でやっていると思っていたら、実際は自由な議論をしているんですな」と水を入れて収まった。
(「平成政治20年史」p227)


というぐあいに、平野貞夫と小沢一郎が、言い争う場面が何度も出てくる。
何日も口をきかない時もあり、周囲がそれをとりなしたりしている。
議論が盛んであるのに、なぜ、みんな小沢一郎から離れていったのか?
たぶん、その議論についていけない人や自分のことしか考えない人たちが、「小沢嫌い」とか変な理由をつけて誤魔化そうとしたのだろう、と私は思う。

それを裏付けるのが、著者の次の記述である。

平成時代20年間の政治は、この『政治改革大綱』の実現をめぐって、本当に日本を改革しようとする勢力と、改革の仮面をつけて官僚や財界と共に既得権を守ろうとする勢力の闘いであった。それは今日でも続いている。
(前掲書p28)


『政治改革大綱』は、度重なる政治家の汚職や疑惑事件から、自民党政治改革委員会(後藤田正晴会長)がまとめたものであり、竹下登首相が総辞職する時に、自民党衆参両院議員に要請したものである。

この大綱は衆院に比例代表制を加味した小選挙区制を導入し、政権交代を可能とするとともに、国会・地方議員の資産公開、パーティや寄付の規制、政治資金による株式の売買の禁止などを網羅していた。また、派閥と族議員の弊害を除去し、わかりやすい国会を実現しようとするものであった。
(前掲書p28)


結局、政治改革大綱は、道半ばで達成されておらず、小沢一郎の不人気から達成は困難であろう。
その不人気さの原因に、小沢一郎の頑固さ、信念の固さがあると思うが、その部分を引用する。

小沢 私が幹事長になったのは、ポストを求めたのではない。竹下さんは反対したが金丸さんから強く言われたからだ。国際情勢も変化し、自社55年体制で政治をやれなくなった。大変化の時期だから引き受けた。これからもよろしく頼む。
権藤 わかった。
平野 これまでのように個人的意見を言うわけにはいかない。与党の幹事長だ。
小沢 自民党には、僕の考えをわかる人は少ない。なんとしても自民党を改革したい。言いたいことがあれば、いま言ってくれ。
平野 政治改革が大事だといって『政治改革大綱』をつくっても放りっぱなし。解党的改革をしないと、国民から見捨てられますよ。
小沢 このままなら、二年に一度、派閥のボスは捕まるだろう。僕は総理になるためのカネ集めをする能力はない。総理になるつもりもない。自民党の解党的出直しをしたいのだ。もしそれができないなら、自民党を潰す。国家国民のために必要なのだ。ぜひこれからも相談にのってくれ。

 小沢幹事長の真剣な話に、私も事務局の立場を越えざるを得なかった。田中角栄、金丸信、竹下登らが肥大化させた自民党を潰そうという話だ。後に引けない、小沢一郎との付き合いは天命だと腹を固めた。私にとっては人生の岐路となる夜であった。
(前掲書p31)


残念ながら、自民党の改革はできなかった。
したがって、自民党の外から改革するしかなく、非自民政権を樹立するが、それもうまくいかなかった。
そして、現在に至る。
どの政治家も、不勉強で、政治思想や理念というのが乏しく、腐っているのだろう。
次の記述は、中でも腐りきった自民党の体質を表している。

 細川・羽田非自民改革政権に対抗して、自民・社会・新党さきがけの三党(自社さ)は裏交渉だけで、連立政権をつくるという破廉恥さであった。公式の会談は、なんと平成6年(1994)6月29日の首班指名の当日、1回だけである。しかも『新しい連立政権の樹立に関する合意書』なるものが、議会政治を冒涜したものであることは、あまり知られていない。その冒頭には、「新しく発足する連立政権(自社さ政権)は、昨年7月29日の『連立政権に関する合意事項』及び『八党会派覚え書き』(非自民政権樹立のためのもの)を継承発展させ、以下の重点的政策の実現に取り組む。・・・・』(カッコは著者記入)と書かれている。非自民連立政権を樹立した理念や基本政策の合意書をそのまま盗用して、自民党を中心とする連立政権を成立させたわけだ。こんな不条理は、人間の世界ではありえないことである。ここに自民党という政治集団の本質があるといえる。政治理念も政策もどうでもよいのだ。政権にしがみつき利権を維持継承させれば、よいのである。
(前掲書p107)

今日の自民党政治家にもいえることだが、政策や国のあり方よりも自民党自体を大事に考える者がなんと多いことか。議会民主政治の根本を理解していない。
(前掲書p98)


この本は、読んで損はないと思う。
マスコミにいいように書かれてきた小沢一郎という人間がわかり、また、著者の平野貞夫という人間もわかる。
そして、平成20年までの、各党、各国会議員の功罪もわかる。

「平成政治20年史」の記述に対し、マスコミはどう思っているのだろうか。
放置したり見抜けなかったりしたその罪は、非常に重い。
副島隆彦流ならば、マスコミは、日本の政治家をバカのままにしておくよう、アメリカに仕向けられたのだ、ということになるだろう。
こういう政治状況も、資本主義と同じく、滅ぶことはないのかもしれない。
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「いま生きる資本論」について

再び、4回目。

佐藤優さんが書いた「いま生きる『資本論』」は、マルクスの「資本論」を学ぶための講義を、本にしたものである。
わかりやすく解説しながら書いたようだが、やっぱり難しい。
難解だからこそ、二つの読み方があるようで、宇野弘蔵という人の宇野学派とそれ以外の学派のものがある。
そして、マルクス「資本論」の記述にも間違いがあり、それを修正しながら解釈していく部分もあるようで、佐藤優さんの解説がなかったら、まず、読むことが難しい。

佐藤優さんは、副島隆彦先生と何度か対談本も出しているので、名前は知っていたが、今回初めて、彼の著作を読んだ。
マルクス、というと、共産主義なのであるが、その資本論を右寄りの人が読み砕くと、共産主義経済が滅び、資本主義経済は滅ばないということ。

マルクスは、次のような結論を出す。

資本主義が発達していくと、資本家同士の間で競争が起きて、巨大資本だけが生き残るようになる。その巨大資本はグローバリゼーションの中で、少数の資本家が富を独占し、スーパーリッチが生まれてくる。その一方では、窮乏、抑圧、隷従、墜落、搾取がどんどんひどくなって、あらゆる場所で二極化が進んでいく。
 そうなると、労働者は堪えきれなくなり、反抗し、団結し、抵抗する。そこで資本主義は行き詰る。大きな資本は、もはやその経済規模に対応することができなくなって、資本主義というシステムは爆破され、革命が起きる。資本主義的私有の最期を告げる鐘が鳴り、収奪者が収奪される。かくて、共産主義革命が達成される。共産主義の世の中が来る。
(「いま生きる資本論」p166)


この論理は、「資本論」第一巻末尾にあり、これが、思想的に左寄りの人たちの主な主張の根拠となっている。
対して、宇野弘蔵さんは、これを意味のあるものではない、と考えた。
資本主義が行き詰れば、恐慌が起こったりするのだが、それを補うものが出てくる。

大量の商品が生産されているのに商品が常に貨幣になるとは限りませんから、つまり誠の恋はおだやかに進みませんから、まったく売れない時もあって、それがやがて恐慌に至ることもある。すると労働者に商品を買うカネがなくなり、貧困という状況は生じる。しかし、そんなことはイノベーション、新技術の開発によって基本的に乗り越えていくことができる。労働者が窮乏化する必然性はない。資本主義は爆破されず、崩壊もせず、あたかも永続するかのごとくに生き延びていくのだ、というのが宇野の考え方です。
(前掲書p167)

左派・リベラル派は、理論的に破綻しているこの窮乏化理論に乗っかって、異議申し立て運動をしようとしてきました。だから、必ず負けてしまいます。資本主義のイノベーションの力を過小評価しているからです。もっと言えば、成長戦略として本当に経済成長を狙うのであれば、いったん景気を最悪の状態に持って行って、大イノベーションを起こすことだって考えられるのです。
(前掲書p168)


つまり、資本論の結論として、資本主義は滅びない、ということになる。
基本的に、滅びない。

しかし、資本主義は、労働力も商品化することになっているから、今度は、人間のほうが大変だ。
機械と違って、体力に限界があるし、気持ちという部分もある。
だから、現在の日本人の選択のように、子どもを作らない人たちが増えてくる。
それでも、資本主義は滅びない。
人間は、この滅びない資本主義に対し、どうやって生きていったらいいのか。

これが、この本の主題である。

そこで、カール・ポランニーという天才経済学者の話になる。
彼は、「人間の経済」には、3つの要素がある、という。
贈与、相互扶助、そして商品経済。
商品経済は、資本主義経済そのもの。
だから、それ以外に人間の行うことのできる経済は、贈与と相互扶助。

お金をたっぷり持っているやつがひたすらばらまく。みなさんも、文化人類学の方で〈ポトラッチ〉なんて言葉を聞いたことがあるでしょう。ポトラッチをやる人間は、富をばらまいて、とにかく全部ばらまき終わって完全に破産するまでばらまき続ける。やがてまた別の新しいポトラッチが行われる。
 贈与って、モースの『贈与論』を読めばわかるように、面白いんです。人間には贈与されると、モノを返したくなる性格があります。
(前掲書p135)

ソビエトシステムが崩壊しても、ロシア社会は崩れなかったのです。急速な資本主義がある部分で進み、オリガルヒと呼ばれる億万長者があれだけ出てきて貧富の差が大きくなっても、ロシアでは暴動も起きないし、べつに飢えるということもない。それはなぜかといったら、互助制度が発達しているからです。
(前掲書p138)


そして、佐藤優さんの結論。

資本主義システムに対応できるのは、個人でも国家でもない中間団体であると私は考える。具体的には、労働組合、宗教団体、非営利団体などの力がつくこと、さらに読者が周囲の具体的人間関係を重視し、カネと離れた相互依存関係を形成すること(これも小さな中間団体である)で、資本主義のブラック化に歯止めをかけることができると思っている。
(前掲書p322)


沖縄県の久米島は、ポランニーのいう「人間の経済」の3要素が揃っていると紹介されている。
つまり、資本主義経済だけに頼らない人間の経済は、ちゃんと存在する、ということなのだ。

そして、それに必要なのが、人間関係の構築なのである。
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「地政学入門」を読んで

また、再び。

いつもよりかなり暇な新潟であるから、その後、3冊ほど読書。
「地政学入門」「いま生きる資本論」「平成政治20年史」。

まずは、曽村保信さんの「地政学入門」。
これを読んでも、しかたがないように思う。
ただ、私の場合、読書している時、よく「地政学的に」という言葉を目にしたため、「これって、何だろう?」という好奇心が強くなってしまい、Amazonの書評も参考にして買った。

ここで少し、Amazon書評について。
結構良心的に書かれている方が多く、非常に参考になる。
間違いの記述の指摘もちゃんとある。
それから、評価の低い書評も読むこと。
気をつけなければならないことは、故意というか、恨みなのか、それとも読解力のなさからなのか、必ず「この書評はおかしい」というのがある。
特に、評価の低い書評には気をつけること。
それを見抜けば、ほぼ「買って損した」ということはない。
ダメな本は、もちろん評価もよくない。

戻る。
初版が1983年という古い本であり、私が読んだのは、その改版。
副題に、外交戦略の政治学とある。
外交戦略と書いてはあるが、これは、戦争を前提としたものである。
だから、はっきり言えば、地理的な問題から戦争を考えた学問、ということ。
シーパワーとかランドパワーとか、そんな言葉が出てきて、つまり、各国の海軍と陸軍とその力関係を、歴史的に考察したものである。

終章に、「核宇宙時代の地政学」があるが、今や、核宇宙時代の地政学は、北朝鮮に学ぶことが多いと思う(本の発行がかなり前だから、現在のことは書かれていない)。
通常兵器による戦争、つまり従来のシーパワーやランドパワーによる戦争だと、技術革新についていけない国は、明らかに負ける。
北朝鮮の通常兵器は、一昔前のものだから、戦争を起こしても数日で敗戦が決まるだろう。
だから、通常兵器など目もくれず、北朝鮮は、核兵器、それも弾道ミサイル開発をやってきた。
こうなると、地政学という学問は、あまり意味がないと思われる。

ただ、地政学の開祖といわれる、イギリスのH.J.マッキンダーという人は、最後の論文で、次の言葉を残している。

均衡こそ自由の基礎だ
(「地政学入門」p85)


これは、核時代、インターネット時代の今でも通じる。
こんなに武器だらけの世界だから、ある程度、大国どうしの武力が均衡しないと、戦争が起こるかもしれない。
そのため、軍縮会議だとか、戦略核兵器削減の会議だとか、そんなことを大国はやっているのだろう。

ここで、中国を考えてみる。
中国の軍備拡張は、きっと地政学的な考えでやっているのであろうが、時代遅れである。
これに対し、もし、北朝鮮がやっているように、面と向かって、中国と対決しよう国が現れたら、同じように核開発をするだろう。
衛星監視と通信網監視時代に、このような対決をあおるような軍備拡張には、意味はない。

これを逆に捉えれば、監視網をすべて遮断して戦争を起こせば、とんでもないことになる、ということ。
中東の出来事が、ネットを通じて伝わるのは、まだ、本気で戦争をやるつもりはない証である。
もし、通信網がすべて使えなくなったら、戦争が起こっている、と疑ったほうがいいかもしれない。
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これが19トンか!

再び。

こういう船に、新潟沖の瓢箪礁で出合った。

おおすぎ丸.JPG

噂に聞いていた、超でかい19トンのいか釣り船である。
いか釣り機を20台も搭載できる船が、この日本にいるのだそうだ。
まるで中型いか釣りの凍結船と同じではないか。
この世は、平等を目指しているのだというが、船の大きさを定める法律は何を目指している、というのか?

こういう船を目の前で見せられると、自分の船を改造して、もう少し大きくしてもいいと思う。
今できている9.7トン型の船は、私の船より2m以上長いのだから。

これは、私だけではなく、誰もが思っていることなのだ。
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タフな女船頭

こんにちは。

今年の日本海は天候が悪く、休みばっかり。
そのため、いろいろな話も聞かされる。
新潟港に入っているいか釣り船は、非常に理不尽な仕打ちに遭っている。
ここだけ特別な規制があるからだ。
そのことをここに書いてもよいのだが、新潟漁協で会議か何かある時に、直接言おうと考えている。
方法論として、考え方として、みんなが聞いて損はないと思う。

さて、今朝、水揚げ終わってご飯も食べ終わった頃、地元の小型定置網の船が入ってきて、もやいをとってあげた。

新栄丸.JPG

何が獲れているのか若い乗組員に聞いていたら、船頭が出てきた。
女の船頭である。
なぜ、女船頭なのか聞いたら、30歳で夫に他界され、それからずっと船頭しているそうだ。
船には50年乗っているとか。
ということは、年齢は70歳くらいか。

どうやって、こんな若い乗組員を見つけることができるのか聞いてみたら、やはり苦労しているようだ。
すぐにやめるのは、やっぱり普通のことらしい。
特に、ハローワークの募集はダメだという。
私もハローワークで、2人ほど、痛い目に遭っている。

それにしても、3人もの若い乗組員を確保していて、ずっと船頭をやっているのだから、「すごい!」の一言に尽きる。
乗組員の交代は、かなりあっただろうし、その他のいろいろなトラブルもたくさんあっただろう。
これくらいタフな女を、私は知らない。
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2018年05月20日

サムサノナツハオロオロアルキ

こんにちは。

すでに新潟へ来てから、1週間が過ぎた。
入港した日にたったの8個水揚げし、あとは、天候が悪いのを理由に、ずっと休んでいる。
無理に出ても赤字なのだから、自主休漁である。

今年の日本海は水温が低いため、するめいかの北上も遅いのかもしれない。
宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を使わせてもらえば、「サムサノナツハオロオロアルキ」と形容できるありさまだ。

私は、パチンコなどという金持ちライクな趣味がないので、読書したり、その辺をウロウロしたりしている。
とにかく、カネを使える状態ではない。
こういうこともあろうかと、今年は増量して、読書用として20冊の本を用意してきた。

しかし、運動不足になると、体がだるくなるから、徒歩で風呂まで行ったり、高いビルに散歩に行ったり。
また、自転車で、新潟駅裏のジュンク堂書店まで行ったり、パワーコメリ(ホームセンター)に行ったり、GEOへ中古タブレットの物色に行ったり。
新潟港は中央区だから、新潟市のほぼ中心地にあり、郊外型の店舗以外は、ほぼ徒歩で用が足りる。
しかし、郊外型のホームセンターなどは、港からかなり離れている。
自転車で20分くらいかかるから、良い運動にはなるが、それにしても遠い。

古いタブレットは、いや、古いOSは、最近、いろいろなソフトのアップデートをやると、「お使いの端末では最適化されません」という表示が出てくる。
でも、大丈夫、動いているから、買い替えは我慢している。
OSも現在アンドロイド8まで行っているみたいだから、アンドロイド4までサポートするのは、面倒なのだろう。
一応、アンドロイド5までは、ちゃんとしたアップデートをやっているようではあるが。
したがって、古いOSだと「お使いの端末では最適化されません」となった場合、アップデートしないほうがいいのかもしれない。

小型船のいか釣り業界は、非常に暗く、ただ単に水温遅れの影響だけと願うのみである。
石川県で少し漁が上向いてきたが、もし、するめいか資源自体が少ないのならば、倒産の危機が訪れるかもしれない、と、みんな言い始めている。
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2018年05月17日

ヤマト運輸から学ぶこと

再び。

小倉昌男さんの書いた「経営学」について。

これは、ヤマト運輸のサクセスストーリーである。
そのストーリーを通じて、どういう経営がいいのか、ということを示したものである。
難しい計算式などは皆無であり、損益分岐点、という言葉を知っていれば、それで用の足りる本である。
ヤマト運輸の社員のために書いた本かもしれない。

ヤマト運輸は、もともとは個人企業体であったが、いろいろなことをやって大きくなった。
特に前社長である著者の小倉昌男さんが生み出した「クロネコヤマトの宅急便」は、働く人さえいれば、まだまだ伸びる事業である。
ネットオーダーの伸びる時代であるから、宅急便事業は減速する要素がない。

ヤマト運輸も必ずしも順調だったわけではなく、宅急便事業をやる前は、他社に乗り遅れ、会社存続の危機にも見舞われている。
いうならば、起死回生の事業が宅急便だったのである。
しかし、その計画は決して無謀ではなく、ちゃんとした需要を見込み、全国展開を前提としていたものである。
今となっては、私たちにすれば、「全国展開なんて、当たり前でしょ」という感覚であるが、当時は、運輸省という組織が威張っていて、いろいろな許可を出さなかった。
だから、ヤマト運輸は、国と喧嘩をしながら、自分たちの開発した宅急便事業を勝ち取った、と言える。
それをできた最大の理由は、ちゃんとした信念を持っていたからである。

サクセスストーリーであるからには、読書自体は簡単である。
もちろん、宅急便事業の技術的展開のことも書いてある。
ヤマト運輸に追従するのは、設備投資の面からすでに無理があるから、このように堂々と記しているものと思われる。
私は、技術的なことを紹介するつもりはない。
ただ、3点、どの事業でも有用であることを書いておく。

まずは、労働組合。
一般に労働組合は、経営側と交渉する場合、賃上げ条件で、駆け引きを行う。
このことに、著者の小倉社長は嫌気がさしていた。
何度も折衝するから、時間の無駄が大きい。
非常に悩むところがあったが、宅急便事業に会社の命運をかけなければならない事態に直面した際、何と、労働組合側が、その事業に対し、賛成に回ったのである。
宅急便事業を興す際、会社の役員会では、社長以外の役員は全員反対だったのに、だ。
つまり、この時、労働組合側が、危機を肌で感じ取っていたと思われる。
労働組合が賛成した背景は、もちろんある。
ヤマト運輸の危機は何度かあったのだが、リストラをやる際、正社員を一人も辞めさせることがなかった。
だから、その点で、最後の最後は、会社を信用していた。
人間は、やはり信用なのだ。

「ダントツ三ヵ年計画」のパート3までを社員とともに作り、全員経営の方針を掲げた。
だから、ヤマト運輸の宅急便事業を作ったのは、ヤマト運輸社員であり、会社の組織図でも、SD(セールスドライバー。ヤマト運輸では、運転手とは言わない)が一番上に書かれてあるそうだ。
社長は、その線路を敷き、国の規制と闘ったのである。

 労働条件向上の方針と目標を労使で共有する代わりに、それを実現する方策も共同で責任を持つ。社内に、この考え方が定着するにつれ、労使の一体感は強まっていった。
 労使一体を象徴した動きのひとつが、昭和60(1985)年2月に上部団体の運輸労連が出した「規制緩和反対の運動方針」に対するヤマト運輸労組の態度表明であった。ヤマト労組は、運動方針から規制緩和反対の項目を削除するよう求めたのである。
 これを契機に、ヤマト運輸の労働組合は独自の考えをはっきり表明するようになり、運動方針を会社の経営路線と一致させるに到ったのである。
(中略)
 会社と労働組合は一心同体で、夫婦のようなものである。それが経営の方向、戦略において一致していることは、市場主義経済の激しい競争の中で大きな力を発揮する原動力となっている。それは難しいことではあるが不可能ではない。一朝一夕には無理でも、細かい努力を積み重ねれば、必ずできるのである。
(「経営学」p211)


宅急便事業で、ヤマト運輸の労働組合は、本当の労働組合になった。
会社なくして、労働組合などありえない。

ここで、小倉社長が、労働組合を変えようと思い至った理由も転載しておく。

 日本人にとって働くということは、生き甲斐である。収入を得るために好きではない仕事をいやいやする場合もあるだろう。そんなときは、労働が苦役に感じられるだろう。でも大方の日本人は、働くことに生き甲斐を感じている人が多いと思う。
 特に自分の属する会社への帰属意識が強いことと、仕事への参画意識が強いことは、日本人の特色である。会社の帰りに、会社の同僚と赤提灯の店に立ち寄り、上司の悪口を言いながら一杯飲むのはどういうわけだろう。会社が嫌いなら、また、上司が嫌いなら、会社のことなど忘れて自宅に帰ればよいものを、わざわざ悪口を言うために赤提灯に立ち寄るのは、会社が嫌いだからだとは思えない。むしろ会社が好きだから、一杯飲みながら批判的な意見を口にするのではないだろうか。
 俺が社長なら会社をこうする、俺が課長ならやり方を変えてこうやる―。社長は、とか、課長は、とか批判するのは、自分を会社の中に置いて、参画意識のもとで常に考えているからではないだろうか。赤提灯で会社の悪口を言うのは、むしろ会社が好きな証拠ではないか。本当は建設的な態度なのだと私は思う。
(前掲書p188)


ヤマト運輸のSDたちは、宅急便事業で、配達先の主婦たちから、初めて「ありがとう」と感謝の言葉を口にされたそうだ。
それ以前の、大口荷主との取引では、逆に傲慢な態度しか示されなかったという。
この時点で、SDたちの気持ちは変わり、やる気が出てくることになる。
私たちは、何かやってもらったら、「ありがとう」と口にするほうがいい。
それで相手の人間が変わるかもしれない。

2点目に、行政や政治家に頼らないこと、言い換えれば、社会を変えることになるかな。

宅急便事業を全国展開する時の足かせとなったのが、規制官庁である運輸省である。
ある免許申請で、あまりに杜撰なことをするものだから、行政訴訟まで起こしている。
今あるすべての類似宅急便事業は、ヤマト運輸が当時の運輸省と闘ったから存在するのである。
ここで、小倉昌男さんの怒りを記しておく。

規制行政がすでに時代遅れになっていることすら認識できない運輸省の役人の頭の悪さにはあきれるばかりであったが、何より申請事案を5年も6年も放っておいて心の痛まないことのほうが許せなかった。与えられた仕事に最善を尽くすのが職業倫理ではないか。倫理観のひとかけらもない運輸省などない方がいいのである。
(前掲書p163)
需給を調整するため免許を与えるかどうかを決めるのは、役人の裁量権だという。では需給はどうかと聞いても資料も何も持っていない。行政指導するための手段にすぎない許認可の権限を持つことが目的と化し、それを手放さないことに汲々としている役人の存在は、矮小としか言いようがないのである。
 すべての役人がそうだというわけではないが、権力を行使することに魅力を感じて公務員になった人もいると聞く。何とも品性の落ちる話ではないか。
(中略)
 役人の一番いけないところは、結果に責任をもたないことである。人間誰しも間違いはある。私お経営上の判断で間違いを犯したことは多い。しかし気がつけば、社員に率直に謝って訂正したものである。過ちがあったとき率直に訂正するから、社員から信頼を得ることができたのだ。
 霞ヶ関には無謬性という言葉があるそうだが、その思い上がった精神構造は理解することができない。煎じ詰めていくと、世間知らずの役人の言うことを聞く経営者が悪い、ということになるのだ。
(前掲書p279)


非常に手厳しい。
わたしたちも、何か役人と話をする機会があったなら、おかしいところは、「おかしい」と徹底的に言うべきである。

3点目は、ちゃんとした倫理観を持つこと。
簡単に言えば、やって良いことと悪いことをちゃんと認識していること。
小倉社長流だと、次のようになる。

 企業は社会的存在である。それは財なりサービスなりで社会に貢献するとともに、雇用の場を提供するからである。しがたって企業は永続しなければならない。永続するには、倫理性に裏打ちされた優れた社格が求められる。
 倫理性、それは、顧客、取引先、株主、社員など関係者に対し、フェア(公正)な姿勢を貫くことだ。社員の先頭に立つトップは常にフェアでなければならない。
(前掲書p260)


そして、経営者としての態度は、

年に1回の株主総会が、たとえ5時間かかろうと1日かかろうと、受けて立つ気力がないなら、経営者をやめたほうがよいと思っている。総会で株主の質問に答えることは、経営者の最高の責任ではないか。会社のためと称して総会屋に金を渡した社員がいたら、正に君側の奸である。
(前掲書p282)
 私も人間だから欠陥も多い。だが「真ごころ」と「思いやり」をいつも忘れずにきたつもりだ。
 経営トップがひとり高い倫理を誇っても、社徳の高い会社にはならない。社員全員が倫理性が高くてこそ、社徳の高い会社といえるのである。それにはまず、トップが先頭に立ち、高い目標を目指して歩まなければならないのである。
(前掲書p290)



岩手に2そう曳きを擁する漁業会社は、三陸沖の海を荒廃させている。
それを自覚することを拒否し、ずっと2そう曳きトロールという漁法を続けようとしている。
企業は永続しなければならない、と小倉昌男さんは言っているが、それは、倫理性に裏打ちされたものがないといけない、と念を押している。
これらの会社には、倫理性などあるのかどうかもわからない状態である。
私が違反操業した背景には、大臣許可というトロール漁業との漁業調整がうまくいってないことが原因の一つであることはすでに記している通りであるが、彼らは、その権威で、私たち小型船に対し、傲慢な態度を貫いている。
このような会社は、ヤマト運輸とは正反対である。

現在、ヤマト運輸などの運送会社は、人手が足りない。
SDを見ても、若い人は少なく、私年代が多いのではないか。
仕事大好き世代である。
日本人そのものである。

しかし、現在の日本の若者の多くは違う。
したがって、この「経営学」の「第9章 全員経営」は、当てはまらなくなってきている。
このようなことを子を持たない私がいうと、「子どももいないくせに」と常に言われてはきたが、人材育成は、親元を離れる前から、すでにやらなければならない事態になっている。
posted by T.Sasaki at 15:32| Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする