日本の漁業が崩壊する本当の理由 片野歩

世界中で魚類資源が増えているのに、日本だけが減っている。
この現実を、恥ずかしいと思うべきである。

日本の漁業が崩壊する本当の理由.jpg

すべての漁協組合長、理事、参事、そして、任意の漁業団体の会長以下すべての役員たちは、この本を読むべきだ。
読みたくないならば、「日本の漁師は大バカものだ」を参照すること。
これを認識できないならば、役職に就く資格はない!

2021年10月28日

ロープのすれ巻き

こんばんは。

ロープ類は、太陽光線にさらしておくと劣化が早く、特に、ダウンスーパーはもろい。
したがって、ロープを使い終わったら、倉庫にしまうか、シートをかけておく。
ところが、常時係船の場所がある場合、岸壁に係船ロープをそのまま置いておくことが多いだろう。
あまりに暇なので、今日から、そのロープにすれ巻きをやり始めた。

すれ巻き.JPG

この黒いロープは、「かごの保護綱の再利用」と同じものであるが、以前は、ロープにビニールテープを巻かずにこしらえた。
先代は、なぜか、すれを巻く前に、ビニールテープを巻いていた。
理由は知らなかった。
しかし、最近になって、ようやく気がついた。
冒頭で、太陽光線で劣化すると書いたが、理由はそれ。

すれを巻いても、必ず、すれの綱の間には、太陽光線の通る隙間ができる。
ということは、しましまに劣化してしまい、いずれは切れる運命になる。
よって、直射日光を防ぐために、ビニールテープが必要だったのである。

これで、船がいかれるか、船をやめるまで、もやいロープはもつだろう。
いや、新品ではなく、思いっきり直射日光を浴びたロープだから、切れるかもしれないなあ。
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2021年09月30日

鮭は、サバに食われている?

こんにちは。

今日も天候が良くなく、出港中止。
様似の定置網も、出港しなかった。
他の漁協のことではあるが、網を止め置いて、魚が死んでいないか心配である。

わが宮古漁協の自営定置にまで、この赤潮が行くとは思えないが、鮭の大不漁の上に、赤潮被害に遭うと、目も当てられない。
鮭の大不漁は、なぜ起こっているのか。
たぶん、稚魚を放流した時点で、他の魚のエサになっていることが、一番の要因だと思う。
以前にも指摘しているが、海水温の温暖化ならば、日本海の鮭も一緒に減少していいはずだ。
しかし、漁獲量の極端な減少が起こっているのは、太平洋なのである。

近年、三陸沖に、サバが通年いるようになった。
このサバというやつはバカで、いか釣りの鉛(分銅)を食って、それがエラを通って、上がったりする。
手釣りをやった頃は、魚のひきを感じて道具を上げたら、サバが鉛を食っていた、ということがよくあった。
鉛のどこが美味しいのかわからないが、そんな食欲旺盛なサバが、鮭の稚魚を食わないわけがない。
サバだけではなく、以前、南で獲れていた魚の北上にともない、鮭の稚魚の天敵は増えるばかりである。

これは、鮭のふ化放流事業の転機を意味する。
他の魚のエサにならない方法を考えなくてはならない。
放流事業の経費をカバーできないような鮭の漁獲では、赤字になってしまうから、あさりやほっきなどのサービス事業と同じになってしまう。
そういうことを念頭に置けば、漁協組織の再構築が必要になるだろう。
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2021年06月21日

不漁の時は、頑張らない

こんにちは。

ちょっと風が吹けば、休むことにしている。
大した漁があるわけでもなく、たった数十個の水揚げのために頑張ってもしようがない。
しかも、まぐろという敵が来れば、皆無なのだから。
休みが多くなれば、その分、魚も増える。

ここの地元いか釣り船の2番目に若いM丸君と話をしたが、彼は、エンジンを入れ替えるかどうか、悩んでいるそうだ。
若いのだから、パッと入れ替えればいいと思うのだが、やはり、漁に対する将来への不安から、思い切れないらしい。
特に、するめいかの大不漁が最もな要因。

彼は、機械に関してはプロであり、故障はすべて自分で直すそうだ。
機械いじりが好きで、自動車のエンジンに比べれば、船のエンジンは鈍感で丈夫だ、という。
だから、今のエンジンでも、十分乗り切れる。
しかし、問題が、一つある。
エンジンメーカーの部品供給である。
古いエンジンの部品は、在庫品限りであり、それが途絶えると、修理に自信があっても、どうにもならないらしい。
そこで、新しいエンジンをどうするか、という話になる。
「機械屋さんをやればいいじゃない?佐渡は、機械屋さん少ないんだから」と私が提案したら、「いや、そうなると、責任が伴うから、そこまでやる気はない」そうだ。

資源不足による将来への不安は、若い人たちには、特に強いと思う。
その一回り上の私にとって、非常に耳の痛いところだ。
先日、水産庁に電話し、対応したT君に提案したことだが、岩手の2そう曳き許可を、2年くらいの猶予期間を設け、かけまわし漁法へ許可へと変更する、と。
なぜ、猶予期間を設けるか、というと、加工筋を含め、事業転換の時間を与えないと、みんな行き詰ってしまうから。
2年というスパンは短いと思わるかもしれないが、そんなことはない。
オカの商売を見ていると、2年で目まぐるしく変わっている。

水産行政があまり積極的でない(いつになったら積極的になるのか)ので嫌になるが、それでも、自分なりにできることを考えるしかない。

一つの手段が、天候の悪い時は、頑張らない(特に、漁のない場合)。

生き残った魚は、いっぱい子を作ってくれ!
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2021年02月27日

水産庁への『ご意見・お問い合わせ』

ふたたび、こんばんは。

2度ほど、いさだ調査に出港したが、魚探反応なしで、ただ戻り。
風もよく吹き、休みばっかり。
時間ができたので、懸案の2そう曳き問題を思い出し、水産庁の担当課へ電話した。
対応すべき職員は会議中であり、電話口の職員に説明したら、話を理解してくれた。
伝えてくれるとのことだった。
分からなかったら、私に電話をする、というので、携帯電話の番号を教えた(詳細はブログを読んでほしいと、このブログも教えた)。
その後、どうなったのかわからない。

このことは、みんなに知ってほしいし、特に、水産行政に携わる人たちは、無視できない問題であるから、「水産庁」の「ご意見・お問い合わせ」にも、次のように書いておいた。

岩手の沖底組合は、TAC制度を踏みにじっています。
TAC制度とは、親魚を確保し、魚類資源の再生産を促すものです。
それを、岩手の2そう曳きトロールは、1日の漁獲トン数を決めて、自主規制しているふりをしている。
底曳き網に入った魚は、たとえば、5トンというように正確に漁獲することはできない。
オーバーした分は、どうするのか?
そういう問題になってきます。
私は、この問題をブログで書いてきました。

http://platinum-room.seesaa.net/

時間ができたので、本日、水産庁にも電話で説明しました。
トロールの漁法の中でも、2そう曳きは、許可しないほうがいい。
資源を食いつぶすだけです。
1年か2年猶予を与えて、かけまわし漁法への転換をはかったほうがいい。

その他、補助金の使い方など、対応してくれた水産庁の職員には、提案しました。
いずれ、このことは、ブログでも書くことにします。


水産庁への電話は、Webサイトに記してあり、案内のお嬢さんが出たら、電話の目的を伝えれば、担当部署へつないでくれる。
ちゃんとした話をすれば、職員は理解してくれるはずである。

それから、『ご意見・お問い合わせ』のリンクは、結局、「農林水産省」に飛んで、下記のアドレスへ行く。

https://www.contactus.maff.go.jp/voice/sogo.html

みなさんも、今後、大臣許可に関する問題は、直接、水産庁へ話したほうがいい。
県などに意見することも必要だが、何せ時間がもったいない。
今後、ここに書くことと同じことを、『ご意見・お問い合わせ』にもコピーして貼り付けるのも、一つの方法だと思う。

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2020年10月25日

漁に関する実験

みたび、こんにちは。

私は、いか釣りをしながら、いろいろと実験してきた。
実験してきた、といえばカッコイイように聞こえるが、試してみた、と言ったほうがいいかもしれない。

まだ、新潟にいた頃、重油価格がリッター当たり100円になった時があり、低速で漁場まで走っていったことがある。
高速エンジンを低速で走ると、本当に燃料の節約になる。
他船よりも遅く走る、ということは、いい漁場を他船に提供することと同じだ。
非常に不利なのだが、しかし、その1年、頑張ってやってみた。
結果は、まあ、平均的な水揚げになり、燃料節約した分、送金できた。

ところが、これをいい気になってやっていたら、しっぺ返しが来た。
エンジンがかからなくなる。
今のこのエンジンを新台で入れて2年目、忘れはしない八戸港。
朝起きて、エンジンのセルモーターを回しても、一向にかからない。
出漁するのをあきらめて、八戸ヤンマーにかけてもらった。
原因は、「お化け」だと言っていた。
つまり、わからないのだそうで、たまにあるらしい。
しかし、エンジンの使い方を話しているうちに、あまりに低速で走っているから、ガス(黒いカーボン)が邪魔して、かからなくなったという。
ある程度回して走りなさい、と言われた。
その後は、エンジンを止める入港直前には、全速で走るようにし、カーボンを飛ばすようにしている。
(恥ずかしいことに、もう1回やった。笑。3回目やったら、バカと言われるから、たぶんもう無い)。

今年は、海区選択による水揚げを調べる実験。
本当は、友だちと一緒に旅をするのが楽しいのだが、故意に、違う海区で操業して、どれほど違ってしまうのか、というのを知りたくなった。
これにはいろいろな理由があるが、その一つは、昨年の今頃、私は、いか釣りを切り上げて、道具を上げてしまったこと。
その後、とんでもない大漁が来て、悔しくて悔しくて。
あとは、友だちとの共有秘密になるので、書かない。

その他にもいろいろと実験して、結果が出ているが、まあ、ここには書かないと思う。
ただ、エンジンなどのメンテナンスなど、基本的に必要なことは、知らせていきたいと思っている。
posted by T.Sasaki at 10:25| Comment(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月22日

ボロなソナー

みたび、こんにちは。

奇跡の10月」が起きても、もうちょっと水揚げがほしい。
というのも、ソナーのXデーが近づきつつあるような感じである。

ソナーCH-36.JPG

つまみにちょっとした衝撃を加えれば、ボロボロと壊れるようになった。
さらに、様似にいた時、仲間の船頭が遊びに来て、いろいろいじったりしていたら、下のフタが閉まらなくなり、ガムテープで止めている。
別の船頭は、「それは限界に近い。感度も悪くなったろう」と言われると、確かにそんな感じ。
新潟沖に来たら、いかの反応が映りにくい。
魚探に映ってから、びっくりしてエンジンクラッチを切り、それから、旋回してソナーで確認するありさまである。
普通なら、ソナーで探して、それから反応の上に船をもっていて、魚探で確認するのであるが、だから、やり方が逆なのだ。
それほど、感度も落ちているのか。

残り2か月で400万、できれば500万水揚げがほしいが、無理かもしれない。
無線屋さんに相談したら、「大丈夫、もつと思うよ」との返事だから、無理だったらあきらめる。

本当なら、壊れる前に、計器類やエンジン類など、メンテナンスするか買い替えるかしていかなければならない。
特に、エンジン、操舵装置、発電機、配線類などには、気をつけていなけらばならない。
これを怠るような船主船頭は、小型船を動かす資格はない。
posted by T.Sasaki at 15:44| Comment(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月14日

ネオニコチノイド系農薬

ふたたび、こんにちは。

この時化休みで一気に読書したが、とりあえず、過去の「紙の爆弾」からメモ。

「紙の爆弾」8月号のp117に、「厚労省が基準緩和を続ける残留農薬の恐怖」という記事の中で、漁業に関する見逃せない記述がある。
ネオニコチノイド系農薬が、魚類資源に影響を与えているのではないか、というもの。
検索すると、ある。
ハチやトンボの減少の原因の一つで、日本以外では、規制する方向にある。

https://www.actbeyondtrust.org/project-neonico/(「アクト・ビヨンド・トラスト」)

そして、これ!

https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2019/pr20191101/pr20191101.html(「産業技術総合研究所」)

posted by T.Sasaki at 17:06| Comment(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月29日

岸壁使用料

こんにちは。

「漁港の有効利用」にあるように、水産事務所に電話した後、廃船群を見て、ふと思い出したことがある。
いか釣りで、各地に水揚げすると、必ず、清算書が送られてくる。
その経費控除の部分で、岸壁使用料を徴収する市場がある。
この使用料は、おそらくは、県などの港湾を管理する部署へと行くのだろう。
必要な徴収だ。

普段、私たちは、地元に帰れば、タダで岸壁に常時係船している。
常時係船の場合、例えば、1年、トンあたり1万円とか、そういうように岸壁使用料を支払ったほうがいいと思う。
私は、9.7トンの船だから、およそ年間10万円を支払う。
なぜ、そう思いついたか、というと、この船が八戸で、常時係船しているから。

巨大な放置漁船.JPG

廃船みたいな中型いか釣り船なのだが、船主の言い分は、これは財産であるから、と言って、処分しないらしい。
本音は、解体する処分費用をケチりたいのではないか。
財産というのなら、もっと大事に船を管理すべきた。
防舷材が消耗して、すべて落下し、どこかへ行った。
そのため、船体が傷だらけである。

巨大な放置漁船2.JPG

この船は、ずっと放置されている。
震災前からだろう。
ここの岸壁が、この船の船主が作ったものなのならわかるが、そうではなく、税金で作られたものだから、そこに放置するという行為は、悪いことではないか。
有効利用できていないのだから、その岸壁は、税金の無駄遣いということになる。

そこで、先ほど提案したように、常時計係船している船は、トンあたりの年間使用料を1万円支払うようにする。
この船の場合、中型船であるから、およそ100トンくらいあるだろうから、年間100万円。
そうすれば、このような放置船は、船主が夜逃げでもしないかぎり、なくなるだろう。

さて、私たちのような小型いか釣り船が、水揚げした港で、岸壁使用料を徴収されていることを書いたが、実は、ほとんど徴収されていない。
ほんの一握りである。
常時係船とは違うのだから、少しでいい。
少しでも、何百隻も入港すれば、掛け算して金額は大きくなる。

新潟漁協市場に水揚げすると、1日しただけで、1か月分の風呂代や給水料金を差し引かれる。
確か数千円だと思った。
岸壁使用料もこの方式がいい。
入港したら、1か月、トンあたり100円とか、そういうように支払えば、いくらかでも、税金構造物に対し恩返しできる、そのカネで修理費用の足しにできると思えば、使用者として納得できる。

いずれにしろ、タダでものをもらったり、タダで使用する、ということは、よくないことなのである。


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2020年07月17日

天引き口座のススメ

こんにちは。

さて、今日は、漁船経営の話。
するめいかの大不漁が進行中の現在であるが、船を動かしている限り、可動部分は消耗し、交換しなければならない。
私は、昨年、いか釣り機械のオーバーホールをやったが、来年正月には、エンジンのオーバーホールをする予定である。
この資金をどう準備するのか?

私の場合、天引き口座、というのを作っておいて、水揚げ金の20%をそちらの口座へ回すようにしている。
それは、できるだけ、使わない。
オーバーホールなどの設備投資を目的とした口座だから、他のことに使ってはいけない。
そうすれば、普通口座のカネは、気分的に自由に使える。
もう一つ、天引き口座を持っていて、それは近代化資金返済のための口座である。
近代化資金の返済が終わったら、その口座は、やめてしまってもいいのだが、どうせあるものだから、消費税のための天引き口座として使ってもいいだろう。

どうしても、お金を使ってしまう、という人は、天引き口座を作ったほうがいいし、後で楽だ。
天引き割合は、自分で自由に設定できるから、自分の事業内容に照らし合わせるようにする。

景気のいい人には不要かもしれないが、私のように不景気の人には、天引き口座は必要だと思う。
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2020年03月12日

白糠漁協タコ縄部会の取り組み

ふたたび、こんばんは。

水産新聞社には悪いが、非常にいい取り組みなので、北海道白糠漁協のタコ縄部会のことを引用させていただく。
文中にあるくじ引きは、日高地区でもやっているようだ。
これは、私が様似港へいか釣りでお世話になった時、他船から教えられたことである。
10年以上も前の話だ。いや、もっと前かもしれない。
それでは、紹介する。
まずはリンクを貼るが、その続きである。

https://suisan.jp/article-11811.html(「水産新聞」)

 主力となるヤナギダコの放流サイズは部会員間で1.8キロ以下に取り決め。午前3時に一斉出漁、無線で漁模様を連絡し合い、その日の漁獲量を調整、資源保護と価格安定に努めている。また部会員間の格差是正と継続的な資源保護を目的にくじ引きで漁場を決める輪番制を採用している。
 禁漁区は前浜の幅3マイルに設定。稚ダコの多い水深60メートル以浅も全面禁漁としている。
(2020年3月9日付け「週刊水産新聞」1面)


やなぎだこは、比重が軽い。
したがって、1.8kgのやなぎだこは、3kgぐらいのみずだこの大きさになるのではないか。
しかも、魚体もみずだこのように大きくならないから、ほどよい大きさのように思う。

この1.8kgという中途半端な数字は何だろう。
船内で計って2kg、市場渡しで水分を引かれて、1.8kgという意味なのか。
それなら、確かにそのほうがいいかもしれない。

浅い海域は禁漁区であり、共同漁業区域に禁漁区のない岩手とは、雲泥の差がある。


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2020年02月23日

試験操業

こんばんは、3度目。

というわけで、いさだの準備を少しずつやってはいるが、なにせ4年もやっていないものだから、いろいろと手入れが必要である。
一応、油圧機械類は動く。
機械屋さんにもっていてテストしてもらった。
しかし、トモのデッキをあげるための木製のやぐらが、経年変化で少しよじれてしまった。
明日直すが、こんな調子では、解禁に間に合わないかもしれない。
乗組員は全員新人だし、私も新人と同じと考えてよい。
最初一週間は練習のつもりでやるしかない。

その前に、少し挑戦していたことがある。
縦縄をやった。
これは初めてやったものだから、道具からして満足でない。
最近、ようやく、これでいいかな、というところまできて、いさだ漁業への切り替えである。
ぜんぜん商売にならなかった。
本当の試験操業で終わった。
なぜ、これをやってみたか、というと、将来、乗組員がいなくなって、一人でやる場合を考えてのこと。
佐渡島のD親分の教えである。

彼の教えの中には、「授業料を払いなさい」という厳しいお言葉もあった。
私と違って、おっかねえ親分である。
posted by T.Sasaki at 21:52| Comment(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月18日

底魚のエア抜き

こんばんは。

毛がにも大不漁の予感がしてきた。
今年獲った毛がには、まだ10個を越えた程度で、何と!脱皮かに、通称グサグサが、かごに入っていた。
もう30年も毛がにの顔を見ているが、1月にグサグサを私は見たことがない。

この通り、まだ毛がにでは赤字になってしまうから、山の下で、まだこを獲っているつもり。
それが、まだこより、みずだこの方が数が多い。
それにしても、市場に行くと、うんざりさせられる。

みずだこピンピン.JPG

これは、2kg以下の小さいみずだこである。
水揚げの個体数では、ダントツ一番多い。
誰よ、こんなのをたくさん獲るのは?
放流すれば、価値の高い大きなたこになって、そして、生き延びた個体は、子孫をたくさん残せるのに。
放流しても、かもめの餌になってしまう底魚に比べれば、ずっと未来があるのに。

かもめの餌を提供することが嫌だから、先日、小さなどんこを沈めるために、あちこち、針金を刺してみた。
刺されたどんこは痛かっただろうが、どんこの命を救うため。
しかし、うまくいかない。
口から刺しても、エラの付け根を刺しても、どんこのお腹のふくらみはなくならない。
これでは、沈んでいかない。
頭にきて、あちこち、ずぼずぼ刺したが、結局ダメだった。
とにかく沈んでいけば、何とか生き延びてくれると思うのだが。

このことを水技(岩手県水産技術センター)に電話して実験したことがあるかどうか聞いたら、ないそうだ。
どんこにしろ、まだらにしろ、小さい底魚を沈めてやって、それが生きてくれれば、少しは資源減少に歯止めをかけることができるだろう。

私は漁師のくせに、魚の空気袋がどういう構造なのか知らないから、本当のところ、それに穴をあけた場合、魚の生死にかかわる問題なのかもわからない。

10匹に1匹ぐらいの割合で、私みたいに痩せている個体は、泳いで沈んでいく。
どんこをさばく時、エラに包丁を入れれば、どんこの腹は、すぐにしぼんでしまう。
ところが、生きているどんこは、エラに包丁を入れても、腹がしぼまないのである。
たぶん、空気袋の機能は、生きている時と死んでいる時と全く違うのだろう。

腹がプクっとふくれた底魚を沈めてやって生かす方法を開発した人は、水産庁から金一封が贈られると思う。
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2019年11月04日

大沢小学校全校表現劇「海よ光れ」

こんばんは。

昨日の話であるが、隣の山田町にある大沢小学校へ行ってきた。
最後の「海よ光れ」という演劇の見るため。

https://www.iwate-np.co.jp/article/2019/10/31/67177(「岩手日報」)

この記事に、「見に来てね」とあるから、素直に観にいった。
ショックなのは、大沢小学校が閉校してしまう、ということ。

「海よ光れ」は、ず〜とず〜と前に、大槌で行われた「全国豊かな海づくり大会」で発表されて、知名度が上がった劇である。
大槌大会は、第17回の大会であり、平成9年。

http://www.yutakanaumi.jp/umidukuri/(「全国海づくり推進協会」)

大沢の海の歴史を語った劇ではあるが、現在の漁業の末路を表現したものである。
主に、するめいかの漁から加工までを演じていて、海が枯れてしまったのは乱獲であるとし、具体的には、大臣許可の沖合底曳網漁業を指している。
劇の最後は、豊かな海を取り戻して終わるが、現実は非常に厳しい。
平成9年にこれを観た現在の各漁業団体の長たちは、何を考えているのか、私は聞きたい思いである。

何度か大沢に行ったりしたが、小学校訪問は初めてである。

大沢小学校.JPG

テーマがいかであるから、のぼりにもいかが書いてある。

海よ光れ.JPG

劇場入り口。

海よ光れ2.JPG

一生懸命な大沢小の生徒たち。

海よ光れ3.JPG

劇の前に挨拶した指導教官の話だけでも感動した。
毎年、少しはアレンジしていようで、3.11の津波の表現も挿入しようという話があったのだそうだ。
しかし、これには、3.11を思い出したくない、という住民感情も少なからずあるために、その判断を、生徒たちに託す形にしたという。
生徒たちも考え、自分たちだけでは判断できない、ということで、今度は、創始者の箱石敏巳先生にも相談したようである。
最終的に、原版で、最後の劇を行うことに決定された。

最後の「海よ光れ」を、比較的詳しく伝えたのは、東海新聞であった。
意外にも、東海新聞は生きていたんだなあ、と失礼ながら思ってしまった(ところが違うみたい。何で静岡なのよ)。

https://news.tnc.ne.jp/social/333184_1.html(「TOKAIネットワーククラブ」)

大沢劇場(たぶん体育館)の入り口には、何やら、コピーが置かれていた。
学校新聞である。
学校新聞の名前も「海よ光れ」なのだ。
第172号は、三上乃愛さん、佐々木優花さん、道又結さん、堀合拓斗さん、中嶋かれんさんの5名で編集したようだ。
申し訳ないが、創始者の箱石先生のことを転載させてもらいたい。

 私達は、「海よ光れ」のスローガンを日々達成できるように、動きをそろえたり、今までにない「海よ光れ」にするように努力しています。ですが、「海よ光れ」の事を分かっていないと、今までにない「海よ光れ」にすることはできません。そこで、今までたくさんの「海よ光れ」を見てきた箱石敏巳先生の家に5・6年生が行き、お話を聞いてきました。大沢の昔のことや「海よ光れ」で分からないことを聞いてきました。内容は次の通りです。
「私は、昭和16年、4月1日に生まれました。普通の家庭は5人から10人ほど兄弟や姉妹がいましたが、私の家は3人兄弟でした。
昔は南陽寺の目の前は海でした。でも、完全な海ではなく、沼のようになっていました。
学校も今と違って人が沢山いました。昭和30年には410人、昭和50年には320人、昭和63年には260人と段々減ったけど、今と比べれば沢山いましたね。
昭和35年にはチリで大地震がありました。私はその時、大学生でした。部屋の半分が水につかってしまって大変でした。
その後、私は船越小学校の先生になりました。その時、土器を掘っていて、私はすごいものを見つけたんですよ。それは丸太で作られた家のあとでした。他にも昔の物が色々ありましたよ。矢の先についている矢じりが一番多くありましたね。ちなみに矢じりというのは、弓矢の矢は分かりますよね。その矢の先についているとがったものを矢じりといいます。
これは今もある事の話なんですけれどね。オランダがらしというものを知っていますか?今でいうクレソンですね。それが今も大沢川に生えているんですよ。なぜかというと、光山温泉の料理につかったオランダがらしの切れはしが大沢川に流れて、川の上流に生えて、そこから増え続けているんですよ。オランダがらしは、繁殖力が強いので、大沢小学校のビオトープに植えれば増えると思いますよ。
それから昭和には日東捕鯨という鯨を捕る会社がありました。土地を無料でくれたり、大沢村じゅうの税金を全て払ってくれたりと、とても親切にしてくれたんです。とてもうれしかったですね。あの時の捕鯨会社の人々に感謝してもしきれないですよ。」
(「海よ光れ」第172号3面)


この学校新聞の記述から、劇中で、日東捕鯨のフィルムが出てきたことに納得した。
感動させられたのは、感謝の言葉が多いこと。
漁船につきもののフライ旗を貸してくれた船主へ、感謝の意を込めて、船主の言葉を掲載しているし、台風19号で駆けつけてくれた自衛隊への「ありがとう」も書いてある。
非常に素晴らしい。
私も、3.11津波の時、自衛隊にいただいた毛布を、今も大事に使っている(ブリッジ寝台の必需品)。
自衛隊には、感謝しかない。

「海よ光れ」という劇は、私の父が、宮古漁協の理事であった時代、上記の大槌で行われた全国豊かな海づくり大会に出席して観てきた話を、私は聞いて知っていた。
父は、その後、東京のNHKホールで開演されたのも見たようであるから、すでに2回も観ているのだ。
確か、「岩手県漁連だより」という会報の「羅針盤」(水口憲哉さんが書いていた)でも、「海よ光れ」を扱っていたと思ったこともあり(この私の記憶は確かではない)、そして、その影響から、「海よ光れ」というステッカーまで自分で作ってしまった。
そして、「最後だよ」という報道もあり、意を決して、大沢小学校に足を運んだ。
観ないわけにはいかないのである。

劇を観ながら、頭の中は、ぐるぐるといろんなことを考えていた。

今や、三陸沖に、魚がいなくなってしまった。
何をやっても、不漁なのである。
環境の変化のせいにするのは簡単だ。
元の環境に戻る確率は、非常に低いだろう。
その中で、魚類資源を増やす、という方向性が、今のところ、行政にしろ、漁業団体にしろ、示されていない。
獲りすぎだ、という反省の声も少ない。
特に、岩手の2そう曳きトロールは、反省すべきである。
(小型船のかご漁業者もそうであることを付記しておく)。


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2019年10月05日

D親分の教え

再び、こんにちは。

最近よく登場するD親分は、非常に尊敬できる人間である。
脱サラしてから、自分で漁船漁業をやり始めた人であり、先輩たちからいろいろ聞いて、あとは自力で、挑戦の繰り返しの連続である。
その長年の苦労が、現在報われている形になっている。
釣りのプロである。
テレビにも出たし、新潟県のテレビコマーシャルにも出ていた。

しかし、先輩たちの中には、「俺が教えただろ」という高圧的な人もいて、操業時に困難を伴うこともしばしばあるそうだ。
せっかく伸びた後輩を、いつまでも子分扱いするのは、良くない。
私なら、後輩に対し、大漁させるよう、配慮するのであるが。

以前、昼いかで、実際に、そういうことをやってきた。
例えば、新人が、いい漁模様を出しても、すぐには行かないで、その新人の獲った箱数がある程度いっぱいになってから行ったりした。
彼が、宮古魚市場でその日一番の水揚げになるよう、画策したときもあったが、結果はよくわからない(私はあまり他人の水揚げを知らない。宮古の場合、自分の水揚げさえ、よくわからない。笑)。
自分が教えた成果が、その新人に表れるのは、うれしいと思う。

D親分からは、釣りのことに関して、いろいろと教わる。
いか釣りでも、今、教えられたことを実験中である。
太平洋では、あまりに漁がないため、その成果が実感できるほどの水揚げができるかどうかわかならいが、「やってみる」ことに価値があると思っている。
D親分は、そうやって、成長してきたのだから。
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2019年06月11日

水産庁の義務

再び、こんにちは。

とにかく、今年は、昨年の大不漁とはまた、比較にならないほどの大不漁である。
それでも、八戸のトロール船は、尻屋沖のするめいかを曳いている。
毎年のことだが、尻屋沖の今時期のするめいかは、小指のくらいのするめいかである。
いか釣り船が行って、そこで針を下げてみても、いかは揚がってこない。
良心的な八戸のトロール船は、八戸前沖で、スケソウダラを獲っている。

こういう資源状況を考えるなら、水産庁は、このようなトロール船のするめいか漁獲を制限すべきである。
「新潟から佐渡へ移籍した理由」で少し書いたが、漁業の世界で弱肉強食を是とするならば、水産庁という行政組織の存在意義はなくなり、魚類資源は減少する一方となる。
それではいけない、ということで、今度の漁業制度改革が行われたのであろう。
目玉は、資源管理の推進である。
都道府県が資源管理に対する義務を怠った場合、罰則規定が設けられているくらいだから、水産庁直属の許可である指定漁業をまず、積極的に制限しなければならない。
トロール漁業、特に、2そう曳トロールは、制限を厳しくしなければならない。
網を揚げれば、ほぼ魚は瀕死の状態で漁獲されるのであるから。

これは、資源増殖に対する水産庁の義務である。
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佐渡島の漁協

こんにちは。

ヤマセが吹いて、休み。
それほどの悪い天候というほどではないが、漁がないから、船の消耗を防ぐ意味でも休んでいる。
両津港は、北西や南西の風だと、湖のように静かであるが、北や北東系の風だと、ちょっと波が入る。
港内の船は、みな揺れている。

暇なので、市場関係者やD親分から教えてもらったことを紹介する。

ここ佐渡島には、7つの漁協がある。
佐渡漁協、水津(すいづ)漁協、加茂湖漁協、羽吉浜(はやしはま)漁協、内浦漁協、内海府漁協、姫津漁協。
下記のリンクには、佐渡島にある漁協の概略が示されている。

http://www.pref.niigata.lg.jp/HTML_Article/938/1000/gyokyogaiyo_592369,0.pdf

これを見ただけで、佐渡漁協は、いち早く各地区の単協が合併したものだとわかる。
他の漁協は、それ相当に経営内容がいいから、合併していないのだろう。
D親分の話では、優良漁場の定置網を持つ単協は、配当金がいいから、出資している組合員からすれば、合併しないようがいい、という考えだろうとのことである。

しかし、彼は、漁業者の超高齢化が控えている中、それでいいのか、と疑義を呈している。
このことは、わが岩手でも同じことがいえる。

新潟沖のいか釣りは、今年の場合、沖合に漁場が形成されない。
代表的な瓢箪漁場に4回行ったが、私は、まだ1匹も釣っていない。
もう誰かが良い漁模様を出すまで、行く気がしない。

山形沖の鎌漁場も同様で、行った船は、何匹とか何個とか、そんな漁獲しかない。
同じ山形沖の向瀬漁場も、まだ獲れたという話を聞かない。
かろうじて、佐渡島の棚であるヒラ漁場、佐渡海峡、中瀬に、たまに数十個程度の漁があるのみである。
つまり、水深の浅い海域ほど、するめいかが少しでも多い状況なのである。

新潟県のいか釣り漁業許可は、佐渡島から6マイル以内での県外船の操業を許していない。
これは地元いか釣り漁業者の要請であり、私が以前来ていた頃は、そんな制限はなかった。
いつからこうなったのかは、よくわからない。
いつの間にか、そうなっていた。
それでも、昨年までは沖合に漁場が形成されたから、燃油代を上回る分は、獲れた。
しかし、今年はそれもないから、県外船はみじめである。
かといっても、地元船はちゃんと操業しているか、というと、最近、島の西側のいか釣り船が動き始まった程度であり、ここ両津港にいるいか釣り船は、まったく動いていない。
エンジンオイルは、相当に硬くなっているに違いない。

佐渡市場側にすれば、水揚げしてもらいたいから、県外船に対する制限をあまりよく思っていないのではないか。
D親分も、高齢化でいか釣り船の自然減船の進む中、地元船を守ろうとする制限に意味があるのかどうか、と批判的である。


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2019年03月18日

外国人雇用は、魚類資源の減少をますます促す

再び、こんばんは。

まずは、これ。

キャプチャ1.JPG
(2019年3月16日付「岩手日報」3面)

見方を変えれば、なるほどなあ、と思う。

昨年だったか、他のいか釣り船に乗っている私の友だちが、このことについて話していたことを思い出す。
今では、小型船でも、インドネシア人を乗せているのだが、友だちの主張では、外国人を乗せなければならない船主は、それだけ漁のやり方が下手なのだから、本当は、淘汰されるべきなのだそうだ。
なるほど、本来、淘汰されるべき船が、賃金の安い外国人労働者によって、存続できるのだから、その分の漁獲物が減少してしまう。

以前にも書いたことだが、魚類資源の減少により、漁船も淘汰されて減少し、減りきったある時点から、今度は、魚類資源が回復することになる。
そして、漁船も増加し、再び、資源は減少する。
これが自然なサイクルとして、繰り返されるのである。

しかし、低賃金や漁業補助などで、淘汰されるべき漁船が漁を続ければ、魚類資源は、ますます減少するから、資源回復はかなり遅れることになる。
この新聞記事から、彼の言葉を思い出し、今、納得した。

日本人と日本近海の魚類資源を守るためには、必要な考えであると思う。
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2019年03月05日

ウロコのないドンコはお徳

こんばんは。

いさだ漁業をできなくて、やけくそになって船を動かしている今日このごろ。
いさだ漁業は、2日で100万円の水揚げだそうだ。
私が100万円水揚げするとなると、1ヶ月もかかる。
今年、乗る予定だった人たちは、ため息をしていると思う。
私は、もっともっと深いため息である。

どんこ8入れ.JPG

かごに入るどんこ(エゾイソアイナメ)は、安い。
なぜか、というと、ウロコがはがれていて、延縄のどんこのように、黒くないから。
ウロコがはがれるということは、鮮度が落ちている、と評価されるのである。
したがって、延縄のどんこは、かごのどんこよりも高いの当たり前なのである。

私は、自分で包丁を握る人間だから言わせてもらうが、ウロコの無いほうが、さばく側は楽なのだ。
だから、知り合いの買い人には、「かごのどんこは、ウロコをはがず手間ななくて、楽だよ」と宣伝しておいた。

生き物は何でもそうだと思うが、死後硬直するまで、すなわち、ピクピクしている間は(笑)、鮮度はいい。
かごのどんこは、もちろん船上に上げても、しばらくはピクピクしているから、鮮度がいい。
ただ、ウロコがないだけなのだ。
だから、ウロコのない分、かごのどんこはお得だよ。

しかし、本当のところ、やはりウロコがついているから、落とさなければならない(笑)。



余談になるが、もう春鮭鱒をやめてから20年以上経つが、春鮭鱒の延縄漁業をやっていた。
春鮭鱒には、流し網漁業もあり(北海道)、岩手では、延縄漁業しかなかった(流し網の許可を出すことができない)。
流し網は、網だから、当然、かかった魚には、ウロコが少ない。
延縄の魚の価値は、ウロコである。
ウロコがある、ということは、鮮度がいい、という評価なのである。
30年前は、私はもちろん、飯炊きであり、船頭から雷を落とされていた人間だ。
シロ(トキシラズ)しろ、鱒(カラフトマス)にしろ、デッキの上でバタバタさせれば、怒られた。
魚が上がったらすぐに、頭を叩いて、動かなくさせなければならない。
したがって、キラキラしたウロコは、もちろん付いている(内臓をとっても付いている)。
そうして箱入れした魚は、市場で水揚げしても、ピンとしている。

しかし、宮古魚市場では、あまり評価されなかった。
北海道産の鮭鱒には、かなわないのである。
これには、非常に不満である。
なぜか、というと、北海道産の鮭鱒は、カメ(船倉)にバラ積みしてくる、というのを知っていたから。
バラ積みしてきた魚は、下の方ほど潰れている。
一方、宮古に水揚げされる魚は、ほぼすべて箱入れである。
しかし、単価は、北海道産に負けるのである。

日本全国の消費者は、当時、「北海道産」という名前だけで、買っていたのだろう。
宮古産の鮭鱒は、どうでもいい扱いだったのである。
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2019年01月16日

クジラと国際捕鯨委員会は、話が通じているのかしれない

さらに再び。

国際捕鯨委員会(IWC)から日本は脱退した。
いいことだ。
クジラは増えていると思う。
魚類資源の減少を考えるなら、増えすぎているくらいである。

これに対し、この行為を愚かだと言っている日本人もいる。

池田教授が一刀両断。いまさら国際捕鯨委員会を脱退する日本の愚(「まぐまぐニュース」)

国際捕鯨委員会を「最近では国際捕鯨禁止委員会と名付けた方がいいような機関になってきた。」と非難しているが、ダブルスタンダードであるとして、日本政府の対応をアホだとしているわけだ。
しかし、私たち漁業者からすれば、「大食漢のクジラの増えすぎは困るから、何とかしなければ」というほうが、ずっと説得力がある。
ダブルスタンダードは、政治屋たちの問題だ。

イルカとクジラでは、どっちが頭がいいのだろうか?
私は、定置網の親分から聞いたことがあるが、クジラが網に入ると、ちゃんと生きたまま逃がすそうである。
もちろん、クジラが網に入れば、魚は皆無である。
クジラはバカなのかもしれない(バカなクジラもいるのだ、という考えもある)。
せっかく人間が手間をかけて逃がしても、また同じクジラが網に入るのだそうだ。
魚がいないのに、また入るなんて!
クジラにも事情があるのだろうが、もし、同じことを人間がやったら、「お前、バカじゃないのか!」と怒られるだろう。

クジラに怒っても、伝わらない。

その仲間の国際捕鯨委員会に意見しても、伝わらない(笑)。
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2019年01月09日

私は沿岸組合の職員か?

こんばんは。

懸案のいさだ漁業許可の件で、県庁まで行ってきた。
結果が出てから、手元にある文書を提示し、事の顛末を記すことにする。

帰ってきてから、「沿岸組合(岩手県沿岸漁業漁船組合)の職員が、本来やらなければならないことを、オレはやっているよな」と思ったら、どっと疲れが出た。
先輩たちにこの話をしたら、鼻で笑われた。
笑われたら、ますます疲れて、コップ1杯でかなり酔ってしまった。

盛岡に行ったついでに、昔の先輩、といっても、大学時代のアルバイト先の職人だが、10年ぶりくらいに会ってきた。
おみやげに、凍結した「幸せのさば」をプレゼントしたら、逆に、蜂蜜をプレゼントされた。
以前は、焼肉屋さんを経営していたが、怪我をしたのを機会に店をたたんで、養蜂業をやっている。
「悠々自適」の世界に入ったそうだ。
私も弟子入りしようかと思ったりもした。

50歳以上には新規許可をほぼ与えない、という県の方針では、一度、許可を失効させてしまえば、50歳以上の船主は、船をやめざるをえない事態に追い込まれる。
今回の件で、これが痛いほどわかった。
どの人間も、すべての許可を失効させてしまう事態が考えられる。
例を挙げて、水産振興課に説明してきたが、みんなにその可能性はあるのだ。
私も身近に迫っている問題があるから、本当に転職のことも考えるようになっている。

県が、許可の取扱方針を変えない限り、50歳以上だけではなく、30歳以上でも、許可を失効させれば、まず、その許可の復活は見込めない。
だから、岩手県内の小型船は、許可に関して、どんな手を使ってでも、実績を作ってほしい。
そうでないと、許可数は、どんどん減ることになる。
このことも、後ほど、文書を示して説明する。

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2018年12月05日

「水産振興」など、嘘っぱちだ

久しぶりに、こんばんは。

今、私は、怒りに震えているわけではないが、いろいろなことが頭をよぎっている。
県の水産関係の部署や岩手県沿岸漁船漁業組合に対し、不信感でいっぱいだ。
特に、県の水産振興の部署には、あきれてしまう。
電話で、「そんなことなら、やめてしまえ!」と怒鳴ったりした。

海の中の温暖化や魚類資源減少を、漁業者は敏感に感じ取っている。
しかし、県は、それについていけない。
いろいろと説明すれば、「おっしゃる通りです」とは言うが、ぜんぜん施策を変えようとしない。

昨日は昨日で、検察庁に呼ばれ、いろいろとたずねられて、調書を取られた。
それが終わってから、例の問題を聞いてみた。
「法の番人」たちだから、ちゃんとした回答が得られると思ったら、非常に悩んでいた。
具体的には書かないが、法的にも、非常に問題があることなのだ。
これを、今後、容赦なく、責めることにする。
「水産振興」とは名ばかりの施策を行っているのだから、県は責められて当然なのである。

県の水産関係者は、意味がわかるか!
電話で、「水産振興とは、こうあるべきでないのか」「トップの人間に伝えておけ」と言っておいた。
トップの人間が誰だか知らないが。

我慢にも限度がある。




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2018年08月08日

長いものに巻かれたくない

再び。

まき網は減船すべきである。
もちろん、日本近海の魚類資源減少を食い止めるためである。
反論として、「政府で定められた漁獲量を守っているのだから、減船する必要はない」と主張するかもしれないが、それはその漁獲量設定自体、そして、魚種制限もおかしいからである。
これは、過去の歴史が証明している。

以前の大型まき網の船体には、ちゃんと「いわし・さば」と目的の魚種がちゃんと書いてあった。
それが、今はない。
「いわし・さば」と書いてあっても、混獲と称して、混獲率99%のするめいかを獲っていたのは、誰も知っていることである。
これを容認していた水産庁の責任は、非常に重いのだが、何一つ責任を取ったことはない。
各地の漁協を相手に、責任問題を裁判で追及するとか、そんな脅し話を聞いたりするが、どうせ裁判を起こすなら、そんなちっぽけな相手ではなく、水産庁自体を訴えればいいと思う。
情けない。

まき網漁船を減船すべき理由の一つは、超効率的な漁法だからである。
今や、魚群探知機類の飛躍的な向上により、まき網漁船が、日本近海の魚を取り尽くす能力がある、ということは、すでに書いたが、いくら「漁獲量制限の範囲内で獲っているよ」と言っても、その設定した漁獲量が多すぎれば、資源管理の意味がない。
少ない魚群をすべて獲る能力があるのだから、本当の資源量に対し、設定する漁獲量が多すぎれば、確実に魚類資源は減るのだ。
このことは、冒頭に紹介してある本を読んでもらえれば、日本の国がやっていることがわかる。

マグロの漁獲割り当ての関する件もそうである。
まき網漁業よりも、沿岸漁業や定置網漁業に割り当てることによって、地域の台所は潤うのである(「マグロに針をやられる」参照)。

もう、まき網漁船の減船しかない。
合理的に考えるなら、それしかないのである。


私は、若い時に比べれば、角が取れて、反骨精神はかなり衰えたが、それでも、旺盛なほうである。
自営業者というのは、反骨精神がなくなったら、やめるしかない。
小型漁船の漁業者は、環境が厳しい分、短気で、反骨精神旺盛な人が多い。
酒を飲むと、すぐに喧嘩する人が多いのも、そういう影響があるのだろう。
喧嘩するは困ったものだが、それでも、反骨精神がないよりは、まだマシだと思う。
特に、魚類資源の敵である、まき網漁業やトロール漁業に対する反骨精神がなくなったら、小型漁船の経営者として、資質を疑う。

自民党支持者には、「長いものには巻かれろ」的思考の人間が多い。
それでは、改善すべきものも、改善されない。
困ったことに、漁協組織は、自民党支持が多い。
この性質を変えない限り、水産行政は変わらないような気がする。
自民党がそんなにいいのか。
「長いものに巻かれる」のがそんなにいいのか。

ある程度年をとってくると、自分の過去を振り返り、過ちを反省したりする。
やっぱりみんな過去を振り返ると、「あの時は、自分はおかしかった」と思うことがある。
そして、やる気のある若い人たちの足を引っ張りたくない、という気持ちも持つものである。
「長いものに巻かれろ」的思考では、今後の人たちにとって、害でしかなく、何も発展しないのである。
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2018年07月15日

マグロに針をやられる

こんにちは。

この前の操業時、集魚灯を点灯して、順調にいかが釣れ出した。
1時で110個あがったから、3時まで操業すれば、もしかして200個になるかも、と期待していた。
それほど、どんどんあがりが良くなっていった。
しかし、マグロが来て、針をやられてから、1箱もあがらなかった。
噂には聞いていたが、マグロは、太平洋のアオザメより悪い。
アオザメは、針に悪さをして、落としてしまうが、いかをそれなりに釣らせてくれる。
マグロは、まるっきりダメ。

何十年と日本海に来ているが、私は初めて、マグロに針をやられた。
特に、今年は、多いようだ。

マグロが増えている、という日本の漁業者の主張は、正しいのではないか、と思う。
どこの定置網でも、マグロがたくさん入って、それを殺さないようにするために、他の魚もすべて逃がさなければならない。
各地域の台所を支える定置網がこんなありさまでは、ひどいものだ。
こんなことをするなら、まき網のマグロ割り当てをゼロにしてしまい、その分、定置網や延縄に振り分けたほうがいい。
まき網漁船は、各地の魚を水揚げするわけではなく、例えば、境港などのある特定の市場にしか水揚げしない。
日本全体のことを考えるなら、大型まき網は、どんどん減船すべきである。


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2018年07月05日

納得いく説明ができない水産庁

こんにちは。
先日書いた「安いひらめとまぐろ」のことを、次の二つで、勝川俊雄さんが解説している。

https://news.yahoo.co.jp/byline/katsukawatoshio/20180629-00087280/
https://news.yahoo.co.jp/byline/katsukawatoshio/20180704-00088033/

学歴の高い水産庁職員が、なぜ、こんな判断をするのか、理解に苦しむ。
小型漁業者側に、納得のいく説明をできないでいる。
漁業者以外の人間がこの問題を考えても、納得できないだろう。
posted by T.Sasaki at 16:34| Comment(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月26日

新潟漁協の行く末

再び。

「手段の目的化に注意」という言葉から、常々、新潟漁協のことで思っていることを書く。

現在、新潟漁協は、非常に苦しいのだそうだ。
今年、職員の首を3人も切ったという(表現が悪いが、言葉狩りは御免被りたい)。
新潟漁協管内の漁船数は少なく、その水揚げ手数料や購買収入などだけでは厳しい。
外来いか釣り船から落ちるカネに、かなり頼っていると言われている。
私の記憶では、多い時で80隻ぐらいは来ていて、常時50隻ぐらいは入港していたと思う。
それが、年々少なくなり、昨年は、多くて30隻、常時、15から20隻程度。
今年は、最大20隻ぐらいであり、昨年より入港隻数は少ないと思う。

原因の一つに、いか釣り漁場の遠さにある。
往復100マイルも船を走らせるものだから、燃油高もあり、ここで商売するのは大変だ。
しかし、最大の原因は、要らない法律群である。
新潟漁協は、いろいろな組織に属していて、その申し合わせ事項にがんじがらめにされている。
漁協側は、入港している船主たちから、「この制限は緩和してくれないか」と要求されるが、漁協側は、「規則ですから、どうにもならないんですよ」と諭される。
これは、ずっと続いてきたことである。
したがって、嫌気がさして、他港へ転向した船もある。
だから、たまに外来船が何かやらかせば、漁協側としては、黙認したい気持ちにもなる。
人間だから、「かわいそうだ」という気持ちにもなる。
本当は、漁協側は、黙認したいのである。

しかし、だ。
なぜか、新潟漁協だけが標的にされ、他港に水揚げしている船頭から、その黙認内容に対し、抗議の電話が入るらしい。
もっとひどいのになると、新潟入港船の中に、そういう抗議をする人もいると聞く。
ここに黙認内容を書くわけにはいかないが、腹を割って話をすれば、「この申し合わせはおかしいよな」となるほどのことだ。
このことに関して、入港している船頭たちは、みんな自信を持って言える。
ただ、県外船であるから、おとなしくしているしかない。
(本当に、新潟港入港船は、よってたかって、いじめに遭っているようなものだ)

そこで、一応、私は、組合職員に提案しておいた。
外来船から出資金を募り、準組合員にして、組合構成員の意見を上げる、という形にすれば、新潟漁協側もずっと楽になるのではないか、と。

現状では、このような原因から、新潟漁協はどんどんダメになり、いずれ、佐渡島漁協に合併されることになるだろう。
そうなった場合、佐渡島漁協の人たちは、新潟港の漁業施設をどうやって維持していくのか。
それとも、冷徹に、新潟市の漁業そのものを廃棄するのか。

この責任は、申し合わせ事項を定めたすべての組織にあると思う。
申し合わせなどの規則は、ちゃんとした目的があって、その効力を発揮する。
しかし、結果として、こんなに漁協の職員を切るほどの規則のほうに無理があるのであり、逆に考えてみれば、規則の目的自体に、意味がなくなっているのである。
つまり、外来船に規則を守らせる、というのが、目的となってしまって、それが不幸を生む原因になっているのだ。

「手段の目的化に注意」という言葉から、つい書いてしまった。
このことで、もしかして、私は、新潟県の許可を切られるかもしれない。
そうなったらなったで、しかたがない。

その時は、さよなら。
posted by T.Sasaki at 17:33| Comment(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月11日

許可とは

再び。
それでは、「海はだれのものか」の続き。

正直にいうと、私は今まで「許可」というものを理解していなかった。
漁業権について」で少し触れているが、許可とは、禁止していることを解除する、という意味であるそうだ。

 漁業は、本来、免許や許可を受けずに誰もが自由に営める「自由漁業」であるが、一般公衆の共同使用を妨げてしまうような漁業は、「漁業調整」の観点から一般的に禁止されている。しかし、そのような漁業といえども全面的に禁止して一切認めないことは同じく「漁業調整」の観点から好ましくないので、特定の者に禁止を解除して認めることがある。それが「許可漁業」である。
(「海はだれのものか」p81)

法律というのは、非常にまわりくどい。
しかし、許可が禁止の解除という役割を担っているのがわかると、なるほど、謎が解けた。
例えば、あわびやかぜ(うに)である。
それらは、一般的には、採捕禁止なのだ。
しかし、各漁協の正組合員という特定の者に許可して、初めて採捕できるわけだ。
したがって、それ以外の人たちは、どうやっても採ることはできない。

ところが、わからないことがたくさんありすぎる。
いか釣り漁業で旅すると、各県ごとの許可が必要であり、もちろん、自県の許可も必要である。
5トン未満のいか釣り船は、自由漁業扱いなので、もともと、5トン以上の漁船はいかを獲ってはならない、という法律があるのかもしれない。
そのため、各県で、それを解除するために、許可を出している、という解釈なのだと思う。

こうなると、何を獲ってよくて、何を獲ってはならない、というのは、漁業法以下、すべての法律や漁業調整規則を調べなければならない。
私たち漁業者には、とんでもない話だ。

岩手県漁業調整規則は、Webのどこにあるのだろう?
探せない。
自分の足で探すしかないのか。
posted by T.Sasaki at 21:05| Comment(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月08日

浜本幸生さんについて

こんばんは。

漁業権までは書き、次は、漁業法のことに触れようと思ったが、漁業権のことで、浜本幸生さんを無視するわけにはいかない。

昨日の引用に、「共同漁業権論」、正確には、「共同漁業権論−平成元年七月十三日最高裁判決批判」があったが、これは、浜本幸生さんの遺作であり、出版されてから、すぐに亡くなったらしい。

「海はだれのものか」に巻末のほうに、「付論 浜本幸生さんのこと」がある。
これを読めば、著者の熊本一規さんの先生が浜本幸生さんであることがわかり、また、浜本幸生さんがどういう人だったのか、というのもわかる。
その一端を表現した文章を載せる。

 浜本幸生さんが、99年11月4日、逝去された。水産庁に50年に入庁されて以来、ほぼ一貫して漁業法の解釈にあたってこられ、また、大分の風成裁判をはじめ、漁業法の解釈をめぐる多くの裁判でも証人として立たれた元水産庁漁業調整官である。「漁業法の神様」と呼ばれ、漁業界や中央・地方の官庁の漁業調整担当者には知らぬ人がいないぐらいの存在であった。退職後もしばしば水産庁から問い合わせを受け、氏の見解がそのまま水産庁の回答になることが続いた。漁業法に関して、最後は、水産庁も裁判所も含め誰もがこの人の判断を仰ぐ、文字どおりの「漁業法の神様」だった。
(中略)
 茶目っ気旺盛で自由奔放な浜本さんは、お世辞にも行儀のいい方ではなかった。管理されるのが嫌いで、「学校嫌い」「病院嫌い」といわれていた。中学では、教師がよってたかって放校処分にしたそうだから、また水産庁でも、入庁してまもなく、「生意気だ」と言って上司に殴って有名になったそうだから、奔放さも並み大抵ではない。訪ねていくと、よく足を机に上げて、思索に耽ったり、本を読んだりされていた。私の訪問に気付くと、ちょっと照れたような表情で足をおもむろに下ろされ、相手をしてくださった。あんな格好が許されていたのも、水産庁で別格(神様)扱いされていたからだろう。
(「海はだれのものか」p188)


1999年とは、平成11年であり、その後、平成13年に漁業法が改正されたのだから、本当のところ、水産庁は、ちゃんとした人間のいるところなのかもしれない。
熊本一規さんも、「海はだれのものか」のあとがきで、次のように書いている。

 他方、共同漁業権の総有の権利であることを守ってきたのは、明治時代以来、一貫して水産庁である。水産庁は、開発利権とは無縁であり、漁民の立場に立って行政を行っているからである。
(前掲書p196)


ところが、現実の水産行政は、「全国の小型漁船漁業」vs.「まき網漁業及び沖合底曳漁業」の構図の中にあり、各県の許可漁業と国の指定漁業と対立しているように見える。
しかも、魚類資源が減少している中、どう考えても、指定漁業側には、分がないように思う。

「海はだれのものか」に書いてあるとおり、明治時代から水産庁の漁業調整に関する部署は、ずっと漁業法を守ってきたのであろう。
水産庁の組織は、漁政部、資源管理部、増殖推進部、漁港漁場整備部に分かれていて、漁業調整課は資源管理部にある。
そして、資源管理部は、もちろんのこと、TACを受け持っている。

ここからは、私の推測になるが、きっと、資源管理部の内部は、対立しているのではないか。
なぜなら、漁業法第1条に、「漁業生産力を発展させ」る、と書いてあり、現在の指定漁業は、逆に漁業生産力を衰退させているからだ。

この事態を、浜本幸生さんは、どう考えているだろうか。
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2018年03月07日

漁業権について 2

こんばんは。

昨日のつづき。

漁業権は、だいたいわかったとして、今日は、漁業権は誰のものか、について。
これには、社員権説と総有説がある、と昨日書いた。

簡単に言えば、社員権説というのは、漁民は漁業協同組合に所属しているのだから、漁業権は、漁協にある、とする立場であり、一方、総有説は、関係漁民全員に漁業権はあるのであって、漁協にあるのではない、という立場である。
これは、埋め立てなどで漁業権の扱いが問題になる場合、埋め立てしたい側が、誰の同意を取り付け誰に補償するのか、という点で重要になってくる。

漁業法の法律改正などを行う水産庁側は、総有説をとる。

漁業法の前身は明治漁業法であり、これは日本独自の法律である。
一般的な法律などのように、外国の法律の継受ではない。
このことは、「漁業法の神様」と呼ばれた浜本幸生さんの「海の『守り人』論」に書いてあった。
私は、この本を最初の数十ページのみ読んで、その後、津波で流失した。
いろいろな本を買い置きしておくと、途中で別の面白そうなのを読んでしまうので、完読しなかったことを後悔している。

明治時代には、漁協を規定する水協法という法律はなく、しがたって、漁業権を行使していたのが、各地区の関係漁民であるのは、明白である。
現在ある漁協は、小さな漁協が合併したものが多いはず。
したがって、細部にわたる漁業権の海域は、一つの漁協の中に、いくつも存在する。
今でも、地区の関係漁民にしか、その海域の漁業権は与えられていないのである(少なくとも宮古漁協はそうである)。
合併したからといっても、他の海区のあわびやうにを採ることはできない。
この事実からもわかるとおり、漁業権は、漁協にあるのではなく、関係漁民集団にあるのである。

しかし、社員権説を主張する人もいた。
昨日の少し触れたある収用委員会で国土交通省側についた山畠正男氏と佐藤隆夫氏である。
そして、何を考えたのか、平成元年に、最高裁が、社員権説に軍配をあげた。

「昭和37年の漁業法改正に伴い、組合員の共同漁業を営む権利は入会権的権利から社員権的権利に変わった」
「漁業補償を受ける者は漁協である」
(「海はだれものものか」p20)


この昭和37年の法改正がくせ者であり、これには、批判が渦巻いている。
「海はだれのものか」の注釈にある浜本幸生さんの「共同漁業権論」に、次のように記してあるという。

「実は、昭和37年の漁業法改正をしたグループは、水産庁生え抜きの技術屋を除いては、岩本道夫企画室長以下、はじめて水産庁に来た連中で構成されていました。それに、『新漁業法の解説』の執筆者には、内閣法制局での法案審議を終わった後の人事異動でやった来た者も、加わっています。この『新漁業法の解説』には、ほかにも間違いが多く、また、まやかしの記述も多いのです。それで、昭和40年頃の水産庁長官が、「集めて焼いてしまえ」と言ったほどの代物です(それに対して、現行漁業法の立法関係者が書いた水産庁経済課編『漁業制度の改革』は、水産庁では「バイブル」と呼んでいます。)」
(前掲書p18)


「集めて焼いてしまえ」とは。穏やかでない。
そして、平成13年の漁業法改正で、水産庁は逆襲し、最高裁の判断に再考を求めたのである。
ここで再び注釈から引くが、最高裁も、自らの判決を快く思っていないらしい。

 2000年6月、中村敦夫参議院議員に対する最高裁事務局の回答によれば、「共同漁業権の補償を受ける者」が争点になった下級審まで含めた過去の判例のうち、約8割が「補償を受ける者が漁民である」と判示しているという。筆者の把握しているものとしては、大阪地裁昭和52年6月3日判決、大分地裁昭和57年9月6日判決、大阪地裁昭和58年5月30日判決、名古屋地裁昭和58年10月17日判決、福岡高裁昭和60年3月20日判決などがある。
 ちなみに、筆者は、中村議員をつうじて、平成元年最高裁判決をめぐり最高裁事務総局との討論を申し入れ、いったは承諾を得たものの、最高裁事務総局から依頼されて予め筆者の見解をまとめた小論を送ったところ、出席を断られ、討論は実現しなかった。その際、最高裁事務総局が「出席しない代わりに教えます」と言って教えてくれたのが、この点、および平成元年最高裁判決が小法廷判決であり、大法廷判決ではないので、将来覆される可能性はあるという点の2点であった。
(前掲書p141)


結論は明白であり、漁業権は、漁協ではなく、関係漁民にあるのだ。

慣れていない人には、難しいかもしれない。
結論だけ覚えていればよいと思う。
posted by T.Sasaki at 21:10| Comment(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月06日

漁業権について

こんばんは。

漁業権を理解することは難しいし、説明するもの難しい。
理解が難しいのだから、説明が簡単なわけがない。

各漁協には、必ず、「水協法・漁業法の解説」という本が置いてあるはずだ。
水色の本である。
漁協の理事たちは、読んでいるはずの本であるが、理解しているかどうかはわからない。

http://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784874090503(「版元ドットコム」)

ここで、少し、漁運丸の先代のことについて書く。

先代の船主、すなわち、私の父親のことだが、私の父は、家にカネがなかったから、同級生たちが、宮古水産高校(当時、宮古では優秀だったらしい)に進学しても、仕事をするしかなかった。
中卒で、しかも、卒業とは名ばかりで、幼少の頃から、ほとんど仕事ばっかりしていた。
あまりにかわいそうなので、小学校の先生が迎えに来ることもあったそうだ。
これには、私の祖父が戦争に引っ張って行かれた、というしかたがない事情がある。
当時、高浜で、最もボロな服を着ていて、その証拠写真が、最近出てきた(八戸のおばが、あるアルバムを持っていた)。
それほど、貧乏であった。
戦後は食べるものがなく、木の根っこを食べたりして生きながらえたそうだ。
「おしん」の大根飯のほうが、「まだマシだった」と父は回想する。
その父は、現在、デブである。

その後、いろいろなことがあって、宮古漁業協同組合の理事になる。
理事になる前は、高浜地区の総代であったから、いろいろな文書が漁協から配布される。
ろくに学校に行っていなかったから、ちょっと難しい漢字が読めず、片手にはいつも、辞書を持っていた。
それで、しばしば、私に意味や用法を聞くことがあった。

漁協の理事になって、もっと大きな難関があった。
「漁業法」や「水協法」という法律を理解しなければならない。
組合から、一度だけだったらしいが、「水協法・漁業法の解説」という水色の本が配布され、それを勉強していた。
私が読んでも、非常に難解な本で、5回ぐらい読んで、何となく、全体的なイメージがわく、というくらいの本である。
それを、私の父は、理事になった、という使命感から、一生懸命読んでいた。
その後、何度も「漁業法」は改正されているから、そのつど、私の父は、自分で「水協法・漁業法の解説」を注文して買って読んでいた。
だから、津波前には、私の家には、何冊も「水協法・漁業法の解説」があった。

今、漁協の理事になっている人たちには、これくらい努力している人がいるのだろうか。

岩手県にも、いろいろな水産団体があって、震災1年前に代替わりしたこともあり、それらの会合に私が出席することになるが、たまに、「お前の父は、こうだった」とか、批判的なことを言われたりした。
しかし、今思うに、漁協経営や漁業法のことに関し、各団体の役員は、私の父に比べ、勉強不足である。

私も、自分の思ったことをはっきり発言するタイプなので、会議に出席すれば、いろいろな局面で集中砲火を浴びる。
もう慣れっこになり、少々のことでは動じなくなった。
ある団体の長ですら、「この人は、ちゃんと勉強しているの?」と思わざるを得ないことを発言したりする。
ホント、こんなものか、と、がっかりさせられるのである。

「水協法」は、まだ勉強する気がないが、「漁業法」については、だいたいの大きな理解にたどり着いた。
漁業法の第一条には、次のように書かれてある。

この法律は、漁業生産に関する基本的制度を定め、漁業者及び漁業従事者を主体とする漁業調整機構の運用によつて水面を総合的に利用し、もつて漁業生産力を発展させ、あわせて漁業の民主化を図ることを目的とする。

つまり、漁業法は、漁業調整の基本的な法律であり、その目的が、「漁業生産力の発展」と「漁業の民主化」である、ということ。
こうやって読むと、普通のことのように思われるが、「民主化」というのが、どうも胡散臭い。
何をもって、「民主化」なのか、考えざるをえない。
民主化というと聞こえがいいが、完全な民主化などありえないのである。

漁業する権利を漁業権というのが、狭義の漁業権は、岸寄りの海面漁業に設定される。
埋め立てなどで、漁業権をめぐって、漁業補償がなされる、あれである。
しかし、広義の漁業権は、許可漁業、自由漁業にまでも及ぶ。
これには、私もびっくりした。
このことを説明している本が、前にも少し触れた熊本一規さんの著した「海はだれのものか」である。

彼は、ある収用委員会(それも日本で初めての漁業権収用決裁申請である)で、次のことを提起している。

「正しい法解釈ならば、法律のあらゆる条文を説明できるはずである」こと。
「一つの条文でも説明できない法解釈は正しい法解釈とはいえない」こと。


つまり、法解釈をねじまげるな、ということである。
副島隆彦先生の「法律学の正体」によると、法解釈というのは、とんでもない数に上るようだ。
だから、「こじつけじゃないの?」という類の法解釈も存在するらしい。
それを防ぐための提起である。

この収用委員会で、国土交通省側は、山畠正男氏と佐藤隆夫氏に依頼したが、最終的に、熊本一規さんに論破され、あとで書くが、漁業権の社員権説と総有説の論争は、総有説に軍配があがっている。
この本を読むと、なるほど、総有説が正しいのが、わかる。
再度書くが、漁業権について、理解したいのならば、「水協法・漁業法の解説」を読むよりも、「海はだれのものか」が近道であると断言してよい。

さて、漁業権の本質は何か、というと、それは、「慣習上の権利」である。
これを簡単にいえば、ず〜と何十年もその漁業を正式にやっていれば、それは、成熟した慣習上の権利となり、広義の漁業権となるのである。

ここで、「許可漁業は、漁業権ではないのか」と言われそうだが、そうではない。
実績が重要なのである。
引用する。

 注目すべきは、許可漁業は許可によって権利になるのではないことである。許可によっては、一般的禁止が解除され、営むことが可能になるだけである。その段階では、許可漁業は単なる利益にすぎない。しかし、許可漁業が継続して行われ続けると、それは利益から権利へと成熟していき、慣習に基づいて権利になるのである。
 要綱2条5項の解説に示されるように、許可漁業のみならず、自由漁業も継続して行われ続けると利益から権利に成熟していき、「慣習上の権利」になる。
 要綱2条5項の解説からわかるように、「慣習」とは「古くからのしきたり」ではなく、「実態の積み重ね」のことである。許可漁業や自由漁業は、慣習=「実態の積み重ね」によって権利になるのである。
(「海はだれのものか」p82)


この中で、「要綱」という言葉が出てくるが、これは、「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」のことであり、もちろん、ここで問題になっているのは、埋め立ての話である。
そして、要綱2条5項というのは、

この要綱において、『権利』とは、社会通念上権利と認められる程度にまで成熟した慣習上の利益を含むものとする
(前掲書p82)

としており、さらに、国土交通省監修の「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱の解説」では、

適例としては、入会権、慣行水利権、許可漁業あるいは自由漁業を営む実態が漁業権と同程度の地位を有する権利と認められるもの等がある
(前掲書p82)


との解説がある。
この場面で、関係漁民の同意なくして、埋め立てることはできない。
埋め立てれば、権利侵害となり、損害賠償となる。
その場合の賠償額も、同意が必要である。

この慣習上の権利は、何も難しいことはないと思う。
先人たち、つまり、明文化した法律のない時代に、何が社会生活を規定していたか、というと、その地域社会の慣習である。
他所から突然やってきて、海を埋めたら、その地域住民は、当然怒る。
だから、話し合いも持たず、慣習を打ち破るような行動は、慎むべきものなのである。

裁判により判決の結果などから、熊本一規さんも、次ように慣習法の重要性を訴えている。

 判決が「慣習に基づく権利」を否定した背景には、司法界に、行政に反する判決を出さない傾向がきわめて強いことに加え、「慣習に基づく権利」を認めようとしない風潮があるように思われる。
 しかし、慣習法は、いいかえれば、司法や行政に依存せずに地域社会を運営するための規範であり、成文法ではカバーし得ないさまざまな事項についての「住民の知恵の結晶」ともいうべきものである。慣習法に基づいて地域社会が運営されるということは、いいかえれば、慣習法によって住民自治が成り立つということである。近年、地方分権が盛んに叫ばれているが、慣習法は、地方分権どころか、住民自治を実現するのである。
 また、慣習法を熟知しているのは地域住民であり、地域に住んでいない裁判官や学者ではない。慣習法の存否が当該慣習法を全く知らない裁判官によって判断され、慣習法を熟知している地域住民がその判断に従わざるを得ないというのは、実はおかしな話なのである。
(前掲書p178)


以上のことから、従来から何十年と行われてきた鮭延縄漁業を妨害する宮古室蘭フェリーは、地域の慣習を乱すものである、と判断できる。
拡大解釈とはなるが、今回、私が説明会を求めた理由は、まさに、ここにある。
しかし、この拡大解釈は、実際に行われている。
例えば、青森県三沢地区では、いか釣り漁業者は、水揚げ実績にある割合を掛け算して、米軍基地の漁業補償金を受け取っている。
これは、岸寄りの漁業権海域の話ではなく、沖合い許可漁業のいか釣り漁業の話である。
青森県には、核燃がらみや原発がらみで、こんな類の似た話はよくあることである。

よく考えてみてほしい。

海はみんなものだ。
だから、誰にでも同じように、平等に使用できる権利がある、と、みんな主張したとしよう。
この場合、お互い「平等」を言い合って、何も決定できない。
「民主化というと聞こえがいいが、完全な民主化などありえないのである」と書いたのは、こういう意味からである。

ここで、昔々から住んでいた人たちの慣習の登場である。
海面利用は、太古の昔からあった。
それは、海幸彦、山幸彦の時代からである。
何十世代と慣習法は、繰り返されてきた。
繰り返されてくる間に、もちろん、少しずつ洗練されたり、変化したりするが、それでも、ずっと漁業をやってきているのである。
だから、その慣習法は強く、他所からきた人間が、勝手な振る舞いをすることはできない(この慣習法は海だけでなく、社会一般に通じるものだと思う)。

そういうことなのだ。

長くなったが、漁業の権利は、慣習上の権利である、と結論づけてよい。
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2017年11月11日

君が若いなら、社会保険!

こんばんは。

毎年、いか釣りで新潟へ行っているが、何年も行っていると、自然に友だちができるものだ。
その中の一人は、同じ9.7トン型で、小型底曳きをやっている。
近年、新潟沖でも、変わった魚が獲れたりするそうだ。
どこでも同じ現象なのだが、漁船数も減っている。
しかし、その分、資源が増加傾向にあるのかな、とも言っていた。

彼は、10トン未満でも、最近になって社会保険に加入し、船を動かしている、という。
つまり、法人組織にしたわけだ。
尊敬する。

10トン未満は、船員保険の対象外だから、非常に不利である。
元々、10トン未満の船は、制度上、家族経営が基本とされる階層の船であるらしい。
だから、健康保険は国保であり、飽くまで、家族以外の人間を雇用するようにはなっていない。
労災保険も、強制ではなく、任意加入となっているのは、そのためだと思う。
社会保険になれば、国民年金ではなく、厚生年金だから、老後の手当ては雲泥の差である。
小型漁船には、少しハードルは高いかもしれない。

私は、もう、50歳も過ぎても細君ももてず、私のことを性的障害者とレッテルを貼る人もいる。
飲むと、平気でバカにする人がいるくらいだ。
スルーしないと喧嘩になるだろう。
そんな私の環境では、今さら、社会保険を掛けても、遅すぎる。
逆に考えれば、若い人が小型漁船で起業し、乗組員に歩合金を払えるくらいの水揚げがあるならば、会社組織にして、社会保険に加入すべきである。
そのほうが、乗組員のためにもなるし、自分のためにもなる。

なぜ、こんなに、社会保険制度が複雑なのだろう。
いっそのこと、これらの保険に加入できないくらいの経営能力しかない人なら、自分で事業をすべきでない、と判定するような価値基準を、みんなが持ったほうがいいと思う。
そうすれば、いちいち複雑な制度は必要なくなるし、老後、微々たる国民年金で暮らさなければならない、という不安もなくなる。

そうでなかったら、逆に、すべて、厚生年金などをすべて国民年金にし、老後は自分で考えよ、と。
なおかつ、すべて国民健康保険にし、3割負担。
労災も、すべて3割負担。

そうだ。
労災は、負担ゼロだから、ずるい人間は、治らないふりをして、いつまでも病院にいるのかもしれない。
特に、綺麗な看護婦さんがいる場合はそうかも(笑)。

バカな話になったが、若くして起業したら、社会保険に入ったほうがいい。
posted by T.Sasaki at 19:52| Comment(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月23日

時化のもやいのとり方

再び。

今日の宮古湾は、北寄りの台風風もあって、波高し。
港へ何度か行って、もやい綱の効き具合を見てきたが、一応、役に立っていた。
今回の台風は、超大型、というから、マジメにこしらえておいた台風用のもやいセットを使った。

大きなうねりがある場合、単純に、太いロープを使うとか、ロープの本数を増やすとか、そんなことでは、良くはない。
船自身に「ガツンガツン」と堪えるから。
この表現は、わかる人にはわかると思う。
つまり、クッションが必要だということ。

ロープに加わる衝撃が強いと、それ自身が、切れる可能性もある。
だから、もやいの元に、古タイヤを使う。
岸壁や船でタイヤが使われているのは、そのためである。

もし、タイヤがない場合、どうしたら良いのか?

太いロープと細いロープ、つまり、丈夫なロープと伸縮性のあるロープの両方を使う。
丈夫なロープは最後の砦だが、伸縮性のあるロープは、クッションの役目である。
クッション役のロープが伸びていった時に、丈夫なロープが張るように設計して、係船するのである。
下撚りの強いものほど、ロープに伸縮性があるが、さつま加工(スプライス?って言ったけかなあ。あちら語で)がやりにくい。
しかし、下撚りの強いロープは、弱いものより、ロープの強度も強い(漁師以外の人は、何書いているかわからないかも)。

これは、昔から伝えられている、時化の時の係船もやいの知恵である。
そして、この「強弱」の利用は、沖合で操業する時の道具にも応用される。
posted by T.Sasaki at 21:49| Comment(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月10日

格差社会が正常なのである

三度、こんにちは。

再度、「日本のタブー」に触れるが、これには、いろいろなものが、ぐちゃぐちゃに詰め込まれている。
「優生思想」「正規分布」「人口」という言葉の意味が説明されているが、特に、これらの関連は、ぐちゃぐちゃである。
人間は、ねずみより生殖能力は劣るが、過剰福祉が人口の増加を招いている。
だから、ねずみの増加より人間の増加のほうが、著しい。
本当に過剰福祉に制限をかけなければ、人間は貧弱になるし、いろいろな資源を等分に分け合わなければ、みんな食えなくなることになる。
だから、ある程度の「優生思想」は必要だし、「人口」抑制策は必要なのだ。
これらの論文を読めば、何となく、「優生思想」や「人口」抑制策は、悪である、という印象を受けるが、そうではない。
「おのおのが自分で考えてみよ」ということだと思う。
次の引用から、それがうかがえる。

歴史をふりかえれば、格差があるほうが当たり前だったことがわかる。格差の少なかった二十世紀が特殊な時期だったのだ。格差があるのが正常(ノーマル)であり、格差がないのが異常(アブノーマル)なのである。
 日本の経済を支えているのは、三十年の住宅ローンを組んで、その返済のために会社の奴隷となって働いているサラリーマンたちである。それが可能だったのも、「一億総中流」といわれたほど富が中間層に集まったからだ。泣いていたのは、平社員とそれほど変わらない給料で働いていた社長である。どうして責任も仕事も違う平社員と社長が、社員食堂で同じ定食を食べなければならないのか。格差が嫌な人は、キューバか北朝鮮に行けばいい。今後、この支え手たちが日本経済を支えきれなくなったときが、日本が地獄に堕ちるときであり、日本が変わるときであろう。それまでは、政治も経済も今のだらだらとした状態が続く。
(「日本のタブー」p251)


これは、戦後経済の、特に日本の正規分布型社会が例外であった、ということを書いているものだが、最近の小型いか釣り業界を見ると、なるほど、決して正規分布などというのは当てはまらない。
1日の平均水揚げ(総水揚げを水揚げ隻数で割った値)を下回る船のほうが多いのは、突出して大漁する船があるからだ。
水揚げは、上位の船に偏っている。
しかし、それを「悪い」という船頭はいない。
「自分に能力がない」「運がない」と考え、それは「しかたない」のである。
漁船漁業は、格差社会なのである。

だから、ある漁業が景気のよい時期には、漁船は増加し、景気が悪くなれば淘汰され、減少する。
いわし、さば類の資源減少の局面で、本来、まき網漁業が獲ってはならないするめいかを、TAC配分した。
水産庁のこの行為は、明らかに間違っていた。
トロール漁業の2そう曳きの認可も間違ってた。
資源減少で本来淘汰されるべき漁船を、水産庁が助けたら、ますます魚類資源は減少したのである。
posted by T.Sasaki at 13:08| Comment(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月02日

魚体組成を考えた資源管理

こんにちは。
本日は暇なので、4回目。

今年も、いわしが大漁だそうだ。
八戸から行ったまき網漁船は、一網500トン獲ったらしい。
しかし、昨年と違って、型は小さくなり、これは資源減少傾向ではないか、と私は疑っている。

ある人は、いわしは獲れば獲るほど、資源が増えるそうだ、とか言っていたが、それなら、まき網はずっといわしばかり獲っていればいいことになる。
全くアホらしい話。
昨年までのような大きないわしと今年のような小さいいわしで、同じ水揚げ量ならば、漁獲尾数では、圧倒的に今年のほうが多い。
この説明をしただけで、その人は少し考えを改めたようだ。

水揚げ量と魚体組成を考えて、漁獲量を調整していかないと、資源は減少するのである。
これは、震災後のマダラの水揚げに学ぶことができる。

福島や宮城では、セシウム騒動で、マダラは何年か禁漁となった。
そのため、その時の小さい魚が大きくなり、全体の水揚げ量が多くなった。
これは、同じ尾数でも、魚体が大きくなったから、水揚げ量が大きくなっただけの話である。
その親魚たちが子を産み、現在は小さいマダラが多くなっている。
すでに、マダラは資源減少傾向にあるそうだ。
この小さいマダラも、周年で獲っていれば、いずれ、いなくなるだろう。
小さいうちに獲ってしまえば、大きいマダラは、ますます少なくなるのは自明である。

魚類資源を維持するには、単なる量規制ではダメである。
まぐろ資源維持の取り組みがいい例で、魚体組成を考えながら、できるだけ小さい魚を獲らない工夫をし、その上で量規制をすべきである。
すでに各県では、ある特定の魚種で取り組んではいるが、もっと魚種を増やし、これを日本全国でやったほうがいい。

「頑張る漁業」や「儲かる漁業」には、上記のような資源管理を踏まえて、慎重に補助すべきである。
2そう曳きトロール漁業に対しては、間違っても補助すべきでない。
まき網漁業も、資源に対して、船が多すぎる。
あらゆる魚探機器の性能が向上しすぎて、探知能力が高くなっている。
この費用も高くなっているのだから、それを回収するために、ますます「頑張って」獲らなければならない。

大体にして、「頑張る」や「儲かる」という言葉には、資源管理の意味は全く含まれない。
こういう事業は、やめたほうがいい。
日本の海のためにならない。
posted by T.Sasaki at 10:16| Comment(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

岩手にもインドネシア人労働者を

再び、再び。

そんなわけで、水産庁が無策なら、捨てられる運命の小型船だから、私もあまり悩まなくなっている。
今後、日本の国に、岩手県に、宮古市に、「小型船漁業者も必要だ」などと言われることもないだろうから、自分の船を、以前のように維持する努力をしなくてもいい。
乗組員の心配もしなくてもいい。

あ〜、すっきりした。
あとは、その辺の仕事に就けばいい。

「就職は、そんな簡単じゃないよ」と忠告されそうだが、そうだろうか。

私以外にも、若い乗組員にドロンされた、という話は、よく聞く。
それが、船でなくても、オカの仕事でも、少なからずあるそうだ。
そんな人たちに比べれば、不断の努力をしてきた小型船の漁師は、はるかに使いモノになるのである。
我慢強さが違う。
ここまで書いたら、若い人たちはいい気分がしないだろう。

何が悪いか、といえば、私の同年代の親たちの教育も悪い。
自虐的に言うならば、私の同年代が、日本を滅ぼすかもしれない。

そういう若者たちは、社会のことなど「どうでもいい」と考えているのだろうか。
それならば、年配の人たちの気持ちがキレてしまってもしかたがない。

「勝手にしやがれ!」

私のような年代で、私のような独身者が、「勝手にしやがれ!」と言っても害はない。
害があるのは、自分のことしか考えず、社会のことなど「どうでもいい」と考える若者と育てた親たちだ。



今、日本の漁船漁業の乗組員は、インドネシア人が多くなっている。
やる気が違うらしい。
八戸では、インドネシア人をたくさん見かける。
目が合えば、知らなくても頭を下げる。
こっちのほうがビックリしたりする。
インドネシア人は自転車に乗っているが、自転車に乗っている私のような日本人が珍しいのもしれない(笑)。
小型船の業界でも、インドネシア人をあちこちで見かけるし、宮城県の定置網でもインドネシア人を雇っているらしい。
岩手県でも、各漁業に、インドネシア人を割り振るよう考えてもらいたいと思う。

私は、日本人の若者を育てる意味合いも兼ね、外国人労働者をあまりよく思っていなかったが、これほどドロンされると、もう日本人の若者の味方をしなくてもいいと思うようになった。
若い人より年をとった人のほうが、体力もあるし、根性もある(情けねー話!)。
今の私の乗組員は、10歳も年上で、短気だが根性がある。
そういう人たちは、やがて引退するから、今から、インドネシア労働者を大事にするほうが、岩手の漁業にとって、いいように思う。
漁業でいいのだから、向き不向きもあるだろうが、オカの仕事も大丈夫だろう。

普通の日本人は、初めて仕事をする場合、仕事をできるかどうかをまず心配する。
どこでも聞く話なのだが、今の若者たち、先に、給料と休みを心配するそうだ。
私と同年代の八戸の乗組員(ほかの船)は、「仕事をする前に、カネの話ができるのか。仕事をできるようになってから、カネの話をしろ」と。
カネの話ばっかりする渡り鳥乗組員は、インドネシア人労働者によって淘汰される。
posted by T.Sasaki at 10:05| Comment(2) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

魚類資源減少で、小型船は淘汰される

再び。

日本近海の魚の減少傾向は、何を引き起こすか。
船の大型化、すなわち、大会社の漁業組織が生き残る時代になり、小さい船ほど淘汰される。
いか釣り漁業をやっていて、最近、ふと思うのである。

以前、するめいか資源が潤沢であった頃、1箱あたりの単価が安く、平均単価が1000円の時代があった
700円とか、ひどい時は500円とか、そういう時もあった。
こうなると、大漁貧乏もいいところで、大きい船も小さい船も、利益は大して変わらなかった。
いくら獲ってきても、経費を引くと、残りが少ない。
むしろ小回りが利いて、経費の少ない10トン未満船や5トン未満船が、悠長に構えていた。

ところが、これほどの不漁になると、大きい船ほど利益が大きくなる。
それも、桁違い。

これは昨年の話だが、日本最後の大型いか釣り船では、乗組員の家庭送金のほか、歩合金の残金の振込みが4桁くらいになった、という噂を聞いたりした。
中型船でも、今までないくらいの歩合金の振込みがあったそうだ。
そして、小型船でも、19トンは景気がいい。
少々の悪天候でも操業でき、日本海などでは、一晩100万円の水揚げは、普通にあるらしい。
もちろん、太平洋の昼いかでも、大きい船ほど水揚げが大きく、9.7トンと19トンでは、倍以上の違いが出る。
平均単価が2500円から3000円すれば、獲った船はホクホクである。

話は変わって、岩手沖の2そう曳きトロール。
彼らも、単価の高いするめいかばかり狙っている。
単価が高いからこそ、狙うのである。
これは、どの漁業にも言えることだが、資源が少なくなればなるほど単価が上がり、単価が高いから、そればかり狙う。
これでは、資源が減るのは当たり前である。
何度も書くが、太平洋前沖にいるローカル群を枯渇されるのは、こういう事情が大きく左右している。
このことを、水産庁をはじめとした各行政機関は認識し、漁法を改めさせるべきである。

するめいかが余っていた時代、トロール漁業は、するめいかを獲り放題獲った時もある。
単価は暴落し、10円とか、数円まで下がった時もあった。
そういう単価のするめいかは、もちろん、ミール工場行きである。

最後にまき網漁業。
八戸沖では、やはり単価の高いするめいかを狙う。
キロ当たり600円だから、10トン獲れば600万。
20トン獲れば1200万円、100トン獲れば6000万円である。
とにかくするめいかを獲りたい。
ところが、沖合いから新規加入群が入ってこなくなったのか、ぜんぜん獲れなくなった。
いた魚を獲りつくしてしまった。
そこで、八戸にいたまき網漁船の半分は、いわしを獲るため、北海道へと渡った。

いわしを獲れるなら、そっちを獲れよな、と、いか釣り漁船は、みな思っている。

効率のいい漁業ばかり残す、という方針を、日本の国が持っているのなら、それはそれでしかたがない。
それならば、同じ魚種を獲っている小型船は、「もうあなたたちは、漁業をしなくても結構ですよ」と言うべきである。
そうすれば、各個人やそれを構成員とする各漁協も、方針を変えるのである。
しかし、日本の国は、水産庁は、はっきりしない。
名ばかりの下手くそな資源管理をやり、魚類資源を減らし、海外の水産会社へ儲けさせることばかりしているのだ。
水産庁は、大きな水産会社や海外の水産会社へ、利益誘導しているのである。
これが、本当に、日本のために、そして、日本人のためになるのだろうか。

魚類資源減少は、大きな船に有利であり、小さい船ほど、そのとばっちりを受けるのである。
posted by T.Sasaki at 07:58| Comment(2) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月14日

漁船漁業の近未来

再び、こんばんは。

スルメイカの大不漁で、イカ類の輸入を増やすようである。

 経産省は、日本近海でのスルメイカの不漁で加工業者の原料不足が深刻化している状況を受け、今年度輸入割当を3万8千トン追加する方針を決め、7月29日に追加案を公表、意見募集を始めた。追加枠は昨年度の2倍。当初の割当7万4950トンと合わせて今年度輸入枠は11万2950トンと過去最大となる。
 イカの輸入枠は平成19年、毎年度7万4950トンに設定。加えて過去3年間は不漁のため、追加輸入を認め、昨年度の追加枠は1万9千トン。輸入元は中国やタイなどが多い。
 輸入枠の増枠は、函館市、松前町や福島町の水産関係者が国に求めていた。
 追加枠の内訳は、輸入実績のある商社1万5250トン、水産庁が承認した団体(需要者)2万1650トン、海外漁場で操業する漁業者など1100トン。
 意見の受け付け期間は8月27日まで。追加枠の申請受け付け期間は商社割当=10月4日と同5日、需要者割当=9月28日から12月27日、漁業者割当=9月28日から30年4月16日。
(平成29年8月7日付「週刊水産新聞」9面)


この記事を読んだ時、少し考えた。

原料不足に悩む加工業界は、結局のところ、釣りとは違って、確実に一網打尽できるまき網漁業やトロール漁業の水揚げに頼ることになる。
しかし、いか釣り漁業者の総意は、資源回復するまでは、まき網漁業とトロール漁業は禁漁なのであり、これは筋の通った話である。
原料確保に悩む加工業界にとって、これらの漁業がするめいかを獲らないならば、あとは、輸入に頼るしかない。
そうだ。
加工業界をつぶさないために、この際、日本近海のするめいか資源が回復するまで、いかの輸入をどんどんやったほうがいい。

と考えたが、水産庁自体に、魚類資源を増やそう、という態度(つまり、まき網、トロール漁業に対する大幅な制限)が見られないし、「日本が獲らなくても外国船が獲る」という話から、「外国船に獲られるくらいなら、日本が獲ってしまえ」という話になる。
こうなると、外国の側(中国や韓国など)は、「日本は今まで獲ってきたじゃないか。我々に獲らせないなんて、卑怯だ」と言うだろう。
例の二酸化炭素排出削減の話と一緒だ。
これでは、この東アジアでの資源回復は、ますます望めない。
日本の漁師は大バカものだ」で引用したFAOや世界銀行の予測は、確実に当たる。

さんま業界も同じかもしれない。
外国船がさんまを公海で獲っているから、日本も獲り始め、それが資源減少の原因である、という人もいる。
本当のところ、どうなのかわからないが、「外国船が獲ってはならん」という法律は、どこにもない。
相手も、大して変わらない頭脳を持っている同じ人間なのだ。
今までたくさん獲っていた日本が、今さら、「資源管理しよう」と言っても、マグロ資源管理の会合で口裏あわせをやっている水産庁の態度を見せられると、説得力に乏しいのである。

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/10164

身近な岩手沖合を見ても、最悪の2そう曳きトロールの勢いは衰えそうにもなく、また、同業の小型船にも「獲りすぎ」という認識がない。

こんな有り様を見せられると、日本で漁船漁業はやるべきでない、と本当に思うようになる。

いったん、みんな瀕死になり、やめるところはやめて、漁船が減り、それが、資源回復の道筋となる。

これが、日本の近海漁業の近未来だろう。
posted by T.Sasaki at 22:05| Comment(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月06日

水産庁の実力

こんにちは。

今度の台風5号は、とんでもない厄介ものである。
今、日本最後の大型いか釣り船である開洋丸が、この台風避難で、先月から八戸港に帰ってきている。
南の海域で、とびいかを釣っていたのだが、台風がのろのろ過ぎて、操業どころではなかったらしい。
その台風が、今度は日本列島で停滞しそうだ。
明日は南東が少し強く吹きそうなので、私は、すでに、台風避難して係船した。
いつまで休むのかわからない。
盆前に何回出られるのか。

7月までは、高値も手伝って、比較的順調な水揚げだったが、今月になって、急にペースダウン。
沖からの新規加入群が少ないのか、ぜんぜんダメ。
毎日、20個から50個ぐらいしか獲れない。
八戸や三沢の平均も、そんなもの。
そんな低資源の中、まき網がするめいかを獲るものだから話にならない。
ここ近年、毎年のことだが、資源が少なくなったら、まき網漁業とトロール漁業は禁漁にすべきである。
彼らは、他に獲る魚があるのだから。

それで、まき網漁船やトロール漁船が経営難に陥るのであるならば、それは、許可した水産庁の失策である。
さまざまな魚種の減少が指摘されている最中、漁船建造の認可や補助をする、ということは、頭がおかしい、としか言いようがない。
数年前、岩手で水産庁を招いて、するめいか意見交換会のようなものを開催したが、漁業者の中から、八戸前沖だけで、するめいかを漁獲するのはおかしい、という指摘がなされた。
羅臼で大漁なら羅臼で獲らせればいいだろうし、稚内で大漁ならば稚内で獲らせればいい。
なぜ、日本全国に割り当てられたTACを、八戸沖、三陸沖だけで消化しようとするのか不思議なのだ。
いか釣り漁業者の一人がこのことを指摘した時、水産庁の職員は、何も答えることができなかった。
官僚からみれば、私たち漁業者は低レベルの頭脳しか持ち合わせていないと思っているのだろうが、しかし、彼らのほうが、現場を知らない分、もっと低レベルなのかもしれない。

次のリンクをみてほしい。
水産官僚の無能さが、露見してしまった例である。

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/10164

こんなことしかできないのでは、みんな、がっかりする。
posted by T.Sasaki at 16:57| Comment(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月06日

漁船漁業と養殖漁業は兼業すべきでない

こんにちは。

「GDP4%の日本農業は自動車産業を超える」を読んで、いつも私が思っていたことを、吐き出すことにする。
この本には、日本農業の潜在能力の高さが書かれてあり、今まで、農林水産省とその族議員、そして、農協であるJAが、日本農業の進歩を妨げてきた、としている。
農家の数が多ければ、日本の狭い耕作地を分け合うのだから、一人あたりの耕作面積は少なくなる。
本来、そこに税金を使った保護策がなければ、中途半端な兼業農家は消滅し、やる気のある専業農家が伸びるはずだった。
したがって、規模の農業が、日本でもできるはずだったのである。

兼業農家にも専業農家と同じ、偏らない補助金を配られたために、いずれ消えるはずの兼業農家は、今まで生き残ってきた。
その結果、一人当たりの農家の取り分が、多くなるわけがない。
農家が減れば、誰が困るか?
その既得権益を離したくない、農林水産層と族議員、JAが、困るのである。
だから、このように、税金が使われてきた。

それが、ここ数年のうちに、農家の高齢化で、一気に耕作放棄地が多くなるのだという。
これにより、その農地を引き受け、大規模化と効率化を兼ねた、世界の農家と渡り合えるような農家が誕生することになるそうだ。
日本の米でさえ、国内価格が下落したため、経費節減などの努力により、すでに輸出できるほどになっている(何と!韓国産の米より日本米のほうが安く、食味はもちろん日本米が良い)。
だから、もう、TPPでも何でもオッケー。
従来の日本人の気質、武士道気質がある限り、農業だって、ちゃんと国際競争力をつけることができるだろう。

さて、この話が、私のやっている小型漁船漁業と、どんな関わりがあるか、というと、漁船の数と魚類資源の数についてである。
以前、地区の先輩から、岩手沖合い海面の漁業許可について、「1隻あたりの持つことのできる許可数を制限すべきだ」と言われたことがある。
たぶん、以前の漁運丸みたいに、たくさんの許可を持って、いろいろなことをやっていることに不満もあったのかもしれないし、純粋に魚類資源に関することを考えていたかもしれない。
魚類資源や漁船経営に関して言えば、彼の言うことは正しい。
漁船の数が多くなり、そのすべてが操業すればするほど、魚類資源は少なくなり、1隻あたりの収入も減るだろう。
だから、1隻あたりの持つ漁業許可数を減らせば、それなりに、資源も増え、1隻あたりの収入も増える。
確かに論理である。
これは、先程の農家の数と耕作面積の話と同じ話である。
しかし、私は、「その前にやることがある」と反発した。

現在、漁船漁業と養殖漁業は、平行してできる。
つまり、これも、漁業許可をたくさん持っているのに等しい。
1隻あたりの許可数を制限する前に、まず、漁船漁業と養殖漁業の兼業をやめるべきだと思う。

漁船漁業は、この通り、魚類資源減少から、経営が厳しくなっている。
すでに、中途半端な兼業で船を動かしている人たちは、その事業単体では、漁船漁業の経費を払えない事態になっているであろう。
彼らは、養殖漁業で儲けたカネで、その経費を賄っている。
漁船の経費というのは、単年度で言っているのではない。
消耗するエンジンなどの、いずれ交換しなければならないようなすべてを考えての経費である。

漁船漁業と養殖漁業の兼業をやめただけでも、漁場の窮屈性などが少なくなり、1隻あたりの収入は増えるだろう。
また、魚類資源も少しは改善される。
1隻あたりの持てる許可数の制限は、それからやるべき案件である。
posted by T.Sasaki at 16:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月11日

漁師の試験

みなさん、おはようございます。

「日本の漁業が崩壊する本当の理由」を読んで、昨夜は悔しくて、寝たような寝ないような気分だ。
さっそくこの本を紹介してくれた人から、「獲って獲って獲りまくるのが漁師の仕事」と思っている人が大多数ではないか、と指摘された。
ますます悔しくなって、眠れなくなった。

日本の漁師は大バカものだ」と書いたが、そう感じる人間と感じない人間の両極端な気がする。
感じない人間というのは、自分以外のことを考えることのない人間だ。
社会生活を営むにあたって、周りの人間を無視できるわけもなく、みんなと仲良くやっていこうとするのは、義務である。
「オレには関係ない」というのなら、すべての社会制度を利用するな。
トランプ大統領ならば、「自分のことは、自分で全部やれ。自分の周りのインフラは、自分でペイしろ」と言うだろう。
生まれたときから、社会制度を無意識に利用してきた私たちにとって、自分勝手な行動など許されるものではない。
漁師も、公共の海面を利用しているのだから、自分勝手など許されないし、「獲って獲って獲りまくる」影響というのも、考えなければならない。

漁業先進国ノルウェーでは、漁師に試験を課しているそうだ。
勝川俊雄さんの発言を引用する。

ノルウェーだと漁業者が漁業免許を更新するときに水産資源のテストを受けるんですよ。漁業者たる者、水産資源について勉強して知っておかなくてはいけないよねっていうことなんですね。
(「日本の漁業が崩壊する本当の理由」p106)


これは、いい方法だと思う。
まずは、漁師に、魚の管理は、漁師自らがやるんだよ、という意識を植え付けなければならない。
各漁業許可の更新の際でいいだろう。
ついでに、魚類資源増大を目指すため、どうやっていったらいいのか、ということを書かせて提出させる。

もう資源を管理するなどという生ぬるい感覚ではダメだ。
資源の増大を目指すべきである。
posted by T.Sasaki at 05:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月09日

勧められない起業

再び。

こういう大不漁が続くと、問題は、カネが続かなくなる、ということ。
もちろん、これを見越して、今年使う道具を前年に買っておく、という対策は練ってはいるが、本業のするめいかが、前沖で2年も大不漁を食らうと、非常に厳しい。
さまざまな魚類資源は減少傾向にあり、秋鮭も見通せない状態が続いている。
これでも、船の付属品などは、容赦なく消耗し、出費は減ることを知らない。

現在、私の懸案は、主機関のプロペラである。
ちょっとしたことが原因で起こる振動対策で、プロペラを小さくし、その分、スリップが大きくなるから、ピッチを少し立てた。
直線走行では、狙い通り振動は減ったが、舵を大きく切った時、逆に振動が大きくなった。
1kwのハロゲン作業灯の球が、切れてしまうのである(これが1灯1万円もする!)。
その後、対策として、電源を切ってから旋回するようにしたら、球は切れなくなった。
おそらく、振動でショートしたのだと思う。

しかたがないので、新造の時の最も古いプロペラに取り替えた。
しかし、実は、これも、流木を乗り越えてしまった時、裂けてしまったプロペラである。
修正してもらったが、ほんの少し欠けている。
このためか、いか釣りの艤装を解除した軽装備の時、いくらか振動する。

そこで、今回、思い切って、プロペラを買うことにした。
ついでにバイタも交換することにし、費用がちょっとかかる。
4枚プロペラのハイスキュー。
船の振動は、長期的には悪いので、先行投資ということである。
これは、つい2日前に決断した。

震災以前の漁ならば、この程度の出費など気にならなかったのに、今は深刻だ。
若くて、小型船で起業したいと考えている人は、この岩手では、思いとどまったほうがいいと思う。
本当は応援したいけれど(このブログには、若い人向けに、たくさんのヒントが書かれてある)、限られた漁場を、先輩たちが譲るほどの余裕はないと思うから。

この大不漁の原因が、本当のところ、何なのか、誰にもわからない。
わかるのは、海全体を見渡すことのできる神様だけだ(そんなのがいるはずもない)。
もし、私たちが獲り過ぎた、というならば(そう私は思っている)、これは、私を含む先輩たちの責任である。
だから、どうやって資源増殖していくのかを考えるのは、先輩たちのやるべきことなのだ。
posted by T.Sasaki at 18:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする