日本の漁業が崩壊する本当の理由 片野歩

世界中で魚類資源が増えているのに、日本だけが減っている。
この現実を、恥ずかしいと思うべきである。

日本の漁業が崩壊する本当の理由.jpg

すべての漁協組合長、理事、参事、そして、任意の漁業団体の会長以下すべての役員たちは、この本を読むべきだ。
読みたくないならば、「日本の漁師は大バカものだ」を参照すること。
これを認識できないならば、役職に就く資格はない!

2015年10月28日

「地球の破綻」 3

みなさん、こんにちは。

昨日、八戸沖の、休み前に獲った場所に行ったら、ぜんぜんタネなし。
戻りながら、八戸船団のいたところで5匹獲り、それから5マイルぐらい南下して、ようやく1箱。
乗組員の魚を獲ったから、もうあきらめて帰って、昼いか漁を切り上げようと思いました。
でも、南下調査したら魚探反応があり、何とか59箱獲りました。
この日の八戸の平均が、1隻あたり17箱。
男はあきらめが肝心なのです(笑)。
いや、あきらめていなかったから、かな(笑)。
まぐれもはなはだしい。
今年は、ホント、まぐれが50回ぐらいはあった、と思う。

「地球の破綻」第3弾です。
あまり書きすぎると、安井至さんに怒られるので、今日で終わりにします。

前回ので、山形浩生さんが、互恵的利他主義にいちゃもんを付けていたことに関連して、次の文章を紹介します。
これも経済学の考えですよね。

 人件費の高い先進国の企業が、人件費の安い途上国に進出するのは、あたり前ではあるが、その格差を利用するためである。その格差をできるだけ長く利用できるようにすることは、果たして可能なのだろうか。それができれば、途上国進出を果たした企業にとって、有利な状況が長く続くことになることはその通りなのだが、なかなかそうも行かない。ビジネスが成功すればするほど、途上国の従業員は、賃上げなどの待遇改善を要求する。これは成功報酬だから当然のことである。下手をすれば、ストライキ、暴動などが起きる。
 先進国の企業は、それを防ぐことが必要である。すなわち、労働者の現状を理解し“互恵的利他主義”を発揮することによって、待遇を可能な限り、しかも継続的に改善すること以外に、解決の方法論はない。その極限的な結果として、すべての途上国が途上国を抜け出し、人件費の安い国はなくなる。
 そして、この状態に到達すれば、実は、先進国の企業が途上国に進出する目的を失うので、最終的には自国内に戻り、これが自国の産業を復活させることになる。すなわち、“互恵的利他主義”は、先進国にとって、最終的な正しい戦略だと理解すべきである。しかし、現実にビジネス戦争を仕掛けている先進国の企業経営者にとって、このような考え方を持つのは難しいかもしれない。それは、短期的な利益を求める株主などへの対応をしなければならないからである。
(「地球の破綻」p305)


株価の上下で、一喜一憂しているカネ持ちの方々、これも考えて投資してくださいよ。
投機ではなく、意味のある投資を!(といっても、互恵的利他主義なんて無視している連中が多いんだから無理か)。

もしも、人類の歴史を判断の基本に据えるならば、優れた経済人であるかどうかの判断基準に、優れた教育を後輩達に行ったかどうか、ということ、さらには、その人の行動の教育的な側面が、10年後にも語り継がれているかどうか、といったことが評価の重大な要素になるべきだと考えられる。
(前掲書p242)


これなんか、社会的金銭的に成功している人が読むべき文章。
しかし、自分のカネにしか興味のない人は、「オレは、何言われてもかまわないよ」と言う人が、すご〜く多いんです。
何言ってもダメだっけ〜。

次は、ちょっと深刻な問題で、資源問題。
エネルギー資源は、今後、100年は大丈夫として、問題は、鉱物資源。
もちろん、エネルギーも、脱炭素を目指すことは言うまでもありませんけど、鉱物資源も、脱鉱物。
理想は、地球上にたくさんある元素に、あらゆる素材を代替すること。
これにもイノベーションが必要ですが、イノベーションが起こらなかった場合が、考えものです。

原田幸明さんの図を参照しながら、次のように記述されてあります(原田幸明さんの図は、ネット上にあります。興味のある方は検索して調べてみてください)。

累積需要が埋蔵量ベースを超さない金属は、鉄、マンガン、アルミニウム、モリブデン、タングステン、希土類、コバルト、リチウム、ぐらいなものである。中でも深刻な状況になるのは、銅、鉛、亜鉛、金、銀、スズ、アンチモンだとういことが読み取れる。特に鉛、スズ、アンチモン、金、の状況は厳しい。2050年には、これらの金属資源が枯渇状態になっていると言っても良いだろう。
(前掲書p140)


この中で、いか釣り漁業者の懸案は、鉛です。
いか針の下にぶら下げる分銅は、鉛が主流であり、特に、昼いか漁をしている人たちは、ほぼ、鉛に依存しています。
著者の安井さんによれば、鉛を使用しているバッテリーを積む自動車は、ほぼハイブリッドカーや電気自動車類に変わっていくだろうと予測していますが、実際、日本の自動車販売台数の上位はハイブリッドカーです。
しかし、楽観視するのは賢明ではなく、世界中の自動車がハイブリッドカーなどに置き換わるまでは、鉛の高価なものとなります。
代替品として、鉄の分銅がありますから、いずれ、そうなるでしょう。

海の上で仕事をしているすべての船舶で、防食亜鉛は深刻になります。
数年前、私は散水ポンプを交換しましたが、それに付属してあったのは、防食アルミニウムでした。
なので、鉄部に関する防食材は、アルミニウムに変わるかもしれません。
高校の化学の授業で習ったはずのイオン化傾向から、新しい材質へと変わるんでしょう。

銅がなくなるのは、大変ですよね。
電線は、今のところ、すべて銅です。
実際、銅の価格は上がっているらしく、資源回収業者は、銅線の皮むきを一生懸命やっています。
だから、メガソーラーなんかの銅線が盗まれる事態が発生するんですね。
金(カネじゃなく、キンです。笑)も大変です。
キンはお金持ちの持つものと勘違いしている人がいるかもしれませんが、キンは、いろいろなハイテク製品に使われています。
キンは、非常に高価ですから、下水道などから回収された例もあるとおり、いわゆる都市鉱山が今後“開発”されていきます。

こうしてみると、2050年というのは、いろいろな節目にあたりそうです。
イノベーションを起こさないと、今から35年後の生活はけっこう厳しそうですね。

私は早死にだと思うので、たぶん生きてはいないだろうなあ。
でも、五体満足で健康なら、200年生きて、この世の中がどう変わるのか見てみたい(と思うのは、私だけではないと思う)。
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2015年10月26日

「地球の破綻」 2

みなさん、こんばんは。

再び、「地球の破綻」について。

ワールドウオッチ研究所の発行している「地球白書」は、世界中で起きている自然現象や社会現象の報告をし、その対策を記述するパターンがほとんどでした(過去形ですから、今は私は読んでません)。
ほぼ全部断片的。
ところが、「地球の破綻」では、部分的な対策ばかりでは、解決が難しいと。
いや、非常に難しい。

持続可能性に対し解を得ることは、最近の科学にとっては、難問中の難問だということになっている。なぜならば、現代科学の持っている特性は、個々の現象に分割して、それぞれを制御するという考え方に立脚しているのに対し、持続可能性科学では、個々の現象がすべて繋がっているという理解に立脚している。個別の問題の数が10倍になれば、その間の関係はほぼ100倍になる。地球上に存在している問題は、かなり多数に及ぶが、その解を求めるには、数のほぼ二乗の関係をとく必要があるからである。
(「地球の破綻」p55)


この解を少しでも求めようとしているのが、この本。
で、環境問題というのは、自然環境に対して、人間行動による負荷が大きくなりすぎ、自然の復元力をそれが上回ったために問題となるわけで、負荷は次式で表されます。

人間活動の圧力 = 個人活動の圧力 × 総人口
(前掲書p49)


「こんなことは誰でも知っている」と怒られそうですが、全体の負荷を減らすには、一人一人が自然環境への負荷を減らす努力をし、人口を増やさない。
基本中の基本ですね。

「地球の破綻」は3章から成っていて、第1章が「問題の提示」、第2章が「現状分析からの予測」、そして、第3章で「解決への道筋」を論じています。
第3章で上記の解を提示しますが、その考えの土台が、デイリーの定常状態の経済学にあります。

 1. 再生可能な資源の持続可能な利用の速度は、その供給源の再生速度を超えてはならない。
 2. 再生不可能な資源の持続可能な利用の速度は、持続可能なペースで利用する再生可能な資源へ転換する速度を超えてはならない。
 3. 汚染物質の持続可能な排出速度は、環境がそうした汚染物質を循環し、吸収し、無害化できる速度を超えてはならない。
(前掲書p58)


最終的に人間の取り組みに何が必要か。
それが、「イノベーション」「ライフスタイルの変更」「社会システムの変更」であり、第3章に具体的に書かれています(中身まで書くわけにはいかないので、買って読んでください。笑)。



「地球の破綻」の副題には、「21世紀版成長の限界」と書かれてある通り、1972年ローマクラブから出された「成長の限界」を参考にしたものであり、その未来予測で、当たったもの、はずれたものを列記しています。
その未来予測に関して、次の記述が目をひきます。

未来予測は、それが本質的であればあるほど、社会がそれに対して対応するので、結果的に未来予測は当たらないという結末を迎えるということである。しかし、人間活動と結末の間に時間的なギャップがある地球レベルの問題については、必ずしも対策が行われず、悲観的な未来予測でも当たってしまうことがありうることも、結論の一つである。
(前掲書p45)

そもそも当たる予測だけが良い予測なのか。当然のことながら、当たる予測が良いのではない。予測が正しそうだと考える人が増え、そして、人類全体として対応をせざるを得ない状況になり、適切な対応を行ったために、結果的に予測が当たらなかった。これが目指すべき予測である。
(前掲書p62)


つまり、現時点での予測に対し、「イノベーション」「ライフスタイルの変更」「社会システムの変更」で、予測が外れる、というシナリオを書いているんですね。



ところで、世の中、いろいろな人がいるものです。
本を書いている人が、こんな書評を書いています。

http://cruel.hatenablog.com/entry/20140912/1410495841山形浩生の「経済のトリセツ」)

読んでみての感想ですが、「地球の破綻」の本全体で何を書こうとしているのか、ということが、この書評からはわかりません。
部分的なミスの指摘のみ。
「話に一貫性のない」と書いているようですが、いやいや、そんなことはありません。
理系の先生にしては、非常に人間的な記述だと思います。
理系の論文なんて、基本的に、味も素っ気も無い。
研究目的から方法論を記述して、はい実験やりました、結果は云々、そして最後に考察、というように、ぜんぜん面白くない。
大学の理系論文なんて、興味がないと、ホント眠くなりますし、門外漢だと中身がぜんぜんわからない(だから、捏造や不正が起こりやすい)。

山形浩生さんが書いた次の記述など、本をよく読んでいない、というか、この方の読解力を疑ってしまいます。

さっきは、いまはないイノベーションがあると想定してはいけない、ワガママだ、と言っていたその口で、イノベーション (ここではつまり食料増産の見通し) を想定しないというのは思考停止だ、ヒトが背負ってきた義務を果たしていないという。どっちなんですか?
http://cruel.hatenablog.com/entry/20140912/1410495841「一貫性の欠如。」)

書いている順番や本全体から、どっちかはわかるはず。
普通の読書人なら、わかります。

そして、これなんて、難癖もいいところ。

言われなくてもみんな、互恵的利他主義はやってるんですが。
http://cruel.hatenablog.com/entry/20140912/1410495841「結局はお題目だのみ」)

本当に“みんな”やっているのかなあ。
私は、素直に、やっていないと思う。
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2015年10月25日

「地球の破綻」

Facebookのほうで、少しだけ紹介した「地球の破綻」という本について少々。

「沖から帰ってきてから寝るまで読書。
これは、政治家なら、必読の環境本。
今まで「地球白書」などの環境本をけっこう読んできたけど、これは、ベスト。
復興事業などゴミに見える。
先を見通せない政治家もゴミ。
忙しいからといって、読書もしない政治家はもっとゴミ。
そのうち、このネタは家に帰ってからブログで。」

と、ボロクソに書きましたが、たぶん、みなさん同意してくれると思います(笑)。

岩手県の元知事で増田寛也さんの書いた「地方消滅」によると、このままいけば、わが宮古市は、2040年に、たった3万2千人しか人がいなくなるそうです。
今から25年後です。
なぜそうなるか、というと、子どもを産むことのできる若い女の人口がいないから。
若年女性の減少率は、60%を超えます。
つまり、宮古市は、消滅可能性都市の中に入っています。

お隣の山田町は、それに“深刻”が付きます。
山田の僚船に無線機でその話をしたら、「オラには子どもいるよ。原因は漁運さんだ」という話をされ、まさしくその通り(笑)。
でも、動物界の掟では、選ぶのは女の側。
「しかたないんじゃないの」というほかない。

山田町はまだいいですが、岩手県ワースト5は、若年女性人口減少率は7割を超えます。
いずれゴーストタウンとまではいかなくても、その自治体名は消滅するでしょう。
もうそこまで来ている25年先ですよ。

「地方消滅」は2014年に出版されましたが、「地球の破綻」は2012年です。
2年後に出版されたわりに、「地方消滅」阻止することを考えすぎの感あり。
地球の現実は、それほど甘くありません。

で、日本の人口減少に関することで、「地方消滅」より先見性が明らかである記述を引いてみます。

 これまでの日本のように、1960年以降に人口が急上昇して、膨張を続けていた時期であれば、なんとしてでも、その地に棲むという決断も有りうるが、2100年には、日本の人口は4500万人程度になっているだろう。そう考えれば、居住地を放棄して、撤退するという戦略を考えることになる。そのような場合にほとんどの住民は移転するが、若干の住居が残る状態になることは、余り望ましい事態であるとは言えない。行政のサービスコストや、社会インフラの整備は継続しなければならないからである。このように考えると、ある地域から全面的に撤退するのが良さそうである。どのようにして、全面撤退する地域を決めるべきなのだろうか。答えは、自然生態系を決めている地域全体である。具体的には、ある河川の流域から完全に撤退するという決断をすることが正しいように思える。その地域は、完全に手付かずの自然に残すことになるが、これは、一旦人工生態系になっていたところが、新しい生態系に変化することになる。そのとき、恐らく、生物多様性は守られる形で新しい生態系になることが期待できる。
(「地球の破綻」p116)


2040年よりもっと先を見越している話で、生物多様性をどう維持していくか、という点を合わせて論じています。
残念ながら、3.11の復興事業では、そういう考えは微塵もない。
宮古市のあの閉伊川水門など、醜いだけの構造物です。
前宮古市長の熊坂氏の失政は、タラソテラピーという税金無駄遣い施設にカネを費やしたこと。
その後継である山本市長の失政は、閉伊川水門建設に尽きる。
タラソテラピーは津波で被災し、道の駅に生まれ変わったから、証拠は残らないけれど(残るかな)、閉伊川水門は、ずっと残ります。

あ〜、かわいそう!

防潮堤かさ上げや藤の川地区の防潮堤建設も同じ。
25年後には、宮古市の人口は、今のおよそ半分。

「土地や建物は余るじゃないの?」
「高台だけでも足りるんじゃないの?」

と考えない人は、頭がおかしい思われてもしかたがない。

 ジェーン・グドール女史の言葉の中に、ホモ・サピエンスのみができることが凝縮されている。その部分を繰り返して記述したい。“過去を語り、未来に備えた計画を立てることである。さらに、子どもの教育を言葉だけで行う能力があることもホモ・サピエンスの特徴であろう”。この文章によって、未来に備えた計画を立てる能力を持っているのが、ヒトであり、同時に、教育を行うのがヒトである、ということが結論できる。
(「地球の破綻」p240)


これはチンパンジーとの違いに関する記述ですが、「未来に備えた計画」を「未来の津波に備えた計画」と勘違いされてもらっては困ります。
この本では、そんなことを書いているわけではない。
このように読み違える人がけっこういます。
相手にしてられませんよ。

著者の安井至さんは、理系の先生ですから、文章を書くのが下手だと思います。
医者も説明が下手くそな人が多いし、理系の人たちはそんなものでしょう(でも、「未来はわからない」という言葉がちりばめてあって、理系人間にしては、人間的だなあ、と思いました)。
だから、あとは、何を書いているのかなあ、ということを全体から読み取ったほうがいい。
部分的な揚げ足取りは、百害あって一利なし。


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2012年11月03日

ゴミの話

みなさん、こんばんは。

昨日も今日も休んで、明日も休み。
燃料代を稼げないような漁なので、確実に天候が良くないと、出ないことにしています。
まだ、オカ仕事がたくさんあるもので。

一昨日は、たったの22箱で、3時頃入港したのですが、神林漁港は、ビットが隠れるくらいの高潮。
せっかく化粧したばかりの船を傷つけるのも嫌ですから、さっさと閉伊川岸壁へと移動しました。
日が暮れてから6時頃に神林港へ回航。
しかし、翌日の強風で、タイヤに船がこすれて、結局、船底塗料がはがれていました。

あ〜、いつまで、こんなこと、やっているんだろう。

今日で、ようやく、セシウム混じりの泥との格闘を終了。
今まで、倉庫の横に積んであった道具などを整理していました。
近所には、セシウム混じりのホコリで、非常に迷惑をかけたと思います。
一番気を使ったのは、洗濯物。
ドンコ、タラ、スルメなどの鮮魚を、お詫びをしながら持っていきました。
もちろん、みんな喜んで、お礼に、梅干やビール(あまり好きでないのに)やリポビタンD、オロナミンCなど、持ってきてくれました。
せっかく、「迷惑を掛けているから」と弁明しても、「受け取らないと怒る」と脅迫してくるから始末に負えません(笑)。

また、その場所に、家を建てる予定(飽くまで予定です)なので、倉庫わきの屋根を、2つほど撤去。
その鉄材や木材がゴミとなって山盛りになり、丸晃商事さんなどのお世話になりました。

私は、漁運丸の3代目ですが、実は、津波の前の年に、代替わりしたばかりなのです(だから、余計に大変!たぶん、嫁さんがいたら、逃げていったと思う。笑)。
4つあった倉庫には、過去の道具、それも今やほとんど使われない道具が満載でした。
漁の合間を縫って、少しずつ、整理していましたが、津波で、一挙に片付きました(笑)(泣)。
津波の前にも、鉄材や木材を、ちゃんと料金を支払って片付けたのに、どうせ津波が来るのなら、放っておけば良かった(笑)(泣)。
カネと労力の無駄。

津波の前に、「リアス環境管理」という産業廃棄物取扱業者へ、漁業廃棄物の相談に行きました。
特に、興味のあるのは、魚網などの処分。
回収は、バケット単位で、1バケットあたり数万円(正確な数字は忘れた。電話して聞けば、教えてくれます)。
その金額の書いた紙を、部屋の壁に貼っておいて、いつか持って行く予定でした。
もちろん、ただ持っていくだけでは、私の気持ちは済みません。
逆襲の予定があったのです。

漁師にしては、筆力がある(と言われる)ほうなので、これを使わない手はない。

魚網や釣り糸などは、プラスチック製品です。
あんなもの、火を着ければ、瞬間的に消滅します。
試しにやってみてください。
簡単に燃えてなくなります。

産業廃棄物は、とにかく、一般家庭で発生するゴミとは区別し、農業であろうと、漁業であろうと、復興景気に沸く建設業であろうと、産業から出るゴミは、産業廃棄物として区分されます。
それらは、ゴミの品質が何であろうと、産業廃棄物業者が取り扱う、ということになります。

もちろん、燃えてすぐになくなる魚網や釣り糸も産廃扱いです。
それをどう処分するのかを、「リアス環境管理」に質問しました。
回答は、県内陸部へ持って行き、焼却処分するそうなのです。

あ〜、バカくさい。



「それなら、市の一般廃棄物焼却施設へ持っていって、一緒に燃やせばいいじゃない。」

「ダイオキシンの問題もあるし」

「一般廃棄物にも、プラスチック製品があるんだし、ちゃんとダイオキシン対策で高温で焼却しているはずですよ」「わざわざ内陸まで持っていくと石油資源の無駄じゃありませんか」

「・・・」

「そう思いませんか?」

「私のほうじゃなく、政治家などに文句を言ったらどうですか?」

「いや、これほど無駄なことをしているのがわかっているのなら、業者から良心的に言ったらどうですか?」

「・・・」



津波前には、こんなやり取りもあり、本当は、この業者に数万払ってから、「岩手日報紙」の「日報論壇」に投稿しようと考えていましたが、あえなく実現しませんでした。

再資源化で儲けるなら、まだいい。

しかし、ただ焼却して、「ハイ、終わり」なら、産業廃棄物などに分別する必要はない。

と、思いませんか?

これに取り組む政治家がいることを期待しています(と、プレッシャーをかけます。笑)。

ではでは〜。

曇り
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2010年04月12日

「エコ」って?

みなさん、こんばんは。

イサダ漁宮古船団は、今年“も”危機的状況です。
沿岸地域には、全くと言っていいほど、魚群がありません。
先日は、綾里崎まで、往復90マイル航海しました。
こうなると、悲惨!
今日も、宮古から、そこまで行った船もあり、結局、そこでも資源がなく、戻ってきたらしいのです。

で、私は?というと、天候も良さそうなので、ずっと沖合いを調査しました。
宮古沖20マイルに、薄い魚群を発見。
仲間の船が操業し始めたので、私も一緒に操業しました。
何とか、194カゴ(1カゴ30kg)。
明日は休みの予定。



地球温暖化問題が、またまた、もめていますねえ。
ちょっと前に、田中宇さんが、いろいろ書いています。
この時の記事は、私もあまり支持できないような内容でした。

地球温暖化めぐる歪曲と暗闘(1)
地球温暖化めぐる歪曲と暗闘(2)

これは、英国のイーストアングリア大学(UEA)にある気候研究所(CRU)が槍玉にあがった事件ですが、しかし、どうも、“反”温暖化側の策略だったみたい。
そのことを、さくらぃさんが、紹介しています。

CRUメール盗難事件、決着(「壊れたら直そう日記」)

田中さんは、いったい、どうするんでしょう?



話は変わって、先週の日曜日、私は、ヤボ用で、盛岡へ行ってきました。
行ったからには、冷麺を絶対食べてくる。
私の学生時代、一緒に(といっても、私はアルバイト)働いた人が、「次郎長」という店を出しているので、盛岡へ行った時は、必ず、そこへ食べに行きます。
盛岡一うまい冷麺は、駅前の「盛楼閣」なんですが、麺のコシはちょっと落ちるけど、「次郎長」のもおいしいです(と宣伝しておきます)。

宮古から盛岡まで自動車だと1時間半でいくので、ドライブとしては比較的簡単なほうです。
でも、私は、バスか山田線。
やっぱ、資源のない日本人にとって、ドライブは贅沢ですよ。
だから、できるだけ、公共交通利用しましょうね、みなさんも。
誰かに運転してもらえれば、その間、睡眠できるし、本も読める。

ハンドル握って、おもしろかったのは、せいぜい30歳前まで。
今や、運転は、面倒くさい。
30過ぎてもハンドル握るのがおもしろい、って人は、ちょっと考え物。
だと、思いません?

長距離移動では、公共交通を利用するのが最も省エネですが、自動車を利用する場合は、やっぱり低燃費のもの。
その販売促進政策が、エコカー減税やエコカー補助金。
しかし、その対象車を見ると、唖然とするものがあります。
ここでホンダの車を例にします。

ホンダのハイブリッド「INSIGHT」の燃費は、10・15モード走行で30km/l。(http://www.honda.co.jp/INSIGHT/environment/index.html
「FIT」1300ccが、24km/l。(http://www.honda.co.jp/Fit/webcatalog/ecology/
軽自動車の「Life」で、22km/l。(http://www.honda.co.jp/LIFE/ecology/

ところが、エコカー対象車に、何と!SUVやミニバンが入っているのです。
これには、驚いてしまいます。
きっと、低燃費を実現しているんだろうなあ、と思い、調べてみると、やっぱりダメ。

SUVの「CROSSROAD」は、12.4〜13.8km/l。(http://www.honda.co.jp/CROSSROAD/webcatalog/grade-data/
ミニバン「STREAM」は、15km/l。(http://www.honda.co.jp/STREAM/ecology/
「ODYSSEY」が、13.2km/l。(http://www.honda.co.jp/ODYSSEY/ecology/
「ELYSION」2400ccタイプが、10.2km/l。(http://www.honda.co.jp/ELYSION/spec/index.html

リッター10kmしか走らない車も、エコカー?
ミニバンの中で、最も燃費の良い「STREAM」。
それに比べて、「ODYSSEY」や「ELYSION」は燃費が悪いのに、、なぜ、減税額や補助額が大きいの?

http://www.honda.co.jp/green-tax/subsidy/13-new/index.html

エコカー促販政策は、ツッコミどころ満載ですなあ。

ホンダをダシにしましたが、たぶんトヨタも似たようなものでしょう。

私なら、SUVやミニバンみたいな、でかい車には、逆に税金かけて、その税金を公共交通機関補助します。

ダメですなあ、民主党。
そして、この制度を作った自民党も言うまでもない。

特にSUVなんか、もってのほか。

http://fish-archives.hp.infoseek.co.jp/tubuyaki-kankyo3.html
http://fish-archives.hp.infoseek.co.jp/tubuyaki-kankyo4.html
http://fish-archives.hp.infoseek.co.jp/tubuyaki-kankyo5.html

ついでなので、家電エコポイント制度についても。

液晶テレビの省エネ度は、誰もが認めます。
しかし、液晶だからといって、でかいテレビにまで、エコポイントを与えるのは、ちょっと違うでしょう。
家電販売店で観察すると、でかいテレビほど、エコポイントが大きい。
小さいテレビほど、環境にやさしいと思うのですが、民主党や自民党の考えは、違うんですね。
こりゃ、ダメだ。

結局、民主党だけがダメなのではなく、もともと自民党もダメだったのです。

え?

今頃、気づいたのか、って?

そう。
結局、エコカーやエコポイントは、大手メーカーだけを儲けさせる手段だったんですね。

ではでは〜。
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2010年04月04日

資源争奪戦争?

みなさん、こんばんは。

今日は、完璧な晴天で、我が家の屋根発電所は、24.77kwhでした。
最近、曇りがちの日が多く、先月(3月)は、ここ近年では、稀にみる日照不足だったそうです。
3月は、最も効率よく発電する季節なのですが、残念です。



ところで、隣国では、世界的な資源争奪戦争の旗印になっているようですね。

http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/sapio-20080714-01/1.htm
http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/sapio-20080714-01/2.htm
http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/sapio-20080714-01/3.htm(「@niftyニュース」)

これは、ちょっとやりすぎです。
同じモンゴロイドでも、日本と中国では、こんなに違うんでしょうか。
日本も負けられない?

今朝の岩手日報では、たぶん、上記リンクを参考にして、記事を書いたんだと思われますが、その中で、次のように書いてありました。



 「数年前の熱狂はない。国民の中国への期待は完全に下降気味だ」。胡錦濤国家主席が昨年訪れたタンザニアのベテラン地元記者が語る。
 2000年に第1回「中国アフリカ協力フォーラム」が行われた当初は期待も高かったが、今では中国から大量の労働者が乗り込んでくるため、地元の雇用につながらないことや中国製品の質の悪さへの不満が募っているという。
(2010年4月4日付「岩手日報」6面)



嫌われちゃ、不買運動されますよ。
しかし、それを「誤解だ!」とする記事もあります。

http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=38741(「レコードチャイナ」)

ところが、資源戦争は、石油鉱物資源だけにとどまりません。
食糧にまで及んでいるんですね。
まるでアメリカのアグリビジネスの真似みたい。
引用します。



 資源をめぐる争奪戦の予兆ともいえる現象が、すでに起きている。豊かだが食料不安をかかえる国々(サウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦、中国、韓国など)、そして民間投資家が、アフリカやアジアの貧しい国々を中心とする海外の土地を広域にわたり買収または借り上げて、輸出に振り向ける作物を生産しているのだ。面積でおよそ1500万〜2000万ヘクタールという規模も含む農地取引契約が少なくとも180件締結され、「土地収奪」とよばれている。しかしその名が示す通り、このような農地取引は、輸出依存型のモノカルチャー(単一作物を連作する)を推進するため、貧しい国を食い物にし、貧しい国の食料安全保障を脅かし、最終的には「受入国」における政治的安定を損なうのではないかとの不安が高まっている。
(「WORLD WATCH」2010年1/2月号p28)



中国の人口は、膨大です。
その財布と胃袋を満たすために、露骨な戦略を立てているのです。
これで、鉱物資源の枯渇、水資源の枯渇、そして、食糧危機は、たぶん、早まる。
人口が多いってことは、この通り、非常に大問題なのです。

もう、身近にせまっている感じ。

ではでは〜。
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2009年10月20日

重油価格200円時代を考える

みなさん、こんばんは。

相変わらず、あまりパッとしない昼イカ漁です。
むしろ、ここ10日ばかりは、夜イカ漁のほうが大漁。
各船、毎日100箱以上の水揚があり、北海道の天候が悪いため、価格も上昇。
今朝は、20入れと25入れのスルメイカが、2000円を超えました。
夜イカ、やろうかなあ、と迷ったりしますが、昼イカも、100箱前後ほど釣れるので、我慢しています。

最近、ドル建ての原油価格が、じわじわと上昇しています。
為替相場は、円高ドル安。
そのために、国内の石油価格は、変動なし。
でも、いずれ、世界経済の上昇局面で、石油価格が徐々に上がっていくのは、目に見えています。
先日、漁業無線で、友達の船と、この話をしました。
重油価格は、現在70円前後ですが、もし200円になったら、やっていけるかどうか、という話。
昼イカなら、たぶん、やっていけるし、前沖で、カゴ漁業や鮭延縄漁業、イサダ漁業も、たぶん、細々でもやっていける。
ところが、漁の不安定な夜イカは、まず無理、というのが結論です。
でも、重油価格で200円という数字だと、軽油、ガソリンは、とんでもない数字の価格になると思います。
そうなった場合、宮古で獲った魚を、消費地まで運んでくれる運送業の人たちは、持ちこたえてくれるのでしょうか。
獲ったはいいが、食べてもらえなきゃ、話になりません。
だから、重油200円時代の話は、無線機で話たような単純な話ではありません。

これが、起こるのは、数十年先か、それとも数年先なのか。
世界中の全部の人間たちが、先進国と同じような生活水準要求しはじめたら、こりゃ、数年先に起こるかもしれませんよね。
もしかしたら、それを見越して、発展途上国の人たちに、まだまだ貧乏してもらうような世界戦略を、世界を支配している先進国の一部の巨大金持ちたちが練っているのかもしれません。
困るのは、石油依存の激しい、先進国の人たちですから。

一方、鳩山民主党政権は、温室効果ガス25%削減を公約しちゃいましたが、これに反対する人たちが、産業界の一部(?もしかして大部分かな?)にいます。
これって、先を見ていないのと同じ。
各界のトップなのですから、ある程度、将来を見通すような方針を立てていかなければならないと思います。

温室効果ガス削減というのは、つまりは、エネルギー使用量削減に等しい。
エネルギー使用量削減しながら、国を動かそうとすることは、資源貧乏国の日本にとって、最重要な国家戦略です。

確かに、25%削減では、非常に困る人たちが出てくると思います。
でも、将来、日本が国家として生き抜くためには、絶対に必要なことです。
人間なんて、所詮、ただ食って寝て、子供を作って育てて、それで、ハイ、終わりなんです(この辺は、「ダーウィニズム」というカテゴリーを読めば理解できると思います)。
今、生きている人たちの寿命なんて、日本の歴史から考えて、ほんの一瞬。
地球の歴史からみれば、そのまた一瞬。

産業界のお偉方には、その辺をよく考え、頑張ってもらいたいですよね。

ではでは〜。
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2009年06月11日

パナーキー

みなさん、こんばんは。

先週の土曜日、散水ポンプがいかれてしまい、エンジンルームの狭い場所での修理作業となりました。
なんだか、毎週毎週、暇がない。
回転部のベアリングが消耗し、それが引っ掛かり、その結果、ポンプを回しているモーターに負荷がかかってブレーカーが落ちました。
原因がわかるまでは右往左往しましたが、ばらしてみたら、意外にも簡単に直り、夜は安心して眠ることができました。

今日は、時化休み。



私は、旅を歩く時には、本を買い込んで持って行きます。
暇な時間に読むためです。
あまりに強すぎる漁師モードもよいものではなく、いろいろなことを考えながら、冷静に船を動かすほうが、ずっと利益になります。

で、面白くない本であるワールドウォッチ研究所の「WORLD・WATCH」のまだ読んでいなかった号も持って来ていました。
これに、良い論文が載っています。
題名は「パナーキーから見る私たちの未来」。
パナーキーとは、森林の適応循環から導き出したものであり、その部分を引用します。

成長、崩壊、再組織、再生という循環によって、森林は長期間にわたって、絶えず変化を続ける環境に適応できるのである。
(「WORLD・WATCH」2009年3/4月号p27)

森林は、地球レベルの循環(例えば炭素循環)から、小川や土中の生態系の小さな循環で構成されており、これら上位から下位の循環が折り重なっています。
各階層の循環が、すべて、一度に崩壊する、ということはなく、各階層で互い違いに、「成長、崩壊、再組織、再生という循環」を繰り返しているのです。
森林の取り返しのつかない危機とは、まさに、各階層の循環過程が、一致する場合です。
森林が成長し、成熟してくると、生態系の「連結性」が強くなります。
ちょっと難しいかもしれませんが、重要なところです。
バクテリアから、動物、草花、木に至るまで、互いに影響を与え合って、それで、最終的に、その森林生態系が出来上がります。
つまり、生物同士の「連結性」が強くなった、と言えます。
そのどこかに、欠落が生じれば、「連結性」が強い分、その森林生態系にとっては、影響が非常に強くなります。
しかし、成長が未熟で、「連結性」が弱い場合、影響は小さい。

わかったかなあ?

これを私たちの社会生活で例えますが、いろいろな社会制度が発達しても、必ず、欠陥があり、その補完的な制度がまた必要になります。
補完することで、各社会組織、各個人の結びつき、つまり、「連結性」は強くなります。
それでも、まだ飽き足らず、まだまだ国民の要求は、留まることを知らず、社会は、ますます複雑になっていきます。
そして、その複雑さを補い、助長する制度が出来上がれば、社会全体の「連結性」は、非常に強くなります。
ここで、どこかに、欠落が生じれば、どうなるか?
あるいは、一度に、各制度が破綻すれば、どうなるか?(社会保障制度、国家や自治体財政などの破綻目前は、現実!)

「パナーキーから見る私たちの未来」では、オランダという国のエネルギーや食糧問題を例にし、地球規模でその崩壊過程を論じています。
そして、次の一言が、厳しい。

私たちは地球規模の適応循環の成長段階を引き延ばしすぎているといえる。
(前掲書p30)

「成長、崩壊、再組織、再生という循環」では、「成長」の次は、「崩壊」であり、これが、地球上の生態系から、世界中の社会組織までが、一度に崩壊するとなると、これが復元するには、かなりの時間を要します。
この論文では、「複雑さ」と「連結性」が強くなればなるほど、そして、「成長」を無理に引き延ばせば延ばすほど、復元力は小さくなる、としています。



さあ、ここで政治家の出番。

政治というのは、アリストテレスの時代から、ずっと語られてきたものです。
どんな政治が良いのか、まだ、その答えは、出ていません。
正解など、私は出ないと思います。

政治家は、「国民生活をよくする」ための、正解を主張する。
しかし、それは、「複雑さ」と「連結性」と強めるだけであり、地球規模の環境循環に対応していません。
いろいろな複雑な制度を作っても、いずれ、それは、破壊的な崩壊を待ち受ける運命にある。
それをわかっていながらも(たぶん、わかっていない)、政治家は、「国民生活をよくする」、といいながら、あれこれ、テレビや新聞、ネットで、今後もずっと、いろいろ言うでしょう。

結論。

政治とは、国民のため、地球のためにあるのではなく、実は、政治家自身のためにあった。



もう複雑なものを作るのはやめて、制度の単純化を行い、あとは、それに対応できない個人は、自己責任自然淘汰、ということにしましょうよ。
そうでないと、人口増殖は、本当に、取り返しのつかない地球レベルの崩壊を起こし、結局は、自然淘汰されることになるんですから。

なんだか、ダーウィニズムの本の読みすぎ?

ではでは〜。
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2009年04月27日

電気自動車は、環境にやさしいのか?

みなさん、こんばんは。

一気に秋がきた感じの宮古です。
寒い。
寒いの大嫌い!



エコキュートと核発電」で、エコキュートや電気自動車が環境にやさいいのかどうかを疑いましたが、今日は、それについて、もう少し。

まず、エコキュートについて。

火力発電の熱効率は、発電時で40%超(2005年)。
そして、受電時、つまり、私たちの家まで届くまでに、損失する分が約5%で、火力発電の熱効率は、実質、約35%となります。

http://www.iae.or.jp/energyinfo/energydata/data1036.html(「?を!にするエネルギー講座」)

通説では、エコキュートの効率は3倍だとされていますから、大体、100%超となります。
つまり、直接、火力を用いて、お湯を沸かすのと同等以上の能力があるのですから、エコキュート給湯は、環境にやさしい方法だと言えます。
そして、この電気を再生可能エネルギーや核エネルギー(もちろん核廃棄物を考えない上での話)で得た場合、エコキュートは、非常に優秀な給湯器となります(各種給湯器の効率は検索すればたくさん出てきますが、ここでは、ごく簡単に考えますので、その点はご容赦を)。

しかし、実生活での効率は、それほどでもないようですね。

http://www.csij.org/archives/2010/01/post_41.html(「市民科学研究室」)



電気自動車については、もう、結果は見え見えです。
再生可能エネルギーでの電力供給は、全く可能性ゼロ。
全世帯の家庭用電力ですら、現時点では無理なのですから。
となると、核エネルギー。
しかし、これも、夜間でさえも、火力発電にかなり頼っている状態です。
その火力で生産した電力で電気自動車を走らせるとなると、もう、「あなた、バカじゃないの?」と100%の人に言われます。
火力発電で用いる燃料を、エンジン内で直接燃焼させたほうが、ずっとずっと効率的。

そんなわけで、再生可能エネルギーが“余る”ような状態でのみ、電気自動車は、“環境にやさいい”乗り物になるのです。

「電気自動車=エコ」という考えは、誰が、ばら撒いたんだよ〜!

ではでは〜。

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2009年01月23日

メモ 1

少子化対策は税金の無駄遣い (こどもたちの教育と未来を考える 1)」に関して。
一昨日送付されてきたばかりの「World Watch」誌最新号の「FROM READERS」(=読者の欄)には、早速、前号に対する反響がありました。

僕が注目した要点。



♪ 人口予測は、毎年上方修正されること。

2050年人口予測は、2002年時点では89億人。
         2004年時点では91億人。
         2006年時点では92億人。
         現時点では93〜94億人。



♪ 1992年世界環境サミットの事務局長モーリス・ストロングは次のように警告した。

「直ちに、自主的に人口を減らす対策をとるべきだ。さもなければ、自然が人口を減らすことになる。はるかに残忍なかたちで」
posted by T.Sasaki at 11:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月09日

少子化対策は税金の無駄遣い (こどもたちの教育と未来を考える 1)

みなさん、こんばんは。
今日は、沖からオカを眺めていたら、雪が降ってきたのがわかりました。
昼過ぎに入港したら、今度は雨。
そして、雨はあがりました。
明日からは時化模様ですね。

さて、今日は、環境問題では世界的に名の知られているワールド・ウォッチ研究所の雑誌からです。

この研究所では、隔月誌「WORLD・WATCH」を出版していて、購読契約した数しか発行しません。
紙の無駄は良くないですし、無駄はエネルギーの浪費です。
ですから、今すぐに買って読もうと思っても、それはできません。
ほんの数冊、もしかしたら、在庫があるかもしれません。
詳しくは、

http://www.worldwatch-japan.org/

まで。



最新号のテーマは「人口と環境」です。

地球人口は現在67億人で、毎年7800万人増加しています。
このままでは、2050年には92億人に増加します。
脅威的(驚異的ではない!)な数字は、現在の67億人の半分が24歳以下であるという点。
今から、“盛り”の人間たちが、非常に多いということです。

人口が増えすぎるとどうなるか、というと、簡単に考えれば、いかなる資源も単純計算で一人当たりの分け前が減っていく。
現在でも飢えで死んでいく人もいれば、逆にデブの人もいる。
2050年ではそれが顕著になるか、あるいは、うまく分け合って、デブの人が減るかのどちらかです。
最悪のシナリオは、戦争が起こるか、地球全体の砂漠化です。

昔の戦争は、民族同士の資源争奪戦争でした。
現在のように、軍需産業を支えるための戦争ではなく、食べ物や薪などの燃料を奪い合うための真剣な戦争です。
あまりに、夜ハッスルしすぎた部族は、人口が増えすぎ、食べ物を食い尽くし、よその地域を侵略しなければ生けていけなくなった。
若い男たちは戦争に行って早死にし、あるいは殺され、それで人口はそれほど増加せずに済みました。
しかし、戦争頻発地帯は森林が失われ、大地や海は荒廃します。
人口が増えすぎ崩壊した文明もあり、イースター島はその好例です。

http://milky.geocities.jp/umaimono_tabetai_hito/bunsho-easter.html

岩手県では、環境にやさいいバイオマス利用ということでペレットストーブを薦めていますが、昔の暖房は、薪ストーブでした。
もし、薪資源となる森林が切った分、順次生育するならば、それは理想的な炭素循環です。
しかし、なにせ日本は人口が多すぎる。
日本人が一斉に木を燃料にし始めたら、一瞬のうちに木はなくなります。
このことから、現在、全人類を支えているのは、化石燃料であることは明白なのです。
もし、化石燃料がなかったら、すでに世界中の山々には、森林など存在しなかったでしょう。
人間の増殖行為(「sex好き」だけではなく、過剰福祉も増殖行為の一つ)が、どれほど地球環境に負荷を及ぼしているか、これでわかると思います。

ここで、「WORLD・WATCH」誌から、ちょっとだけ引用します。

 近年の人口問題を軽視する風潮は憂慮すべき事態である。ましてや、2050年には、世界人口が90億人を越えると推測される中で、出生率を上げ人口を「増やそうとする」取組みが多く報告されているのは論外と言えるのではないだろうか。出生率低下が著しい一部の先進国では、少子化を食い止めようと、躍起になってあの手この手の対策を講じている。イタリア、韓国をはじめとする国々では、退職者数に対する就労者割合の低下に懸念を深め、出産可能年齢の女性に、より多くの出産を奨励するため、政府が税控除や育児助成金を給付し、そのほかにもインセンティヴを用意してまで出産奨励策を推し進めている。
 これらの取組みは、行政の施策によく見られる近視眼的なものだと考えれば納得できるかもしれない。しかし、グローバルな視点からすれば、許し難い行為と言えよう。高齢化問題に対し、若年人口を永遠に増加することで対応しようとするのは、逆効果をまねくだけだ。地球はそれだけ多くの人口を支えることはできない。
(「WORLD・WATCH」2008年年9/10月号p12)

以上の文を読めば、「少子化対策担当大臣」まで設けている日本は、愚かとしか言いようがありません。
しかも、自給資源のない、この哀れな日本ならば、少子化は、うれしい“自然現象”ではありませんか。
社会システムは、人為的に改善できますが、資源問題は、他国を怒らせたら、今の日本ではどうにもできません。
この現実を考えないで、「子どもを作れ」という政策を練っている、あるいは賛同している日本人は、頭がどうかしています。

「人口と環境」というテーマは、4年前の「WORLD・WATCH」にもありました。
その後の読者の欄では、環境問題に興味のある世界中の読者がショックを受け、中には、孫にたくさん囲まれていることを喜んでいられないことを自覚した人もいます。

ボクも少子化に貢献しています(笑)。

ではでは〜。。
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2009年01月08日

ダメな日本のトップたち

みなさん、こんばんは。
今日も晴天で、屋根発電所は13.57kWh発電しました。
明日から天候が崩れるようなので、年始から数えて8日連続で順調でした。
宮古市は、内陸の人から「南国」と呼ばれるように、晴れる日が多く暖かいのです。
住み心地は県内随一で、騙されやすいというくらいお人好しも多く、玉に瑕(きず。傷でもいいかも)といえば、安定した職が少ないこと(漁業は安定していないから嫌われる)。
でも、自然力に対し、人間が多すぎるんですよ。

さて、一昨日のニュースで、政府が重い腰を上げ、環境関連市場を盛り上げるとのこと。

http://www.nikkei.co.jp/news/past/honbun.cfm?i=AT3S0601Z%2006012009&g=E3&d=20090106

記事からもわかるとおり、「日本版」がついていて、アメリカの後塵を拝む形になっています。
普通の人間なら、資源の乏しい日本が先に取り組むべき、と考えるはず。
しかし、日本のトップは、そういう先を見越したことを考えない。
それとも、考えてはいるが、回りの顔色ばかり伺っているのか。
情けないったらありゃしません。

わが宮古市では、そんな日本のトップなど差し置いて、普通の主婦たち(須賀原チエ子さん代表)が「環境フェア」を昨年暮れに開催しました。
すごいですね。

http://www.iwate-np.co.jp/ecology/ecology0812/ecology0812011.html


今回が第2回ということでして、ボクは初めて出席しました。
ほとんど大体はボクが知っていることだったんですが、当然、知らないことも結構あったわけで、一番感心したのは、ホクヨープライウッドという合板を作っている会社の取り組みがすごいこと。
廃棄物を全くといっていいほど出さないそうです。
出る廃棄物といえば、風と飛んでいく塵みたいなものだけとか。
木の皮なんかは、工場内のボイラー燃料などに充てられているそうです。
合板製作技術は、それほど無駄なく木材を使えるように進歩しているんですね。

講演した田中優さんは有名な方だそうですが、ボクはあまり知りませんでした。
彼のすごいところは、いろいろな方法論を考えていること。
とにかく、みんなを行動させるための仕組みを考え出す頭脳は、たいしたものです。
でも、ボクは過去に彼の著作を読んでいたんですね。
「どうして郵貯がいけないの?」という本でして、その時の著者名は、「グループKIKI
」となっていました。
その本には現在でも有益な情報が書かれています。
みなさん、買って読んでくださいね(確か「漁師のつぶやき」でも何か書いたはず)。

また、岩間滋さんの方法論もなかなかのものでした。

日本のトップがダメな分、個人個人が頑張らないとね。

ではでは〜。。



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2009年01月06日

宅急便業界の罪

みなさん、こんばんは。

今日もわが宮古市は晴れて、屋根の太陽電池は快適に発電しています。
船のほうは、次のイサダ漁の準備の都合から、油圧配管する場所を重点的に、一人で洗い始めました。
家事のように目に見えない仕事ですが、次へ向けて、そして、船のためにも重要なことなのです。
それに自営業は、自分で何でもしないとやっていけません。
最後は自分の頭と体力です。

この通り、ボクは現在、収入はゼロです。
暇というわけではありませんが、いつも忙しいボクにしては暇。
そこで昨日から、よその船に乗ってお手伝いをしています。
ボクは腰が軽いので(尻が軽いのではない??)、やることがあればすぐに手伝いにいきます。
今、話題の派遣職員みたいですが、船乗りって、ほとんど派遣社員みたいなものです。
どうして、あんなものが旬の話題、問題になるのか、漁師のボクは疑問に思っています。
だいたいにして、オカの労働者はちやほやされすぎです。
資本主義、自由主義経済であるからには、企業倒産があるのは当たり前、失業があるのは当たり前。
だったら、人間のほうがたくましくならなくちゃいけない。
漁業の世界、特に漁船漁業の世界は、ものすごい淘汰を受けてきました。
それでも、とりわけ問題になるわけでもなく、運悪くやめた人は静かにしています。
あのテレビでヒステリックに報道される、労働団体支援の派遣村。
ありゃ、ボクの目からは、やらせにしか映らない。
「だから、漁師になる人はいないんだ!」という人もいると思いますが、ボクは労働者報酬の決定の仕方のほうが悪いと思っています。
これは後ほど書きたいと思います。

さて、本当は違うことを書こうとしていました。
今日は、私の住む地区の「燃やせるゴミ」の回収日です。
年末年始にたまったたくさんのゴミ。
これをみると、ボクに限らず、みなさん、うんざりすると思います。
人間って、ゴミばっかり出す動物だなあ、って。
特に、年末のお歳暮の類によるゴミが多いですよね。
この付け届けを促進したのは、何のことはない、宅急便業界です。
ボクの小さい頃は、宅急便などというものはなく、どこか遠くへモノを送るときは、いちいち運送会社まで荷物を持っていくか、面倒くさい郵便小包でした。
むしろ、その頃のほうが、エコ的生活だったのです。
宅急便でジャンジャン化石燃料を消費しながらモノを運搬して、どうでもいいようなモノを送り、それを消費し、ゴミはたくさん出る。
なおかつ、要らぬカネを出費する。
バカみたい。
付け届けなんて、ありゃ、見栄の塊みたいなもので、いや、見栄の塊そのものだ。
あんなもの、やりとりしたからって、本当に困ったときに助けてくれる人は、そんなにいませんよ。
ボクは一人で大変だし、より無駄のない生活をしたい人間だから、付き合いもほどほどにしていきます。
宅急便の利用もほどほどに(宅急便業界から白い目で見られるだろうなあ)。

ではでは〜。。
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