日本の漁業が崩壊する本当の理由 片野歩

世界中で魚類資源が増えているのに、日本だけが減っている。
この現実を、恥ずかしいと思うべきである。

日本の漁業が崩壊する本当の理由.jpg

すべての漁協組合長、理事、参事、そして、任意の漁業団体の会長以下すべての役員たちは、この本を読むべきだ。
読みたくないならば、「日本の漁師は大バカものだ」を参照すること。
これを認識できないならば、役職に就く資格はない!

2017年10月21日

ダイソーの時計

再び。

自己責任といえば、これも自己責任だと思う。
安物買いの銭失い。

ダイソー時計.JPG

八戸で台風避難していたとき、暇なので、ダイソーに行って、いろいろ物色しながら、ついつい買ってしまった時計。
乗組員が100均ファンなので、釣られて。

私は腕時計を20年くらいやったことがない。
なぜ、腕時計をやらないか、というと、壊したり、バンドがいかれて落としたりするから。
特に、船の上で、荒い仕事をするようになると、バンドがいかれて、海へ落としたりしたことがあったから、それ以来、やらない。

今年、新潟へ行った時、ある人が「腕時計って意外に必要だよね」と言っていた。
言われてみて、初めて同感。
時間を調べるのに、いちいちケータイをポケットから出さなければならないのだから、時間がかかる。
だから、買ってみた。
シンガポール製500円。

これが、とんでもない代物で、買った当初、1日当たり、1分くらい遅れる。
「まあ、こんなものか」と思っていたら、朝目覚めたら、止まっていた。
あきらめて、その辺に置いていたら、再起動していた。
それで腕にはめたら、今度は、2分くらい進んでいた。
その後は、一進一退の攻防(笑)。

結論。
ダイソーの製品は、消耗品に限る。

腕時計は、やっぱり、SEIKO。
岩手県雫石には、SEIKOの工場がある。
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地元のお祭りに今年も参加

こんばんは。
お久しぶりです。
本当は、それほど忙しくもないのに、ブログはサボっていました。
でも、更新を楽しみにしている人もいるようなので、しかたなく。

この暇な間、するめいかの大不漁で、八戸と宮古を行ったり来たりし(なぜか久慈沖にばかり漁がある。きっと、久慈の船は景気がいい)、身になっていない。
現在は、運よく、前浜で、電気いか(夜いか)をやっている。
今の時期、アンカーの電気いかで、何とかなるのは珍しい。

10日ぐらい前には、地元高浜のお祭りがあり、高浜の岸壁にぽつんと船がいる。

お祭り船2017.JPG

神輿運行後、恒例の飲み会で、黒森神楽が、特別の舞をやる。
高浜の消防屯所兼公民館(地区センター?)の落成祝いらしい。
来年、曳船をやりたい、という話をされたが、震災後、一度もやっていないということもあり、私自身は「やりましょうか」と了承したが、あとは、祭典委員会がどう行動するかにかかっていると思う。

近年の曳船はハードルが高く、損害保険をかけなければならない。
以前は、万が一、事故が起きても、それは、搭乗者の自己責任であったのだが、現在は、それを国が許さないらしい。
だから、祭典委員会などでは、費用の問題やその万が一の責任をどうしたらいいのかを悩んでいる。

本当は、単純なものだ。
自発的行動は、自分の責任であり、搭乗者は、自由意志で乗るのだから、自己責任でいい。
船主や祭典委員会は、搭乗者に強制しているわけではないのだから、重大な責任を負うことはない。
祭典委員会だって、怪しそうな船に、お願いするわけではないのだから。
今一度、自己責任、社会責任、国の責任の範囲というものを考えてほしい。

責任の一端について、ここで例示する。
公は、強制的に税金を私たちから取るのだから、その使い道に対して、非常に大きな責任があるのだ。
「他人に強制する」ということは、そういうことなのだ。
「強制する」ということは、その分、大きな責任を背負うことになる。
このことを自覚する親分やその子分たちは、異常なほど少ない。
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2017年09月18日

柳田國男と遠野物語 4

こんばんは。
今夜で今日は4回目。

明日が沖に出られるかもしれない、というので、準備していたら、ある悲劇が・・・。
でも、これは、私の健康を考えての自然からの贈り物だという人もいる(笑)。

昼に書き忘れたことなのだが、「遠野物語」に柳田國男が残した謎は、遠野物語の献辞と序文にあるようだ。
献辞には、

この書を外国に在る人々に呈す

とあり、序文は、次のようになっている。

 この話はすべて遠野の人佐々木鏡月君より聞きたり。昨明治四十二年の二月ごろより始めて夜分折々訪ね来たりこの話をせられしを筆記せしなり。鏡月君は話上手にはあらざれども誠実なる人なり。自分もまた一字一句をも加減せず感じたるままを書きたり。思うに遠野郷にはこの類の物語なお数百件あるならん。我々はより多くを聞かんことを切望す。国内の山村にして遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。願はくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。この書のごときは陳勝呉広のみ。

ここにある「陳勝呉広」とは、中国秦末期の
紀元前209年に、中国史上初の農民反乱を起こした陳勝と呉広のこと。これを陳勝呉広の乱と呼ぶ。
その他の文章は、次の引用が十分に説明していると思う。

 序に遠野の説話が「目前の出来事」「現実の事実」であることを繰り返すのは、日露戦争の勝利に沸き、列強に伍して海外の植民地を支配していこうとするときに、いまだ国内の現在、目前で起きている出来事にすら喫驚を禁じ得ない知識人の、何と脆弱なことか、また政府中枢にあってそれらを掌握できていない中央官僚としての自らの、非力の慨嘆であろうと考えられる。加えて、前へ前へ、早く早くと脱亜入欧を急ぐ同僚への警鐘ではなかったか。
 戦慄せしめる平地人とはすなわち、心が外国に向いている日本の知識人だとすれば、柳田が発したメッセージは明快である。
 心が外国にある日本人よ、本書を読んでまずは驚かれよ。そして、今いちど、日本とは何か、日本人とは何なのかを、まずは足下である国内辺境に目をむけることで考えてみようではないか。
(「柳田國男と遠野物語」p60)


明治というのは、例のごとく、平気で人を殺すような人が総理大臣になった時代であり、明治に生まれた柳田は、いろいろな活動を通して、それを実感していたのかもしれない。
彼は、農商務省に勤務した高級官僚であり、その後、新渡戸稲造の推薦を受け、国際連盟のある委員会の委員になるが、英語で議論するとなれば、かなり厳しい。

 柳田は新渡戸を誘い、言語がもたらす不公平を避けるため作業言語のひとつにこの人工言語を加えてはどうか、と提案してみるのだが、英仏の代表者の反対にあい、一蹴されている。
(前掲書p70)


ここある人工言語とは、エスペラント語であり、かの宮沢賢治もエスペラント語に関わっている。
この言語は、ポーランド生まれのユダヤ人眼科医が考案したものであり、動機は、柳田らと同じく、「言葉の違いが人々に対立をもたらし、憎しみを育てる」ということを実感したことにある。
こういう背景の下に、彼は「遠野物語」の献辞および序文で、明治の知識人たちに訴えたのだ。

外国の華麗な薔薇ばかりに目を向けず、日本の桜に目を向けよ。

新渡戸流に言うならば、そういうことなのだろう。

柳田國男は、維新を始めとした明治という時代を、きっと、鋭く見抜いていた。
献辞や序文を読む限り、遠野物語には、その批判の意味を含めたのかもしれない(と深読みしておく)。
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柳田國男と遠野物語 3

再び、柳田國男の遠野物語。

柳田國男は、日本民族学の父といわれているが、「民俗学という学問とは何なんだろう?」と考えても、パッと答えることが、私はできなかった。
しかし、だいたいこの本を読んで、おぼろげに理解できたような気がする。
伝承や風習などを理解し、起源など体系化し、今後、私たちが、どういう生活をしていったらいいのか、ということを問う学問なのだろう。
これは、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」に通じるものである。
宮沢賢治も飢えとの闘いで、柳田國男を同様、農業に関わったものだが、彼の結論は、「雨ニモマケズ」なのだと思う。

柳田國男は、民俗学の父とはいわれているが、民俗学を完成させたわけではない。
しかし、いろいろなことにチャレンジした彼に一貫していたことは、「日本人の生活は、どうやっていくべきだろう」ということを考えていた。

彼は、兄の不幸が、日本人の生活を考える原点であったとしている。

 國男は生家を「家の小ささは日本一、それもきっちした形の小ささ」といった。小さな家に大勢が住むことから兄の結婚生活は破綻する。「兄の不幸を思うとき、私は日本の家が悪いこと、家が小さくなったこと、それに前後の影響も考慮せずに制度を改めたこと、そして漢学者が中国の忠孝の孝の字を、文字通りに使ってしまったことなどが、間違いのもとだと考えている。兄の不幸は、日本の家の組織が無意識に存在し、どう変えるべきかということがなおざりにされていたからだと思うのである」「じつは、この家の小ささ、という運命から私の民俗学への志も源を発したといってもよいのである」(『故郷七十年』)と述べている。
(「柳田國男と遠野物語」p64)


小さい家で一緒に寝るだから、新婚の奥さんにとって、それは大変だ。
「秘め事は畑でしなさい」と言われかねない(笑)。
これを柳田は改善したかった。
柳田に限らず、その当時の人たちは、たぶん、そう思っただろう。
昔の新婚夫婦は、本当に大変だったと思う。
今の夫婦は、満足しすぎて、すぐに飽きるのかもしれない。

彼は、子どもの頃、ショックを受けた間引きの絵馬から、飢饉を忌み嫌い、それをなくそうと、農政学を学ぶ。
「時代ト農政」が出版され、農業の規模拡大と産業化を訴えたが、この時代の地主たち農業関係者に肯定されなかった。
それから、「近代日本に登場したインディ・ジョーンズ」(前掲書p6)として紹介されているように、あちこちを旅をするようになる。
これには、朝日新聞社の社員になったことが利点となったようだ。
柳田國男の業績の原点は、多くのフィールドワークにある。

そして、遠野。

人間の長寿は、今や、厄介者となる場合が多くなっている。
健常な老人ならいいが、医療の発達によって長生きできるようになった老人は、医療の実験台になったりしている。
人間の末期は、社会的に微妙な段階になっている。
静かに死ねない。
そこで、姥捨ての話である「遠野物語」第111話に登場してもらう。
遠野での姥捨て山は、「デンデラ野」である。

 この遠野に出てくる姥捨て=棄老伝説は、『楢山節考』などからイメージするものとは、少し趣が異なる。村の貧しさから口減らしとして老人を山深い山中に捨てに行くというのが姥捨ての一般的理解だが、ここでは捨てられた老人たちは、無駄に死んでもいけないので、日中は里へ下りて農作業などをして暮らしをたてていたとも書かれている。それをこの土淵のあたりでは、朝に農作業へ出ることを「ハカダチ」、夕方仕事を終えて帰ることを「ハカアガリ」と呼んでいるというのだから、なんとも牧歌的。
 親を捨てるというきわめて酷薄で背徳的な風習というふうにも言いきれない、何かがある。
 凶作や飢餓を逃れて老人たちが、死に場所をもとめてデンデラ野に入ったとも言われている。
(前掲書p34)

このことに関し、赤坂憲雄学習院大学教授は、デンデラ野が、老人が捨てられる場所しては近すぎる、としている。
遠野という土地には、「生・老・死」が、ちゃんとデザインされている、と。

これをどう捉えるのか。

ある人は、「死ぬまでみんなの役に立つのがいいのかな」と考えるかもしれない。
しかし、「死ぬまで働け、ということか」と怒る人もいるかもしれない。
君は、どう考える?

これが、柳田國男の作った「遠野物語」である。
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柳田國男と遠野物語 2

再び、「遠野物語」の話。

遠野物語第8話に、神隠しにあった女が突然30年も経て帰ってきた、というのがある。
その考察として、次のように深読みされている。

 神隠しは、ある日突然、日常から忽然と失踪し消えてしまった娘、死んだものとしていた子や娘に対するその家の者たちが納得するための結論ではなかったかとも考えられる。柳田は「かりにただ一人の愛娘などを失った淋しさは忍びがたくとも、同時にこれによって家の貴さ、血の清さを証明しえたのみならず、さらにまた眷族郷党の信仰を、統一することができたのではないかと思う」(『山の人生』)と、家制度のなかでの、一族がかかえた何らかの秘密を守る必要から出たものとも受け取れるのだ。
(「柳田國男を遠野物語」p31)


そして、遠野物語第56話に子を捨てる話があり、「遠野物語拾遺」第247話の話を持ち出し、その解説がいい。

 年廻りの悪い子、つまり占星術などによって運気が悪いとされた子を、捨て子にして仮親になる人に拾ってもらう、そんな儀式をすることで、運気、年廻りを良くしようということだろうか。それならば、子供のための親心というもの。少し安心するエピソードではある。
(前掲書p37)


これらをもっと深く読むならば、神隠しは、捨て子をした家の、口実なのかもしれない。

捨て子とは、物騒な話だが、遠野物語の伝承された時代は、度重なる飢饉で、日本人が飢えていた頃の話である。
「遠野物語」は、柳田國男の人生と大いに関わっている。

柳田國男は、13歳から15歳まで、茨城県布川で生活している。
そこで徳満寺の間引き絵馬を見てショックを受けた。

「約二年間を過ごした利根川べりの生活を想起する時、私の印象に強く残っているのは、あの河畔に地蔵堂があり、誰が奉納したものか堂の正面右手に一枚の色彩された絵馬が掛けてあったことである。その図柄が、産褥の女が鉢巻を締めて生まれたばかりの嬰児を抑えつけているという悲惨なものであった。障子にその女の影絵が映り、それに角が生えている。その傍らに地蔵様が立って泣いているというその意味を、私は子ども心に理解し、寒いような心になったことを今も憶えている。」(『故郷七十年』)
(前掲書p66)


「布川の町に行ってもう一つ驚いたことはどの家もツワイ・キンダー・システム(二児制)で一軒の家には男児と女児の二人ずつしかいないということであった。私が『兄弟八人だ』というと『どうするつもりだ』と町の人々が目を丸くするほどで、このシステムを採らざるをえなかった事情は子供心ながら私にも理解できたのである」(『故郷七十年』)。地蔵堂の絵馬と重なった。はげしい飢饉におそわれた記憶、しかも人々の貧しさは途切れることはなかったのだ。
(前掲書p65)


ちなみに「間引き絵馬」のリンクはこちら。

http://www.rekishikan.museum.ibk.ed.jp/06_jiten/rekisi/untitled.htmkogaesiema.htm(「茨城県立歴史館」)

ビッグダディとか、テレビでもてはやされているのがいるが、あんなもの、くだらない視聴率稼ぎの道具でしかない。
彼は、この本を読むべきである。
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柳田國男と遠野物語

こんにちは。

「遠野物語」といえば、あんべ光俊であるが、本ならば、柳田國男である。
昨年だったか、松川温泉へ行った時、その宿に「柳田國男と遠野物語」という本が置いてあった。
津波後の翌年、2012年発行で、その年が柳田國男没後50年であり、記念出版であるという。

「遠野物語」は、佐々木喜善という遠野人の話が元になっている。
それを柳田國男が聞き、脚色してできたのが、「遠野物語」である。
私は読んだことがないが、ある程度のことは知っている。
しかし、単純な物語ではなく、奥が深い。

偶然にも、没後50年の前の年に津波が来たものだから、「遠野物語」第99話が取り上げられている。
明治29年の大津波の時の話である。

ある男が、田の浜(岩手県山田町船越)へ婿へ行った。
そこへ津波が来て、妻と子どもを失う。
彼は元の屋敷に小屋を作り住んでいると、そこへ男女の幽霊が来て、女のほうが彼の妻だった。
一緒にいた男の幽霊は、妻の婚前に深く心を通わせていたという男だった。
婿は、それを見て、しばらく悩み苦しんだという。

「柳田國男と遠野物語」では、次にような悲しい解説を加えている。

 幽霊となって、かつての夫に姿をひと目見せ、あの世では、もともと寄り添いたいと願っていた男と夫婦になったことを知らせにやってきたのであろうか。あの世では、幸せになっているから安心して、あなたは子供と生きていってほしいと伝えにきたのだろうか。
 自分の妻が、死んだ後とはいえ自分とは違う男と夫婦になっているというのは、男としては悲しく情けない複雑な心境であるが、それも死んだ人なら仕方ない。思い煩う日々は続くだろう。
(「柳田國男と遠野物語」p57)


しかし、私なら、そうは思わない。

「私はもう死んでしまったのよ。どうやっても生き返れない。この事実は重いのよ。だから、幽霊同士、幸せになっている。あなたも、私のことなど早く忘れて、次の奥さんをもらいなさい」

この物語を、今風に前向きの捉えるならば、こうなると思う。

明治大津波の時、3.11ほど手厚い被災者保護があっただろうか。
そのことを、「遠野物語」から読み取るべきである。

地球温暖化が進み、気象災害が多くなっている。
台風が来るたびに、どこかで義捐金が必要なほど、災害が大きくなっている。
東日本大震災は、もう過去の出来事なのであり、東北の被災者は、他の被災者を助ける番になったのだ。

八戸は、今、台風が通過しただろうが、通過後のほうが風が強い。
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2017年09月15日

迷惑な最後の船

再び。

以前、八戸の館鼻岸壁を占領している迷惑な動かない船のことを紹介した(「八戸漁港水揚岸壁・係船岸壁利用区分」「八戸漁港水揚岸壁・係船岸壁利用区分」その後 参照)が、それは、今年いなくなった。
さすがに、船主もまずいと思ったのだろう。
最後に残るのは、この1隻のみ。

岸壁を占領する最後の船.JPG

この動かない船を処分できない船主は、公共のこの岸壁を、どう思っているのだろう。
まさか、「オレの岸壁だ」とは考えていないだろう。
こういう迷惑な船は、公共の岸壁を使う資格はない。

館鼻岸壁では、中埠頭が小型船専用岸壁であり、そのすぐ横の岸壁もそうである。
ところが、大型まき網の運搬船が、懲りずに、中埠頭に係船していたりする。
昨日などは、ある船主がとんでもなく怒っていた。
彼があんなにエキサイトするのは、非常に珍しい。
でも、良い情報もいただいた。

船が混んでいない時は、まあ、空いている岸壁を使ってもいいだろうが、この通り、日本全国でも、比較的マシなのが、久慈沖から八戸沖の漁場であり、そこに小型いか釣り船がひしめいている。
だから、常に、八戸港には50隻以上はいる。
鮫の港には、小型船は係船禁止であり、その理由は、まき網船の水揚げに支障があるから。
だから、水揚げの終わったまき網船は、広い鮫の港に係船すべきなのである。
それをわざわざ館鼻港の中埠頭に係船しているのだから、小型船への嫌がらせと取られてもしかたないだろう。
沖では、するめいかを根こそぎ獲って小型船をいじめ、オカでは、岸壁を占領して小型船をいじめている。
これが、八戸港での、大型まき網の姿である。
posted by T.Sasaki at 19:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ちきゅう」

こんばんは。

これ、カメラにあったもの。
9月5日の朝、夜明け。

八戸沖の夜明け.JPG

そしてこれは、昨日の帰港中、撮ったもの。

ちきゅう.JPG

遠くからでも近くに見えるから、相当に巨大な船。
たぶん、「ちきゅう」だと思う。
これで海底探査して、日本の海から、燃料資源がたくさん確保されることを願う。

と思っていたら、青森県のローカルニュースでやっていた。
やっぱり「ちきゅう」で、八戸に入港したみたい。
posted by T.Sasaki at 19:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月10日

格差社会が正常なのである

三度、こんにちは。

再度、「日本のタブー」に触れるが、これには、いろいろなものが、ぐちゃぐちゃに詰め込まれている。
「優生思想」「正規分布」「人口」という言葉の意味が説明されているが、特に、これらの関連は、ぐちゃぐちゃである。
人間は、ねずみより生殖能力は劣るが、過剰福祉が人口の増加を招いている。
だから、ねずみの増加より人間の増加のほうが、著しい。
本当に過剰福祉に制限をかけなければ、人間は貧弱になるし、いろいろな資源を等分に分け合わなければ、みんな食えなくなることになる。
だから、ある程度の「優生思想」は必要だし、「人口」抑制策は必要なのだ。
これらの論文を読めば、何となく、「優生思想」や「人口」抑制策は、悪である、という印象を受けるが、そうではない。
「おのおのが自分で考えてみよ」ということだと思う。
次の引用から、それがうかがえる。

歴史をふりかえれば、格差があるほうが当たり前だったことがわかる。格差の少なかった二十世紀が特殊な時期だったのだ。格差があるのが正常(ノーマル)であり、格差がないのが異常(アブノーマル)なのである。
 日本の経済を支えているのは、三十年の住宅ローンを組んで、その返済のために会社の奴隷となって働いているサラリーマンたちである。それが可能だったのも、「一億総中流」といわれたほど富が中間層に集まったからだ。泣いていたのは、平社員とそれほど変わらない給料で働いていた社長である。どうして責任も仕事も違う平社員と社長が、社員食堂で同じ定食を食べなければならないのか。格差が嫌な人は、キューバか北朝鮮に行けばいい。今後、この支え手たちが日本経済を支えきれなくなったときが、日本が地獄に堕ちるときであり、日本が変わるときであろう。それまでは、政治も経済も今のだらだらとした状態が続く。
(「日本のタブー」p251)


これは、戦後経済の、特に日本の正規分布型社会が例外であった、ということを書いているものだが、最近の小型いか釣り業界を見ると、なるほど、決して正規分布などというのは当てはまらない。
1日の平均水揚げ(総水揚げを水揚げ隻数で割った値)を下回る船のほうが多いのは、突出して大漁する船があるからだ。
水揚げは、上位の船に偏っている。
しかし、それを「悪い」という船頭はいない。
「自分に能力がない」「運がない」と考え、それは「しかたない」のである。
漁船漁業は、格差社会なのである。

だから、ある漁業が景気のよい時期には、漁船は増加し、景気が悪くなれば淘汰され、減少する。
いわし、さば類の資源減少の局面で、本来、まき網漁業が獲ってはならないするめいかを、TAC配分した。
水産庁のこの行為は、明らかに間違っていた。
トロール漁業の2そう曳きの認可も間違ってた。
資源減少で本来淘汰されるべき漁船を、水産庁が助けたら、ますます魚類資源は減少したのである。
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ドル危機がもたらすもの

再び、こんにちは。

アメリカ・ドルが、石油に価値を担保されていなかったならば、ドルは、今頃、国際基軸通貨としての地位にはなかった。
ドル紙幣を刷りすぎているから。
アメリカの債券を日本を始め、中国もたくさん持っている。
もし、日本や中国が、アメリカ国債をすべて売却したらどうなるのか?
その上、石油代金の決済を他の通貨でできるようになったらどうなるのか?
ドルの暴落、ドルの崩壊である。

次のリンク記事を読んでほしい。
北朝鮮問題で、アメリカは、徹底した経済制裁を中国にはできない。
ドル建て債券を中国が売却してしまうから。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52835

そして、北朝鮮とアメリカが、中途半端に手打ちしてしまったら、日本は窮地に陥る。

http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/09/post-8390.php

長距離弾道ミサイルの放棄は、アメリカを安心させるが、中距離ミサイルは、日本にとって脅威である。
北朝鮮の金体制が崩壊するか、北朝鮮が一人前の平和国家になる以外、日本は平和になれない。
常に、北朝鮮の言うことをきかないと、ミサイルの手段を使って、脅されることになる。
ドルの崩壊阻止のため、中国に逆らえないアメリカ。
こうなると、日本も自衛のために、発言すべきだ。

「日本もミサイル開発をやります。中国さん、それでいいんですか?」
「日本のミサイル開発を嫌ならば、北朝鮮を何とかしなさい」

もし、トランプ大統領がキレて中国を経済制裁し、中国がドル建て債券をすべて売却したら、ドルは暴落する。
その場合、アメリカは、その腹いせに、北朝鮮を攻撃するかもしれない。
まさか想像はしていなかったが、私の生きているうちに、戦争に巻き込まれることになる。

ドルの崩壊予測が、こんな結果をもたらす。
もう、アメリカ・ドルを信用しないほうがいい。

今は、関係各国の出方が非常に重要な時期であり、重大な危機であるように感じる。
posted by T.Sasaki at 13:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする