日本の漁業が崩壊する本当の理由 片野歩

世界中で魚類資源が増えているのに、日本だけが減っている。
この現実を、恥ずかしいと思うべきである。

日本の漁業が崩壊する本当の理由.jpg

すべての漁協組合長、理事、参事、そして、任意の漁業団体の会長以下すべての役員たちは、この本を読むべきだ。
読みたくないならば、「日本の漁師は大バカものだ」を参照すること。
これを認識できないならば、役職に就く資格はない!

2024年05月25日

情報通信技術(ICT)は、環境破壊を起こいている

こんばんは。
第3弾。

デジタル技術は、一般に、私たちの社会をより良くする、とは言われる。
情報通信技術(ICT)の利用によって、他の産業の削減できる二酸化炭素排出量は、ICT利用そのもので排出する二酸化炭素の7倍であるらしい。(※1)
しかし、実際には、「爆発的に増えるデジタルデータと使用電力」で触れたように、デジタルデータは、GAFAMの利益追求のため、爆発的に増える。
それにより、大きな環境負荷を生むことになる。(※2)

ウェブページの表示は、利用者の思惑とは違うサービスが組み込まれ、どんどん重くなる一方で、それに対応するため、パソコンやスマートフォンも買い換えなければならなくなっている。
これらハードの寿命は、平均で4年だ。
一般の人は、パソコンやスマホの機能の9割は使っていないと思う。
要らない機能を付加して、GAFAMは儲けている。
その儲けは、世界中にゴミを生む。
それも、今までに存在しなかったゴミだ。(※3)

モノを生産するにあたって、環境負荷を計る指標はいろいろとあるが、原材料の必要量に関する指標として、MIPSというのがある。(※4)
鉄棒を作る場合、それほどの重量は要らず、10倍の原料で済む。
しかし、ハイテク化された製品ほど、原材料の重量は大幅に増えていく。
スマホは、重量にして1200倍の原料を使う。
ネットワーク関連のサービスは、「非物質化」の象徴とされるが、現実は、強烈な物質化社会を形成している。(※5)

熊本に台湾のTSMCの工場が建設された。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240226/k10014370771000.html(「NHKニュース」)

TSMCは世界一の半導体工場であるが、TSMCの下請工場は、生産時に発生する廃棄物のことで各地で問題を起こしている。
熊本は大丈夫だろうか。
電力の消費も水の消費も大量で、その点も世界一の企業かもしれない。(※6)
これらのデジタル産業は、とにかく水を大量に使う。

安価な水を求めて、アメリカのユタ州ブラフデールに世界で3番目に大きなデータセンターが建設された。(※7)
データセンターは、金の力で、森もつぶす。(※8)
まるで環境破壊の象徴みたいなものになってきた。
金の力というものは強力で、海底ケーブルにまで、GAFAMも支配が及ぶようになっている。(※9)
方向性を間違えば、ネットワークは独占されることになる。

私は、「なぜデジタル社会は「持続不可能」なのか」という本を読んで、まずますインターネットを信用できなくなっている。
以前から、ネットが止まってしまったら?(事実、たまに繋がらなくなる時もあるし、パソコンが止まってしまうこともある)ということを考えると、とても信用できたものではない。
だから、ペーバーレス社会というのは、どうかと思う。
ペーバーレスになっても、この通り、ネットワークによる電力消費は増加する一方である。
ネットが止まってしまうという不安は、地域紛争からも発生する。
物理的に、海底ケーブルを切ってしまえば、関係する地域のデータ伝送は遮断される。(※10)
また、太陽活動の活発化から、太陽フレアの問題も考えなければならない。
電力、インターネットのブラックアウトは、SFではなく、実際に起こりうることだ。

結局のところ、本当はインターネットなど、あってもなくても、人間は生きていけるのである。
ネットに生活を依存する人を除けば、そういうことになる。
逆に言えば、ネットに依存している人たちほど、ネットの必要性を盛んに説く。
そういう構造なのだ。
まあ、便利なものを一気に否定してしまうのも良くないだろう。
が、爆発的なデジタルデータの増加は、憂慮すべきものであり、何か対策を取らなければ、ネット社会は行き詰ることになる。

ウェブページには、動画へのお誘いが随所に見られる。
この動画が、4K、8Kとなれば、データ伝送は大きくなり、4K動画が10%増えただけで、デジタル部門の総電力も10%増える。
これが、まともな電気の使い方だろうか。
「なぜデジタル社会は『持続不可能』なのか」では、次のような提案をしている。

通知を無効にする。
最も依存しやすいアプリケーション(フェイスブック、スナップチャット、Tiktok、インスタグラム)を削除する。
アルゴリズムがユーザーの憤慨を助長する(アプリケーション上のトラフィックをつくり出す)ようにできているSNSから距離をとる。
寝室への電話持ち込みを禁止する。
週に1日はネットに接続しない。

ウェブサイトの表現も、軽くするようにする。
それだけで、データのやりとりは、相当少なくなる。
たとえば、ウィキペディアは、ノートパソコンのメモリのごく一部分に相当するだだという。(※11)
私も、このブログを使うのをやめて、元のテキストサイトに戻すべきだと思う。
元々、SNSという高級なものはやっていないから、ハードルは低い。
「いいね!」は、良くないのである(笑)。

ガンジーは次のように言って、行動を促したそうだ。

「あなたがこの世界で見たいと願う変化にあなた自身がなりなさい」(※12)



(※1)
「情報通信技術(ICT)のカーボンフットプリントは2020年に1.27ギガトン二酸化炭素換算に達する予測だが、ICT(によるカーボンフットプリントの)削減可能な合計はその7倍に達する」と、ユネスコは主張した。その後、国連貿易開発会議(UNCTAD)は「ICTの有効利用に帰する二酸化炭素の減少は全世界の排出量の15%に相当する」とした。
 この分野で他を凌いで最も影響力のある組織があるとしたら、それはグローバル・e-サスティナビリティ・イニシアティブ(GeSI)だろう。これは民間デジタル企業と国際機関を集結させたもので、ブリュッセルに本部を置く。GeSIは「ICTを利用した社会・環境の持続性を可能にするために(中略)公平で主要な情報源」になることを目指す。しかし、GeSIは明言はしていないが、会員の利益を擁護するロビー団体である。したがって、強力なコミュニケーションツールといえる。2012年、GeSIは最初の報告書「SMARTer 2020」を公表し、ICT利用によって温室効果ガスを2020年までに16.5%削減できると予測した。3年後には、新たな報告書「SMARTer 2030」で、さらに壮大な予測を打ち出した。「ICTの使用によって回避される排出量は、その普及によって生じる排出量の10倍になる」とした。
 デジタル産業は、自らの環境負荷が限られていると言っているのではない。気候問題に関しては利益のほうが勝ると断言しているのだ。実際に、その産業のパフォーマンスは、デジタル化を実践する経済界の当事者全体に行き渡るだろう。衛星写真のおかげで正確にインプットを調整できる小規模農家、エコナビゲーション・システムを開発し、燃料消費を最適化する自動車メーカー、センサーを利用して採掘されない坑道の空調を止めて電気消費を減少させる大鉱山会社などだ。
(「なぜデジタル社会は『持続不可能』なのか」p31)

(※2)
 力ある勝者が歴史を自分たちの都合のいいように修正することに執着するのは、何千年もの戦争の歴史が証明していることだ。この21世紀において、デジタル企業はそのプロセスをさらに洗練させ、まさに未来を書き直すことを提案しているのだ!実はデジタル・テクノロジーは汚染する。それも著しくだ。水とエネルギーの消費、鉱物資源の枯渇への加担からすると、デジタル部門は、先に見たように、英国やフランスのような国の2倍あるいは3倍に相当する環境負荷を発生させる。その原因のひとつは世界中に出回る計340億個のデジタル機器だ。
(中略)
デジタル分野の電力消費は年率5〜7パーセント増加しており、その結果、2025年には世界の電力消費量の20パーセントを占めるだろうといわれる。
(前掲書p35)

(※3)
「ウェブページの重さは1995年から2015年の間に115倍になった」と。テキストを入力するために必要なCPUパワーは2〜3年ごとに倍になる。ますます複雑になるLOC[プログラミング言語で書かれたソースコードの行数]はますます長くならざるをえないから、コンピュータは大変だ・・・・したがって、よりパフォーマンスの高い製品に買い替えるように消費者を仕向ける。
 このことから、パソコンの寿命はここ30年間で、11年からたったの4年になった理由が説明できる。当然、ホモ・サピエンスはホモ・デトリタス[デトリタスは生物の死骸、排泄物などの意味]になる―毎年、5000のエッフェル塔に相当する電子廃棄物を生産する。人新生[地質時代のひとつとしてドイツの大気科学者クルッツェンが提唱した時代。人類が農業・産業革命により地球に環境変化をもたらした時代とされる]という言葉は、気候温暖化や海洋の酸性化だけを指すのではない。2017年、驚くべき事実が学者たちによって発見された。つまり、人間は、その活動により208種の新たな鉱物を生むという地質学上の力を持っているということだ。それらの新たな鉱物は、鉱山の残留物や、集積回路やバッテリーといった埋められてた電子廃棄物の悪化から生まれたものが多い。われわれの消費習慣―特にデジタル機器の消費―は地殻の構成物すら変えてしまうのだ。
(前掲書p61)

(※4)
ヴッパータール研究所は、1990年代に研究者が開発した、現代人の消費様式の物質的影響の画期的な計算法で知られる。それは、「サービス単位あたりの物質集約度(MIPS)」と呼ばれ、ひとつの製品あるいはサービスを作り出すのに必要な資源量を意味する。
(前掲書p70)

(※5)
 多くの商品では、MIPSはけっこう低い数字だ。たとえば、鋼鉄の棒は最終的な重さの「わずか」10倍の資源しか必要としない。しかし、「テクノロジーが関わってくると、MIPSは大きくなる」と、トイブラー氏は説明する。デジタル・テクノロジーは、とりわけ「地下から採掘するのが難しいレアメタル」など多種類の金属を含むためにそうなるだと同氏は言う。たとえば、2キロの重さのパソコンは22キロの化学物質、240キロの燃料、1.5トンの水を使用する。テレビ1台のMIPSはその重量の200倍から1000倍になる。スマートフォンは1200倍だ(最終製品150グラムに対して183キロの原料を使う)。しかし、最高記録を誇るのはICチップだ。2グラムの集積回路には32キロの資源が必要で、その割合はなんと1万6000倍にもなる。
「消費財を買うことを決めるときに感じる影響と、実際の影響の隔たりに驚くことは多い」と、トイブラー氏は言う。その理由は、最大の犠牲を払うのは製造チェーンの最も上流の地域にあり、その商品を売る店から遠く離れているからだ。おそらくそのため、善良な都会人は、ひよこ豆粉(ベサン)のパスタの栄養的かつエコロジカルな効用をほめたたえ、ヨガ教室に行くのにシェアサイクルの使用を賛美する ― 携帯電話を18ヶ月ごとに代えながら・・・・。ほほえましいことではあるが、ITは資源の負荷を ― 知らないうちに ― 増大させるから危険なのだ。現在機能している何十億台というサーバーやアンテナ、ルーターその他のWi-Fiスポットの量を、100倍、1000倍、あるいは、1万倍になるMIPSで掛け算してみるといい。「非物質化」のテクノロジーは資源を大量に使うだけでなく、これまでにない最大の物質化に向かっているという結論に達するだろう。
(前掲書p73)

(※6)
中国大陸から180キロメートルの台湾にTSMC社はあり、1社で集積回路の世界生産の半分以上をまかなう。だが、近年、TSMCは様々な環境汚染の非難にも対処しなければならなかった。というのは、「半導体メーカーは液体、固体、気体の廃棄物」を環境に廃棄するからだ、と台湾のある化学者は言う。数字を確定するのは難しいが、たとえばシリコン1キログラムを製造すると、280キログラム以上の化学物資が生じるとする人もいる。すべての廃棄物が処理されているわけではなく、日月光半導体製造(ASE)の韓国支社やネルカ・テクノロジーといったTSMCの下請けは2013年以降、周囲の川に有害物質を放出したとして操業を一時停止せざるを得なかった。
 その上、「製造のすべての工程で脱イオン水(蒸留水よりも純度の高い水)で集積回路を洗浄しなけらばならないので、非常に大量の水を消費する」と、コランジュ氏は説明する。そのため、TSMCは1日に15万6000トンの水を消費する。そのうち86%の水はリサイクルされるが、コランジュ氏はTSMCに関係のある最近の出来事を思い出して次のように言った。「2017年に干ばつが台湾を襲ったんです。でも、TSMCは大量の水が必要だったので、近くの川から工場まで大型トラックで水を運ばなければならなかった。その大型トラックが走っている間は、新竹サイエンスパーク(台湾北西の新竹市にある新竹科学工業園区。いくつかのハイテク工業団地が1400ヘクタールに広がる)を車で走るのは不可能でした」。もちろん、TSMCのエネルギー消費はさらに膨大だ。「作るものが小さな商品であればあるほど、それを製造するために大量のエネルギーを消費する大きな機械が必要になるからだ」とコランジュ氏は強調する。台湾では、TSMCの施設全体で2基か3基の原子炉に相当する電力を必要とし、それは電力消費がピークになる時期には、台湾の電力消費の3パーセントに相当するという。しかも、この数字は10年後には2倍になると予想される。台湾の電力の43%が石炭や石油による発電所であることを考えると、「台湾の電子産業のカーボンフットプリントは国の温室効果ガス排出の10パーセントを占める」と、コランジュ氏は解説する。
(前掲書p80)

(※7)
 グーグルはわれわれのデータを商業目的のためだけに集めているのではない。検索履歴をNSAにも提供している。アメリカの情報機関のひとつであるNSAは、私たちの電子メールや通話の内容、駐車場の領収書から旅行のルート、本の購買の情報も集めている。その監視データの大きさは、世界の電子情報のどれぐらいの割合を占めるのだろうか?それはだれにもわからないが、ヒントになりそうなものはある。2013年にNSAが、ユタ州北部のブラフデール周辺部の州兵訓練施設の敷地に特大のデータセンターを開設したとき、それは当時、世界で3番目に大きいデータセンターだった。アメリカ国会図書館の中身に匹敵する情報を毎分ストックできるマシンだった。
 なぜ、ブラフデールに造ったのか?愛国精神のある熟練労働者(したがってNSAの活動に反対する懸念がほとんどない)があること、そしてデータセンターを冷却するのに必要な水が非常に安価だったためだ。中規模のデータセンターは冷却装置のために年間60万立方メートルほどの水 ― オリンピックプール160個あるいは3つの病院に必要な水量 ― を消費する。
(前掲書p107)

(※8)
“データの領地”の拡張によって生じた対立が世界中でアッシュバーンほど激しいところはないだろう。私たちはそこに2021年春に訪れた。ワシントンから北西におより50キロメートルの、ヴァージニア州にあるアッシュバーンは、地味なビジネス地区といくつかのショッピングセンターに彩られた人口5万人の静かな町であるだけではない。世界のインターネット・トラフィックの7割が通過する「東海岸のシリコンバレー」なのだ。世界でもごく初期のインターネット相互接続店が1992年にそこに設置されたことから、AOL、ベライゾン、テロスといったアメリカ企業などIT経済の大企業が集中する現象を招いたのだろう。その後を追うように、57のデータセンターがアッシュバーンに集中し、まもなく専門メディアから「データセンターの世界的首都」と呼ばれるようになった。
 経済的効果はめざましい。アッシュバーンを含むラウドン郡に住む人の家計収入の中央値はアメリカで最も高い。「ハブ」は拡大していく・・・・。金持ちになったが、大きな建物に囲まれたアッシュバーンの住民は、「非物質」の都市計画のとばっちりを受けた。データセンターは騒音がして醜い・・・・。「この4ヶ月間で私のもとに寄せられた不満のトップが何かわかりますか?渋滞でも高速道路の料金所でもなく、データセンターの美観なんです」と、ある地元議員は言う。環境保護問題も表面に出てきた。「周りにはほとんど緑がないんですよ。もうたくさんだと思う。残っている自然を破壊する必要はないです」と、住民の一人、ブライアン・カーさんは不満げだ。2018年、ラウドン郡は43ヘクタールの森をつぶしてコンパス社のトゥルー・ノースデータセンターの建設を許可していたのだ。
(前掲書p106)

(※9)
明らかに戦略的部門であるにもかかわらず、ケーブル産業はほとんど全部が民営化されている。したがって、次々に起こる混乱(2001年のインターネットバブル崩壊、2008年のサブプライム機器など)が定期的に起きる経済サイクルにさらされているのだ。しかも、GAFAMは超大企業であるため、価格に圧力をかけることができ、彼らのビジネスパートナーはマージンを減らすことを余儀なくされる。その結果、「そういう[ケーブル]産業に投資しようとする人はあまりいない」と、ケーブル業界の人は言う。したがって、ケーブル産業が使う大洋をまたぐケーブル敷設船は世界で30隻ほどしかなく、主要な敷設企業は3社だ。フランスのアルカテル・サブマリン・ネットワークス(ASN)、アメリカのサブコム、日本のNECである。しかも、この業界は若者を雇用するのが難しい上(「求人票にビッグデータ”と書いてないから」と業界の人は残念がる)、経営の難しい海運業者とともに仕事をする。
(中略)
「今日、フェイスブックとグーグルが資金を出さないケーブルはほとんどない」と、光ケーブルのある専門家は認める。この2社の光ケーブルへの支配はどこまで進むのだろうか。また、世界で最も強力なそうした企業へ欧米諸国はどのように依存していくのだろうか?「われわれは、いつかの企業の利益のためにインターネットの一部を私有化される状況に直面している。しかも、だれも何も感じることなく」と、海底の電気通信ケーブルのある専門家は不安を漏らす。
(前掲書p248)

(※10)
中国は、紛争の際には理想的な標的に変わりうる「デジタル・シルクロード」のインフラを守らなければならない。この問題はすでに、情報ハイウェイの継続性を懸念する欧米諸国では認識されていた。「軍事情報から世界の金融データまですべてを伝送する(中略)ネットの接続が負うリスクは現実のものであり、リスクは高まっている」と、当時は英国議会の議員だったリシ・スナック氏[現財務大臣]の報告書で強調されていた。少しでも攻撃されると、重大な経済の混乱と軍事通信への損害をもたらし、「大惨事になる可能性」があると、同氏は述べている。スナック氏によると、ロシアは、クリミア半島侵攻の際にやったように、戦時における情報の流れをコントロールするために通信ケーブルを切断するのも辞さないという。
(前掲書p244)

(※11)
「SNSのアプリはわれわれの脳に侵入してきて、それをすることをわれわれに許可する」と、「責任あるデジタル」の専門家は言う。その褒美は、画面に費やす時間の増加、より多く作られるデータ・・・・そして消費エネルギーの増加だ。実際、高画質ピクセル数動画はまもなく4K、あるいは「高画質の32倍のデータを使う」8Kすら超えようとしていると、ある調査は指摘する。『カンヴァセーション』誌には研究者による驚くべき数字が掲載されている。「2030年に4K動画が10パーセント増えると、それだけでデジタル部門の電力の総消費量が10パーセント上昇する」。カプトロジーのテクニックによって生じる知的・社会的汚染は、環境汚染を引き起こすと、デジタル・フォー・ザ・プラネット[仏NGO]の会長は指摘する。「この3つの形の汚染は相互依存しており、別々に取り組むことはできない」
 こうした戦略に対抗するにはどうしたらいいのだろうか?まずは、グーグルの元エンジニア、トリスタン・ハリス氏がしたように、テック大企業が開発した、人を操るテクニックを告発することだ。その次には行動しなければならない。自分の存在のコントロールを取り戻すことを目指す多くの解決策を見つけることができる。通知を無効にする、最も依存しやすいアプリケーション(フェイスブック、スナップチャット、Tiktok、インスタグラム)を削除する、アルゴリズムがユーザーの憤慨を助長する(アプリケーション上のトラフィックをつくり出す)ようにできているSNSから距離をとる、寝室への電話持ち込みを禁止する、週に1日はネットに接続しないなどだ。スマートフォンの使用を禁止するレストランやバーの住所を提案する市民団体もある。台湾では、2歳未満の子どもに端末の画面を使わせる親は1500ユーロの罰金を科される。理屈は簡単だ。「台湾人はそれを虐待とみなすからだ」と、ある神経科学者は強調する。デザイナーズ・エチック[持続的で責任あるデザインコンセプト研究の協会]では研究者やウェブコンセプターが、帯域幅を過剰に使用するウェブサイトを「クリーニングし」、すっきりとしたウェブを提案している。この考え方の好例はウィキペディアだ。エネルギーを食う動画コンテンツを排しているので、何百万件もある項目を含むサイト全体は数十ギガオクテットにすぎない。ノートパソコンのメモリのごく一部分に相当するだけだ。デザイナーズ・エチックの「デザインによる倫理」の考え方のなかには、サイト上の「イベント系」(広告、動画など)を少なくし、コンテンツの推奨を少なくし、注意とトラフィックを促す「いいね!」の機能を停止することなども含まれる。
(前掲書p182)

(※12)
 将来、テクノロジーに対して人間が占める正当な位置。それが、人々の合意が最も難しいものだろう。われわれは、デジタルを、人間を救うために人間のもとに遣わされた救世主のように見なす傾向がある。ところが、現実はずっと凡俗であると認めなければならない。デジタルは人間に似せて作られたツールにすぎないのだ。このテクノロジーのエコロジーの度合いは、われわれ以上でもわれわれ以下でもない ― 将来もそうであろう。われわれが食物やエネルギーを無駄遣いするのを好むなら、デジタルもその傾向を強めるだろう。もし反対に、われわれが国境を超えて寛大であろうとするなら、ボランティアの大群をわずかの時間で動かすことができるだろう。このツールはわれわれの日常のイニシアティブ ― あまり立派でないものも、より立派なものも ― の触媒として働き、未来の世代に残すわれわれの遺産を増やす。われわれがなり果てた造物主 ― 本来は責任を持たねばならない計り知れない権力に、ほとんど無認識である ― に対し、デジタルは結局、ガンジーの強い厳命「あなたがこの世界で見たいと願う変化にあなた自身がなりなさい」をわれわれに熟考するよう導くのである。
(前掲書p256)



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2024年05月24日

爆発的に増えるデジタルデータと使用電力

こんばんは。
ネット危機、第2弾

ネットインフラがなかったら、金融部門も今ほど巨大にはならなかっただろう。
その中でも、比較的新しいのが暗号資産である。
私はほとんどわからないことだが、暗号資産のマイニングには、相当のエネルギーを費やす。
その一つであるビットコインだけでも、驚くことに、世界電力の5%を費やす。(※1)

株式取引も今や自動化され、1マイクロ秒という単位で取引できるそうだ。
1マイクロ秒というのは、1秒の100万分の1の時間であり、生身の人間では相手にならない。
したがって、「4万円は、山頂か?」で触れたように、世界中で1秒間に10億回取引されているというのは、間違っていないだろう。
アクティブ・ファンドというのは、投資の大部分の判断を人間がやるが、パッシブ・ファンドは、それを機械が自動的にやる。
たった1秒間の取引で、どっちが正確に勝つか、というと、機械に決まっている。
アメリカではすでに、パッシブ・ファンドが、アクティブ・ファンドを追い抜いてしまった。(※2)
今後、この傾向が続けば、ネットを行き交うデータは増加することになる。

パッシブファンドの優勢は、環境悪化を進めるかもしれない。
ただ単に利益のみを追求するアルゴリズムなら、売買の対象の企業が、有害物質を環境に放出しようが関係ない。
利益を確定できればいいのだから。
人間が投資判断するパッシブ・ファンドなら、相当の悪人でないかぎり、そういう企業への投資からは手を引く。(※3)
ここで、環境問題などを勘案できるようにするため、AIが登場する。
現在、デジタル技術のスターだが、AIもまた、とんでもなく電力を消費する。
最悪の場合、2040年で、世界電力の半分を消費する。(※4)
つまり、人間が使用する電力が減ってしまうことが危惧されるのである。
そのAIの判断が、どうなるかが微妙だ。
最悪、電力使用のシェア予測からもわかるとおり、人間とAIの分捕り合戦が始まるかもしれない。
したがって、AIが、人間を排除する方向の判断を下す可能性もある。(※5)
今後、電力を食うAIがどういう方向へ開発されていくのか、見ものである。

デジタルデータを無線で使う最高峰は、今のところ、5Gである。
一般人がスマートフォンで「いいね!」をやる程度では、5Gは要らない。
これを最も必要とするのではないか、というのが、自動運転車である。
さまざまなセンサーが、ネットワークを通じて交信し、そのデータは、いろいろな業界で利用されることになる。
これにより、二酸化炭素排出量は、20%増加するといわれる。(※6)
おいおい、二酸化炭素は、もう出さないんじゃなかったのか?

そして、AIが搭載されようがされまいが、現存するロボットも脅威となる。
通信機能のあるその辺のモノでさえ、データを生成している。
通信しているのだから。
人間の指示なしに、モノやロボットは通信している。
すでに、人間の指示によるデータ伝送は60%以下になっており、残りは、モノやロボット同士だ。
みなさんの手元にもよく届く迷惑メールは、機械が行なっているものだ。(※7)
無駄なデータ伝送なのだ。
無駄なデータといえば、生成AIの作るデータも無駄といっていい。
これらが、世界中のデータセンターにも蓄積されるのである。

以上のように列挙すると、ネットワーク全体のキャパシティを、誰もが心配してしまうほどではないだろうか。

バカじゃねーの!



(※1)
そのカナダ企業はデータセンターの建設計画を未来の暗号資産(仮想通貨)の「マイニング(採掘)」に転換した。莫大なエネルギーを食う急成長産業だ。暗号資産のなかで最も知名度のあるビットコインだけでも、世界の電力生産の5パーセント ― デンマークが必要とする総電力量に相当する ― を飲み込んでいる。だが、こうした観点はほとんど重視されない。なぜなら、「すばやく稼げるお金!」が約束されているからだ、と地元のジャーナリストは言う。
(「なぜデジタル社会は『持続不可能』なのか」p156)

(※2)
ソフトウェアを使うことは、簡便さ、コスト減の要求に応えるとともに、1マイクロ秒でオペレーションを行うことのできるロボトレーダーの増加に見られるように、取引所での発注の流れを加速させるのが目的だ。「高頻度取引(HFT)とは、ハイテクで超高速の自動投機システムだ」というのが、このロボット化現象についてのドキュメンタリーを制作した人の定義だ。このシステムは成功し、世界の取引の70パーセント近く、取引額の40%を占める。こうした状況では、高頻度取引を行う証券取引所から人の姿を消したのも不思議ではない。人間の能力は、「今後も競争し合う」機械の能力にもはや太刀打ちできないからだ、とドキュメンタリー作者は結論づけた。
 こうした金融市場の変化は、投資銀行から投機的運用をするヘッジファンドまで、市場のあらゆるプレーヤー集団に大変動をもたらした。「ヘッジファンドではすでに1980年代からアルゴリズムが体系化されていた。今日では、世界の1万社のヘッジファンドの多くがアルゴリズムを使っている」と、マクロ経済の戦略家は言う。もう少し正確に言うと、「アルゴリズムのほとんどは非常に簡単なものだ。それは株式を買うか売るかしそうな人数を調べ、毎分という短期間の利益を予想しようとするもの」と、科学・テクノロジー・経済教授フアン・パブロ・パルド=ゲラ氏は説明する。ブローカー会社の社員おそれを裏付ける。「とてもベーシックですよ。機械の目標は一連の統計に関連して利益を得ることで、80パーセントのケースではそれより先にはいきません」。しかし、より先端的なファンドでは、強力な情報ツールによって、人間がやるよりもより複雑な分析を行うことができる。それはクオンツ・ファンド[定量分析モデルを基に統計的・計量的に投資判断をするファンド]と呼ばれる。
(中略)
 IT革命のおかげで、クオンツ・ファンドは常により大量になっていく情報や変数を消化することができる。計算能力があらゆる人間の能力を大きく上回るため、およそ10年前から、従来のファンドよりも平均してより大きな利益を生むようになった。今日、アルゴリズムに消極的なヘッジファンドは単純にランクを下げられるほどだ。この定量分析を最も完成させた多国籍企業のひとつは、世界最大の資産を運用するブラックロックだ。1990年代末から、同社は「最先端のリスク分析とポートフォリオ管理と交渉と金融オペレーションの完全なツールを組み合わせた」情報プラットフォーム「アラディン」によって予測を行う。アラディンは15兆ドルの資産(世界の資産の7パーセント)を管理し、定量分析を比類ない威力と完成のレベルに高めた。機械は勝敗の相関関係をよく感知し、様々な市場環境に応じて詳細な投資戦略を提案する。「ブラックロックとしては、高くついて効率の低いアナリストの給与よりも、機械にお金をつぎ込んだほうがいい」と、フアン・パブロ・パルド=ゲラ氏は冷たく言い切った。
(中略)
「クオンツの究極の夢は、ほとんど社員を持たないことだ。残った社員はすべてがうまく機能するように時々ボタンを押せばいいのだから」と元アナリストは言う。その続きは容易に想像できるだろう。「そうしたインフラが機能するようになれば、ひょっとしたらコンピュータが(投資の)決定を下すかもしれない”と思うようになるのに大した想像力は必要ない」と、情報工学理論のマイケル・カーンズ教授は予測する。まさにツーシグマやルネサンス・テクノロジーのようなファンドはそれをしている。非常に強力なツールで自動化をさらに一歩進めたため、AIという言葉 ― 何でもかんでもこの言葉を使う傾向にあるが ― すら使われている。
 こうして、「アクティブ・ファンド」(投資の判断が大部分、人間に任される)に対して、「パッシブ・ファンド」がますます増えている。パッシブ・ファンドでは金融オペレーションの自動化が進んでいる。それは多くの場合「インデックス・ファンド」で、株価指数(たとえば、アメリカの証券取引所に上場された500社の大企業に基づいたS&P500など)やそれらの企業への長期投資に連動したものだ。そのため運用コストは低く、マージンは高くなる。運用するのはブラックロック、ヴァンガード、ルネサンス・テクノロジーズ、ツーシグマらだ。パッシブ・ファンドの規模は巨大だ。今日、アメリカではアクティブ・ファンドを追い抜いている。したがって、クオンツ・ファンドは氷山の一角ではない。その流れのなかで、金融全体がプログラムやアルゴリズムやコンピュータの仕事にますますなりつつあるのだ。
(前掲書p190)

(※3)
 アクティブ・ファンドのほうは、利益追求と環境保護の信念のあいだのバランスをとることができる個人によって管理されている。しかも、生身の人間である投資家自身は、無条件に株価指数だけを追うアルゴリズムのファンドよりはずっとフレキシブルだろう。実際に、投資家は各部門の特殊事情に適応できるし、必要なら「迅速に手を引く」こともできる、とサンライズ・プロジェクトのある戦略家は分析する。こうしたことから、ブラックロックにおける「人間による」投資と、自動化された投資の間の環境保護パフォーマンスに大きな開きができることが説明できる。
(中略)
 しかし、パッシブ・ファンドの管理者は、指数 ― そしてアルゴリズム ― を追うよう強いられていると主張する。しかも、顧客との契約に反することになり、投資の責任もかかってくると言う。ファンド管理者と投資家が責任を回避している間にコンピュータは化石燃料への安定した支援者として全面に出てくる。アルゴリズムの導入によってわれわれは「だれも統率することも、別の方向に行くこともできない、自動化されたコントロール下に」市場を置いたのだと、サンライズ・プロジェクトの報告書は説明する。2017年香港のベンチャーキャピタル(ファンド)であるディープ・ナレッジ・ベンチャーズ(DKV)は、「Vital」と名付けられたロボット(AI)を鳥島役会のメンバーに任命したと発表し、そのAIの分析を見てからでなければいかなる決定もしないことになった。さらに、アメリカのエキュボット[信託投資顧問会社]は各部署に「AI」を設置した。そのAIは「人間の推論を左右する感情的・心理的弱さ」を克服すると、同社の創業者は宣言した。
(前掲書p196)

(※4)
 このAIという非常にあいまいな流行語は、様々な定義を含む。データセンター業界のスターの一人であるオランダ人レックス・クアーズ氏によると、「強い」AIは非常に強力なスーパーインテリジェンスであり、「感動、直感、感情」を持つことができる可能性があり、自分の存在すら認識できるという。そのようなAIは、自分でデータを処理しつつ学習し向上する(これをディープラーニングと言う)ために必要な175ゼタオクテットのデータを人類が生成できれば、最も楽観的な見方で今後5年から10年で出現するという。
(中略)
 このようなAIは何ができるのだろうか?たとえば、これまで理解不能だった気候現象を明らかにし、エコシステムを規定する神秘的な相関関係を明確にすると考える学者もいる。別の学者は、非常に先進的なマーケティングで消費者の無意識の欲求を操作することによって、AIは環境負荷の高い商品(肉など)の消費を減らすことができるだろうと言う。だが、とりわけ、AIは気候やエコシステムによって生成される無数のデータを凝集させ、長期的な保護対策の形に再生することができるだろうといわれる。「今後200年間の環境戦略を練り上げるためには人工頭脳が必要だ。人間にそれができるとは思わない。AIがあれば、そういう戦略の計画をより速く進めることができるだろう」と、レックス・クアーズ氏は結論する。
 この行き方には危険がないわけではない。「強い」AIは、その鉱物資源やエネルギー消費から考えると、地球に恩恵よりもより多くの害をもたらすかもしれない。「うまく導かないと、(中略)環境の悪化を招く可能性がある」と、PwC社は釘を刺す。悲観的なシナリオだと、AIは2040年に世界の電力生産の半分を消費すると言われる。
(前掲書p198)

(※5)
AIが地球のためにとる決定が、たとえば自由を奪ったり、民主主義を後退させたりなど、人間に矛先を向ける度合いはどの程度なのだろうか?すでに今日、自然を守るという名目で多くの禁止事項が正当化されている(肉を食べるのをやめる、大気汚染が高まった時は自家用車を使わない、飛行機に乗らないなど)。こうした禁止事項をAIがさらに推し進めるなら、どうなるのだろうか?このような問いを発するだけで、この「グリーン・リヴァイアサン」[リヴァイアサンは旧約聖書に登場する最強の怪獣]が人間と同じ価値観 ― 最も基本的なヒューマニスト的モラルを含めて ― を共有すべきだと考えるのに十分だ。人間がAIに与える目標が人類をまさに根絶させることにつながる可能性もあるという仮定も成り立つわけだ。このリスクについては科学者のなかにも真剣に考える人がおり、環境を守るためにAIがとりうる最良の決定は、環境を破壊する者を排除することだろうという。したがって、自然保護は、自然のなかにいる人間の保護と必ずしも両立しないのだ。
(前掲書p202)

(※6)
 5Gが大規模に適用されるテクノロジーがあるとすれば、それは周囲と大量のデータを交換するコネクテッドカーだ。今日、単にGPSナビゲーターを搭載する車はすでに「コネクテッド」なのだ。それは始まりにすぎない。運転支援システムが増えているからだ。衝突のリスクがある場合の警告発信、緊急ブレーキシステム、進行方向の自動修正、死角モニタリングなど、交通安全の必要性から、2025年には世界を走行するコネクテッドカーは5億台以上になると予想される。GPSは短縮ルートを提供するため汚染を減少させるという理由で、このデジタル革命は環境問題にも有利だ。もうひとつの進歩は、電子システムによる「エコナビゲーション」で車の二酸化炭素排出を5〜20パーセント下げることができることだ。
 しかし、そのためには大量のカメラ、レーダー、ソナーによって情報がキャッチされなければならない。1代のコネクテッドカーは最大150の演算機能を搭載し、最低でも1時間あたり25ギガオクテットのデータを作り出す。搭載されたコンピュータは、パソコン20台分の計算能力が求められる。そしてそのソフトウェアは1億行のソースコードがある。ソースコードの行数だけでソフトウェアの複雑さを表現することはできないが、比較例として、宇宙船は40万行、ハッブル宇宙望遠鏡は200万行、軍用ドローンは350万行、ボーイング747は1400万行だ(図表8を参照)。いわば、コネクテッドカーのソフトウェアは宇宙船250機、ハッブル宇宙望遠鏡50台、ボーイング747の7機に相当するほど「肥満体」なのだ。アメリカのコンサルタント会社マッキンゼー&カンパニーは、自動運転車は2030年には3億行のソースコードによって動くだろうと予測している。
 今のところは将来、数百万台単位で使用されるとは言えないが、コネクテッドカーの究極の段階は自動運転車だ。「予想されたよりも複雑だったとみんなが気づいた。グーグルやUberですら、[このタイプの車の展開]を延期し続けている」と、フランスの持続可能開発・国際関係研究所(IDDRI)の研究者マチュー・ソジョ氏は打ち明ける。しかし、もし自動運転車が現実のものとなったら、LiDAR[レーザーによって周囲を検知してその距離を測定するセンサー]や超高画質画像のカメラのため、最大で毎秒1ギガオクテットのデータを作るようになる。IT大企業のある幹部によると、「100万台の自動運転車はウェブサイトにアクセスする世界の総人口のデータに匹敵する」。自動運転車はどこと通信するのだろうか?標識やスマート道路、そして「遅延」時間のできるだけ少ないエッジ(近くのデータセンター)につながったほかの自動運転車とだ。車が「自動」であればあるほど、周囲のインフラに依存するというパラドックスになる!「イノベーションには想定されていないものがある。それは、イノベーションがもたらす物質面の背景だ」と、マチュー・ソジョ氏は分析する。
 しかしながら、安心させるようなことを言う人もいる。自動運転車で作られるデータのほんの一握りしか、周囲と通信するために車外に送られるのではないという見解だ。自動運転車はそもそも共有するためのものだから、走る車の数は制限される(この点は議論の余地がある)という意見もある。ひとつ確かなことは、自動運転車はずっと多くの電力を消費する ― 1台あたり1500ワット増し ― ということだ。このことは自動車の走行距離に影響を及ぼすのだろうか?バッテリーの容量を増加させるべきなのか、あるいは電力消費の追加分を補うためにハイブリッドモーターを優先すべきなのだろうか?自動運転車によって作られたデータは、それを伝送、保存、処理するインフラによって二酸化炭素排出につながる。そしてそのデータは人々の消費習慣をよりよく知り、ドライバーに適した車両保険製品(あなたがどう運転するかによって保険料を払う[PHYD型自動車保険])を提案したり、対象を絞った広告のために使われるだろう。このため、自動運転車の走行1キロメートル当たりの二酸化炭素排出量は間接的に、自動車の平均排出量の20パーセント増につながるのだ。たとえ世界中で常により厳しい排出規制がとられたとしてもだ。
(前掲書p175)

(※7)
「コンピュータとモノが人間の介入なしに通信する。データ生成は人間側の行動にとどまらない」と、ランカスター大学のマイク・ハザス教授は言う。この現象は当然、環境負荷を生じる ― われわれが計算したり、あるいはコントロールすることさえできずに。ここで、厄介な疑問が湧いてくる。デジタル活動において、ロボットはいつの日か、人間以上に環境に大きな影響を及ぼすようになるのだろうか?
 この疑問は真面目なものだ。人間の行動はインターネット上で満足できる活動全体の60パーセント以下にあたり、残りは「ロボットや、職業上そうする人間によって生産されるまがいものの意図である」と、アテンション・エコノミー(関心経済)についての本を書いた著者は明かす。インターネットは事実、戦場だ。そこでは、「トロール(迷惑行為)」や「ボットネット」[マルウェアに感染し、悪意のある攻撃者の制御下に置かれたコンピュータ群]、「スパムボット」[スパムメールを送信することを目的としてウェブ上から大量のメールアドレスを自動取得する] ― 自動化されている場合が多い ― が迷惑メールを送ったり、SNS上で噂を広げたり、特定の動画の人気を誇張したりする役目を負う。2018年、ユーチューブは「不正」とみられる動画再生を察知するツールを作動したほどだ。モノのインターネットでは当然、そうした人間の行為でない活動が急増する。とりわけスマートハウスやスマートカーなどのマシン間の接続(machine to machineを略してM2Mともいう)は2023年にはウェブへの接続の半分を占めるだろう。データに関しては、人間の行為ではないデータが人間の行為によるデータよりも2012年以降はより多く生産されている。
 これはまだ序の口にすぎない。今ではロボットは他のロボットに返答するからだ。2014年以降、「敵対的生成ネットワーク(GAN)」により、たとえばソフトウェアが有名人の顔を入れ替えたり、発言を変更したり(ディープフェイク)することが可能になった。しかも、このネットワークに対し、それを破壊するアルゴリズムで対抗する・・・・。「人間はだれもこうしたコンテンツを作るためのソースコードを書いていない。マシンがそのディープフェイクを暴露するために動く。マシン同士の戦いです」と、インターネット専門の英国人エンジニア、リアム・ニューカム氏は解説する。
(中略)
人のための人の使うインターンっとから、マシンの使う、あるいはマシンのためのインターネットに代わろうとしている。そうなると、「(データ生成の)天井は際限がない」と、ハザス氏は結論づける。
(前掲書p186)


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2024年05月23日

情報通信技術(ICT)の現状

ふたたび、こんばんは。

湯治先では、「なぜデジタル社会は『持続不可能』なのか」という本を読んできた。
びっくりした。
ネット社会は、やがて行き詰ることになるかもしれない。

今や、寝たきり老人などの超高齢者を除く大多数の地球人にとって、インターネットは、常時使用しているに等しくなった。
しかし、非常に厄介な問題に直面している。
デジタルデータが爆発的に増加し、それに対する設備のキャパシティが不足、さらに電力が不足するという事態に直面しつつある。
このことは、最近、NHKでも、サラッと取りあげていた。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240515/k10014449481000.html(「NHKニュース」)

私は以前、「いいね!」に参加したことがある。
しかし、あんなものは相当の暇人がやるものだと思い、とても付き合ってられないので、やめた。
スマホの常時使用で、「いいね!」産業は潤っている。
この「いいね!」とスマホの常時使用が、データ生成を増大させ、地球、そして、人間そのものに負荷をかけ始めている。
あなたの「いいね!」は、地球の果てまで行って戻ってくるというシロモノなのだ。(※1)

グーグルのGmailは、6つコピーされ、金融機関の取引データもかなりの数をコピーし、データセンターで管理している。(※2)
なぜ、そんなにコピーしておかなければならないか、というと、誰も経験しているように、デジタルのシステムは完全ではなく、エラーを起こしたり、止まったりするから。
電力遮断により、データセンターが止まってしまったら、データを扱っている会社にとって、命取りになる。
したがって、GAFAMは、自社サーバー以外にデータセンターも使う。(※3)
インターネットは、すでに、止まってはならないのだ。
だから、世界中にデータセンターがたくさん必要となる。(※4)
その数、小規模なデータセンター(それでも500平方メートル以上)は、世界に300万ケ所、サッカー場クラスの大規模なものは、500ヶ所もある。(※5)
私たちが知らないうちに、知らないところに作られている。
今後、どれほど作られることになるのか?

世界中のデータセンターを結んでいるのが、海底ケーブルである。
スマホのように空中を飛び交うデータというのは微々たるものであり、データ伝送の主役は海底ケーブルである。
そのシェアは、99%!(※6)
データ伝送、データ生成が多くなった理由は、海底ケーブルの充実にあるようだ。
交通で例えれば、道路網が整備されないと交通量は増えない、ということと同じで、データの通り道がたくさんあれば、みんなそれを利用する。
しかし、データ生成の増加速度のほうが、ネットワーク全体のキャパシティの増加速度を上回っている。
いずれ、限界点が訪れる。(※7)
したがって、はっきり言えば、とんでもないデータ量を食うオンライン動画、オンラインゲームなどに、高額課金する方向へ進めなければならないだろう。(※8)

それでも、どの国家も、デジタル利用を推進しようとしている。
持続可能かどうかは、非常に怪しい。
ネットワークが膨張すればするほど、何が起きるのか、想像できるだろう。



(※1)
 読者のみなさんは、「いいね!」を送りたくてたまらないだろうし、職場の同僚に気に入られるために、その人のフェイスブックのプロフィールの写真に「いいね!」を送っているだろう。ところが、その愛すべき人の携帯電話に届くのに、「いいね!」はインターネットの7つの層を通っている。第7層が端末(パソコンなど)にあたる。あなたの愛情に満ちた通知はネット中間層(データリンク層、ネットワーク層、トランスポート層など)を通り、ネットの最初の物理的な層(物理層) ― とりわけ海底ケーブルからなる ― に達する。第1と第7の層の間では、あなたの通知は携帯電話事業者の4Gアンテナを通るか、あるいはインターネット・モデムを通る。モデムは、集合住宅の共用部分を通って、歩道の80センチ下に埋められた銅線ケーブルにつながっている。そして、そのケーブルは大きな連絡道(高速道路、川、引き船道、鉄道など)を通って、通信事業者の施設で他の「いいね!」に合流する。それから海を渡ってデータセンターを通過しなければならない。今度はそこから、「いいね!」は第7層までの逆の道をたどって、あなたの好きな人の電話まで到達するのだ。あなたの同僚がわずか10メートル離れたところにいても、あなたの発した信号は実際に何千キロもの旅をする。
(「なぜデジタル社会は『持続不可能』なのか」p37)

(※2)
2010年頃にグーグルのエンジニアが行った後援会では、Gメールは6重に複製され、チャットビデオ1本は通常、世界各地の少なくとも7つのデータセンターに保存されると説明があった。検証はできないが、大きな金融機関はデータセンターを15回も重複させているという噂もある。クラウドサービス産業は「幽霊データセンター」で満ちている。この業界の企業の設備の30パーセントまでは「電源は入っているが、待ちの状態で、何もしていない」と、マルク・アクトン氏は言う。
 最後に、クラウドサービス企業はトラフックのピークに備えてインフラを「必要以上に大型にしている」。その結果、「ルーターがキャパシティの60%作動すれば、それが最大ということだ」と、IT研究者のアンヌ=セシル・オルジュリ氏は言う。こうした過度の設備に必然的な帰結は、途方もない電力の浪費だ。「ニューヨーク・タイムズ」の調査によると、ほとんど使われていないデータセンターは消費する電力の90%を無駄にしているとする。
(前掲書p121)

(※3)
世界最大の企業(グーグル、フェイスブック、アップル)は自社内にあるサーバーで管理している。しかし、コストと安全のため、自社のサーバーの管理をエクイニクス、インターシオン、エッジコネックス、サイラスワン、アリババ・クラウド、アマゾン・ウェブサービスといった専門企業に委託するのを好む企業が増えている。そうした良い「宿主」は、顧客のデータを「同居」させるデータセンター、つまりインターネットでつながった「サーバーのホテル」に受け入れているのだ。このような設備全体が「クラウド」を形成する。クラウドとはどんなインターフェースからもアクセスできるデータ保存の外注サービスであり、今日世界中で生成されるデータの3分の1はクラウドを通過している。「あなたの日々の生活で、ごくありふれた必要のために、10ヶ国に散らばったおよそ100のデータセンターを動かしているのです」と、データセンター会社「Hydro66」の営業部長、フレドリック・カリオニエミ氏は私に説明してくれた。「データセンターなしに何も存在しない!われわれのデジタル生活の中心なのだ」と、「データセンター・マガジン」の編集長、イヴ・グランモンターニュ氏は結論づけた。
(前掲書p90)

(※4)
インターネットは、「サービスの継続性」という絶対不可侵の神聖なる掟のもとで発展しているということを理解しなければならない。ウェブは途切れなく機能しなければならないし、「いつでも使え」なければならない。人命や国の安全保障がかかっているならば、医療や軍事のデータに常にアクセスできないといけないのは明白だ。しかし、休みなくネットサーフィンする何十億人という利用者を満足させなければならないことも容易いことではない。ネットは眠ることはなく、ネットを使うときに待ち時間があるのはもう許せないのだ。「1990年代末には、ウェブサイトのトップページが開くのに8秒かかった。今は、0.8秒でトップページ全体が見えないと、人は3つ目のモニター[1台のパソコンに3つのモニターを使う場合]を見るんですよ」と、データセンター研究所所長フィリップ・リュース氏は言う。要するに、われわれは「現在」の論理から「瞬間」の論理に移行したのだ。この「即時性」という暴君は、リアルタイムであらゆる障害物を分析するコネクテッドカーや、マイクロ秒で取引するロボット・トレーダーや、毎分何百万ユーロの売上を上げるeコマースのサイトに支配された世界では増幅するばかりなのだ。
 データセンターを止めることができないのは、そういう理由からだ。「大雑把に言うと、データセンターが約束するのは、“常にオン”ということだ。あなたは常にオンになっているということ。“邪魔をしないでくれ”モードは存在しない」と、フィリップ・リュース氏は結論づける。常に競争が激しくなる業界なので、クラウドサービスの多くの企業は自社のインフラが99.995パーセントの時間、機能することを約束している。つまり、年間わずか24分間使用できないというだけだ。「何度もブラックアウトする企業は、この業界から撤退する」と、リュース氏は断言する。
(前掲書p117)

(※5)
「クラウド」が世界の主要な通信情報ハブ(ワシントン、香港、ヨハネスブルク、サンパウロなど)、とりわけ主要な証券取引所(ロンドン、フランクフルト、ニューヨーク、パリ、アムステルダムなど)に定着するには12年ほどで十分だった。その結果、現在、床面積が500平方メートル以上のデータセンターは世界に300万ケ所近くある。そのうち、8万5000は中程度の規模で、エクイニクスAM4に相当するような大規模なものは1万弱ある。このコンクリートと鋼鉄の建物のうち、サッカー競技場に相当する大きさの「ハイパースケール・データセンター」は500以上ある。
(前掲書p92)

(※6)
今日、世界のデータトラフィックの99パーセントは空中ではなく、地下や海底に敷設された管を通っている。われわれの位置情報やズーム会議あどのデータは、黒竜江省の鉱山やスカンジナビア半島の川、台湾の空にその痕跡を残すだけではない・・・・。海峡や三角州を通って海の深淵を這う。毎日、われわれは何千キロメートルも離れたところに散在する何百というケーブルを使っているのだ。それなのに、通話や写真や動画は空中を飛んでいると思い込んでいる人が多い。おそらく、われわれのデジタル行為は、ファイバー網でデータが運ばれる前に、まずアンテナ(3G、4G、5G)に中継されるからだろう。
(中略)
ケーブルはポリエチレンにくるまれた細い金属の管で、中心にペアになった光ファイバー、つまりガラスの線維が通り、光パルスによって暗号化された情報が1秒あたり20万キロメートルの速さで伝送される。
(前掲書p208)

(※7)
「道路網の比喩を使ってみてもいい。道路が多くなると、それを使う車の数も多くなる。同じようにキャパシティが上がると、そのキャパシティを使う欲望をさらに高じさせる。」と、海底ケーブルシステムの専門家は分析する。「データ市場は、自前の高速道路[光ケーブル]をさらに多く建設する人たち ― GAFAM ― によって維持されている。そうなると、制限はなくなる」と、別の専門家は言う。ケーブルによって直接生じる汚染は大したことではないが、ケーブルの増加がデジタル界の拡大―端末やデータセンター、エネルギーインフラの拡大を伴う―を引き起こすことになる。パンデミックのために2020年の一時期に自宅待機した人々は、ズーム会議やWhatsApp上の飲み会を発見した。こうした新たなデジタル習慣によりトラフィックは爆発的に増え、ユーチューブやネットフリックスはオーバーヒートしたネットワークを鎮めるためにストリーミングサービスの画質を一時期下げざるをえなかったほどだ。「10年後に次のパンデミックがあれば、私たちは頭にヴァーチャル・リアリティのヘッドギアをつけているだろう」と、ケーブル産業界のある人は予言する。消費者がそれを望むだろうし、なにより、通信技術の発展でそういうことが技術的に実現できるようになるからだ。
 ところが、1015年、バーミンガム大学(英国)の応用化学・工学教授のアンドリュー・エリス氏は次のように警告を発した。われわれのデータ生成は、それを処理するネットワークのキャパシティよりも速く増大している。要するに、8年間で ― 2023年に ―システムの限界に達するだろう。同氏は「キャパシティ・クランチ(伝送容量の危機)」という言葉を使った。この警告に呼応するかのように、光ケーブル産業界も「シャノン限界」、つまり光ファイバーが伝送できるデータの最大容量に近づいていると認めている。また、数多くの戦略的ケーブルが通る海峡などのネックがあることも認めた。そういう場所のひとつでトラブルが起きれば、ひとつの大陸全体、あるいは世界的な影響が起こる可能性がある。
(前掲書p226)

(※8)
電子メール1通は最低0.5グラム、添付ファイルがあれば20グラムの二酸化炭素を生じさせる。これは電球1時間使う時の二酸化炭素排出量に匹敵する。そして、世界中で毎日、3190億通電子メールが送られているだ。とはいえ、電子メールの二酸化炭素排出量は、データトラフィックの60パーセント占めるオンラインゲーム動画に比べると微々たるものだ。あるデータセンター事業者は、この数字をわれわれ個人のレベルに置き換えて示してくれた。そのため、韓国歌手PSYの世界的ヒット「江南スタイル」のミュージックビデオ ― 年間およそ17億回視聴された ― を例に挙げ、この18億回の視聴は、イッシー・レ・ムリノー[パリ郊外の市]、カンペール[ブルターニュ地方の都市]、トロワといった小都市[いずれも人口6万人強]の年間電力消費量に匹敵する297ギガワット時に相当するとした。
(前掲書p136)
データ生成によって約束された“無料”は、当然の帰結としてインターネットの消費を増加させる。「“オープンバー”[見放題]になった瞬間から、猫の動画を10本目ではやめずに、11本目も見るでしょう」と、フランスのシンクタンク「ザ・シフト・プロジェクト」のメンバーであるユーグ・フェールブッフ氏は言う。つまり、「無料」は「データ激増」と同義語なのだ。
(前掲書p104)



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2024年04月13日

自分の運命を愛せよ

ふたたび、こんばんは。

ニーチェ、最終回、たぶん。

ニーチェは、ローマ教の偽善を見抜いて糾弾したが、それだけではない。
どういうように人間は生きていくのか、という問いを自ら重ね、「永劫回帰」という考えに至った。
ニーチェ自身が病弱で、何度も体の調子が悪くなったり、良くなったりの繰り返し。
天才であるから、ズバっと意見すれば叩かれ、ローマ教会から攻撃され、それでも支援する人もいるから、自分を取り巻く情勢も、良くなったり悪くなったりの繰り返し。
だから、永劫回帰から逃れられない、という結論に達した。(※1)
彼は、永劫回帰を受け入れ、それを克服する方向へと進む。
それが「運命愛」であり、幸であれ不幸であれ、自分の運命を受け入れ、生きて行こうではないか、となる。(※2)

運命愛を受け入れる態度というのは、どうやら、不幸を前提としているようだ。
「にもかかわらず」という考えからは、社会生物学のハンディキャップ理論を思い出すが、彼の場合、これが人生だったか。よし、よかろう。それなら、もう一度味わおう!」ということになる。(※3)

弱者は神に救われる、というローマ教の戯言を否定したニーチェは、もう人間は、何かあっても、神のせいにはできない、と考える。
つまり、人間自身、自分自身の責任で生きていく、と。
それが、健全なのだ、と。(※4)

彼は、若い頃、ギリシア思想に感化され、ローマ教会が求めた「忍従と我慢と謙虚さ」なんてものより、もっと気楽に楽しく生きよう、と考えた。
そのために、LGBTをやったり、共同生活を試したり、いろいろとやった。
いろいろとやったし、勉強もやったし、一所懸命に考えることもやった。
人生なんてものは、宗教の規定するものなど、どうでもよく、自分の思ったとおり生きていけば、それでいい。
失敗は、永劫回帰と考え、できれば、次に同じ失敗をしないように、自分の責任で考える。
病弱な彼の人生は、激しかったのだろう、と想像される。

副島先生が「ニーチェに学ぶ 奴隷をやめて反逆せよ!」を出版してから、弟子の藤森かよこさんが、ニーチェに関するシリーズを3冊の本を出している。

「馬鹿ブス貧乏で生きるしかないあなたに愛をこめて書いたので読んでください」
「馬鹿ブス貧乏な私たちが生きる新世界無秩序の愛と性」
「ニーチェのふんどし いい子ぶりっ子の超偽善社会に備える」

誰の迷惑にもならない程度に、好きなように生きなさい。
ということのようだ。
これの裏は、もちろん、「奴隷になるな!」がある。
飽くまで、日本人を含むアジア人、アフリカ人をもてあそぶ白人優越主義者らの魂胆を見抜け、なのだ。



(※1)
 温泉地のマリエンバートと、スイスの保養地シルス・マリア(サン・モリッツのさらに山の中のほとり)で、ニーチェに新しい着想が湧きあがる。よい処だ。彼はこのシルス=マリアで新たに生きる勇気を得た。ニーチェはペーター・ガストに秘かに大きな思想の構想を書き送った。これが「ツァラトゥストラ」の原型だった。ここの山の湖で突然ニーチェを襲ったのは、「人生は気づいたら、同じことが何百回も繰り返されている。その場面に人間は出会い続ける」という思想だ。これが「永劫回帰」の思想だ。ドイツ語でEwige Wiederkunftという。この言葉をそろそろ皆で覚えましょう。だからこの「永劫回帰」は「己の運命を愛せよ」という「運命愛」という思想とセットである。
 永遠には、「二つの永遠」がある。ひとつは、無限で直線でどこまでも続く。もうひとつは円環である。円環しているとグルグルといつまでも回る。キリスト教は天地創造から世界の終末までを直線だとする。このとき「永遠」とは、直線の始まりと終わりとする。この動きの繰り返しだ。それに対してニーチェが尊敬するギリシア人たちは円環だった、と思いついた。ニーチェはこの後者の思考こそは素晴らしいものだ、と考えた。これはギリシア人の考えを再び受容することではなくて、同じことの永劫回帰(永遠の繰り返し)が突然彼に見えたのだ。この「同じことの永遠の回帰」は、そこから逃れることができない苦痛のニヒリズムとして本当に恐ろしいものである。自分の病気がまさしくこれだ。しかし、同時に、あるがままの自分の生を英雄的に受け容れ肯定することが崇高なのである。能動的ニヒリズムと、いきることの絶対的肯定は、ニーチェの場合、反ローマ教会の思想と常に対をなしている。
 だから、1880年1月の重い苦痛の日に、前出したマルヴィーダ・フォン・マイゼンブーク女史に次のように手紙を書いている。「この苦痛がどんなに苦しくても、私は私がはっきりと分かった自分の生について、偽りの証言をしません」。のちに有名になったニーチェの、“それにもかかわらず!”dennochの断乎たる精神は、彼が破壊的なアフォリスム(箴言)を世間に向けて投げつけることでこのとき表れたのだ。「それにもかかわらず」とは、「それでもなお、私はローマ・カトリック教会(が作って人類に押しつけたキリスト教)の奴隷の思想と闘う」、ということだ。
(「ニーチェに学ぶ 奴隷をやめて反逆せよ!」p253)

(※2)
1882年6月、ニーチェは母のナウムブルクの家から、5冊目の本の初稿ゲラをヴェネチアのペータ・ガストに送った。ヴェネチアにニーチェの本を出してくれる出版社があって印刷機があった。これが『悦ばしき知識』という本である。
 この本でニーチェは、ペシミズム(悲観主義、弱者の思想)を克服することに本気になった。ここで「運命愛」(amor fati)という言葉を打ち出した。運命への愛。自分の苦しい運命を自ら引き受けること。たとえどれほどの苦痛があろうとも自分の生を肯定することだ。それは打算的で計算づくの生き方の範囲をさらに超えることだ。生(生きること)の肯定は、イギリス人(ジョン・ロック)が考えるような、「幸せの総計は苦痛の総計を上回ることで合理的に根拠づけられる」のではない。生の肯定は、人間の厳しい「決意」によるものである。世の中が自分を悪しざまに扱ったからといって、自分の人生を罵り自傷するのは、間違っている。それは不自由で卑しい、奴隷の人間の徴である。自由で誇り高く、勇敢な人間は、たとえ、愛も信頼もなくしたときでさえ、自分の人生を愛し、信じる。したがって、ペシミズムとニヒリズムを克服することは、思想の課題ではなく、ひとりひとりの人間の問題である。ニーチェはひとりひとりの人間の価値を、その人がもつ道徳心の高さから測定(評価)することをしなかった。そうではなくて、その人が自分の人生にもつ「アモール・ファーティ(運命愛)」の能力で評価した。「こんなに苦しくても、それでもなお、自分は今のこの人生を生きる!」と言い切ることができる者、自分の人生を前に踏み進むことができる者のみが、永劫回帰にも耐えることができる。
 人々はこのような(ニーチェの運命愛の)態度を「宗教的」と呼ぶだろう。なぜなら、信心深い人は、世間が示す悪意ぐらいでは、自分の信仰心が揺れることはないからだ。しかし、ニーチェの己の運命への愛という新しい信仰には、宗教につきものの啓示(天から降りてくるもの)が欠けていた。だから本当は、ニーチェは自分の運命への愛を言うとき「信仰」のように話そうとしなかった。
(前掲書262)

(※3)
『ツァラトゥストラ』の核心に「権力への意志」、「超人」、「運命愛」、「同じことの永劫回帰」の思想がある。これらの考えには、ニヒリズムそのものの強い肯定がある。そして、その上でこのニヒリズムからさらに強いものとしてニヒリズムそのものの克服が同時に表現されている。
 永劫回帰(永遠に同じ経験に立ち戻りそれを繰り返す)の思想は、人生は果てしない苦しみだ、と考える者にとって、驚くべき発見である。この発見の恐ろしさそのものに自ら勇敢に耐えるべきだ、とする。自分の運命に耐えることがニヒリズムの克服の最初の一歩だ。ツァラトゥストラが要求するのは、そんな忍耐を遥かに超えるほど残酷なものだ。ツァラトゥストラが要求するのは、「それにもかかわらず」の思想である。すなわち、圧倒的苦痛にもかかわらず、それでもその苦しみを受け入れる運命への愛である。その魂はこう叫ぶ。「これが人生だったか。よし、よかろう。それなら、もう一度味わおう!」
(前掲書p270)

(※4)
「超人」の思想とは、道徳を否定する芸術作品の中で生きる天才の姿だ。社会ダーウィニズム(強者が生き、弱者は滅ぶ)的な「自然淘汰」(ナチュラル・セレクション)の肯定だとも理解される。すなわち、「弱い者は滅びてしまえ。強い者だけが生き延びるのだ」と。「神は死んだ」とニーチェは書いた(前ページ参照)。「神が決めるものではない。人間が決めるのだ」と宣言して出現した(オーギュスト・コントが創始した)ポジティヴィズムpositivismが、1822年に出現していた。このことで、「人類は神の殺害者だ」(神を葬り去った)となった。この時に、人間が存在することの目的は、人間自身の責任になった。もう神のせいにはできない。神の支配を拒絶した人間は、以後、自分自身を上に超えて高まらなければならなくなった。ニーチェの場合、この「上昇」(より上を目指すこと)が重要である。ニーチェは、魂の向上、上昇を常に追い求める。ニーチェという敏感で、病弱な人間が、燃えるような情熱を抱いて、精神と生命が結びついている「健全な人間」の像を追求する。
(前掲書p273)


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2024年04月09日

キリスト教は、ウソに塗り固められた邪教である

3回目。
ニーチェについて、ふたたび。

ニーチェは、ギリシア語とラテン語をさらさらと読めた天才であった。(※1)
その天才が、ローマ教会キリスト教の偽善を見破った。
「弱者や虐げられた人こそ、神に愛される」などと大うそを世界中に広めた。
考えてみると、そんなことなど、あるわけない。
しかし、宗教を布教しようとする時、これは定番の言葉である。(※2)
そして、日本にキリスト教が日本に上陸する際、江戸幕府は邪教と見破っており、布教活動の妨害を行なった。(※3)

キリスト教は、精神病院みたいなものであり、僧侶たちは、他人の人生にたかる寄生虫である、とニーチェは断定した。(※4)
心にグサっと刺さる言葉を開発し、空想の世界を広げ、いや、妄想の世界を広げ、自然界の真実を無視し、現実逃避の物語を作った。(※5)
宗教とは、そんなものなのだろう。
そこに、心のよりどころを求めるのは自由であるが、広めるのは良くない。
しかも、それに異を唱える人たちを殺してきたのだから、ローマ教会キリスト教は、悪である。

ローマ教会は、変な平等主義をばら撒いて、個人の優劣をすべて同じにした。
神のもとでは、何でもできるのだ。
伸ばせば伸びる子も同じに扱い、育てることをしない。
ニーチェのような、洞察力のある、あるいは、本質を見抜く能力のある天才の出現を、宗教は嫌うのである。
この弊害が、現代社会の重しとなっている。
「ニーチェに学ぶ 奴隷をやめて反逆せよ!」を書いた副島先生は、この変な平等主義を否定し、伸びる子どもたちの芽を摘まないようにすべきだと言っている。
一方のローマ教会側では、「ニーチェはナチス・ヒトラーの思想の源流である」というデマを今でも流している。(※6)

ニーチェは、ローマ教会が説いた、忍従と我慢と謙虚さを否定した。
これにより、人間は、生きる力を失うと。(※7)
そうなのだ。
忍従や我慢を誰に対してやるのか?
現代では、権力やそれを従える世界中の大富豪に対してか?
そう、それがローマ教会の目的なのだ。
世界中の大富豪や権力者が、ローマ教会キリスト教を利用しているのだ。
さまざまな世界的施策を、私たちに強要する。

ニーチェは、社会主義もローマ教会キリスト教と同じだ、と切り捨てた。
根っからの労働者を、経営者へ故意に押し上げるなどというのは、無駄なことである。(※8)
私も、このことを少しわかる気がする。
もう何年も乗っている若者(20代)に、舵を握って着岸してみるよう促しても、「できません」なのだ。
スマホ世代の人で、車の運転も大好きでも、このような簡単なこともやりたがらない。
「商売をやってみたくないか?」と聞いても、「無理です」なのだ。
「給料をもらいたい。たくさんもらいたい。」とは言うが、その上には上がろうとしない。
強制的にやらせても、この場合、たぶんダメだろう。

ニーチェに糾弾されたローマ教会キリスト教は、邪教なのだから、派生してできた(だろう)統一協会など、もう完全に詐欺と同じだ。
話は脱線するが、統一協会とズブズブの関係にあり、しかも旧安倍派閥の裏金問題でもその金額が巨額であった萩生田議員は、軽い処分となった。
彼をまだ登用する自民党なら、もう見込みがない。
恥ずかしいと思わないのかね。

少し長くなるが、ここで、適菜収さんの「キリスト教は邪教です!」の翻訳について。
これは、超訳と呼ばれる訳し方である。
超訳にはいろいろな議論があって、原文に忠実に訳す翻訳業の人たちから異論が出ている。
しかし、副島先生は、日本人の理解できる範囲というのがあって、理解できるような訳しかたでないと、外国文化への理解は難しい、という観点から、優れた超訳なら、歓迎すべきである、としている。(※9)
実際に、「ニーチェに学ぶ 奴隷をやめて反逆せよ!」では、ドイツ語の原文、適菜訳、他の原文忠実訳などを比較し例示しているが、原文忠実訳では、意味が分からない場合が多い。(※10)
ドイツ語の原文を載せられても、私にはさっぱりわからないが、証拠として、載せているようなものである。




(※1)
 ニーチェは天才だから、ギリシア語とラテン語が、誰も近寄れないくらいにさらさらと読めた。
(「ニーチェに学ぶ 奴隷をやめて反逆せよ!」p153)
 ニーチェは20歳(1864年)でボン大学で学んでいるときに、フリードリヒ・リッチュル教授という人に、「天才が出現した」といって驚嘆された。
(前掲書p132)

(※2)
ニーチェが宣言したとおり、ローマ・カトリック教会が、人間を奴隷にする思想を作ったのだ。「弱い者、虐げたられた人々、ほど神に愛されている」という巨大なウソを作って振り撒いた。そうして人類をローマ教会キリスト教の坊主(僧侶)である自分たちに額づく奴隷にした。同情、憐れみ、恩寵(神からの愛)、慈愛などの教え(教義)で、世界を支配した。まずヨーロッパの白人たちを洗脳し席巻し、そのあと植民地時代(1500年代。白人たちが支配したアジア、アフリカ、南米にもこのキリスト教という病気は広がった。ニーチェは、この偽善宗教をずっと、じっと厳しく見ていてその本性を見抜いた。だから、他人に簡単に同情(憐み)なんかするな、と断言したのだ。
(前掲書p61)

(※3)
 私は、ここに一冊の本を掲げる。この本は、『キリスト教は邪教です!現代語訳「アンチクリスト」』(講談社+α新書、2005年刊)という本である。書いたのは適菜収(1975年生)という若い評論家である。
『キリスト教は邪教です!』と書名で銘打っているからスゴいことだ。邪教とは、文字どおり、邪(よこしま)な宗教で、邪教や邪宗というコトバは「正しくない、人心を惑わす、よくない宗教」という意味だ。たしか、16、17世紀(西暦1549年から1641年までの92年間)に日本にしつこくやって来て、日本人を洗脳し乗っ取って、ローマ教皇への献げ物にしようとしたローマ教会キリスト教(とくにイエズス会)の宣教師(プリースト)である神父たちに対して、江戸幕府(徳川氏体制)が激しい恐怖感と憎しみを込めて命名したコトバだ。耶蘇教(会)はイエズス会のことで、キリスト教は天主教である。日本史学者たちは訂正しなければならない。
 この、ニーチェの『アンチクリスト』の超訳現代語訳の本は、自らの書名を「キリスト教は邪教です!」とはっきり書名で言い切っている。
(前掲書p69)

(※4)
 適菜は、ニーチェ思想の中心部分を次のように訳している。

 二千年間も続いてきた、まるで精神病院のようなキリスト教の世界・・・・私は人類が精神病院になってしまった理由を、人類のせいにしないようにと気をつけている・・・・この現代において、キリスト教を信じているのは、本当に許されないことなのです。怒りを通り越して吐き気さえもよおします。・・・・キリスト教の神学者や僧侶、法王の言葉は、すべて大ウソであるという常識は、現代に生きる皆さん(すなわち今の日本人である我々もここに含まれる―引用者、加筆)はぜひとも承知しておいてもらいたい。まあ、奴ら(キリスト教の僧侶たち)だって、「神」がいないことくらいわかっています。「罪人」「救世主」「自由意志」「道徳的世界秩序」などがデタラメだということも。・・・・僧侶(なるもの)の正体も明らかです。彼らはもっとも危ないタイプの人間であり、他人の人生にたかる寄生虫なのです。
(前掲『キリスト教は邪教です!』90〜91頁)

 このように適菜は一点の曇りもなく明確に訳している。
 ローマ教会キリスト教は精神病院だ、とはっきり、ニーチェが断言して言い切ったことを、正確無比に日本語に置き換えた。素晴らしいことだ。
(前掲書p71)

(※5)
ガラリヤ湖のほとりでバプテスマのヨハネ(ジョン・ザ・バプティスト John the Baptist)が、イエスにバプテスマ(洗礼)を施して、権威を与えたように、自分より若い人々の才能を発見し、認め、彼らを励まし応援することこそは年長者のするべきことだ。

 第一に、(キリスト教は)「神」「霊魂」「自我」「精神」「自由意志」などといった、ありもしないものに対して、本当に存在するかのような言葉を与えたこと(引用者注。大きなウソという意味)。
 第二に、「罪」「救い」「神の恵み」「罰」「罪の許し」などといった空想的な物語を作ったこと。
 第三に、「神」「精霊」「霊魂」など、ありもしないものをでっちあげたこと。
 第四に、自然科学(ナチュラル・サイエンス)をゆがめたこと。彼ら(キリスト教)の世界観はいつでも人間が中心で、自然というものを少しも理解していなかった。
 第五に、「悔い改め」「良心の呵責」「悪魔の誘惑」「最後の審判」といったお芝居の世界の話を、現実の世界に持ち込んで、心理学(サイコロジー)をゆがめたこと。
 まだまだありますが、ざっとこのようになるのではないでしょうか。
 こうした空想の世界は、夢の世界とはまた別のものです。夢の世界は現実を反映していますが、彼ら(キリスト教)の空想は、現実をねじ曲げ、価値をおとしめ、否定します。
 キリスト教の敵は「現実」です。なぜなら、彼らの思い描いている世界と現実はあまりにもかけ離れているからです。彼らは現実がつらいから逃げているにすぎません。
(前掲『キリスト教は邪教です!』36−37頁)
(前掲書p101)

(※6)
誰でもみな平等、みな平等といって、優れた人間の才能を認めようとしない。そして、この「人は皆、平等(に神に愛されます)」という悪平等の思想を作ったのも、まさしくローマ教会キリスト教である。それから、「人の命は尊い」と老人を100歳まで生かそうとするのもローマ教会が煽動した思想である。「もう死にたいよー。体が痛いよー」と苦しんでいる老人と重病者たちを死なせることができないで牢獄(煉獄、プルガトリオ)の中に置いているのもローマ教会である。彼らこそが諸悪の根源なのだ。だから、「ニーチェはナチス・ヒトラーの思想の源流である」という悪質な宣伝が今もなされている。
 ニーチェは「誰でもみな平等」という愚かな考えを嫌った人だ。「どんな人でも一所懸命努力し勉強すればできるようになる」というのはウソだ。できないのに無理矢理学校の勉強をさせるのは子どもの虐めだ。勉強が向かない子どもには、さっさと職人の職種などの労働者にさせたほうがいい。そのほうがずっとその人のためだ。
 ずば抜けて頭のいい人間は、たいして恵まれない環境であっても、自分で伸びていく。大事なことは、社会が邪魔をしないことだ。少しの肥料と栄養とチャンスを与えることだ。十分な太陽の日差し(日光)と水と栄養、それは人間を育てるのにも大事なことだ。
(前掲書p155)

(※7)
 ニーチェの2冊目の本は、『反時代的考察』(1873−1876年、29−32歳)である。ニーチェはこの本で、ヘーゲルがやったように、歴史の問題を過激な刀で切り裂いて見せた。
 世界史という、人類の血だらけ泥だらけの歴史がもつ意味は、あの威風堂々の劇作家であるシラーが見抜いたとおり、善悪のどっちであれ、人間の歴史はその偉大さの記念碑であるとする。常に決断を迫られる、人間の生のエネルギーそのものは、肯定されなければならない。生きていることのエネルギーを弱めるものは、すべて否定されるべきだ。その代表がローマ・カトリック教会である。彼ら坊主たちが、人間に忍従と我慢と謙虚さを強いてくるとき、人間の生のエネルギーは弱められる。
(前掲書p220)

(※8)
 ニーチェは、社会主義者(ソシアリスト)や、共和主義者(王政打倒主義者)、民主運動活動家(デモクラット)を嫌った。社会主義者たちが、貧困層や労働者の哀れな現状と、その待遇改善を求めて彼らを煽動するのは、間違っている、とニーチェは保守言論人として撥ねつけている。以下にその証拠の文を載せる。

 革命論における妄想。
 ―あらゆる秩序の転覆を熱烈雄弁に煽動する政治的・社会的空想家たちがいる。そのときは、ただちに美しい人間性のもっとも誇らかな神殿がおのずから聳え立つであろう、と信じて。
 こうした危険な夢想には、人間性の奇蹟的で根源的な、しかしいまや埋もれてしまった善良さを信じて、社会、国家、教育、文化の諸制度に、今では埋められてしまったあらゆる罪を負うべきルソーの迷信が、まだ余韻を残しているのである。
 遺憾なことだが、そういう革命はどれも、もっとも遠い昔のとうに葬られてしまった凄惨で無節操なものだ。人間のもつ荒々しいエネルギーを、改めて復活させるという点で、革命は、多分に疲れてしまった人類のための今も一つの力の源泉ではありえよう。が、しかし決して人間性の整頓者・建築家・芸術家・完成者のものではない。このことを、人類は歴史上の経験から知っているのである。
(ニーチェ『人間的、あまりに人間的T』池尾健一訳、ちくま学芸文庫、463節、一部改訳)

 このようにニーチェは、反革命であり、反社会主義者だ。それは、ニーチェが自分の先生であった(31歳上)ヴァーグナーやカール・マルクス、ドストエフスキーたちが参加した、燃えるような情熱による「人間が新しくなる。人類の理想の世界が出現する。建設ができるのだ」に対して、ニーチェは、そんなものは「空想、夢想、神殿建設・・・・凄惨で無節操・・・・」であり、「人類は(この敗れ去った空想たちのことを)歴史上の経験から知っている」と書いている。ニーチェは保守思想家である。だから、日本でも一部に受けるのだろう。
 別のところでニーチェがはっきりと書いているとおり、労働者たちは、それぞれの自分の仕事(労働)をすることで、その中で仕事の達成感と社会参加(仲間たちとの交友)、で喜びを感じていればいい。「それを、使用人(労働者たち)を主人(経営者、金持ち)にしよう、というのは間違った考えだ」とニーチェは言った。
 貧しい者たちの解放を唱える社会主義者(カール・マルクスたち)の思想は、「貧困者たちこそが天国に一番近い」「貧しき者たちほど神に愛されている」としたローマ教会キリスト教の巨大な偽善とまったく同じだと、ニーチェは激しく言い切った。それは「新しい千年王国の建設運動だ」と。キリスト教(パウロの思想。ローマ教会。および新教徒系も)と、社会主義(カール・マルクスたちの思想)のどちらも、現実の世界には有りもしない、実現することはできもしない千年王国(ミレニアム・弥勒下生。メシア[救世主]の再降臨 the Second Advent)を求める、人類の理想社会の実現を求める宗教である、とニーチェは言い切った。
 そして「労働者(サラリーマン)の解放」はついになかった。今も大半の人間は奴隷のままだ。自由人のふりだけさせられている奴隷の群れだ。人類はニーチェからあとの100年間の闘い(20世紀。1900年代の100年間)で、世界各国で、理想社会を希求する血みどろの激しい革命闘争はあった。しかし、資本家(経営者)という人間たち以外に、労働者(サラリーマン)にご飯を食べさせること、給料を払うことができる人々は出現しなかった。貴族や国王(王様)たちは形上滅んだ。しかし権力者(支配者)という特異な人々は残った。20世紀の100年間で、二つの世界大戦があった。
 多くの国々での社会主義革命は、二つの世界大戦を経て、戦乱のあとの平和によって、ニーチェが言ったことのほうが正しかったことが分かった。この地上にはキリスト教による、またマルクス主義による救済(サルヴェイション)の両方はなかった。だから私たちはニーチェの思想を認めなければいけない。カール・マルクスは言ったのだ。「ヨーロッパ社会に、今よりももっと大きな巨大な生産能力が生まれて、人間がみな働かなくてもいい(すべてロボットとコンピュータがやる)社会が生まれたときに、そのときに人類は(革命的暴動を経て)社会主義の段階の社会に到達する」と言ったのである。それでもマルクスの負けだ。いくら、マルクス主義思想を、いまだに国家の看板に掲げている社会主義国があっても、それらの実態は、キレイごとでは済まない。実情は悲惨である。やはり資本主義(カピタリスムス)の法則である、すべてお金で人間は縛られる、の法則で、どこの国も動いている。そしてロボットとコンピュータができない細々とした配膳係のような下層労働ばっかりを今も人間がやっている。この哀れな現実に私たちは顔をひきつらせて嗤うしかない。
(前掲書p94)

(※9)
 超訳というコトバは30年前(1987年)に一時流行った。超訳なるものを批判、非難する主に翻訳業の人たちの声もあった。総じて私は超訳に賛成である。超訳は一時代前の「ハーレクインロマン小説」の、平易で容易な日本(語)文への移し替えをやらなければ、読み手である日本人読者に負担がかかり過ぎることから起きた問題であった。この「超訳を許すべきか、否か」は、実は今も深刻に翻訳業界、翻訳家たちの世界に存在する。正しく原著者の考え(小説であったも)を平易かつ分かり易い翻訳文にして、読者に与えてくれるのなら、それは、外国文化の移入としてあるべきことである。
 適菜収の超訳の訳文は素晴らしい。もうこれ以上の、ニーチェ理解はない、というぐらいに、ニーチェが最後の思想として行きついた涯のところの集大成である『アンチクリスト(反キリスト)』(1888年、ニーチェ44歳の、脳がすり切れる直前の正気のときの最後の作品。前述した)を、正確無比にきわめて平易な現代日本語の文にしてくれている。適菜収という人は、非凡な才人である。彼のニーチェとゲーテ作品の日本語への置き換えこそは、もっぱら輸入業者でしかない私たち知識人層を抱える日本国にとって掛け替えのないものである。私、副島隆彦はこのように断言する。適菜収は、1975年生まれで、2005年に、わずか30歳のときに、この本を出版している。彼は私(1953年生まれ)より22歳下だ。大学を出て、出版社等に勤務していたそうだ。私は敵菜収を尊敬する。この人のニーチェ理解の正しさは天を衝いている。
(前掲書p70)


(※10)
 もう一か所、示す。まず適菜訳から。

「神聖に大ウソをつく」というキリスト教の技術は、ユダヤ民族が数百年(引用者注。数千年ではない。本当にたかが数百年だ)にもわたって作りあげてきたものです。・・・・
 そういったデタラメなものに、全人類、そして最高に頭のよい人たちまでがダマされてきました。たった一人の人でなしを除いてね。つまり私(ニーチェ)をのぞいて。
 これまで『新約聖書』は純真で清らかな書物とされてきました。これは人をダマす高度なテクニックがあった証拠でしょう。・・・・
キリスト教のバカたちは「裁いてはいけない」などと言います。が、彼らは自分たちの邪魔になるものは、すべて地獄へと送り込むのです。彼ら(キリスト教の僧侶)は、「神が裁く」と言いますが、実際には彼らが裁いているのですね。・・・・
『新約聖書』は「道徳」で人をおびき寄せます。
「道徳」は、くだらないキリスト教の僧侶たちによって、差し押さえられました。彼らは「道徳」を利用して人々を支配できることを知っていたのですね。・・・・
 ほとんど妄想の世界です。・・・・
 こうして精神病院に入れられるべきユダヤ人たちは、自分たちに都合がいいように、あらゆる価値をねじ曲げていきました。
 このようなことが起きたのは、誇大妄想を持つユダヤ民族がいたからです。
 ユダヤ人とキリスト教徒は分裂しました。が、やったことはまったく同じこと。
 キリスト教徒とは、ちょっと自由になったユダヤ人にすぎないのです。

このように適菜収は見事に訳している。これ以上の素晴らしい西洋理解の日本文は有り得ない。至上の名文だ。ではその原文忠実訳は、次の通りだ。

 神聖に虚言するという技術としてのキリスト教のうちでは、全ユダヤ精神が、いく百年にもわたってユダヤ人の最も真剣に磨きあげてきた予備訓練や技術が、このうえない名人芸となっている。・・・・
 全人類が、最良の時代の最良の頭脳すらもが(おそらくは人非人とでも言うよりほかない一人をのぞいては―)欺かれてきた。
 福音書は無垢の書として読まれてきた・・・・これは、どれほどの名人芸でここでは演技が演ぜられていたかを語るなみなみならない暗示である。・・・・
 人は惑わされてはならない、「審くことなかれ!」と彼らは言うが、しかし彼らは、彼らの道に立ちはだかるすべてのものを地獄へと送りこむのである。彼らは神をして審かさせることによって、彼ら自身が審くのである。・・・・
 福音書は道徳で誘惑する書物である、とこころえて読むべし。道徳はこれらの卑小な者どもの手で差し押さえをうけているのである、・・・・彼らは、道徳で何をしでかしうるかを承知している!・・・・
 これこそ、これまで地上にあらわれた宿業きわまる誇大妄想の最もたるものであった。・・・・
 どんな種類の気狂い病院に入れても申し分ない卑小な最高級のユダヤ人どもが、あたかも「キリスト者」にしてはじめて余人全部の意味、塩、尺度であり、また最後の審判ででもあるかのごとく、おのれたちにふさわしいように価値一般をねじまげたのである。
 この全宿業が可能であったのは、これと近親な、人種的に血縁のある誇大妄想の種類、ユダヤ的誇大妄想がすでにこの世にあったということのみによる。
 ひとたびユダヤ人とユダヤ人キリスト教徒とのあいだに裂け目が開かれるやいなや、後者には、ユダヤ的本能がすすめたのと同一の自己保存の手続きをユダヤ人自信に対して適用すること以外には、なんらの選択もまったく残されていなかった。が、他方ユダヤ人は、それまでこの手続きをすべてのユダヤ的ならざるものに対してのみ適用してきたまでのことである。キリスト教とは「いっそう自由な」信条をもったユダヤ人であるにすぎない。
(『偶像の黄昏 反キリスト者』ちくま学芸文庫、原佑訳、1994年、232−235頁)

 この堅ぐるしいニーチェ原文の訳文を読むと、私たちは、頭がヘンになる。それでもこれが原文忠実訳である。いい訳文なのだ。翻訳者である原佑氏は何一つ間違った訳をしていない。正確に訳している。そして、それでこの分からなさである。これではニーチェ思想に従ってキリスト教、ローマ教会イエズス会を打ち破れない。彼らの正体に私たち日本人が行きつくことができない。私は適菜訳の中から抜粋で重要な箇所を選び出した。だから、厳しい原文忠実の訳文と照らし合わせ、適菜訳文を再度読むことで、「ああ、本当だ。ニーチェはこのようにこんんあスゴいことを書いていたのだ」と納得がゆく。
(前掲書p77)

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2024年03月31日

ニーチェという人間

こんばんは。

ニーチェについては、3回に分けます。
いろいろとあるもので。

ニーチェという人は、「アンチクリスト」という本を書いた。
これを翻訳して日本に知らしめたのが、副島先生が取りあげた適菜収さんの「
キリスト教は邪教です!」である。
その後、ニーチェは「エッケ・ホモ」を書いている。

「アンチクリスト」を題名から想像すると、反キリスト教なのであるが、実際には、ニーチェは、イエス・キリストを嫌っていたわけではない。(※1)
むしろ、イエスを好意的に捉えている。(※2)
ニーチェは、ローマ教会の本質を捉え、偽善的な顔をしたペテロ・パウロ教を嫌ったのだ。(※3)
この時代、ローマ教会に逆らう、ということは、ほとんど誰にも相手にされなくなった。
その表現が、「エッケ・ホモ」である。
「エッケ・ホモ」とは、オランダ人画家のヒエロニムス・ボッシュの作品で、パリサイ人に囲まれ嘲笑され、やがて十字架にかけられるイエスを描いている。
この「エッケ・ホモ」を自分になぞらえた。

ヨーロッパで宗教戦争が起きたのを、私たちは学校で教えられ、「そういうのがあったなあ」程度の薄々とした記憶しかない。
これが曲者で、この時代、ヨーロッパでは、ローマ教会が、たくさんの人を殺した。
宗教が弾圧されたのではなく、宗教団体が、人々を弾圧したのだ。(※4)

このような背景を知って、ニーチェをはじめて理解できる。
ニーチェの死後、彼の本が、息長く読まれる理由はここにある。
彼の言うことは、こういうことだったんだなあ、と。
彼は、ドイツ民族が、ヴァーグナー(ワーグナー)の音楽によって、自民族優越主義を増長し、いずれ、不幸(第一次、第二次大戦)が訪れることも予見していた。

ここで、ヴァーグナーが出てくるが、ニーチェの才能を見出した一人がヴァーグナーであり、そして、ワーグナーとニーチェは、短期間だが同性愛者だった。
ヴァーグナーは、ルートヴィヒ2世とも同性愛だった。(※5)
200年以上も前からLGBTは現実にいて、しかも王様や芸術家、知識人たちに混じっていた。
今さらLGBTを認知せよ、などというのは、暇人の寝言にしか聞こえない。
「彼は変節した」として、その後ヴァーグナーとは決別し、今度は徹底的にヴァーグナー批判を展開する。

ニーチェは、一直線に進む天才であった。



(※1)
 ニーチェは次のように書いている。「イエスは、善かつ正義なるものとされる者たちの魂を正確に見抜き、見透かし、こう言った。あれはパリサイ人(偽善者)だ、と。しかし、ふつうの人々は、そのように言う人(イエス)の言葉を理解できなかった。人々には真の人(イエス)の言葉を理解する能力がない」。善かつ正義なるものとされる者たち(すなわち、イエスを神棚に置き、イエスを崇拝させ、人々にひたすら拝ませたカトリックの大司祭たち)の底知れない悪に人々は気づかないのだ。彼らカトリック(イエズス会)の司祭たちこそは、現代のパリサイ人なのだ。パリサイ人たちは、底知れずズル賢い!人間(人類)をどこまでも騙す。
(「ニーチェに学ぶ 奴隷をやめて反逆せよ!」p277)

(※2)
 イエスはやはり自由な精神を持った人だ。なにしろ、イエスはすべての決まりごとを一切認めなかったのですから。
 イエスは、生命や真理、光といった精神的なものを、彼の言葉だけを使って語りました。そして、自然や言葉といった現実の世界にあるものは、彼にとっては単に記号としての価値しかありませんでした。
(私たちは)教会にダマされそうになっても、こういった視点を忘れてはいけません。
 イエスという人は、歴史学や心理学などの学問とも、芸術や政治とも、経験や判断、書物といったものとも、そしてすべての宗教とも、なんのかかわりあいもないのです。
 イエスは文化も知らないので、文化と闘うこともないし、否定することもありません。国家、社会、労働、戦争などに対しても同じこと。
 つまり、イエスは「この世」を否定する理由を持っていなかったのです。
「この世」は(キリスト)教会が作り出した考えであって、イエスはそんなことを思いついたことさえなかった(引用者注。ローマ教会は、イエスの死後ローマに現れた信者たちの集団だ。西暦64年、皇帝ネロの迫害でペテロとパウロが殉教した)。
 イエスにはものごとを否定することはできません。
 イエスは、論理を使って考えることもなければ、「信仰や真理が、きちんとした根拠をもって証明されるかもしれない」などと考えたこともありませんでした。
(前掲『キリスト教は邪教です!』82−83頁)
(前掲書p105)

(※3)
同じキリスト教の中で、正統派を自任するローマ・カトリック教会は、その正体はペテロ・パウロ教であるから、彼らは、本心では自分たちの神父が神に祀り上げたイエス・キリストを、本心では嫌っている。信じていない。救世主(Messiah,christ)が再び現れるかどうかは分からない、とする。だから、イエスという男よりは自分たちの歴代のローマ法王(Pope)のほうを拝みなさい、となる。ここがローマ教会(カトリック)がものすごくズルい点である。
(中略)
 カトリック(ローマ教会)に対して、激しく抗議(プロテスト)する人々がヨーロッパに現れた。プロテスタントである。このあと200年間さらにヨーロッパ全土でたくさんのプロテスタントが殺された。それでもプロテスタント(新教徒)たちは信教の自由を勝ち取った(1648年、ウェストファリア条約)。
(前掲書p190)


(※4)
 話を再度戻すが、この絵を描いたのは、ヒエロニムス・ボッシュ(Hieronymus Bosch 1450-1516)だ。このとおり、ものすごい絵だ。この絵は、北方ルネサンスのオランダ民衆の決起、そして血みどろの弾圧、虐殺が起きていた1480年ぐらいに描かれた作品だ。かつ、北ドイツではマルティン・ルター派のプロテスタント都市同盟(シュマルカルデン同盟)と、神聖ローマ帝国軍(皇帝カール5世)が血みどろのシュマルカルデン戦争(1546-1547)を戦い、多くの同盟都市が焼かれ、虐殺が続き、ルター派プロテスタントたちは、このあと100年間、負け続けた。
 ドイツ三十年戦争(1618-1648)をこの中に含んでいる。こうしてほぼ百年続いた宗教戦争(ドイツ人の3分の2が死に、全土が焼け野原になった)とまったく同じ時代だ。多くのプロテスタントが、ローマ教会の名で、拷問にかけられ、木に首を吊られ、火あぶり刑にされた。だから今もある、ローマ教会キリスト教こそは人類の諸悪の根源なのである。だから、今からでもこの勢力を廃絶しなければいけない。このときオランダでも、スペイン帝国(こっちは神聖ローマ帝国の弟分。同じハプスブルク家)から独立するための、血みどろの戦争があった。この「オランダ独立八十年戦争」(1568-1648)が始まった不穏な時代の空気をボッシュは描いた。ボッシュは初期フランドル派と呼ばれる。そんなに生易しい男ではない。怒りを込めて真実を絵の中に塗り込めて今に伝えた。
 ボッシュのこの「エッケ・ホモ」は、捕まって縄で縛られて、ぼろぼろになって引き立てられていくイエスを、エルサレムの多くの市民たち(パリサイ人)が城の下のほうから見上げて指さしながら、みんなで嘲笑っている。だから、「この人を見よ」(Ecce homo)とは、天才である私ニーチェをみんな見よ、という意味ではない。そうではなくて、逆に惨めに裸にされて引き立てられて、この後、十字架で殺されるイエスの姿なのだ。ニーチェは、自分は、このイエスそのものだ、と言ったのだ。預言者(prophet)であるがゆえに、誰からも理解されないで、変人扱いされて死んでいく人間なのだ、と。
 このことを日本人は理解しない。ヨーロッパ近代が生まれるまでの苦しい闘いが分からない。誰が虐殺者なのか。誰が巨大な宗教(による)弾圧をしたのか。宗教(への)弾圧ではなかったのだ。このことを私たちは少しは本気で考えてみるべきだ。「宗教(信仰)の自由は、何があっても守られなければならない」と、寝言のようなことを言っていてはならない。ローマ教会キリスト教こそはヨーロッパ史で最大の弾圧者であり、虐殺者だったのだ。ニーチェは、自分自身のことを、イエスという男に仮託して、惨めに引きずり回されて殺された人間と同じなのだ、と自覚していたのだ。
(前掲書p53)

(※5)
ニーチェも相当にピアノが弾けて、みなの前で、ヴァーグナーとその家族、友人たちの前でもよく弾いている。その場の即興の曲を、夕食会のあとの語らいのときにもニーチェは弾いている。
「ニーチェ教授のピアノは、大学教授にしては、まあまあの腕前だね」
とヴァーグナーにホメられている。この二人の親密さは、こういう感じなのだ。
 ヴァーグナーは、その前の少し若い頃(1864年くらい)、バヴァリア(バイエルン)国の国王ルートヴィヒ2世と愛し合っている。ミュンヘンの王室だけでなう、あのノイシュヴァンシュタイン城(“新白鳥石”城)でも、二人で芸術至上主義の夜をずっと過ごしている。バイエルン国の高官(宮廷貴族)たちが、自分たちの王様の、ヴァーグナーの異常な熱愛(同性愛)を相当に心配している。二人を引き離そうとして、いろいろ邪魔して画策した。
 それでも国王ルートヴィヒ2世(1845−1886。ヴァーグナーより32歳下)は、ヴァーグナーの音楽・劇作に入れあげて支援金の散財を長年した。だから、バイエルン国の大蔵大臣(財務長官)がヴァーグナーに対して、ずっと怒っていた。後年、バイロイト祝祭劇場をヴァーグナー夫妻が造るときにも多大の支援をしている。
(前掲書p138)
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2024年03月18日

ニュー山王ホテル前で抗議活動したとか

ふたたび、こんばんは。

ラ・フランス温泉には、もちろん、本も持っていた。
送られてきた月刊誌「紙の爆弾」と副島先生の「ニーチェに学ぶ 奴隷をやめて反逆せよ!」の2冊。
ニーチェなんてものは、誰に聞いても、「名前だけは知っている」。
私もそう。
どういう人かも、どういう考えの持ち主だったかということも、何にも知らない。
それで、読んでみたら、驚いた。
まだ、半分くらいしか読んでいないが、このニーチェという人は、すごい!
この本もすごい!
後日をお楽しみに。

その前に、まずは、日米合同委員会のアップデート。
以前、「憲法よりも地位協定が上」で、日米合同委員会の存在を紹介したが、アメリカの支配地区であるニューサンノー米軍センター前で、抗議行動をした日本人たちがいる。(※1)
そして、要求文書をラウル副司令官に渡そうとしたが、当然のごとく、門前ではじかれた。
渡すことすらできない。
その後、文書は郵送されたが、それさえも受け取らなかったという。(※2)
抗議集会は、3月28日に第2弾が予定されている。

もうすでに、日本人の何割かは、この異常さに気づいている。
アメリカの属国をやめれば、アメリカへの上納金もなくなり、東アジアの緊張は解けるだろう。
今やアメリカは、みんなの足を引っ張る、世界中のお荷物になっているのだ。



(※1)
 抗議集会を主催したのは、市民団体「♯みちばた」所属のトラック運転手、甲斐正康さんと同ラッパーの「YouTuber.JT3 Reloaded」こと川口智也さん。動悸について甲斐さんは、「外国の軍隊が日本にいて、国民の頭越しに決めているのが許せない。政府のことは誰でも批判するが、この最大の問題に向き合おうとしない。だったら、自分がやるしかないと思った」と話す。
 二月一日午前十時半、会場となるニュー山王ホテルの反対側に参加者が集まった。ホテル脇の歩道は、警視庁麻布署に規制された。同ホテルは米軍関係者専用の宿泊・娯楽施設で、一般の日本人は入ることができない。「独立国」にある租界だ。
 はじめに甲斐さんがビールケースの上に立ち、「今日は日本にとって、とてもとても大事な抗議街宣。日本の未来を憂いて、この場所にお集まりくださいました。皆さまには、右翼や左翼など政治思想はいったん横に置いて、この対米従属、米国支配のこの日本を独立に向け、本気で団結するときが今です」とあいさつした。
 TPP(環太平洋連携協定)や日米貿易協定、種子法廃止や種苗法改正、水道民営化、貧困、能登半島地震などを挙げ、「さまざまな問題がるこの現実を支配しているのは米軍、米国政府。戦後79年経って、いまだに右や左で争っていたらいつまで経っても言いなりですよ。それを画策しているのが彼らCIAじゃないですか」と問題提起。「右翼に対しての批判、左翼に対しての批判を口にした方は、すぐに退場してもらいます」とくぎを刺し、「一致団結して日本のために声を上げましょう」と呼びかけた。
 同じく主催者の川口さんは、「日米合同委員会は米国の民主主義の基準にも違反している。ここで密約が行なわれ、米軍の意向に沿った日本の国益を損なう決定が行なわれている。米国も名誉や騎士道のような愛国心なりがあるなら、このような非民主主義的な会合を許していいのか」と糾弾した。
「米軍が駐留している表向きの理由は第二次大戦終了後、共産主義の脅威と戦うためとしている。それに逆らう者には共産主義者みたいなレッテルを貼られるが、ちょっと待て。冷戦時代、核弾頭技術をソ連に流したのは誰だっけ」と問いかける。
 ヘンリー・キッシンジャー元国務長官や米ゼネラル・エレクトリック社が共産主義国に軍事技術を横流しし、1990年代からはインテルやマイクロソフトなどが民主・共和の両政権下で中国に技術供与していた実態を挙げ、「中国やロシアの脅威を拡大して思いやり予算をよこせというのは、みかじめ料を取るやくざと飲食店の関係だ」と揶揄。「この悪習をやめないかぎり、私たちは抗議し続ける」と訴えた。

 再び甲斐さんが、当時に手渡す予定の要求文書を読み上げた。同文書は、日米合同委員会が選挙で選ばれていない日本の官僚と在日米軍による秘密会議であることや、議事録や合意文書が原則非公開であることを問題視。後に明らかになった数々の密約を挙げ、「巨大な特権は、独立国家としてあるまじき状態」と批判する。
 その上で、@日米合同委員会を廃止することA過去行なわれた日米合同委員会の議事録をすべて開示し、広く日本国民に公表することB国民不在の中取り決められた日米合同委員会での密約を日本国民に広く公表した上で、その全ての密約を白紙とすること――が盛り込まれている。
(「紙の爆弾」2023年4月号p60)

(※2)
 要求文書は結局、配達証明付き書留郵便で同日午後、ニューサンノー米軍センターにウラル副司令官宛てで発送された。しかし4日後、返送されてきたという。改めて横田基地内に送り直し、福生市内の郵便局で2月16日に引き渡されたとの通知が後日あった。
(前掲書p63)
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2024年02月05日

過剰な差別意識が不幸を生む

3回目。

LGBTの何が問題なのか、ということを「差別は利用され、利権化される」で紹介したが、そこには差別クリエイターなるものが登場した。
しかし、これは今に始まったことではなく、過去、黒人差別のことで、過剰な差別意識が働いたことがあった。
それも、日本が発祥だというから、日本国民って、みんな流されやすいんだなあ、と感じてしまう。

私が小さい頃、「ちびくろサンボ」という絵本があった。
おそらくは、同世代で知らない人はいないと思う。
この物語が、黒人差別になるそうだ。(※1)
モデルを黒人から白人や日本人に変えれば、差別ではないのか、という疑問が生じてくる。
「これは差別だ」という言葉が独り歩きし始め、モデルの選択が、黒人を採用してはならない、ということになってしまうのである。

何事も過剰すぎるのはよくない。
今度は、LGBTに対する過剰な保護意識が、当事者を不幸にさせる。
何と!アメリカでは、性のゆらぎのある思春期の女の子が、二次性徴抑制剤を投与され乳房まで切除してしまったそうだ。
そして、この考えは、日本にも上陸しており、二次性徴抑制剤の投与を勧めるLGBT団体がある。(※2)
まだ問題解決には程遠い統一協会は、原理研として、悩んでさまよう男や女の入信誘導をやった。
似ているといえば、似ている。



(※1)
絵本『ちびくろサンボ』排斥運動の真相
 一方、アメリカの黒人差別と日本人との関わりにおいて、もっとも有名な“事件”が絵本『ちびくろサンボ』だろう。
 1899年に英国で発売後、一時は絶版となったこの本の著者はヘレン・バナーマン。日本では1953年に岩波書店から刊行され、販売部数は100万部を超える。
 主人公の黒人少年・サンボは、著者が当時英国の植民地だったインドに住んでいたことからインド人とされる。まあ、トラはインドには生息しても、アフリカにはいない。「サンボ」はインド・グルカ地方で極めて多い名前である。
 絵本のストーリーを、大まかに言うとこうだ。サンボはジャングルで4匹のトラに出会い、食べられそうになるも、着ていた服と靴、傘をトラに渡すことで一命をとりとめる。
 トラたちはサンボの服を着て靴を履き、「オレが一番立派だ」といがみ合って木の周りを互いにグルグルと追いかけ回す。すると、トラの身体がドロドロに溶けて、ギー(インドのバター)に変わる。サンボは服を取り戻し、そのバターで作ったパンケーキをたらふく食べた。
 なんとも他愛のないストーリーだ。しかし、88年、これが「黒人差別」に当たるといってクレームを付けたのが、日本人というのだから驚く。騒ぎは米ワシントン・ポスト紙が、東京のそごうで陳列されていた黒人マネキンや、サンリオのキャラクター「サンボ&ハンナ」などを批判し、「日本人の黒人差別はよろしくないのでは?」といった記事を掲載したことから始まった。
 え?これってどこかで最近聞いた話じゃないか?そう、ジャニー喜多川氏の性加害を英BBC放送が報じ、日本で大騒動に発展した一件である。
 それはさておき、米国の報道を契機に大阪・堺市で発足した「黒人差別をなくす会」が、日本国内での抗議行動を始める。といってもメンバーは会長の母親と父親、小学校4年生の息子の3人で、『ちびくろサンボ』を対象にしたのは息子の発案だとされる。騒動を契機に名が売れて会員数を増やし、95年には225人となっている。
 今もそうだが、特に「人種差別」で世論に火が点くと、歴史的な議論が棚に上げられ、ただひたすら「差別は許せない」という主張だけが暴走しがちだ。
「なくす会」の抗議活動で、国民的ヒット商品だったタカラ(現・タカラトミー)のダッコちゃんも姿を消した。
 90年末には、『ジャングル大帝』などに目をつけられた手塚プロが、『手塚治虫漫画全集』(当時全300巻)をはじめとする、一コマでも黒人が描かれている作品を収録した出版を一時停止している。
 さらに、黒人が「カルピス」を飲むロゴマークもターゲットのひとつだった。92年刊行の『焼かれた「ちびくろサンボ」』(杉尾敏明・棚橋美代子共著、青木書店)の第2章「『表現の自由』論考」は特に必読だ。カルピスが黒人マークを使い始めたのは1923年。
 当時、第一次世界大戦の影響で、仕事をなくした欧州の絵描きたちが多くいた。そこでカルピス社は国際懸賞ポスター展を開催。3位を受賞したドイツ人デザイナーこそが、黒人マークの作者だ。
 シルクハットと燕尾服の黒人が美味しそうにカルピスを飲むデザインのどこが「黒人差別」なのか。LGBTなど「差別」が改めて注目される今こそ、投票でもしてみたらどうだろうか。
(「紙の爆弾」2024年1月号p97)

(※2)
ジェンダー医療の犠牲者 クロエ・コール
 ここ数年、かつて自分にジェンダー医療をほどこしたクリニックを相手どって訴訟を起こす少女たちも出ている。
 たとえば、2023年7月に米国下院司法委員会の公聴会で証言した19歳のクロエ・コールのケースが、私には特に記憶に新しい。
かつて12歳で性別違和感を訴えた彼女は、ジェンダークリニックの診断を受けた。その時に医療が両親にした質問が「死んだ娘さんと生きているトランスジェンダーの息子さん、どちらを選びますか?」というものだった。それは、「このまま放置すれば娘さんは絶望から自殺してしまう」という脅しにほかならない。そしてこのような保護者に対する脅迫は、ジェンダー医療においてはよくあるものだ。
 クロエは二次性徴抑制剤を投与された結果、更年期障害の症状に苦しみ、学業に集中できなくなる。その後、男性ホルモン(テストステロン)の注射設けるようになり、男性化が進む。
 声は低くなり、喉仏が出て、骨格も男性のものになった。今も生殖能力は不明だ。そのまま突き進んだ彼女は、15歳で乳房を切除してしまうのだが、そこまで身体を男性に近づけたのに、16歳で希死念慮に支配されるようになる。
 今、男性化した彼女は、自身を性別不合と誤診して「治療」をほどこし、取り返しのつかない状況に追い込んだ病院を相手に裁判を起こしている。

取り返しのつかない「ジェンダー医療」
 これは、日本にとっても対岸の火事ではない。たとえば、「LGBTかもしれない15歳以下の子どもたちとその家族に向けた交流会」を開催している「にじっこ」という情報サイトがある(https://245family.jimdofree.com
 ここには「子どもの性別違和」というコーナーもあり、大阪医学大学の康純准教授の言葉として、二次性徴抑制剤による「偽閉経医療法」を次のように紹介している。
〈二次性徴が苦痛だ、という子に対しては二次性徴抑制の治療を行うことができます。一般的にGnRH(ゴナドトロピン放出ホルモン)アゴニストという薬を使用して望まない身体の変化を止め、その間に自分がどうような性別で生きていたいかを落ち着いて考えることができます。〉
 なお、にじっこ制作に携わったトランス男性活動家・遠藤まめた氏が代表を務めるLGBT団体「にじーず」は、10歳から23歳までの「LGBTユース」ばかりを集めて定期的に集会を開いている。しかし、その内容が「子どもに対するグルーミングではないか?」との批判を集めている。
 今まで彼が、二次性徴抑制剤の可逆性(投与をやめればまた二次性徴が始まり、元通りになるとされる)を語ってきたことも疑いの目を向けられる原因となっている。
 実は二次性徴抑制剤の不可逆性はすでに海外では問題視されているのだ。たとえば、思春期にペニスの成長を止めていた少年は、一生ペニスが小さいままという事例などは、万人にご理解いただけるものではないだろうか。
 ほかにも副作用として、先に述べた更年期障害のような数々の症状に加え、精神疾患・骨粗鬆症などを起こすことも指摘されている。
(「紙の爆弾」2024年2月号p31)
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2023年12月13日

差別は利用され、利権化される

ふたたび、こんばんは。

この文章は、忙しいこともあって(やりいか針の試行錯誤)、ようやく書いたという感じ。
しかも、引用した本が対談形式であり、なおかつ、過去の活動家の行動から追っていかないと、問題の根源がわからないので、まとめるのに非常に時間を要した。
こういうややこしさは、私たち一般人を混乱させ、考えようとする力を削ぐものである。
ということで今夜は、差別を利用する連中を書くことにする。
注釈の引用文が非常に長いので、ごめんなさい。

最近、女性用トイレを無くそうという運動が、LGBT活動家によって推進されているらしい。
このLGBTというのは、何か?
今ではLGBTではなく、LGBTQ+という言う。

https://spaceshipearth.jp/lgbtq/(「SDGsメディア『Spaceship Earth(スペースシップ アース)』」)

太古の昔から、LGBTQ+は存在していただろうが、彼らはおとなしかった。
しかし近年、「差別」という言葉を武器に、私たちの税金にまで手を伸ばしている。
もちろん、彼らが直接そのようなことをするわけではない。
これには、活動家や弁護士、政治家が絡んで、利権化しているのである。

象徴的な色は、レインボー。
今後、レインボーは、嫌われる色になるかもしれない。
その責任は、ニセモノのLGBT活動家、それに関わる弁護士や政治家連中にある。

弁護士というのは、人の不幸がないと生きていけない職業である。
私は以前、損害保険を扱う会社の社長から、弁護士が困った人を助けるという考えは捨てたほうがいい、と忠告されたことがある。
もちろん、ちゃんとした弁護士もいるだろうが、テレビ広告で、過払い金を扱う弁護士らは、金儲け主義の人たちだろう。

弁護士の一つの儲け口として、離婚養育費の成功報酬がある。
これを受け取るために、DV捏造までやるという噂があるほどである。
その応用を、LGBTにやる。
同姓婚が法的に認められれば、離婚訴訟で弁護士らは儲けることができるのだそうだ。
ゲイは浮気が多く、せっかく法的に婚姻しても、離婚が多いということになれば、弁護士の格好の餌食となる。(※1)

ここでゲイが出てきたが、ゲイとレズ、つまり、LGBTのLとGは、まだ、女、男とはっきり分かれているから、社会的に罪はない。
問題は、その後ろのBとTである。
この複雑な性の枠組みは、社会的混乱を招いている。
特に、このTである。
トランスジェンダーは、身体と心の性の不一致から、どうしたらいいのか、という話である。
それを表立って主張する人は少なかったが、今では、「身なりは男でも心は女なのよ」と言って、女子トイレを利用させろ!というものが出てきた。
いよいよ、女子トイレがなくなるのではないか、というところまで来ている。
銭湯もその対象となる。
ここで、「これはおかしい」という女性たちが出てきて、女子トイレの消滅を阻止しようとしている。
身体と心の性の不一致は、性自認という本人の申告によるものでしかない。
したがって、ウソも大いにありうる。
実際に、これを利用した犯罪も起こっている。(※2)
一般公衆にあるトイレのすべてに女性用トイレがなくなったら、女性は、安心して公衆トイレや町中のトイレを利用できなくなる。
この女性用トイレの廃止を唱えているのが、LGBT活動家なのである。
埼玉県がその主戦場であるようだ。(※3)

困ったことに、LGBT活動家に対して異論を唱えると、それを「差別だ」と反論し始める。
これらの活動家の中には、プロが存在するというから、だんだんと手に負えなくなり、差別という言葉が、いよいよ大きな権力を持ち始めた。(※4)
これに目をつけ、差別を作り出す「差別クリエイター」という活動家まで出てくる始末である。
結局、普通のLGBTの人たちに、彼らは嫌われることになる。

差別クリエイターを作るLGBT活動家を支援する人たちも出てくるが、それに国会議員まで含まれるというから、開いた口がふさがらない。
政治資金の問題で、自民党は壊滅状態であるが、こんなことを黙認しているようでは、野党も大して変わらない。
ひどいものだ。
そして、彼らとつるんでいるColabo団体やしばき隊に至るまで、差別を利用し、税金を手に入れるのを目論んでいるのである。(※5)

しばき隊やColabo問題は、鹿砦社が非常に詳しい。
社長の松岡さんが、しばき隊リンチ事件を一所懸命取材し、告発している。
しかも、リンチ事件の首謀者が、日本全国で講演を依頼されているというのだ。
これに追随するマスコミは、皆無である。
時間があるなら、最後の注釈を読んでほしい。
日本のマスコミや司法関係者などのエライ人たちは、こんなものなのである。(※6)

身体男性が「女性トイレを使わせろ!」というトランスジェンダーに人たちには、思いやりがないと思う。
一般人は、確かに彼らを奇異の目で見るかもしれないが、こんなこともあるのか、という程度の関心しかなく、いじめるとか、そんなことはしないと思う。
逆に、対面した場合、非常に気を使って話をすることになるだろう。
この「気を使う」という行為は、思いやりの一つである。
他人に対する思いやりは、人間なら誰でも持っているものである。
その思いやりを、トイレや銭湯などの問題で、トランスジェンダーたちは、示したほういい。
外見上、男だったから、今まで通り、男子トイレを使えば何の問題も起きない。、
何も知らない他の男たちは、普通に男だと思ってスルーする。
まさかトイレで、「私の心は女よ」といちいち言うわけでもなかろう。
女子トイレ消滅問題は、とても付き合っていられない話なのである。



(1)
《人権と利権3》対談 須田慎一郎×森奈津子 Colabo問題 リベラル利権の基層を探る。
DV訴訟と過払い金訴訟
須田 さっき申し上げた「桜の会」が目指す目標は、単独親権を共同親権にすることです。その一方で、DV防止法に関して言うと、簡易裁判所は保護処分を出す。その際、弁護士が入って、なおかつ行政などの相談窓口に「DVがありました」と相談に行くと、そこで「この人は相談に来ました」という証明書を作ってくれる。ところが、その証明書の裏面を見てみると、「これはDVがあったという証明にはならない」と記載されている。しかし、相談があったという証明書を持って簡易裁判所に行くとDV認定されるのです。DV認定されると保護処分ということで、一切の関係を遮断されて、奥さんと子どもの所在は明らかにしない。シェルターで保護し、夫と妻の関係が完全に遮断されてしまう。
森 それって「DV捏造」ですよ。
須田 そうなんです。桜の会は「DV捏造をなくせ」と訴えているんです。しかしそれでは具体的な活動目標にならないから、単独親権から共同親権に変更することを目標としているわけです。
 ここで問題をややこしくしているのが弁護士ビジネスです。離婚が正式に決まって、子どもの親権が母親側に行くと母親側の弁護士は養育費の2割を成功報酬としてもらえるのです。しかもこのお金は子どもが成人するまで入ってくる。養育費が5万円ならば弁護士には1万円が入る。これが100件あれば100万円になります。しかもその金額が10年、20年もらい続けられる。
 この構造部分は多重債務者の問題と似ていますよね。弁護士が入って、多重債務者の債権整理を行う。結果的に過払い金訴訟を起こして、「たくさん利息を払いました。返してください」という訴訟があるんですよ。
森 テレビなどでもコマーシャルをしていましたね。
須田 あれは弁護士が入った段階でほとんど訴訟が提起されない。高裁で確定判決が出ているので、貸した側が訴訟しても間違いなく負けるからです。つまり、利息制限法と出資法の間に金利の差があって、グレーゾーン金利と言われている。これについては無効という確定判決があるので、裁判の提起をすると必ず負けるんですよ。だから弁護士が間に入るとオートマティックに過払金は返金されるものです。そこはもう成功報酬が発生するところです。あれだけテレビやラジオでコマーシャルを流せるのは、弁護士が介入すれば必ず勝てて、弁護士が確実に儲かるからなんです。
 ただし、この過払い金訴訟はもうある程度収束してしまった。私は以前、金融庁、正確には内閣府の多重債務者対策本部の有識者会議の委員でした。そこではその問題を解決する人も上限金利20%の上限金利を撤廃しろというのと、貸出の総量規制を導入しろというのがわれわれの会議の結論で、その通りに法律ができた。しかし、いまでは過払い金訴訟の需要がなくなって弁護士が儲からなくなってきた。その一方で弁護士の数は多すぎる。ということで第2の過払い金訴訟と目されているのが離婚訴訟に関わる養育費の問題なのです。
 その仕掛けとして、さっき森さんがおっしゃったように「DVをでっち上げる」。その際、たとえ奥さんの側に不倫などの責任・理由があったとしても、DVがあったとされてしまうと、妻側は「人権保護」の観点から確実に勝ててしまうのです。
森 捏造なのに。
須田 故・船井幸雄さんが立ち上げた船井総研ってありますよね。かつて総研は離婚ビジネスセミナーを開いて、弁護士を集めてセミナーをしていた。それぐらい離婚訴訟は儲かります。

利益を生む仕組み
須田 こうした弁護士ビジネスと市民活動家の運動がグチャグチャに絡み合っている。だから見えにくい。今回出てくる若草プロジェクトの代表理事は大谷恭子弁護士です。この方はどちらかといえば活動弁護士ですから、個別の訴訟で利益を得るのではないでしょう。しかし、国のその仕組みの中でなんらかの利益を生む仕組みを作っていく側といえるでしょう。この二つの側面が一体化しているから、構造が見えにくい。
森 LGBT関係でもいま、同姓婚訴訟というものをやっていますよね。あれに関わっている弁護士から聞いたという私の知り合いのゲイの証言があるんです。それは、同姓婚が法制化されれば、ゲイは浮気症だからすぐ浮気するので、離婚訴訟が頻発する。だから自分たち弁護士はそれで儲けられると言ったそうです。また別の話ですけれども、同姓婚訴訟の原告団の一人であるゲイと私の知人のゲイが話していたら、その原告の人は最初は同姓婚訴訟に興味はなかったけれど、弁護士から持ちかけられて、無料で弁護してあげるから訴訟を起こしてくれといわれた、と。それで原告団に加わったと明言した人がいるそうです。ですので、同姓婚によって食い物にされるゲイも多いでしょう。他方、レズビアンは私がみてきた限りではそんなに浮気はしないのですけれども、有名人の事例でいえば、経済評論家の勝間和代さんは可哀そうでした。要するに弁護士は同姓婚が成立すると、離婚訴訟でも儲けられるわけですね。
須田 どっちも一緒ですよね。LGBTQの問題の解決を目的そていることで利益が生まれる。

オラつく人たち
森 同姓婚訴訟についてもマスコミが活動家の言ったことをそのまま報道しがちです。実際には訴訟で負けているのに、活動家が「勝った!勝った!」と騒ぐと、それをそのまま報道する。私たちLGBT当事者はそれを「LGBT大本営発表」と呼んでいます。
 札幌同姓婚訴訟判決では「同姓婚を認めないのは憲法違反だ」という判決が出たと活動家が言っていて、それをそのままマスコミが報道したんです。けれども、字際には結婚の自由と憲法第24条に反していたというわけではなくて、憲法14条の「法の下の平等」に反している可能性があると裁判官は判断しているだけで、この判決で同姓婚訴訟そのものは敗訴していたのです。「同姓婚ができないのは憲法違反だ」と、まるで勝ったかのように活動家が騒いで、それをそのままマスコミが報道するわけです。
 異性愛者の人はそんなに興味がないから、判決文を実際読んではいない人が多数派です。だから、報道をそのまま信じてしまう。その後、大阪の同姓婚訴訟で同姓婚を認めないのは合憲ですという判決が出たんです。なぜ札幌では違憲だったのに、大阪では合憲判決が出ているんだろうと不思議に思っている人は多いと思うんです。
 須田さんはニューソクで「政官業マスコミの鉄の四角形がある」とおっしゃいってましたが、これは本当に追求していかなければいけないものだと思いますし、けれど、大手マスコミは自分たちもそれに乗っていて、報道できない。自己批判になってしまいますからね。彼らはサラリーマンですから、フリーのジャーナリスト、フリーのメディアの人が頑張ってくれないかと思いますね。
(「人権と利権」p26〜p28)



(2)
性自認至上主義とエセLGBT行為
森 私たちはいま、女性スペースを守る活動をやっています。海外では体が男性でも心が女性であれば、自己申告だけで法的に女性になれるという国がいくつもあります。反対に「私は女として生まれましたけれど、心は男性なので男性になりたいです」といえば、簡単に男性として通ってしまう。医師の診断さえもいらない。手術もしない。ホルモン投与もしない。それでも性別を変えられる状況になっています。で、それをすると、女子更衣室とか女子トイレ、あるいは性暴力を受けた女性のシェルターにも「自分は女だ」と言い張る人が入ってくる。変態な人たちが増えて、性犯罪も増えて、例えば英国では女子刑務所で自称「女性」の男性が女囚をレイプする事件が起こっています。なぜ、その男性が逮捕収監されたかというと、元々は強姦魔だったのですね。複数回強姦事件を起こしている。そんな人物を女子刑務所に入れたらどうなるか?案の定、また二人ほど被害者が出た。
 性自認至上主義と言うけれども、日本でも自己申告だけで性別を変えられるようにとLGBT活動家が活動しているのですね。
 彼らによれば、性別適合手術は断種手術であり、非人間的、人権侵害と言うわけです。それにマスコミも同調しています。
(前掲書p30)



(3)
《人権と利権4 加賀奈々恵(埼玉県・富士見市議)×森奈津子 埼玉は日本のカリフォルニアか?暴走するLGBT先進県・埼玉の深層

全国的に注目を集めた市議のツイート
森 公園に女性専用トイレを設置するべきではないか、との質問を富士見市議会でなさった、と。
加賀 ええ。
森 女性一人でも安心して暮らせる富士見市へ、ということで女性専用トイレの設置について動画をツイートされて、そのあと2月のツイートも大変話題になりました。2月26日ですね。私は「変な活動家がこれ以上女性に対してオラつくなよ」と思いつつ、加賀さんのツイートを引用リスイートしたんです。
加賀 オラつく(笑)。
森 「ちょっと、みなさん、加賀市議をフォローしてください」みたいな感じで。
加賀 そう。そんなふうに見てました。そのときは“反応しない”と決めていたので「森さんが連投してくださっているな」と思いながら見ていました。
森 私、加賀さんが取材を受けた記事を引用して、「腐りきったオラつきLGBT活動家から加賀奈々恵市議を守るために、どうか皆様、この記事を拡散させてください」ってツイートしたら、7000以上リツイートされたんです。ということは、「LGBT活動家がオラついて、人々を恫喝してまわっている」っていうのが国民のみなさんの共通認識になっているんだな、と思って、ちょっと笑ってしまいました。
 ウェブニュースサイトENCOUNTの記者さんが記事にまとめて、その記事がヤフーニュースに転載されたというのは、すごく大きいことだと私は見ています。ニュースサイトの中でも、ヤフーニュースは閲覧数がきわめて多いと聞きますので。で、また武蔵大学の千田有紀教授がヤフーニュースで「LGBTと女性の人権 加賀奈々恵議員がホッとしたわけ」という記事をまとめてくださった。
加賀 千田教授も数年前にこの問題を提起したところ、「大変な目に遭われた」とおっしゃっていました。
森 そうだんでうしょね。加賀さんに取材した記事「トランス女性の女性利用に物申す 埼玉富士見市議」を産経新聞(2023年3月7日付け)が掲載。そして同時期に渋谷区議の須田賢さんが幡ヶ谷に新しく出来たトイレについて「誰でもトイレが二つ、と男性用トイレ。渋谷区としては女性トイレを無くす方向性なのですが、私はやはり女性用トイレは残すべきだと思います。皆さんはどうお考えでしょうか」と問題提起のツイート(2023年3月6日)をしました。
 おしゃれなトイレで注目された「The Tokyo Toilet」という事業ですが、そのトイレが出来上がってみたら女子トイレがなかった、ということなんですね。西東京市議会議員の鈴木佑馬さんも「女子トイレが多目的トイレになっている問題についての質疑」を行ったとツイート(2023年3月17日)されました。
 最初は、おしゃれなトイレを増やすっていう渋谷区の政策を、好意的にマスコミが採り上げていたのに、蓋を開けたらこんなことに。
加賀 ええ、そうですね。
森 こうやって、加賀さんに続いてさまざまな自治体の政治家が声を上げているっていうのは、大変大きなことだと思います。女性スペース問題に政治家や文化人が関心を示すと、LGBT活動家やしばき隊界隈活動家がオラついてネットリンチ状態になることが繰り返されてきたので、加賀さんも折れてしまうんじゃないかと大変心配したんですけれども、杞憂でしたね。
 女性スペース問題では、過去にツイ消しに追い込まれたり、アカウントを消すことになったり、鍵アカウントになってしまった政治家や文化人が何人もいたので、ハラハラしながら見ていたんですけど、最後には「あ、屈しない方だ」と気づいて、安心しまいた。加賀さん、本当に素晴らしいです。

活動家たちのダブルスタンダード(二重基準)
加賀 埼玉県の基本計画については、まだ県民コメント(行政手続き法に基づいて行われた埼玉県の意見公募)を集計中というような段階です。何件集まったとか、どんな内容が出てきているかということは分かっていません(4月24日に発表があり、417件の意見が寄せられた)。これから県が回答を出し、推進会議でとりまとめに入ります。
 これまで、推進会議の議論というのは、傍聴人数が5名と限られていたり、オンラインでの配信もなかったり、限られたところで行われていました。「一般社団法人fair(フェア)」代表理事の松岡宗嗣氏、「一般社団法人にじーず」代表の遠藤まめた氏、そういったLGBT問題の活動家が中心になって議論を進め、誰も議論を止める人がいないような状況で行われていたんですね。
 ですから、次の第4回の議論で県民コメントの内容などが明らかになると思うので、その行方に注目をしていただきたいと思っていますし、私自身も発信するつもりでおります。
森 大変心強いです。遠藤まめた氏と松岡宗嗣氏については、LGBT当事者からも疑問の声が上がっています。“差別クリエイター”とまで言われていますね。
加賀 今回のLGBT条例(埼玉県性の多様性を尊重した社会づくり条例=「性の多様性」条例)については、女性スペースの問題ということがあったかと思います。それに対し、県は「条例が制定されたらどうなるのか」というQ&Aを出しました。「女性スペースに男性も入って来られるようになるのですか?」というような問いに対し、埼玉県はなぜか公衆浴場の例だけを挙げて「戸籍上の男性は女湯で入浴することはできません」と回答していたわけです。
 けれども推進会議で松岡さんと遠藤さんが話していたことは「トイレは戸籍(の性別)で入るか自認(の性別)で入るのか区別はない」ということで、当人の好きなように使っていいんだというように話されていました。
「男性用スペース、女性用スペース、性の多様性の方のスペースを作るということですか?」と問いかけた女性委員に対して、松岡さんは「そんなことを言ったらマイノリティはいつまでもスミに置かれてしまう。これだけは議事録に残しておく」とって、女性の意見を軽視するようなことをおっしゃったことが印象に残っています。
森 松岡さんは、やっぱり女性スペースにトランス女性も入れるべきだとおっしゃっているんだけど、ああいうゲイの方って、ゲイオンリーのイベント、例えばエッチなショーがあったり、あるいはゲイの方々が出会って性的な行為に及ぶハッテン場など、そういうところに「“体が女性のトランス男性”の皆様もどうぞ入ってきてください」とはおっしゃらないんですよね。
 実はもしハッテン場に身体女性が入っていったら、男女が性的な行為に及ぶということで取り締まりの対象になるはずなんですよね。だから言えないというのもあるけれど、ゲイは女性の体には興味がないので、いくら心が男性だと言っても体が女性の人が入って来られては困る、ということなんですね。
 レズビアンに対しては「レズビアンバーに“体が男性で心が女性”の人を受け入れろ」と騒ぐくせに、自分たちゲイは“体が女性であるトランス男性”を受け入れないんですよ。
加賀 トランス男性自体も2019年に起きた「ゴールドフィンガー事件」のように突撃をしないですもんね。
編集部 「ゴールドフィンガー事件」?
森 「ゴールドフィンガー」という老舗のレズビアンバーが新宿にありまして、普段はトランス女性も入れるバーなんですけど、月に1回身体女性のみの日があるんです。そのイベントで、体が男性で心が女性のアメリカ人トランス女性が入店を断られたんです。その方、日本人の奥さんとの間に3人お子さんがいるトランス女性活動家で、ツイッターで「日本でこんな差別を受けました」と英語で発信して、ゴールドフィンガーに世界中から批判が集中して、結局、ゴールドフィンガーが謝罪させられたんです。
 一方では、ゲイはハッテン場に体が女性のトランス男性ゲイを入れないのに、女性にばかり強制をして、おかしいなと思うんです。実は、それに対しては、やっぱりレズビアン活動家の方も怖くて声を上げられないっておっしゃっているんですね。単なる男尊女卑なんじゃないかと感じています。
加賀 本当にそう思います。女性差別さと。
森 結局、身体男性が得をするんです。
 それに、松岡宗嗣さんや遠藤まめたさんは、しばしばに二枚舌発言をされています。遠藤さんの場合、ホルモン治療すらやっていない身体女性ですが「自分は男だ」と言って、だけど、トイレは女性用と男性用のいずれも使うそうです。「男性用が混んでいて怖かったら女性用に行きます」みたいなスタンスなんですよ。結局怖くて入れないんじゃないかと。
加賀 弁護士の前園(進也)さんが議論を進めようとして「性自認ベースでいくのか?」と質問されたのですが、遠藤さんは、発信としては「個人の判断して使うもの」と主張されています。しかし、トイレを「心の性」で入っていいという考え方は女性にとって危険だと考えます。
森 女性スペースは、健常者や大人のためだけではなく、障がいを持っている女性や幼い女の子といった“弱者の中の弱者”のためでもあります。政治の方でしっかりしていただかないと、こういった弱者が守られません。
 男性は女性よりも下駄をはかされて出世もしやすいものですが、そういう方が40〜50代になってから「私の性自認は女性です」と言って女装を始めたら、またチヤホヤされて、それで本来女性が得るはずの賞を受賞したりする現象も、アメリカなでの国では起こっていますよね。女性枠に身体男性が入ってくる。男性が女性の場を奪っていく。あの現象に、なにか名前を付けられたらいいのですが・
加賀 大学教員の応募でも、女性に戸籍変更された方が女性枠に応募した事例が最近ありましたよね。

なぜ私たちだけが我慢しなければならないのか
森 性自認に基づいたスペースの利用を認めたら、性別適合手術を終えた性同一性障害の女性も、生来の女性も、女児もみな性被害のリスクが高まるという地獄のようなことが起こると思います。
 そもそも男子トイレが怖くて危険なのは、男性の問題です。男性が男子トイレを安心して使える、女装した男性も快適に使えるようにするべきであって、なのに、「私の心は女性です」と主張する女装した身体男性を、なぜ女子トイレのほうに押し付けるのでしょうか。
加賀 木にするなと言って押し付けるのか、と。
森 学者のフェミニストはLGBT活動家とズブズブなので頼りになりまえんが、一般女性の市井のフェミニストたちは「女はケア要因ではない」と怒っていますよね。
加賀 今回の投稿に対して、いままでツイッター上で発信してくださっていた方だけではなく、ご近所さんや、20代から70代まで幅広い方々が「実は怖いと思っていた」「なぜ私たちだけが我慢しなければいけないのか」と声をかけてくださいました。議論が長引くにつれて「市井の女性は怒っている、これは問題なんだな」と再確認しました。
森 これまでこの問題について知らない方も多かったと思いますが、公共の女子トイレがなくなっている事実を、女性の皆さんが自分の身に降りかかる恐怖として身近に感じたのだと思います。マスコミにも協力してくださる方がポツリポツリと出てきて、話題が広まっていきました。さらに、須田賢さん、鈴木佑馬さんといった男性の区議会・市議会議員も加賀さんの後を追ってくださいまいた。
 それまでは、LGBT活動家のやっていることに疑問を呈した政治家が黙らされてきたので、声を上げられなかった人が多かったんじゃないでしょうか。加賀さんが声を上げたことで、鼓舞された方も多いのだと思います。
(前掲書p52)
(中略)
埼玉県は日本のカリフォルニアか?
森 昨年「女性スペースを守る会」も抗議文を発表しています。自民党埼玉県連がLGBT条例に関してパブコメを募った際に、LGBT条例への反対意見が約9割だったのに、結局はそれを握り潰すような形で条例が通ってしまったんですよね。
加賀 おっしゃる通りです。自民党はパブコメの内容を反映させずに制定させました。議会においても、「無所属県民会議」という会派は「女性スペースを守る会」からヒアリングを行い、議会で問題点の質疑をしましたが、条例案の修正すらしませんでした。
森 そのパブコメも「レインボーさいたまの会」とうLGBT団体が内容を把握しているんじゃないかという疑いがあって・・・・。
加賀 そうした動きがあったことを把握しています。私も令和4年(2022年)度末まで会員でした。
森 パブコメをまだ募集中だった時期なのに、LGBT団体の一つにすぎない「レインボーさいたまの会」がツイッターで「埼玉県のLGBT条例案のパブコメが、トランスジェンダーの差別を煽る反対意見で荒れに荒れています」と呟いたことがありました。「なんで知っているんだ」って大勢の人からのツッコミが入っています(笑)。
 さらに「パブコメが反対意見だらけになると条例制定が遠のく可能性があります。パブコメは埼玉県外の方でも提出できますので、応援コメントでも結構です。ぜひ賛成のコメントを送ってください」と続いていまして、そのツイートを私が批判したところ、この団体は私をブロックしてきたんです。
加賀 「レインボーさいたまの会」は全国の地方議員向けにZOOMでレクチャーをしました。その内容が「トランスヘイターに対抗する議員ネットワーク」というものを立ち上げようというももので、講師として話をしたのが遠藤まめた氏なんです。
森 へえ〜、初めて聞きました。すごいですね、埼玉は、最前線のような状況ですね。
加賀 まず「レインボーさいたまの会」が中心となり、代表の加藤さんと個人的に繋がりのある地方議員にどんどん声をかけていって「トランスヘイターに対する全国地方議員向け非公開イベント」という会が開催されました。ここでも、コーディネーターは遠藤まめた氏です。この会の後に「トランスヘイターに対抗する議員ネットワーク」というグループがfacebook上に作られました。私は違和感を覚えてグループに入らなかったので、その後の状況については追うことができていません。
 会議では遠藤まめた氏が統一教会など右派メディアの記事を紹介したのち「女性スペースを守る会」を名指しし、「この会は統一教会と関係がある」と発言していました。
森 レクチャーがデマってすごいですね。
加賀 「ツイッター上の反対意見は宗教右派に影響された人たちの意見だから、信じないように」という旨のレクチャーがありました。リスクを指摘する女性の声は、統一教会、宗教右派と関係があるかのように印象付けて、不信感を持ちました。
森 その時に初めておかしいなと感じたんですか?
加賀 その当時、「女性スペースを守る会」が全国に陳情を出していました。内容は真っ当な陳情だと私は思いましたが、その陳情に対して、どう否決するかということを話していたんです。
 陳情というのは、郵送だと配布されるだけで終わってしまうことが、残念ながら多々あるんですけれども、レクチャーに参加した地方議員の方は「内容は真っ当だから反対しづらいけど、どう反対しましょうか」とおっしゃっていました。
 議会の議論として健全ではないと思います。内容は必要だと思っているのに、出されている団体によって反対すると。しかも統一教会と関係があるという根拠も定かではない中で、そのような発言が出るのはおかしいとその時感じました。

デマを広める人たち
森 「女性スペースを守る会が統一教会と関係している」と最初に言い出したのは、恐らく「やや日刊カルト新聞」朱筆の藤原善郎さんなんですよ。嫌がらせで、私にも粘着してくる方です。それに同調して、トランス女性を名乗る身体男性である安富歩東大教授が、「女性スペースを守る会が統一教会と通じている。闇の勢力だ」といった話をYou Yube の番組にゲストに招かれた時に話してしまって。
 それに対して、「女性スペースを守る会」が抗議したら、You Tube の方は謝罪して、その部分を削除したんです。でも、富安歩教授は完全スルーで訂正しなかったんですよ。その結果、「女性スペースを守る会」と顧問の滝本太郎弁護士から名誉毀損で提訴されて・・・・(追記・今年3月30日に、富安教授が30万円の慰謝料の支払いを命じられる判決で敗訴が確定)。
 デマを広めて怒られてもやめないって、どういうことなのでしょう。デマを信じているからなのか、デマと分かって広めているのか。
加賀 信じたいのだと私は思っています。「統一教会じゃない、市井の女性からの切実な声なんだ」ということを認めてしまうと、もう、いままでやってきた活動との整合性がとても取れないのでは。
森 「女性スペースを守る会」には、統一教会の人なんていませんよ。トランスジェンダー当事者、トランスフェンダーと交際されている方、子育ての中のお母さん、仕事を持つ一般の女性、そういう方々の集まりなのに、なんであんなデマを流せるのでしょう。
“活動家”になるために資格はいらないじゃないですか。「LGBT活動家です」と言えばその日からそうなれる。ペラペラ口先だけのデマを流しているようなのがいっぱいいて、本当にしょうもない。そういう人たちと共闘しているマスコミは騙されているのか、まるで手下と化していて・・・・。
(前掲書p46〜p56)



(4)
森 LGBT活動そのものが収入源になっている“プロ活動家”の存在を無視できません。彼らは、差別が存在しないと収入が途絶えるわけです。海外ではLGBTを理由に殺害されたり、あるいはかつては逮捕されたりっていう状況でしたが、もともと日本では同性愛や異性装に対する宗教的タブーはなかったので、そんな激しい差別もなくて、嘲笑されるとかいじられるとかその程度だったんですね。
 なので、日本では割りとあっさりLGBT差別が改善されちゃったわけです。ですから、いまでは活動家が飯のタネを探すために鵜の目鷹の目になって一所懸命に差別を探しているわけです。
 去年には、東急ハンズがゲリラ豪雨のことを「ゴリラゲイ雨」ってツイートしてお笑いネタにしたら、松岡宗嗣さんたちLGBT活動家や支持者が怒り出して、東急ハンズは謝罪に追い込まれたんですよ。そのほかにも、「ゲイバー店長の接客態度に立腹、組員ら9人『ケツ持ちを呼べ』ドア壊し酒瓶35本割る」っていう新聞の見出しに「ゲイバー」と「ケツ持ち」を関連付けて怒っているんですよ。
(前掲書p68)



(5)
《人権と利権5》 対談 橋本久美(公認心理士/元豊島区議)×森奈津子
防犯よりも優先される「虹の権利」 LBGT法案の何が問題なのか

同和からLGBTに変わった企業研修
橋本 LGBT問題でマスコミが向いている方向のほとんどは政府寄りです。だけど、かの国から「もうこの政府は用済みだよ」という指令が下れば、日本政府はすぐに潰されてしまう。宗主国はアメリカですから。それは陰謀論でなく、本当に存在している陰謀です。だから日本はずっとアメリカの手下。完全に植民地。経団連までもがLGBT研修を推奨しています。
 企業のトランスジェンダー研修はかつての同和教育と似ています。同和教育の代替としてトランスジェンダー研修が導入された感じがします。というのも、ある大手通信系企業ではいままで同和教育の研修を受けていたけれど、3年ぐらい前からそれがなくなった。代わって新たな研修として始まったのがLGBT研修だったそうです。企業研修が同和からLGBTにスイッチングされた。
森 LGBT団体がエセ同和の手法を学んだと言われています。LGBTを名乗っているメンバーに一人もLGBT当事者がいない団体もあるそうです。左翼団体がLGBT団体にチェンジして、メンバーはみんなノンケだっていう(笑)。
橋本 同和の利権を得ていた方たちが、もしも企業研修の派遣会社をされているとしたら、そういうことも当然となりますよね。結局、NPOを一から作ってやるのは大変だから、その当時に作った人たちが名前を変えて、企業や自治体に講師を派遣するということはあるかもしれません。
森 やり口がエセ同和行為に似ています。昔、「同和は怖い」と言われたように、エセ同和行為によって、被差別部落出身の方々は、大変印象が悪くなてしまって、被害を被ったわけですけれど、いまはエセLGBT行為によって私たちLGBT当事者がすごく嫌な思いをしています。
橋本 まさにその通りです。
森 儲けているのはLGBT団体だけです。ただし、本当に真面目にやってるLGBT団体もあって、昼間はお仕事をしながら、LGBT団体を運営をしている人たちもいます。ただプロの活動家になってしまうと差別がなくなると困るわけで、自ら差別をクリエイトする人たちもいる。LGBT当事者はそういう人たちを「差別クリエイター」と呼んで小馬鹿にしています。

立憲民主はなぜ石川大我議員に甘いのか
森 石川大我氏は立憲民主党の参議院議員で元豊島区議ですね。
橋本 そう、私、豊島区議の時、彼と同期でした。いまから12年前、まだパートナーシップ制度がない時代に同姓婚の問題で彼と対立しました。それですごく嫌われた(笑)。私は、そもそも婚姻制度を廃止しようと訴えました。
森 それはLGBT当事者でもs主張している人はいます。
橋本 彼と一対一で話した時があるんです。当時、彼は議員たち一人ひとりにロビイングしていた。女性が当たり前に享受していた権利を保護しないとおかしいという。私はその時すでに1回離婚していて、いまもう離婚2回目なんですけれど、彼には「離婚するって大変なんだよ」と言いました(笑)。
 その時、私はDV支援もやっていてシェルターでも働いていた。だから危険な目にも遭いましたし、婚姻制度のせいで命を落とした人も知っています。子どもを楯にされる人も多いです。子どもだけは戸籍を不開示にしても、なぜか情報が洩れる。学校の先生がうっかり言っちゃったりするんですね。それで子ども連れで隠れた居場所が見つかって、再び暴力が始まったりする。こうしたことが起こるのは婚姻制度があるからです。
森 そもそも年中発情している動物に一夫一婦制が無茶なのではないかと、思うことも・・・・(笑)。ゲイはハッテン場にばかり言ってる人も多いです。
橋本 石川大我氏の話に戻ると、彼は2011年の区議会で質問した時にすでに「人間の性のあり方は三つ、カラダの性、ココロの性、性的指向」と言っており、「心の性別」を主張していました。「時代は変わったねえ」と長老議員は言うけれど、おそらくその頃、12年前あたりでタガがはずれ始めたのだと思います。彼はそれを教育問題として、心が女性の小学生男児がプール授業の時には海水パンツ一丁で苦痛だという例え話をしたり、小中学校の当事者の子どもたちへの支援をするにあたり教職員やスクールカウンセラーへの研修が必要だと言ったり、義務教育の段階で「心の性別」を導入させようとしたのです。
 そして彼は、同姓婚をどうしても認めさせたかった。だから彼の彼氏が危篤で入院した時、自分が病院に駆けつけたら、一切病状を教えてもらえなかったと言っていましたね。
森 それは実話ですか?
橋本 本人はそう言っていた。だけど、私も一人で手術を決めて「誰か身内の方はいますか?」と問われた時、身内は未成年の子どもしかいなかった。すると医師も看護師も「誰でもいいですよ」と言う。普通に公立病院ならばそう言うはずです。病院側としては、要は治療費。お金の踏み倒しが嫌なだけ。連帯保証人が欲しいだけ。だからその際、できれば「身内がいいですよ」と言っているだけの話です。そこを利用して、「僕には一切教えてくれなかった」と強弁している。
森 それも差別クリエイトかしら?(笑)
橋本 クリエイトです。だって普通に「一緒に暮らしてます」と言って、住所を見せればいいわけじゃないですか。別にカップルじゃなくたって、「身内です」と言えばいいんです。病院は「戸籍を持ってこい」なんて言いませんよ。私の方は実体験として「身内じゃなくてもいいですよ」と言われた。なのに彼は「自分に何かがあった時にパートナーが呼ばれない」と一所懸命主張する。だって、それで困るのはむしろ病院側ですよ。天涯孤独の人は世間に山ほどいます。身内と疎遠になってる人も山ほどいます。それなのに病院側が病状を伝える相手を身内にだけ限定していたら、病院は身元不明の遺体ばっかりになりますよ。それで困るのは病院だし、役所です。でも、そんなふうに反論するとすぐ彼らは「差別だ!」と言う。
森 マスコミが加担して、“こんな可哀想な話が”ってする。
橋本 すぐ美談にする。でもその部分について彼らはそれでスタートしちゃったから、同姓婚が必要だって主張する。それで苦に苦肉の策としてパートナーシップ制を推進する。
森 パートナーシップ制だと「二級市民だ」と彼らはごねる。「だったら、憲法を改正して同姓婚を認めましょう」という声に対しては「憲法改正などとんでもない」と反対する。それで全然話が進まない。
橋本 じゃあ、どうしろっていうの。ならば婚姻制度廃止の一択ですよ。それならば皆が幸せですよ。
森 同姓婚って叫んでいないと仕事が作れない。それこそメシの種がなくなっちゃう。
そう、メシの種なんです。DVに関しても私は仕事の関係でDVの悲惨さを知っています。子どもだって被害を受ける。「それについてあなたはどう思うの?」と彼(石川大我氏)に聞いたら、「差別主義者!」の一点ばりですよ。
森 おかしいなって思うのは、立憲民主党は石川大我氏にものすごく甘いんです。新宿二丁目で警察官に泥酔してオラついたり、救急隊員に「自分の友達を先に搬送しろ」といちゃもんつけたりした。彼は反社会的なことを何度もしているのに、立憲民主党は彼に対してすごく甘い。なぜかというと、おそらくLGBT票田があると思っているんですよ。でも、そんなものないですよ。むしろ、そんな立憲民主党をLGBT当事者は嫌っています。
(中略)
まともな人ばかり除名する日本共産党
橋本 板橋の共産党の区議会議員だったのに、共産党から除名された松崎いたるさんという方がいます。彼はその後『共産党 暗黒の百年史』(飛鳥新社2022年)という本を出しました。私は彼が議員時代から実は親しくしていました。松崎さんは板橋区議を5期25年以上努めたベテランで生粋の共産党員です。それが板橋で起きた共産党の利権事件を暴露したことで共産党を除名となりました。しかもその後ツイッターで若い共産党の議員たちが彼のことをぼろくそ書いた。ネットリンチです。
 彼は結局、次の年に選挙に出ないで区議を辞めました。その後は介護施設で働いていると聞いてます。いまも松崎さんには政治活動の相談に乗ってもらてちます。トランスジェンダーの問題も伺いました。彼の見解によれば、共産党はもともと男尊女卑。議員や候補者に女性が多いのはめくらまし。女性候補者の多くは主婦だから、落選しても困らない。
森 男尊左翼の中で旦那に養われているということですね。
橋本 共産党議員の家は基本、裕福です。わりとお金に困らない人が多い。なぜかというと共産党おn議員になったら議員報酬から3分の1ぐらい党本部に取られる。議員職だけでは喰っていけないわけです。だから裕福じゃないと続かない。豊島区の共産党議員にビルと持っている人もいたと聞いてます。
森 私の周りのLGBT、誰も共産党なんか支持してませんよ。LGBT活動家と一緒にオラついている共産党は評判悪いです。
橋本 勘違いしてますね。
森 活動家がオラついて社会に迷惑をかけているのに共産党はそれに同調している。活動家のオラつきに白い目を向けているLGBT当事者たちは共産党にも白い目を向けるようになっている。わざとらしく、ツイッターアカウントの名前の横にレインボーを付けたりしている「虹」派の共産党関係者は多い。いっちょかみですね。参議院議員の吉良佳子さんは当初、表現規制に反対してくれて、私すごくいいなと思っていたんですけど、その後、虹に染まったのでだめです。
橋本 あの人たちは信念じゃなくて、代々木の指令で動いているからしようがないですよ。
森 性自認による差別はなくしましょうと言っていた。でも、いっしょかみでした。
橋本 議員は代々木の言いなり。スターリニズムですよ。
森 党を批判したら除名になる。
(中略)
防犯が差別ですか?
森 橋本さんは「女性が防犯の話をして、なぜ叩かれなくちゃいけない?」とどこかでおっしゃってましたが、本当にその通りだと思います。「他人を泥棒ではないかと疑っちゃいけないから、とお前は家の鍵をかけないのか?」ということですよ。
橋本 まさにそれ。防犯という概念がなくなったらどうなるんですか?
森 「防犯が差別ですか?」ということなんですね。
橋本 公共の場所だからこそ、みんなで作ったものじゃないですか?そこがLGBTと言われている「虹」の人たちに私物化されているわけです。
森 「女子トイレに入りたい」というあなたたちの自己実現のために、なぜ私たちの治安が脅かされなくちゃいけないのか?
橋本 3年ぐらい前からです。日本でも女子大がトランスに門戸を開いてしまった。御茶の水女子大、奈良女子大学、宮城学院女子大の3校です。私はある女子大学のカウンセラーとして働いていた時にも「性自認女性」の学生の入学を認めるなどの話がきて、絶対反対しました。
森 そんなところに娘を通わせたくないですよね。
橋本 でも結局その女子大学聨合はほぼ賛成なんですよ。
森 アメリカの航行で女子生徒が女装した男子にレイプされて、そいつは退学になったけど、また行った先でレイプして、抗議した女子生徒のお父さんが「差別主義者」として逮捕されたという事件がありました。
橋本 これから日本でも全然ありえますよ。
(前掲書p75〜p98)

《人権と利権》6 森奈津子 LGBT活動家としばき隊の蜜月はどこまで続くぬかるみぞ
 LGBT活動家は、大抵、立憲民主党、日本共産党、社会民主党とつながっているうえ、中には正式な党員もいる。ゆえに、なんでもかんでも自民党批判につなげて無理筋の自民批判ツイートを繰り返すLGBT活動家も珍しくない。
 また、しばき隊が野党三党と強固につながっていることは、ウォッチャーの間では周知の事実だ(マスコミはひたすら隠しているが)。ネットで画像検索すれば、しばきイベント(笑)に実にいい笑顔で参加している野党の先生方の写真がザクザクヒットする。
 ところで、日本最大のLGBTイベント「東京レンンボープライド」の名は、報道などで耳にした方も多いと思う。これは、簡単にご説明すれば、「世界各国、日本各地で開催されている性的少数派の人権を訴えるLGBTパレードの東京版」といったあたりか。
 パレードでは、LGBT団体やLGBT関連ショップ・企業の華やかなフロート(山車)が徒歩の参加者と共に公道上のコースをたどり、歩道には多くの見物人が集まる。その中には、しばき隊界隈LGBT団体「TOKYO NO HATE」のフロートも出て、共産党の元衆議院議員・池内さおり氏の姿も見られた。
 立憲民主党、共産党、社民党の「手先」という点では、LGBT活動家もしばき隊/カウンター系活動家も、同じ穴のむじななのである。
 そんな彼らのLGBT差別反対運動の頂点が、雑誌『新潮45』に掲載された杉田水脈氏の論考の中のLGBTに対する「生産性がない」という表現に端を発したデモであろう。
 2018年7月27日19時から実行された「杉田水脈の議員辞職を求める自民党本部前抗議」。それは巨大な尺玉の花火のごとく、夏の宵に花開いた「しばき隊の華」であった。
 ただし、人生同様、社会運動も、山があれば谷もある。
 大いに盛り上がって絶頂に達し、自民党本部前で爆発したLGBTの反差別デモは、それがしばき隊界隈主導であり、暴力的であったと判明したがゆえに、すぐさまヒュルルンと一気にしぼみ、多くの一般LGBTは賢者タイムに入り、「しばき」にはピクリとも反応しなくなったのである。いまだ、しばき行為を前にギンギンに屹立しているものは、しばき隊界隈と共闘を続けるLGBT活動家のジメジメと湿った闘志だけであろう。
(前掲書p102)



(6)
人権と利権はメダルの表と裏 松岡利康(鹿砦社代表)

仰天した大学院生リンチ事件
 いまから7年前の2016年はじめ、“ある衝撃的な事件”の情報が、ある人物からもたらされた。その男は、2010年代前半に私たちが精力的に市民向けに行っていた公開のゼミに時折参加していた。「カウンター」といわれる「反差別」運動内部で凄惨な集団リンチが行われ、被害者の大学院生(当時)が、まともに相談に乗ってくれる人がいないので困っているというのだ。彼は、リンチの被害に遭った大学院生に近いという。俗に「しばき隊リンチ事件」といわれる事件で、事件後1年余り経っても大小問わずメディアは一切報じることなく、当時は一部の反差別運動周辺で噂されるぐらいで表には出ていなかった。加害者とその周辺の関係者らが必死になって隠蔽したからだ。
 また、ネット上では、事件が大阪の十三と呼ばれる地の店で起きたとされ、これに因み「十三ベース事件」といわれていたそうだが、事件が十三ではなく、大阪一の歓楽街「北新地」で起きたことで、これが判明してからは「十三ベース事件」という呼称はなくなった。北新地で起きたことが世に知られるのも、私たちが、この事件に関わり始めてから、つまり2016年になってからである。
 「在特会」に象徴される、いわゆるネトウヨ勢力が跋扈した2010年代前半、これに対抗する「カウンター」と自他称される「反差別」運動が盛り上がったが、この運動に関わった大学院生M君が、北新地の一角で、その運動の象徴的人物である李信恵ら5人によって集団リンチを受けたという。それは2014年の師走のことだったが、1年以上にもわたりほとんど知られることはなかった。その「カウンター」運動の中から「しばき隊」という暴力的なグループが生まれ、リンチ事件関連訴訟、Colabo訴訟、LGBT訴訟などに八面六臂の活躍をする神原元弁護士も関わっていたことをみずから公言している。「しばき隊」は「解散」したとされるが、未だに「しばき隊」を吹聴する者もいて事実かどうかは判らない。しかし、「しばき隊」は生きていて、なにかあると蝟集し、また、その暴力的体質は継承され、多方面の社会運動の中に(悪)影響を与えている。彼らの暴力が、権力に向かわず運動内部の弱い者や女性たちに向かっていることはつとに知られるところである。
 のちに判明するが、この事件を私が経営する会社に3年間勤めていた女性社員・藤井正美が、加害者に繋がる「カウンター/しばき隊」に関わり、酷いリンチ事件が発生した事実を、事件直後から知っていて、会社の代表である私や社員には黙っており、それどころか就業時間内に日々メールやツイッターなどで仲間内で情報交換を行っていたということも私にとっては衝撃だった。彼女が退社したあとになって、会社所有で彼女に業務用に貸与していたパソコンから、ツイッターだけで18584回はじめ膨大な通信記録が出て来て、さらにリンチ事件うや企業・団体恐喝の事実なども出てきた。当然、提訴せざるを得なかったが、逆に反訴され、当社の請求は棄却、藤井の主張が認められ、あろうことか当社に11万円の賠償が課せられた(昨年11月、控訴棄却で終結)。藤井の代理人は、Colabo問題やLGBT関係の訴訟を一手に引き受ける神原元弁護士だった。
 私たちにもたらされたリンチ直後の生々しい写真(前ページ)、リンチの最中の音声データ、そのほか膨大な資料などから集団リンチの事実や実態は容易に想像できた。
 早速私たちは被害者M君に会い、彼の意向を聞き、ならばと彼の支援、そして真相究明に乗り出すことにした。加害者に繋がる者らは一様に「リンチはなかった」「デマ」「でっち上げ」などなど繰り返すのみだった。のちに6冊の本を出したが、これらに対する反論らしき反論は一切なかった。私たちは6冊も本を出して訴えたのだから、せめて1冊でも反論本があってもよさそうなのに、それもなかった。
 そうであれば、李信恵をはじめとするリンチの現場に連座した5人に繋がる者ら、特に関係が近いと目される者たちに取材を申し込んだり意見を求めたりした。曲がりなりにも答えたのは、ほんの少数だった。ほとんどは無視した。ならば、直接話を聞くしかない。私たちは職業的な捜査機関ではないので、人も資金も少なく捜査権もないから調査・取材は困難を極めたが、キーマンとされる何人かには直接取材ができた。
 以来7年間、取材を進めると共に、M君が加害者5人を訴えた民事訴訟、私が経営する会社・鹿砦社が、事件の中心にいて私たちに誹謗中傷の限りを尽くした李信恵を訴えた訴訟など少なからずの訴訟を争い、これらが終結したのは昨22年11月のことだった。「獅子身中の虫」として会社の業務外のツイートやメールに狂奔していた元社員を訴えた訴訟の控訴審判決が最後となった。こうした一連の訴訟について加害者側の弁護団の中心を担ったのは神原元弁護士だった。神原弁護士とは7年間争い期日ごとに顔を合わせたり彼が作成した訴状や準備書面を読んだりし、彼の思想性や人間性が私なりに理解できた。まさに三百代言の人である(弁護士は三百代言とも揶揄されるが、この意味では、まさに“ザ・ベンゴシ”といえよう)。神原ベンゴシによる、Colabo問題、LGBT問題、滝本太郎弁護士に対する非難、それらに関する訴訟などを傍から見ると、神原弁護士の思想性や人間性がよく解る。
 リンチのPTSDにさいなまれ恐怖におののくM君の精神状態も尋常ではなく、夜中に突然取材班のメンバーに電話があったことも一度や二度ではなかった。神原弁護士はリンチ被害者M君のこうした実情を一顧だにせず、リンチが私たちによる「でっち上げ」とした。神原弁護士の非情な人間性が垣間見れるというものだ。
 こうした過程は、このかん6冊の出版物にまとめ世に問うたので、ぜひご一読いただきたい。一連の訴訟の後半の経緯(李信恵の事件への関与をようやく認めた鹿砦社対李信恵訴訟の控訴審判決や対藤井訴訟など)はそれらに収められていないし、来年がリンチ事件から10年になるので、私たちの闘いの足跡を残し、この意味を、あらためて世に問うために総括的に一冊にまとめたいと考えている。

リンチ加害者側人脈に繋がる人たちがColaboやLGBTに関わることに疑問
 さて、今般社会問題として私たちの関心を惹くのが、Colabo問題とLGBT問題である。何が問題か?大学院生リンチ事件をつぶさに見てきた私たちから見れば、これらの問題の中心で守護神の如く立ち振る舞っている神原元弁護士、李信恵、北原みのり、池田幸代(元福島みずほ秘書、現市議)、さらにはリンチの現場に連座した伊藤大介(別件で暴行傷害事件を起こし有罪判決)、安田浩一(Colabo代表仁藤夢乃について持ち上げ記事を『週刊女性』に寄稿)らが、訴訟上は終わったとはいえ、血の通った人間として、果たしてくだんのリンチ事件を真に反省し総括しているのだろうか?ということだ。大いに疑問である。
 特に神原弁護士はいまだに「でっち上げ」と主張している。私たちはリンチ事件の情報を耳にするまでは被害者M君とは面識もなく利害関係もなかった。私たちは、「これは酷い」という素朴な意識から、人間として見て見ぬ振りはできないということで被害者支援に関わり始めたのであって、「でっち上げ」る利害も何もない。白紙の状態から調査・取材を始めた。むしろ、M君の言っていることが虚言であれば即刻身を引くつもりだった。例えば、北原みのりらが精力的に関わった群馬県草津温泉セクハラ問題で、「被害者」と称する元議員のように、まったく狂言であったなら、私たちは6冊のリンチ事件の記録本の読者らに土下座して謝罪するしかないだろう。草津温泉の問題は、のちに元議員の言動が虚言、狂言だったことが判明しているが、北原みのりらが謝罪したというニュースは聞かない。

 人生も黄昏時になり大学生リンチ事件に遭遇し深く関わることによって、この歳になって、ものごとの判断の〈リトマス試験紙〉といおうか〈基準」を得たように思う。いくら立派なことを言おうが、このリンチ事件に対して取った態度がいい加減なものだったら信用できない。私は、リンチ事件に連座した李信恵が各地の行政や弁護士会などから招かれ講演三昧の生活を過ごし講演料や謝礼を得ていることを知り、なにかやりきれないものを感じた。リンチの被害者M君はいまだにPTSDに苦しみ、博士課程は修了しつつも博論は集中できず挫折し、本来望んだ研究者生活の道は閉ざされ、不本意なサラリーマン生活を送っているのに、リンチの中心人物たる李信恵は講演三昧か・・・・。
 ここでは詳しく述べないが、(もっと深く知りたい方は一連の関連本を一読されたい)、一連のリンチ関連訴訟は、気休めのような賠償金をM君に与えたとはいえ、訴訟の舞台となった大阪地裁・高裁は、あろうことか被害者の人権や傷の深さなど蔑ろにし、否、被害者や彼を支援する私たちに憎悪さえ感じさせるようだった。メディアも『週刊実話』がコラムで小さく採り上げたにすぎないが、これに対しても激しいバッシングを受け、ここで謝罪し引っ込んだ。メディアは、李信恵がネトウヨによる「ヘイトスピーチ」や「ヘイトクライム」と闘う旗手のように持て囃すばかりで、裏でこのような凄惨な事件に連座したことを(おそらく知っていながら)まったく報じなかった。
 ただ、一連の訴訟の終わり近くになって、大阪高裁もさすがに酷いと思ったのかどうか知る由もないが、
「被控訴人(注・李信恵のこと)は、本件傷害事件とまったく関係なかったのに控訴人(注・鹿砦社)により一方的に虚偽の事実をねつ造されたわけではなく、むしろ、前記認定した事実からは、被控訴人は、本件傷害事件の当日、本件店舗において、最初にMに対し胸倉を掴む暴行を加えた上、その後、仲間であるKがMに暴行を加えている事実を認識していながら、これを制止することもなく飲酒を続け、最後は、負傷したMの側を通り過ぎながら、その状態を気遣うこともなく放置して立ち去ったことが認められる。本件傷害事件当日における被控訴人の言動自体は、社会通念上、被控訴人が日頃から人権尊重を標榜していながら、KによるMに対する暴行については、これを容認していたという道義的批判を免れない性質のものである。」
と判示したことは救いである。

 ところで、前記したように、リンチ加害者に繋がる者らに質問状、取材依頼書を何度も送付した。2度目からは出版した本を付けて送付した。まさに「見ざる、言わざる、聞かざる」だった。仕方がない、アポなし直撃取材しかない!直撃取材という手法は、これまでも東電の幹部や御用学者の自宅前、研究室などで行っているが、これはなにも鹿砦社の専売特許ではない。多くの週刊誌や新聞の記者がやっていることである。何人かを直撃した。岸政彦(李信恵裁判支援会事務局長。当時龍谷大学教授)、有田芳生(当時参議院議員)、中沢けい(作家)らを直撃した。突然のことで岸、有田は狼狽し逃げ回ったが、中沢は観念したのか喫茶店で話を聞くことができた。電話した者も、ほぼ逃げに回った。ふだんは偉そうに取材している朝日新聞記者は広報部に回し私たちの取材から逃げた。北原みのりなど何度も質問状や取材依頼を出してもナシのつぶてだった(次の直撃取材候補だったが、訴訟に追われてできず仕舞いだった)。
 こうした人物がいま、Colabo問題やLGBT問題に中心的に関わっている。終始李信恵を擁護した神原元弁護士、リンチの中心にいた李信恵、当初からリンチの事実を知りながらとぼけまくった北原みのり・・・・。

 よく右派系のYouTuberやSNSなどで彼らを「左派」「左翼」と言うが、学生時代に新左翼系の学生運動に関わり、左派、左翼のなんたるかを身を持って知っている私に言わせれば彼らは「左派」「左翼」ではない。確かに彼らのバックには日本共産党がいるが、これも私に言わせれば、えせ左翼”であり左翼もどき”である。当時の言葉で表現すれば「反革命」であり「修正主義」である。実は前出有田芳生は私と同期で、当時彼はバリバリの日共の下部組織「民青」の活動家(「ゴリ民」と揶揄した)だった。ある時私は朝ビラ撒き中に民青の武装部隊(「ゲバ民」といわれた)に襲撃され重傷を負い病院送りにされた。日共が関わるとロクなことはない。

Colabo問題についての私見
 まずはこの件を聞いた時にはわが耳を疑った。国や行政の財政は厳しいと言いながら、1000万円単位の大金がColaboや関連3団体に、まさに「公金チューチュー」と出され、いま問題になっているのはColaboへの令和3年度(2021年度)の助成金約2600万円だが、さらに次年度は4000万円余りに増額される予定だったと聞く。いまは
Colaboが前面になって応酬しているが、同代表の仁藤夢乃は小物で、本当は大物はおそらく村木厚子夫妻だろうと推認される。夫妻とも元厚労省官僚で、村木厚子は検察の謀略に勝ち無罪を勝ち取っている。この夫妻に文句をつけれる者はいないだろう。さらには連合赤軍の永田洋子や日本赤軍の重信房子の弁護を引き受けたことで有名な大谷恭子弁護士まで名を連ねている。大谷弁護士も新左翼系の活動家だったが、なんということだ。
 Colaboに資金を出しているのは東京都や国だけではない。競艇の収益を元にしている「日本財団」、パチンコ業界の「日工組社会安全研究財団」などからも助成金を引っ張って来ている。「日本財団」はマスメディアにもよく登場し、ここに通って助成金を引っ張ることは誰でも考えるだろうが、パチンコ業界の「日工組」(正式名称「日本遊技機工業組合」)などは、よほどパチンコ業界や助成金について熟知した人物でない限り思いつかない。
 報告書や資料を一瞥してみたが、いくら仁藤夢乃が、こういうことに長けているからといって若い女性活動家にできるものではないだろう。おそらくこういうことに詳しいブレーンやバックがいることは容易に想像がつく。日本共産党との関係が強いことはよくいわれることだが、共産党はこうしたノウ・ハウを蓄積しているし政治力もある。
 世の中には多くのボランティア組織やグループがあるが、ほとんどが活動資金に窮し、公的な支援を得たとしても、Colaboのように1000万円単位で行政や財団などから得ることができるものではない。はっきり言えば、Colaboは利権化している。もはや単なるボランティア団体ではない。巨大な事業”と化しているといえるだろう。
 また、右派系の者らから「公金チューチュー」と揶揄されるように、東京都や国から出ている助成金は、都民や国民の税金である。Colaboに関係する人たちは、この意識が希薄なようだ。昨今の新型コロナで、税金の猶予措置がなされ、私の会社もそれを受けたが、猶予期間を過ぎれば、新規発生分と合わせて納付しないといけない。コロナでただでさえ不景気になったところで納税に非常に苦労し全額納付した。国税ならぬ酷税”である。みな(特に中小零細企業は)血を流す想いで納税に苦労しているのだ。仁藤らColaboに関わる者らは、中小零細企業の納税の苦労が判っているのかと思う。
 Colabowoを象徴するのは、月に3日ほど行う「バスカフェ」といわれるイベントだが、これが妨害され、開催が困難になったから都や区、警察は守れと主張している。真に行き場がなく困っている少女らのことを考えるのであれば、月に3日ほど行う「バスカフェ」にこだわらずに、もっと少女らが行きやすいやり方を工夫してもいいのではないだろうか。「バスカフェ」をプロパガンダ、いやマヌーバーとして行っているとしか思えない。真に行き場のない少女たちのことを考えているのであれば、月に3日と言わず、月に10日、20日と常設するのかと思っていたが、月に3日と聞いて気が抜けた。
 3月は年度末、4月は年度初めとなるが、さすがの東京都もColaboへの業務委託を取り止め助成金もストップし、都の担当者も配置転換した。うち一人は離島(小笠原)担当に回され一部に「島流し」とさえ揶揄されている。Colabo、そしてこの支持者らは、右派活動家らからの「妨害」によるものと喧伝している。これもなきにしあらずだろうが、すべてを他人のせいにするのではなく、脚下照顧、みずからにははたして問題がなかったのか、これを機会にしっかり反省すべきではないのか。そして、公金などあてにせず、原点に帰って活動を再開していただきたい。ほとんどのボランティア団体はそうして地道にやっていることなのだから。

「性的マイノリティの人権」を宣揚するLGBTの思想と活動家
 いまやLGBTの勢いには凄まじいものがあり、立法化さえリアリティを帯びてきている。すでにトイレは女性専用がなくなりつつあり、銭湯、サウナ、温泉などもそうなるのかもしれない。はたして一挙的に突き進んでもいいものかと素朴に思う。ちょっと思考が倒錯していはしまいか?女性や女児らに対する性犯罪の危険はないのか?個人的ながら2人の女児の孫を持つ爺としては、心配で仕方がない。「性的マイノリティの人権」もいいが、ここは女性・女児を性犯罪から守るということ、彼女らの安心・安全を第一義に考えるべきではないのか?もっと落ち着いて考え、議論を重ね、国民の理解を十分に得た上で進めるべきではないのか?と思うそばで、東京渋谷区など一部の行政では先走り、すでに女子専用トイレがない公衆トイレが出来つつある。はたしてこれでいいのだろうか?

 一方で、こうした風潮に異を唱える者に対しては「差別者」「レイシスト」「ヘイター」など口汚い悪罵を浴びせ、謝罪と沈黙を強いる。本書出版後、当社や、森奈津子、あるいは対談者らに対して、そうした悪罵が投げつけられるかもしれない。
 それは文壇にも拡がり、行き過ぎたLGBTを批判した作家に対する排除の動きがある。国内では芥川賞作家・笙野頼子、海外では『ハリー・ポッター』著者J・Kローリング、特に後者は『ハリポタ』20周年記念番組に、他の関係者は呼ばれたのに肝心の著者は招かれなかったという。なにか変ではないか。笙野は、かつて日本共産党の牙城だった立命館大学出身で、この問題が起きるまでは日共の熱心な支持者だったというが、いまでは離れている。同じような人たちは少なからずいると思われる。

 ある者は言う、「性の多様性」は尊重しなくてはならない、と。「多様性」とは、普通に考えれば、多様な意見を尊重し議論することではないのか。「多様性と」と言いながら、実は排他的に反対意見を攻撃するという光景をよく見る。本末転倒だ。LGBT問題は日本では極端な性自認主義、つまり「性自認至上主義」(トランスジェンダリズム)に走っているようだ。
 昨今、LGBTが世の趨勢の如く、訳がわからないうちに、こことばかりに活動家らが行政や企業に働きかけ、ここでも利権が発生している。地方の行政機関では、都会では知識人らがLGBT問題を語り立法化さえ企図されるというので、取り残されてはいかんというのか、LGBT団体に高額な報酬を支払い研修やセミナーを行ったりしているそうだ。この分野でも日本共産党に関係する者らが蠢動している。
 いわゆる“えせ同和行為”とはなにも部落問題に限ったことではない。“えせ同和”に手を染めた者が、「人権はカネになる」とうそぶいたという。「差別」や「人権」という言葉を金看板にして、実は利権を得ている者がいることを見なくてはならない。「差別」や「人権」の裏に利権が蠢いている。
 何事も極端・極論に走ったり拙速にものごとを決めると、のちのち後悔を生む。LGBTについては、拙速に立法化するのではなく、もっと落ち着いて国民的議論を重ねた上で、まずは国民的合意を得るべきだろう。

橋本愛の悲劇
 私は同郷意識の強いほうだと自分で思う。同郷出身者が表舞台で活躍しているのを見ると、それだけで応援したくなる。ざっと思い浮かぶのは、石川さゆり、宮崎美子、森高千里、コロッケ、スザンヌ、「歌怪獣」島津亜矢、『One Piece(ワンピース)』原作者の尾田栄一郎、『銀河英雄伝説』の原作者・田中芳樹、最近ではプロ野球最年少三冠王の村上宗隆、テレビ朝日アナウンサーの森山みなみ・・・・特に田中芳樹、森山みなみは高校の後輩でもある。さほど著名人を出していない新設校の部類の高校なので、毎朝仕事前に森山みなみがレギュラー出演している『モーニングショー』を観るのが日課となっている。みな九州の片田舎から上京し、生き馬の目を抜く世界で一所懸命に頑張っている。
 そうした中、NHK朝ドラ『あまちゃん』以来、頑張って女優としての地位を確保した橋本愛も同郷ということや知人が地元の新聞記者時代に彼女にインタビューしたことなどで応援していたのだが、このかん彼女の発言がLGBT活動家から激しいバッシングを浴び謝罪に追い込まれるばかりか、改宗(『週刊文春』03年4月6日号の本人による文)を強いられたことは痛々しいことだった。
「公共の施設で、身体が男性の方に入って来られたら、とても警戒してしまうし、それだけで恐怖心を抱いてしまうと思います」という彼女の発言は、普通の若い女性として当たり前の感覚だと思うのだが、「多様性」を言うのであれば、多様な意見の一つとして許されないのか。私に言わせれば謝罪や改宗などの必要はなかったと思うが、著名な芸能人は、こうした問題で追求されたら弱い。こうした問題であまり振り回されたくないという事務所の意向など諸事情があったものと推察されるかが、短期間の拙速に改宗すべきではなかったおも思う。今後のLGBT問題が現実問題になりつつある中で懸念材料の一ケースである。悪意もなく、若い女性としてなにげなく発言したことが「差別発言」として糾弾(この言葉を再び使う時代が来ようとは思いもしなかったされ謝罪や改宗、さらには沈黙を強いられる社会が到来することが心配だ。

とりあえずのまとめとして―
 本書は、いま社会問題化しているColabo問題とLGBT問題に、私たちの立場から異を唱えた書である。私たちの中でも各々考え方や立場も違うが、世の趨勢に棹を差し問題提起しようという点で一致し本書発行に至った。私たちの意見が絶対正しいなどとは言わない。
 さらにこれに対して大なり小なり反対の意見、立場の方もいよう。次には、本書をダシに反対の意見の方々にもページを割く用意があるので、どしどし寄稿、投稿いただき議論を前向きに沸騰させていただきたい。
 ただし、みずからと意見が異なるからといって、すぐに口汚く「差別者」「レイシスト」「ヘイター」などと悪罵を投げつけることだけはご遠慮いただきたい。幸いなことに、これまで私たちに対し、そうした悪罵はまだ少ない。「極左」と言われても「レイシスト」と罵倒されたことはない。これからはどうだろうか?
 この問題は、「右」だ「左」だと言った問題ではない。日本共産党がColaboを強くバックアップし、LGBT問題でもトップランナーを宣揚するかのごとく、特に
「性自認至上主義」に走り、こうしたことが「左派」がみなそうだというわけではない。バリバリの真性左派・中核派の洞口朋子杉並区議は「性の多様性」条例に反対の立場を取り、笙野頼子、J・K・ローリングは元々熱心な左派だが、昨今のLGBT問題に異を唱えたことで激しくバッシングされ文壇から追放の憂き目に遭ったことが好例だろう。
 そしてなによりも、こうした問題の背後に利権が生じ、それを求めて蠢く者らがいる。人権と利権がメダルの表と裏になっていることに注視し、このことは断固糾弾しなくてはならない。
(「人権と利権」p153)
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2023年11月17日

メモる 27

4回目、こんばんは。

ハマスは、元々、イスラエルと繋がっていた」で、イスラエルやハマスのことを書いたが、ユダヤ人がなぜ、世界じゅうから嫌われたのか、を教えてくれる文章を転載する。
もともとは、欧米がユダヤ人を大嫌いだった。
それが、イスラエルの存在理由である。
メモしておく。

 イスラエル問題は、その重大さにもかかわらず、複雑な歴史や宗教を背景とするだけに、理解から遠のきやすい。
 そこで多くの人々が感じているであろう「素朴な疑問」からはじめたい。
 ますは「なぜ、アメリカや欧州各国はイスラエルを支持し、支援するのか」。歴史的にいえばキリスト教圏の欧米諸国は、ユダヤ人を迫害・弾圧してきた側だ。イスラム圏よりはるかにユダヤ人を嫌っていたと言っていい。それが建国後、一転してイスラエルを擁護するようになったのは、なぜか。
 次に「なぜ『ユダヤ人』なのか」。イスラエルの人口の80%を占めるユダヤ教徒は「ユダヤ人」であって、欧米諸国を中心に各地に散らばっている800万人のユダヤ教徒を含めて「民族」としてのユダヤ人を構成する。あえて「イスラエル人」と言うときは、イスラエル国籍を持つ非ユダヤ教徒(アラブ人、全体の二割)を指すといっても過言ではない。さらにユダヤ教徒を母親に持つ子どももユダヤ人に自動認定する。
 これが何を意味するのか。たとえば移民によってアメリカという国家に忠誠を誓い、国籍を取得した人は人種・民族問わず「アメリカ人」となる。この視点でユダヤ教を見ると、国境と領土を持たない「擬似国家」として成り立っていることがわかる。教徒とは「ユダヤ」の国籍と同義なのである。なぜ、宗教組織がこんな擬似国家となっているのか。
 そして最終の疑問が、「なぜ、ユダヤ人には優秀な人材が多いのか」。
 現在のアメリカのスーパーパワーを支えるGAFAMを筆頭とした米系ITテックは、ユダヤ閥によって誕生している。
 マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ、「シリコンバレーのドン」オラクル創業者のラリー・エリソン、グーグル創業者のセルゲイ・ブリンとラリー・ペイジ、ペイパルマフィアの異名を持つIT業界の「裏ボス」ピーター・ティール。フェイスブックを立ち上げた現メタのマーク・ザッカーバーグ、チャットGPTを世に出したOpenAI創業者のサム・アルトマン。すべて「ユダヤ人」なのだ。
 あまりにも“異常”ではないか。
「ユダヤ金融資本」という言葉があるよう、ウォール街の重要ポストにも現財務長官のジャネット・イエレンを筆頭に山ほど「ユダヤ人」がいる。最多ノーベル賞受賞“民族”もまた「ユダヤ人」である。なぜ、これほどの人材が輩出されるのか。
 この三つの疑問を解きながらイスラエル問題に迫っていくといしよう。

 先にユダヤ教とは擬似国家と指摘した。教徒は「国民」であり、教義は「憲法」。そして「国是」となるのが弱者救済だ。虐げられた貧困層や下流層たちの互助会という側面が極めて強い組織といっていい。
 先のIT長者たちも恵まれた名門の出身ではない。ピーター・スティールを事例として説明すれば、近所でも有名な神童だったが、ネグレクト状態で生活もままならなくなる。そこでユダヤ人のスカウトが、彼の親族にいたユダヤ人家庭への養子として送り込み、「ユダヤ人」としてスカラシップなど手厚い学費支援を行なった。
 さらにITベンチャーに乗り出したときは、資金援助もした。こうして投資家として大成功を収めたティールもまた、周囲の優秀なユダヤ人学生を支援、彼らが立ち上げたITベンチャーのスタートアップを手助けしてきた。優秀な人材をユダヤ人として囲い込み、手厚い支援により成功者へ導き、成功者は次代の才能を支援するというシステムができあがっているのだ。
 またユダヤ人の母親を持つ子どもが自動的に認定されるのも、彼女たちが非常に教育熱心で、徹底的にユダヤ人の価値観を幼いころから叩き込むからだといわれる。
「ジューイッシュ・マザー(ユダヤ人の母)」が教育ママを意味するほどで、子どもの才能があるとみれば、シナゴーグ(ユダヤ礼拝所)に申告、そうすればユダヤネットワークを通じて高度な教育の支援を受けられる。
 ユダヤ教における教育熱は、紀元前の時代から無料の公共学校があったほど。これは中近世も同様であり、ユダヤコミュニティでは、読み書きや算数といった基礎知識のみならず、実用的な技術なども徒弟制度など関係なく、しっかりと教えていたという。
 庶民の識字率が低い時代、ユダヤ人は基礎学力や実学を持っていた。それを武器に迫害を受けながら成り上がることも可能だった。中近世のヨーロッパでは、支配層以外の庶民の多くは収奪の対象として固定されている。そこから抜け出すための方法が「ユダヤ教」への改宗となっていたのだ。
 その結果、貧困層のなかで才がある人物や自分の子の立身を望む親たちは、こぞってユダヤ教への改宗か、ユダヤ教徒の女性との結婚を求める。
 だが、互助会の色の強いユダヤ教は、その改宗条件は厳しい。現在でも最低限で440時間の“信者教育”が求められるほどで、ユダヤの価値観・行動原理を叩き込み、人種や国籍にかかわらず「ユダヤ人」へと作り替わるまで徹底する。所属する国家や集団(キリスト教会)の枠から抜け出し、「擬似国家ユダヤ」の国民へと所属を変えるまでユダヤ人とは認めないわけだ。
 ここで問題なのは、ユダヤ教の持つ教義である。ただのユダヤ教徒ではなく「ユダヤ人」となり、救世主(メシア)の到来を信じるならば、当然、故国は「パレスチナの地」となる。いわば生まれ育った国を事実上、捨てさせるのだ。
 統治者からすれば、とんでもない話だろう。有能な才を持つユダヤ人は、能吏や商人、技術者として社会基盤で活躍しやすい。そんな社会を支える人材が、王権やキリスト教会から逸脱して忠誠心を持たなくなるのだ。自国内でユダヤ人勢力が増大していけば、統治に問題が出てくる。現近代までユダヤ人が「ゲットー」で隔離されていたのは、それが理由といっていい。
 しかも彼らは「追放」できない。対立する異教徒や異民族、キリスト教の宗派争いにせよ、反体制を強めて社会不安を煽れば、為政者たちは「出て行け」と自国や勢力内から追い出す。ところがユダヤ人は「流浪の民」なのだ。しかも自国で生まれ育った人間も少なくない。追い出そうにも、どこに追い出すのか、という問題が生じる。
 それだけでなく、貧困に喘ぐキリスト教徒にすれば、同じ下流層にいたユダヤ人たちが、学力や技術で出世し、自分たちより良い暮らしをすれば、腹だたしくなる。
 実際、ロシア帝国に併呑されたウクライナでは、ウクライナの富を収奪する役割をユダヤ人に担わせてきた。過酷な税を取り立てる徴税官や生活に不可欠な商人としてウクライナ庶民のなけなしの富を奪っていくために、ウクライナなどの東欧ではポグロムと呼ばれる地元住民による「ユダヤ虐殺」と「ユダヤ弾圧」が繰り返されてきた。
 国家への忠誠心が低く、有能なユダヤ人は、為政者にすれば、この手の「汚れ役」に打ってつけの人材だ。国民(庶民)の不満が溜まれば、そのガス抜きに「ユダヤ人虐殺」を黙認。こうして使い捨てにしてきたという背景がある。
 18世紀以降、欧州列強の植民地における収奪もまた、ユダヤ人の手に委ねられてきた。ところが、汚れ役の見返りとして財力を蓄え続けた結果、ユダヤ閥が台頭、とくに広大な版図を持つ大英帝国では無視できない勢力へと育ってしまう。
 なんとしても国内のユダヤ勢力を「排除」し、その影響力を削ぎたい。それが「イスラエル」だったのではないか。ユダヤ人が切望する「故郷」を与えることで追い出すに追い出せなかったユダヤ人勢力をコントロールする。その目的でパレスチナの割譲が決まるわけだが、このスキームはナチスドイツによって破綻する。
 徹底した弾圧と迫害で「殺されたくなければ出て行け」とナチス勢力圏内からのユダヤ人排除に動いたために、イギリス、とくにアメリカにコントロール不可能なほどの亡命ユダヤ人が殺到する。ナチスによるホロコーストの反動もあってか、亡命ユダヤ人の多くは過激なシオニストとして「ユダヤ至上主義」を掲げるようになる。アメリカに同化してきたユダヤ人とは違って、アメリカ人として同化するどころか、アメリカ社会の不安要素になりかねない危険分子が少なくなかったのだ。
 こうしてイギリスとアメリカが、自国内の狂信的なユダヤ人たちの「排除」を迫られた結果、1948年の強引なイスラエル建国へとつながる。
 その後、中東戦争が起こるたびに、自国内のユダヤ人たちは次々に出て行く。自国内のユダヤ人をコントロールする便利なツール「イスラエル」は、欧米諸国に不可欠な存在となった。だから支援してきたのだ。
 一方、アラブとイスラム圏からイスラエルを見れば、入植してくるユダヤ人は、アラブやイスラムの文化や価値観を理解せず、欧米の価値観を共有した「欧米人」でしかない。
 自分たちのテリトリーに勝手に侵入してきた「異物」なのだから、激しい拒絶反応が出るのは当然だ。
 アラブや中近東には、長年、培ってきた独自の文化圏があり、この地に住まう人々は強い誇りを持っている。そこに土足で踏み込んで彼らの誇りを傷つけてきた以上、解決方法は一つではないか。そう、イスラエルが「アラブやイスラム圏諸国」の一員として、彼らの文化や価値観を受け入れればいいのだ。
 しかしネタニヤフ政権は、真逆な行為を繰り返している。歴史もまた繰り返すこととなるだろう。50年ぶり5回目の歴史を、である。
(「紙の爆弾」2023年12月号p101)
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日本は、政治家と官僚のエゴ国家

ふたたび、こんにちは。

まずは、政治資金規正法違反である事案を、当人たちは「知らなかった」としている記事から。

https://www.47news.jp/9894537.html(「47NEWS」)

これらのことをチェックしない彼らの秘書は、即刻クビにすべきである。
「知らなかった」なら、そうするしかないはずだ。

「紙の爆弾」今月号(12月号)に掲載されている足立昌勝さんの「政治献金をめぐる法律の抜け穴」は、いい記事だ。
政治資金規正法は、ザル法である。
こんなことも改正できない政治家には、うんざりさせられる。
気づかない秘書連中も、だ。

 公職選挙法では、政治家および後援団体による寄付、政治家の関連企業からの寄付が禁止され、政治家への寄付は制限が加えられている。
 すなわち、公選法199条一項で、国会議員に対して「国と請負その他特別の利益を伴う契約の当事者である者」は、当該選挙に関し、寄付をしてはならないとされている。この規定に違反した者は3年以下の懲役または50万円以下の罰金、会社の場合には、3年以下の禁固又は50万円以下の罰金に処せられる。
 しかし、その寄付を受け取った議員の側には何らの規定もない。したがって、冒頭に述べた萩生田政調会長、小渕選対委員長、高市経済安全保障担当大臣については、政治的責任は存在するかもしれないが、公職選挙法上の責任は発生しない。
(中略)
 公職選挙法が選挙に絡んだ寄付を問題にする一方、政治資金規正法は、日常的な政治活動に絡んだ寄付行為を規制している。そこで禁止されている寄付行為とそれに対する罰則は、無届団体の寄付の受領・支出の禁止違反で5年以下の禁錮、100万円以下の罰金。収支報告書への不記載・虚偽記載で5年以下の禁錮、100万円以下の罰金。政治資金監査報告書への虚偽記載で30万円以下の罰金などだ。
 政治家側は、この法律に基づき、収支報告書を提出しなければならない。報告書は一般に公開されるので、違法とみられる寄付についてさまざまな指摘がなされる。
 指摘を受けた場合、政治家側は誤りを認め、収支報告書の内容を訂正することになる。この訂正について、政治資金規正法では、特段の定めはない。
 しかし、訂正だけですむ問題なのであろうか。
 公開された収支報告書では、当然のように収支の均衡が図られている。先述の通り、収入額を変更すれば、支出額も変わってくる。支出には領収書が必要でも、いとも簡単に訂正しているのが通常である。なぜそのような訂正が可能なのか。
 事実を正確に反映せず、帳簿上で処理しているのだろう。その内容の適正性は問われず、どのような操作がなされたのか、我々には全く見えてこない。そこに政治資金の流れについての不透明性が存在するのだ。
 1990年代に起きた金丸事件では、東京佐川急便からの5億円の闇献金が明らかになり、さらに、東京地検特捜部の捜査で数十億円の不正蓄財が発覚した。
 市民や企業から集められた寄付は、すべてを政治資金として利用すべきだが、政治家側は、様々な手法を用いて、闇資金を作ってきた。
 その際に用いられるものこそ、収支報告書への過少記載であり不記載だ。政治資金規正法の処罰対象であっても、事実が判明した場合、政治家側は自主的に収支報告書の訂正を行なうことにより処罰を免れているのが実情なのだ。
 これは、欠陥だらけの政治資金規正法を改正しようとしない政治の責任である。しかし、特に世襲政治家が多い自民党政権では、自らの首を絞めることになる改正をしようとはしない。
(中略)
 ここで、同様にお金のやり取りで成立する収賄罪と比較してみよう。公務員は職権に絡み、賄賂を受け取るだけで犯罪となる。それを返還したからといって、罪の成立に何らの影響も与えない。
 ところが寄付行為では、寄付する側は規制・処罰されるが、寄付を受ける側=議員側は、何らの規制もない。つまり、受け取り放題なのが現状だ。前述のように、そこで受け取った寄付は闇献金となり、使い放題となる。
(「紙の爆弾」2023年12月号p83)


この記事は、政治家と公務員の処罰の違いから論評しているが、「紙の爆弾」の同じ号では、文科省の役人とその部下の地方公務員でさえ、扱いが異常なほど違うことも指摘している。
過ちに対する処分にしても、役職が上に行くほど大甘なのだ。
日本国民の足を引っ張っているのは、良心を知らない無能な政治家と無能な上級公務員なのである(実際には、私の経験上、岩手県職員たちにも同じことが言える。法律の運用は、彼らの恣意性によるところが大きい)。

政府・文科省は、6年前に停職1ケ月の懲戒処分になった藤原章夫・初等中等教育局長(59歳)を、今年8月8日付で事務方トップの文部科学事務次官に、同じく停職3ヵ月の懲戒処分となった藤江陽子・総合教育政策局長(59歳)を、事務方ナンバー2の文科審議官に任命するという、払税者である一般市民の感覚とは異なる、異常な人事異動を強行した。なお、21年9月時点で、推定年収は事務次官が2317万円余、文科審議官が2183万円だ。
(前掲書p86)


一方で、東京都の方針に反対して、君が代斉唱時に起立しなかった教員には戒告、減給などの処分が下された。
これは後に最高裁で争われ、減給処分はあんまりだ、という判決が下されたが、戒告は容認された。
処分された川村佐和さんの例では、臨時的任用教員の受験の際、処分歴が影響して不合格となり、さらに、その決定通知も1ヵ月以上遅れて郵送されたという嫌がらせも受けている。

同じ懲戒処分(※1)でも、これほどの違いがあるのだ。
常識のある日本人は、もちろん、そんなことに賛成するはずもない。
当時の世論は、次のようなものである。

 21年5月の憲法記念日にちなみ、朝日新聞が行なった「公立高校で君が代を起立・斉唱しなかった教員を教委が処分してよいという最高裁判決に納得できるか」の世論調査で、「納得できない(65%)」が「できる(31%)」を大きく上回った。都教委の出した“君が代”処分は特定の思想に基づく政治的な処分ゆえ、不当と考える人が多数なのだ。
 一方、違法行為を犯し定年後の天下り先を確保させ、税金から多額の退職金を得た上に、さらに私腹を肥やそうとするエゴイスト文部官僚らに下った処分に、「反対」という一般市民は皆無。むしろ「軽すぎる」と言う人もいる(当時の報道インタビュー等)。
(前掲書p88)


この記事の執筆者である永野厚男さんは、次のように結論している。
 
 このように教職員に比べ文部官僚は“上級国民”として優遇扱い。「法も下の平等」を定めた憲法第14条違反で、不当な格差・差別だといえる。
(前掲書p89)


私を取り調べて検察庁に送り、一方で、資源管理に対して、岩手県トロール業界の違法行為を全く調べなかった県職員たちは、憲法第14条に違反したのである。

と記しても、何ら反省もないだろうなあ。
隠すことのみに精力をつぎ込み、反省をしないのが公務員たちなのか。
「申し訳なかった」の一言も、私は聞いたことがない。

(※1)
国家公務員(文部官僚等)・地方公務員(公立小中学校の教職員等)とも、懲戒処分(いわゆる厳重注意や文書訓告とは異なり、給与減額や履歴搭載等の不利益を与える)は、重い順に免職・停職・減給・戒告だ。免職処分は窃盗・性犯罪等を犯した教職員等に対し発令する。停職処分はこの免職処分の一歩手前、重い処分だ。
(前掲書p86)



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2023年10月22日

目指すは、グリーン水素社会

ふたたび、こんにちは。

グリーン、ブルー、グレー。
水素の生産で、二酸化炭素を排出するか否かで、呼び名が違う。
太陽光、風力、地熱、水力のエネルギーで生産する水素をグリーン水素という。
一方、火力発電などの化石燃料で生産された水素は、ブルー水素、グレー水素である。
ブルー水素は、発生した二酸化炭素を地下貯蔵したり、二酸化炭素の再利用したものを言う。
グレー水素は、そういうこともしないもの。
したがって、問題とされる二酸化炭素を排出しない水素製造は、グリーン水素である。

現在、蓄電池として使用されている代表的なものは、鉛バッテリーとリチウムイオインバッテリーである。
全固体バッテリーも開発途上であり、完成実用化されれば、電気自動車にとって画期的である。
しかし、その上を行くのが、トヨタMIRAIの燃料電池車である。
水素社会が到来すれば、燃料電池は有利となる。

特に、燃料電池車は、水素ステーステーションの普及にかかっている。
これに関して、まずは、バスやトラックから燃料電池を導入していくのがいいようだ。(※1)
事実、中国ではすでにこの方向で動き、日本を追い越してしまった。(※2)

水素はいろいろと問題点が語られるが、すでに実証試験は各地で行われている。
ドイツでは、電車が水素で動いている。(※3)
スコットランドでは、小型船舶が動いている。(※4)
台湾ではスクーターが開発されている(※5)
燃料電池フォークリフトも流行り始めた。(※6)

純粋に水素を燃料電池で使う以前、すでに、エネファームという家庭用燃料電池が普及している。
これは化石燃料を利用しているので、二酸化炭素ができてしまうが、排熱を利用して給湯までできるので、熱効率は80%以上となる。
同じ化石燃料の火力発電の倍である。
このエネファームの燃料に水素を利用するようになれば、二酸化炭素を排出するこはない。(※7)
まだ、「エネファームが、何か事故を起こしたという事例も報告されていません」(「水素社会入門」p131)ということから、安全面にも支障がないだろう。

水素は、化学工業原料でも需要な位置を占めている。
半導体など現代社会でなくてはならないものに、水素は必要なものである。(※8)
水素を積極的に活用する社会の未来は明るい。

問題点は、水素の貯蔵と輸送である。
方法として、超高圧圧縮(高圧ガス)、超低温液化(液化水素)、水素吸蔵合金、LOHC(有機物と反応させて液化。代表的なものがMCH)、アンモニア液化などがある。
一長一短あるが、用途により、どれも使える。
高圧ガスが最もコストが安く、有望であるようだ。
水素社会になれば、水素流通の規模は拡大し、技術進歩も兼ねてコストは下がる。
ここで余談になるが、水素吸蔵合金について、えっと思うようなことがある。
液化するよりも合金に貯蔵するほうが、単位体積あたりの貯蔵量が多いとか。(※9)

水素の貯蔵や輸送が活発に行われるようになれば、さまざまなことができるようになる。
太陽光発電や風力発電のように、発電量が自然要因に支配される場合、これらから生産されたエネルギーを水素として保存し、必要な場所に運んで使えるようになる。
これにより、自然エネルギーの発電設備が増加し、化石燃料に頼らず、社会を動かすことができるようになるだろう。
日本の離島などでも、実際に実用化している。(※10)
また、燃料電池の発電で発生する水は、飲料水として、利用できる。(※11)
さらには、海外の安定した自然エネルギーを水素にして日本へ運ぶことができるようになる。(※12)

しかし、海外に頼る前に、自前でまずやるべきだ。
東芝のシステムは、グリーン水素でエネルギーを賄えるようになっている。(※13)
すでに、実用化できる段階に来ている。
あとは、やる気があるかないか、だけだ。



(1)
トラックやバスなどの大型車両では、ガソリン車はもちろん、電気自動車よりも燃料電池車のほうがメリットがあると考えられるのです。
 理由のひとつは、燃料電池は小さくて、軽くて、パワーが出せる、ということ。乗用車くらいのサイズではほとんど差が出ませんが、より大きなパワーを出そうとすると、エンジンやバッテリーはそれに比例して機材自体も大きく、重くならざるを得ません。しかし、燃料電池では、パワーを2倍にするために必ずしも2倍の大きさにする必要はなく、小型でも高出力が可能です。
 もうひとつの理由は、大型車両は商用がほとんどであることです。
 輸送に使われる大型トラックは、たいていは決まったルートを走ります。大型バスも、路線バス、観光バス、長距離バスなど、走るルートが決まっています。ということは、燃料電池車の場合にネックとなる水素ステーションの問題がない、ということです。あらかじめルート上の充填場所を確認しておけばよいですし、必要であれば、自前で設置したり、定期的な利用を条件に供給事業者と交渉して設置してもらうこともできるはずです。
(「水素社会入門」p102)

(2)
 燃料電池車(FCV)は、販売補助金制度などの政策で普及が急速に進んでいます。2018年にすでに日本の普及台数を抜き、2020年末には7200台と、日本の2.5倍に達しています。中国でのFCVは、MIRAIのようなパーソナルユースの乗用車はほとんどなく、長距離トラックや路線バスが大半です。2020年には、燃料電池で走るトラム(路面電車)も導入されています。
(前掲書p173)

(3)
 2018年、ドイツでは水素燃料電池で動く世界初の旅客電車が運行をはじめたそうです。航続距離は1000キロメートル、水素を1回充填すれば1日中走行が可能だということで、燃料電池のメリットをよく活かしたシステムだと思います。
 ドイツではディーゼル機関車が走る路線がいまも多く残っているため、燃料電池への置換はメリットが大きいでしょう。
(p106)

(4)
 燃料電池は、船舶の動力源としてもメリットがあります。すでにイギリスのスコットランドでは、河川を運航する小型船舶で燃料電池を動力としたものが運航しています。また、同じスコットランドですが、水素を燃料とする世界初の海上カーフェリーが2021年には進水する予定です。
 日本ではまだこの分野の実証実験は多くありません。2016年に東京海洋大学が燃料電池船「らいちょうN」で試験航行しました。全長12.6メートルで70kWの燃料電池を搭載しています。
(前掲書p106)

(5)
 スクーターでは水素吸蔵合金と燃料電池を組み合わせたものがすでに開発されています。開発したのは、台湾のAPFCT(アジア・パシフィック・フューエル・セル・テクノロジーズ)という企業で、50cc/125ccクラスのスクーターです。
 水素吸蔵合金を充填したカートリッジを差し替えることで、簡単に燃料補給ができる仕組みになっています。カートリッジは小さくて取り扱いが簡単なうえに、低圧なのおで安全というメリットもあります。
(前掲書p110)

(6)
  フォークリフトには、エンジン式とバッテリー式のふたつのタイプがあり、ひと昔前はエンジン式がほとんどでしたが、最近は環境意識の高まりから、バッテリー式が主流になりつつあります。このバッテリー式をベースに、動力に燃料電池を搭載しているのが、燃料電池フォークリフトです。
 バッテリー式に比べて燃料電池の良いところは、低温に強いということ。バッテリー式が主流になりつつあります。このバッテリー式をベースに、動力に燃料電池を搭載しているのが、燃料電池フォークリフトです。
 バッテリー式に比べて燃料電池の良いところは、低温に強いということ。バッテリーは低温に弱いので、冷凍・冷蔵品を扱う倉庫などでは、燃料電池のほうが適しているといえます。
 また、水素は充填時間が約3分と短いのもメリットです。バッテリー式の場合、充填に6〜8時間かかるので、通常はスペアのバッテリーを用意しておいて交換しながら使用します。しかし、電池だけでも1トン近くの重量があり、交換するのもなかなか大変な作業なのです。その点、燃料電池車なら、一休みしている間に充填できてしまうので、作業効率が上がります。
 燃料電池フォークリフトの販売は、国内では2016年からはじまっていますが、普及は160台程度。一方、アメリカではすでに2万5000台が導入されています。特にウォルマートとアマゾンの小売大手2社が導入したことで、急速に普及が進んでいます。
(前掲書p111)

(7)
 エネファームは、複数の事業者が統一の名称で販売しています。現在は、パナソニック製、アイシン製、そして京セラ製の3機種になっています。水素燃料電池という認識は進まなかったものの、2020年度末には累計販売台数39万台に達しています。
 エネファームは、燃料電池ユニットと、貯湯ユニットから構成されます。
 燃料電池ユニットでは、家庭に供給される都市ガスやLPガスを改質して水素を取り出し、燃料電池で電気エネルギーに変え、電力を供給します。
 貯湯ユニットでは、改質、発電の過程で出る熱を回収して温水をつくり、必要に応じて供給します。
 エネファームの燃料電池は、ふたつのタイプがあります。
 パナソニック製は固体高分子形(PEFC)で、90℃くらいの温度で稼働するため、こまめな運転が可能です。発電効率は、約40%。
 一方、アイシン製は固体酸化物形(SOFC)で、発電効率52%と固体高分子形よりも高いのが特徴ですが、700〜1000℃と稼働温度が高く起動に時間がかかるため、24時間連続で運転します。京セラ製のものもSOFCです。
 発電の効率だけを見ると、火力発電の場合の40%とほぼ同じですが、熱を有効利用することで、総合効率は80%以上となります。
 現行のエネファームは、水素を製造するために都市ガス、LPガスなどの化石燃料を使用しているので、そこでCO2が発生することになります。
 現在、各家庭に水素を供給して、水素で直接運転するタイプの純水素燃料電池システムが実証実験の段階まで進み、多くの研究フィールドで運転されています。これが家庭に導入されれば、CO2排出量を大幅に減らすことができます。また、ガスを改質する装置が不要になり、設備が簡素化されるだけでなく、価格も下がるでしょう。
(前掲書p114)

(8)
 たとえば、石油精製や苛性ソーダ製造で使われていることはすでに述べましたが、メタノール合成や洗剤などの化学工業材料としても使用されます。
 たとえば、清掃工場などの焼却で発生したCO2を回収して、水素と反応させてメタノールにして再利用することもできます。
 また、半導体、太陽光パネル、光ファイバー、液晶パネルなどの製造にも欠かせません。現代のテクノロジーになくてはならない化学材料のひとつなのです。コークスの代わりに水素を用いて製鉄するプロセスが開発されていますが、これが実用化されると、将来は製鉄も化学工業に分類されるかもしれません。
(前掲書p121)

(9)
 水素の貯蔵にしても、液化水素と水素吸蔵合金では、同じ体積でも後者のほうがたくさん入るのです。つまり、同じ空間を液化水素で満たすよりも、水素吸蔵合金で満たして、そのなかに水素を吸わせたほうが、より多くの水素を貯蔵できる。これは直感で考えると、どうにも不思議な感じがします。
(前掲書p184)

(10)
 長崎県の五島列島では、再生可能エネルギーを活用したエネルギーの自給自足を推進していて、洋上風力発電で得られた電力の余剰分を水素に変換しています。変換した水素は、島内で走る燃料電池車に充填したり、MCH(メチルシクロヘキサン)に変換して定期船で隣の島に運んだりしています。隣の島では、MCHから再び水素を取り出し、電力として活用しています。
(前掲書p134)

(11)
燃料電池で電力を発生させると、同時に水も発生します。これは化学的に合成された純度の高い水なので、飲料水としても利用できます。
 たとえば、電気も水道も届いていないような場所に、燃料電池を設置して、水素を届ければ、電力も水も供給できるようになります。
 実際、こうした計画がいま、カザフスタンで発案されています。
(前掲書p135)

(12)
 南米大陸のアルゼンチン南部にパタゴニアという地域があります。ここは年中強風が吹いていて、世界一風が強い地域といわれるところです。なかでもチュブット州、サンタクルス州のあたりは、アンデス山脈から吹き下ろす偏西風が、毎秒十数メートルの強さで途切れることなく吹いています。
 この気候は、風力発電には最適です。しかし、この地域の人口は両州合わせてもわずか80万人程度です。大規模な風力発電設備をつくっても、いまのままではその電力を使う人がいません。だから、つくる必要がないわけです。
 しかし、水素というエネルギーキャリアがあれば、ここで発電したエネルギーを、別の場所に運んでそこで使うことができます。たとえば日本で使うこともできます。
 日本からすれば地球の裏側ですから、送電線を引いてもってくるわけにはいきません。しかし、液化水素にしてタンカーで運べば、それが可能になります。日本だけでなく、ヨーロッパやアジア各国、北アメリカなどへも、液化水素を運んでいけば電力を供給することができます。
(前掲書p137)

(13)
ロボットが接客することで有名な、佐世保のハウステンボスにある「変なホテル」では、「エネルギーの地産地消」を目的として、再生可能エネルギーを水素に変換して貯蔵し、各部屋の電力や給湯に使用しています。
 使われているのは東芝のH2ONEというシステムで、昼間の太陽光で電力をつくり、水素にして貯蔵し、夜間に電力として供給することが可能。また、太陽光の発電量が多い夏につくった水素を貯めておいて、冬に電力に変えるなどの使い方もできます。
(前掲書p116)
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2023年10月03日

里見甫について

ふたたび、こんにちは。

麻薬を使った戦争」に登場する里見甫について、ふたたび、取り上げる。
筆者の佐野眞一が、彼を“阿片王”と名づけたのは、アヘンに関する販売についてすべて里見がすべて引き受けたからだ。
その利益の管理を日本の国の機関がやっていたのは、「麻薬を使った戦争」のとおりである。
すべてのアヘン取り引きを、彼が中国で独占できた理由は、カネを自分のふところに入れないで、ちゃんと動かし、そこに信用が生まれたことにある。(※1)
他の者たちは、里見にたかり、私利私欲に走った者ばかりだった。(※2)
その中でも、特に田中隆吉元陸軍少将は、最低の人間である。
仲間の児玉誉士夫に要らぬことをけしかけたりした。(※3)
巣鴨プリズンに収監中、あさましい連中は、残飯を争ったりさえしたという。(※4)

驚くことに、里見は和平工作もやっている。(※5)
和平工作に関することは、小倉音次郎の『長江の流れと共に―上海満鉄回想録―』にも記述があり、「満鉄若葉会会報」では、丸山進氏もこのことにふれている。
さらに、日本映画にも影響を及ぼしている。
映画監督であったマキノ雅広が、里見の様子を『映画渡世・地の巻』に描いている。(※6)

里見は、宏済善堂という里見機関で阿片を取り引きして儲けたのだから、極悪人なのだが、一言も弁解がましいことは言わなかった。(※7)
GHQの取調べでも、自分のやったことだけ正直に話し、知らないことは知らないと供述したという。

彼の性格を表すエピソードが残っている。
麻薬を使った戦争」にニセ札の話があるが、この使用テストは、里見がやったというのだ。
失敗しても他人にせいに絶対にしない!
信念を曲げない!(※8)

筆者の佐野眞一さんは、さかんに里見を持ち上げているが、実際に彼は、上海にいた時だろうが、阿片愛好者だったようだ。(※9)
この事実を見逃すことはできないだろう。
彼の性格から、本当は、宏済善堂という名前の通りに事業をやりたかった。
だが、彼が満州に行く前から、中国人たちは阿片を吸飲していた。
「どうにもならないか」という諦めというのは、私たちも酒で紛らしたりするのと同じように、当時の里見には、それが阿片だったのだろう。
私が筆者なら、そういう考察で締める。

中国人というのは、日本の愚考の証拠を取り壊さないで、そのまま利用する。(※10)
非常にしたたかである。
対立の火種がなくなったら、「偽満州国」へ旅行してみたくなった。

最後に(※8)にある「人は組織をつくるが、組織は人をつくらない」という里見の言葉は、卓見である。
特に、公務員にあてはまるだろう。
公務員に就職する前の人間は、少しはマトモな人が多いと思う。
しかし、組織で要らないものに染まり、やがて無感覚になる。
定年前の公務員など、保身しか考えない人が多いのではないか。
これでは、人をつくれない。



(※1)
 里見の個人財産に関しては、後に「週刊読売」(昭和30年6月5日号「生きている戦争商人―アヘンが彩る大陸秘史―」)でも取りあげられている。里見がインタビューに応じたのは、後にも先にもこれが一回だけなので個人資産以外の部分も含めて主要部分を紹介していおこう。
〈【問】戦時中上海でアヘンの密貿をやったといわれているが。
【答】確かに上海でアヘンの仕事はやっていた。が、密貿などとんでもない話で、そんなことをいう人は私を全くしらない人だろう。軍の委託をうけ、汪(精衛)政府の財源となる重要政策としてやったもので密貿なんて笑止千万のこと、正々堂々としたものだ。
【問】アヘンを取扱うようになった動機はなにか。
【答】安いものが高く売れる。アヘンはばく大な利益があるものである。そのため、どうしても不正事件が多く起こるのだ。軍部がやっても政府がやっても失敗した。自分のフトコロにいれようとする人が多かったからである。そこで民間人である私が一切の利益を離れ、これを引受けることにしたのである。日本人はごく少数、ほとんど中国人を使用するという私なりの方法をとって成功した。その総額をしっかりつかんで、その行方さえ見守っていれば、それでいいんだよ。
【問】しかしそれで随分もうけたといううわさがあるが、この点はどうか。
【答】全くのデマだ。それを防止するために私が引受けたのだよ。アヘンというものは生産高の三分の一ぐらいしか政府にわたらないのが普通といわれていたが、私の場合、その大部分の収集に成功した。蒙疆政府の財源の八割は私が扱った。また私は同じアヘン関係の会社に関係していたので、その方の利益、給料で十分であった。一人暮らしで金ばかりもったところで、どうしようもないではないか。
【問】東条元首相に、多額な贈与をしたという話もあるが。
【答】アヘンの金は興亜院が直接管理していたので私はその行方については何にもしらない。個人で贈ったことは全くない。
【問】終戦後日本に帰るとき、現金になおせば何億という宝石や金の延棒を持ち帰ったというが・・・・。
【答】中国人の間でもそんなうわさがとんだそうだ。ところが持って帰ったのはバッグ二つ。それも中身はチョコレートとキャンディだったんだ。何しろ日本には甘いものがないというのでね、みやげにもってきたんだ。もともと私はそのまま日本にいついてしまう気持ちは全くなく、二ヵ月もすれば、また中国へ帰るつもりで、夏服一枚きたっきりで帰ってきたのだ〉
(「阿片王 満州の夜と霧」p250)

(※2)
 里見が阿片で稼いだ資金目当てに、小遣いをたかりにくる輩はあとをたたなかった。
 里見はピアスアパートの部屋に風呂敷に包んだ札束をいくつも用意しており、それを目当てに訪ねてくる憲兵、特務機関員から大陸浪人にいたるまで、いつも気前よく呉れてやった。
 昭和17(1942)年の翼賛選挙に立候補して念願の政治家となった岸信介もその一人だった。前出の伊達によれば、このとき里見は岸に200万円提供したという。
「鉄道省から上海の華中鉄道に出向していた弟の佐藤栄作が運び屋になって岸に渡したんだ。これは里見自身から聞いた話だから間違いない」
(前掲書p173)

(※3)
 田中はアヘン売買について調べるなら、里見だけでなく、児玉誉士夫も調べなければならない、そうでなければアヘン売買の全容を明らかにしたことにはならない、とも言っている。
 この件に関しては、児玉に長時間取材した大森実の『戦後秘史T 崩壊の歯車』(講談社・1975年8月)が一つの傍証となっている。
 児玉は大森実のインタビューに答えて、次のように述べている。田中がキーナン検事とともに、児玉に東京裁判の法廷でアヘン問題の証人になるよう要請し、証人になれば、「きみはその日のうちに巣鴨から帰れる」と甘言を弄した。だが、児玉が「オレはアヘンについては何も知らん」と言ってその申し出を断わったため、田中は「せっかくきみを助けてやろうと思ったのに」と言って怒り、里見に関して表沙汰になっていない事件をばらすと脅しにかかった。
 結局、アヘン問題に関しては里見ひとりが東京裁判の法廷にたつことになった。それが決まると、田中は今度は「里見に頼んで、彼が証言することになった。きみなんかもういらないよ」と昂然として児玉に言い放ったという。児玉は、「田中は脳梅(毒)だた。あいつのおかげで十人くらい絞首刑にされた」とも語っている。
 自分が起訴されなければ(田中は実際に極東国際軍事裁判で起訴されなかった)、硬軟とりまぜた策を弄して“犯人”を仕立てあげる田中のこの態度は、多くの日本人から、帝国軍人にあるまじき無節操さと批判された。
(前掲書p233)

(※4)
上海で里見のアヘン取引のパートナーとなった徳岡照が死の直前に綴った前掲の「徳岡ノート」に、巣鴨プリズンに収監中の里見の様子を記したこんな走り書きが残っている。
 ―巣鴨における里見の態度は極めて平静だった。巣鴨で面会した際も平然として自分の行く末を覚悟していた様子。里見は自己弁明は一切せず、阿片資金を私することもなったくなかった。これがA級戦犯を免れた最大の理由だったと思う。
 ―A級戦犯の大部分は、位人臣をきわめた連中だったが、残飯を争って貰うようなあさましい人間ばかりだった。その点里見はきわめて小食で、そういうことはまったなかった。同房の牧野(伸顕)内大臣が人を押し退けて残飯をあさっていたことを、里見が笑いながら恬淡として語っていたことを憶えている。
「徳岡ノート」には、GHQは里見のサムライ精神に感動したというニュアンスの記述もある。たしかに里見の供述には、自己正当化や責任転嫁の色はなく、逆に、里見の人間的おおきさのようなものが伝わってくる。
(前掲書p264)

(※5)
 前掲の「徳岡ノート」で最も驚かせるのは、里見が終戦に向けての和平工作に動いたいたらしい事実がうかがえることである。徳岡の文字は乱れに乱れ、文意もはっきりしないところが多い。だが、繰り返し和平工作について述べているところからみて、この話の核となった事実があったことはほぼ間違いないとみていいだろう。徳岡が述べる里見の和平工作の概要は、およそ次の通りである。
 里見は終戦間際、フランス租界の瀟洒な屋敷に住む老三爺とい完全なアヘン吸飲者と頻繁に会っていた。その会見の多くには小生も同行した。老三爺は広東訛りの中国語をしゃべり、小生にはまったく理解できなかったが、里見はその点完全にマスターしていた。
 老三爺と里見の会談は、連日三時間ほど行われた。議題はもっぱら重慶の対蒋介石工作だった。老三爺は太平天国の乱を鎮圧した曾国藩の末裔だった。そんな国民的英雄の血筋を引いていた人物だったkら、蒋介石も老三爺の言うことをむげにはできない様子だった。その上、老三爺は湖南の生まれだったので、同じ湖南の生まれで次第に勢力を増していた中国共産党の毛沢東とも精神的には結びついていた。 老三爺を通じて重慶側からもたらせた和平の条件は、鈴木貫太郎総理大臣を特使、米内光政海軍大臣を副使として派遣するなら、和平交渉に応じてもよい、というものだった。
 これに対して里見は満鉄上海事務所所長の宮本通治に、重慶側から提案されたこの親書を託した。このとき日本側が交渉のテーブルにつくための前提条件として里見の考慮にあったのは、次のような腹案だった。
 @日本側現職内閣の即時総辞職
 A撫順炭鉱、南満州鉄道、大連埠頭、その他満州各地の大都市の権益譲渡を含めた満州国の消滅。
 B台湾の領有問題については後刻相互に検討する。
 Cこの条件がのめないときは、日本は首都を満州の長春に遷都し、徹底抗戦を辞さない。
だが、宮本通治の出発が遅れた上に、予想だにしなかったソ連軍の突然の参戦もあって、この和平工作は失敗に終わった。
(前掲書p204)

(※6)
 里見とマキノの関係は、戦後、里見が住んでいた東京・成城の家をマキノが買い取るほど深い間柄だった。二人の関係は、マキノのところに突然かかってきた一本の電話からはじまった。
 昭和17(1942)年、マキノが市川猿之助、原節子、高峰秀子らの豪華キャストで「阿片戦争」の製作発表をしてから間もなく、「わしは阿片の親分だ」と言ってかかってきた電話があった。聞くと、里見機関からだという。
 マキノが電話で言われた通り、里見の東京での定宿になっている帝国ホテルに駆けつけると、初対面の里見は上機嫌でこう言った。
「阿片はアングロサクソンの代わりにわしがやっとるんだ」
そして、こうつづけた。
「マキノくん、20万円やるから、上海へ来い。これはわしの罪滅ぼしだ。たしかに現在の阿片はわしが握っている。しかし、儲けてはいないんだ。『阿片戦争』という映画を上海で撮れ」
 里見は、アヘン戦争で大量のアヘンを海中に沈めて敵のイギリスに対抗した林則徐の名前を出し、その林則徐を主人公にした映画をつくってくれ、とも言った。
 里見の申し出た20万円はマキノが固辞したため、結局、製作会社の東宝が受け取ることになった。里見が望んだ上海現地ロケも、スタッフが危険すぎると二の足を踏んだため、実現せずに終わった。
(中略)
マキノは最後に述べている。
〈東宝や松竹の映画が、そしてその後大衆の妻三郎映画が上海で上映出来るようになったのも、里見氏の金に支えられてのことであった。昭和17年(1942年)2月に日本軍がシンガポールを占領した時、東条英機総理は、里見甫から、蒋介石の金として20億円貰って、中国との戦争終結をする約束だったのを、東条英機は金だけ受け取って、総理をやめて逃げてしまったのだという話も聞いた〉
妻三郎映画とはいまでもなく、戦前のスーパースターの坂東妻三郎主演映画のことである。
(前掲書p169)

(※7)
 里見は戦後、阿片について語ることはほとんどなかったが、ごく親しい関係者にはこんな主旨のことを洩らしている。
「安済善堂の安済は社会救済、善堂は慈善の意味です。目的と名称が違うといわれるかもしれませんが、批判は自由にして下さい。安済善堂の目的はもちろん阿片の販売です。その売上利益に対し、一定の課税を安済善堂が取った。その金を大本営に流したといわれますが、決済はすべて現地の陸軍部とやりました」
 前述したように、阿片問題を直接管理していたのは興亜院である。里見は、そこに入った金が、大本営に献上されたり、現地派遣軍や特務機関に還流されたりしたかについては何も知らない、とも述べている。
(前掲書p190)

(※8)
 昭和12(1937)年8月、第二次上海事変が勃発したとき、日本軍は敵の経済を攪乱するため、ニセ札を大量につくる謀略工作を計画した。ところが、いざニセ札が刷りあがりテストをやろうという段になると、みな怖じ気づいて引き受けようとする者もでてこない。
 そこで手をあげたのが、里見だった。里見がフランス租界のハイアライ遊技場に行って試すと、一回目は無事通ったが、二度目に見破られて領事館警察に突き出され、ブタ箱に叩き込まれる羽目になった。
 しかし、取り調べがはじまっても、里見は「オレ個人でやったんだよ」とシラを切り通したので、警察もやむなく里見を釈放した。
 この一件で、陸軍内部での里見株は一段とあがった。その頃、第二次上海事変の戦闘は上海北方の閘北で膠着状態に陥り、日本軍は攻めあぐねていた。強攻すればいたずらに犠牲が多くなるばかりなので、ここは外交交渉で行くほかないという結論になった。
 軍は考えた末に支那側に知り合いの多い里見に折衝役の白羽の矢を立ててきた。里見は伝手を求めてフランス租界で敵将とひそかに会い、折衝の結果、相応の大金を代償に支払うという条件で支那軍総退却の合意をとりつけた。
 しかし、この約束に一抹の不安を感じた日本軍側は、代償金の前渡しを例のニセ札で行おうと言いはじめた。里見はこれに烈火のごとく怒り、軍首脳を怒鳴りつけた。
「何を言うか。これだけのことをのませておきながら、それに報いるのにニセ札とは何事か。そんなことで武士の一存が立つか」
 里見のこの一言で信義は守られ、かねてからの打ち合わせ通り、敵は約束の日時に小銃を空に向けて発砲し、これを合図に総退却をはじめた。そして呼応した日本軍の総攻撃で、難攻の戦線もついに破れた。
(中略)
 阿片という悪の華の世界にどっぷり浸かりながら、不思議なことに里見には、このときの日本軍がとろうとした組織悪のいじましさも、権力にたかることでしか生きられない児玉のような国士気どりのさもしさもない。
「人は組織をつくるが、組織は人をつくらない」
 里見は晩年、秘書役の伊達によく、そう言ったという。
(前掲書p176)

(※9)
 里見の遺体が荼毘に付されたとき、会葬者たちは、里見の頭骸骨が淡いピンク色に染まっていることに気がついた。しかし、それが阿片常習者の特徴だということに気づく者はほとんどいなかった。
(前掲書p428)

(※10)
 里見と甘粕が接触し、交差した新京(現・長春)の旧関東軍司令部の、屋根に日本の天守閣を配したグロテスクな建物は、歴史の皮肉そのままに、いまは共産党吉林省委員会の建物となっている。
 中国人民のたくましい現実感覚を物語るように、里見の案内で松本重治が泊まった大連の「ヤマトホテル」も、「国通」とロイターの通信提携契約が結ばれた旧新京の「ヤマトホテル」も、いまもそのままホテルとして使われているし、かつて東洋一の規模を誇った満鉄病院は、大連医院の本院として再利用されている。満鉄本社の壮麗な建物は、大連自然博物館となっていた。
 それらの建物にいずれも「偽満州国」時代のものだということを示す表示が掲げられている。なかでも傑作なのは旧新京の人民大広場にある旧満州国国務院である。日本の国会議事堂を模してつくられたこの建物は、皇帝・溥儀がバルコニーから二万の兵を閲兵したことで知られている。
 今は吉林省の医科大学の研究所に変わったその建物の一画の薄暗い展示室には、岸信介をはじめとする「偽満州国」要人の肖像写真が飾られ、鹿の角を粉末にした強精剤などと一緒にお土産品として売られていた。
 このしたたかなビジネス感覚には思わず吹き出すほかなかった。こうした光景を見るにつけ、里見や甘粕が満州でやろうとしたこの善悪とは別次元に広がる索漠たる胸中に思いを馳せずにはいられなかった。
 中国人民は、甘粕の謀略にも里見の宣撫にも、ほとんど心かき乱されることなく、大河の流れにも似た悠久の歴史を刻んだ。甘粕も里見も、行けども行けどもたどり着けない満州の地平線にも似た徒労感にとらわれつづけたのではないか。
 しかし、里見も甘粕も賽の河原に石積みするにも等しい行為をやめることなく、時代の狂気そのままの暴走をさらに重ねていった。
(前掲書p129)

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2023年09月29日

麻薬を使った戦争

こんばんは。

佐野眞一さんの「阿片王 満州の夜と霧」というノンフィクションを読んだ。
2005年に出版された本である。

これは、第二次世界大戦の前半、日本が建国して消滅した満州という国について記したものだ。
そこに深く関わった人物、里見甫(はじめ)とそれを取り巻く人たちの物語である。
佐野眞一さんが、書くに至った動機として「あとがき」に記しているが、なぜ、日本が高度経済成長を成し遂げることができたのか、その遠因は、満州にあるのではないか、という仮説を自分で立てていたからである。(※1)
その前段で、里見の息子の関する「故里見甫先生 遺児里見泰啓君後援会 奨学基金御寄附御願いの件」の文書を見つけた。
これに列記してあった発起人の顔ぶれが、異常であった。
本格的な取材は、これに端を発して始まった。
里見甫は、超のつく大物だったのである。

里見は、中国で阿片という麻薬を取引した日本人である。
阿片といえば、アヘン戦争であり、これを使って中国人を苦しめたのは、学校でも教える。(※2)
ところが、満州国建国から日中戦争に至るまで、日本人もアヘンを使って、中国人を苦しめている。
このことは、学校では教えない。
白人優越主義により、イギリス人たちは中国人をゴミのように扱ったのだが、日本人も真似をして、中国人をゴミのように扱った。(※3)

私は、過去、鈴木明さんの「南京大虐殺のまぼろし」という本を読んだことがあり、その続編、「新南京大虐殺のまぼろし」も読んだ(二つとも津波がどこかへ連れて行った)。
この中に、アヘンを日本軍が利用した話は、一つも書かれていなかったような気がする。
当時の中国社会、特に、上海社会は、人命を何とも思わない空気に包まれていた。(※4)
このような社会で、アヘンを使って、日本軍は戦争を行ったのだ。
そこに、「虐殺はなかった」というのは、明らかに無理があると思う。

里見は、アヘンの販売のみを扱い、アヘンの利益の管理は、日本の国家機関である興亜院が管理していた。
したがって、アヘンの莫大な利益で、日中戦争を戦うことができたのである。
国家機関が管理していた、といことは、当時の総理大臣以下、中国方面に関わった軍関係者は、すべて、アヘンのことを知っていた、と捉えていい。
そのメンバーが、上記、遺児奨学金の発起人たちである。
岸信介、児玉誉士夫、笹川良一、佐藤栄作などなど。
で、昭和天皇はどうだったのか?の問うことができると思うが、天皇には、「アヘンを使ってはならぬ」という意志があったようだ。(※5)
日本軍は、中国の経済混乱も狙って、ニセ札も刷った。(※6)

何が大東亜共栄圏だ!
今でも、そんな都合のいい話をしている日本人がいるなんて、何と恥ずかしいことだろう。
麻薬で現地人を騙すなど、まともな人間のすることではない。



(※1)
 日本は、敗戦後十年足らずで高度経済成長の足がかりをつかんだ。それは、わが国がいち早くアメリカの核の傘の中に入って、軍事防衛問題をほとんど、アメリカという世界の警察国家にまかせっぱなしにし、経済分野に一意専心することができたからにほかならない。昭和25(1950)年に勃発した朝鮮戦争による特需景気は、その先駆けをなすものだった。
 だが、そうした側面もさることながら、日本の高度経済成長のグランドデザインは、かつての満州国を下敷きにしてなされたような気がする。時の総理大臣として、高度経済成長に向け号砲を打ったのは、将来の総理大臣を嘱望される安倍晋三の祖父の岸信介である。その岸が産業部次長として満州に赴任し、満州開発五ヵ年計画を立て満州国の経済政策の背骨をつくって、後に「満州国は私の作品」と述べたのはあまりに有名である。
 世界史的にも類をみない戦後の高度経済成長は、失われた満州を日本国内に取り戻す壮大な実験ではなかったか。そんな思いが私をきつくとらえていた。戦後高度成長の象徴である夢の超特急も合理的な集合住宅もアジア初の水洗式便所も、すべて満州ですでに実験済みだった。
(「阿片王 満州の夜と霧」p9)
 満州国の首都の新京には上下水道が整備され、東洋でははじめて水洗便所の敷設も新京からはじまった。大連には東洋一を誇る病院があり、市街地はアスファルトで舗装され、主だった住宅にはセントラルヒーティングが施された。主要都市のデパートには、日本内地でも入手できない高級舶来品があふれていた。
 前掲の『実録・満鉄調査部』に、日本と満州の生活レベルを比較している箇所がある。
〈満鉄の、たとえば付属病院にゆくと、給湯装置は完備していたし、医療器具は自動化された滅菌装置のトンネルからベルトで流れてくるのだった。
 満鉄本社には600台のタイプライターが唸りをあげ、電話はダイヤル即時通話であり、大豆の集荷数量・運送距離・運賃はIBMのパンチカードシステムで処理され、特急「あじあ号」は6輌編成で営業速度130キロをマークしていた〉
 満州国建国のプランナーは石原莞爾は、満州国を植民地化しようとするあらゆる勢力に猛烈に反対した。昭和12(1937)年の日中戦争勃発時、参謀本部作戦部長だった石原は、不拡大方針でことに臨んだ。石原が主唱する世界最終戦争の一方の主役たるべき東アジアブロックの形成が台無しになることを恐れたからである。
 そして、最後は満州国の日本からの独立を主張して軍部の不興を買い左遷された。もし石原の主張通りことが進めば、石原はいわば日本のジョージ・ワシントンとなり、東アジアの一画に、日・漢・朝・蒙・満の5族を中心とした東アジア諸民族が居住するアメリカ合衆国なみの多民族国家が誕生していた可能性がある。
(前掲書p105)

(※2)
 アヘンが中国で習慣的に吸飲されるようになったのは、17世紀はじめ、オランダの植民地だったジャワから明朝末期の中国南部にもたらせてからである。強い習慣性をもつアヘンは、一度体験すると忘れられない陶酔感があるところから、苦しい禁断症状をともなうにもかかわらず、たちまち中国全土に広がっていった。
 イギリスの東インド会社による中国へのアヘン輸出がこれに拍車をかけた。東インド会社が植民地インドのアヘンを中国に輸出し、中国はイギリスに茶や生糸を輸出し、イギリスはインドに綿製品を輸出するという、有名な三角貿易システムが完成するなかで、中国におけるアヘン需要は増加の一途をたどった。
(中略)
 清朝は増大する一方のイギリスからのアヘン流入に対抗するため、自国のケシの栽培を奨励するという一か八かの苦肉の政策をとった。これが裏目に出た。『東亜共榮圏建設と阿片對策』は、アヘン戦争の敗北によって清朝のアヘン輸入が強制的に増え、それが莫大な国家的損失をもたらした、と述べている。
〈支那が如何に地博物大にして富裕を誇ってゐたとしても、年々4700万両(現貨にして30億円)の銀がイギリスに吸飲せられてゐたとしたら、支那の滅亡は坐して待つのみであろう。支那が当時この銀流出に対抗し得る唯一の方法は、自國内に罌粟栽培を奨励してイギリスよりの輸入を防遏するより外に致し方がなかったのである。
 道光帝は浩嘆しながらも涙を呑んで此の手を打ったのである。その結果として支那は無制限の罌粟栽培と、停止する処を知らない阿片の氾濫に、拱手傍観するより外に術はなかったのである。
 支那が阿片戦争迠惹起して防遏しやうとした阿片嗜好の流行は、尚一層激しい勢で、全支に向って燎原の火のやうに燃え拡がって行ったが、直接の目的とした英国よりの阿片輸入は遂年激減して行く効果は明らかに現はれて來たのであった。歴代の清國政府は阿片禁断の方策を樹立しては取締に力を致して來たが、一旦之が習慣に染まった全国の癮者は、迚々強制し難いことは今も同じである〉
 ではこの当時、中国にはどれだけの数の阿片癮者がいたのか。『東亜共榮圏建設と阿片對策』の著者は、最低で見積もっても人口全体の3パーセントはあると推定した上で、次のように結語している。
〈4億5000万の総人口中1350万といふ数字が一應擧げ得られる。この癮者が1人平均30両を消費すると仮定して4億500万両である。生産地の自場消費等低廉な価格も考慮して平均1両10元としても、40億5000万元に当る。是が一縷の煙として消費せらるゝのかと考へれば慄然たる計数ではないか〉
その後、中国ではアヘン吸飲に対し厳格な禁圧措置が何度もとられ、違反者を公開で銃殺刑に処することまで行われた。だが、アヘンを撲滅するには程遠かった。その温床となったのは、国民党政府が樹立されてもなお地方に数多く残存する軍閥の存在だった。
 彼らにとってアヘンは貴重な収入源であり、配下の者たちの闘争心を煽る恰好の向精神薬だった。各地の軍閥はケシの栽培を争って奨励し、アヘン争奪がしばしば内戦の火種となった。軽量で高価なアヘンは、通貨と同等と見なされ、満州国が建国される前には、中国は再び世界最大のアヘン市場となっていた。
(前掲書p134)

(※3)
 満州帝国とは、アヘンの禁断症状と麻痺作用を巧みに操りながら築かれた、砂上の楼閣のような国家だといってもよかった。
 林郁の『新編・大河流れゆく』(ちくま文庫・1993年6月)のなかに、満州でアヘン工作に関わった元特務機関員の告白が紹介されている。
―私はアヘンを取り締まる一方で野放しにし、さらにスパイ工作にも使うという相反することを同時にくり返す現場にいて、これは支那民族の滅亡策だと思った。アヘンは性的興奮も一時つよめる。苦しい者は、生のあかしだと思って、飲んで性行為に溺れる。それで衰弱する。子どもは生まれなくなる。生まれても育ちにくい。それを承知でアヘンを使ったのは、相手を人間とみなかったからです・・・・。
 この元特務機関員は、「アヘンは苦を忘れ、一時的に活力を与えられるだけでなく、性の快楽に心身をひきずりこむから、金銭より特務の役に立ちました」とも述べている。
(前掲書p139)

(※4)
スパイどころか、上海は人の命がいちばん安く、アヘンがいちばん高いといわれていたように、人殺しさえ日常茶飯事のことだった。白昼テロに驚く者はなく、血しぶきの飛び散る殺害現場を目にしても、みな魚の目のような無感動なまなざしをくれるだけで通りすぎた。人心の荒廃と風俗の貧廃は、20世紀のバビロンというにふさわしかった。
 見せしめの処刑もあたりまえだった。ジョルジュ・バタイユの『エロスの涙』(森本和夫訳・現代思想社・1976年7月)のなかに、囚人を裸にして木の枷に縛りつけ、生きたまま、胸や下腹部をえぐりとって市中を引き回す中国の処刑の写真が紹介されている。それと同じことが、いやそれ以上に残酷なことが、日常的に行われた。農家で使用する大きな藁切り包丁をギロチンがわりに使った公開私刑さえ珍しくなかった。
(前掲書p197)

(※5)
 塩沢は、里見の晩年の秘書を自任していた伊達に、里見の死後、こんな秘話を明かしている。
 上海の宏済善堂は、軍が阿片取引に深入りするのを心配した昭和天皇が、しばしば「どうなっているのか?」と御下問になるので、里見にその旨を含ませ、軍の隠れミノとするため発足させた。
 塩沢は、阿片工作を密命した影佐を訪ね「阿片工作は陛下のご意志に背いているのだから、絶対外部に漏らさぬように」と釘を刺したという。
 戦後、天皇の戦争責任が占領軍の間で議論になったとき、天皇が好戦的でなかったことの証拠としてこの話がもちだされたという。
(前掲書p165)

(※6)
 ちなみに、岩畔は陸軍中野学校とならんで、神奈川県川崎に陸軍登戸研究所という秘密軍事組織もつくった。その登戸研究所について、岩畔本人が生前、次のような証言をしている。
〈登戸の研究所ではパスポートから偽造紙幣まで何でもつくった。中国ではドイツのザンメルという印刷機械で紙幣をつくっていたので、それと同じ機械をドイツにつくらせ船で日本に運んだ。中国の経済を混乱させるため大陸にバラまいたニセ札は、日本円で60億円は下らなかった。登戸でつくったものを大陸浪人を見つけちゃ渡して、大陸でバラまかせていた〉(「岩畔豪雄氏談話速記録」木戸日記研究会・日本近代史料研究会〈1977年6月〉)
(前掲書p35)

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2023年08月30日

差別されたら、開き直れ!

こんばんは。

「非色」という小説を読んだ。
これは、私が生まれた年に発表された作品である。
人種差別を小説で描いたもので、人生「色に非ず」と言った感じか。
戦後の占領軍人の妻となった日本人女性の自伝みたいな形式で書かれている。
そういう人たちは、「戦争花嫁」と呼ばれている。

主人公の笑子(えみこ)は、戦争花嫁として、日本で差別を体験し、ニューヨークでも体験することになる。
そこで見たもの感じたものは何か?

笑子の考察は、なかなか鋭いと思う。
もちろん、笑子ではなく、作者の有吉佐和子さんの考察なのである。
二つの考察を紹介する。
一つ目は、優越主義である。
もしかしたら、白人優越(至上)主義も、この範疇に入るのか。

 金持は貧乏人を軽んじ、頭のいいものは悪い人間を馬鹿にし、逼塞して暮らす人は昔の系図を展げて世間の成上がりを罵倒する。要領の悪い男は才子を薄っぺらだと言い、美人は不器量ものを憐れみ、インテリは学歴のないものを軽蔑する。人間は誰でも自分よりなんらかの形で以下のものを設定し、それによって自分をより優れていると思いたいのではないか。それでなければ落着かない、それでなければ生きて行けないのではないか。
(「非色」p325)


これは、今でもその通り!というしかない。
威張り腐る人は、典型的である。

もう一つは、支配階級と非支配者階級、小説の中でも、これを階級闘争と指摘している。

 私は今こそはっきり言うことができる。この世の中には使う人間と使われる人間という二つの人種しかないのではないか、と。それは皮膚の色による差別よりも大きく、強く、絶望的なものではないだろうか。使う人は自分の子供を人に任せても充分な育て方ができるけれど、使われている人間は自分の子供を人間並に育てるのを放擲して働かなければならない。肌が黒いとか白いとかいうのは偶然のことで、たまたまニグロはより多く使われる側に属しているだけではないのか。この差別は奴隷時代から今もなお根深く続いているのだ。
(前掲書p366)


今では使うことができない「ニグロ」という言葉から想像できるように、笑子の夫は、黒人(今ではアフリカ系アメリカ人といったほうがいいとか)である。
笑子は、ユダヤ人と日本人との間にできた子どもの面倒をみていた。
待遇がよく、夫婦の対応も良かった。
しかし、彼女はある時、自分もニグロなのだ、と自覚し、おそらく、「ニグロで何が悪い!」と思ったことだろう。
面倒をみていた子どもに、すでに愛情が湧いていたが、それを振りほどき、ハアレムに戻る。

思い出したのだが、このことを副島先生は著書で紹介していて、長くなるが引用する。

 チャールズ・マレーは『ザ・ベル・カーヴ』の中で、さらに、驚くべきことを書いている。「黒人種は白人種に知能で劣る。しかし白人種よりもアジア人種の方がより優れている。さらにアジア人種よりも、ユダヤ人種のほうが優れている」と、IQテストの結果を厳格な統計資料にもとづいて書いている。アメリカの人種差別をめぐる問題は「単なる差別感情のあれこれ」などではなくて、科学(学問)の方法を採用することによってしか議論すべきことではないのである。
 では、これに対して、当の黒人たちはどのように反応したか。彼らもまた、マレーを黙殺した。今やアメリカの黒人たちは、一部の金持ち化したミドル・クラス・ブラックス(中産階級黒人層)を除いて、黒人コミュニティの中で自分たちだけで暮らし、黒人だけの学校教育を受けたい、という考え方に大きく傾いている。それが白人の差別主義者たちからでなく、黒人の側から逆提案されて実行に移されている。それが“セグリゲイショニズム”Segregetionism(人種分離主義))とは似て非なる“セパレーショニズム”Separationism(分離独立主義)である。これは、従来の“コンソリデーショニズム”Consolidationism(人種融合[融和]主義)に対する反省から生まれたものである。
 この「黒人たちだけで生きてゆこう」というセパレーショニズムの考え方を、最も早く実践運動の中から練り上げ、提唱したのが、マルコムXであった。
(「世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち」p371)


つまり、有吉佐和子さんは、このことを、すでに知っていたということだろう。
「非色」には、アメリカ社会のいろいろな差別のことが書かれてある。
途中からは、すらすら読めるし、けっこう面白い。
小説なんて、私はずっと読んでいなかった。
400ページもあると、面白くない本だと、読み終えるのに何日もかかることもあるが、これは、1日でスパッと読み終えた。

この中に、少々、日本での、出自の差別が書かれてある。
私の世代で言えば、何といっても中森明菜の不幸である。
彼女は、出身による差別を受け、近藤真彦に振られたのではないか、とささやかれていた。
東北の田舎だと、すでにそんなものはなかったと思うが、都会のほうは、そうはいかなかったらしい。
もし、差別されたら、小説の中の笑子のように、「それで何が悪い!」と居直って生きていくべきである。


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2023年08月14日

メモる 25

3回目。


河野太郎って、アメリカの手先だったのね。
核燃料の再処理に反対していたから、少しはマシな政治家だと思っていたのに。
完璧に騙された。

河野氏が大臣となって、宗主国の戦略を忠実に実行する“営業部長”に就任したのは偶然ではない。
 米国が、日本の有望な若手政治家を洗脳し、自分たちに都合のいいエージェント(代理支配者)に仕立て上げるための洗脳プログラムがある。
 そのひとつが、「ジョージタウン大学日米リーダーシッププログラム」(Georgetown University Leadership Program=GULP)である。
 学費や渡航費用、米国での滞在費など、全てGULP側が持つ。この顎足つきの洗脳プログラムを通して、本人も気づかないうちに、アメリカ側の日本人エージェントとしての思考回路を植え付けられる。
 このプログラムが開催されているジョージタウン大学は、何を隠そう河野氏の出身校で、ホワイトハウスからほど近い場所に存在する。さらにGULPにも河野氏は協力している。アメリカ側の対日日本工作窓口は最初から河野氏に目をつけ、代理支配のために養成していたのであろう。
(「紙の爆弾」2023年9月号p14)


六ヶ所村の核燃料再処理工場でのトリチウム汚染水放出に関連して、福島原発の汚染水海洋放出の問題。
「汚染水をどうすべきか」という問いに対する福島原発告訴団団長の武藤類子さんの発言。

「市民団体やアメリカの学者などから提案されている堅牢な大型タンクやモルタルで固化し、放射能が減衰するまで管理するのがリスクが少なく良いと思います」
(「紙の爆弾」2023年9月号p49)


これ、使える。
セメントを固めるのに水が必要だから、今後、コンクリートの工事で、すべて、この汚染水を利用する。
トリチウムというのは、大した放射能があるわけでもないから。
特に、東京などの都会での土木工事で優先的に使う。
福島から近いし。
もっと近いのが、原発の地下ダム建設。

福島原発の地下水を止めろ

地下ダム建設にこの汚染水を使えば、大変よい。
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2023年07月06日

この本は読んでほしいなあ

暇なので、3回目。

まずは、引用文を。
介護の話である。
この本が出版されたのは2003年であり、今から20年も前だ。
書いたのは鎌田實さんという方で、長野県にある諏訪中央病院を立て直し、地域医療の方法をたくさん考えた人。

 今から16年ほど前のことだ。
 86歳のおばあちゃんが、突如、多発性脳梗塞で倒れた。入院治療を行い、一命を取りとめたものの、失禁状態のために膀胱にバルーン挿入が必要だった。車いす生活になった。
 そのおばあちゃんが、こんなことをいいだした。
「おじいちゃんといっしょに、自分の家にいたい」
 ところが、介護をする側のおじいちゃんもすでに79歳である。子どもたちも、仕事の関係で、看たいという気持ちはあっても、どうしても同居はできなかった。それでも、倒れた彼女は、家にいたいと、はっきり主張する。
 当時、主治医だったぼくは、介護者が二人いない住宅ケアは、長くつづかないと信じていた。いろいろな人たちが助けてくれるとはいっても、1日の大半はおじいちゃん一人の手による老老介護である。おばあちゃんの気持ちは理解できるが、大好きな家で生活するのは、とても無理だと思った。ぼく自身は、この脳梗塞のおばあちゃんには、施設ケアの方がいい選択だと考えていた。それが、当時の常識的判断だったと思う。
 ところが、おばあちゃんと直接かかわりのあるスタッフたちから、彼女の願いを受けいれてあげたい、という意見が出された。ぼくの常識的な見解は、現場のやる気に負けた。結局、ぼくたちは、おばあちゃんの、家にいたいという思いを大事にして、ケア・プランをつくることになった。
 こうして在宅ケアが始まった。
 ますは、毎日、専門職のだれかが訪問することにした。在宅ケアには、訪問看護師、理学療療法士、作業療法士が交代で加わった。ぼくたち流のケア・プランをつくった。市の保健師や社会福祉協議会のヘルパーさんたちにも、1日1回、応援をお願いした。違う組織との連携を密にした。子どもたちにも、時々、介護に来てもらうことにした。
 おばあちゃんの家には、いろいろな職種の人たちが出入りすることになった。そこで、連絡帳としてノートを1冊用意することにし、そこにそれぞれが得た情報や問題点を書きこんで、互いの情報交換をするようにした。今から思えば、16年前によくこれだけのことをやったものである。
 正直、ぼくは、スタッフたちがどうせ途中で白旗を揚げるだろうと思っていた。そして、在宅ケアの開始から、一箇月が過ぎたある日、スタッフたちがぼくに声をかけてきた。
「先生、そろそろ往診をお願いします」
 おばあちゃんの家は、泉野という山際の村にあった。
 門をくぐり、大きな農家風の一軒家にお邪魔するとおばあちゃんは縁側に設置されたベッドの上にちょこんと座ったまま、作業療法士がつくったテーブルの上に小さな鏡を置いて、髪を丁寧に撫でつけている。ベッドは病院から譲り受けたものだった。
 部屋の片隅に座っていたおじいちゃんが、嬉しそうな表情で、おばあちゃんのおしゃれを眺めていた。
 ぼくは、このおばあちゃんが、車いす生活どころか、下手をすると寝たきりになっているのではないかと心配していたのに、病状は明らかに改善されていた。これが、在宅ケアのいいところだ。ぼくは、あらためて勉強させられた思いがした。
(「病院なんか嫌いだ」p114)


私が昨年、日本海へいか釣りに行かなかったことは、ここで報告済みである。
その理由は、介護をしなければならなかったから。
このことを書くつもりはなかったが、「病院なんか嫌いだ」という本を読んでしまい、世の中に、こんな先生もいて、こんな病院、こんな地域医療があるんだなあ、と知らされた。
だから、ここを読んでいる人たちも、情報や知識の共有ということで、知っておいたほうがいいと思う。
どうせ、人は、死ぬか介護されるかのどちらか、なのだから。

一昨年の暮れ、私の憎たらしい親父が、具合が悪くなった。
一人では起き上がれなくなった。
デブでも食欲旺盛な親父が、ご飯も食えなくなった。
血圧は正常なのだが、脈拍が異常に速く、1分間に160も打っている。
病院に連れて行っても、先生も原因がわからない。
そのうち、親父が「おしっこをしたい」と言い出し、採尿器にさせようとしても尿が出ない。
そこで先生が機転を利かして、尿カテーテルを入れたら、出るわ出るわ。
原因は、前立腺肥大による尿詰まりで、腎臓がイカれて、心臓までイカれた。
即、入院で、その後少しは良くなったが、結局、寝たきりになり、県立宮古病院に長く置くことはできないことから、転院した。

今から思えば、転院先の病院というのは、寝たきり老人などの専用病院だったようだ。
最初のうちは親父もおとなしくしていたが、ちょうどコロナ騒動が起こった頃なので、面会もろくにできず「来ないのか」と電話が来ていたが、そのうち最後には、「帰りたい。迎えに来てくれ」と何度も電話が来た。
私は介護する決心をした。
いさだの漁期中である。
周りからは、100%反対された。
しかし、あのような声で親父の声を聞くのは忍びなかった。


家に連れて来た時には、親父はもう長くないと思った。
寝たきりで、足の色が赤黒く、むくんでいた。
尿の色も赤っぽい。
しかし、「プーファフリーの実力 3」で書いたように、私の作った食事で、快方に向かった。
尿の色も、私たちの尿のように、きれいになり、足のむくみもなくなった。

介護現場では、いろんなことが起こる。
普通におむつ交換や食事の世話をやっている分には、大したこととは思わなかった。
しかし、突発的な事件というのが、たまに起こるのである。
私は、事件が起こった時、ケアマネさんやヘルパーさんたちから聞いていたことを思い出した。
介護が嫌になるケースというのは、こういうことなんだなあと。

7月までは、介護しながら、周りに迷惑をかけながら、それでも沖に行って、たこかごを上げ下げした。
そのうちに天使が現れ、8月からはいか釣りで旅歩きできるようになった。
北海道から帰ってきた時、驚いた。
ちゃんと立って歩いて、トイレに行けるようになっていた。
私は、「やっぱり娘に面倒看てもらうほうがいいんだなあ」と、妹を褒めた。

在宅ケアに切り替えたので、親父の病も快方へ向かったのだ、と上記引用文を読んで、私はそう理解した。
著者の鎌田先生は、現在一般の医療というのは、病気や内臓ばかり診て、患者を看ていない、と指摘している。
やっぱりそれではダメだと彼は考え、諏訪中央病院の仲間と話し合って、患者を人間として看る方向へと転換し、成功している。
若い人たちは治りが早いから問題ないだろうが、治りの遅い老人は、やはり、人間的に対応しないと回復しないのではないか。
今や親父は車いすも返却し、病院へ行くにも、自分の足で車まで行く。
付き添いが必要だが、2階にも上がっていって、外の景色も眺めるようになった。

私の介護の決心は、いつもの「やってみっか」ではなく、深刻に「やってやる」という気持ちだった。
これは、あまり良くないのだそうだ。
介護の先輩には、心構えとして、「あまり頑張らないほういいと思うよ」と言われていた。
このことは、「病院なんか嫌いだ」にも書かれてある。
だから、途中から気持ちを柔らかくし、突発的な事件が起きても、「こんなものだろ」と自分に言い聞かせ、楽しいことを思い浮かべ対処した。

介護サービスの中でも、ショートスティは使ったほうがいい。
私は、ショートスティのおかげで、大好きな温泉に行けた。
楽しい想像をしたため、嫌ことにも対応できたと思う(介護サービスのなかった時代の介護者たちは、スゴイと思う。)。
そういう気持ちを持たないと、最後には、自分がダメになる。

 2002年11月3日、南信州のある町で、85歳の老女が首を絞められてなくなっているのが発見された。
彼女を介護していた59歳の息子さんは、納屋で首をつって死んでいた。どうやら無理心中の公算が強いらしい。
 亡くなったお母さんは、脳卒中で、要介護のランクがWの重い障害があったという。息子さんは食事の支度、洗濯、散歩など、彼女のことをこまめに介護していたそうだ。仏壇には、「疲れた。5年前からこうなることは想像できた」と書かれた、遺書のようなメモが残っていた。
 男性の介護は、概して、頭が下がるほど気合の入った、想像を越える高水準のものであることが多いといわれているのだが、どこかで躓いたり行き詰ったりした場合、女性に比べて、心中などの悲惨な結末にいたるケースが多々ある。おそらく、子育てなど、人の世話をする自然のトレーニングを積んでいないことが、こうした悲劇を誘発しやすい原因と思われる。
(前掲書p101)


私は、ここを読んで同情し、もう少しで涙が出るところだった。
親父は頭がはっきりしているから、私はぜんぜんマシなのだ。
運がいいのだ。

「病院なんか嫌いだ」には、最後の看取りまで、在宅のススメとして書いてある。
今度は、これをやってみようと考えている。


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北九州市は復活をとげた

ふたたび、こんにちは。

私は暴力団というものに、まったく縁がない。
彼らは、一般の人に手出ししないから、最初から関わらなければ、何の害もないと思っていた。
しかし、北九州市にあった工藤会は違った。
たくさんの市民が犠牲になっていたのを、本を読んで初めて知った。
ぜんぜん関係のない人間にまで巻き込んだものだから、警察の頑張りと相まって、組員たちも嫌気がさし、結局、工藤会は北九州市から撤退したようだ(しかし、各地に散らばって活動はしている)。

暴対法法律に「危険指定」というのもあるというのも初めて知った。
2012年に暴力団対策法は改正施行され、「特定危険指定暴力団」という新たな規定が設けられ、工藤会を指定した。

 指定は全国初のものであり、現在でも工藤会は全国唯一の特定危険指定暴力団である。
 工藤会が、「特定危険」の指定を受けたことにより、警戒区域内で市民らに不当要求をした組員は中止命令なしに逮捕することが可能になった。つまり、工藤会系の組員は、みかじめ料などを要求しただけでも逮捕できるということだ。
 このことが工藤会に対する抑止力になったのかといえば、そう考える関係者は決して多くはない。
 北九州市ではこの後も残虐な市民襲撃事件などが続いていく。ほかの地域と際だった違いは、市民や一般企業がターゲットとなる事件が頻発していたことだ。
(「落日の工藤会」p49)


 2012年6月には、驚くべき事件があった。
 福岡県警の家宅捜索により、北九州市戸畑区の住宅街にある木造2回建ての倉庫からロケット砲がみつかったのだ。
 1発で小さなビルを壊すほどの破壊力があるものだというから絶句する。
 軍事評論家は「きわめて危険な兵器。軍隊以外に出回っているとしたら衝撃だ」と驚き、県警幹部は「まさに戦場状態」と危機感をあらわにした。
 私たち記者も、暴力団関係者に対して「いまの日本でロケット砲にどんな使い道があるのか?」と尋ねているが、「さっぱりわからない」という回答しか得られなかった。
(前掲書p47)


まるで戦場のような北九州市。
大手ゼネコンでさえ、進出するのを躊躇したようだ。
その後、警察官たちの反骨精神をあおるような出来事もあった。
これが、福岡県警や検察を怒らせた。

 2013年11月、福岡地裁小倉支部において、ある事件で殺人未遂事罪などに問われていた工藤会系組幹部二人に無罪判決が言い渡されたのである。
 審理されたのは前年1月の事件だ。福岡県中間市の建設会社支店前の路上で、その会社の社長がマスク姿の男に腹や腕を撃たれて、全治約3か月の重傷を負わされていたのだ。
 この頃、建設業者が狙われるような発砲事件は20件を超えていた。そういう中にあり、この事件では初めて容疑者を検挙できていた。
 それにもかかわらず、判決は無罪となったのだ。
 判決が告げられた瞬間には、傍聴席にいた組員たちが立ち上がり、一斉に雄たけびをあげていた。
「オラァ」
「見たかあ!」
(中略)
 事件を担当した捜査員の一人は、このときの気持ちをノートに書き殴っていた。
「悔しい」
「ふざけるな」
「絶対に捕まえる。絶対だ」
その文字は涙でにじんでいた。
(前掲書p88)


2013年には、看護師刺傷事件というのがあった。
工藤会トップである野村被告の脱毛施術の際、起きてしまった不手際に対して、その逆恨みによるものであるようだ。
犯行の指示をしたのは誰なのかということを、裁判では問われている。
取調べの過程で、組員たちの人間性が呼び起こされている。

「すみません、しゃべります。・・・・やりました」
 声を絞り出した組員の体は小刻みに震えていたという。
 踏ん切りをつけるまでに時間がかかったとはいえ、大きな意味をもつ自白だった。
 のちの野村被告は公判で「(女性や子供を襲ってはいけないというこは)常識的にわかると思う」、「組員が通り魔をすれば処分になる」、「(女性を襲うことは)許されませんね」などと発言している。自分で絶対のタブーだと言っていることを、組員に指示してやらせていたとも考えられるのだ。それもきわめて私的な施術を受けた際の小さな恨み”が女性襲撃事件の理由と聞かされたのだから、組員としてはたまらなかったにちがいない。
 取調官もそういう心理をついていたので、この組員もこらえきれなくなったのだと推測される。別の公判でこういう証言をした元組員もいる。
「面識のない女性を襲うことや、それを指示する組織に嫌気が差した」
 この事件を起こしたことで工藤会の鉄の結束に割れ目が入った部分もあったのかもしれない。少なくともどこかに亀裂は生じていたはずだ。
 一人が自供したことは瞬く間に伝播し、他の者たちも容疑を認めはじめた。
「こんなことはヤクザのやることじゃないと思っていた」
 そんな本音を漏らす組員もやはりいた。
(前掲書p135)


どの親も持つ感情。
子への愛情だ。
特に母親は強い。

 ある事件で服役中に20年来、連絡を取っていなかった60代の母から手紙が届いた。
「あんたみたいなのがいると家族が生活していけない。顔も見たくない。死んでくれ。私も死にたい」
 悲痛な思いが綴ってあった。
 それでも母親は、こうも書いていた。
「でも、腹を痛めて産んだ子だから、憎いけどかわいい」
 涙があふれてきた。そのとき、組を辞めることを心に決めたのだという。
 福岡県警の支援を受けて就職先もみつかった。
 母親が「早く孫が見たい。長生きするけん」と話すのを聞くと、胸がつまる。いまも組に残っている組員への思いを聞くと、「辞めればきっといい人生になる。自分の将来を考えてほしい」と言葉を噛みしめるようにしながら話してくれた。
(前掲書p215)


工藤会の元組幹部である中本隆さんという方が、うどん屋さんを開いた。
彼も「カタギに迷惑をかけないのがヤクザのルール。なぜカタギを襲うのか」(前掲書p127)と考え、刑務所から出所後、就職しようとした。
しかし、ほぼすべて断られ、みずから商売をすることに。
もちろん、支援する人がいたからできた事である。
そして、恩返しの考えもあったのだろう。
今では、積極的に支援する方へ回っている。

 元組員の更生の難しさを肌で感じている中本さんは、2022年3月に新たな取り組みを始めた。離脱者の受け皿を目指して、イベント企画などに取り組む合同会社「居場所」を北九州市で立ち上げたのだ。
 6月上旬には福岡県行橋市の寺で講和イベントを開催し、境内には焼きそばや焼き鳥など6つの出店を並べた。その際、つながりがあった工藤会元組員の男性を誘って、テントの設営などを手伝ってもらうようにした。
 中本さんは、刑務所から出て、組を離脱しても、なかなか仕事をみつけることができない後輩たちの苦悩を目の当たりにしてきた。
 経営するうどん店には、報道などで中本さんのことを知った元組員が毎月数人訪ねてくるようにもなっていた。ほとんどの人は仕事に関する悩みをもっている。
 中本さんは自分の経験を伝えるために本を出し(著・廣末登、『ヤクザの幹部をやめて、うどん店をはじめました。―極道歴30年中本サンのカタギ修行奮闘記―』)、人前で話をする機会を増やしている。そういう際にイベントを組み合わせるなどして、離脱者の仕事につなげようと考えているのだ。
(前掲書p219)


もちろん、今まで苦労して北九州市も黙ってはいない。

 暴追運動の先頭に立ってきた北九州市役所は、その「最終章」として、2022年度の一般会計予算に、離脱者の新たな支援策を盛り込んだ。元組員を雇用した事業者には30万円を上限にした資格取得費と20万を上限にした引っ越し代を補助する内容だ。市役所内に窓口を設け、元組員だけでなく、家族などからの相談にも幅広く応じて支援している。
 予算案を発表した2022年2月10日の記者会見で、北橋市長に対して、このような支援策をとっていく意義を問うと、市民による暴追運動があったことなどから振り返って話してくれた。
「怖い思いもしたなか、頑張った意義は大きい」
「暴追は苦しい道のりだったが、劇的な治安改善は日本の歴史に残ると思う」
 そうして感慨深げに語ってくれたうえで、新しい支援策については、「資格をもち、仕事をしっかりすることが元の道(暴力団)に戻らないために重要だ」と説明している。
 市民には「元組員の更生を厳しくもやさしい目で見守ってほしい」とも訴えた。
(前掲書p221)


忘れもしない東日本大震災のちょうどその頃、北九州市の市民が、襲撃の恐怖のどん底にいたのだ。
そんなことも知らずに被災地では、自分たちの不幸を何とかしてくれ、と訴えていたのを、何となく恥ずかしく思う。

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2023年06月30日

アメリカを信じる日本は救われない

ふたたび、こんばんは。

9.11 は大掛かりなやらせだった」で、ヒトラーの大きな嘘のつき方理論を引用したが、アメリカはすでに、ヒトラー登場以前に、マスコミを使った情報操作で戦争を起こしている。

 1898年の米西戦争の引き金となったのは、メイン号事件(キューバのハバナ湾に停泊中の米海軍戦艦メインが爆破さらた)であった。実際にはアメリカ自らがメイン号を爆破するヤラセであったが、この「事件」に際して、アメリカの新聞王ハーストは「スペインの仕業だ。メインを思い出せ(Remember the Maine)というキャンペーンを張った。
 こうした報道によって各新聞は国民を煽っていく。当時アメリカでは、国民のほとんどが「戦争は良くない。平和のほうがいい」と思っていたので、何か事件を起こして国民に戦争を支持させる必要があったのだ。
 その結果、スペインと戦争を起こし、その植民地だったキューバ、プエリトルコ、フィリピン、グァムを奪い取った。
(「暴かれた9.11疑惑の真相」p182)


太平洋戦争の発端となる「リメンバー・パールハーバー(真珠湾を忘れるな)」(Remember Pearl Harbor)の前にも、リメンバーがあったというわけだ。
太平洋戦争を日本が起こしたのは、アメリカに追い詰められた結果だというのは、すでに明らかにされている(もちろん日本も悪い)が、この方法は、後にも採用されている。

 相手を追い詰めて戦争に引きずり込むというやり方は、最近でも'99年、アメリカを中心とするNATO軍によるユーゴスラビア(当時)空爆にも見られた。空爆に先立ち、フランスのランブイエでコソボ危機解決のための合意が図られたが、当時のユーゴのミロシェビッチ大統領が合意案を拒否したため、空爆が始まったとされている。
 しかし実際は、その合意案がユーゴ領土内でNATO軍の展開を無条件で認めるといった内容で、いわば治外法権をユーゴに迫るような内容だったのだ。ユーゴに限らず、どんな独立国も到底受け入れられないような条件だったのである。
(前掲書p184)


イラク戦争の前にあった湾岸戦争の仕掛けも、アメリカがやっている。

もともと、アメリカはフセイン政権と親密な関係にあった。'80年代、反米的なイランと戦争をしていたイラクに、莫大な軍事援助を行っていたのだ。ところが、'89年にCIAがクウェートと「イラクに戦争を起こさせ、弱体化させる」旨の秘密合意文書を交わしてから、情勢は一変する。クウェートは、イラクとの国境海面下で斜めにパイプを掘り、イラク領内の油田から石油の盗掘を始めた。イラクはこれに怒って軍事行動を起こしたのである。当時、アメリカのグラスピー大使は「イラクの軍事侵攻にアメリカは介入しない」とフセインに伝えていた。
 ところが、実際にイラクがクウェートに侵攻するや否や、アメリカは「これは侵略だ」と豹変し、湾岸戦争が勃発した。しかし、この戦争ではアメリカ(および多国籍軍)はフセイン政権を倒さなかった。フセインをそのままにしておけば、サウジアラビアやクウェートなどに軍隊を駐留しておく大義名分ができるからだ。
(前掲書p186)


その後、かの大量破壊兵器の有無によるアメリカのイラク攻撃は、ベンジャミン・フルフォードさんと副島先生の共著にある通りである。

これは有名な話であるが、9.11の主犯とされるアルカイダという組織も、アメリカが作っている。

 もともと、冷戦下の'80年代にアフガニスタンでソ連(当時)と戦うためCIA(米中央情報局)によって作他れた組織がアルカイダである。その中にティム・オスマンという人物がいたが、その人物こそが現在のオサマ・ビンラディンである。
 アメリカはオスマンに狂信的なイスラム原理主義を植えつけ、大規模な軍事支援を行ってきた。そのため、ビンラディン一族とブッシュ一族は関係を深めてきたのだ。
 湾岸戦争に、アメリカはイラクに対し経済制裁を始める。その結果、イラクは最大の外貨獲得手段である原油の輸出ができなくなり、代わりにサウジアラビアの輸出高が 倍増した。原油価格も高騰した。そのおかげでサウジアラビアの王室はもちろん、ビンラディンも大儲けしたのである。
(前掲書p188)


結局は、彼もアメリカの都合によって殺された。

これらアメリカの戦争ご都合主義を今や各国が認識し、サウジアラビアなど、ロシア側に付くのは、当たり前の話なのである。
もうアメリカは信用できないと。

https://nofia.net/?p=11299
https://nofia.net/?p=11923(「BrainDead World」)

属国根性しかない日本だけが、いつまでもアメリカにカネを巻き上げられる構造になっている。
与党、野党の政治家たちは、みんな知っている。
彼らは、恥ということを認識できないのである。
私たちとは違って、まともな神経をしていない。

posted by T.Sasaki at 19:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年06月28日

9.11 は大掛かりなやらせだった

こんにちは。

メモる 22」で、9.11テロの不具合を引用しているが、私は、アメリカのやらせだったのではないかといことを、それほど信用をしてはいなかった。
しかし、ベンジャミン・フルフォードさんの「暴かれた9.11疑惑の真相」を読んでから、これは大掛かりなウソであったと確信した。
ビルの鉄筋が、融けているほどだったそうだ。

 '06年2月10日、ジョーンズ博士は数百回のビル解体を経験したベテランの解体業者にインタビューした。彼はこう証言している。
「通常の火薬を使用した場合、建物を解体した現場から(崩壊したビルの破片から出てきたような)溶解した金属の塊が出てくるというのは見たことがない」
 つまり、発見された金属の融点(例えばクロムが摂氏1860度、マンガン1244度、鉄1535度など)を考えると、通常の火薬とは違った強力な火薬を使っている可能性が高い。
 また、ビルの解体には遠隔制御の発破装置が使われている。無人で爆破する場合、周到な準備が必要になる。
「支柱を数本破壊しただけでは、建物が倒壊することはない。例えば、片側だけ破壊する本数を増やした場合でも建物は非対称に崩れ落ち、残りの部分はそのまま建っている」
 世界貿易センタービルの崩壊映像のように、あんなに一気に崩れ落ちるためには、支柱を一気に破壊させないと無理だということだ。火災の影響で自然に崩れ落ちたなら、一気に崩れ落ちることは絶対になる。偶然の結果にしては、崩壊の様子があまりにも秩序立っているのだ。
(「暴かれた9.11疑惑の真相」p50)


9.11では、同時にあちこちで航空機によるテロが起こったとされるが、これが、どうも怪しい。
ただ、爆薬を爆発させ、「航空機が突っ込んだ」という報道を流しただけのようだ。

 それでは、93便の墜落現場だとされているところは、どうなっていたのか。機体全体が地上から9mの深さまで沈み、乗客・乗員の荷物が跡形もなく消えてしまうほどで、衝撃の大きさを物語っている。
 しかし、水平尾翼や翼といった残骸が全く見つかっていないことで、証人や犠牲者の身内、そして航空機事故の専門家の間にも戸惑いが広がっている。
 墜落現場の映像を見てみると、「痕跡」だといわれる場所は草に覆われ、さらに黒焦げになった「痕跡」の部分にさえ草が生えている。それから判断すると、公開されている映像は9.11よりもかなり前に撮られた可能性が高いと言わざるを得ない。そして、墜落現場には機体の残骸もなければ、ジェット燃料が燃えた形跡もない。
 FBIは後に、「赤いバンダナと、ハイジャック犯のパスポートが見つかった」と大々的に発表した。
 航空機の残骸も跡形をとどめないほどの衝撃のなか、なぜそのようなものが出てきたのだろうか?その発表のタイミングは、ザカリアス・ムサウイの公判時期('06年3月13日)を見計らったかのようだ。
 さらに、墜落現場のあるサマセット郡の検視官は「墜落現場に1滴の血もなかったことは謎だ」と証言している(「ワシントン・ポスト」紙)。
(前掲書p102)


テロは事前に知らされており、というより、テロを計画したのは、アメリカ自身だったのではないか。

 9.11以前に、テロが起こることを知っていた人も数多くいた。それはどんな人々なのか。まずはブッシュ大統領の片腕と言われるコンドリーザ・ライス国務長官だ。
 ライス大統領補佐官(当時)が8月6日付けで提出した大統領日報のタイトルは何と「ビンラディンが米国へ攻撃を決定」。大統領日報とは、大統領補佐官がその日に議論・検討すべき課題をまとめた毎日大統領に提出するものだ。しかも、ビンラディンが世界貿易センタービルを狙っていること、飛行機をハイジャックすることまで、この時点で書かれていた。
(前掲書p119)


実行犯とされる人たちの実名が公表されたが、なぜか、生きていた。
後から後から、「オレは生きている」と実行犯”とされた人たちが出てくるものだから、FBIなども訂正を余儀なくされている。
まったくアホだ。
みんなを騙したいなら、もっと用意周到にすればいいのに。
これもお笑いの域に達している。

大きなウソのつき方について、先輩がいた。
ヒトラーである。
みんなヒトラーに学んだのか(笑)。

 あのアドルフ・ヒトラーは著書『わが闘争』の中で次のように言っている。
「大きな嘘の中に、常にある真実が宿っている。なぜなら、国民の大多数は常に馬鹿で愚かしいからだ。国民は小さな嘘よりも大きな嘘にだまされやすいものだ。ほとんどの人は途方もなく大きな嘘をつこうなどとは考えない。そして、他人がいやしくも真実をねじ曲げるほど厚かましいとは考えない」
 9.11は、まさに「途方もなく大きな嘘」だったのだ。
(前掲書p207)


みんな騙されたんだね〜。
posted by T.Sasaki at 14:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年06月20日

憲法よりも地位協定が上

こんばんは。

先日、広島でサミットが開催されたが、原爆投下について、アメリカ首脳が反省したことはない。
「原爆投下は、日本が悪かったから」という論理である。
「日本はいい実験場だった」とは、絶対に言わない。
基本的に、アジア人は、白人の国からは、差別されているのだ。

広島平和記念公園の原爆死没者慰霊碑には、次のように書かれているという。

「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませぬから」

この「過ちは繰り返しませぬから」は誰が言うべきことなのか、が問題となっていて、以前、右翼がこれを攻撃している。
攻撃した右翼の気持ちがわからないではない。

 2005年7月26日に発生した慰霊碑の破損事件を憶えているだろうか。「過ちは」の部分がハンマーとノミで傷つけられた。広島県警に出頭した右翼団体の構成員とされる27歳の男は動機として、「過ちを犯したのはアメリカで、慰霊碑の文言が気に入らなかった」と語ったという。
 犯人が「右翼の若者」と報じられたため犯行動機に注目は集まらず、ただひたすら碑文の破壊は良くない、ということになった。行為は確かに褒められたことではないが、碑文は東京裁判で日本無罪論を主張したインド人判事パール博士も批判するところだ。彼はこう言った。
「『過ちは再び繰り返しませんから』とあるのは、無論日本人をさしているのは明らかだ。それがどんな過ちであるのか私は疑う。ここに祀ってあるのは原爆犠牲者の霊であり、原爆を落としたのは日本人でないことは明瞭である。落とした者の手は、まだ清められていない。この過ちとはもしも前の戦争を指しているのなら、それも日本の責任ではない。その戦争の種は西洋諸国が問うように侵略のために起こしたものであることも明瞭である」
 なお、広島市は従来から、慰霊碑の「主語は『世界人類』であり、碑文は人類全体に対する警告・戒めである」(1970年、山田節夫元市長)との見解を示している。さてさて、はたしてこれは妥当性があるだろうか。原爆を投下したのが米国であることは間違いなく、無辜の市民を殺害することが国際法違反であることも間違いない。
 現在も日本が米国政府の統治のもとにあるゆえに、「原爆投下の罪」を問うことはタブーなのだ。これもまた、GHQが日本占領政策の一環として行った日本国民に対する再教育のたまものだろう。
(「紙の爆弾」2023年7月号p92)


日本はアメリカの属国であると、今や、みんなが認識していると思う。
その代表的な証拠が、日米合同委員会の存在である。
合同委員会の名前は、「メモる 19」に既出であるが、実際にこのことを書いている本を読んでみた。
吉田敏浩さんの書いた「日米合同委員会の研究」という本だ。
月に2回の割合で開かれる合同委員会は、アメリカ側の要求を日本に伝え、それを実行するものである。

 会合は、日本側が議長役の回は外務省で、アメリカ側代表が議長役の回はニューサンノー米軍センターの在日米軍司令部専用の会議室で開かれています。
(日米合同委員会の研究」p31)


ニューサンノー米軍センターというのは、通称、ニュー山王ホテルと呼ばれ、入り口にはピストルを持った警備員がいる。

日本では銃刀法(銃砲刀剣類所持等取締法)により、銃砲の所持は警察や自衛隊など法令にもとづく職務以外では禁止されています。狩猟・競技などに必要な場合は都道府県公安委員会の許可が必要です。警備員という仕事ではもちろん銃の携帯はできません。とにかく厳しい銃規制が設けてあるのです。
 それなのに、なぜ米軍基地では日本人警備員が銃を携帯できるのでしょう。日本における米軍の法的地位を定めた日米地位協定に何か規定があるのでしょうか。
 いえ、決して地位協定に規定があるわけではありません。ただ、その背後には思いもよらぬ裏の仕組み、日米両政府の秘密の合意が存在しているのです。
(前掲書p17)


つまり、最初から、米軍の下に、日本がある、ということなのである。
この建物は、東京都港区南麻布4丁目にあるそうだ。
行って見るのもいいだろう。
私も、もし東京へ行くことがあったら、眺めてこようと思う。

日本には、一応、日本国憲法という最高法規がある。
これは、アメリカ様が作った憲法だから、独自の理論で、憲法を作り直そうという意見がある。
作り直すよりは、改正で行こう、というのが流行になりつつある。
一方、憲法の上を行くのが、地位協定である。
これも、アメリカ様が作ったもの。
これを体系的に眺めると、次のようになる。

「安保条約―地位協定(旧行政協定)―安保特例法・特別法」
の法的構造を「安保法体系」、
「憲法―一般の法律―命令(政令など)」
の法的構造を「憲法体系」と位置づける憲法学の理論があります。それは「二つの法体系」論といい、提唱したのは、憲法学者で名古屋大学法学部教授だった長谷川正安です。
(前掲書p203)


どちらもアメリカ様が作ったということから、これらの法律が施行された時点で、すでに日本はアメリカの属国を約束されていたと言えるだろう。
今までの経験的事実から、憲法体系よりも安保法体系のほうが、もちろん上であるのは証明されている。

日本に主権はない!
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2023年06月01日

虎狩り名人の三代記

3回目。

「ヤンコフスキー家の人々」という本を、ある議員の秘書からいただいた。
著者は、宮古市在住の遠藤公男さんという方で、「豊かな三陸の海を守る会」の顧問だったかなあ、そういう役職にも就いている。
プレゼントされたからには、読まないと失礼なので読んでみたが、370ページもある分厚い本を、一気に読んでしまった。
ソ連崩壊時の冒険的ノンフィクションで、面白い。

ヤンコフスキー初代が、ウラジオストクの西側にある無人の半島を、牧場などに開発し、成功を納めた。
その三代目が生存しており、遠藤先生はロシアへ行って、本人から取材し、この本を書いた。
ヤンコフスキー3代とも虎狩りの名人で、あとがきに書いてあるように、もともとは沿海州の野生動物のことを本にしようとしていた。
が、話を聞いているうちに、ソ連のレーニン、スターリン時代からソ連崩壊までの政治の犠牲に、ヤンコフスキー家がなったことがわかった。
遠藤先生は、野生動物よりも、無実の人たちがラーゲリと呼ばれる強制収容所で重労働を強いられたり、財産没収されたりと、ひどい話を聞かされ、世界じゅうに散らばったヤンコフスキー家の生き残った人たちを取材して回った。

親日のロシア人であり、初代ヤンコフスキーなどは、子どもたちを日本に留学させている。
マルクスやレーニンの思想を背景に、共産主義がいいのか、自由社会がいいのか、という対立をヤンコフスキー家の中でも議論され、最終的に、共産主義の化けの皮がはがされ、アメリカの自由社会に軍配を上げた。

1962年、ソルジェニーツィンという人が、『イワン・デニーソビッチの1日』という本を出し、ラーゲリの実態を暴露している。

 69年、ソルジェニーツィンは国家の検閲廃止を訴えて作家同盟を除名された。しかし、『イワン・デニーソビッチの1日』は西側に評価されてノーベル文学賞に輝いた。73年、彼は『収容所群島』を西側で出版。ソ連におびただしいラーゲリが存在し、二千万もの人がそこで命を落としたことをさらけだした。世界の読者はあまりのことに信ずることができない。クレムリンはこの作品を否定し、ソルジェニーツィンは国外追放となった。
(「ヤンコフスキー家の人々」p354)


当時、マルクスに思想に憧れた人々は、共産主義を羨ましいと思ったらしい。
が、ソルジェニーツィン同様、それ以前に、アーサー・ケストラーという人が暴露している。

副島
アーサー・ケストラーは、もともとはジャーナリストから出発した人で、21歳でパレスチナへ行ったときに、ドイツの通信社の通信員になり、そこからパリへ行ったり、ベルリンへ行ったりしている。その間にドイツ共産党に入った男です。それからソビエトに行き、そこでソビエト体制の裏側の真実を史上初めて目の当たりにして書いた。ソビエトというのはひどい体制の国だ。西欧知識人たち(ロマン・ロランやアンドレ・ジッド、バーナード・ショー、H・G・ウェルズ)が賞賛しているような地上の楽園、労働者たちの理想の国ではない。たくさんの人が投獄され処刑されている、と書いた初めての人です。『真昼の暗黒』‘Darkness at Noon'という本です。1940年刊です。
(「世界人類を支配する悪魔たちの正体」p35)


しかし、だ。
本当は、決して、自由社会のアメリカがいいのではない。
現在の自由社会は、人間牧場なのだ。
そのことは、みんな理解していると思う。

それから、北朝鮮の親分、金正恩の祖父は、金日成であるが、これは本物ではなかったようだ。
私はこのことを知らなかったので、その記述を載せておく。

 十月十四日、平壌のモランボン公園の広場に数万の市民が集まっていた。数日前から飛行機で「金日成将軍歓迎平壌市民大会に集まれ」というビラがまかれていた。人々は手に手に花を持って公園広場に集まった。正面の舞台は大きな木の箱で、脇に平壌のソ連軍最高司令官チスシャコフらの将官が並び、スピーカーが大音響で紹介した。
「ただいま、白頭山の南面に立てこもり、抗日解放軍に勝利した英雄、金日成将軍が登場します!」
 人々が固唾を飲んで見守ると、舞台の箱から童顔の青年が姿を現した。老将軍を想像していた市民はポカンとした。金日成という若者は三十代半ばで黒い式服の両手を上げた。市民はだれかの音頭でようやく「マンセー!」と叫んで花を頭上に投げた。
 ワレリーは首を傾げた。白頭山の南面はワレリーたちの猟場だった。そこに金日成のアジトなどなかったのだ。金日成は「解放万歳」のメッセージを読み上げ、ソ連軍の将官たちに囲まれてそそくさと車で去って行った。
「金日成はあんな若造じゃないぜ。あれはソ連軍のご都合で替えたんだな」という声があちこちでした。だが、そんなことをいう者はきびしく取り締まられるようになる。金日成というロシア語の達者な若者は、ソ連軍のバックで、反対者を排除して北朝鮮の指導者となってゆく。
(「ヤンコフスキー家の人々」p187)

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2023年05月27日

注射とガチンコ

こんにちは。

今日、大相撲の千秋楽である(明日でした。笑)。
この大相撲、以前から八百長疑惑があったが、私は、鹿砦社から発行された「復刻新版 八百長 〜一刀両断相撲協会〜」という本を読んで、完璧に疑惑ではなかったと認識した。
著者は、他界した元大鳴門親方である。

八百長のことを、相撲用語で、注射という。
八百長しないことを、ガチンコという。

大相撲の八百長は、大鵬時代から行われており、大鵬の優勝記録というのは、八百長によって、積まれたものだ。

 昭和38年秋場所で、4場所休場していた柏戸さん(鏡山親方)が全勝優勝した。この場所は千秋楽で大鵬(大鵬親方)と全勝対決をして、大鵬が負けた一番。石原慎太郎が八百長発言をして告訴に発展した事件だ。
 これが大掛かりな八百長の始まりといわれている。
 それまでは栃若時代も本気で対戦したことがないため、力士の仲間内ではどちらが強いかわからないといわれたりもしていたが、ここ一番という大事な場面での大掛かりな八百長はなかった。
 つまり八百長の全盛期のきっかけを作ったのは柏戸さんであり、確立したのは北の富士だといえる。大鵬の場合、20回の優勝ぐらいまではガチンコだったが、それ以降は注射で決まったものだった。玉の海との一番や、5場所連続休場明けに27回目の優勝を飾った昭和43年秋場所では、初日に栃東(玉ノ井親方)に負けてからは、ずーっと注射に走ったという。これは親方連中の中では有名な話だ。ガチンコを通すか、20回の優勝でやめておけば、現役を引退してからも協会の中で胸を張ってあるけたはずだ。
(「復刻新版 八百長 〜一刀両断相撲協会〜」p23)


千代の富士でさえ、八百長で優勝を重ねた。
つまり、彼に与えられた国民栄誉賞なるものは、無駄なものであった。
オバマ大統領のノーベル平和賞と同じで、国民は騙されたのだ。
注射の中盆(仲介役)の板井ですら、怒っていた。
だから、相撲界の中では、当時、あの国民栄誉賞について、陰口がささやかれていた。

 千代の富士が国民栄誉賞(89年9月29日受賞)を受けたとき、当時の親方連中の反応は実に複雑なものだった。中には、「『あいつは注射で塗り固められた横綱だ』といって、海部さん(千代の富士に国民栄誉賞を贈った首相)に投書をしてやりたいよ・・・・」
 と本気で怒っていた親方もたくさんいた。
(前掲書p105)


もしかしたら、このことをイチローは知っていて、安倍首相の栄誉賞受賞の提案を蹴ったのかもしれない。
受賞しない理由は、これか、安倍首相を嫌いだったか、のどちらかだろう。

千代の富士というのは、性格が悪い。
私は、大嫌いになった(笑)。

 以前注射を断った寺尾を後ろ向きで土俵中央に叩き付けたのをはじめ、自分に逆らった力士にはめっぼう強いのが千代の富士だ。
「俺に逆らったらどうなるかを見せてやる」といわんばかりに、手荒い取り口でねじ伏せる。
(前掲書p114)


千代の富士の親方であった北の富士は、注射で横綱になり、しかも、弱い関取であったようだ。
次の引用は、後述する橋本氏の証言である。

 ところが、優勝したからというので、次の場所で動かなかったところ(注射をしないということ)、5勝10敗と大負けしてしまいました。これが実力なんですよ。次も7勝8敗で負け越し、当時の3場所連続で負け越しで大関陥落のかかった次の場所は、かなり注射に走って10勝5敗でなんとか切り抜けたのですが、この費用も私が都合をつけたんです。
(前掲書p26)


北の富士の横綱昇進に尽力した人たちが、元力士の栃王山、四季の花、龍虎、陸奥嵐と、橋本成一郎氏、そして、著者の元大鳴門親方(高鉄山)。
特に、橋本氏と元大鳴門親方が、非常に貢献した。
橋本氏は、北の富士の「名古屋後援会副会長で相撲界の闇将軍」(p10)と言われていた。
その橋本氏と北の富士が決裂したのは、北の富士による八百長の裏切りである。
せっかく、北の富士の優勝を注射で仕組んだのに、彼は琴櫻に230万円で優勝を売った。

それでは、この本に書かれている注射力士を羅列するが、どうやら、ほとんどやっていたらしい。

玉の海、北の富士、若島津、二代目若乃花、豊山、清國、富士錦、琴櫻、旭國、大麒麟、舞の海、佐田ノ海、琴富士、麒麟児、逆鉾、寺尾、前乃山、五代目朝潮、琴風、舛田山、旭富士(千代の富士からなんと2000万円で優勝を買った)、高見山、多賀竜、小城錦、三重ノ海、北瀬海、霧島、春日富士、大翔鳳、琴稲妻、朝乃翔、維新力、朝の若、旭道山、水戸泉、琴ノ若、三杉里、湊富士、智ノ花、栃桜、朝嵐、北勝鬨、琴別府、剣晃、時津洋、豊ノ海、鬼雷砲、琴ヶ梅

千代の富士の影響は非常に大きく、彼のせいで注射力士になった力士たちもいる。
小錦は強かったが、千代の富士にそそのかされて、注射をするようになってから稽古しなくなり、ただのデブになった。
北勝海は注射嫌いだったが、番付が上がるにしたがって、千代の富士の仲間になり、結局、注射力士に成り下がった。
それが、現理事長である。
アホらし!

そして、もともと強かったが、染まって注射をやるような力士も羅列しておく。
輪島に関しては、面白い逸話がたくさん書いてあった。
いわば、変人である。

千代の富士、輪島、隆の里(関脇まではガチンコ。実力は千代の富士と同格)、板井(実は非常に強かったらしい)、北の湖(強すぎたため、ほとんど星を売るほう)、北天祐(注射に染まる前は、千代の富士と互角)、武蔵丸(注射を受けるのは小錦や曙だけ)、魁皇(受けるのは曙などの一部だけ)、曙(外国人同士のみの注射)

今度は、ガチンコ力士。

鷲羽山、義ノ花、大受、大潮、富士櫻、大乃国、安芸乃島、栃乃和歌、花乃湖、大錦、両国、久島海、小城ノ花、玉春日、若翔洋、貴闘力、武双山、土佐ノ海

ガチンコで勝ち続けるというのは、非常に大変だ。
強い北の湖でさえ、そう言っている。

「大横綱の北の湖が酒の席でいっていたのですが、15日全勝というのは注射が2〜3本絡まないと無理。15日間、緊張を維持するのは簡単なことではないとハッキリいっていましたね。ガチンコの11勝は14勝の値打ちがあるともいってました」
(前掲書p211)


その点、貴乃花が「横綱は受けて立つのだ」と主張するのは、伊達ではない。

 はっきりいって、注射が存在しなければ横綱や大関は簡単には生まれない。ガチンコで横綱になった貴乃花や大乃国(芝田山親方)は神業に近いというのが、親方衆の一致した評価だ。
(前掲書p210)


大乃国に関しては、「十両時代に(注射を)バンバンやっていたのに、入幕と同時にいい子になってしまった」(p116)ようで、それが、注射力士たちの逆鱗に触れ、かなりいじめられた。
その筆頭は、もちろん、千代の富士である。
大乃国は、板井にも、相当リンチされたようだ。

この本は、週刊ポスト誌で連載されたいたものを、編集、加筆したもので、製本の最中に、元大鳴門親方は他界した。
驚くことに、証言で告発の協力をした橋本成一郎氏も、同じ日に、同じ病院で、同じ病名で亡くなっている。
不可解な死である。

北の富士、千代の富士というラインで、この時代に旺盛になった八百長は、この二人が全部知っていた。
板井は、元大鳴門親方の弟子であり、自分の責任を常に痛感している記述は随所に出てくる。
その板井は、2000年になってから、八百長告発し始めた。
週刊ポストの連載は、1996年から始まり、実はこの時、板井にも、協力を要請したという。

現在の大相撲では、大関がすぐに負け、不甲斐ないとさえ言われる。
これは、ガチンコの証明ではないだろうか。
少なくとも、貴乃花の弟子である貴景勝は、ガチンコである。
全力なので、勝敗もすぐにつくし、怪我も多い。
あれでは、長くもたないのではないか、と私はいつも思う。
その親方の貴乃花が、強烈なガチンコで、きっと相撲協会で力を持とうとしたのだろう。
結局は、追い出されたように感じる。
貴乃花は、白鵬をものすごく批判していた。
これには、おそらく、ガチンコを貫き通した本人の美学でもあるのだろう。


本日、照ノ富士と霧馬山の対戦である。
両名とも注射すると仮定するなら、霧馬山が負けても、彼は大関にはなるだろうから、きっと照ノ富士に譲るだろう。
引退前提で、照ノ富士に花道を譲る。
そして、次の横綱は、霧馬山に内定ではないだろうか。
注射とは、そんな借り貸しや戦略の部分がかなりある。
さて、どうなるか。

なぜ、元大鳴門親方は、八百長告発に踏み切ったか、というと、大相撲ファンに対する裏切りを嫌になったからであり、そこには、良心がある(隠蔽に情熱を燃やす公務員に、良心はあるのか?、といつも書く。笑)。
彼は、カネに汚くなかった。

 私は金を1円も貰わなかった。しかし、金を受け取った人たちが声を大にして八百長を撲滅しようというとは、聞いて呆れる。土台無理な話ではないか。
(前掲書p30)


そして、元大鳴門親方は、横綱にしてやった北の富士を、本当に弱かったと断罪している。

 私は橋本さんに「転べ」といわれて、北の富士にはタダで転び続けてきた。若衆の盃を交わしているからだ。本気でやったのは一度だけ。
 昭和43年名古屋(7月)場所。7日目に対戦したとき。前日名古屋の飲み屋で深夜まで盃をあげていた。北の富士が酔っ払って、
「明日は本気でやろうか・・・・」
 といい出して、ガチンコでとってみたところ簡単に突き落としで勝ってしまった。なんと弱い大関だと思った。その弱い北の富士が10回優勝している。いや、させてもらってきたわけで、やはり偶像の横綱なのだ。
(前掲書p28)


北の富士は、NHKの解説やスポーツ紙のコラムなどを書いているが、彼にそんな資格はない
舞の海に至っても、NHKに出て、いろいろ力士に文句を言える立場でもない。
非常にがっかりさせられたが、今は、相撲を観ながら、「あれは八百長だ」と叫びながら、酒を飲んでいる(笑)。
そして、貴乃花は、偉大な横綱だったのだ、と思うようになった。
この本を読んで、相撲を観るのも面白いと思う。

大相撲ファンは、鹿砦社の「復刻新版 八百長 〜一刀両断相撲協会〜」必見である。
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2023年05月25日

メモる 23

4回目。

ひどい話で、ナチス、統一協会、麻薬、9.11、つながりがあるのねえ。
メモ的に羅列しておきます。

副島
反共右翼=統一教会の英語Mooniesは、教祖文鮮明の頭文字のMoonから作られた言葉。欧米白人諸国にも居て世界中で通用する。
(「世界人類を支配する悪魔の正体」p2)




副島
 筑波大学は統一教会 Moonie university です。福田信之という創立者で学長をした男が、ムーニーです。だから今の筑波大学はムーニーで有名です。
(前掲書p25)




BF
 それで安倍晋三の話に戻ると、統一教会というのは、1954年に韓国で設立されたということになっているけれど、軍事的なつながりということで言えば、もっと古く、第2次世界大戦中にまで遡ると思うのです。
 ドイツが敗戦する直前の1945年3月に、キール軍港から日本へ向けてナチスのUボートが出航してきます。日本軍の参謀も乗船していました。ところが、ドイツが敗北してしまったために、そのUボートは日本には来なかった。一部は降伏しましたが、この戦争はまだ終わっていない、と考えるドイツや日本の参謀たちが乗った艦は、西アフリカのサントメ・プリンシペ島に向かって、そこに多数の潜水艦を隠したのです。そして、そこから南米のパラグアイに渡っていきました。ヒトラーも死なないで、パラグアイに渡ったと言われています。そのパラグアイは、戦後、世界の麻薬の物流の重要拠点になりました。
 で、南米に渡ったヒトラーたちナチス系列のドイツ人が経営する牧場の隣が、統一教会が経営する牧場だったのです。そう考えると、南米と統一教会とのつながりの起源は1945年にまで遡れるのではないかと私は思います。

副島
 パラグアイは現在、ムーニー(統一教会)の国らしいですね。大統領以下、政府閣僚たちがムーニーに加入している。これは世界中で大きな噂になっています。

BF
 ええ。ストロエスネル(alfredo Stroessner 1912-2006)というドイツ系の大統領を長く務めた人がいて。

副島
 そうそう。そのストロエスネルは、いったいどうやって統一教会員になったのですか。

BF
 ですから、敗戦したはずのナチスドイツの残党と、日本帝国の残党が、南米でアジール(避難所)を作ったわけです。そして世界中への麻薬物流で裏金を作った。もともと覚醒剤というのは日本軍が開発したものじゃないですか。兵隊が何日間も戦えるようにと。ヒロポンとか。
 だから、第2次世界大戦で負けたナチスと、中野学校を擁した日本軍の巻き返しがパラグアイで始まった。そして、戦後、世界の麻薬生産の3大中心地は、アフガニスタン、北朝鮮、そして南米ですよね。統一教会はここに絡んでいます。日本軍の残党は覚醒剤担当なんです。

副島
 私の父も九州で医者だったのですが、ヒロポンをやっていた。私の母親が心配して怒っていました。ヒロポンとか覚醒剤が敗戦後の日本で広がって蔓延していたようです。私の父は1923年(大正12)年生まれで、最後の海軍です。ポツダム少尉と言われて、敗戦直後に形ばかりの2階級特進で除隊している。そのときの日本は焼け野が原でメチャクチャだったみたいです。
 そうするとドイツ人の研究者たちをアメリカへ連れて行ってやらせたMKウルトラ計画とも関係してきますね。

BF
 そう。有名な話ですけど、CIAというのは、Cocaine Importing Agency「コカイン・インポーティング・エイジェンシー」の略だと言われますからね(笑)。ついでに言えば、南米はコカインですが、ヘロイン(阿片)は中国共産党に負けた国民党が、東南アジアミャンマーのあたりで栽培、製造を担当しています。そして、北朝鮮は覚醒剤。CIAは各域ごとにそれぞれ自分たちの国際ネットワークを持っています。

副島
 それら世界麻薬密輸のCIAとアメリカ特殊軍の親分がリチャード・アーミテージだというのですね。

BF
 アーミテージは実行部隊のトップでした。だがその上にパパ・ブッシュがいた。パパ・ブッシュが、アメリカに逃れてきたアメリカを乗っ取ったナチス勢力のトップでした。そして、アーミテージは、パパ・ブッシュの奥さん、バーバラ・ブッシュの甥っ子だと言われています。そして、バーバラ・ブッシュは、アレイスター・クロウリー(Aleister Crowley 1875-1947)という悪魔崇拝者の娘なんですよ。
 だから、安倍晋三は、ナチスグループの統一教会グループです。中国を潰す計画に加担していた。アメリカは安倍を使って日本の軍事力をものすごく拡大させた。
 2001年の「9.11」(同時多発テロ事件)というのは、要するにナチスグループのクーデターでした。あのとき出来た「愛国者法」という法律は、ナチス憲法(ヴァイマール憲法)の緊急事態条項とそっくりですからね。
(前掲書p78)
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アメリカは、政権転覆が大好きだ

3回目。

アメリカがイラクに戦争を始めた時の理由は、大量破壊兵器の存在であったが、探しても、それは出てこなかった。
しかし、本当は、本当にあるはずだったのだ。
あ〜、びっくりした。
ここまでやるかよ!

BF
 あの連中は中近東でもっととんでもないことをやっています。
 私は、イランの元国王のシャー・パーレビの息子たちと会ったことがあります。彼らが言うには、イラクは中性子爆弾を積載したミサイルをブッシュからもらい、他の大量破壊兵器ももらった。それで、どうぞイスラエルを撲滅してください、と言われた、と。中性子爆弾は人間は殺すけど、建物は無傷で残ります。
 しかし、イラクはそれらを使わなかったのです。そして、2003年には、「イラクには、「イラクには大量破壊兵器(WMD)があるぞ、あるぞ、イラクに侵攻しないといけない」とアメリカ国中が騒いだ時、サダム・フセインは、「済まないが、この大量破壊兵器を、イランが預かってくれないか」と言ってイランに預かってもらったと言うのです。そうやって、大量破壊兵器がイランに持ち込まれたわけです。ブッシュたちにしてみれば、イラクが大量破壊兵器を持っている一番の証拠は、自分たち自身が売ったということだった。

副島
 その大量破壊兵器をブッシュがイラクに売ったというのは、1991年の湾岸戦争(The Gulf War)のときの話ですね。そしてそれが2003年のイラク戦争(The Iraq War)のときに見つからなかった。

BF
 そうです。自分たちが売ったのだから、絶対持っているはずだと思ったのです。それをイランが預かっていた。そして、イラン政府は、オバマが大統領になったときに、「こういうわけの分からないミサイルを、私たちは預かっていますが、私たちは要りませんから、買い取ってくれませんか」とオバマに言った。だが、オバマは断ったという話です。
 だから、イランが「あと数か月で核兵器を持つ」とずっとアメリカが言い続けているのは、このもともと湾岸戦争の時にアメリカからイラクに供与された大量破壊兵器が、イランに秘かに流れてきている。このことを知っているからです。イランがずっとそれらを持っていることを知っているから、イランは西側同盟やイスラエルを脅すことができる。イランはそれらを使おうとしませんが。

副島
 使うだけの技術がないのでしょう。

BF
 いや、あるけど。イランの人たちは全面核戦争を起こすようなことを考えない。正常な常識があるから。
(「世界人類を支配する悪魔の正体」p298)


殺されたフセインやイラクの人たちにとって、とんだとばっちりだ。
オバマは、ノーベル平和賞をもらったくせに、アメリカのやったことの始末もできない。
謝ることもしない。
こいつらは、ウクライナの件といい、この件といい、表ではいい顔をしている偽善者である。

BF
 世界を一番上から支配している人たちは、そういう対立をわざと、いとも簡単に利用していると言えます。日本の小学校の運動会でやる赤組、白組みたいなもので、下々のものを適当に赤を白に分ける。分ければ対立する。お互い敵対するように仕向ける。そして殺し合いをさせて、全体は自分たちが管理する。
(前掲書p74)


これが「分断して統治せよ(divide and rule)」。
東アジアの緊張というのは、次の二つの記述で、示されている。

BF
 問題は、中国がこれまで弱すぎたから、中国を強くしないとこの対立が実現しない。そこで例えば、「ブッシュ・中国・ファウンデーション」(Bush Foundation for U.S.-China Relations)の議長をやっていた息子ブッシュの弟のニール・ブッシュ(Neil Bush 1955-。三男。次男はジェブ・ブッシュ)が中国にミサイル技術を提供した。それまでの中国のミサイルは制度がなっていなかった。そこに最新の技術を提供して、ピンポイントで当たる技術を与えた。とにかく、中国をアメリカと対等にしないと相互の殺し合いにならない、という理由から。

副島
 その時すでに、ブッシュ家の親分はデイヴィッド・ロックフェラーでしょ。そもそも、おじいちゃんのプレスコット・ブッシュ(コネチカット州上院議員だった。テキサスに移ってロックフェラー財閥の代理として石油ビジネスで大儲けした。以来、ブッシュ家はテキサス州から立候補する)の時代からブッシュ家はロックフェラー家の家来になりましたでしょう。
 デイヴィッド・ロックフェラーが、毛沢東が死んだ(1976年)あと、すぐに北京に行って、ケ小平と組んだ。そして「東風21」という、米空母(エアクラフト・キャリア)を、1発で仕留める対艦弾道ミサイルを、中国に無償で上げたんですよね。いわゆる空母キラー”です。このことにアメリカの軍人たちが今も怒っています。あれは、たしか1978年で、キッシンジャーとデイヴィッド・ロックフェラーが訪中した時です。
(前掲書p294)





BF
 当時、北朝鮮にはノドンという短距離弾道ミサイルがありました。
これがソ連のスカッドミサイルを改良したものです。アメリカは長年、このスカッドミサイルや、その後の「RSD10パイオニア」というソ連の中距離弾道ミサイルに対抗できるものを開発していた。ところが冷戦が終わってしまうと、ロシアのスカッドミサイルやRSD10パイオニアミサイルを撃ち落とす技術がせっかくあるのに、その売り先がなくなった。そこでアメリカの武器商人たちが北朝鮮にただで上げたのです。

副島
 それがテポドンになったのですか。驚きですね。

BF
 そうです。

副島
 それは1998年ですね。あの発射実験の時に、パキスタンから視察が来ていて、実験成功を見て、是非このミサイルを売ってくれと北朝鮮に言った。

BF
 そうそう。私の情報では、あの発射実験は、じつはアメリカが北朝鮮に、1億ドル上げるから、発射実験で日本の上空を超えて飛ばしてくださいと頼んだという話です。それで実際に飛ばした。そして東京の外国人特派員協会で記者会見があった。私も行きました。「大変だ、北朝鮮はキチガイだ、こんな危険な国が隣にあって、これから日本はどうするんだ」と、大騒ぎでした。で、そのあと、アメリカの営業マンがやって来て、日本政府もパトリオットミサイルを購入して配備すれば大丈夫です、とすべてこういう感じでしたよ、当時は。

副島
 パトリオットミサイルでテポドンをインターセプト(迎撃)できる。迎撃ミサイルだ。うまく出来ているものですねー。ホントに。

BF
 ええ。ちょっと高いけどって(笑)。それでアメリカは冷戦時代から開発していた技術を売ることができたわけ。
 だから、アゼルバイジャンとアルメニアの紛争のときも、本当は武器営業用のデモンストレーションみたいなものでした。

副島
 ホントに日本はいいカモですね。いつもそうやってアメリカに高い兵器を買わされてきた。
(前掲書p72)


オバマ政権の時、ウクライナでやったことは、汚いの一言。
麻薬を使ってか!
これほど暴露されると、ビクトリア・ヌーランド一味は、きっとタダでは済まないような気がする。

BF
 2014年の時、どういうふうにアメリカがウクライナで政権転覆を引き起こしたかというと。アメリカ国務省が都市の中心地にテントを建てて、デモに参加する人たちに1日50ドルを支払って人集めをしたのです。それがそのあとキエフにも入った「ウクライナ人」の正体です。日本人感覚で言うと日当5万円の手当をもらって、デモがないときはそのテントの中で麻薬をやりたい放題。その代わりに我々がデモをやれ、と呼びかけたときにはそれに参加しなさいというのが条件。それでいっぱい暇人が雇われた。抗議デモというには名前ばかりで、実質暴動です。そこで警察がそれを止めるわけですね。そのとき、あらかじめ用意していた第3者が、政府側と反政府側の両方でいっせいに撃ち殺し始めた。そうすると双方が本気怒って戦うようになった。それで計画どおり親ロシアの政権が倒れた。

副島
 2014年2月のウクライナのキエフの独立広場で起きた、いや計画的に起こされたマイダン暴動ですね。

BF
 そうです。マイダン暴動。その当時、ロシア政府寄りと言われていたヤヌコーヴィッチ大統領が、じつは裏で賄賂をもらっていて、すぐにキエフから逃げました。そのあと彼らのエージェントだった者(オレクサンドル・トゥルチノフ)が大統領になりました。
(前掲書p34)


次の記述などを読むと、大手メディアのロシア批判は、一方的過ぎるのではないか。
「アメリカは、こうだった」とは、100%報道しない。

BF
 今、ロシアの空爆のせいで、キエフの電気などのインフラがすべて止まったとか騒いでいます。例えばアメリカがイラクを攻撃したとき、アメリカは、まずすべての電力施設を爆破しました。それをロシアは、今までウクライナで10か月間、遠慮してやらなかった。

副島
 このことはあまり報道しませんね。

BF
どうもロシアは本気で戦っていません。総動員令が出ていませんから。
(前掲書p101)


電通を解体せよ」に示した電通ブラックリストこそ、真実を語る人たちではないか、と思えてくる。
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破壊力のあるベンジャミン・フルフォードのメルマガ

ふたたび、こんにちは。

前日、「世界人類を支配する悪魔の正体」について書いたが、その続き。
日本人というのは、英語は読めるけど、どうやら、書いて表現するのは難しいよみたいだ。
米軍の戦略みたいなものはあるが、本当のところ、なぜそうなのか、まだわかっていない。

副島
本当は、自分で英語でガツガツ書いて発信して、これが日本発の大きな真実だ、ってやりたいんだけどね。これをできる日本人はいないんですよ。バカばかりで。だから、この役割の一部をカナダ人であるフルフォードさんにやってもらっている。日本には、実用(プラクティカル)英語だけできて、ちゃらちゃら生活英語、日常会話は過不足なくできるというお姉さんたちが200万人ぐらいいるけれど。知識人で英語できちんとした知識人英文を書ける人は今もいないんです。やたらと難解なだけの学者(学術)論文ではなくて。政治評論雑誌(高級言論誌)に、「うーん。こいつの文章はスゴい。この人は頭がいい」と読者たちを唸らせるだけの迫力のある文章を英語(及びヨーロッパ語)で書ける日本知識人はいない。遂に1人も出なかった。今もいません。まことに残念ですが・・・・。
 これも大きくは、ローマン・カトリックが仕組んだと思う。文部科学省を使って。おかしな英語公教育をやらせ続けた。文科省の中に、今も、カトリックの司祭が来ていて、日本の教育を監視して統制しているようです。

BF
 船井幸雄さんが生前、言っていました。戦後、船井先生の家に米軍の幹部が滞在していた時期があったそうです。そのとき船井先生は、米軍の幹部に「これからこの国から天才が出ないようにするんだ」と言われたそうです。頭がいい日本人が出たら困る。日本人で一番頭がいい人間でも、自分たちより絶対、下のレベルにする。逆から言うと、一番頭がいい日本人より自分たちが必ず上に来る、という状況に常にする、という意味のことを言われたと私に言っていました。
(「世界人類を支配する悪魔の正体」p187)


ベンジャミン・フルフォードさんが「おわりに」に書いていることだが、彼の英文メルマガには、世界で5000万人の読者がいるという。
この数は、すごい!
日本は、報道統制で目を覆いたくなるくらいだが、それでも一応、世界の中でも、言論の自由に関しては、保障されている国の一つだ。
欧米でさえ、ジャーナリストが殺されるのは、日常にあり、彼がアメリカに住んでいたら、きっと殺されているかもしれない、と自身がいう。
したがって、彼は、しばらくアメリカへ行っていない。
その日本で、生きていながら、危険な情報を流せる、というのは、日本のソフトパワーの一つなのだそうだ。

ここで話を安倍元首相暗殺の件に移すが、この指示をした人間がいる。

副島
 それで、今回も安倍処分を決定したのは誰かという情報として、キッシンジャー、リチャード・ハース、メーガン・オサリヴァンの3人の実名ではっきりと名指しして来たのです。しかも、これは決して機密情報ではないと。ワシントンやニューヨークの記者たちはみんな知っている。本当のアメリカの国家機密情報だったら、そのことを日本で書いた私は今ごろ殺されて(消されて)います。だから、私はまだ殺されていません。
(前掲書p113)


これを聞いたベンジャミン・フルフォードさんは、ある人物へメールしたら、次のような反応があった。

BF
 するとすぐ、そのメールの相手から、文字化けしたメールになっていたと返事があって、「何かメールのやり取りを邪魔する操作が行われたのかもしれません」と書かれていた。そしてその直後に、今度はMI6筋の人間から妙なメールが来た。極小フォントで書かれているから何が書いてあるのか分からなかった。ところが、これをワードにコピーペーストして拡大してみると、「注意してください、あなたは殺される可能性があります」と書かれていました。
 この2つのメールが意味することは、日本国内の個人メールのやり取りが、明らかにロックフェラーの息のかかった何者かに閲覧されている、ということです。
 私は安倍晋三が好きだったわけではないけれど、あんなふうに一国の元首相を殺したりするのは、昔からキッシンジャーの得意とするところでした。
 このことを私は、英語の有料メルマガにも書きました。そうしたら、リチャード・ハースが外交問題行議会の会長を突然、辞任したのです。

副島
 へー。ああそうですか。

BF
 おそらくメーガン・オサリヴァンもどこかへいなくなっていますよ。キッシンジャーも狙われたみたいですよ。
(前掲書p120)


破壊力抜群のメルマガである。

日本のソフトパワーは、ほかにもある。
海外資産をたくさん持っていることである。
日本の対外純資産は400兆円を超え、31年連続で世界最大の債権国である。
日本は、終わりだとか、何だかんだ言われても、基本的に真面目で、しっかりしている国なのだろう。


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2023年05月24日

人間牧場の起源と現在

こんばんは。

すでに「世界人類を支配する悪魔の正体」から引用しているが、ここで紹介する。
ディープ・ステイトとか、カバールとか、興味ない人は読まなくていい。
この本の目的、というか主題は、副島先生とベンジャミン・フルフォードさんとの対談形式で、ディープ・ステイトの本体は何なのか?どこから来たのか?いつからあるのか?ということを考え、結論は、欧米以外の価値観、すわなち、私たち東洋人の価値観のほうが、世界にとって好ましい、というものである。
「分断して統治せよ」というアメリカやイギリスの帝国的な考えは、いわゆる「人間牧場」的であり、殺し合いの元凶であるが、その上位には、それを肯定するような思想がある。
その原型は、人類史のはるか昔、農耕が始まった頃に登場しているのではないか、という。
BFとは、ベンジャミン・フルフォードさんの略。

BF
今の中近東で古代の人間たちが、それまでは、それしかなかった狩猟民族をやめたとき、人類は3つに分かれた。1つはそのまま狩猟民族を続けた人たち。次は運河や灌漑設備を作って農業を始めた人たち。3つ目が遊牧民族。遊牧民族は、数は少なかったけれど、肉は食べるし、乳製品も摂っている。だから、がたいがよくて、馬を乗り回してたくましかった。
 古代の遺跡の発掘で分かっていることは、農業をやるようになった人たちが人口ではずっと多い。でも、遊牧民族と比べると、体は小さかったし、強くもなかった。数だけが多かった。遊牧民族は、家畜を支配する技術をもっていたから、草を食べる動物たちを支配できた。だから人類は農業をするようになって、3つ目の遊牧民系の人々が動物だけでなく、草を食べる人間たちをも家畜としてずっと支配し続けた。このことが、じつは現代にまで至る欧米の長い長い歴史なのです。私はそう見ています。

副島
 そうか。だから動物だけでなく人間をも生贄にする遊牧民系のセム族が、定住民である農業民を奴隷にしたと。鋭い理論ですね。これまで、私たちはずっと、農耕民(定住民)のほうが豊かだから、遊牧民を駆逐した、と教えられて来ました。そうではなかったんですね。なるほど納得しました。
(「世界人類を支配する悪魔の正体」p284)


セム族とは、簡単に言えば、ユダヤ人などの中近東のあたりの人を言う。
で、最近、世界中で、子どもたちが突然いなくなる事態が起きているが、もうひどいもので、一つはペドフェリアで、一つは生贄ではないか、と。

BF
 昔、バアル Baal という、モレク Molech ともいう神様がいて、カルタゴもこの宗教だったのですが、子供を生贄にする儀式をしていた。バアルは雷や稲妻の神様であり、そこから天気や豊穣の神様であったと言われています。この神を崇拝する人たちは、旧約聖書でも昔からユダヤ人の敵とされていて、ユダヤ人と激しく争っています。
 左ページの写真は、1933年のシカゴ万博のときに行われたこのグループの祭典の様子を写した写真です。この儀式を15万人の観衆の前でやっています。このとき、イスラエルの初代大統領や、ロスチャイルド家の人たちも大勢出席しています。

副島
 1933年と言えば、ナチスドイツができた年ですけどね。

BF
 ホロコーストってどういう意味かご存じですか。

副島
 ヤギの生贄を神にサクリファイス(犠牲、供犠)として捧げること。

BF
 そう。この神様、モレク神に捧げるわけです。

副島
 最初はヤギだけど、ほんとは子供だ。人間の子供。それも自分の長男坊を捧げなければいけない。篤い信仰の験として。

BF
 そうです。

副島
 それはノウマド(nomad 遊牧民)の歴史から来ているんでしょう。

BF
 そう。この人たちがもう何千年も前からユダヤ人と戦っていたわけ。そしてそれが今も続いているということなのです。そしてこの人たちの神が、エジプトではセトと言われていた。

副島
 そうでした。そのセトが、サタンになったんだ。

BF
 この人たちはユダヤ人と戦いながら、同時にユダヤ人のふりをしている。でも、本当のユダヤ人ではない。いまもユダヤ人のふりをしている。ユダヤ教ではバアル神は邪神です。これを崇めるということは、本当のユダヤ人ではない。旧約聖書を読めば分かります。
(中略)
 だから、この一緒くたにされたユダヤ人の中で、本当はかなり昔から歪みがありました。問題は、この中の悪魔崇拝グループ、まさに先の写真が示すモレク神(バアル神)を信じるグループが問題の根幹なのだ。この認識が、いまようやく欧米でも広まりつつあるのです。
 FBIの統計では、毎年アメリカで4万人ほどの子供が行方不明になっています。行方不明の捜索届けが40万人以上出ていますが、ほとんどは家出か何かでだいたい3日かそこらで帰ってくるか、見つかります。ところが、そのうちの約4万人は永遠に帰って来ない。行方が分からない。この子たちはこういう儀式で犠牲になっていると言われています。

副島
 ペドフィリア(pedophilia 異常な幼児性愛症)問題と関わるということね。
(前掲書p230)


現代では、ウクライナ戦争でよく登場するネオナチは、もちろんナチスが前身である。
ホロコーストという言葉の意味からも、この通り、ナチスと本当のユダヤ人とは、昔から敵対している。
日本人をゆさぶる統一協会の起源も、ナチスと関わりが深い。
これは、後ほど紹介する。

恣意型コロナ病が登場してから、ビル・ゲイツやクラウス・シュワブの世界経済フォーラムなどで提起されている人口削減策の大元の考えは、チャバドという変な思想グループにある。
ユダヤのカルト・グループであり、聖書の一部分を極端に解釈し、普通のユダヤ人たちから嫌われている。

BF
 このチャバドの創設者のシュヌール・ザルマン(shneur Zalman of Liadi 1745-1812)という人が書いたものを読むと、ものすごいことをずいぶん言っています。例えて言うと、仏教の中の仏教を装ったオウム真理教があったようなものです。
(前掲書p66)


チャバドの中のサバタイ派、サバタイ・ツヴァイという人の教えであり、カバールとチャバドの考えについて、引用する。

BF
英語で一般に「カバール」というのは、陰謀を行う少数のグループのことです。たとえば、日本の財務省の中に、日本銀行の国有化を目指している「カバール」がいるとか、そういう使い方をします。
 チャバドというのは、カバールという言葉が持つ意味も引きずっています。というのも、カバールとユダヤ神秘思想の「カバラ」には関係がある。ただ、語源的にはまったく別です。チャバドの人たちは、一所懸命、自分たちのことを正当化しようとしていて、聖書の世紀末予言に出てくる2大大国、ゴグとマゴグの戦いが起きて、人類の9割が死んで、生き残った人たちは自称「ユダヤ人」の奴隷、いわば人間家畜になる、というカルト思想です。この自称「ユダヤ人」の1人につき2800人の奴隷がつく、という思想です。
(中略)
 本当のユダヤ人は、人間を家畜にするなんて思想は持っていません。我々以外の人間は家畜であり、殺してもいいのだ、という発想は、本来のユダヤ人とは何の関係もない。だから、チャバドの人たちを批判することは「反ユダヤ主義(anti-Semitism 直訳は「反セム族」)」ではないのです。こんな連中はそもそもユダヤではないからです。
(前掲書p64)


実際に、このチャバドのことを利用してユダヤ人を悪者にし、いろいろな戦争を起こす連中がいる。
軍産複合体がその一つである。
その元締めが、例の人間たちである。

BF
 現在、デイヴィッド・ロックフェラー・ジュニアとかそのグループの人たちは、私の情報では、全員スイスにいます。このグループは、いま、英語でいうと「ルール・ベイスド・ワールド・オーター(rule-based world order)という言葉を使っています。

副島
「ニュー・ワールドオーダー」の次の言葉ですか。

BF
 その裏は、一所懸命、自分たちのこれまでの権力を温存しようとしているだけです。頻繁に最近のプロバガンダ・マスコミに出てくるスローガンです。この人たちこそ、国連、BIS(国際決済銀行)、世界銀行、IMF(国際通貨基金)といった国際機関をすべて私物化しているグループなのです。

副島
 それらはすべてダボス会議(世界経済フォーラム)とつながっています。

BF
 そうです。あのグループです。

副島
 ダボス会議の議長のクラウス・シュワブは「グレート・リセット」Great Reset”「大いなるやり直し」と唱えています。

(中略。シュワブの有名な変態写真のことが書かれてあり、LGBTQの躍進は、彼に発端があるのかもしれない。LGBTQの立場からは、彼は変態ではない。いずれ、変態という言葉は死語になるかもしれないなあ。笑)

BF
 私は、長年、いろいろダボス会議のことも調べてきました。そうしたら、結局、スイスにある「オクタゴン」というグループの人たちと重なるんです。その大元は、歴史的にはエジプトのファラオにつながると自称している人たちです。
 彼らの組織は大きく3つに分かれていて、戦争担当、金融担当、宗教担当です。ほら、よく欧米権力の秘密のオベリスク(尖塔)というじゃないですか。エジプトから持ち出して、1つはワシントンDC(ワシントン記念塔)、1つはロンドンのシティ(クレオパトラの針)、そしてもう1つはローマ、ヴァチカン(サン・ピエトロ広場)にあるオベリスク。で。彼らの発想は、自分たちはエジプトのファラオの正統な継承者だ、自分たちも神様なのだという発想なのです。要するに、もう誇大妄想を超えたところにいる連中なんですよ。

副島
 やっぱり、彼らも悪魔教(ダイアボローイズム)なんですか。

BF
 彼ら自身は、それを「悪魔教」と呼ぶのは悪口だって言います。「我々はルシファーと言う」と。要するに、この世界は、これだけ憐れなことが起きているから、この世界を作った神様は悪いやつだと。だから神様を打ち倒して、正しい神であるルシファーに置き換えるのだと。神様を倒そうとする願望を持っている誇大妄想の連中です。

副島
 ゴッドではなくてルシファーだと。それはイルミナティが最初に作った思想ですよね。ルシファー Lucifer は「明けの明星」で、ヴィーナス Venus が「宵の明星」だ。どちらも金星 Venus ですよね。
(前掲書p88)


このイルミナティには、2種類あって、グノーシス派イルミナティとP3フリーメイソン。
グノーシス派は、世襲を認めない能力主義であり、一方のP3フリーメイソンは、血統主義。
悪党のほうが、P3フリーメイソンであり、どういうイルミナティなのか、引用する。

彼らは、自分たちは、2万6000年前から地球外生命体の指令を受けていると言います。この地球外生命体は、人類の歴史を操る計画を持っていて、天体の動きに合わせて地球にやってきているそうです。
(中略)
 ついでに言うと、ヨーロッパの王族の血統というのはこの2番目のイルミナティである、カエサル(シーザー)の男系血統と、旧約聖書に出てくる古代イスラエルのダヴィデに遡る女系血統との混交でできている。王様の紋章にワシがついていると、それはカエサルの子孫を意味します。ライオンがついていると、ダヴィデの子孫を意味します。
 さらに、先ほども話した、古代エジプトのファラオに連なると自称するオクタゴン・グループというのもまた別にある。とにかく欧米権力の最高峰のところの考え方は普通じゃない。ちょっとぶっ飛んでいるとしか言いようがない。一般の我々からすると、「非常識」なのです。
(前掲書p92)


したがって、私たちが、「まさか、そんなの陰謀論であり、実際には存在しないよ」と思うのは、ごもっとも!
世界の最上級社会の人たちのほうが、ぶっ飛びすぎているから(笑)。

そのため、ベンジャミン・フルフォードさんは、次のように判断している。
これが本書の結論だと思われる。

ロシアがそいつらと戦っている、でいいと思う。要するに、この悪魔教の者たちの、世界を2分して戦争を起こしてやろうとか。そういう邪悪な考えではなくて、先ほども言ったように、みんなで仲良くしていく世界を目指そうと、ロシア、中国は考えている。とそう思うけれど、でも、そのためにまんまと戦争させられている、と見るならば、ロシア、中国も操られている。この見方も成り立ってしまいます。
 だけど、アジア的な発想は、間違いなく、どうやったら、そういう悪魔的な考えの人たちを排除して、みんなが共存できる世界を作り上げることができるか。この方向に向いていることは間違いない。
 いままで、欧米人は自分が家畜化されていることも知らず、知らないうちに屠殺されていた羊だった。でも、アジア的発想は、殺される羊じゃなくて、自分たちで、この捕らわれて囲われている柵を出て、自分の足で牧草地めぐりを楽しむ羊になろうよ、ということだと思うのです。でも、それは羊飼いにとっては、絶対認めることができないことだ。いま、このストーリーの中で世界が再編されようとしている、ということではないかと私は思うのです。
(前掲書p94)


最初、読んだ時、頭の中がぐちゃぐちゃだった。
対談形式の本なので、あちこち話が行ってしまうのは、しかたがないのだが、まとめるのに時間がかかった。
たぶん、「へぇ〜」と思うだけで、本を読んだ人たちは頭を整理するのに、大変だったと思う。

ダボス会議に招かれて行ってきた日本人もいる。
彼らは、たぶん、これらのことを知らない。
会合に招かれたら、「会議の内容に同意するとは限りませんよ。それでもいいなら、出席します」という前置きをして参加しないと、同意したものとみなされ、内容を否定しようものなら、攻撃される可能性がある。
何も考えないでダボス会議に参加した人たちは、日本人として、東洋人として、もう終わっているかもしれない。



以下は、オマケ。
まずは、プーチン

副島
 1999年の12月31日に、エリツィン大統領、プーチンが首相だったのですが、その時、プーチンがエリツィンに「もう辞めなさい。殺さないから、引退して、どこかで静かに暮らしなさい」と言ったんですよ。だから翌日の2000年の1月1日からプーチン大統領です。正式にはこのあと3月に大統領選挙があってからですが。私は当時、このことに気づいてびっくりしました。それから22年が経ったわけです。その間にロシア人の男の寿命が58歳ぐらいから67歳ぐらいまで伸びたんだそうです。ウォッカばかり飲んでいたロシアの男性が、プーチンの国民教育でぐっと長生きになった。

BF
 お酒を飲まなくなったんですよ。

副島
 プーチンが、酒を飲むのをやめて、スポーツをしなさい、とロシア国民の健康のことを配慮した。これは大変すばらしいことだ。普通、政治指導者はこんなことをしない。国内の権力闘争で手いっぱいだ。だから私はプーチンを尊敬するようになりました。

BF
みんなアル中だった。私も覚えています。ソ連時代、ロシアの男たちはみんな昼間からウォッカを飲んでいました。みんな55歳ぐらいで死んでいた。
(前掲書p60)


それに比べ、決定的なことを何も言おうとしない岸田首相の別名は、遣唐使。

副島
相手の意見(主張)をいつまでもじっと聞いています。ずっと。そして自分の考え(意見)は何も言わない。言うとすれば、「その件について検討します」と言う。だから岸田は検討使、遣唐使(8世紀、9世紀の中国の唐の帝国への国家使節)だと言われました。
(前掲書p147)


次、アメリカの謀略で終わった田中角栄に謝ったアメリカ人。

副島
 そうですね。角栄を1974年から、まず文藝春秋社を使い、そして1976年7月27日にロッキード事件で逮捕して、角栄を痛めつけた。ところが、このことはあまり知られていませんが、後年、時間が経ってからキッシンジャーは、寝たきりになった角栄の目白台の家へ、謝りにいっています。悪かった、と。
 ただ、南米とかで悪いことをいっぱいしましたね。チリの左翼のアジェンデ政権を軍隊を動かして打倒した(1973年9月11日)。それから、1979年10月26日に、韓国大統領の朴正熙(パク・チョンヒ)を射殺させた。KCIAの長官、金載圭が、たった4人の宴席で、まっすぐに座ったまま、射殺した。その理由は、朴正熙が、自分の引退の花道に「韓国は核を持つ」と宣言したからです。この決断は、アメリカ政府のレッドライン(越えてはいけない一線)を超えたからです。安倍晋三と同じです。

BF
 キッシンジャーは世界中でさまざまなトップを殺しています。それは「リアル・ポリティクス」なんだと言っていましたが、もういいよ、と私は思います。
(前掲書p128)


それから、シュワブの仲間は、たくさんいる。
LGBTQの保護、推進は、世界的な流れなのである(笑)。

BF
 フランスも、ロスチャイルドのマクロン劇場もまもなく終わります。だってマクロンは、児童売春をやっていたって知っていました?それで自分のお客さんだったおじいちゃんと結婚したのです。それが今、ブリジット・マクロンと名乗って女装している奥さんです。おかしいですよ。オバマもそうです。ミッシェルは間違いなく男です。だから、公人になるときに、じつは私は男です、といって出ればいいはずなのに。それが彼らへの脅迫材料として利用されていることが問題です。みんなをバカにしている。ほんとに。だからすでに末期症状です。
(前掲書p306)


もう呆れかえって、楽しいとしか、言いようがない。
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2023年05月18日

電通を解体せよ

こんにちは。

電通という会社は、解体したほうがいい。

 3.6兆円もの予算オーバーとなった東京オリ・パラ。その原因となったのが談合や中抜きの税金搾取だった。組織委員会では、大手広告代理店・電通からの出向社員の一部に日給20万円が支払われていたという。常時10人ほどがお茶くみ程度の仕事しかないのに、4年間で総額19億円。
 もっとも、そんな実態が漏れ、事件化したのは、電通社員全員がその甘い汁を据えているわけではないからだ。
「電通内でも勝ち組・負け組に分かれるんですよ」と話したのは、グループ企業に勤務する30代若手社員。
「クールジャパンという名目で、国が無駄な金を億単位で垂れ流しているのを見てきましたが、オリンピックはケタ違い。五輪関係で出向したヤツが急にフェラーリに乗りだし、高級マンションを買ったりしていた。得た金の一部を上司に上納する者もいて、まるでヤクザ」(同前)
 そうした電通マンのことを、内輪で「電通オリンピアン」と呼んでいたというが、これに嫉妬したのが、同じ電通でも部外者の社員たち。
「社内資料を持ち出してマスコミに流せば、勝ち組を撃ち落とせるんですよ」(同前)
 それでも摘発されたのはごく一部だから、多くは勝ち逃げた。その電通オリンピアンとやらは「だいたい幹部の息子や政治家の親族とかコネがある奴ばかり」だという。
「そんな税金ドロボウの仕組みを作るのば電通の仕事になってしまっている感じで、働いていてイライラすることも多いです」
 とは、別の社員。悪質なのは、政治家が広告代理店と強く結びついていることで、公金を仲間内にバラ撒いているわけだ。
(「紙の爆弾」2023年5月号p31)


東京のマンション価格が平均で1億円超えになったそうだ。
電通の勝ち組みたいな世渡り上手が住むんだろうなあ。

https://www.nippon.com/ja/japan-data/h01657/ (「nippon.com」)

電通は、それでも進撃する。
今度は、AIを使って、金儲けをするようだ。
これは、電通に入社し、AI事業に携わっていた人の話である。
「ビッグテック5社を解体せよ!」の物語を体現している、と言っていい(「スマホユーザーの監視、追跡、そして、独占」参照)。

「僕は学生時代から広告やマーケティング方面の勉強をしてきたので、まさにAI事業への参加は夢が叶った形でした。情報を集めて分析して、人々に合った商品やサービスを、より精密に提供することで、スムーズに商品を販売し、企業の利益を増やす。社会がより便利になるためのAI活用を理想として勉強してきました。
 しかし実際に働いてみるとまったく違いました。人々の動向を分析するのではなく、人々を誘導して商品を買わせるように仕組むという逆の考え方なんです。消費者にできるだけ自己決定能力を失わせていくためにはどうするか、その考え方ですべてが進んでいます。だから、情報を分析しても、その人の好みに合わせた商品の提案ではなく、こっちが売りたいものに誘導できそうな人を選別する。いま取り組んでいるデータ収集は、正直プライバシー侵害じゃないかというところに踏み込んでしまっています」
(「紙の爆弾」2023年6月号p54)


まるで、ビッグテックがやっているそのものだ。
これが、少子化対策として、巨額の補助金を政府からもらうために、結婚マッチングサービスと融合する。

「ここでも好みのタイプ分析にとどまりません。結婚を成功させた方が儲かるので、利用者に自分のタイプだと錯覚させるよう誘導するのです。まさに人の意思決定を奪うものだと思います。自然に恋愛していくのではなく、恋愛させるように仕向け、そして結婚式や、新居・家具などを売りつけていく。これを国の補助金でやろうなんていう壮大な計画です。もし半分ぐらいしかうまくいかなくても集めた個人情報はいくらでも応用できてしまうので、これは怖いです」
(中略)
「これは旧統一教会の『合同結婚式』、教祖や幹部が勝手に選んだ人と結婚させるのと同じ仕組みです。むしろ統一教会が絡んでいるって嘯く人がいるくらい。だって、教会がそこに入り込めば、信者との結婚をたくさん生み出せるわけですから」
(前掲書p54)


国のカネ、すなわち、私たちから巻き上げた税金をかすめ取ることに、電通は慣れているのだろう。

私がお世話になっている重茂のT丸の主張に、国民の汗をかいて生み出した収入は、政府のATMだ、というのがある。
まさしくその通りである。
国会で都合よく、新税を作ったり、増税したり。
やりたい放題だ。
国会議員は、民間の経営者としては、失格である。

電通の最も悪の部分は、言論の自由を、民間部分で封じていること。

私の名前は電通が秘かに業界に配っているブラックリストの1ページ目に載っています。これに載ると「この者たちをテレビ、新聞は使うな」となる。本当に黒い表紙の冊子です。
(「世界人類を支配する悪魔の正体」p189)


この「私の名前」というのが、「副島隆彦」なのである。
つまり、テレビや新聞を読むより、電通の言うことを聞かないエロ週刊誌のほうが、まだマシだということらしい。

こんな会社は、解体すべきだ。

posted by T.Sasaki at 12:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年05月17日

メモる 22

ふたたび、こんにちは。

テレビ、新聞メディアは、もう最悪の状態で、ロシアや中国の悪さはすぐに報道するくせに、アメリカやイギリスの悪さは、報道しない。
両方の善悪全般を報道するのが、メディアの役目だろうが!
欧米、特に、アメリカやイギリスの悪さは、世界中の国にバレ始めて、相手にされなくなりつつあるというのに。

次に引くのは、副島先生とベンジャミン・フルフォード氏の対談形式の本から。

副島
 今回のウクライナ戦争で一番重要だったのが、インドのモディ首相がロシア制裁に加わらなかったことだ。その見返りで、プーチンからロシア産の石油を安く、3割引で売ってもらいました。さらに、サウジアラビアもやはりプーチンと組んでいる。アメリカのバイデンが石油の増産を、直接会って頼もうとしても、ムハンマド・ビン・サルマン王太子が電話に出るのも拒否したと言われています。UAE(アラブ首長国連邦)のムハンマド・ビン・ザイード大統領もバイデンからの電話に出なかった。現状の世界認識は、ここがまず基本骨格だろうと思います。

BF
 そうですね。軍事面では、一生懸命クアッド、クアッド(Quad:Quadrilateral Security Dialogue「4か国戦略対話」)と繰り返し言ってます。インドと日本とアメリカとオーストラリアの4国で、中国を包囲していじめよう、というシナリオを描いています。しかし、実質でインドはこれに参加していない。逆にインドは中国とロシアと軍事演習をやっています。NATO軍と戦う想定で。

副島
 ホントですね。インドがまったくやる気がないので、クアッドが駄目になったアメリカは、今度は急にIPEF(Indo-Pacific Economic Framework「インド太平洋経済枠組み」)というのを作った。こんなもの恥さらしもので誰も相手にしない。さらには、オーストラリアの新政権は、労働党になった。首相のアルバニージーは、労働者階級の出で、オーストラリア労働党の中でも左派だ。だから彼は中国敵視政策は取らない。外相になった女性は中国系だ。これですからね。
 ASEAN10か国は、IPEFなんかバカ扱いします。それでもアメリカは意地でもやると言っているのでしょう。
(「世界人類を支配する悪魔の正体」p23)


メモ的に、「紙の爆弾」誌から、いっぱい!

西本頑司さんのコラム「権力者たちのバトルロイヤル」から。
冒頭引用のロシア「戦争党独裁」を指す三大派閥の説明から始まっている。
ロシアの場合、ガスプロム閥、OKB閥、チェキスト閥の三大派閥で戦争をやっている。

ガスプロムは説明しなくてもわかるが、OKBとは、旧ソ連の設計局であり、ソ連領内の天才を集めていた。
世界初の人工衛星打ち上げや宇宙空間での有人飛行は、ソ連がやっている。
その他、武器に関しても、ソ連のものは、当時、優秀であった。
それらすべてを設計したのが、OKBという組織。
チェキストは、KGBの前身組織の思想を持つ人たちのこと。
つまり、エネルギー財閥、天才たちの設計局、取り締まり機関の三つが、ロシアの戦争党であるという。

コラムの題名は、「戦争党独裁」のロシア、というものだが、結論は、ロシアの戦争党独裁は、所詮、アメリカの亜流でしかない、ということ。

 問題は、現在のロシア以上の「戦争党独裁」国家が存在することにある。
 いうまでもない「アメリカ」である。
 戦後、アメリカが軍事介入した回数は大小さまざまなケースを入れれば実に200回以上となる。主だったものだけでも朝鮮戦争、ベトナム戦争、レバノン内戦、グレナダ侵攻、パナマ侵攻、湾岸戦争=第一次イラク戦争、冷戦後もソマリア軍事介入、ユーゴ内戦介入、9.11に端を発したアフガン戦争、に第二次イラク戦争、第二次ソマリア介入、リビア軍事介入、シリア軍事介入と文字通り、枚挙に暇がないほどなのだ。
(中略)
 当然、これほど戦争が継続している以上、民主党政権・共和党政権は関係あるまい。その実態は「戦争党」の二大派閥にすぎず、第二次大戦以降のアメリカは、実質「戦争党独裁」の状態にあったことが理解できよう。
 この「アメリカ戦争党」こそが、軍産複合体=ディープ・ステートとなる。世界中の資源やエネルギーを管理するエネルギー閥、軍需産業閥、戦争で乱高下する株価を操作して利益を確保する投資閥、このディープ・ステートの三大派閥によるトロイカ体制で「終わりなき戦争ビジネス」をしてきたのが戦争から現在に至るアメリカなのだ。
(「紙の爆弾」2023年6月号p98)


9.11テロの不具合は、ネットであちこち探せば出てくる。
陰謀論だと片づけられるが、あのビルが一気に崩れ落ちるのは、誰が見てもおかしい。

 ワールドトレードセンター(WTC)二棟に旅客機が突っ込み、死者は約3000人、負傷者2500人以上と発表された。ただし、事件当日、出勤を控えるように、と会社から事前に通達された人々がいるという。当時のブッシュ大統領は事件直後に「テロとの戦争は今後30年続く」とのたまった。ならば、あと十年は続くことになる。
 さて、事件において最も疑わしいことは、二棟のトレードセンターと第7ビルの倒壊だ。旅客機が激突したからといって、きれいに全倒壊したのは不自然きわまりない。当時、米国建築協会は「倒壊はありえない」と発表している。口封じされたとみえて、以後、建築家たちは黙して語らずとなった。
 WTCの建築途中の写真から、建物は太い鉄骨で組み立てられてるのがわかる。百歩譲って激突したフロアが破壊されたとしても、無傷の別のフロアまでが倒壊するとは考えにくい。映像をよく見ると、各階の窓から白煙が噴出しているのがわかる。事前に強力な爆薬が設置され、コンピュータ制御されていたのではないか。
 太い鉄骨を粉々にするのだから、なみの爆薬ではない。劣化ウラン弾のようなものを使用する必要がある、と言う人もいる。WTC付近で救助に当たり、粉塵なっどを大量に吸引して肺機能が低下した消防士や救急隊員の多くは、事故の7年後も改善傾向が見られなかった。
 事件以降、米国は“犯人”のウサマ・ビン・ラーディン捕獲のため、アフガニスタンに侵攻した。その後の03年にはイラクに侵攻、しかし、その大義名分だった大量破壊兵器は存在しないとの結論に達し、米調査団のデビッド・ケイ団長は辞任。ケイ氏は昨年8月に、82歳で亡くなった。イラクのサダム・フセイン大統領は06年12月30日に処刑された。合掌。
(前掲書p93)


そして、この考察は、佐藤雅彦さんのコラム「偽史倭人伝」からであるが、アメリカは、ロシアの核使用を願っているというもの。

 核兵器が「ぜったいに使用できない」抑止力だというのは幻想であり、脳天気な世界の“庶民”を騙しておくために、この「核抑止」幻想が長年、宣伝され、普及してもきたけれど、これは現実を無視した“神話”である。むしろ、少なくとも米国は、核兵器を実戦で有効利用するための戦略戦術を、今までずっと追求し続けてきた。
「ロシア・ウクライナ戦争」で核兵器が使われる事態は、ありうる。そうなればロシアは「核兵器を実戦で使った悪魔」として宣伝され、ロシアの国際的な名誉は地に堕ちるわけだが、これを欲しているのは、じつは米国にほかならない。
 なぜなら米国こそ、大日本帝国の軍都ヒロシマとナガサキに原爆を喰らわせて、終戦後に「核兵器を使った悪魔」という歴史的評価に苦しんできた国だから。
 1995年、第二次世界大戦の終結50周年を記念してスミソニアン博物館で、“原爆展覧会”が企画されたときに米国の退役軍人や自称「愛国者」たちが圧力をかけてこれを潰した。なぜ潰したかといえば、彼らには日本への原爆投下に対する“良心の疼き”があったからだ。
 ロシアがウクライナに対して戦術核兵器を用いれば、米国は80年近く続いてきた“良心の疼き”からとりあえず解放されて、ドヤ顔でロシアを「核兵器を実戦で使った悪魔」であると主張できるようになる。
(「前掲書p106)


まあ、アメリカのディープ・ステイト連中なら、考えそうだ。

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防衛省官僚も、公務員の特性を持っている

こんにちは。

暇なので、「防衛省に告ぐ」という本を読んでみた。
書評で、少し評判になっていたのだが、「まあ、こんなものか」と買ったのを、半分くらい後悔している。

いろいろな漁労機械や道具を操作するのは、現場の漁師であり、実際に漁をするにあたり、どういう行程で作業を行うか、そして、それに必要なものは何か、予想されるトラブルに対処できているか、などなど、経験的に私たちは学んでいる。
軍事的なことに関して、運用面で最も詳しいのは、もちろん、現場の自衛官たちである。
自衛隊員たちも、活動するにあたり、経験的にいろいろなことを学んでいる。

自衛隊の装備、すなわち、イージス艦から戦闘機、弾薬に至るまで、この原資は、私たちの税金である。
しかし、その予算要求の中に、非常に無駄がある、というのだ。
その原因は、シビリアンコントロールがうまく機能していないこと、であると著者の香田洋二さんは指摘している。
予算の要求は、防衛省職員、すなわち、背広組がやる。
そこに、制服組の自衛隊は、あまり関与できない。
だから、現場の声、制服組の声をもっと聞け、と言っているのである。
さらに、防衛装備品に関し、専門家の自衛隊が、国会答弁まで引き受けよ、ということにも踏み込んでいる。
だいたいにして、国会議員が、防衛装備品に関して、現場の自衛官よりも詳しいわけもない。
この辺は、なるほどなあ、と思った。
それじゃ、文民統制(シビリアンコントロール)されていないじゃないか!と思われるかもしれないが、そうではない。
国会で議論して、それがダメだ、となれば、自衛官は引き下がることになる。
だから、基本的に、この時点でシビリアンコントロールできているのである。

シビリアンコントロールは、アメリカから輸入されたものだが、この時のドタバタが記されている。

 日本における文民統制は、1950年8月10日に発足した警察予備隊と共に始まる。旧日本軍の統帥権は天皇陛下にあり、文民統制という考え方になじみがなかった。だから、連合国軍総司令部(GHQ)が警察予備隊発足にあたり、シビリアンコントロールを求めた時、日本側は混乱に陥ったようだ。
「さあ、これが分からない。それまでシビリアンコントロールなんて聞いたこともないし、向こうも教えてくれないから、知らなかった」
 戦前は内務省の官僚として活躍し、戦後は法務総裁や警察予備隊担当相を務めた大橋武夫氏は、このように回想している。
(「防衛省に告ぐ」p124)


そして、次の記述は笑える。

文民統制を要求したGHQがシビリアンコントロールの何たるかを理解していなかったのだ。
 京大名誉教授の政治学者、大嶽秀夫氏は『再軍備とナショナリズム 戦後日本の防衛観』で「シビリアン・コントロールの原則を厳しく要求したGHQのほうでも、国防省本省勤務経験者は(あまり地位の高くなった一人を除いて)皆無であり、運用の細目がわからず、非常に苦労したという」という指摘をしている。
(前掲書p126)


あとは、防衛省(防衛庁)官僚側の既得権益を守るため、文民統制の解釈をねじ曲げられていたというのが真相である。
防衛省に至っても、官僚の保身のみを目的としているのであり、日本のためを思ってやっているのではないのがわかる。
ホント、日本の官僚、公務員たちはダメなのね。

少し過去にさかのぼるが、実際にはなかった大量破壊兵器があるとして、アメリカの手伝いをした自衛隊のサマワ駐屯のことである。
自衛隊員がけっこう亡くなったことを、防衛省は、その原因についても公開を渋っている、というより、隠していると言ったほうが正確か。

 陸上自衛隊が駐屯していた約三年間で、数回にわたって基地に迫撃弾が撃ち込まれた。そんな報道が何度かあったが、そのたびに防衛省は「死亡者、負傷者ともにゼロ」と発表していた。
 一方、バクダッド在住でサマワが故郷の人物は「自衛隊が撤退した後、自衛隊のイラク人通訳が武装勢力に殺害された」と証言した。米軍の通訳もたくさん殺害されていることから、自衛隊の通訳も標的になったようだ。そんなことを確かめに行くつもりだった。
 当時はイラクの日報は開示されていなかった。政府発表によれば、帰国後に鬱になって自殺した自衛隊員が十数名、死因不明者も十名以上出ているとのことだ。迫撃弾は着弾すると、破片が飛び散って周囲の人々を殺傷する。数回にわたって自衛隊基地に迫撃弾が撃ち込まれたが、発表通り、もし死傷者が一人も出なかったとすれば奇跡的だ。
 この十数名に及ぶ死因不明は何か?自衛隊員は専門の病院で治療を受ける。医師が隠そうと思えば隠し通せるということだろうか?
 イラクの日報はまだかなりの部分が黒塗りのまま。サマワの闇は深い。確実に言えることは、陸自が撤退してから二年後にサマワを目指した私が、なぜか日本人であるということを理由にサマワ市にだけは入ることを許されたかった、という事実だ。
(「紙の爆弾」2023年6月号p6)


公務員の特性として、隠す、ということが挙げられる。
これは、きっと、ずっと以前から積み重なって、習慣となったのだろう。
特に年配の公務員たちに、その傾向が強いのではないだろうか。
これでは、やる気のある若い公務員たちも、「しかたねえなあ」とその同じ道をたどるのである。

公務員の中にも、ちゃんとした価値判断を持っていて、しっかりとした仕事をする人もいる。
公務員同志で、「それって、おかしいんじゃないの?」と言い合う機会が、もしかして、ないのかなあ、と私は考えている。
もちろん、他の職員に文句ばかりつけていると仕事にならないが、その辺のところは、今まで一般社会を生きてきたスキルをみな持っているのだから、言って良いことと悪いことはわかるはずである。
もし、そういうことができないなら、公務員をアホと断罪するしかない。
いつまでたっても、公務員は「やってしまったミスや不祥事を隠す」ということに、汗を流すだろう。

さて、本の話に戻るが、著者の香田洋二さんの頭の中は、日米同盟主義であり、ロシア、中国、北朝鮮は、この世の悪である。
この点で、私は、買って後悔したと思う。
今や、世界は、すでに脱欧米に傾いているのだ。

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2023年04月20日

メモる 21

3回目。

諫早湾のこと。
メモとして、残しておく。
私の経験と同じで、法律を恣意的にしか運用しない公務員が多い。

 諫早干拓事業の立案は1952年。敗戦後の食糧不足でコメ増産を目的に1万ヘクタールの干拓が必要との理由だったが、高度成長を経て全国で水田の減反が進むなかでも計画は見直されないまま、昭和が終焉した1989年に着工。97年に「ギロチン」と呼ばれた293枚の鋼板で湾を締め切り全長7キロの潮受け堤防が完成したのは2008年。総事業費2530億円を投じた一大事業で国内の1割近い1550ヘクタールの干潟が消え、かつて「魚湧く海」と呼ばれた豊かな有明海は湾締め切り直後から漁業への壊滅的な打撃が続いている。
(中略)
最大の欺瞞は着工前に環境アセスメントに際し大学教授らからなる調査委員会を設け、メンバーは専門的知見に基づき「排水により赤潮が発生する可能性が高い」と現在の水質汚染を予見する結論を導き出した。
 ところが農政局は報告書の取り扱いを自らに一任させた挙げ句、委員会メンバーに無断で180度違う内容に書き改め「開発による影響は許容しうる」と断言するアセス結果なるものを公表。この偽りのアセスで多くの漁業者が漁業権放棄に応じた事実を思えば、諫早干拓は最初から嘘と欺瞞に満ちていたのだ。その行き着く果ての今決定は、法治国家の緩慢な死すら思わせる。
(「紙の爆弾」2023年5月号p76)
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いつか食べ物のバチがあたる

こんばんは。

最近、話題となっている昆虫食の代表的なものがコオロギ。
徳島大学のコオロギ養殖が報道された。

https://businessnetwork.jp/article/12384/

しかし、ネガティブな情報もある。

 一方、コオロギ食に発がん性があるとか、微毒があるとか、妊婦は禁忌であるといった指摘も出回っている。少なくとも、野生のコオロギを食べるのは非常に危険だという。どんな毒や細菌、寄生虫を保持しているかわからないからだ。
 12年10月、米フロリダ州でゴキブリやミミズなどの虫を食べ、その量を競うコンテストが行われた。優勝した男性が大会後に体調不良を訴えて嘔吐し死亡したという笑えないニュースだ。養殖なら安全かといえば、そうではないのだろう。
(「紙の爆弾」2023年5月号p95)


私など、甲殻類のアレルギーを持っていて、コオロギやゴキブリにも同様の成分が入っているという話だから、食べたら、きっと救急車だろう。
地球にやさしい消費を目指すなら、下に引く文章をまず、考えなければならない。
いくら昆虫だって、食品ロスにしたら、同じことだ。

 現在、日本では多くの食料が消費されずに捨てられている。「食品ロス」は522万トンとされ、飢餓に苦しむ人々に向けた世界の食料支援量約420万トン(20年)の1.2倍といわれる。
 昨年11月に『世界で最初に飢えるのは日本』(講談社+α新書)を上梓した東京大学大学院農学生命科学研究科の鈴木宣弘教授は、政府が国内の酪農家に、「乳製品の在庫が過剰だから、牛を処分しろ」と指示したり、輸入脱脂粉乳の国産への置き換えのために、生乳1キログラムあたり2円以上の農家負担金を課している一方で、飼料・資材暴騰下でも乳価は据え置き。海外からの大量の乳製品を輸入し続ける矛盾を指摘する。
 牛乳が余っているのに、将来起こり得るかも知れない食糧危機に備えて昆虫食を推奨するのは、どう考えても奇妙な話に違いない。
(「紙の爆弾」2023年5月号p41)


結局、どこかの国に、「買え!言うことを聞かないのか!」と恫喝されているんだろうなあ。
そして、「虫を食うようにしろ!」と。
哀れな国、属国日本よ。

そんな中、アメリカの農場では、1万8千頭の牛が、丸焼けしたそうだ。
こういうことがあるのか!
想像するのが難しい。

https://www.d-predict.com/?p=1949(「2025年の世界」)



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2023年04月19日

アメリカよりイギリスのほうが悪だ

ふたたび、こんにちは。

差別の話から、ついでに、イギリスのことについて。
副島先生の判定では、アメリカよりも悪い国は、イギリスなのだそうだ。
イギリスの話を読めば、差別などいう生易しいものではない。
これは、「愛子天皇待望論」という本に書かれてある。
内容は、天皇家の考えと国家体制などを論じている。
例えば、共和政という言葉が、何なのか?みなさん、わかりますか?
私は今までわからなかった。

 王様と貴族制度をなくした政治体制のことを、共和政(共和制も同じ。republic)と言う。
(「愛子天皇待望論」p48)


そして、世界初の民主政国家は、どこか?

 人類史で、初めて完全に民主政(かつ共和政)が実現したのは、1776年に独立宣言した、アメリカ合衆国(USA)だ。イギリスの植民地だったアメリカ国民は、イギリス王(ジョージ3世)の支配を拒否して、独立宣言を出して戦って、イギリス国から脱出した。
 そして自分たちが選んだジョージ・ワシントン(独立軍の最高司令官だった)を大統領とする共和国(王様のいない国)になった。大統領(選挙で選ばれた指導者)の下に結集する民主政かつ共和政の国家となった。
 この制度は、その前にオランダが、スペイン帝国から独立闘争(戦争)をしていた時に、軍事指導者のオラニエ家(オレンジ公ウイリアム家。元はドイツ人の貴族)が、オランダの諸都市の共和政に配慮して、国王を名乗らず、Stat hokder(シュターツ・ホルダー)即ち、総督と称した。このことをアメリカは、真似して大統領が生まれた。
 合衆国の初代大統領になった(1789年)、ジョージ・ワシントン(1732-1799)の時から、「国民をpreside(プレサイド、差配する人)」という意味からpresidentを名乗った。
(前掲書p58)


「ビッグテック5社を解体せよ」で書かれている大企業優先自由主義以前のアメリカは、ジョージ・ワシントンら建国の父たちの考えを基礎とした国であり、純粋に悪い国ではなかった。
むしろ、アメリカを植民地としていたイギリスが、極悪だ。
中国や日本などの東アジアの過去も、イギリスによって、かなりいじめられているのを考えると、本当に悪いのはイギリスだ。
なぜ、イギリスは、今でもスコットランド人、アイルランド人などと人種が分かれているのか、その疑問を解く文章を、少し長文で引用する。

 イギリスは、United Kingdom「連合王国」である。
 この制度思想で出来ている。略称UKという。この連合王国というのは、実はものすごく残酷な思想である。イギリス人(イングリッシュ)は、同じブリテン島の中でも、北のスコットランド人と、南西のウェールズ人、そしてアイルランド人を、この連合王国という思想で併合(併呑)して、どんどんイングリッシュの血に混ぜて、消滅させてしまうことを考え、かつこの策を実行した。
 イングリッシュの王たちは、スコッチ(スコットランド人)や、ウェルシュ(ウェールズ)、アイリッシュ(アイルランド人)に対して、苛酷な徴税による支配を行った。
 それに反抗して、反乱を起こした者たちを、打ち破って捕えて大量に処刑した。その代表は、1297年のスコットランド独立の英雄ウィリアム・ウォレスである。ウィリアム・ウォレスは車裂きの刑(八つ裂き)で殺された(1305年)。今でもスコットランド最大の英雄だ。
 だが、イングリッシュはもっとも残酷なことをした。それは民族の血を混ぜたことだ。イギリス人の司祭(ビショップ)と領主(ランドロード)たちが、自分の領有する村の、スコッチとアイリッシュの若い女たちを、結婚する前に、司祭館や領主館に差し出させて犯した。そして身籠らせた。
 この司祭と領主の権利を初夜権(nocturnal right、ノクターナル・ライト)と言う。なんということをしたのだろう。これがイングリッシュが本当にやったことなのである。イギリスの僧侶には司教がいる。イギリスは、英国国教会で、一応、プロテスタントということになっているのに、カトリックと同様に司教がいる。この僧侶たちは少しもお坊さんらしくない。
(中略)
 私は40年前の昔、イギリスの投資銀行の日本支店に勤めて、ロンドンに行かされた時に、スコットランド人の若い同僚の社員(当時、彼も下級職)とパブで飲んでいて、この初夜権(ノクターナル・ライト)の悲しい話を、彼がとつとつとしてくれたことを、今思い出す。イギリス人(イングリッシュ)の司教や領主が、村の結婚直前の若い女たちを、館に差し出させて処女を奪い、イングリッシュの血の入った赤ちゃんを生ませようとしたのである。真に悲しい話である。
 だから現在でもスコットランド独立党(国民党 SWP)やアイルランド人の、イングリッシュへの深い怒りと恨みがあるのである。イングリッシュは、こんな「領主と司教の初夜権の行使」というヒドいことを、スコッチやアイリッシュにしたのである。同じブリテン島やアイルランド島の民族を根絶やしにしようとしたのである。だから彼らはイギリスからの独立運動を今も根強く、激しくやっている。分かりますか。
 最近死去した映画「007」の俳優のショーン・コネリー(2020年10月31日。90歳で死去)が、スコットランド独立運動の看板の一人だった。
(前掲書p215〜p219) 


私たちからすれば、話にならないくらいひどいと思う。
同じブリテン島でさえ、こんなことをやっているのだから、中国人をアヘン漬けにし、日本を手玉に取ることなど、彼らにとって朝飯前のことなのである。
だから、結果として、アメリカのネオコン(=ディープ・ステイト連中)は、イギリスの悪い連中の系譜と見ることもできる。

人権は、日本国憲法を作ったアメリカから、輸入されたものだ。

 この新憲法の第11条で「国民はすべての基本的人権の享有を妨げられない」と決めた。その前は日本には人権(じんけん)という言葉が無かった。今から考えれば、驚くべきことだ。たった77年前に初めて人権(基本的人権)という言葉が、日本に出現したのである。
 それまで人権(ヒューマンライツ)というコトバは日本に存在しなかったのだ。それまでは、吉野作造が、天皇主権体制に遠慮して、「民本主義」と言った。大正デモクラシーの運動のときからである。「基本的人権」は、日本国憲法と共に、日本に初めて出現し誕生したのだ。アメリカから移植(トランスプラント)されたのだ。
(前掲書p60)


イギリスは、日本人に対して、もちろん、中国人にも、人権を伝えなかった。
だから、イギリスよりもアメリカのほうが、まだマシだったと言える。

この本の中には、極悪人として、山縣有朋が登場する。
さすがに、この部分は、ここには書けない。
買って読んでくだされ。
写真掲載から、あっと驚く推論である。
大正天皇は、まずは、たれ目である。
しかし、昭和天皇の兄弟には、たれ目は一人もいない。
一人ぐらいいてもいいはずなのだが。

副島先生の論では、結局のところ、天皇家の万世一系ではなく、必ず、何度か、途切れている。
したがって、必ずしも男である必要はない。
むしろ、女を前面に出したほうが、家庭でもうまくいく、論である。

 日本は、古くはポリネシア系の島嶼国であって、母権社会(matriarchy、母系制)である。だからこの伝統も大事にすべきである。ヨーロッパ諸国と同じように、放っておけば自然にどうしても女性の王(女王)が生まれるに決まっている。何の問題もない。男系にこだわる方がおかしい。
(前掲書p132)




ここからは、オマケ。
同書には、「カルト・オブ・ヤスクニ」と外国から呼ばれた故安倍晋三元首相のことが載っている。
一方、天皇家は、A級戦犯が靖国神社へ合祀されてから、一度も参拝に行っていない。
このことからも、安倍元首相と天皇家は、仲良くないのがわかる。
実際に、写真付きであるが、2016年の慰霊祭で、天皇と美智子皇后は、安倍首相を睨みつけ、最後の万歳三唱のとき、さっさと壇上から消え、参加者たちは、その光景に驚いたそうだ(p241)。

 世界基準では、戦死者の墓は、The Tomb of Unknown Soldiers 即ち「無名戦士の墓」と言う。各国の元首(大統領、首相、国王)は外国に行くと、その国の無名戦士の墓に行って花輪を献げる。だが、日本の靖国神社は、その性格(国家神道の神社である)からして、世界基準の無名戦士の墓の役割を果たすことはできないのだ。だからどこの国の元首も靖国神社には参詣しない。
(前掲書p175)


こういう事実を知らないと、なぜ、カルト・オブ・ヤスクニという言葉が出てくるかもわからない。
副島先生は、ムーニー一派と呼んでいるが、彼らは、こういうことに疎いのだろう。

安倍晋三と高市早苗、櫻井よし子、三浦瑠璃たち、統一教会(Moonie ムーニー。本当の真実の反日人間たち)は、自分が天皇翼賛伝統保守であるふりをしながら、本当は徹底した今の天皇家ぎらいだ。反日本の奇怪な宗教集団の影響下にある。その表面団体(フロント)が日本会議である。
(前掲書p22)


この本を出版されるにあたって、時期が微妙であった。
あとがきに記してあるのだが、「愛子天皇待望論」は、6月までには、ほぼ完成していた。
その後、7月8日に安倍元首相は銃撃されて亡くなった。
出版は10月10日となっている。
この時系列は、幸運だった。
もし、本の出版が、銃撃事件の前だったら、扇動したのではないか、という疑いを持たれていたかもしれない。
特に、ムーニー連中から、非難の矢が飛んできただろう。


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差別という名の暴力

こんにちは。

中川淳一郎さんのコラム「格差を読む」(「紙の爆弾」)からの紹介になるが、今月号の「多数派と少数派」を読んで、“差別だ”と騒ぐ人たちの思考について、難しいなあ、と思った。
流行りのLGBT保護論から、逆に、普通の人間が差別される事態が想像されるのだという。
それを予期させることがアメリカで起きていて、伝統的な主婦を演じた動画がアップされ、すごいことになった。

 これがリベラル派とフェミニストにより大炎上した。つまり「妻を家庭に束縛することを賛美している。男女同権に反する!」ということだ。しかし「伝統的主婦」など今やマイノリティだ。それを懐かしんだだけで、ひどい叩きに遇うのである。
(「紙の爆弾」2023年5月号p56)


本来、家事の分担は、夫婦の分業であるから、専業主婦があったも問題ではない。
それで、夫婦円満ならば、だ。
単に、ビッグテック企業の策略(「スマホ中毒の作り方」などを参照)にはまって、動画をSNSに投稿し、「私たちは幸せよ」と表現したものだろう。
夫婦の分業は、基本的に、比較優位の原則であり、もし、妻の収入が大きく、その家庭を支えているなら、夫は主夫として、家事を受け持つだろう。
いちいち、こんなことに、男女同権を持ち出すことに意味などない。

再び引用するが、これは私にも当てはまることだ。
マスク警察である。

 LGBTや障害者、在日外国人への差別はいけない。だが、日本人男性、特に中年はいくら差別してもいい。「デブ」「クサイ」「ハゲ」「キモい」など言いたい放題である。
 これをさらに先鋭化したものとして、「多数派への差別はない。差別は少数派に対してのみ」という論を2010年代中盤に提唱したのは、在日コリアンのヘイトスピーチに対抗する「レイシストしばき隊」だった。
 しかし、堂々と少数派が差別される事態がコロナ騒動で発生した。1%以下であろうマスクをしない人々(マスク着用が苦しい人々)が猛烈に差別されたのだ。リベラルも保守も一致団結し「マスクは人命を守る」という神話に飛びついたため、「ノーマスク」が「新しい生活様式」をぶち壊す危険な存在として常に白い目で見られ、施設から追い出された。
 少数派が「酷い差別に遭ってます!」と言おうが、リベラル派も活動家も聞く耳を持たない三年間だった。なお、日本は昨年秋から常に世界一のコロナ陽性者大国である。
 つまり「差別をしてもいい対象」はいくらでも恣意的に作られ、その存在を差別することは差別ではなくなる。「しばき隊理論」はここでは崩壊する。
(前掲書p57)


マスクをしていない人間は差別され、ワクチンを打っていない人は、補助金などで差別される。
差別という言葉が、だんだんと力を振るい始めている。
差別は、いじめを誘発する。

差別の話は、人権へとつながる。
人権は、戦後、憲法とともに、アメリカから輸入されたものだから、日本人には、まだ難しいのかもしれない。
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2023年04月16日

スマホ中毒に処方箋はあるのか?

4回目。

最後に、ジョシュ・ホウリ上院議員は、スマホ中毒に対する処方箋を書いている。
みんな、それなりに取り組み始めているのである。
しかし、決定打は、ない。

携帯機器に触れる機会が少なければ少ないほど、息子たちはそれに興味を示す度合いも低い。
息子たちは、携帯機器を使っての遊びよりも、人々との実際の交流や遊びの方が楽しいということを知っている。私たちは子どもたちがソーシャルネットワーク・メディアを通じての個人的に連絡を取ることはまったく認めないということを決めた。息子たちはフェイスブックが何なのか知らない。私たちはこの状況ができるだけ長く続くことを願っている。実際に会っている本物の友達は財産である。フェイスブックを通じての友達はそうではない。
(「ビッグテック5社を解体せよ」p279)

大人の家族は、自分たちの生活のために機能させるものとそうではないものを選択する必要がある。複数の研究結果によると、携帯機器の画面を見る時間を制限することは幼児の発達にとって良い効果があるということだ。私が実施しているような、携帯機器の使用制限をすることができない人たちがいる。より効果のある別のパターンを実施している人たちもいる。それぞれは、自分の家族や置かれている状況にとって良いことが何かをよく分かっている。私が自分の経験を紹介するのは、すべての家族がぶつかる選択と直面するプレッシャーについて皆さんに伝えるためだ。結局のところ、すべての家族はビッグテックからのプレッシャーに直面しているのだ。ビッグテック各社のプラットフォームが家族生活のすべての場面に侵食してくるのを黙って見過ごし、許してしまっているのだ。しかし、ビッグテックの侵食に対して、「ノー」ということで得られる本当の価値も存在する。家族同士で団結して「ノー」と言うことで、大いなる可能性が開けるのだ。
(前掲書p280)


私は、中古スマホでWi-Fi接続のみ。
電話はガラケー。
したがって、ガラケーのみ携帯し、スマホを指でなぞる時間など、ほんの少しの時間である。
私にすれば、電話のほうが貴重で、仕事や会話のほうが楽しい。
忙しく働いていると、スマホ中毒には、絶対にならない。
このことは断言できる。

以前、フェイスブックをやったことがあるが、忙しいと、非常に鬱陶しい。
知らない人から、友だち申請が来て、承認せよ、という。
最初のうちは、まじめに付き合っていたが、段々とバカくさくなってきた。
付き合いきれない。
だから、やめた。

一時、LINEもやってみたが、何がいいのか、さっぱりわからない。
これも、やめた。
私には、メールで十分である。
それでも、最近、ごく親しい人とのみLINEをやり始めたが、なにせ中古スマホは船に置きっぱなしだから、忘れた頃に返信する破目になる。
まるで役に立っていない。
スマホを携帯しないからなのだが。

スマホ中毒とは無縁の私から見れば、スマホと1日じゅう睨めっこしている人たちが、異常に映る。

「そんなに暇なのかよ」
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ビッグテックの政治への影響と富の移転

3回目。

スマホ中毒の社会を喜び、ネットサービスの独占も手に入れたビッグテックは、さらに進撃する。
独占の横行に対し、国の管理機関が乗り出すはずなのだが、ビッグテックは、政治に対して積極的に関与し、先手を打つ。
その前段として、グーグルなどは、学者たちの発表前の論文もチェックしている。
ロビー活動への資金も巨額を投じ、グーグル、フェイスブック、アマゾン、アップルは、その投資額を競っている。
大統領にまでそのカネは行き渡り、ウクライナ戦争の発端を作ったオバマは、ビッグテックと仲良しだったようだ。

 2012年の大統領選挙で、当時の現職バラク・オバマ大統領陣営への企業献金額で、グーグルは第2位となった。ホワイトハウスの公表した記録を見ると、グーグルの重役たちは頻繁にホワイトハウスを訪問していた。グーグルはインサイダーの中のインサイダーだった。グーグルはアメリカ政府の頂点、トップに直接つながるラインを持っていた。そして、オバマが現職大統領だった期間に、そのラインを利用した。グーグルの共同創設者ラリー・ペイジは2012年11月27日に連邦取引委員会の幹部スタッフたちと私的に会談した。これは問題解決を促すためだった。その3日後、グーグルのエリック・シュミット会長はホワイトハウスを訪問し、オバマ大統領の情報技術問題上級補佐官と直接会議を持った。ほぼ同時刻に、連邦取引委員会の上級スタッフの一人が他のスタッフたちに「私たちは、問題解決に向けて、これからグーグルと議論を行う」と述べた。それから数週間も経たないうちに、グーグルと連邦取引委員会との間で合意が成立した。2013年1月、連邦取引委員会の委員たちは全会一致で、グーグルに対する捜査を中止することに賛成票を投じた。裁判が開かれることもなく、当然のことながらグーグルが罰を受けることもなかった。
(「ビッグテック5社を解体せよ」p270)


ただ1点、これらビッグテック連合にとって、番狂わせの大統領選挙があった。
ドナルド・トランプ大統領の当選である。
検索機能の90%を占めるグーグルやフェイスブック連合が、こぞって、ヒラリー・クリントンを応援したのに、負けた。
この時でさえ、民主党側への不正投票もたくさんあったはずだ。
それでも負けたのだ。

2016年の選挙でドナルド・トランプが当選してから、グーグルの社員たちが半狂乱の状態に陥ったために、社員が参加する意見交換会が開かれた。グーグルの共同設立者セルゲイ・ブリンは次のように述べた。
「グーグルの社員のほとんどが選挙の結果について、大変に混乱し、悲しみに暮れた。社員たちは移民や難民が持つような絶望的な気持ちになった。今回の選挙は極めて不快なものだった。皆さん方と同じく私もそう感じている」。
 同様に、グーグルの副会長ケント・ウォーカーは、「アメリカ国内にとどまらず世界中で、恐怖感から不安、外国人嫌悪 xenophobia 憎悪が高まっている」と述べた。
 グーグルはトランプの選挙運動への妨害に力を注いでいたので、彼らの失望は理解できる。フェイスブックはニューズフィードという機能を持っており、グーグルは検索機能を持っている。そして、検索機能によって選挙の結果を変えることが可能だった。
(前掲書p207)


現在でも、トランプ氏への攻撃は続いており、日本にいる私たちには、ビッグテックのプラットフォームを利用する限り、アメリカの何が真実なのか、まったくわからない。

ビッグテックは、非常に収益性の高い企業だ。
しかし、彼らは、世の中の人のために、何もやっていない。
ただ単に、情報分野を支配し、手数料を取っているだけの企業でしかない。
著者のジョシュ・ホウリー上院議員は、このことを力説している。
その部分を抜粋して紹介する。
まったく、彼の指摘の通りである。

ビッグテックは莫大な利益を上げているが、企業規模や業務内容を考えると、社員の数はとても少ない。ビッグテックはほぼ何も作り出していない。アメリカ国内での税金の支払いを逃れている。利益の大きさから見て資本投資もしていないに等しい。ビッグテックは、自分たちの独占によるコントロールを利用して、利用者たちから使用料(情報)を得ることでほぼすべての利益を得ている。ビッグテックこそは現代の大企業優先自由主義の典型例なのだ。
(中略)
ビッグテックはアメリカ国内の税金と規制を逃れるためだけでなく、あらゆる人や組織、機関に対する説明責任からも逃れようとしえきた。これは紛れもない事実だ。また、競争相手の買収によって数十億ドル規模の支出をしてきたこと、技術革新を阻害してきたこと、自分たちの所有物ではないものを奪い取ること、関係のない人々の業績から利益を上げることを長年続けてきた。
 こうした様々な方法を通じて、ビッグテックは、大企業優先自由主義とビッグテックが望んだグローバル化した経済の最高傑作となった21世紀初期の経済は、実際に手で触ることができる製品の製造に依存する割合がどんどん小さくなっている。つまり、生産者が重要な存在ではなくなっている。
(中略)
ビッグテックのデジタルを基盤とした性質が意味するところは、お金のかかる工場建設や労働者を雇用することなしに、どんどんと市場を拡大できるということだ。実際には彼らは何も製造していないのだ。プラットフォームを主力商品としているビッグテックが必要とする実際の生産者はエンジニアである。そして、ビッグテックはそうしたエンジニアをそこまで多くは必要としていない。情報工学者のジャロン・ラニアーは次のように語っている。
「その全盛期、写真用品企業のコダックは、14万人以上の社員を抱え、時価総額は280億ドルに達した。コダックは世界初のデジタルカメラを開発した。しかし、コダックは破産した。デジタル写真の新しい顔となったのは、インスタグラムだ。2012年にインスタグラムは10億ドルでフェイスブックに売却された。このとき、インスタグラムの社員はわずか13名だった」。
(前掲書p229〜p234)

ビッグテックを通じて行われるやり取りすべてに対して、ビッグテックが門番、関所での通行税の徴収人として、お金を集めることができる立場を確立することだった。言い換えると、ビッグテックは、実体経済から自動的に利益を抽出する世界規模のシステムを構築しようとしているのだ。
(前掲書p234)

実際にモノを作り生み出している人たちや実際に働いている人たちから、情報工学者やその他のビッグテックで働いているような人々が属する階級への富の永続的な移転が起きているということだ。
(前掲書236)


誰もモノづくりをしようとは思わなくなるだろう。
ビッグテックを解体せよ!
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スマホユーザーの監視、追跡、そして、独占

ふたたび、こんばんは。

私たちに対するスマホ依存を完成させると、次は、ユーザーは、すべて監視、追跡される。
ユーザーは、モノの宣伝がしやすくなるように分類される。
分類なのだ。
彼らにとって本当は、多様性など、クソ食らえ、なのである。

人々のやり取りはビッグテック各社のプラットフォームを中心に行われている。ビッグテックは、慎重な熟議を促すことや一般的な人々の力を強めることに何の利益も見出さない。熟議には、人々の共通の感情と忠誠心、共有された利益と目的が必要である。ソーシャルネットワーク・メディアはこれらすべてを台無しにした。ソーシャルネットワーク・メディアにとっては、利益とコントロールこそが重要なのだ。
 ソーシャルネットワーク・メディアの利用者がインターネット上をさ迷い歩き始める瞬間から、ビッグテックは常に利用者の動きやクリックと視聴を追跡し監視している。その目的は利用者を分類することである。利用者を分類し、いくつかのカテゴリーにまとめることで、利用者は利益を得られるとビッグテックは言う。しかし、その主要な目的は、利用者たちに商品を売りつけることをより容易なものにすることだ。
(「ビッグテック5社を解体せよ」p172)


アマゾンなどで、「残り1点」とか「残り2点」という表示を見たことがあるだろう。
多数の人がアクセスし、この表示で心理的に動揺し、すぐにオーダーする。
残りがたくさんあるくせに!

 フェイスブックの全能のアルゴリズムが利用者に対して「より多くの多様な視点」を提示する未来をマーク・ザッカーバーグが約束したときのことを覚えておられるだろうか?それは、リベラル派が提示する他愛のないお喋り happy talk でしかなかった。実際には、フェイスブックのアルゴリズムは多様性 diversity をまったく促していない。フェイスブックは「まったく同じであること sameness」を促進している。フェイスブックは、利用者たちを、同じような関心と考えを持つ、同じような人々から構成されるグループに強制的にまとめている。
(前掲書p174)


スマホ依存ユーザーの分類を行った後は、他のネットサービスを潰す。

 グーグルの厚かましさは際立っていた。2010年代初めから、インターネット上の小規模なライヴァルたちのプラットフォームの機能やコンテンツを計画的に奪い取り、自社製品に取り込んでいった。グーグルショッピングやグーグルトラヴェルのような専門性の高いプラットフォームに、ライヴァルたちの機能を組み込んでいった。グーグルは、インターネット検索の世界を支配するコンテンツというだけにとどまらない。現在、世界のインターネット検索の90%はグーグルが占めている。グーグルは競争そのものをなくす方向に進み、特に、検索機能を持つ専門性の高い(1つの製品の提供に特化している)小規模のプラットフォームを消滅させようとした。例えば、旅行専門の「カヤック」と「オービット」、ローカルビジネスレヴュー(評価)の「イェルプ」などがそうだ。グーグルはこれらの競争相手がいなくなることを望んだ。
(前掲書p240)


あまりに露骨な独占を目指したグーグルに、EUは黙っていなかった。
2017年に24億2000万ユーロ、2018年に43億ユーロの罰金を科す。
それでもグーグルは進撃する。
広告の独占である。

グーグルのデジタル広告の独占という問題もある。これまで10年以上にわたり、グーグルは、買い手と売り手両方の、すべてのレヴェルのインターネット広告市場において独占的な占有率を追い求め、獲得していった。グーグル自体が広告の取引市場を持っている。
(前掲書p291)


フェイスブックも露骨だ。
マイスペース Myspace が、SNSを支配していたが、プライヴァシー保護が緩かったため、フェイスブックはプライヴァシー保護の設定を厳格に行った。
これが効果を発揮し、マイスペースを追い抜き、やがて、マイスペースやその他のプラットフォームを消滅させた。
そこで、フェイスブックは何をやったか?
競合する他社を潰してから、プライヴァシー保護を厳格にする約束を反故にしたのだ。

 プライヴァシー侵害とされたのは、利用者の同意なしに利用者のプライヴァシー設定を変更したこと、アプリケイションに関して言うと、利用者情報に、フェイスブックが公表していた程度よりもより多くの回数アクセスすることを許可していたこと、利用者のプライヴァシーコントロールによってフェイスブックが利用者データにアクセスすることが制限できる程度について誤解を与えていたこと、フェイスブックが提供するアプリケイションの安全性を確認する作業について利用者に嘘をつき、さらには利用者にそうしないと言っておきながら個人データを広告主に提供していたこと、であった。そして2019年に、フェイスブックは初期段階の利用者との間に結んだ利用規約に違反したとして、50億ドル(約5500億円)の罰金を支払うことに合意した。プライヴァシー保護はフェイスブックの競争戦略において重要な要素であったが、これが嘘であったのだ。
 一方、マイスペースを市場から追放した後、フェイスブックは競争相手になる可能性のある各企業を買収し始めた。有名なのはインスタグラムとワッツアップだ。
(中略)
 ザッカーバーグの計画は、「これらの企業を買収し、製品を出し続けさせる。一方で、これらの企業が作り出した社会の変化を私たちの製品の中に時間をかけて取り込む」というもだった。簡単に言えば、競争相手を買収し、フェイスブックに組み込むということだ。そして、フェイスブックはこの計画を実行した。
(前掲書p244)


その結果、SNS利用者の83%が、フェイスブックに時間を費やしている。

フェイスブックの満足度指数は67だ。他分野と比較してみると、フェイスブックの指数はソーシャルネットワーク・メディアの平均よりも低いだけではなく、現在運行しているアメリカでの航空会社よりも低い数字となっている。消費者はどうして最大限に良く評価しても半分くらいの点数しか取れないフェイスブックのプラットフォームを利用し続けているのか?見たくもない広告を押し付けられ、承認していない方法でプライヴァシーを侵害されているのにもかかわらず、どうして使い続けているのか?それは、消費者には他に有効な選択肢がないからだ。これがまさに独占なのである。
(前掲書p295)
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スマホ中毒の作り方

こんばんは。

今まで「スマホ中毒が日本を滅ぼす」と書いてきたが、日本だけでなく世界じゅうで無能人間を増やし、インターネットの巨人たちは、独占を完成させるようだ。
しかし、この問題と正面から対決しているアメリカの政治家がいる。
ジョシュ・ホウリーという上院議員である。
「ビッグテック5社を解体せよ」という本を書いた。
対比して、アメリカの属国日本には、そういう議員は皆無である。
スマホ中毒を放置する日本の政治家は、無能である。

子どもたちへのスマホ中毒の影響は、アメリカでも深刻である。
引用する。

十代の若者がより多くの時間をスクリーンを見ることに費やすようになると、うつ症状を訴える数が増える。ソーシャルネットワーク・メディアを頻繁に使う中学2年生は、うつになるリスクが27%も高まる。一方で、平均的な十代よりも、スポーツをしたり、礼拝に参加したり、宿題をしたりする十代のうつになるリスクが格段に低くなる。
 ソーシャルネットワーク・メディアの使用に関連して、若い女性たちは、社会的な孤立と不安感に関して、心配な傾向を示している。2010年と2015年で比べたところ、十代全般と10歳から12歳までの女の子たちで、「仲間外れにされている」と感じている割合は48%も増加した。同年代の男の子たちの場合には27%の上昇にとどまった。2012年と2015年で男の子たちのうつ症状について調査したところ、21%増加していた。この数字ももちろん小さいものではない。しかし、女の子は男の子に比べて、ソーシャルネットワーク・メディアの利用率が高く、ソーシャルネットワーク・メディアのプラットフォーム上での悪意のある個人攻撃への耐性が低いからだ。
(「ビッグテック5社を解体せよ」p165


 最悪のケースは、十代の自殺だ。ビッグテック全盛の現在、若者たちの自殺が急増している。10歳から24歳までのアメリカ人の死亡理由の第2位が自殺だ。第1位は、自動車事故や薬物の過剰服用といった、意図しない傷害である。2010年代よりも前の時代、若者の自殺数は大きな変化は見せず、数十年にわたり減少傾向であった。しかし、状況は変化した。アメリカ疾病予防センター(Center for Disease Control CDC)によると、2017年までの10年間に、自殺率は56%も急上昇した。
(前掲書p167)


 研究者によると、ソーシャルネットワーク・メディアとスマートフォンの使用の増加と十代のうつ症状や自殺といった病理との関連について、相関関係correlations があるということだけが分かっている。因果関係 causal relationship については現在も調査た行われており、結果はまだ出ていない。
(前掲書167)


フェイスブック(インスタグラムは、フェイスブックに買収された)などのSNSは、私たちの持つ心理的欲求を利用して、商売をやっていて、今や独占企業体である。
SNS中毒の構造は、次のとおりである。

 社会的比較理論 social comparison theory と呼ばれる学問分野を研究している社会科学者たちの研究結果によると、「人間は、自分自身と他人を比較する先天的な衝動を持っている、それは多くの場合、自己強化の正確性を保つためだ」」ということだ。これは人間の本性、もしくは社会的地位への渇望と呼ばれている。ジャン・ジャック・ルソー(Jean-Jacques Roussean 1712〜1778年。66歳で没)はこれを自尊心 amour propre、承認 recognition を求める情熱 passion と呼んだ。呼び方がどうであろうとも、この承認を求める衝動によって、人間という生物が生きている間に取る行動の多くを説明できる。この社会的承認を求める先天的な欲求がソーシャルネットワーク・メディア依存を生み出している。
 フェイスブックとインスタグラムでの投稿は神聖視されている。そこまで利用頻度が高くない普通の人々がこれらにアクセスしてクリックしていくと、目にするのは、何段にも重なって表示される完璧な人々のイメージだ。魅力的で、最先端の流行を取り入れ、見栄えが良く、安定した、人生の最良の日々を過ごしている人々。こうした人たちを見て、我が身を振り返ると絶望感すら覚えてしまう。
(前掲書p161)


引用文の中に、ビッグテックという言葉が登場するが、グーグルなどの巨大インターネット企業のことである。
5社とは、グーグル、フェイスブック、ツイッター、アマゾン、アップルのこと。
グーグルやフェイスブックは、多様性をもたらすとは言うが、実際には、そうではない。
ビッグテックは、思い通りに、情報統制、監視、追跡、宣伝をユーザーに行う。
検索など、完全に意図されたものになっている。
これに関しては、ワクチン有害事象に関する情報の封鎖で、みんな実感したと思う。
そして、あらゆる売買をビッグテック経由で行うようにする。
これで、超独占企業体が誕生する。
しかし、その前段階として、中毒、依存を増やなければ、それは達成できない。

 グーグルでデザイナーを務めたトリスタン・ハリスは、ドキュメンタリー映画『監視資本主義 デジタル社会がもたらす光と影 The Social Dilemma』に登場した。ハリスは、ビッグテックの目的を次のように述べた。「ビッグテック各社のゴールは、スロットマシーンのように、人々を自社製品に依存させることだ。そしてスロットマシーンを10億人のポケットの中に入れることなのだ」。
 ビッグテックのエンジニアたちは、利用者たちの意識的な、もしくは無意識的な「心理学上の弱点を利用して、利用者の注意を惹きつける競争を行っている」。
(中略)
 ハリスは次のように説明している。「ポケットからスマホを取り出すとき、私たちはどんなお知らせが届いているかを見るゲームをスロットマシーンでやっている。Eメールの受信を確認するとき、私たちは新しいEメールを受信するというゲームをスロットマシーンでやっている。インスタグラムの投稿を次々と見るために、画面をスクロールするとき、私たちは次にどんな写真が出てくるのかというゲームをスロットマシーンでやっている」。これらはすべて設計通りなのだ。
 カジノは、24時間ずっと明るくして遊んでいる人たちを元気にさせ、酒を飲んで憂さを晴らさせる場所だ。そんなカジノと同様に、ソーシャルネットワーク・メディアのデザイン担当者たちは、利用者たちの気分をコントロールすることに関心を持った。正確には非常に関心を持ったというべきだろう。
(前掲書p146)


結果として、スマホ中毒社会になった。
イギリスでさえ次の通りだから、日本はもっとだろう。

 2014年に実施された、イギリスにおけるスマホ利用者についてのある調査の結果によると、スマホ利用者は1日に221回、スマホをチェックするということが分かった。言い換えると、4分18秒ごとに1回、スマホをチェックしていることになる。その効果は人々にとって有益なものではない。研究者たちは、スマートフォンが利用者の注意を向けさせ、利用者の問題解決能力を低下させることを発見した。実際に手に持っていなくても、実際に使用していないくてもそのような状態になってしまうのだ。
(前掲書p158)


見事に、スマホ中毒、依存症の完成だ。
posted by T.Sasaki at 12:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年01月28日

メモる 19

4回目。
属国の証拠。

ひどいものだ。
国民主権?
何が主権だ。
主権なんてものは、日本に存在しない。

 19年に出版された『株式会社化する日本』(詩想社新書)は思想家内田樹さん、元首相の鳩山友紀夫さん、鹿児島大学法文学部教授(現名誉教授・沖縄在住)の木村朗さんの鼎談をまとめた本だ。
 第一章「平成時代と対米自立の蹉跌」では、鳩山さんが「私は恥ずかしながら日本の官僚と米軍人との間の日米合同委員会が毎月二度、秘密裏に行われているということも、その会議の内容もわかっていなかったものですから」と正直に告白している。当時の首相も知らないところで、日米の最高意思が決定されているとは、国民の誰が想像するだろうか。
 鳩山さんはその壁に阻まれ、対米従属からの自立のシナリオを描くことはできなかった。おそらく自民党政権では、暗黙の秘密事項として引き継がれてきたことだろう。
『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門』(13年刊、創元社)編著者の前泊博盛さんは、琉球新報の論説委員長を経て、沖縄国際大学大学院教授。記者時代には、外務省機密文書のスクープと日米地位協定改定のキャンペーン記事で石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞している。この本は、もしもオスプレイが東京大学の安田講堂に激突したらどうなるか、といった架空の質問に答えている。その答えは「安田講堂に激突、炎上して破片が広範囲に飛び散ったとき、米兵は正門や赤門を封鎖して、警視総監の立ち入りを拒否することができます」。
 覚えているだろうか。04年8月13日、沖縄国際大学の本館ビルに、米軍のCH53D大型ヘリが墜落し、爆発炎上した。直ちに隣接する米軍普天間基地から数十人の米兵が大学になだれ込み、事故現場を封鎖、日本人を追い出した。米兵たちは沖縄県警の警察官を現場に入れることも拒んだ。「植民地同然の光景」が展開されたのだ。
 面積では日本の中の0.6%にすぎない沖縄に、74%の米軍基地が集中している。沖縄国際大学の事件からほぼ20年経つ現在、日本はアメリカの属国ぶりをますます深めている。
(「紙の爆弾」2023年2月号p98)


私がたまに行く鈴木俊一事務所で、アメリカの属国に関して、少し言ったことがある。
「自民党政治家は、みんな属国であるのを認識していると思うが、アメリカの言うことを聞かなければ意地悪される、それでもいいなら、アメリカの言いなりにならない、と正直に国民に言ったほうがいいんじゃないですか」と。

日本はアメリカの属国である、というと、今でも否定する人たちがいる。
そういう認識の人たちに限って、非常にうるさい人が多い。
まず、このことをしっかりとみんなに伝えて、それから、「属国のままでいい」「いや、嫌だ」の議論になる。
posted by T.Sasaki at 18:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

メモる 18

3回目、こんばんは。

日本は、すでに、北朝鮮や中国に攻撃されても、何も言えない状況にあるようだ。
国連憲章にそうあるという。
浅野健一さんの記事のよる。

〈同志社大学教授の時、ゼミ1年生に、国連の原語は「UN・連合国」であり、国連憲章で日本が全体主義国家になる危険性がある「敵国」としてみなす「敵国条項」があることを教えた。
 敵国条項は憲章第53条、第77条一項b、第107条に規定されており、第二次大戦中に連合国(国連安全保障理事会の常任理事国である米国・英国・フランス・ロシア・中国の五カ国など)の敵国であった国(枢軸国であった日本・ドイツ・イタリア・ブルガリア・ハンガリー・ルーマニア・フィンランド)が、戦争の結果確定した事項に反したり、再び侵略戦争を起こしたり、起こす兆しがある場合、連合国加盟国や地域安全保障機構は、安保理の許可なくとも当該国に対して先制攻撃など軍事制裁を科すことができる。〉
 1992年の自衛隊のカンボジア派兵から日本の憲法無視の軍国主義化が進んできたが、30年を経た2022年12月16日、日本は侵略戦争を起こす態勢と意思を表明した国になった。
 中国や朝鮮民主主義人民共和国などの日本の侵略・強制占領の被害国政府の人民が、日本の軍国主義復活、歴史改ざん主義を批判するのは、この国連憲章とポツダム宣言を根拠にしている。
 連合国憲章で、日本など旧枢軸国の七カ国は今も「敵国」。侵略・強制占領の被害国である中国や朝鮮はいつでも、国連の手続きなしに、原発が乱立する日本に先制攻撃(敵国への攻撃)することが、国際法上可能になった。
(「紙の爆弾」2023年2月号p50)


エライ政治家たちは、たぶん、国連憲章を知らない。
posted by T.Sasaki at 17:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする