日本の漁業が崩壊する本当の理由 片野歩

世界中で魚類資源が増えているのに、日本だけが減っている。
この現実を、恥ずかしいと思うべきである。

日本の漁業が崩壊する本当の理由.jpg

すべての漁協組合長、理事、参事、そして、任意の漁業団体の会長以下すべての役員たちは、この本を読むべきだ。
読みたくないならば、「日本の漁師は大バカものだ」を参照すること。
これを認識できないならば、役職に就く資格はない!

2012年11月08日

真紀ちゃん

みなさん、こんばんは。

今日は、たったの9個。
黒埼沖から閉伊沖まで南下調査し、2時過ぎには、神林港に着いてしまいました。
あとは、倉庫で手仕事。

こうやって、キーボードを打っている、ということは、明日は休み。

努力はしますけど、もう、今年はあきらめモード。



順番が逆じゃないの?」でせっかく取り上げたのは、間違ってなかった。
田中真紀子大臣は、おもしろい人ですから(笑)。

http://www.j-cast.com/tv/2012/11/08153124.html(「J-CASTニュース」)

「いい宣伝になった」

これって、負け惜しみの言葉です。
真紀ちゃんも、ただのオバタリアンだったのね。
これから、田中大臣でなく、「真紀ちゃん」で行こう!

その「いい宣伝になった」3大学を利用する自民党なんて、真紀ちゃんをいじめることしか言わないほど、低レベル。
すでに、ちゃんと提言している方もいるんです。
たぶん自民党の嫌いな、高橋洋一さん。

http://www.j-cast.com/2012/11/08153197.html?p=all(「J-CASTニュース」)

高橋さんの書いているように、大学の質を高めるために、新規参入抑制策が効果あるどうかは、確かに疑問です。
しかし、逆もまた疑問。
新規参入を自由にするだけで、大学の質が高まるかどうか。

ここで、私も提案。
私学助成を減額あるいは廃止し、参入だけでなく、退出も自由化させる。
つまり、弱肉強食。
これなら、ダメな大学はやめざるを得ず、質の高い大学が残ります。
審議会など不要!

しかし、ここでも問題。
じゃあ、国立大学はどうするか、ってことになります。
難しいですね。

でも、私学は、所詮、私学であり、彼らは、教育商売。
よほどの実力のある大学でもない限り、私のような普通の貧乏人が入りたいのは、国立大学。
それら、有名私立大学や国立大学に対抗するため、新設大学は、カネをつぎ込んで、良い先生や設備を導入するわけだ。
結局、カネです。
もちろん、そうなると、我が子に良い“学歴を与える”ために、親のほうもカネをつぎ込む。

日本の学歴社会の序列は、親の所得で決定します。

そこで、注目されるのが、デンマーク。
先日、テレビ(どのチャンネルのどの番組か忘れた)で、デンマークの教育費無料のことをやっていました。
才能ある子どもに対し、教育を受けるカネがないだけで、その芽を摘み取ってしまうのはもったいない、という考えからです。
なるほど。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20090407/191216/?rt=nocnt(「日経ビジネスオンライン」)

この記事で列挙してある部分に、「7. 教科書は個人の所有物ではない。数年間は先輩から後輩に引き継がれ、毎年配布されることはない。」というのがあり、これは、使えます。
どうせ、学校でも、教科書以外の書籍も買わせられるのですから、教科書など、最低限のものでよい。

もう一つ、デンマーク教育を紹介した良いファイルを紹介します。

http://www.gikai.metro.tokyo.jp/img/pdf/oversea/2101_3.pdf(「東京都議会」)

デンマークでは、大学までも、「教育は基本的に無償である」(p32)。
これには、デンマーク国民の自立気質が担保されてあり、日本に当てはまるものではないと思います。
何といっても、仕事をするより生活保護されたい人が多いですからね。
したがって、日本の場合、全員タダの教育は、義務教育の中学までで十分。

だと思ってたら、何と、今や公立高校の授業料もタダになっていたんですね。
知らなかった!

つまり、高校受験で受かった実力の持ち主だけ、タダで教育を受けることができる、ということになっているんですね。
ちゃんと、日本もやっているじゃないですか!

完璧です。

え?
なぜ、大学を語らないか、って?

大学は、教育機関ではなく、研究機関だと、私は思っています。
だから、大学教育という言葉は、間違っています。
前にもどこかに書きましたが、大学の一般教養課程などというものは必要ありません。
もっと、真剣に学問すべきです。

今日の岩手日報紙の、真紀ちゃん批判記事中に、【解説】があります。
その最後に、次のように記されています。

 何よりも「子どもの学習権」を手玉に取るような閣僚を任命した野田佳彦首相の責任は重い。定見なき政治のつけをこれ以上、若者に負わせてはならない。
(2012年11月8日付「岩手日報」2面)

「子どもの学習権」とは恐れ入りました。
日本の大学が、「学習するところ」とは、ずいぶん落ちぶれたものです。
しかも、大学生は、大人です。
成人年齢を18歳にしようか、という議論がある時代に、大学入学に関する問題を、「子どもの学習権」をして語るバカバカしさ。
これを書いた記者は、ちゃんと大学の位置づけを考えたほうがいいと思いますよ。
それから、新設大学の学長さんだか何だか知りませんが、世論を味方にし、真紀ちゃんだけ責めないで、何が本当の問題なのか、ちゃんと考えてくださいな。

試練に強い日本人を育てて下さい。

ではでは〜。

曇り
posted by T.Sasaki at 22:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月06日

順番が逆じゃないの?

みなさん、こんばんは。

昨日、ようやく、沖に行ってきて、110個の水揚げ。
今日からまた、何連休になるのか、憂鬱です。

定置網鮭漁は、2年続けての大不漁が確定的で、もちろん、鮭延縄漁も、底縄に何隻か出ている程度で、大不漁予想。
例年だと、今頃、昼イカ漁から鮭延縄漁へと切り替えるのですが、それが、今年はできないでいます。

あ〜、自然は、被災地に冷たい。

我慢、我慢。

さて、テレビ報道では、田中真紀子さんが攻撃され、大学設置不認可が撤回されました。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/121106/edc12110619140005-n1.htm(「MSN産経ニュース」)

で、ニュースでちょっと、岡田克也副総理も触れていたのですが、素朴な疑問があります。
認可前に、なぜ、校舎を作ってしまい、受験生を募集しているのか、ということです。
これって、順番が逆だと思うんですけど。
大学を経営する人たちも頭いいはずなんですが、こんな簡単なことを疑問に思わないなんて、どうかしてます。
そして、また、もう一つ。

大臣の判断など必要ないなら、最初から、大学新設は、審議会決定だけでやれば良いだけのこと。
そう思いません?
ただでさえ忙しい(と思われる?)大臣の仕事が減るのは良いことです。

したがって、新設する予定の大学や受験生が困っていることを、田中大臣のせいにするのは間違っている、と私は思います。
田中大臣が悪いのではなく、大学新設に関する制度に、欠陥があるのです。
それを露にし、問題提起した田中真紀子さんを、逆に、私は評価します。

だから、↓の記事は、私に言わせれば、ダメ記事そのもの。
「わがまま姫」ですか?
ははは・・・、「どうしん」さん、大丈夫?

http://www.hokkaido-np.co.jp/news/fourseasons/(「北海道新聞」)

それから、秋田公立美術工芸短期大学の樋田豊次郎学長さんという方が、テレビに出たようですが、彼は、問題の審議会の委員だったそうです。

http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00234896.html(「フジニュースネットワーク」)

これを読んでもわかるとおり、認可前に、着々といろいろなことをやっているわけですね。
そして、下から4行目に、6年前から準備していて「申請だけはことしですけど」って言っているのも笑えます。
彼は、審議会委員であったにもかかわらず、「審議会と大学法人側とは、べったりである」ということに気がついてない。

田中真紀子大臣は、そのべったりの関係を、「おかしい」と断定したんだと思いますよ。

つい、本当はあまり好きでない人を応援してしまいました。

集中攻撃される人をかばいたくなるこの性格は、たぶん、死ぬまで治らない?

ではでは〜。

曇り
posted by T.Sasaki at 20:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月23日

子育ては命がけ! (こどもたちの教育と未来を考える 6)

みなさん、こんにちは。

と、一応、「みなさん」という言葉を使っていますが、見てくれている人は、ほんの数名です(笑)。
トラックバックをよそへ全く入れていませんから、こんなものでしょう。
ボチボチですね。

一昨日、昨日とお手伝いに行ってきましたが、今日は疲れてしまい、ぐったりしています。
カゴという漁業は、イサダ漁業の次ぐらいに疲れる仕事です。
午前中から横になったり縦になったり、本読んだり、パソコンに向かったり。
明日は再び沖へ行ってきて、夕方は、同級生の家が全焼したその励ます会への出席予定。
すぐに酔っ払いそう。
明後日は、気仙沼へ行く予定。



さて、「こどもたちの教育と未来を考える」シリーズの最終回にします。

漁師のつぶやき」を書いていた頃、ある仲間の漁師と無線機で話をしたことがあります(たぶん日記あたりに残っていると思う)。
子育てについてを。
話の相手はユキちゃんという人ですが、彼には二人ほど子どもがいて、今は、大学生一人と高校生一人です。
彼の鋭い言葉は、確か、次のようなものでした。

「子どもが悪さをするように育ってしまったら、自分の命と引き換えに更正するようしなければならない」
「子どもが包丁持ったら、親も包丁持って、刺し違える覚悟が必要だ。」

聞けば物騒な話ですが、当時の僕は、ただボーっとして聞いていました(今もボーっとしている)。
でも、ある時、犯罪報道に関するものを読んだとき、気がついたのです。



わが子が他人に危害を加える行為をする前に、それを防ぐために、親は、盾にならなければいけない。
もし、万が一、子が親の命を奪った場合、それは許されるはずもなく、所定の場所で罪を償わなければならない。
その場合、親の命と引き換えに、子は更正するかもしれない。
しかし、そのような子に対し、親が曖昧な態度でほったらかしにすれば、危害を加えられた他人が命を落としたり、社会全体を恐怖に陥れるような事態が起こり得る。
それを想像するならば、やはり、親は、そうなる前に、自分の命を賭けて、子どもに立ち向かうべきである。



つまり言い換えれば、自分の作った子が、他人を苦しめるくらいならば、作った親の自己責任で、自分が苦しんだほうがいい、ということになります。

女の人は、出産するときに命を賭けます。
それならば、男は、子育ての肝心な時に、命を賭けるべきですね。



みなさん、「キリング・フィールド」という映画を観たことがありますか?
ジョン・レノンの「イマジン」がエンディングに流れる映画です。
「キリング・フィールド」は政治映画ですが、そこに描かれている子どもたちを見ると、僕は、親が絶対に見る映画だと考えています。
子どもたちの殺人描写がたくさんあり、まともな教育も受けない、そして何もわからない子どもたちが凶器を持てば、こういうことになるんだなあ、とショックを受けてしまいますよ。



以上、6回にわたって、「こどもたちの教育と未来を考える」シリーズを書いてきました。
社会を見渡して考えた、ごく基本的なことだと思います。
これを「こどもたちの教育と未来を考える会」会長C.Sさんに捧げます。

ではでは〜。。
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2009年01月19日

熱中時代 (こどもたちの教育と未来を考える 5)

みなさん、こんばんは。

春のような陽気でしたね。
しかし、ボクは疲れが残っていて、心臓の鼓動が強い感じがしたので、血圧を測りました。
が、123の78で、残念ながら、正常でした。
安心したら元気が出てきて、今日は、プラスチック(FRP)仕事をちょっと。
新船を造ってから15年も経過すると、板子も薄くなるし、板子もたせ(板子を支えている仕切り木材)も腐ってきます。
どうせ交換するのなら、いっそのこと、FRPにしよう、ということで、今、設計段階。
ボクは、漁師だけではなく、プラ大工もやります。
こんなのを造船工場に頼むと、10万円くらいは払ってしまうので、暇を見つけてやったほうがいいのです。

今から寝ますが、いい夢を見たいですね(年を取ると夢を見なくなる)。
夢は、夜、寝てから見るものですが、それとは違う“夢”の話からいきますか。

個人が未来をばら色に想像し、さまざまな行動の動機付けや励ましにもなる、それぞれの夢。
夢のレベルにも寄りますが、達成困難なものが夢というものだと思います。
その夢は、個人おのおのが見るものであって、他人に押し付けるものではありません。
子どもに対しても同様です。
原子力工学に携わる人たちは、自分たちの夢を達成するために、勝手に既成事実を作って、原発の「電気を使っているだろ!」と威張りちらし、その廃棄物をボクたちに押し付けたりします。
自分の夢を他人に押し付けるのはよくない。
反省してください。

ちょっと、横道にそれました。

子どもたちは、将来の夢を自分の胸のうちに秘め、いつかその夢を達成しようとします。
しかし、努力や根気強さが必要なのは言うまでもなく、その努力や根気強さを引き出すものは何か、というと、ボクは“熱中すること”だと思うんですよね。
「今の子どもたちは〜」あるいは「今の若者は〜」という決まり文句で、その親たちが非難することもしばしばですが、でも、あのゲームに熱中する姿を見ていると、今の子どもたちだって、熱中できるのは確か。
あとは、やはり親の教え方の問題かな?

ボクは以前、「時間がもったいないと思わないか? 1ヶ月前にゲームやった時の感想、何か特別覚えているか?」と書きましたが、実際、過去にやったゲームの結果など覚えているわけもない(「iPod」)。
それを子ども自身がどう考えるかどうかは別ですが、いいくらいの年齢になれば、みな同じように、「無駄な時間を費やした!」と後悔するものです。
賢い子どもほど、さっさとゲームなんかやめて、別のものに熱中すると思います。

昨日の更新では、同級生たちの論理のない話を書きました。

「熱中して頑張る人間こそが、やっぱり仕事できるよなあ」
「その土壌は宮古高校の文武両道だよなあ」

ボクは、この文武両道をなぜ教育者たちがやろうとするのか、その意味を理解しました。

クラブ活動は、熱中しないとできないことぐらい、経験者ならわかると思います。
自分の小遣いまで犠牲にして文献を買いあさり、いかに上手になるかを研究するわけです。
しかし、熱中させることだけが文武両道の意味ではありません。
勉強とクラブ活動を両立しようとすることで、時間や体力の使い方を上手にやる訓練を積んでいるのです。
どちらかにあまりに偏ると、失敗する。
そういうことを実践し経験して、みんな大人になっていく。
社会生活では、みんな一つのことだけをしているわけではありません。
いろんなものを掛け持って、自分の頭の中で、時間と体力を上手に割り振っているのです。
だから、やっぱり、文武両道は必要です。



今、売れている「相棒」というテレビ朝日系の番組。
面白いですよね。
いろいろな社会問題をネタにし、主演の水谷豊のいい味を出しています。
その水谷豊は、ボクが学校に通っていた幼い頃、「熱中時代」という番組で主演していました。
教師のドラマで、題名の通り、熱中教師です。

大人も子どもも、勉強に、仕事に、熱中しましょう!

え?
夢と熱中することとは関係ないって?
そうかなあ。
熱中しないようなことに夢を見るほうが、“夢がない”と思いますけど。

ではでは〜。。
posted by T.Sasaki at 18:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月15日

子どもの失敗は社会が許す (こどもたちの教育と未来を考える 4)

みんさん、こんばんは。

低気圧が抜けたあとは、ふつうの宮古なら晴天なのですが、今日は曇り時々晴れで、雪がちらつく1日でした。
寒いですね。

そして、本日は小正月。
早速、一杯やりました(笑)。
昨日までは、グロッキー寸前まで仕事をしたので、ご褒美として。

今や、漁師の家でも小正月をするのはかなりの少数派でして、笹を船に飾りに行ったら、真面目だなあ、なんて言われました。
返す言葉で、「飲むのが楽しみなのに、どこが真面目なの?」と言ったら、笑っていましたけど、その人は、しっかり、タラを抱えていました。
タラのお吸い物で、やっぱり小正月をやるんでしょうね。

さてと。
昨日は、子どものやらかした責任は親がもつ、などと、そんな類のことを書きましたが、あまりこれをやってしまうと、子どもの自由を奪い取ってしまい、むしろ逆効果が現れたりします。
子どもに対し、親が権力を振るいすぎ、例えば、「これをやっちゃダメ!あれをやったら危ない!それを見たら教育に悪い」などなど、子どもの自由を制限することに命をかけ過ぎる親がいるのも事実。
今はあるのかどうか知りませんが、PTAの親様方のあのうるさい指摘には、子ども時代の自分ですら閉口したことがあります。

でも、ある程度、子どもに自由を与え、失敗させるのも必要。
失敗して覚えるもののほうが多いと言っても過言ではないし、特に子どもの学習能力は高いですから、“失敗”という経験をすぐに記憶します。
それに、大人になってからの失敗と子ども時代の失敗では、価値が違います。
大人の失敗は責任を追及されますが、子どもの失敗は、極悪でない限り、社会が許します。
子ども時代には、たくさん失敗していほうがいいくらい。
それならば、ある程度の失敗を許容するような自由度を子どもに与えることは、教育上、必要なことですね。

それから、子ども時代に何度か挫折を繰り返しておかないと、大人になってから大変です。
もし、もしですよ。
子ども時代に挫折の経験の全くない人が、大人になって初めて挫折を経験するとどうなるのか?
想像しただけで、「こりゃ大変だろうな」と思います。
中には、生まれつきの性分が図々しい人は、それなりに生きていくと思うんですが、そうでないお人好し宮古人は、そうはいきません。
落ち込んでしまい、周囲に助けてくれる人がいないと、奈落の底まで行ってしまい、立ち直るのに時間がかかります。
一方、普段から挫折を繰り返している人は、すぐに立ち直って、次へと視点を移します。

もう一つ、重要なこと。
子どものすることに制限を加えるすぎると、今度は、子ども自身が判断する能力を失う可能性があります。
これは、子どもが成長し大人になった時、非常に困ることになります。
子どもが一人立ちし、親元を離れたとき、今まで判断してくれた親がいない。
となると、今まで自分の判断を親に任せっきりにしていた子どもは、自分で事の良し悪しを判断できない。
これだと、社会生活に不適応になってしまいます。

とにかく、いろいろな経験をさせて鍛え、環境の変化に対応できる強い子どもを育てること。

子どものいないボクがこんなことを書いているのも不思議ですが、自分の経験や周囲の人間、そして社会を観察していると、こんなことぐらい考えればわかります。
むしろ、親のくせに何にも考えない人もいる。
もちろん、ボクがその“教科書”を書けるわけでもありませんが、もし、仮に書けたとしても、子どもにも能力面や感情面に個人差がありますから、全部、“教科書通り”というわけにはいきません。
その辺は、親がちゃんと子どもを見て、どの辺まで自由度を与えたらいいか、また、年齢によって、その基準をどう変更したらよいのか、考えるわけです。
すべての子どもに、“教科書通り”で通用するならば、先生や親という生身の教育者は、最初から必要ありません。

私たちには五感の能力がありますから、その辺をフルに使って、子どもの様子を見ながら頑張らなくちゃいけませんね。
みなさん、頑張ってくださ〜い。

ではでは〜。。
posted by T.Sasaki at 19:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月14日

自己責任 (こどもたちの教育と未来を考える 3)

さて、ボクが考える「こどもたちの教育と未来」パート3、で〜す。

大人と子どもの境界は、今のところ、年齢で決めているんでしょうか。
ボクは、これがちょっとわからないんですよね。
高校卒業の18歳なのか、それとも20歳なのか。
今のところ、日本社会一般では、「成人の日」という国民の祝日があるくらいですから、やっぱり20歳から上が大人なんでしょう。

子どもたちはやがて成長し、大人になり、自分で自分を養うことができるようになります。
自分で自分を養うことができる、ということは、親から自立して、自由に行動できるわけです。
そして、次が重要。

自由な行動には、その行動に対し、自己に責任が生じる、ということです。

自由選択した行動で、自分に災難が降りかかったら、それは全部自己責任であり、自分で償わなければなりません。
本来、「自由」とは厳しいものなのです。

子どもであるうちは、自由選択に対する判断が甘く、自分の行動に責任を取れる環境にもない。
だから、親が威張って、子どもに権力を振るうわけです(笑)。
しかし、その際、子どもがその権力に従うわけですから、責任は、権力側にあるわけで、つまり、親が子どもの行動に対し、責任を負わなければなりません。

「そんなこと、当たり前だろ!」とお叱りを受けるかもしれませんが、この簡単なことを知らない親が多いんですよ。

今、書いた、権力者とそれに従うものの責任関係は、人間社会すべてに当てはまります。
例えば、公的年金は、権力側が半ば強制的にカネを徴収し、老後に年金として支払うわけですから、これは、すべてにおいて、権力側が責任をもって年金事業を遂行しなければなりません。
「強制的」ですから、ボクたちには自由がないのです。
だから、ボクたちには、全く責任はありません。
ただ、大手を振って年金をもらうだけです。

じゃあ、ボクたちに責任があるものは何かというと、自由選択したものすべてにです。
権力側が自由を許しているものを、権力側が責任を持て、というのは、おかしな話ですよね。
だから、おのおのの自由な行動には、自己責任がつきものなのです。

簡単なことなんだけれど、しかし日常では、自分が悪くても「社会が悪い、国が悪い、あいつが悪い」な〜んて、案外言っているものなのです。

さて、先ほどは年金のことを書きましたが、今度は税金。
税金は、年金よりも強制的に徴収されますね。
だから、税金は殊更(ことさら。ボクは読めなかった)に権力側の責任は大きい。
しかし、実際には、その使い道は、ボクたちの意図する方向にはなかなか向きません。
例えば、余計な使いものにならない武器をアメリカから買ったりとか。

http://tanakanews.com/080917missile.htm

残念ながら、ボクたちの声の、より届きにくい国の予算ほど、その権力者たちの責任は無きに等しく感じます。
その辺の市町村の議員さんたちのほうが、顔が見える分、まだ責任感があるような・・・・。

世の中の多くは、「困ってるから、あれやってくれ、これやってくれ」と権力側に要求しますから、権力側は、「わかった。わかった。やってやるよ」と言いながら、「カネが足りないから、国債を発行するか、増税しなくちゃならん」と言いつつ、その増税分をちゃっかり別のことに使っていたりします(だから、税金のほとんどは目的税にすべし)。
これだったら、税金払うのがバカくさくなりますよね。

そこで、ボクみたいなのは、「どうせロクなものに予算使わないんだから、役人たちは何もしなくてもいい」と言いだします。
そうすると、権力側は、内心「これは困った。減税になって、オレたちの仕事がなくなる。これは困ったぞ」となり、「この福祉サービスはいかがですか」「やがてこういう危機が訪れますから備えませんか」というセールス(やらせ研究、やらせ報道)を行います。
そのセールスを行うときは、彼らは情報統制をしきますから、ボクたちはそれを信じ、「しかたないなあ」と税金を払います。
あ〜、バカくさい。

と、いろんなことを書きましたが、自由や自己責任、税金に関しては、すでに過去の「漁師のつぶやき保存版」で触れていることです。
自由に関しては、

http://milky.geocities.jp/umaimono_tabetai_hito/tubuyaki-jiritushugi.html

を読んでみてください。
ボクは勉強になると思うんですが。

巡回先の「高橋博之公式サイト 日々是好日」1月10付けでは、高橋さんは、「まずは今ある常識を疑ってみることが必要です。」と書いています。
ボクは、この言葉に非常に賛成です。
その「常識」が本当かどうか、というのを、大人であるボクたちがまず考え、本当だと判断したら、それを子どもたちに伝えたほうがいいと思います。
ボクたちが自分の頭で考え、それを伝えないと、子どもから「なぜ、そうなの?」と問われたとき、答えることができません。
子どもの問いに答えることのできない「常識」が、もし、間違ったものだったら、そりゃ、親の責任重大です。

子どもには、自己責任をしっかり教え、そして、自分の頭でモノを考えることを教えるべきですね。

ではでは〜。。
posted by T.Sasaki at 20:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月10日

頑張れ!子どもたち (こどもたちの教育と未来を考える 2)

みなさん、こんばんは。

昨日、沖に行ってきた疲れが出てしまい、挙句の果て、風邪までひく始末。
雪も積もらなかったので、午前中は寝ていたも同じ。
午後は、母の薬を取りに医者へ行き、「なあど」という地産地消を兼ねた「道の駅」から田老漁協の「とろろ昆布」を買ってきました。
ボクには日曜日がない分、天候の悪い今日が日曜日です。
さすがに荒れた天気でして、北東向きの宮古湾は、でかい波が入ってきています。
定置網や養殖施設の被害が心配です。

さて、昨日、増えすぎた人口が地球を食いつぶす、ということを書きました(「少子化対策は税金の無駄遣い」参照)。
できちゃった、生まれちゃった子どもにしてみれば、そりゃ、この現実を今までほったらかしにしてきた親や社会を咎めたくもなります。
でも、せっかく人間に生まれてきたんですから、「人間でなければ経験できないことをいっぱいやってやる」という気持ちで、日々生きていけばいいんじゃないでしょうか。

人間なんて、たいした生き物じゃありません。
他の生物と違うのは、「学問」ができること。
ボクは、そう考えています。
その学問で得られた真実や成果を無視しようとする人間がたくさんいます。
うんざりするくらい、たくさん。
ホントに本当に、人間って、たいした生き物じゃないんですよ。
そう考えれば楽ですから、思う存分一生懸命生きてください。
ボクの場合、どうせ死ぬんだから、がむしゃらに仕事して、パタっと死ぬ。
そんな考え方なので、帰ってくると、疲労がすごいです。
過労死とやらをまだ経験できそうにありませんが(笑)。

話が脱線しましたが、さてさて、生まれちゃった子どもはやがて成長してしまい、自分自身を養うために就職します。
岩手の場合、学校を終わって就職する場合、どっちみち市外就職、県外就職がほとんどです。
年金問題の尻拭いを国民にさせる手段の一つが、「産めよ作れよ」の少子化対策であり、子どもが増えるのはいいんですが、肝心の受け皿が、地域にはそれほどありません。
あるのは、ボクのやっている、そして、みんなが嫌いな漁業や農業。
やっぱり、石原知事が威張っているように、最後は東京しかないんでしょうか。

そんなことはどうでもいいんですが、この資本主義経済下で、企業の平均寿命って何年ぐらいなのか、みなさん知ってますか?
30年です。
どの本だったか、かなり昔読んだので、もう忘れました。
Web検索で、「企業の寿命」と打ち込んで調べてみてください。
30年説がほとんどです。
一方、就職してから年金生活に移行するまでの、勤労期間は、18歳から65歳まで働くとして、47年。
つまり、一人1回は、職を変える運命にあります。
データ的に最初からそうなんですよ。
だから、中年になってからの失業、そして、職探しは変なことでも何でもありません。
普通のことです。
こういうことをしっかり認識していないと、変な偏見を持ったり、また異常に擁護したり。
また、その当事者は、神経を尖らせ、悩み、極端になれば精神病になったりします。
そうならないように、子どものときから、親が「企業の平均寿命は30年だから、1回ぐらいは失業するんだよ」と教えておくべきです。

要点は、タフな子どもに育てること。



それから、人生設計ですね。
もう子どもの頃のころから、人生の設計図を描けるように訓練させておいたほうがいいと思います。

でも、実は、ちゃんとした親ならば、その訓練はすでにやっているんですね。
人生設計図の訓練は、小遣いの1ヶ月の金額を決め、それを上手に使わせること。
笑うかもしれませんが、これが人生設計の基礎です。
収入の範囲内で、どうお金を使うか。
これをマスターさせるのが、まず親の教育です。

ボクは漁師なので当てはまりませんが、一般サラリーマンの給料は、毎月変動があるわけではありません。
その限られた収入の中で、夫婦はどう使うか考え、蓄えを確保し、財を購入します。
将来、数年、数十年の収入がだいたい計算できますから、その範囲内でマイホーム購入計画などを練るわけです。
子どもの小遣いも同じで、ちまちま貯めれば、ちょっと高額なほしいものを買うことができます。

この世の中には、この人生設計の基礎訓練を受けてない大人がたくさんいます。
例えば、あのカード破産する人たち。
たぶん、子どもの頃、小遣いをテキトーにもらったり使ったりしたんでしょうね。
あ、そうか。
この訓練を受けていない人たちを相手に商売するのが、カード会社なのか。
なるほど、うまいものです。

ちなみに、タイトルを「頑張れ!子どもたち」にしましたが、これって、ちょっと前までテレビ朝日系で放送されていた「小児救命」というドラマの医師が言っていた言葉です。
主演女優はあまり好きじゃないんですが、でも、良いドラマでした。
現在の医療問題を扱ったもので、涙が出てきました。
ボクは涙もろいんです。

ではでは〜。

posted by T.Sasaki at 17:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする