日本の漁業が崩壊する本当の理由 片野歩

世界中で魚類資源が増えているのに、日本だけが減っている。
この現実を、恥ずかしいと思うべきである。

日本の漁業が崩壊する本当の理由.jpg

すべての漁協組合長、理事、参事、そして、任意の漁業団体の会長以下すべての役員たちは、この本を読むべきだ。
読みたくないならば、「日本の漁師は大バカものだ」を参照すること。
これを認識できないならば、役職に就く資格はない!

2021年09月30日

ビデオリサーチ社の正体

3回目、こんにちは。

先日「電通のための東京五輪」のことを書いたが、電通を作ったのは、戦前の満鉄職員たちである。
思わず「へぇ〜」なのだが、もっとびっくりしたことがある。
視聴率を発表するビデオリサーチ社は、電通の子会社だったのだ。

 日本の植民地会社のなかで代表的な存在である南満州鉄道(満鉄)もまた敗戦時に解散して消滅したが、その人的資産を受け継いだ会社がある。それが「株式会社電通」である。
 日本の戦後国家構造を研究していたカレル・ヴァン・ウォルフレンの『日本/権力構造の謎』によると、日本の支配構造は政治家と官僚、財界の三者によって統治されており、それを大衆に伝達するためのメディア機関の代表が電通である。電通は日本の広告業界の三割を占めるガリバー企業であり、とくにテレビ業界はほぼ電通の独占状態にある。日本のテレビが権力批判もなく面白くないのは、すべて電通うが情報統制しているためである。テレビ業界では視聴率の数字に一喜一憂し、スポンサーである企業はその数字に巨額の金額を払う。しかし、その視聴率はビデオリサーチ社という調査会社一社が発表する数字であり、客観性がまったくない。このビデオリサーチ社は、電通の子会社である。
(「天皇財閥」p234)


これなら、完璧に世論誘導できるし、スポンサーからのカネは、自由に割り振りできることにもなる。
恐ろしい。

電通は、解体すべきである。
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太平洋戦争の真の推進者

ふたたび、こんにちは。

「天皇財閥」という本を読んだが、主題は、題名のとおり、戦前の天皇家の関与する銀行、その他の大企業群のことを書いている。
1冊の本を読むと、必ず、副産物がある。
副産物の中には、自分の中で常識と思われたものを、木っ端みじんに吹き飛ばしてしまうことがあるものだ。

第2次世界大戦の不幸を作ったのは、軍部だけではなく、もちろん天皇だけではない。
財界も一緒だったのだ。

 国家総動員というと、すぐに軍部独裁を思い浮かべる向きが多いだろうが、当時は産業資本や財閥もこぞって政策に賛成したのである。昭和十二年に成立した林銑十郎内閣では、財界出身の日本商工会議所会頭、結城豊太郎が大蔵大臣に、さらに日本銀行(日銀)総裁には三井財閥の代表である池田成彬(1867―1950)が就任している。結城は蔵相として「これからは財界と軍部は抱き合って行きたい」と発言した(『昭和史への証言3』120ページ)。これにより、財界と軍部の協力体制は「軍財抱き合い」と呼ばれるようになった。当時の財界と軍部の関係を示す、みごとな言葉である。
 戦後になって、「戦前は軍部の独裁であった」と繰り返す論者たちは、この「軍財抱き合い」という点を見逃している。軍部がいくら頑張ったところで、軍事物資がなければ何もできない。軍事物資を生産するのは民間の重工業企業である。かくして、財界の協力なくしては、軍部は何もできなかったのだ。この単純な事実をしっかり見る必要がある。
(「天皇財閥」p128)


アメリカ人の日本学者であるT・A・ビッソンは、戦前に日本を調査し、次のように記している。

政党の指導者は財閥の国会における操り人形であったし、高級官僚や海軍将校の多くは財閥から圧力に対して、ただ従順であった。元首相によって形成された重臣たちを含む宮城の護衛者たちは、少数の権力者たちの主要な意見に合わせるために内閣を製造するのに懸命であった。(『Japan's War Economy[日本の戦争経済]』9ページ)
(前掲書p130)


これは、関東軍暴走といわれる張作霖爆殺事件でも、財界の都合によるものが大きかったようだ。

 張作霖爆殺事件の背景には、日本と奉天軍閥である張作霖の「マネー戦争」があった。
 経済学者、小林英夫の『「大東亜共栄圏」の形成と崩壊』によれば、満州は農産物、とくに大豆の大収穫地であった。満州の農民は地主たちと「官銀号」という地方金融機関で結びついていた。大豆を売った代価で、「金票」と呼ばれた朝鮮銀行券、「鈔票」と呼ばれた横浜正金銀行の兌換券など、彼らにとっての「外貨」を取得し、一方で大豆の購入費には官銀号紙幣を充てていた。奉天軍閥は取得した外貨で武器を購入。さらなる軍事力増強のために外貨を取得すべく、官銀号紙幣が乱発されたのである。そのため、重大なインフレの懸念が起こったのだった。
 満州を管理しようとする、日本の出先機関である満鉄と関東軍は、この事態を放置しておくことはできなかった。
 多くの歴史書は、満州の侵略を、現地に駐屯した陸軍の暴走であると説明しているが、事態はそのように単純なものではない。日本と奉天軍閥の間での「マネー戦争」こそが、事件の本質なのである。
(前掲書p146)


そして、欲張りすぎて、中国中枢部へ進出し、それは裏目に出て、日本は奈落の底へ落ち始めるのであった。

小林氏は『「大東亜共栄圏」の形成と崩壊』のなかで以下の点を指摘している。

 華中での米・英をバックにした法幣との「通貨戦」さらには「物資争奪戦」のゆきつく結果が、この太平洋戦争だった(中略)太平洋戦争勃発と同時に、日本軍は上海租界へ進駐し、英・米浙江財閥系銀行を軍管理下におき、正金、三井、三菱、住友、台湾、朝鮮の六銀行が管理銀行になって清算業務をおこない所有金、銀を接収したのである。(『「大東亜共栄圏」の形成と崩壊』143ページ)

 日本の中国進出の目的は、中国本土のマネーをみずから管理することであった。満州では英米資本は入っておらず、その占領は比較的容易に、また成功裡に進められた。しかし、中国本土では、すでにアメリカおよびイギリスが利権を持っており、それを占領することは不可能だったのだ。
 上海における日本の進出。これこそが、アメリカの虎の尾を踏んでしまった行為なのである。満州に利権を持っていないアメリカは、日本の満州進出をほぼ黙認した。しかし、上海となると話は別であった。
(前掲書p149)




ここからは本筋から外れるが、まあ本の紹介ということで読んでもらいたい。
東条英機という戦犯になった総理大臣がいたが、彼を指名したのは、木戸幸一内大臣である。
内大臣というポストは、現在では存在しないが、それでも、不思議な大臣であったことは確かだ。
これには、本人談がある。

 木戸は、「内大臣とはなにかといことね」とこう語る。
「まあね、助言者なんだね。それで常侍輔弼って意味はだ、無制限なんだよね、と同時に表には出ないわけだ。だから、国務となったら国務大臣がみんな責任を持ってやるわけだから、その手前で(僕が陛下の)ご相談に乗り、こういうことをいったらどうだろうとか、こういうことをさせてみたらどうかだろうかと・・・。(中略)
だから、内大臣ってものは一体なんだってことになるとね、わからないんだ、本当は。あの、清水澄っていう憲法学者がおるがね、あの人は僕らが学習院で憲法を習った先生なんだよ。(中略)それで、“内大臣ったら一体なんですか”って聞いたんだよ、そしたら、“自分にもわからん”っていったね」(『決断した男 木戸幸一の昭和』180ページ)
(前掲書p192)


その後、木戸によって、東条内閣は倒閣されている。
木戸内大臣の権力は大きく、東条英機は不運であった。
陸軍出身の東条英機は、極悪人だと思っていたが、話は簡単ではなかった。
不勉強による無知から、そう思ってしまうのである。

先に挙げた張作霖事件。
張作霖事件の背景には、上述のような財界の都合もあり、一応、日本軍が工作したということになっているが、それは本当だろうか、という説もある。
それはなぜか。

 張作霖は虫の息ながら「日本軍の仕業だ」と言い遺したというが、これは真実なのだろうか。日本と奉天軍閥の共同調査が行われ、現場で集められた破片から爆弾はロシア製と判断されたという。
(「紙の爆弾」p93)


当時、最もソ連に強硬な態度をとっていたのは、張作霖である。
ロシア製の爆弾が出てきた、ということは、まだ謎が隠されているに違いない。

ここからは読後の感想になるが、満州事変後、日本は南下し、アメリカやイギリスの利権に手を付け始めたことで、アメリカの虎の尾を踏んだことになり、それが太平洋戦争への導火線となった。
つまり、日本より先に中国を占領していたのは、イギリスやアメリカである。
これは、日本の学校教育でも教えられる。
中国では、どう教えられているのだろう。
アヘンを使った中国侵略は、極悪である。
それでも、中国は、日本ばかりいじめようとする。
この辺がよくわからない。
おそらくは、イギリスやアメリカだって、このことを突かれれば、何の返答もできなくなるはずだ。

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2021年09月29日

モノ言う天皇の出現

ふたたび、こんにちは。

憲法では、天皇を象徴とし、政治に介入しないことになっている。
しかし、人間宣言をしたからには、政治に意見を言うのは、正常な行動だ。
現在は、天皇が政治に口出しできない状況にあるが、昭和天皇は、戦後でも政治に対し影響力があったのだ。

 ことの発端は、アメリカに対して、軍地基地を貸すかどうかの問題である。貸す以外に日本には選択肢はないのだが、アメリカが要求した「日本側からの依頼」によって米軍が駐留するシナリオに対して吉田が反対した。それに怒ったダレスは、「米軍は撤退しても良いが、そうなると日本人はうえ死にするかもしれない。自分は、日本がロシアにつくかアメリカにつくかは日本自体で決定すべきものと思う」(『昭和天皇・マッカーサー会見』160ページ)と突き放した発言をした。
 こうした状況のなか、天皇はダレスに対して「親書」を送り、吉田の発言は日本国民の総意ではないことを述べている。そして昭和二十六年(1951)二月の天皇・ダレス会見では、「日本側の要請に基づいて米軍が日本とその周辺に駐留すること」(『昭和天皇・マッカーサー会見』167ページ)が相互に確認されたのである。ダレスの要望がそのまま通った形になったのである。
 豊下氏はさらに、当時の状況から、天皇が吉田を「叱責」していた可能性があると述べている。右のような経緯があったあとに、サンフランシスコ講和会議への出席を渋っていた吉田は、天皇への拝謁のあとに態度を急変させ、全権就任に同意したという。ここでも天皇の政治的な力が発揮されている。
 このように、アメリカと日本との間の安全保障、すなわち軍事同盟について、昭和天皇は深く関与していたのである。基本的には、臣下・部下に任せるが、肝心なところではみずから決断する。昭和天皇は戦前における国務への関与の仕方と同じことを、占領後もアメリカに対して行っていたのである。
(「天皇財閥」p207)


いろんなことを示唆している文章であるが、天皇の行動のみを取り上げる。
当時の吉田茂首相も、天皇が怒るようなことをすれば、引き下がっていた。
私は知らなかったが、安倍晋三元首相は、前天皇をバカにしたらしい。
ここで関連する部分を引用する。

昭和期の政治家たちには「陛下が見ていらっしゃる」という感覚があったはずなのだ。事実、昭和天皇の在任中に小泉純一郎や安倍晋三のような悪辣な政権が生まれ、長期政権化することはなかった。
 その上位者が平成期、不在となる。そのとたん、政治家たちが一気に劣化し、私欲と我欲を剝き出しに悪政をするようになったのは偶然ではあるまい。なぜ安倍晋三が、モノマネを披露してみせるほど天皇(上皇)を軽視したのかも、理解できるはずだ。
 今上天皇は昭和期に祖父がにらみを利かせていた時代と、平成期、天皇が上位者としての役割を放棄し、かなり強い意識をもって政治から距離をとった時代を見てきた。むしろ平成期を異常であったと見れば、「物言う天皇」の選択は正しいといえよう。
(「紙の爆弾」2021年10月号p98)


文中の「物言う天皇」は、何を言ったのか、興味があるだろうから、その部分も引く。
自分の最愛の妻、雅子妃をかばう内容である。

「しかし、そこに至る過程で、医学的な診断が下る前の非常に不確かな段階で報道がなされ、個人のプライバシーの領域であるはずのこと、あるいは事実でないことが大々的に報道されたことは誠に遺憾であります」
 言葉は丁寧だが、その内容は雅子妃バッシングをする連中への宣戦布告である。この感情を剥き出しにした「遺憾発言」によって皇太子(当時)は、昭和・平成と神格化する皇室のあり方から外れようとした。その意味でいえば、この発言こそが本当の「人間宣言」であったのだ。
(前掲書p97)


そう、神格化されて、モノを言わない天皇をやめて、普通の人間として意見をいい、神格化を拒否したのだ。

 もちろん天皇による政治へのコミットを懸念する向きもあろう。だが、あの男が三度目の政権に動き出したとき、「物言う天皇」がお気持ちを表明するとすれば、どうだろうか。日本が誤った道に向かおうとするとき、上位者としてしっかりとお気持ちを表明する。それこそが国民が求めている令和時代の「皇室」のあり方ではないだろうか。
(「紙の爆弾」2021年10月号p98)


文意から、「あの男」と言って、ピンとくる人は、ある程度、世の中のことを考えている人。
そうでない人は、普通の大人の人間として、少し考えたほうがいい。
「あの男」とは、安倍晋三元首相である。
現在の天皇は、このように、安倍晋三氏を嫌いであることがわかる。
目に余る乱暴な政治を行い、父親を小ばかにしたのだから、この場合、感情を剥き出しにしていい。
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2021年09月24日

いじめの親分を放置する日本プロ野球

3回目。

暴力選手の暴力が公になった事件があった。

https://news.yahoo.co.jp/articles/b935165655e41db369db25015c0b97a393575cef(「YAHOO!ニュース」)

彼の暴力は、公になる前から、普通であったようだ。
それを見逃していた栗山監督には、がっかりした。
人間味のある監督だなあと思っていたが、うわべだけだったのか。

 実は、中田の暴力はこれが初めてではない。過去、雨天中断中のベンチで年下のチームメイト、平沼翔太(現西武)を右ストレートのように殴る姿がファンに目撃されたほか、16年にはベンチに座りながら後輩選手の顔を殴って吹っ飛ばした動画もネットに流出。日常的に何かと手が出る癖があったのは明らかだ。
「大阪桐蔭出身ですが、ルーキー時代から素行が悪く、08年の春キャンプでは宿舎の窓からエアガンで報道陣を打ち、二軍時代も遅刻の常習犯でした。11年、先輩選手と用具の片付けをサボって注意されると激しく逆ギレ。その後、野手最年長になると誰も暴走を止められなくなり、栗山英樹監督も見て見ぬふり。これは球団側の責任も大きいです」
(「紙の爆弾」2021年10月号p32)


札幌市医療従事者応援プロジェクト」の医療従事者に対する「差別・偏見防止啓発ポスター」に、渦中の暴力選手が登場している。
いい笑いものになってしまった。

https://www.city.sapporo.jp/hokenjo/f4imuyaku/ouenproject/sabetsuhenken.html

それでも、巨人に移籍し、すぐに出場。
面の皮が厚すぎる。
出場する暴力選手も暴力選手だが、出場させる読売巨人もさすがだ。
やっぱりそこは、安倍自民党を応援した読売新聞。

暴力選手の抜けた日本ハムは、快進撃しているそうだ。

https://news.yahoo.co.jp/articles/ab714cbab68ae7b264d5a1b7026b86edf86210ea(「YAHOO!ニュース」)
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電通のための東京五輪

ふたたび、こんにちは。

電通という会社は、私たち一般人は、あまりよく知らない
ましてや、漁業者は、もっと知らないだろう。
以前、過労自殺した事件があったが、その程度でしか知らない。

https://www.tokyo-np.co.jp/article/76247(「東京新聞」)

電通は、広告代理店大手であり、テレビなどのあらゆるメディアを取り仕切っていると言っていいほどの大会社である。

 電通はグループで年5兆円以上を売り上げる超巨大企業で、業界2位の博報堂の三倍近い独占トップだ。日本国内ではテレビCMで七割のシェアを持つ。これは海外に例のない構造だ。その最大のクライアントが自民党で、政権のプロモーションを担っている。与党が圧倒的に選挙に強い一因がここにある。
 五輪組織委のメンバーの半数が電通社員または関係者で占められ、あらゆる五輪コンテンツを電通向けにマネタイズ、だから広告業界では「電通による電通のための五輪」とさえ言われている。
「四十年前の五輪施設をそのまま使う世界一カネのかからない五輪」と言ったのは招致時の猪瀬直樹都知事だが、当初予定の七千億円の予算は早々に突破され、開催総額は三兆円を軽く超え、過去最大規模の経費が計上された。これこそ電通の仕掛けによるもの。リオ五輪の三倍以上の数のスポンサー企業から計四千億円以上の協賛金を集めたが、それを口実にケタ違いの国家予算を奪った。
 そこをいくら指摘しても、爽やかなメダリストたちが看板タレントとなって祝賀ムードに包んでいく。安倍晋三前首相が雑誌で「反日的な人たちが五輪開催に反対している」と、開催に異を唱える者を非国民扱いしても、大した騒ぎにはならなかった。
 政治の中身から国民の目をそらし、ナショナリズムで正当化するのは独裁国家の洗脳手法だ。フェンシング協会のトップだったメダリストの太田雄貴氏が、協会として佐賀県のふるさと納税支援の取り組みをするなど、スポーツが政治の手先となっている。その太田氏は五輪開催中、電通人脈のサポートを得てIOC委員に決まった。
(「紙の爆弾」2021年10月号p42)


東京五輪の日本のメダル数は史上最高であるが、これには理由がある。
各競技の予選が、恣意型コロナ病のおかげで中止に追い込まれ、世界ランキングなどを考慮し、出場選手が決まったりした。
そのため、実力の旬の選手は、日本以外、出場することは困難になったようだ。
特に、接触競技の柔道は、海外では禁止されたりして、実戦練習もできない中の五輪出場である。
これでは、元々のお家芸の日本が、金メダルを量産して当たり前だ。
全くフェアではない。
フェアではないことを、日本では、ほとんど報道されなかった。

 これらは意図された情報操作といえる。なぜなら、東京五輪はCMや広告を牛耳る大手広告代理店・電通が実質的な主催者だったからだ。強行開催をめぐる政治主催者だったからだ。強行開催をめぐる政府や東京都の決定は批判できても、スポーツとしての公平性や後述する高騰した開催費用など、五輪そのものに関わる問題と追えば電通に行き着くから、話題として避けるメディアがほとんどだった。一部に指摘した媒体があっても「電通」を「広告代理店」と置き換える気の配りよう。
(前掲書p39)


考えてみれば、スポーツ選手や芸能人たちが、「おかしいことはおかしい」と言わないのは、ここに理由がある。
電通と自民党がつながっていて、それを言えば、自分にとばっちりが来るのを、きっと先輩たちから教えられていたのである。

「電通は解体すべきだ」

というアスリートは、なかなか日本にはいない。
せいぜい、大人しくなる前の大坂なおみ選手くらいのものだろう。
アスリートではないが、海外には、アーチストたちが頑張っているが、日本には、ほとんどいない。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/84316(「現代ビジネス」)


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2021年09月17日

情けない立憲民主党

ふたたび、こんにちは。

先日行われた横浜市長選挙。
争点は、IR施設の是非であったが、圧倒的多数は、カジノ施設反対である。
その流れにのって、野党候補の山中竹春氏が当選した。
しかし、人物としての彼について、疑問視されている。

https://sakisiru.jp/9005(「SAKISIRU(サキシル)

立憲民主党は、人物をよく調べてから、応援候補者を選ぶべきだ。
いつも失敗している。
最も人選を間違っているのは、枝野幸男代表。
東日本大震災時、福島へ来た時、防毒マスクを付けていた姿が報道され、あれで一気に、この人ダメだ、と思った。
「自分だけが特別なのだ」という意識が強い。
こういう人間がトップにいると、ロクなものではない。
自民党の反対票として野党に投票したくても、今の立憲民主党には、誰も投票したくない。
枝野議員は、国会議員をやめたほうがいい。

 自民党でも女性候補者を増やすよう躍起になっているなか、立憲は時期衆院選の小選挙区で候補者がまだ決まっていない全国30の「空白区」に、女性候補者を立てる公募を行なう案を検討していることが明らかになったのだ。
 前出の支部長はすぐさま執行部に抗議。空白区への公募は、強力な与党議員相手に戦ういわば “敗戦処理区”。
「選挙に強いベテラン議員が比例に回り、自分の選挙区に新人の女性候補を立てるくらいのプランがなぜ出てこないのか。しょせん自分のバッヂだけを守りたい人たちばかりで、政権を奪取しようという覚悟も、日本政治を変えようという意気込みも微塵も感じられない。これでは自民党に勝つとか恥ずかしく言えない」
 立憲のベテラン衆院議員の政策秘書もこう嘆く。
「党全体を見回しても、政策立案には関心を示さないし、地元活動にも精を出さない。与党を批判して、ちょっとでも風向きを良くして比例復活でもいいから当選したい議員ばかりに感じる。手遅れかもしれないが、執行部を若い議員に刷新しなければ、有権者に見捨てられるだろう」
(「紙の爆弾」2021年5月号p22)


まさしく、この通り。
野党も与党も、老人たちが原因で、病んでいる。
これはどんな組織に言えることだが、50歳以下の若い人をパッと立てて、老人たちが足を引っ張るのではなく、応援するような形にならなければ、未来は開けない。

話は変わるが、横浜市民がカジノ施設にノーを唱えるのは、非常にわかりやすい。
ギャンブル中毒に、本当になってしまうと、カネを湯水のように使うようになるし、せっかくの高機能スマホも、ゲーム機にしかならない。
1日中、よくも飽きずにゲームばっかりしている。
大のおとなが、だ。

何と、中国メディアが、ゲームを精神的アヘン、電子薬物だと糾弾しはじめた。
中国メディアは、中国政府と違う記事を書くことはないから、いずれ、ゲームに対する規制が行われることになるだろう。

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2021-08-03/QX8QM7DWX2PS01(「https://www.bloomberg.co.jp/

日本は、もう先進国とは言えない。
ゲーム中毒、ギャンブル中毒を抑制しようとしないことは、マンパワーの縮小を意味し、国益に反することなのである。
このくらいのことをしようとしない日本は、すでに、中国よりも劣った国になったといわれても、しかたないだろう。
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2021年08月29日

東京都民の悲劇

3回目、こんにちは。

ずっと前(7月)に、都民ファーストの会所属の木下議員が、無免許運転で事故を起こしたニュースがあった。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210706/k10013121531000.html(「NHKニュース」)

彼女は、都議会で過激なことをしているから、無免許運転自体も、「大したことじゃない」という意識であったかもしれない。
彼女は、体力余って、他の都議を押し倒した。

議事進行に不満を見せた自民・共産が退席し、委員長席に詰め寄った際、木下都議が大暴れ。自民党の小松大祐都議を押し倒したとして暴行の被害届を出されていたのである。
「ひどいのは、騒ぎを見越していた木下さんが、計画的に乱闘を仕掛けていたこと。事前に仲間内で『押し飛ばすから手伝って』と呼びかけていたという話を聞きました(都議会関係者)。
 乱闘のきっかけは築地移転問題。公約だった市場跡地の再開発を小池百合子都知事が一転否定、説明逃れを続けたために、小池知事の“逃げきり”を阻止しようと野党が抵抗していた。
「そんな流れを見た木下さんが乱闘騒ぎを仕掛けて“事件”を起こし、本題を吹っ飛ばそうとしたわけです。しかし、木下さんに加勢する都議はいなくて、彼女一人が小松都議を突き飛ばすことになりました(笑)」
(「紙の爆弾」2021年9月号p31)」


彼女は、小池百合子都知事のお気に入りになりたかったに違いない。
しかし、小池知事のほうが、話にならないくらいの上手である。
「よくやりましたわね、おほほ・・・」程度だろう。
それを示す記事のリンクを紹介する。

https://bunshun.jp/articles/-/45897(「文春オンライン」)

小池知事の思い通りにならない職員は、すぐに飛ばされ、結果、周りには、彼女のイエスマンしか残らない。
つまり、隷属する職員だけが、都庁を動かすことになる。

上記リンクの、都庁幹部OBの一言がすごい!

あんな悪人に、私は会ったことがない

こういう言葉、普通、使います?
小池百合子都知事は、そういう人物なのか。

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2021年08月25日

ハードカレンシー

みたび、こんにちは。

ちょっと通貨のお勉強。
国際通貨とか、基軸通貨とか言われるものは、誰でも知っているドル、円、ユーロなど。
ただ単に、有力な国が発行しているから、というものではないようだ。

 では、ドルの「価値」はどのように決まるのか。最もわかりやすいのは、「アメリカ人のアメリカという国家への忠誠度」である。つまり、アメリカ政府が抱えた借金を、アメリカ国民がきちんと働いて返すのか、と言い換えていい。実は通貨の価値とは「借金札」としての有効性なのだ。
 その証拠にドル札には「BILL(お札)」ではなく「NOTE(証書)」とある。米国債の引き替え証書なのである。同様に「10ポンド紙幣」には「I promise to pay the bearer on demand the sum of TEN pounds(この紙幣の持参人には10ポンド分の価値との交換を約束する)」と明記されている。
 なぜ、借金札なのか。たとえば30歳男性が5000万円の借金をして、それを額面1万円の小口手形にしたとしよう。その場合、就職先、仕事ぶり、家庭環境などで、額面1万円の価値は大きく変動する。
 企業でも同じことをすれば、株価とは違う値動きになる。買収を繰り返して業績を急拡大するベンチャーと、三代目が継いだ地味な老舗企業では株価が圧倒的に前者が高かろうが、「借金札」として持つならば、後者となろう。これは借金札が相手の「信用度」そのものであるからだ。
 企業発行の通貨(借金札)があるとすれば、表面的な業績より、社員が会社に忠誠心を持っているか、経営者が社員を大切にしているか、福利厚生がしっかりしているか、そこが重要となる。そういう会社なら、会社が苦境になっても社員が逃げ出さず、負債を必至に返すと判断できるからである。
「ハードカレンシー」と呼ばれる国際通貨を発行する国家は「建国神話」で統合し、国民の国家への忠誠度が高く、敗戦のような状況でも国民が逃げ出さない。そして、いずれは国家を再建する。そんな「信用」があるのだ。
(「紙の爆弾」2021年8月号p99)


つまり、基軸通貨を発行する国民の大多数が、「借りたものは返す」という社会的に基本的なことを実行することで、貨幣の価値を担保するということだ。
それができない国の通貨は、ハードカレンシーにはなり得ない。

ところが、ハードカレンシーであるはずのドルの価値は下がり、「アメリカは、ハイパーインフレ前夜」となっていて、ドルは、「子ども銀行券」と揶揄され始めている。
その理由を引用する。

08年のリーマンショックの際、国際基軸通貨としての「ドル」の価値が揺らぎ、世界同時不況となった。サブプライムローンといった「インチキ」を行った結果、ドルの信用崩壊が起こったためである。
 その対策としてFRBは西側のハードカレンシー(基軸通貨)と無期限無制限の通貨スワップ協定を締結する。日本(円)、EU(ユーロ)、イギリス(ポンド)、スイス(スイスフラン)、カナダ(カナダドル)との間でドルは無期限無制限で交換(通貨スワップ)できるようにして、信用の揺らいだドルの価値を担保した。
 ここで重要なのは、この時点以降、「ドル」が米国内で流通するローカルカレンシーと国際決済できるG7が保障するハードカレンシーの二つに「分離」したことだ。
 それには理由がある。たとえば、FRBが勝手にジャブジャブとドルを刷れば、いくらでも円と交換して日本中の資産を買い集めることができてしまう。その対策として先の協定では、当然、「国際決済用のドル通貨」の供給量は、協定を結んだ各国の中央銀行で承認を必要とする。
 その管理を担っているのがスイスのBIS(国際決済銀行)だった。もともとBISは第一次大戦時のパリ講和条約(ベルサイユ条約)でドイツの賠償金受け取りの組織として立ち上げられ、以降は先進国の中央銀行とFRBが株式を保有してきた。このBISを使って先の通貨スワップを結び、G7の先進国蔵相会議、別名「BIS株主総会」で話し合っていたという構図があるのだ。
 これを理解していれば、バイデン政権以降、市中にばらまかれたドルは「米国内」でしか通用しない国内用ドルであることがわかる。つまりアメリカ国民が保有するドル資産の一部は、海外で使えなくなる可能性が高いのだ。
 今現在、コロナ禍で海外渡航が止まり、人・モノ・金が止まっているために気づきにくいが、実際問題として海外渡航者から日本の銀行で一部の「米ドル」の換金が断られるケースが相次いでいる。少なくとも今年印刷された大量のドル紙幣は、BISによる主要国通貨の裏付けのない「子ども銀行券」となるかもしれないのだ。
(「紙の爆弾」2021年9月号p98)


日本は、バブル崩壊時に、200兆円もの不良債権を抱えたが、1200兆円の国民預金という資産で、円の信用を維持し、頑張った。
バブル時の不良債権を生んだ人間たちは、もし、現在、復活と遂げていたならば、積極的に、公に寄付すべきである(特に日赤へ)。
一方、現在のアメリカには、ドルの価値を裏付ける資産がない。
だから、いずれ近い将来、アメリカ経済は崩壊する、と予想されている。

隣国の大国、中国も怪しくなっているということは、すでに、「不穏な中国の空気」で紹介したが、「では、私たちはどうすればいいの?」ということになる。

私たちは、世界経済を動かしている人たちから見れば、超貧乏人である。
カネもないのに、カネの価値が下がろうが、ほとんど変わりがない。
カネの価値が下がって、貨幣価値がゼロに近くなって困るのは、大金持ちなのである。
その辺に食べ物は転がっている、と言っていいほど、飽食の時代であり、デブの天国である。
ご飯を食べていければいいのだから、あとは、超貧乏人たちは、金持ちたちの行動をじっくりと観察していればいい。

と、楽観的に私は思っているのだが。

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ビル・ゲイツの不思議

ふたたび、こんにちは。

ここでも恣意型コロナ病でたびたび登場し、散々あちこちで悪者になっているビル・ゲイツであるが、なぜ、ビル・ゲイツがワクチン好きになったのか、と問われると、よくわからない。
これは、西田健さんが「紙の爆弾」のコラム「コイツらのゼニ儲け」で指摘しているものである。

 そもそも論でいえば、ビル・ゲイツってスクールカーストでいう「ギーグ」(オタク体質)で、この手のタイプは好きなこと以外、基本、無関心です。その意味でも、コンピュータオタクだったゲイツが「ワクチン」やら「アフリカの貧困」とかに、本気で興味を持っているのか疑問視されてきました。事実、財団を立ち上げるまで、そんな素振りはなかったのです。
(中略)
 だいたい慈善事業をしたいというなら、マイクロソフトの創業者ですから、アフリカやアジアの子どもたちにPCやスマホをバンバン寄付して、通信用の電波塔を設置したり、プログラムやソフト開発などのスキルを身につけるサポートをすれば、誰もが「さすがビル・ゲイツ!!」と褒め称え、マイクロソフトの株だって上がるでしょ。逆に、これをせずにワクチン接種の財団を作った時点で「何者か」の指令があったとしか思えないのですよ。
(「紙の爆弾」2021年8月号p35)


ビル・ゲイツの性格というのは、直接彼と話している人以外は、ほとんど知らないだろう。
すべて、想像の世界であるが、引用した文章には、説得力があると思う。
人は、ある日、突然、「アフリカの子どもたちのために、ワクチン接種をしましょう!」となるのだろうか。
ビル・ゲイツが、「ワクチン接種をやっている」ということを初めて知った時でさえ、私は非常に違和感を覚えた。
ビル・ゲイツは、利用されただけなのかもしれない。
いくら金持ちになっても、悲惨な人生だ。
posted by T.Sasaki at 11:55| Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月29日

国際機関の闇

ふたたび、こんにちは。

永世中立国スイスには、国際機関といわれるものがたくさんある。
ジュネーブだけでも、WTO(世界貿易機関)、ILO(世界労働機関)、WHO(世界保健機関)などたくさんあり、例のスポーツの金儲け機関IOC(国際オリンピック委員会)もスイスにある。
これらは、通常の社会組織とは違う。
少々の違法行為も容認され、結果責任を負うこともない。
ここで、オリンピックのゴタゴタを記す。

 東京の開催権では、すでに電通による買収が発覚している。長野冬季五輪(1998年)でも30億円以上の賄賂がIOCにばらまかれた。日本に限らず、毎回、開催地を巡って多額の賄賂が飛び交ってきたのは有名な話だ。
 たとえば国内のスポーツ大会で日本スポーツ協会の役員が開催地決定に便宜を図り、ゼネコンから賄賂をもらえば、当然、警察に逮捕されよう。では、まったく同じことをしてきたIOC役員をスイス当局が逮捕できるかといえば「できない」。ここが重要なのだ。
 IOCはスイスが作った組織ではない。しかもローザンヌにIOC本部設置で受け入れた際、「不逮捕特権」「治外法権」「免税特権」までも容認した。「独立国家IOC」として受け入れているのだ。
 これはフランスのリヨンに本部を置くFIFA(国際サッカー連盟)やUEFA(欧州サッカー連盟)も同様だ。オリンピック利権におけるIOC役員の逮捕権はIOCにあり、そしてIOCは、それを裁く司法(法律)や裁判所を内在させていない。五輪絡みの収賄で罪に問えるのは、驚くことに不労所得における脱税ぐらいなのだ。
 これらの特権は、戦争当事国や冷戦時代の東西陣営による政治的圧力から中立性を守って開催することを建前に容認されたが、それによってIOCやFIFAは「合法的な国際犯罪組織」となったのが実情だろう。
(中略)
 さらにいえば五輪やW杯でどれだけ莫大な利益を得ようと、IOCやFIFAに納税の義務もなければ事業報告を公開する必要すらなく、これで腐敗しないほうがおかしい。どんなに日本人が嫌がろうと、IOCが日本に莫大な負債を押しつけながら「開催しろ」と繰り返すのは、いわば当然なのである。
(「紙の爆弾」2021年6月号p96)


IOCは、犯罪組織だったのだ。
東京五輪をレガシーと言った東京都知事らや安倍首相らは、こういう犯罪的な組織であったのを知っていたのだろうか?
暴力団などの組織犯罪を否定する国家が、こんなものを誘致するなんて、異常なのである。
もし、彼らが知っていたというならば、とんでもない悪党だ。
税金のとんでもない浪費である。
今の国民感情で、この事実を認識したならば、「五輪など、さっさと出ていけ」となる。

最近の国際機関で、最も悪意のあるものは、WHO(世界保健機関)である。
やはりワクチン接種の大好きなビル・ゲイツが関わっている。

 何より問題なのは、腐敗に歯止めがかからないことだ。政治家や官僚、公的機関の腐敗と汚職は、国益をあまりにも損ねれば、社会問題として顕在化するが、国際機関には、そもそも「国益」が存在しない。しかも腐敗したところで当人たちは誰も困らないのだ。
 それを如実に証明したのがコロナ禍の「A級戦犯」テドロス・アダノムWHO事務局長である。テドロスはエチオピア保健大臣時代から中国とアメリカのビル・メリンダ財団の両方から賄賂を受けてきた。それゆえに当初は中国を徹底擁護するために安全だと叫び、途中からはワクチンビジネスで荒稼ぎを狙うビル・メリンダ財団の指示でコロナの恐怖を煽った。それに対してテドロスが国連司法当局から捜査されることもなければ、各国がペナルティとして供出金を出し渋ることもなかった。逆に、コロナパニックでWHOには莫大な金が流れ込み、ワクチン配布を通じて各国へ影響力を増した。テドロスはWHOの「中興の祖」といえるぐらいであろう。
(前掲書p98)


「ウイルスは存在しない!」を書いた崎谷医師は、彼のブログで、たまたま昨日タイミングよく、ビル・メリンダ財団の資金洗浄団体が、この件に関わっていると報告している。
恣意型コロナウイルスを誕生させた、と疑われている武漢のラボには、「エコヘルス・アライアンス(EcoHealth Alliance)」という組織から多額の資金と情報が与えられていた、ということで、これは、ビル・メリンダ財団の率いる国立衛生研究所(NIH)の資金洗浄されている組織であるそうだ。

https://ameblo.jp/nomadodiet/entry-12677172247.html(「ドクターヒロのリアル・サイエンス」)

このブログは、恣意型コロナ病で悩んでいる人には、必見である。
日本のマスコミでは、恣意型コロナ病騒動において、すべて、政府、専門家会議べったりの報道しかしない。
彼らに都合の悪い報道は、一切しない。
最近、その報道に、疑いを持つ人たちが、非常に増えているのだろう。
信用されなくなる、というのは、こうこうことだ。

まあ、とにかく、下記のリンクだけでも読んでください。
ただし、「新型コロナ病は、何ともない」と言っても、バカ扱いされるか、相手にされない。
しかたがないので、それじゃ、賢く生きましょう。
そして、恣意型コロナ病で倒れている人がいても、ちゃんと介抱してあげましょう。
大丈夫、普通の人は、たぶん。
それで感染したら、運が悪かった、でいいじゃないか。

https://ameblo.jp/nomadodiet/entry-12673834225.html
https://ameblo.jp/nomadodiet/entry-12674027017.html
https://ameblo.jp/nomadodiet/entry-12674409727.html
https://ameblo.jp/nomadodiet/entry-12675797564.html
https://ameblo.jp/nomadodiet/entry-12676774249.html

つい、脱線してしまったが、引用したコラム、西本頑司さんの「権力者たちのバトルロイヤル」の本題は、国際機関の集まっているスイスの権力者についてである。
その中で、「グレートリセット」という言葉ある。
ネット検索すれば、まあ、参考程度に出てくるが、これもスイスに本部を置くWEF(世界経済フォーラム)のダボス会議で取り上げられた言葉である。
筆者は、上述のような半ば犯罪組織的な国際機関に疑いの目を向けており、「ディープ・ステイト」の存在を疑い始めている。

「ディープ・ステイト」とは、西森マリーさんの書いた本の題名でもあるが、一般には、アメリカで表に出ない権力者集団を言うようだ(私は読んでないし、手に入らない。この絶版も不思議な現象)。
その権力者集団の罪の一つが、「子どもをいじめる世界」に登場するアメリカで発生しているたくさんの児童誘拐やエプスタイン事件、そして、恣意型コロナ病騒動にも関わっているとされる。

国際機関のニュースが配信される場合、何かしらの意図を読みらなければならない。
面倒くさい世の中だ。
こうなると、「そんなもの知らないほうが幸せだ」という人と「知らなければみんな不幸になる」という人の二極化が進むように感じる。


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2021年04月12日

情報操作される世界

本日、5回目。

「Google」「Yahoo!」などのニュースは、ログインしていると、過去の閲覧記録から読む傾向のあるものを勝手にピックアップして表示される。
あるいは、情報操作の意図をもって、表示される部分もあるかもしれない。
情報の誘導である。

ピーター・ティールという人をご存じであろうか。
GAFAといえば、巨大IT企業群のことだが、彼は、その上をいく人物のようだ。
もしかしたら、アメリカ合衆国の大統領になるかもしれない。
そこで、次のリンクを読んでほしい。

Vol.0435:ビルダーバーグ会議で議論された『ソーシャルメディアの兵器化』
(「Beograd Consulting Group」)

このサイトの運営者は、どうやら、金持ちの資産を海外へ逃避させる目的で会社をやっているようだ。
本来なら、日本の国へ納められるはずの税金を、こうやって回避させているのだから、売国的と罵られても文句は言えない。
まあ、検索しても、ビーター・ティールの話は、なかなか出てこないから、利用させてもらった。
この中に、インフォデミックという言葉がある。
これが重要。

ここで、ちょっと引用する。

 現在、ティールはビッグデータ分析企業「パランティア・テクノロジーズ」(〇三年設立)をビジネスの中心に据えている。同社の顧客は米CIA・ペンタゴン・FBIで、これら各機関が集めたバラバラの情報を整理統合し、目的に応じて検索できるシステム構築を請け負っている。
 事実、FBIやCIAでは把握できなかったテロ組織を検索一発で次々とあぶり出しており、パランティアは、アメリカの情報機関を下請けに使う「最強の情報機関」となりつつある。
 そのシステムは、膨大な情報を目的に応じてコントロールする技術へと進化、意図的な情報操作まで行えるというところまで発展しているという。
 今回のコロナ禍では、パンデミックになぞらえ「インフォデミック」と言う新たな用語が生まれた。「情報(Infomation)の流行(Epidemic)」を意味する。SNSによって情報が広がりやすい現代、「広めたい情報」をより効率的に拡散させる技術を、パランティアはすでに完成させているというのだ。簡単に言えば、ゆっくり静かに、誰にも気付かれることもなく、人々の意識と行動を「ある方向」へと誘導する技術である。
(「紙の爆弾」2021年3月号p98)


いい例が、今回の新型コロナ騒動である。
こいつは、とんでもない詐欺だ。
「ウイルスは存在しない」という本を手にして、びっくりした。

コロナパンデミックは、インフォデミックの一つかもしれない。
posted by T.Sasaki at 20:04| Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

子どもをいじめる世界

4回目。

子どもに対するひどい仕打ちを読んでしまった。
これは現代の話である。

紛争(戦争)というのは、正常な人間を異常な人間へと変えてしまう。
第2次大戦の日本人も、異常になっただろう。
いろいろと語られるが、その場でしか、真実はわからない。
だから、「戦争はするな」というのは正しい。
戦争がなかったら、今の東アジアのいがみ合いは、きっとない。

 ウガンダ共和国グル県の子どもたちの話は悲惨すぎて、まともな精神状態では読めないものだが、あえて紹介しよう(以下、NPO法人テラ・ルネッサンスのブログを引用、または参考に記述する)。
 チャールズ君(仮名)の場合。
「ある日、お母さんが隣村まで用事で出かけました。僕はお母さんの帰りが待ち切れず、隣村に迎えに行きました。その途中で、銃をもった兵士たちに囲まれ、反政府軍の部隊に連れて行かれたのです。
 数日してからでした。大人の兵士たちは、僕を村まで連れてくると、お母さんを前にしてこう命令しました。『この女を殺せ』。僕のお母さんを銃の先でこづきました。怖くて怖くて仕方がありませんでした。
 もちろん、『そんなことできない』と言いました。そうすると、今度はナタを持たされ、『それなら、片腕を切り落とせ!そうしなければお前も、この女も殺す』」
 母親の手首を切断せよ、と脅迫されたチャールズ君は今、どうしているのだろうか。手首を子どもに切断された母親は果たして生き長らえているだろうか。地獄のようなシーンがアフリカにはあるのだ。
(「紙の爆弾」2020年12月号p92)

現在アメリカでは、80万人の児童誘拐があるという。
日本では考えられないことだが、事実、行方不明の子どもが発見されたことがニュースになっている。

https://www.bbc.com/japanese/56289252(「BBCニュース」)

児童誘拐の目的が何なのかわからないが、エプスタイン事件というのがある。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66826(「現代ビジネス」)

こういう人が、アメリカにはたくさんいるということか。

これに関わっているのかどうか知らないが、宗教が出てくると、ますます怪しげになる。
森本あんり国際基督教大学教授は、この件に詳しい。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57629(「現代ビジネス」)

かなり前、ユニセフへ少額のお金を寄付したことがある。
先日、その事務局から電話があり、再度の寄付の要請を受けた。
その相手には、「ユニセフの活動は立派だと思いますが、アメリカの軍産複合体や世界中の兵器産業をなくさない限り、ずっと紛争は起こります。その根っこを解決しないと、子どもたちの不幸はなくなりませんよ。お金の無駄遣いになります」と厳しいことを言ってしまった。
「その通りなんですけど・・・・」と回答していたが、やっぱり彼女たちは、「お願いします」という。

この世の中、何とかならないのか。
posted by T.Sasaki at 20:00| Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

不穏な中国の空気

本日、3回目。

まずは、これを。

https://myjitsu.jp/archives/75948(「まいじつ」)

本当にこんなことがあり得るかどうかわからないが、アメリカ宇宙軍が、2019年12月20日、正式に誕生した。
これには、“見えない”宇宙戦争への備えなのか、布石なのか。
ロシアはすでに、こんなことをやっている。

https://www.jiji.com/jc/article?k=2020072300833&g=int(「時事ドットコム」)

“見えない”と書いたのは、「隕石落とし」のことで、これならば、自然災害を装うことができる。
その技術を世界に知らしめたのは、日本である。

この部分を「紙の爆弾」から引用するが、「Google」検索で、「アメリカ宇宙軍 隕石落とし」で検索すると、「Google Book」で、この部分の記事が読める。
偶然見つけてしまった。

 ここで重要なのは、この「隕石」が地上に落下し、日米の軍事施設なり、政治施設を破壊したとしても「不幸な災害」でしかないという点であろう。
 そして日本の持つ宇宙軍事技術は、その「不幸な災害」を意図的に引き起こせるほど高まっている。事実、日本中を感動させた日本の惑星探査衛星「はやぶさ」のカプセルリターン(10年6月13日)でJAXAは落下目標地点を「50メートルオーダー」で実現した。またJAXAは目標衛星の真下にぴたりと取り付く技術を宇宙輸送船「こうのとり」で完成させた。
 つまり軍事衛星から小型衛星に隕石となる石か金属を積み込んで発射し、衛星で落下軌道を調整して目標地点に落とす「隕石落とし」の技術を保有しているのだ。米宇宙軍が自衛隊の宇宙作戦隊を軍事パートナーにしているのはそのためであり、日米が、この技術を独占しているからこそ、イギリスやイタリアがアルテミス合意を選んだことが理解できよう。
(「紙の爆弾」2021年1月号p98)


標的はどこの国か、というと、中国のようだ。
「中国だって、それくらいのことはできるだろう」と思われるかもしれないが、宇宙空間で絶対的に必要な冶金技術が、まるっきり進歩していない。
私も驚いたが、中国は、自動車のエンジンでさえ、自前で作ることができていないのだそうだ。
データの蓄積の必要な冶金技術は、一朝一夕にはできないので、コピーしようにもできない。
ロシアと日本は、冶金技術の双璧をなしているから、少なくとも、アメリカ宇宙軍がロシアを警戒しているのは、納得いく話である。

その中国に、経済的にも困難が迫っているのではないか、という話である。

習近平が“自爆”へ…! 中国経済が“バブル崩壊”で直面する「ヤバすぎる末路」
(「マネー現代」)

しかし、このリンクに書いているような話ではなくなっている。
国内2位の不動産開発企業「恒大集団」の有利子負債残高が12兆円で破綻間近とされ、その影響で中国科学技術建設が破産し5861億円が焦げ付く。
これまた国内2位のアパート経営企業が破綻し、数百万人がホームレスとなった。
もう、破綻のオンパレードである。

習近平国家主席は、ライバルたちを、「反腐敗キャンペーン」で徹底的に失脚させた。
不動産バブルがあっても、本来、立ち直る機動力というのが、中国にはあった。
しかし、反腐敗キャンペーンで、実力のある財界人たちは委縮し、もうどうなるかわからない状態であるらしい。

 こうした習近平の強引かつ非道な手法に危機感を持ったアリババのCEOジャック・マーや「中国の不動産王」任志強は幾度か政権を批判するも、即座に当局に拘束されるために、いまや、心ある財界人は逃げ出すか、沈黙するしかなくなっている。
(「紙の爆弾」2021年4月号p96)


有名なジャック・マーですら、この有り様である。
そして、元々、不動産バブルに懐疑的だった共産党序列2位の李克強は、習近平が全人代で貧困撲滅の完了宣言したにもかかわらず、「月収1000元(日本円約15000円)で暮らす人々が中国には6億人いる」と暴露し、反旗を翻した形になった。

そして、2025年に中国は高齢社会へ突入する。
中国の「2025年問題」といわれる。
日本で、65歳以上の高齢者が人口の14%を超えた高齢社会は、1990年代であった。
この時、日本ではバブル崩壊が起き、以降、日本経済は浮かび上がっていない。
偶然か、中国はバブル崩壊前夜である。
日本と違って、中国は、役に立たない人たちを平気で見捨てる。

 ウイグル人の人権弾圧も一切、譲る気はあるまい。すでに高齢社会が加速するなか、中国は自国民である高齢者たちの「切り捨て」を始めているからである。日本でもコロナ禍によって電子マネーが急速に普及し、それに対応できない高齢層が社会問題となったが、電子マネーの普及がより進んでいる中国ではそれを管理することで、一種の「姥捨て」政策や「間引き」政策をすでに推し進めている。簡単に言えば、電子マネーを使えない老人は病院に通えなくしたり、医療の質を下げたりするのだ。
(「鴨の爆弾」2021年2月号p105)


そして、この先、中国はどこへ向かうのか?
台湾。
そして、沖縄。
というように、引用文の著者、西本頑司さんは結んでいる。

中国共産党というのは、何をやり始めるのかわからない組織だ。
「信用する」という言葉が、中国の辞書にはないのかもしれない。
今から引く文章は、映画「死霊魂」の解説からであるが、文化大革命の前に起きた「反右派闘争」で55万人が粛清された、という事件を映画化したもの。

 きっかけは56年、毛沢東が「人民の自由な発言を歓迎する」と銘打って「百花斉放・百家争鳴運動」を奨励したことだった。しかし1年後、毛沢東は方針を一転させ、キャンペーンにのせられ中国共産党や上司、人事などへの不満を口にした人々を「右派分子」として再教育収容所へ送り込んだ。スターリンの粛清を手本に、恐怖政治を国民に植え付ける狙いがあったとされる。
(前掲書p74)


こういう過去について、反省した中国を私は知らない。
日米共同の「隕石落とし」戦略から、中国のバブル崩壊、2025年問題のを考えると、ここ5年、何も起こらない確率のほうが、小さいように感じる。
posted by T.Sasaki at 15:06| Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人の心を持つ元裁判官

ふたたび、こんにちは。

忖度文化全盛時代のこの日本にも、ちゃんとした心を持つ人もいる。
元裁判官である熊本典道氏。

先日テレビでも、少し、袴田事件のことをやっていた。
冤罪事件である。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210322/k10012929341000.html?utm_int=news-social_contents_list-items_002(「NHKニュースサイト

 熊本は、1960年に九州大学法学部在学中に司法試験をトップで通過した、規格外のエリートだ。その明晰な頭脳は常に注目の的だった。先輩判事をして、「君はじっと余計なことをしないで淡々と仕事をしていたら最高裁判事になれる」と言わしめた。前途は希望に満ちているかに思えた。
(「紙の爆弾」2021年2月号p40)

はじめすぐる氏の書いた「熊本典道元裁判官の不器用な正義」という記事を読みながら、つい涙を流した。
彼は他界したが、その内容を記したリンクを貼る。

https://www.keiben-oasis.com/10036(「刑事弁護オアシス」)

忖度文化に染まった人間なら、自分から決して、「自分は悪かった」などと言わないだろう。
もし、すべての政治家、官僚が、そういう態度で正直に行動しているならば、日本は、きっといい国になる。
「アメリカの要求がきついんですよ」と正直に話せ!

「判決に至る評議の内容を告白したことに対しては、読売新聞などから強い批判を受けた。」とあるように、まずは、その辺のエリートは、熊本さんのような行動はとらない。
最高裁判事への道が用意されていた熊本典道氏に、人としての心があった、ということ。
それでも、彼の人生は、あまりいいものではなかったと思う。
もし、3人の裁判官が、「無罪」を言い渡していたなら、きっと何の不幸も起きなかっただろう。
posted by T.Sasaki at 11:14| Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

忖度文化はつづく

こんにちは。

「サメの脳みそ」総理や「ボクでもできる」総理の後は、やっぱり「ボクでもできる」と勘違いした菅総理の登場である。
あとは、その勘違いがどこまで続くのか。
永遠に続かないでほしい。

しかし、菅首相は、第一弾をすでにやってしまった。
種苗法改正である。
農家出身の菅首相が、何を考えたのか、自家採種禁止を盛り込んだ改正を行うというのだ。
これは、昨年の「紙の爆弾」12月号で報じられているが、同じものがWebにもあった。

https://news.yahoo.co.jp/articles/14d57ea77804b76fb3cc047967dad9532d7343b8?page=2(「Yahoo!ニュース」)

世界的種子企業モンサント社が、種子支配をする、ということは、環境問題に詳しいワールドウォッチ誌が昔から指摘していたことである。
モンサントはバイエルという会社に買収されて、現在はないようだが、それでも、種子支配の目論見はあるだろう。
だいたいにして、種子を他国の大企業に支配されてもいいような法改正を行うなど、売国奴と呼ばれてもしかたない。
結果は、自民、公明、維新、国民民主の賛成多数で可決。
反対したのは、左翼的思考に近い立憲民主と共産党であり、立場が逆転している。
アメリカからの命令があった、ということか。

https://hbol.jp/233610(「ハーバー・ビジネス・オンライン」)

その後の菅首相の息子、正剛氏の話は笑える。
正剛氏の所属する東北新社が、総務省を接待し、菅首相お気に入りの山田真貴子内閣広報官(安倍首相もお気に入りだった。理由は記者クラブでの都合のいい質問制限にあるようだ)辞任にまで追い込んだ。
これは、各省庁への接待にまで飛び火した。
首相の息子が、首相の取り巻きを潰している形になり、きっと語り継がれることになるだろう。

2月15日の国会で、今井雅人議員が、「正剛氏は総務省にとって利害関係者か」と質問した。
この時、週刊文春の記事以外で、初めて公に正剛氏の名前が語られた。
問題は、このあと。
各マスコミは、正剛氏の名前が国会で取り上げられたにもかかわらず、「首相の長男」とか報道しなかった。
実名報道はしばらく経ってからであり、記者クラブ制度で、いかに、首相に忖度しているかがわかる。
安倍忖度文化は、まだまだ続くようである。

マスコミの現場を動く記者たちの苦悩が読める。
本当の現場は、歯がゆい思いをしている。

https://webronza.asahi.com/politics/articles/2021032400006.html?page=1(「論座」)
posted by T.Sasaki at 10:36| Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月11日

永遠に続く安倍元首相の罪

みたび、こんばんは。

歴史学という学問(科学)は、学問の中でも下位に位置する、ということは、以前にも書いたことがあると思う。
これは、副島先生の初期の学問道場で、すでに共通認識となっていたことである。
なぜか、というと、後発の事実認定で、歴史評価がコロコロ変わってしまう、ということにあり、真実の歴史というのが、本当にあるのかどうかわからない。
国会議員や国家官僚たちがウソをつくし、重要事件になりそうになれば、秘書たちは自殺までして、隠そうとする。
ごく最近の事実ですら、闇の中である。
ウソの最高位は、何といっても、安倍晋三元首相。
国会の虚偽答弁が許されるはずもないが、なぜか、みんな知っていながら、ほとんどの国会議員が、安倍首相の虚偽答弁をあきらめ、スルーしていた。
しかし、川内博史衆院議員が、2018年7月19日、衆院調査局への調査要請を行った(2017年2月15日から2018年7月22日までの分)。

 森友関連での国会答弁が、その後に財務省や会計検査院が報告し、確定された事実と比較して「異なる答弁(たとえば“応援記録は廃棄した”等の虚偽答弁)を列記、それぞれの答弁回数を調査し報告すること」を公的機関に調査させたのである。そして調査局は二〇年十一月二十四日、一三九回あることを明らかにした。
(「紙の爆弾」2021年5月号p46)


その後も、「桜の会」事件で虚偽答弁は続き、首相を辞めてからも、地元山口県で、「桜の会」で地元有力者たちを招待した力が発揮され、選挙支援をやっているのだそうだ(「紙の爆弾」2021年5月号トップ記事)。
日本の最高権力者は、ウソつきであり、それでも足りなくて、またウソをつき、ウソをついてまで使ったカネ(税金)で選挙運動をやるなんて、まともな人間のすることなのだろうか。

こんな日本のトップのやっていることを、みんなはどう思うのか。
「真面目にやるのが、バカくさくなってくる」

シュリンクフレーションという言葉を知っている人は知っているし、知らない人は知らない。
特に、味にこだわるセブンイレブンは、これに熱心だと言われる。
味にこだわり過ぎて、その反面、内容量を落とす。
弁当容器や総菜容器の上げ底は、そのために開発されたものである。
その容器会社であるリスパックが、「紙の爆弾」の「こいつらゼニ儲け」の俎上にあがった。
もともと、コンビニ業界の弁当競争は激しく、真面目な競争であったが、容器で内容量をごまかし始めてから、いよいよおかしくなってきた。
そして、次のように結んでいる。

 本来、真面目だった企業が、どんどん卑しくなり、それを恥とも思わなくなっていく。そんな日本にした安倍政権の「罪」は、いったい、誰が償うのでしょうか。
(「紙の爆弾」2020年12月号p39)


いわて生協の信者である私にとっては、どうでもいいのだが、シュリンクフレーションに関するリンクを貼っておく(全然関係ないわけではないが、話のタネにはなる)。

いつの間にか容量が減っている商品wiki


森JOC元会長は、日本の総理大臣でもあった。
その時のマスコミは、忖度なしに批判し、「サメの脳みそ」と書き立てた。
忖度文化に根付いた現在のマスコミとは、雲泥の差がある。
これが、今となっては、取返しのつかない出来事になってしまった。

 2000年4月5日から翌年7月4日までの短命政権でも、森内閣がこの国の将来に及ぼした影響は極めて大きい。森政権が誕生しなければ、その後の小泉政権、二度にわたる歴代最長の安倍政権、そして現在の菅政権も、おそらくはなかったといえる。森と同じ派閥(旧福田派)とはいえ、“変人”の小泉純一郎には、自民党に支持者は少なかった。小泉内閣で党幹事長・官房長官を務めた安倍晋三は、それまではただのボンボンだった。菅義偉に至っては言うまでもない。こうして「森喜朗ですらなれたのだから、総理大臣などボクでもできる」と総理大臣の品格を落としめた。
(「紙の爆弾」2021年5月号p53)


安倍前首相は、こんな大したこともない政治力学によって、誕生したのだ。
今から20年前といえば、東京オリンピックに出場する選手たちが、まだ子どもの頃である。
「ボクでもできる」総理が誕生し、結果、虚偽答弁を許す、という国会運営を許す国、そこで行われるオリンピックは、見栄の産物ではないのか。
見栄を、レガシーという言葉に置き換える政治家の神経を、日本人としてどうかと思うのは、私だけではあるまい。

「紙の爆弾」は、ちょっとすれば、左翼的思考の強い雑誌なのであるが、執筆陣の中には、副島先生の影響を受けている人が、数人はいる、と私は見ている。
代表格は、「権力者バトルロイヤル」というコラムを書いている西本頑司さん。
この中で、キリスト教イエズス会が、「ジョージタウン大学」「CSIS」、そして、米軍と深い関係にあることを記している。
「分断して統治せよ」という言葉を使うあたりは、アメリカの政治思想やそれに基づくシンクタンクのことを勉強していなければ書けない。

 なぜ安倍政権は、どんな不祥事を起こしても盤石だったのか。それは米軍とイエズス会の傀儡政権だったからだ。そして安倍はニコラス神父とダンフォードの手による傀儡人形でしかなかった。それが今年五月二十日、傀儡師であるニコラス神父が突然死したことで、文字通り糸の切れた人形のごとく「ぺしゃん」と潰れた。その意味で六月以降、人形師不在による精神的なプレッシャーで持病が悪化した可能性は十分ありえよう。
(「紙の爆弾」2020年12月号p98)


安倍首相が辞めた理由はいろいろと語られるが、このような見方もある。
今や、日本がアメリカの属国である、ということを疑う人はいないだろう。
私たち一般的庶民でさえ、状況証拠から嫌でもそれを感じてしまうのだ。

題名を「永遠に続く安倍元首相の罪」としたが、永遠に続いては困るのは、みんななのである。
これを断ち切る術を、考えなければならない。
こう書いて、自民党信者はどう思うのか、非常に非常に、私は聞いてみたい心境である。

あ〜、疲れた。
半年分の記事を連ねてまとめるというのは、なかなか難しい。
もう、年だ。
これでも、みんなが知っているようなことは、大部分省いたつもりでいる。
読んでくれてありがとう。
posted by T.Sasaki at 23:39| Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

体育とスポーツの違い

ふたたび、こんにちは。

ケンカで拳を使うのは、やめたほうがいい」で、「スポーツ」のことを少し書いたが、たまたま読んだ本によると、「スポーツ」は、憂さ晴らしをすることなのだそうだ。

「スポーツ」と「体育」は全然違う概念だ。「体育」の源流は「強靭な兵士づくり」のための身体訓練に辿ることができる。たとえば、「スパルタ教育」にその名を残す古代ギリシャの軍事強国スパルタである。しかし都市国家スパルタに限らず、古代以来、富国強兵を目指す国家は多かれ少なかれ、「体育」で青少年を鍛えて軍事訓練を施してきた。ところがもう一方の「スポーツ」は、「体育」とは正反対の“墜落と放縦”を最初から含んできた言葉なのだ。
(語源に関する記述が長くなり、中略)
 ざっくり言えば、「スポーツ」とは、浮世の“憂さ”をディスって、ほんの一時、日常の正気から“追い出して”快楽に身を委ねる“憂さ晴らし”にほかならない。つまりオリンピックで披露するような競技だけがスポーツではない。その競技の勝敗をめぐって展開される賭博も、夜の選手村のベッドの上で繰り広げられるセックスも、五輪にかこつけて集団で酒を飲み辺りかまわず“放歌高吟”するとか、鉄道高架に放尿するなんてのも、全部ひっくるめて「スポーツ」なのだ。スポーツ新聞に性風俗の露骨な記事が載っているのと見て「これはスポーツじゃないだろ!」と怒り散らすのは、この言葉の意味と歴史を真剣に考えたり調べたことのない“無知な人”である。
(「紙の爆弾」2021年5月号p101)


私は、引用文中の“無知な人”の一人であった(笑)。

ボクシング選手に、「憂さを晴らすために、ボクシングをやっているかどうか」を聞いてみたい気もするが、もし、そうならば、ボクシングは、「スポーツ」である。
しかし、そうでない場合、ボクシングは、「体育」である。

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2020年09月05日

ファクトフルネス

こんにちは。

「ファクトフルネス」

この本は、ベストセラーである。
書店でも、No.1に近いところに置いてあると思う。
しかし、良書とは思うが、私にとって、それほどのものではなかった。
ベストセラーといわれるものには、いつも裏切られる。

人間は、ドラマチックな話が好きであり、それに感情が支配され、真実を見なくなる。
いろいろな統計が真実を語るが、意外にも、専門外のことになると、研究者やその他、いろいろな知識を持っている人たちでさえ、その真実を知らないでいる。
「ファクトフルネス」では、ドラマチック好きの人間の本能を、10個指摘している。
分断本能、ネガティブ本能、直線本能、恐怖本能、過大視本能、パターン化本能、宿命本能、単純化本能、犯人捜し本能、焦り本能。
これらが邪魔をして、真実を見失うのである。

 いくら良心的な報道機関であっても、中立性を保ってドラマチックでない世界の姿を伝えることは難しいだろう。そんな報道は正しくても退屈すぎる。メディアが退屈な方向に行くとは思えない。ファクトフルネスの視点でニュースを受け止められるかどうかは、わたしたち消費者次第だ。世界を理解するのにニュースは役に立たないと気づくかどうかは、私たちにかかっている。
(「ファクトフルネス」p321)


インターネットの情報量は、あまりに多く、テレビやラジオだけから情報を得て時代とは、大きく異なる。
もちろん、テレビなどの恣意的な報道もあっただろうが、インターネットの恣意性のほうが、ずっと大きいだろう。
こまめにアップデートしてくれるならいいのだが、情報が古すぎて、あるいは、間違っていて、使い物にならないこともある。
私もこのブログを書いていても、引用した文章や自分の文章を、アップデートしていない。
だから、以前にも書いたと思うが、インターネットやテレビ、ラジオ、新聞に書かれてあるものは、自分で上手に価値判断するしかない。
「ファクトフルネス」は、そのことを書いた本である。

この本で最も有用だと思うのは、巻末の脚注にある。
読者が現在の生のデータを得られるよう、Webアドレスが記してある。
例えば、これ。
各国の一人当たりGDPと平均寿命のグラフ。

https://www.gapminder.org/fw/world-health-chart/

世界の平均寿命は、すでに、70歳をゆうに超えている。
5か国を除けば、60歳以上であり、世界的長寿は常識になりつつあり、先進国だけが平均寿命を延ばしているわけではない。
著者は、常に、知識や情報のアップデートは、今後生きていくうえで、必要なことである、としている。
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2020年04月25日

「日本の秘密」の紹介

ふたたび、こんばんは。

東日本大震災の津波で失った蔵書のうち、私の頭を少し利口にした本を買い戻したのだが、その中で最も重要な本の一つが、昨日勧めた「日本の秘密」である。
副島隆彦先生が書いたもので、初版は、1999年5月、弓立社から出版され、新版はPHP研究所から出版されている。
この本を初めて読んだ時、自分自身、「いいものを読んだ」と感激し、市役所の友人にも薦めたほどで
ある。
そして、「漁師のつぶやき」というWebサイトを書いた(今書いているブログ版の前身)。
通信速度の遅いISDN時代であり、もちろんブログなどというツールもなく、自分で「ホームページビルダー」というソフトで、テキストをアップロードした。

学生時代から寮生活をしていたためか、政治にはもともと関心があり、簡単な左翼知識はあった(学生寮というところは、当時、左翼や宗教団体などがうようよしていた)。
先輩たちから、そういう知識を教育された(洗脳?)。
私は、彼らに、この本を読んでもらいたいと思う。

私はその後、漁船に乗り、そんな知識などと無縁の世界を10年くらいは過ごた。
やっぱりどんな仕事にしろ、一人前になるには、10年くらい必要なのかなあ、と思う。
その10年間というもの、パソコンのパの字もないほどデジタルには疎くなり、ウインドウズという製品すら興味がなかった(学生時代には、フォートランという言語で、いちいち自分でプログラムを組み計算させていた。今のような万能OSはなかった)。
そんなブランクがあっても、パソコンをいじれたのは、やっぱり、モノに対する興味が人一倍強いからなのかなあ、と思ったりする。

さて、「日本の秘密」に戻る。

20年前に書かれた本だが、今読んでも通用する。
現に最近出版された「経済学という人類を不幸にした学問」にも引用されている(副島先生の業績であるアメリカ政治思想の骨格は、「世界覇権国アメリカを動かす政治家とその知識人たち」だけではなく、「日本の秘密」にも書いてある)。
ゲームやスマホ、アイフォンに狂った人たちなど、読書できない人には無理だが、ちゃんと社会のことを考える人ならば、ぜひ、読んでもらいたい。
それほど、自分の人生、そして、自分を取り巻く社会情勢に関して書かれており、なおかつ、米軍、ロシア、慰安婦など、20年前当時と比較して読んでも、けっこう面白いと思う。

副島先生には非常に悪いが、私の気に入った部分を紹介しておく。
新版は、旧版に注釈が加えられているものであり、中身は同じである(たぶん)。

 今の我々日本人には、気骨のあるジャーナリストという存在がよく分からない。そういう人々がすっかりいなくなってしまった。そもそも、ジャーナリズムの使命とは何か、が分からないのだ。ジャーナリズムの使命とは、「権力の行動を監視し、悪行を暴くこと」である。だから、「暴くこと」がジャーナリズムの本質なのである。この考えは、既に十八世紀のイギリスで確立している。ところが、日本のジャーナリズムは、権力者の行動を暴くふりをしながら、肝心のところになると、権力者といっしょになって、「秩序を守る」方に加担する。メディアの任務は「暴く」ことなのであって、「権力を守る」ことではない。秩序を守る人々はちゃんとそれなりに存在するのだから、要らぬ心配をする必要はないのだ。そしてもし、暴いた内容が間違っていたら、素直に謝罪すればいいのである。権力者の人格を傷つけた、などと騒ぐことはない。権力側は、どうせ必死で秘密を守ろうとする。だから、嗅ぎ回って調べあげて知り得た範囲で暴くことしか他にジャーナリズムの使命はないのである。
(新版「日本の秘密」p93)


新聞社は、耳が痛いだろう。
産経新聞は、特に。
ジャーナリズムのかけらもない。

「秘密は墓場まで持って行く」というのは、あらゆる種類の権力者たちがとる行動様式である。しかし生涯を反権力で貫く、本物の左翼であれば、自分の知り得た事実は、事実として全て、表面に出して死んでゆくべきである。この一点で、反権力・反体制の人間は、救われている。いかに幼稚な理想主義に囚われた愚かで貧乏なだけの一生であったとしても、自分の知り得た真実だけを語る、という一点に於て、この人々の魂は救済されるのである。
(新版「日本の秘密」p159)


人間は全て、権力者たちを含めて歴史の中で、一定の役回りを演じて消えてゆくだけの存在である。それ以上の深い知恵に支えられて行動するほどの生き物ではない。
(新版「日本の秘密」p134)

「あのときは、そうするしかなかったのだ。あとになってからあれこれ批判するのは、おかしい」という理屈は、幼稚な論理である。弁護者を含めて自らの思惑と行動は政治活動であれば、後々、厳しい評価と判定を受けるべきなのである。
(新版「日本の秘密」p171)

 人は人生の年月の中で、五年、十年の単位で、自分の考えが変わってゆく。その変わってゆく自分を、しっかりと記録しつづけることだ。あのときは、ああ考えて、ああ信じていたが、今では、このように変わって、こう考えている、と書くこと。なるべく正直に書くことだ。自分に向かってきちんと文字で書いて確認してゆく作業をすることである。それが、知識・思想・学問なのだ。人間は年を重ねるにつれ考えが変わってゆく生き物だから、それでいい。それが成長するということなのだ。
(新版「日本の秘密」p182)

経済合理性のないものは、いくら頑張ってみてもどうせつぶれるのである。己れの正義感だけを根拠にするイデオロギイ的主張は、経済合理性がなければ、どうせ長期の現象存在としては堪えられないので、必ず消えてなくなるのだ。
(新版「日本の秘密」p349)

「世界中のすべての人の人権を擁護しよう」と叫びならが長年リベラル派を支持してきた白人の中産階級が、目の前に突きつけられた福祉のための重税と、移民の大量流入による絶望的なアメリカ社会の貧困と混乱の現状に対して、黙りだしたのである。貧困者層を助けようと思えば、さらに自分たちに重税を引き受けなければならなくなる。だから従来のリベラルな中間白人層自身が、実態としては、かなり保守化しているのである。
(新版「日本の秘密」p229)

「人間は生まれながらに平等だ」というのは、宣言に過ぎなく、決断なのである、そう決めた、ということである。だからこの立場の考えは、「人間は平等であるべきだ」と正確に言い直さなければならない。いくら平等、平等と言ったって、実際に平等であるはずもない。だから権利が平等なのであって人間が平等なのではない、という考え方が、猛然と、欧米では復活している。
(新版「日本の秘密」p328)

 何人の批判も寄せつけないことになっている、現状の福祉優先の制度的な思考や過度の人権尊重思想は、国民生活の実情に対してすでに十分に過酷な重圧と化している。戦争も飢餓もちょっとのことでは起こりそうにもない、日本という平和な国に生きて、今何がいちばん恐怖すべきことかと言えば、それは、生まれてくる自分の子どもや孫が五体満足でなかったら、ということである。あるいは自分がいつか寝たきり老人になって何年も家族にオムツを替えてもらわなければならない痛恨の事態である。こうした極限的恐怖に対して、従来型のリベラル派で福祉優先の人権尊重思想は何の力にもなり得ない。それどころか、かえって国民生活にさまざまの激しい苦痛を強いる支配的イデオロギイと化している。この現象は、真に憂慮するに値する。
(新版「日本の秘密」p297)

 家族(血縁者)の愛情のつづく限り、その病者の命を、我がことのごとくいとおしむ者がそばにつきそっている限り、その病者を延命させるがよい。家族の経済力その他が続く限り看護させてやるがよい。しかしそれ以上のことを、医療倫理、人命尊重、人間愛の普遍思想の名を借りて主張していはならない。そのことによる精神的・経済的重圧はすでに、理念としての福祉優先が強制する限度を超えて十分に国民生活を圧迫している。今の日本国民は、福祉思想の奴隷となっている。先進国はどこでもそうだろう。
(新版「日本の秘密」p300)


海軍兵学校の校長たちは、すでに戦後を見据えて教育していた。
昔の先生たちはエライ!

 海軍兵学校の卒業生は、74期までは将校任官して出征し多くの戦死者を出しているが、開戦時の昭和16年(1941年)以降に入学した75期から終戦の年の78期の学生たちは出陣していない。それまでの定員が年間約二百名だったのに対し、この時期の入学者の数は一気に一期あたり三千名、四千名にまで大幅に増えている。この時期は、佐世保と、横須賀と、江田島の三ヶ所で募集して、各々の地で教育を受けた。そしてこの最後の“海兵”出身者たちが、実は戦後の経済復興の中心を荷なった人々である。敗戦が色濃くなった時に、井上茂美海軍兵学校校長のあとをついだ松代校長が、「日本は戦争に敗ける。従ってお前たちは、戦後の日本社会を築くために、死なせないように特別に温存された人材である」と訓辞した、と海兵卒業者が私に教えてくれた。そして実際、日本の戦後の大企業で、“海兵”出身者で社長、副社長になった人はおびただしい数にのぼる。
(新版「日本の秘密」p264)


以上、私たちの周りで起きる身近な出来事に関連することを列挙した。
ここを訪れている漁業関係者には、ぜんぜん関係ない話題と思われるが、そうではない。
経済合理性のないものは、特にお役人組織が関わるものが多く、世の中にはたくさんある。
それを見抜けば、いかに漁業で収入を得ることが、普通の人間として正常なのか、わかってくる。
ただ、漁船漁業の場合、個人の経済合理性を追求しすぎて、魚を獲り尽した。
魚類資源全体を考えて、経済合理性を追求すべきである。
このことは、水産庁や岩手県の水産部局が、もっと真剣に議論すべきものである。
posted by T.Sasaki at 21:20| Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月22日

ロシアの優越と憂鬱

ふたたび、こんばんは。

暇なので、過去に読んだ「紙の爆弾」の整理をしていて、しおりをはさんであった部分を読み返した。
「SARS corona virus 2」が流行る前の号である。

この時でさえ、安倍首相は、すでに辞めてもいい状態であった。
経済政策、外交政策の失敗である。
安倍首相を応援する産経新聞やそれに連なるネット言論は、読む価値のないものであり、数字が物語っている。
こういう応援団がいて、政権が生き延びるから、アベノマスクという珍政策を生むのである。

 異次元の金融緩和を柱とする「アベノミクス」は、貧困と格差を拡大したばかりか、従来の日本の経済・金融システムを破壊する愚策であったことが、数字の上からも明らかとなっている。
 たとえば、今年五月に経済協力開発機構(OECD)は、世界各国の「時間あたり賃金」の統計調査を発表したが、それによると1997年と2018年の比較で、韓国は167%、イギリスは93%、アメリカは82%、フランスは69%、ドイツは59%と軒並み賃金が大幅に上昇しているにもかかわらず、日本は主要国中で唯一、8%も賃金が下落している。
 同様に“貧困ライン”とされる年収122万5千円(月収10万2千円)で生活する人の割合(相対的貧困率)も15.6%と、OECD加盟国中、最低水準だ。そうした厳しい経済状況下で、安倍自公政権は低所得者に負担が重い消費税の増税を「自公連立20周年記念」よろしく、断行。その一方で法人税の実効税率の引き下げや法人税法の租税特別措置などで大企業への優遇税制を続けている。
 またマスコミが「外交の安倍」と賛美する外交分野でも、「日本を再び世界の中心で輝く国にする」(15年・年頭所感)とした「地球儀を俯瞰する外交」(首相官邸ホームページ)が、なんら成果をあげていないことは、アメリカの「フォーブス」誌が毎年発表する「世界で最も影響力のある人物」ランキングからも窺うことが可能だ。同ランキングで安倍首相は16年が37位、17年・18年はともに38位となっている。ちなみに18年のランクでは、中国の習近平国家主席、ロシアのプーチン大統領、アメリカのトランプ大統領がトップ3だが、ドイツのメンケル首相は4位、インドのモディ首相は9位、フランスのマクロン大統領が12位、イギリスのメイ前首相も14位につけている。
 GDP世界3位の経済大国の首相で、1月に1回以上のペースで約80カ国も外遊しているにもかかわらずこの位置づけは、いかに安倍首相の存在感と影響力が軽く薄いかの証左にほかならない。蛇足だが、首相の外遊には平均で1回につき約2億2千万の費用がかかるといわれており、外遊費用だけで安倍首相は単純計算で約164億円を使っていることになる。
(「紙の爆弾」2019年12月号p24)


しかし、本当は、辞める時期としては、森友事件の時がベストであったろう。

この12月号に関する本題は、ロシアに関する、きな臭い記述。
津波兵器がその一つ。
ロシアの大都市は、ほとんど内陸に位置しており、一方、世界中の大都市は、沿岸にあるから、これは脅威である。

そして、もう一つは、対EU。
軍事力の弱体化したEUに対し、ロシアは優位に立つようになった。
ドイツはEUで一人勝ちだったから、軍事予算削減をし、人道支援やリベラルな政策にカネをつぎ込んだ。
EU各国も、ほぼリベラル路線へ舵を切った。
結果、アメリカなしでは、軍事力でロシアと対抗できない。
赤字だらけのアメリカの大統領トランプは、黒字を貯めこむEUに怒り、ますますEUに対し、ロシアは優位となる。

プーチンの背後には、ロシア正教があり、キリスト教白人国家を形成している。
ロシア正教は、敵対関係にあったバチカンと仲直りし、1000年間の対立を解消する。
このことに、EU全体の右傾化の原因がある。
ロシアのキリスト教白人国家を羨ましく思う人が、EU全体に増えた、ということらしい。
エネルギーでも、EUに対し、ロシア優位である。
EUは、解体され、ロシアが超大国になるかもしれない。


ここまでは、「権力者たちのバトルロイヤル」の記述である。
しかし、ここにきて、「SARS corona virus 2」の影響で、原油価格の暴落である。
こうなると、ロシアも悲鳴を上げる。
さらに「SARS corona virus 2」は、最初、ロシアでは少なかったが、現在は、日本を追い越している。

https://www.jiji.com/jc/article?k=2020041900138&g=int(「時事ドットコム」)

本当に先が読めなくなっている。
軍事力も経済力も、もう無意味になりつつある。

posted by T.Sasaki at 21:23| Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月19日

悪意の行き先

ふたたび、こんばんは。

例の「紙の爆弾」の話。
この発行元である鹿砦社であるが、「噂の真相」亡きあとに出現したタブー挑戦誌であり、やはり裁判で苦労したようだ。
今月号で創刊15周年になるようで、特に、パチスロメーカーアルゼなどの裁判で、検察との闘いが繰り広げられた。
記念記事として、他人をハメた人間は、いずれ落ちぶれる、という法則を、松岡社長自らが書いている。
悪意をもって人を陥れるな、ということだ。
いずれ、天罰が下る。

 一方、弾圧の張本人、本件事件の責任者で当時の神戸地裁特別刑事部長・大坪弘道検事は、大阪地検特捜部長→京都地検次席検事に栄転、しかし大阪地検特捜部長時代に厚労省郵便不正事件証拠隠滅に連座し逮捕され有罪が確定、失脚した。
 また、これに先立って、主任検事で松岡に手錠を掛けた宮本健志検事(地元甲子園出身!)は深夜に泥酔し暴れ拘束され(被害者の市民と和解したことで立件されなかった)、戒告・降格処分を受け出世の道を断たれた。
 さらに、アルゼ側でも、警察キャリアで当時の社長・阿南一成は、裁判でも私の悪口を散々申し述べていたが、参議院議員時代に不適切な政治献金をうけていたことが発覚し2006年1月、アルゼ社長を辞任している。
 松岡を刑事告訴し、賠償請求3億円もの巨額民事訴訟を起こした、警察癒着企業にしてジャスダック上場の大手パチンコ企業アルゼ(現ユニバーサルエンターテインメント)の創業者社長(当時)岡田和生も海外で逮捕、みずから作り育てた会社からも放逐された。さらには、みずからフィリピンに渡り汚職に手を染めてまでも開発したカジノホテルも乗っ取られた。
(中略)
 こうしたことを見てくると、まさに因果応報、人をハメた者は、必ずやみずからもハメられるということを、あらためて感じる。この事件が、よからぬ徒輩に仕組まれたものだということが判るだろう。気持ちとしては再審請求したいほどだ。
(「紙の爆弾」2020年5月号p145)


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2019年12月05日

老後を考えると、飲みすぎはよくない

再び、こんばんは。

平均寿命がどんどん伸びているが、それとともに、健康寿命が伸び、所得も伸びていれば、老人介護の問題は、少し楽になるのだが。

「誰も書かなかった老人ホーム」という本を読んで、そう思った。
著者の小嶋勝利さんは、いろいろな老人ホームの介護職員や管理者を経験し、次の記述が、たぶん結論ではないだろうか、と思った。

そんな私にできることは「要介護状態にならないように健康管理に注意すること」と「要介護状態になる前に癌になって死ぬこと」だと思っています。
(「誰も書かなかった老人ホーム」p248)


老人ホームには、いろいろな種類があって、よく聞くのは、特別養護老人ホーム。
その他、介護付き有料老人ホーム、住宅型有料老人ホームがあり、類似なものとして、サービス付き高齢者住宅、グループホームなどがある。
この説明のほか、介護現場や介護保険など、老人ホームに関することは、読めばおよそ想像できるようになっている本である。
圧巻は、引用した文章のある第6章である。
ちょっとショックを受けた。

介護は、お金があれば、すべて解決する。

ある老人ホームで、職員の手薄な時間帯に、100人近い認知症入居者をベッドに縛り付けていた、ということがニュース番組で放送されたことがあるそうだ。
これには、もちろん理由があって、徘徊されて、事故でも起きたら危険である、という判断からである。
職員を増やせばいいだろう、という簡単な問題ではなく、その辺は本を読んでもらいたい。
しかし、入居者をあずけた人たちに言わせれば、この老人ホームは感謝されているという。
それほど深刻な人たちが入所させている事実というのは、非常に大きく重い。

そして、関連するように、JR東海での死亡事故が発生した。
認知症の老人が徘徊して、JR東海の線路に入ってしまい、電車にひかれてしまった。
このことで、JR東海は、遺族に対し、損害金の支払い請求の訴えを起こした。
遺族は、「認知症の高齢者を自宅で見る場合は、当事者をロープで縛っておく以外に方法はないのか」(「誰も書かなかった老人ホーム」p278)と言っていたようである。

介護は、著者のいうとおり、カネの問題である。
そのカネがないから、自分の健康寿命を自分で伸ばすしかなく、最後は、がんで死んだほうがいい、ということになってしまう。

酒は、記憶を弱くするし、体も弱くする。
飲みすぎはよくない、と自分に言い聞かせるしかない(笑)。




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2019年10月19日

糸魚川静岡構造線と中央構造線

午後も、こんにちは。

最近、地球科学のブルーバックス本を、一気に5冊も読んでしまった。
もともと、そういう分野を勉強したことがあるため、すらすらとおもしろく読んだ。

プレートテクトニクスが、地球の運動を支配しているが、そのプレートの対流運動が、日本の国土を作成した。
日本は、合体してできた国土なのである。

糸魚川静岡構造線、及び、中央構造線、という言葉は、中学校なのか、高校なのか、どっちかで教えられるはずである。
これらは、バラバラだった日本が、合体した線だったのである。
「日本列島の下では何が起きているのか」と「フォッサマグナ」という2冊の本を読んで理解した。
したがって、プレートは常にほんの少しずつでも動いているのだから、この構造線上では、必ず、地震が起こる。

中央構造線は、太平洋プレートとフィリピン海プレートの北西及び北への圧力と、それに対抗するユーラシアプレートからの南東側へ圧力が、対決している線である。
糸魚川静岡構造線は、ちょっと説明が面倒くさいが、ここを境に、昔は、日本海と太平洋に通じる海峡があった、と理解したほうがいいと思う。
それが、それぞれ、反時計まわり、時計まわりの圧力を受け、くっついたのである。
だから、両方とも、常に、圧縮された力が働いていて、このひずみを解消するために地震が起きると考えていい。

「フォッサマグナ」という本は面白い。
日本の部分部分の由来を考えている点が特に面白い。
伊豆はどこから来たのか、というと、これは、フィリピン海プレートの運動で、南からやってきた。
本来、フィリピン海プレートは、ユーラシアプレートの下に沈み込むはずなのであるが、フィリピン海プレートの下には、太平洋プレートが沈み込んでいる。
沈み込めない部分は、壊れてプレートから分離し、日本列島に押し上げられる形になる。

次の文章は、松尾芭蕉が秋田県の象潟で俳句を詠んだことから、関連して書かれたものである。

それから100年以上が経った1804年のこと、象潟では死者300人以上を出した象潟地震が起こり、このときに象潟断層が隆起して、風景が一変しました。地震の原因は、ユーラシアプレートと太平洋プレートに押されることによる日本列島の東西圧縮でした。
(「フォッサマグナ」p223)


何度も書くが、地球のプレート運動が止まらない限り、隆起、沈降、プレート境界の動摩擦に関連する地震は、必ず起こる。
だから、海溝型の地震のほか、これらの二つの構造線は要注意である。

伊方原発と柏崎刈羽原発の立地は、どう考えても、地質関係の学者に相談しなかったのではないか、と思うのである(御用学者は、カネだ!)。
どちらも、中央構造線上とフォッサマグナ付近にあるからであり、象潟地震のように、立地地盤自体が破壊されたら、いくら地震に強い原発でも、ひとたまりもない。

フォッサマグナとは、糸魚川静岡構造線を西端とする地溝帯で、東端は、はっきりとしていない。
また、この地溝帯の場所を、いくらボーリング調査しても、基盤岩に達していないことから、フォッサマグナは、まだ得体のしれない怪物なのである。
一応の推定として、地溝帯の深さは、6000mあるのではないか、ということだ。
日本海の最深部で、およそ3800mだというから、この深さは、謎としかいいようがない。


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日本海の名前

さらに、再び。

「日本海その深層で起こっていること」の第3章には、「日本海の命名者は?」という項目がある。
これには、次のようにある。

「MER DU JAPON」の名称は、1750年に発行されたフランスの地図作成者G・R・ドヴォーゴンディによる「日本帝国図」(L’EMPIRE DU JAPON)にすでに記されており、同じフランス人として、ラベルーズはこの地図を参照した可能性があります。
(「日本海その深層で起こっていること」p55)


前述のド・ドヴォーゴンディによるものに加え、さらに遡ると、C・ブランクスが1617年にイタリアで発行した「日本地図」に「Mare Japonicvm」(日本海)と記載しています(中野美代子(2015)による)。
(中略)
日本で発行された地図に「日本海」の名称が登場し始めるのは、ようやく1860年代になってからで、明らかに欧米から逆輸入し、翻訳した呼称であることがわかります。
(前掲書p57)


つまり、日本人は、目の前の海を見ても、名前を付けるという考えがなかった、と言われてもしかたがない。
これは、笑うしかないのである。

そして、今さら、1600年代から世界的に呼ばれていた「日本海」という名前を、なぜ「東海」に変えなければならないのか。
この主張をする韓国は、日本以上に笑うしかない。

表記の問題ならば、韓国国内の地図で、東海と記せばよい。
簡単なことだ。

日本は、なぜ、「nippon」ではなく、「japan」なのか。
日本で、日本人をジャパン人と呼ぶ人はいない。
すべての人が、にっぽん人という。
それと同じである。
国際表記をいちいちjapanであることに目くじらを立てる日本人は、まずいない。
確かに、nipponのほうがいいとは思うが、そんな面倒くさいことは、世界じゅうの人たちだって喜ばない。
そもそも、字数が増えて、それも面倒くさい(笑)。
それでも、切手をみると、ちゃんと「NIPPON」とある。

そういうことである。


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日本海は世界の海の縮図

再び、こんにちは。

太平洋の超深海に、生き物はいるのか?
答えは、いる。
水深7500mには、シンカイクサウオという魚がいるし、水深10000mの海溝にも、カイコウオオソコエビが確認されている。
生き物であるからには、酸素が必要であるが、こんな超深海に酸素が存在する理由は、「ブロッカーのコンベアベルト」という全地球規模の熱塩循環にある。
現在では、温暖化のために、熱塩循環が弱まっている(これは「気候変動は、二酸化炭素よ」でも触れている)。

https://www.geolab.jp/science/2004/09/science-016.php(「地層科学研究所」)

南極付近で深層に沈み込んだばかりの底層海水は、冷たく、かつ溶存酸素に富んでいますが、矢印のように北上するにつれて水温は上昇し、溶存酸素濃度は減少していきます。このような海水の性質の変化から、海水の動きが類推できるのです。
(「太平洋その深層で起こっていること」p24)


つまり、熱塩循環が止まってしまえば、生物の消費により、海底の酸素は使い果たしてなくなるということ。

熱塩循環がゆっくりになる、あるいは、止まると、海底からの地殻熱により、底層の水温は上昇する。
表層は地球温暖化によって昇温するから、空と地球本体の両方から、海水が暖められるわけだ。
困ったものである。

日本海は小さいながら、独立した熱塩循環のある海であり、世界的にも貴重であるようだ。
言うなれば、全地球的熱塩循環のミニチュア版。
日本海で今後起こることは、世界的にも起こりうること。

日本海では、すでに水温上昇や酸性化が進んでいる。
原因は、気候の温暖化であり、それにより、日本海独自の熱塩循環が弱くなっている。
そうなると、黒海のように、なってしまう。

黒海には、日本海のように高密度で重い表面水を自ら形成して沈降させるメカニズムが備わっていないのです。そのため、表面水と深層水の上下混合がほとんど起こりません。
 光合成の起こる表層水だけはつねに酸素に富み、漁業もさかんですが、表層から下では酸素は有機物の分解のために急速に失われ、水深約150メートルから下では酸素濃度ゼロとなって、酸素呼吸をする生物は生きていくことができません。そのうえ、無酸素状態の海水中では、有機物の分解のために海水中の硫酸イオンが利用されるため、その副産物として有毒ガスである硫化水素が大量に発生しています。
(「日本海その深層で起こっていること」p31)


未来は暗い。

さらに、もっと暗い話。

マイクロプラスチックである。
海に捨てられたプラスチックが粉々になって、海洋を漂う。
これを「魚類が誤飲して死んでしまう」という問題ではない。

石油からつくられるプラスチックは疎水性で、その表面に、やはり疎水性の性質をもつPOPsを吸着・濃縮してしまうのです。
(「太平洋その深層で起こっていること」p39)


POPsとは、難分解性有機汚染物質のことであり、よく問題になるPCB(ポリ塩化ビフェニルが、それ。
世界中のどこの漂着プラスチックにも、すでに、PCBが含まれている。
そして、超深海は、もっとすごいことになっている。

 なにしろ、工業地帯からの廃液に汚染された沿岸体積物(乾燥試料)に含まれるPCBs濃度の最高値でさえ、米国(グアム)で314ng/g、日本で240ng/g、そしてオーストラリアで160ng/g程度なのです。マリアナ海溝の横エビに含まれていた382ng/gがいかに驚くべき数値であるか、実感していただけることと思います。
(前掲書p254)


したがって、プラスチックゴミは、海に捨てられない。
佐渡島は環境先進地」で書いたことは、ぜひ、実行すべきである。

そして、もう一つ。
海面を漂流するプラスチックゴミ(マイクロプラスチックも含めて)を、回収するロボット船を開発する。
家庭用自動掃除ロボットであるルンバを見ていると、できそうな気がする。
後発ルンバは、賢くなっている。
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2019年10月09日

関東大震災の津波

再び、こんばんは。

なぜ、地震が起きるのか、というような題名の本を読んだ。
実際の題名は、「日本列島の下では何が起きているのか」である。

地震が起きる理由は、すべて、プレートテクトニクスという、地球内部のマントル対流によるものである。
太平洋プレートがユーラシアプレート(詳しくは、オホーツクプレート、アムールプレート)の下に沈み込む際、そのひずみが開放された時に、地震が発生する。
私的に解釈すると、プレート間の動摩擦係数が大きいほど、地震は巨大になり、小さければ、地震は小さく、スロースリップになる。

太平洋プレートのほかに、フィリピン海プレートというのがあって、これは、ユーラシアプレートの下へ沈み込み、太平洋プレートは、フィリピン海プレートの下に沈み込む。
つまり、フィリピン海プレートは、板挟みみたいになっている。
この3つのプレートがちょうど房総沖で交わり、三重会合点となっている。
三重会合点は、世界でここしかない。
したがって、地震の発生のしかたも、6通りある。

大正関東地震(関東大震災)以来、あのような大きな直下型地震は、関東では起こっていないが、スロースリップは、5,6年周期で起こっている。
東日本大震災の後、その影響から、スロースリップの起きる間隔は短くなっているが(大震災直後と2014年)、その後は、2018年に起き、段々と、元の間隔に戻りつつあるようだ。
関東大震災は、フィリピン海プレートとユーラシアプレートとの境界で起きたものであり、現在起こっているこのスロースリップは、同じ境界で、すべっているものである。
スロースリップにより、狭い範囲の岩盤のひずみは増すから、もちろん、小さな群発地震は起こる。
しかし、プレート境界に発生するひずみが、スロースリップによって常に開放されているならば、関東大震災は、再び、起きないのではないか、と私は考えてしまうのである。
たぶん、東京オリンピックは、大丈夫だと思う(と願っている)。

この本を読んで意外だったのは、地震の多くや火山活動には、水がかなりの部分で関与している、ということである。
こんなことは、学校で習ったことはない。

ここからは、特に関東地区の人に気をつけてほしい。
以前、東日本大震災で、地震が起きてから、津波が来るまでに、宮古の場合、およそ30分くらいは猶予があるから、その間、やるべきことをやってから(つまり、人命救助)、船を沖に出すべきだ、というようなことを、私は書いたことがあった。
しかし、関東大震災のような、浅いプレート境界での巨大地震では、それは適用されない。
そんな猶予はなく、とにかく、人命、というか、自分の命を守るので精一杯なのである。

 関東大震災は火災による被害がクローズアップされがちですが、じつは大きな津波も発生しました。熱海では約12m、小田原でも数メートルの津波が地震の約5分後に押し寄せ、多くの家屋や人命が失われました。震源域が海岸線の直下であり、津波が来るまでの時間が短かったことが大きな被害の原因でした。
(「日本列島の下では何が起きているのか」p259)




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ユーロの終わり(「紙の爆弾11月号」)

こんにちは。

私は、旅先の休日、友だちと飲む以外、することがない。
パチンコという、カネの余裕のある娯楽はできないし、観光にもカネがかかる。
だから、読書しかない。

「紙の爆弾」11月号は、買って読んでほしい(というより、定期購読でいいと思う)。

問題集団との関係にまみれた「安倍カルト内閣」
内閣の中でも、内閣総理大臣の付き合いがすごい。こんなことをしなければ、内閣を維持できないのか。びっくりする、というより、開いた口がふさがらない。

小泉進次郎環境大臣の正体は官邸言いなり“客寄せパンダ”
福島原発事故の後始末がどうなるか、これで、この人の価値が決まる。もしかして、安倍総理と似たような人物かもしれない。

“横浜のドン”がカジノ反対派になった理由
反対してもどっちみち実行される。それを見計らって、金儲けを画策している。純粋にギャンブル中毒を心配しているのではないらしい。パチンコ病ですら悲惨なのに、カジノ誘致なんて、日本の国を売っているようなものだ。

森友ゲート事件改めて問われる首相の犯罪
8億円値引き(率にして9割値引き)問題で、その根拠となる埋設ゴミがない。これは、籠池氏の証言にも出ているし、調べても出てこないそうだ。この追及の急先鋒は、小川敏夫参議院議員(参議院副議長)であり、「日本崩壊 森友事件黒幕を追う」という本も書いている。ここで、あの有名な佐川氏の関与に関して引用する。

 国は、改ざん等の一切の指示は、佐川元理財局長から出たとしているが、国が森友学園に問題の土地を貸し付け、払い下げたのは
十五年から十六年にかけてであり、払い下げ時点の理財局長は安倍首相と同郷の迫田英典氏であって佐川氏ではない。佐川氏が直接関与するのは十七年二月以降だ。
(「紙の爆弾」11月号p61)


事件の内容が明らかになってきているのに、検察は捜査するのをやめた。
それが、なぜなのかわからない。
安倍総理が実現させた忖度政治が、司法まで及んでいるということか。

「日本プロスポーツ協会」とスポーツ利権
スポーツ選手が、スポーツ以外のことを考えてSNSなどでコメントしたりすると、「そんなことする暇があるなら練習しろ」と言われるらしい。だから、スポーツ選手の政治的発言は、ほぼ皆無に等しい。スポーツ選手である前に、社会人であるのだから、社会のことを考えて意見するのは、いい大人なら、当たり前のことである。これは、スポーツ選手に限ったことではない。私たちも同じである。ちゃんとした発言で、その人が叩かれたならば、周りの近しい人間が擁護して助けるべきである。

ニュースノワール 第54回
静岡県知事がJR東海や国と闘っている。自県民の生活を守るため、リニア中央新幹線にノーと言っている。JR東海は冷たい。

元公安現イスラム教徒 西道弘はこう考える 第21回
ツイッターで金儲けをしているツイッター社は、ネトウヨを好きで、逆に政権批判する人たちを嫌いだという。ネトウヨの目を覆いたくなるような誹謗中傷はほったらかしにし、反権力言論のアカウントは凍結させる。可能性として、フェイスブックもそうではないか、という指摘もある。日本も中国に倣って、ネット検閲の時代に入ったのか。

偽史倭人伝17
これは非常に非常におもしろい。日本の慰安婦の元祖は、神話時代にさかのぼるが、それは置いておいて、昭和の戦時慰安婦は、何も韓国に限ったことではない。
鹿児島県鹿屋にあった青年航空兵のための慰安婦施設が、戦後、占領軍に対する慰安婦施設のモデルになった、という笑える話である。
占領軍に対する慰安婦提供も、目的は、何と!「良家の婦女子の貞操を防衛する」ためであり、良家でない所の女を利用した、ということ。
こんな有り様だから、今さら、韓国の慰安婦の存在は否定できない(ただ、韓国人の悪いところは、それを知らない世代が引きずっていること。彼らの論法ならば、中国はアヘンを使って侵略してきた欧州人を今でも攻撃できるはず。しかし、それはやっていない)。
神話時代の慰安婦に戻るが、おそらくは、どの地方の神社でも、猿田毘古之男神(サルタヒコノオオカミ)と天鈿女命(アマノウズメノミコト)が出てくる。岩内神社のお祭りでも、両者が主人公であった。この天鈿女命が、天照大神の命令を受けた慰安婦である、という。乱暴な者を鎮めるために慰安婦が必要である、という考えは、神話時代からあったようだ。

権力者たちのバトルロイヤル 第5回
これは非常に勉強になる。
各国通貨の国際価値は、各国の経済状況による。その国の経済が良いならば、通貨価値は上がり、輸出での利益はあまり大きくならない。逆に、その国の経済が悪いならば、通貨価値が下がるから、輸出での利益は大きくなる。通貨には、このような性質があるから、ある程度、国家間の貿易収支は均衡する。
ところが、EUの通貨は、そういうようにはなっていない。EU全体でみると、経済がいいわけではなく、突出していいのはドイツのみである。ドイツ経済が良いのに、EU全体が決していいのではないから、ユーロの価値は高くはならない。したがって、ドイツの輸出品は売れ、それがドイツの大きな貿易黒字を生んでいる。
これを読むと、イギリスのEU離脱は、本当のとこと、正しいように思う。
ユーロは、もう終わりになるかもしれない。
そして、アメリカや中国についての記述も、なるほど、と思う。
肝心の日本はどうか?というと、読んでのお楽しみ、ということで。
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2019年09月24日

気候変動は、二酸化炭素よ

こんにちは。

「地球46億年 気候大変動」という本を読んだ。
これを読めば、現在の温暖化について、少しは理解できると思う。
というより、気候変動を素人が語りたいならば、必読の書である。

20世紀末から今世紀にかけて、気候変動について、飛躍的に研究が進んでいる。
放射性炭素年代測定法や酸素同位体温度計、加速器質量分析法などの発達により、例えば、有名なミランコビッチサイクルなどが、ほぼ証明されている。
ミランコビッチサイクルとは、太陽系の地球の位置や自転軸の傾きやゆらぎにより、太陽光線の影響が変化し、それにより、気候変動が起きる、ということである。
これらの周期が、4万年、2万6千年、10万年であり、ちょうどすべてが重なったときが、極端な気候変動となる。

古気候モデルでは、気候変動において、二酸化炭素が重要な役割を果たしている。
まだ、地球がまだ固まっていない時代から、現在の陸地が形成されるまでの間、すべての気候変動で、二酸化炭素が関与しているといってもいいくらいだ。
プレートテクトニクス、という言葉を知っている人がいれば幸いであるが、これが太古の気候変動では、重要な役割を演じている。
もちろん、プレートテクトニクスが二酸化炭素の増減に関わっている、という話である。

現在の大陸が、現位置に確定していからが、ミランコビッチサイクルが気候変動を支配し、その後、ダンスガード‐オスガーサイクル(D‐Oサイクル)やハインリッヒイベントという気候変動因子が加わった。
これらは、すべて、氷河コアや海底沈殿物コアの調査でわかったことである。
D‐Oサイクルとは、数年から数十年で、10℃を上回る急激な気候変動であり、ハインリッヒイベントとは、氷期、つまり寒冷期に起こった、巨大氷床の地滑り融解によるものである。

地球の海洋には、熱塩循環がある。
これは、北大西洋と南極海で沈み込み、太平洋北部やインド洋などで浮上する大循環である。
この沈み込む場所は、塩分濃度が大きいところであり、D-Oサイクル、ハインリッヒイベントは、大規模な氷床の溶融により、塩分濃度が薄くなり、熱塩循環が弱くなった時に起きている。

現在、ミランコビッチサイクルでは、寒冷期に向かっている途中である。
また、グリーンランドや南極の氷が融け始めている現状から、熱塩循環が弱まり(15%も弱まっているとされる)、寒冷化へ向かうはずである。
世界中の研究者が悩んでいるのは、それにもかかわらず、温暖化が進んでいる、ということ。
人為的な二酸化炭素の排出が、これほど大きな影響を及ぼすとは、彼らも考えていなかったのではないか。

最後に、私たち漁業者にとって、嫌な記述を引いておく。

 私たちが東京都の小笠原諸島と鹿児島県喜界島で研究を行ったサンゴのサンプルの解析から明らかになったのは、サンゴの骨格形成能力が鈍ってきているという事実だ。大気中に二酸化炭素が増えると、海洋にも混合することで海の水のpH(水素イオン指数)が酸性方向に変化する。サンゴなどの海洋生物の骨格は炭酸カルシウムでできているので海水が酸性になると骨格形成に悪影響を及ぼす。
(「地球46億年 気候大変動」p323)

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2019年09月19日

反省はすでに過去のこと

再び、こんにちは。

「紙の爆弾」ネタであるが、今月号に付属されてきた「『紙の爆弾』10月号をお届けするにあたって」という1枚の文書に、次のように書かれてある。

一方で、韓国の「怒り」に正面から向き合わなければならないことは、私が言うまでもないし、少なくとも日韓の問題を考える場では、日本の植民地支配について考えることが主流だったはず。安倍首相が「戦後レジームからの脱却」を持ち出すまでもなく、そもそも日本は“敗戦”と侵略への反省に立脚していないことを、現状が示しているのでしょう。

これは、編集長と発行元の鹿砦社代表が連名で出したものである。
10月号の冒頭の2つの記事でも、嫌韓を煽ったとする政府の態度を批判し、デメリットが書かれている。
しかし、おもしろいことに、「コイツらのゼニ儲け」では、韓国サムスン電子のやったことが書かれてある。
サムスン電子は、旧通産省と日系企業が、半導体の分野で、惜しみなく技術移転して成功させたもの。
同じ時期に、通産省は、日立、NEC、三菱電機の半導体部門を合併させて、「エルビーダメモリ」を設立させた。
つまり、サムスン電子とエルビーダメモリは、「兄弟会社」(なぜ、こんなことをやったかについての背景は、本書を買って読んでください)。
しかし、サムスン電子は、恩を仇で返した。

エルピーダの業績悪化は、サムスン電子が仕掛けた安売り攻勢であり、兄弟企業として手を差し伸べるどころか、トドメを差しにきたのは事実です。それだけに破綻した日、経産省では「やられたらやり返す、倍返しだ!」と、池井戸潤小説みたいな台詞が飛び交ったともいいます。
 これが冗談に聞こえないのは、今回の輸出管理強化とホワイト国外しのタイミングが実にいやらしい点にあります。
(「紙の爆弾」10月号p43)


私たち戦争を知らない世代、そして、日本人のほとんどが、もう戦争を知らない世代。
ほとんどの日本人は、「戦争は不幸の元凶である」という考えであり、日本の起こした戦争に対する反省から導かれたものである。
したがって、日本人が反省していない、というのは、お門違いの主張である。

韓国人でも、戦争を知らない世代がほとんどになっているはずだ。
おかしいのは、その世代まで、日本に「反省せよ」と言ってきていることである。
これには、みんなあきれ返るしかない。

しかし、それに対する日本の「報復」というのは、確かに、大人げない。
日本人は、韓国の行動に対し、「勝手にやれば〜」と相手にせず、それでも、経済活動は普通にやっていけばいい。
ああいうニュースも、もうやらなくていい。
韓国と争うようなそんな暇な日本人は、ネトウヨだけである。

その他、10月号の特に良いと思う記事。

「N国」とは何なのか
結論は、ネトウヨだった。
偽史倭人伝16
安倍一族と小泉一族は、アメリカべったりの売国者であった。
安倍一族とは、岸信介、佐藤栄作、安倍晋三。
この3人により、現在日本の諸問題が増幅した。
「残骨灰」をめぐる論点
何と、遺灰が金儲けになるそうだ。
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2019年09月15日

紙の爆弾

再び、こんにちは。

かなり以前、私は「噂の真相」というスキャンダル雑誌を定期購読で読んでいた。
時々、とんでもないスキャンダルを報じたりして、けっこう面白かった。
しかし、ある時点で休刊。
編集長である岡留氏は、いつのまにか、他界した。

https://book.asahi.com/article/12124988(「好書好日」)

検索していたら、「噂の真相」に関連する本を読みたくなったが、それは後回し。
現在、出版されている似たような雑誌が「紙の爆弾」。
「噂の真相」の休刊が2004年4月号であり、「紙の爆弾」の創刊が2005年4月。
偶然の一致か。
私はごく最近、定期購読で読み始めている。
9月号からであるが、ちょっとしたシリーズ記事を読みたくて、バックナンバーの7月号までさかのぼって買って読んだ。

「噂の真相」と違うのは、スキャンダル記事の中に、ちゃんとした知識や情報が散りばめられていること。
勉強になると思うし、広範囲な知識も得られる(すぐに忘れるけど)。
Webニュース、特に「Google News」は、人気の集中したニュースや自分の読んだニュースの傾向をGoogle側が分析し、関連するニュースばっかり押し付けてくる。
これでは、ほかのことがわからなくなってしまう。
この点、紙媒体の記事は、カネを出して買う分、全部読んでしまうから、それなりに、勉強になるのである。
やっぱりタダは良くない、ということか。

7月号の特によいと思う記事。
非正規労働「改革の道」(p16〜)
何と東京大学の非常勤講師は、教職員として認められず、教員証も発行してもらえなかった。
格差を読む スマホとは何か(p50〜)
これには、先ほどの「Google News」の例と似たようなことが書いてある。
自分の好きな情報しか、スマホでは読まなくなる、という。
もちろん、読書と比較した場合の話である。
秋元康AKBビジネスの破綻(p74〜)
海外から見れは、これはロリコン商法なのだそうだ。
笑ってしまった。

8月号の特によいと思う記事。
「維新」とは何なのか(p16)
維新の会は、自民党にルーツをもつ。
大阪市にある旧WTCビルの買収をめぐって、自民党大阪府議団と橋下知事、松井府議たちとの対立から、維新の会が生まれただけ。
「人の幸福」のための実現可能な経済政策(p22〜)
「れいわ新撰組」の山本太郎代表も言っているように、イデオロギーや右や左の考え方から脱却した政策を必要とする時代であるようだ。
コイツらのゼニ儲け(p38〜)
高齢者向けの安全をアシストする車は、すでに生産可能であるようだ。
特にトヨタは。
しかし、自動車メーカーからは、積極的に売り出すことはしない。
その理由が書いてある。
なるほど。
格差を読む 若者に負けない「身体能力」(p54〜)
Hの話かと思えば、違った(笑)。
才能は必要なく、努力でできるそうだ。
ニュースノワール 狙われた森(p66〜)
国有林の民間開放へ法改正が進んでいるらしい。
これにより、最悪の場合、森林は荒廃するかもしれない。
民間開放の第1弾は、すでに「緑のオーナー」制度で失敗している。
第2弾は、日本を切り売りしているとされる竹中平蔵が口火を切ったという。
「値引き根拠ゴミ」を偽装した国交省(p70)
森友事件一連の訴訟沙汰は、何と、当事者であるはずの籠池は、蚊帳の外だった、という話。
これじゃ、籠池氏が怒るのは当たり前。
偽史倭人伝14(p76〜)
アメリカ合衆国の膨れ上がった軍事力を維持するため、最初に犠牲になったのは、ハワイ王国だった。
米軍による犠牲者は、いまでも増え続いている。
世界を裏から見てみよう 次世代通信規格「5G」の恐怖(p96〜)
5Gは、4Gの100倍の電磁波を出すそうだ。
現在のスマホでさえ、いつも使う耳側の脳は、その反対側の脳より、脳腫瘍になる確率が2.4倍であるとか。
そして、EUの本部のあるベルギーのブリュッセル市では、世界で始めて、5Gの導入を拒否した。
何だ、これは。
5G基地局やリニアモーターカーなどの周辺は、大丈夫なのか。
権力者たちのバトルロイヤル第2回(p100)
上記5Gと関連するが、例のファーウェイ拒否の本質は、あらゆる産業の基礎となるビッグデータを、ファーウェイに握られる、という危機を、アメリカその他が読み取ったことである。
なるほど。

9月号の特によいと思う記事。
権力者たちのバトルロイヤル第3回
堀江貴文、三木谷浩史、孫正義らIT企業が儲かったわけが書いてある。
IT化されていない企業を次々と買収し、IT化したから、儲けたのだそうだ。
これは、ちゃんとした事業計画の損益計算ができないとできない。
逆に考えれば、IT化による損益計算をできなかった人たちは、買収ということ。

8月号は、買ってよし!
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2019年08月11日

差別の産むもの

3回目、こんにちは。

漁師であり、私のように読書好きの人間は、あまりいないそうだ。
定番は、パチンコ病にかかった漁師である。
私のところの乗組員は、パチンコとたばこがあれば、それが栄養になって生きていけるそうだ。
八戸の友だちもパチンコ好きだが、それでも、彼は批判的である。
彼いわく、「パチンコ、あれは病気なんだ」と。
だから、パチンコ病とこれから言うことにする(中毒と言うべきなのだが、字を節約して、病)。
あんなもののどこがおもしろいのか、私にはさっぱりわからない。
やらない人は、みんなそういう。
だから、パチンコは、病気なのだ。
それを利用しているのが、パチンコ業界なのである。

今は、パチンコ業界と暴力団と関係があるのかどうかわからないが、このような賭博系は、昔は、やくざの仕事であった。
「やくざと日本人」では、江戸時代の博奕を仕切った博徒たちが、やくざの本流としている。
これには、差別が大きく関わっている。
この部分を引いておく。
差別がアウトロー化を引き起こすのである。

「差別」は、特定の階層の教育・就職の機会を困難にする。その結果、彼はプロレタリアートや勤労階級に与えられる教育・就職の場から締め出され、劣悪な条件の労働現場、一般の職業名簿には出ていない低収入の雑業を強いられる。それは必然的に彼らに危険と非衛生の日常を押しつけ、疾病、事故、早死にをもたらす。そこで育った子どもたちは、生まれた瞬間から差別にさらされる。学習に必要な最低の静寂も机を置くスペースもなく、差別のなんたるかを考える余裕さえない生活環境のなかで、彼らは生きなければならない。階級的怨念は叛乱のダイナマイトであり、革命の起点である。怨念が無思想的、無原則的かつ現実主義的に結集されるとき、やくざ組織が形成され、逆に、思想的・原則的・理想主義的に方向づけられるとき、社会主義―革命の道に通じる。
 やくざと社会主義は、つねにウラとオモテの関係にある。
(「やくざと日本人」p278)


やくざになることのできる人は、それなりに体力や腕力がある人である。
したがって、そういう力のない人は、どうなるのか。
この本を読み終えた時、それを感じてしまった。

現在は、福祉がそれを補うが、過剰福祉を悪用する人間がいる。
差別の次は、福祉悪用とくるものだから、困ったものである。

関連して、「右翼の戦後史」という本であるが(先にこっちを読んだ)、中身は戦後史からネトウヨ批判である。

ネトウヨは、愛国ではない。
誤情報に騙され、それが連鎖し、差別、そして、それに対するヘイトスピーチなど、ネトウヨの行動としてあらわれる。
国を思って発言したとしても、それは叩かれる対象となる。
そして、国もネトウヨ化している。
筆者の安田浩一さんは、これを極右化としているが、私はネトウヨ化と表現したほうがいいのではないかと思う。
その部分を引用する。

差別デモに参加する地方議員がいる。応援に駆け付ける国会議員がいる。外国人を「ウジ、ゴキブリ」とブログに書き込む神社の宮司が書いた本に、推薦の言葉を寄せたのは安倍晋三首相だった。
 もやはヘイトスピーチは「草の根」の専売特許ではない。社会の上と下で呼応しながら、差別のハードルを下げ続けている。
 18年4月、内閣府政府広報室が開設している「国政モニター」のサイトに、他民族を誹謗中傷する“国民の意見”が掲載されている事実が発覚した。
「在日韓国人を叩き出せ」「在日の強制退去が必要」「沖縄にいる朝鮮人を内乱罪で取り締まれ」―。
 同室によると、「いただいた意見を尊重して掲載した」という。書き込んだ「国民」はもとより、チェックしていながらわざわざこうした「意見を尊重」する内閣府も感覚がマヒしているとしか言いようがない。
 そう、ここそが社会の極右化だ。
 私たちは右翼の大海原で生きている。
(「右翼の戦後史」p272)


この本の「おわりに」は、右翼団体「花瑛塾」(かえいじゅく)の仲村之菊(みどり)さんのことが記されている。
沖縄米軍基地に向かって、「沖縄の痛みを理解したいと思う。戦争の傷跡、記憶に思いを寄せたいと思う。そして、基地のない島を目指す沖縄の人々に寄り添っていきたい。一緒に考えてもらえませんか」「どうか沖縄の人々の思いを拒絶しないでほしい」と30分も訴えているそうだ。
右翼は、愛国である。
しかし、日本右翼の場合は、天皇中心主義がプラスされる。
ネトウヨは、愛国ではない。
憎悪ばかり生んでいる。

最後は、筆者の叫びみたいな記述になっている。

仲村もまた、自身の行動の礎となるのが「国体護持」の思いだと繰り返した。その点は、ほかの多くの右翼人と変わらない。天皇を中心とする“国柄”を守ること―そうした国の形を筆者は望まないg、考え方、生き方の一つであることは否定しない。だが、昨今の右派にとっての「国体」とは何なのか。仲村が指摘した通り、右翼・右派とは単に「反左翼」「アンチ隣国」の運動に留まってはいないか。「愛国者」を自称しながら、しかし、あまりに不平等な日米地位協定を無条件に受け入れているのは、矛盾も甚だしい。

「偽りを述べる者が愛国者とたたえられ、真実を語る者が売国奴とののしられた世の中を、私は経験してきた」
 そんな言葉を残したのは16年に亡くなった三笠宮崇仁親王だった。軍人として中国大陸に派遣された経験から、偏狭なナショナリズムが暴発したときの怖さを知っていた。
 政権批判しただけで「売国奴」だと罵られ、在日外国人であることをもって「出ていけ」と脅迫されるようなこの時代を、三笠宮親王ならばどう評したであろうか。
(前掲書p277)


「やくざと日本人」によると、第八章で谷川康太郎(韓国名・康東華)が紹介されているが、韓国名がある通り、差別された人間であり、それが、柳川組2代目組長を生むことになった。
柳川組は、名前の通り、暴力団そのものである。

いったん“手打ち”をしても、相手を倒すまでケンカをやった。ケンカになるとその周辺の柳川組系列組織が全力をあげて支援した。「通れるだけの道をあけてください。イヤといわれるなら大きな岩を動かしますよ」という名セリフもこの過程で生まれた。ケンカに自信のない組は、ふるえあがって道をあけた。柳川組は膨張をつづけた。
(「やくざと日本人」p301)


大きくなりすぎた柳川組は、警察庁の討伐対象となり、谷川康太郎をはじめ、幹部は次々と刑務所に収監される。
これを機に、柳川組は、先代と合意の上で、解散した。
しかし、これで話は終わらない。
受け皿は、山口組であった。

差別が何を生むか、ネトウヨたち(政治家や安倍総理もネトウヨだ)は、よく考えるべきである。

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世界はエネルギーシフトへ

再び、こんにちは。

家から持ってきた本やジェットフォイルで新潟へ行ったとき、ジュンク堂書店から買ってきた本など、その後、暇な時、3冊読んだ。

「右翼の戦後史」
「やくざと日本人」(この本は、再読)
「世界の常識は日本の非常識 自然エネは儲かる!」

「世界の常識は日本の非常識 自然エネは儲かる!」は、ぜひ読んでほしい。
今まで、原発の電気は安いとか、自然エネルギーではやっていけない、とか、そんな政府や電事連のウソの宣伝に、私たちは騙されてきた。
自然エネルギーで余った電気は、水素にすればいいだけの話だったのである。
水素エネルギ―の活用はまだ高価ではあるが、インフラ整備などが行われ、普及すれば、価格は下がる。
実際に太陽光発電の電気は、外国では画期的に下がっている。

私たちが家庭で電気を使い、支払う電気料金は1キロワット時あたり26円ほどですが、インドの太陽光発電は今や4円台です。インドは石炭火力よりも、自国で太陽光を利用するほうが安いということで、それを推し進めているからです。日本はインドにクリーンコールテクノロジー(環境低負荷型の石炭利用技術)の火力発電を一生懸命売ろうとしていますが、うまくいっていません。メキシコは3.9円、チリは3.2円、ドバイでは2.7円、サウジアラビアでは1.97円と2円を切っています。
「世界の常識は日本の非常識 自然エネは儲かる!」p36


隣の中国では、2017年10月、習近平国家主席が次のように宣言している。

「2050年までに自然エネルギーを、全電力の8割に拡大する。エネルギーの生産と消費で革命を起こし、クリーンで安全な効率の高いエネルギーの体系を築く」
 こうした国の後押しによって、自然エネルギーにおける中国企業の技術力は短期間に向上しました。コストも安くなり、世界市場でのシェアを拡大しています。
(前掲書p3)


日本は、ソーラーパネル生産では、超後進国になってしまった。
世界シェアの60%は、中国製である。
中国に比べ、日本の原発大好きエネルギー政策は、非常にお粗末。

安倍首相はインドにも原発を輸出しようとし、2016年モディ首相と日印原子力協定を取り結びました。しかし、インドは2010年に、原発事故の際、原子炉メーカーに責任を問える法律を作っています。これは世界的に見ても、画期的な法律です。万一、日本の輸出した原発が事故を起こしたら、その賠償は日本のメーカーがしなければならないのです。それが天文学的な金額になるのは、明らかです。一方、日本側は、そういうことを意に介さず「日本の技術力の高さを示せるチャンスだ」と、能天気に考えているだけです。安倍首相はこんな恐ろしいことを決めてしまって、本当にいいのでしょうか。
(前掲書p50)


次回には、右翼関係の本を紹介するが、ここでも右翼の立場に関して、疑問を呈している。

一般的に、反原発というとリベラル派や左翼の主張であり、原発推進という保守派や右翼の主張というイメージがあるのではないでしょうか。
 しかし、原発をゼロにし、自然エネルギーを主流にするようが、伝統的な国のあり方、つまり国体は守れるのです。原発は、国土を消滅させる可能性のある、おそろしいものです。そのことは、東日本大震災時の福島での事故で、みんなが痛感したはずです。それなのに、人一倍、国体や国土を大事にするはずの保守派や右翼が、なぜ原発を推進しようとするのか、私は理解に苦しみます。
(前掲書p102)


これはみんなが思っていることだと思う。
そして、笑えるのが、ソーラーパネル生産で中国に負けた理由である。
これが日本人なのだ(笑)。

日本は、シリコンの純度を100パーセントに近づけるため、小数点以下9桁(11Nイレブンナインと呼ばれる純度99.999999999)の精度にこだわったのです。一方、中国は6N(99.9999)〜7N(99.99999)にしました。その程度でも、壊れやすさに大きな差はありませんし、壊れたら直せばいいという発想です。シリコンの純度をあまり高めなければ、それだけソーラーパネルの値段も安くなります。
(前掲書p106)

この本には、小泉元首相も参加しており、核燃料リサイクルの六ケ所工場を含め、青森県全体の話にも及んでいる。
どうやって原子力事業を解体していくのか、ということも。
すでに、NHKや日本経済新聞は、自然エネルギーへのシフトを番組や記事で、取り扱い始めている。
もう世界中は、自然エネルギーへと向かっている。
向いていないのは、日本だけなのである。
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2019年06月17日

これ、あまり知られていない

さらに、再び。

「日本史『その後』の真実」について。

歴史上の人物の活躍は、教科書でも歴史本でも読めばわかるが、活躍したその後、というのは、なかなかわからない。
興味本位で、ついつい買ってしまった。

確かに、歴史上の人物が、どうなったか、という部分もおもしろいが、この本では、裏話も書いてあり、また、活躍した人物の奥さんにまで記述していあるから、もう知らなかった事実でいっぱいである。
歴史など、あまり好きではないけれど、やはり人間の生き方というのは、活躍した人たちに学ぶものが多い。
西郷隆盛などの幕末から維新にかけての記述も多く、この部分は、ほぼNHK大河ドラマの復習みたいである。

まずは、聖徳太子。
今は、聖徳太子とは言わず、厩戸王(うまやとおう)または厩戸皇子、というらしい。
つまり、聖徳太子は、実在したかどうかもわかっていない。

次に、北条政子。
彼女は、周囲の反対を押し切って、源頼朝と一緒になった。
鎌倉幕府の創始者であり、義経信仰者から見れば、嫌われ者である。
その政子は、源家の身内同士の暗殺もあり、北条家に実権を移すようにしたのだが、それは、夫の作った幕府(鎌倉幕府は、日本初の武家支配)を存続させたからではないかともされる。
それほど、頼朝を愛していた、という考察が書いてあり、「ん〜、そうか」としかいうほかない。
まあ、微笑ましいことではあるが(というより、羨ましい。笑)。

真田信繁(幸村)について、私はよくわからないが、彼は、もう少しで徳川家康を仕留めるところまでいった武将であったようだ。
彼は、結局、討ち取られるのだが、潔く「儂の首を手柄にされよ」と告げたという。
彼の遺児たちは、伊達家家臣に引き取られ、仙台真田家となった。
伊達藩には、このように、不幸になった人たちを助けるという伝統があるのか、意外にも、面倒見がいい人たちであったようだ。

乃木希典。
日露戦争で大活躍した陸軍大将だが、彼は、「当時を代表する英雄でありながら、質素で清廉な生活で、食事も粗食とされた麦飯を常食。私利私欲と無縁な高潔な人格は、明治天皇を追った殉死の後に神として祭られ、乃木神社の御祭神となった」という。
とても真似のできるものではない。
だから、神になるのか。

2点ほど、少し感動する部分を引用する。
一人目は、斎藤一。
あまり知られていないと思うが、新選組の一人である。

 会津戦争での斎藤の奮戦は、土方の箱館戦争よりも涙を誘う。母成峠での惨敗の後、数十名しか残っていなかった新選組の面々は、仙台へ向かうか、会津で死守するかで二派に分裂してしまう。
 斎藤は会津への忠義をつらぬき、会津郊外で起こった如来堂の戦いに向かうことになる。十数名と官軍約300人。兵力の差は圧倒的だったが、会津藩降伏後も戦い抜き、松平容保の使者の呼び掛けにより投降したとされる。
(「日本史『その後』の真実」p83)

その後、彼は、青森県下北の斗南藩に流され、「藤田五郎」という名前で暮らすが、後に罪が許され、新政府の警察官になる。
私がなぜ、会津の肩を持つか、というのは、すでに、このブログに記してきたとおりである。
奥羽越列藩同盟は、東北全部でみな、近代武力と非力ながら戦った。
会津は、特にいじめれた。

二人目は、関行男。

 特攻隊の存在は有名だが、その第一号として昭和19年11月にアメリカ軍の空母に体当たりした、関行男大尉(戦死後中佐)遺族のその後は過酷であった。母は草餅の行商で生計を立て、残された妻の将来を案じ再婚を勧める。戦中は軍神の母ともてはやされるが、終戦で評価は一変。一人息子を死に追いやった鬼の母として、石を投げられたこともあったという。貧しい生活を送った後に小学校用務員の職を得て、関の死後9年後に「せめて行男の墓を・・・」を遺言に没した。
(前掲書p109)


あまりにもかわいそうである。
もう少しで涙が出るところだった。


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芸能人って、干されているんだ

再び、こんにちは。


「芸能人はなぜ干されるのか? 増補新版」と「日本史「「その後」の真実100」を読んだ。
まずは、「芸能人〜」のほうから。

芸能界には、あまり興味ないから、干されているという認識も私は持っていなかった。
「何だ?この干されているってのは?」ということから買ってみた。
この本の価値は、マスコミが書けないことを書いていることにある。
つまり、マスコミは、こと芸能界に関しては、ジャーナリズムを放棄しているのである。

売れっ子はそれなりに金持ちになっているのだろう、と思いきや、そうではないらしい。
芸能人は、芸能事務所に搾取されている、ということ。
ほぼ、これに尽きる。

バーニング系とケイダッシュ系の事務所に力があり、それに、ジャーニーズ、お笑い系は、吉本興業が独占している。
もちろん、芸能人の側もバカではないから、抵抗したりするのだが、その場合、たいていは干されて、テレビで姿を見なくなるのである。
この本では、干された芸能人を紹介しているが、面倒なので、ここには書かない。
抵抗して成功したのは、石原裕次郎ぐらいかもしれない。
その他は、干されて、また復帰する、というぐらいの感じである。
吉本興業では、島田紳助が頑張った。

その他。
三国連太郎は骨があり、おもしろい。
SMAP解散騒動では、木村が一番ワルだ。
気をつけなればならないのは、ケイダッシュの谷口元一という人間らしい。
彼には、サイコパズの素質があるかもしれない。

大日本新政會の笠岡和雄総裁も、この本に参加して、いろいろと暴露している。
したがって、著者の星野陽平さんの身の安全は、担保されていたのかもしれない。
芸能界を語りたい人は、この本を読むべきである。

この発行元は、鹿砦社である。
私は最近知ったのであるが、「紙の爆弾」というのがあるようだ。
昔の「噂の真相」みたいな雑誌なのかもしれない。
両津の書店には置いていないから、新潟へ行くことがあるならば、買ってみようと思う。
posted by T.Sasaki at 15:51| Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月15日

零細事業者の必要経費

さらに、再び。

「≪知的≫けんかのしかた」は、いうなれば、弱者が強者の圧力に屈しない方法を書いているものである。
けんかの相手は、「悪い債権者」「悪い税務署」「悪い弁護士」「悪い警察」。
世の中、良い人間ばかりじゃないから、どの社会にも、悪い人間はある割合で存在すると考えていい。
だから、その相手に対しての闘い方を論じている。
この中で、特筆に値する考えは、私たちのような零細事業者の頑張りの部分である。

夫婦でやっているうどん屋さんがある。
仕込みから帳簿付けまでやるには、朝から晩まで、眠る以外は働きづめの毎日である。
そこで、この本の筆者である増尾由太郎さんは、次のような考えを提示している。

 夫婦が通常の労働時間内の労働によって生み出し得た所得を基準とした所得税の申告をし、二人の超過労働時間分の労働が生み出した所得を「必要経費」に算入したとしても、社会通念上不当とは考えられない。
 本来なら他人の労働に頼るべき部分を自己又は家族の肉体を酷使し、消耗度を高めているのであって、人的資産に対する減価償却費を認める考え方である。税法がそうした合理性を十分具備していない段階では、方便としてのウソはおシャカ様でもお許し下さるでしょう。
 従業員を一人も使わず(或いはごく少数しか使わず)家族の長時間労働に頼ってお店などを経営している場合、仮に家族が週40時間労働し、不足する労働力について人を雇ったと仮定したら、どの程度の出費が必要かを計算して、正常な必要経費を算定することが妥当であろうし、家族従業員の給与も平均的な月給を当然考えるべきでしょう。
(「≪知的≫けんかのしかた」p40)


現在の私は、苦しいから、自分でできる仕事は、全部自分でやる。
必要経費などというものは、極力おさえている。
自営業でありながら、“サービス残業”なのである。
サービス残業を脱却したときこそ、自分や家族の頑張りを必要経費に算入できる、というわけだ。
現在、これは無理な話なのだが、それでも、理屈は通っている。
posted by T.Sasaki at 16:34| Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

サイコパスに気をつけろ!

再び、こんにちは。

コンビニで買った本、2点。
「サイコパスの話」「≪知的≫ケンカのしかた」。
そこで恐怖のサイコパスについて。

サイコパスとは、反社会性パーソナリティ障がいを持つ人のこと。
カタカナと漢字で書かれても意味がわからないので、どんな人か?という部分を引用する。

 その特徴を一言で表すと、「良心や善意を持たない人」となるでしょう。通常、どんな犯罪者でも良心の呵責や罪悪感があるものですが、サイコパスにはない場合があります。そのため、ウソをついて人をだましても人を意味もなく傷つけたり殺しても、罪の意識を感じないことがあるという恐ろしい精神構造をしているのです。
(「サイコパスの話」p6)

そして、困った特徴がある。

 サイコパスは恐怖や不安、緊張を感じることがないため、普通の人ならばあがってしまうような大舞台でも、堂々と振る舞うことができます。そして、平然とウソをつけるので、荒唐無稽な夢であってもいとも簡単に実現できるかのように語ります。しかも、トークは軽妙で巧みに冗談を織り交ぜ、聴衆を楽しませるのですから、非の打ち所がありません。
(前掲書p7)


どの時代にもあると思うが、とんでもない殺人事件などが起こる。
これは、サイコパスの性質を持った人の犯罪だったのか、と思わずにはいられない。
アメリカでは、およそ人口の4%くらいいるとされ、日本などの東南アジアでは、1〜2%存在している。
この比率は、大きい。
100人1人以上、みんなに混じって隠れているのだ。

その他、サイコパスの特徴を引いておく。
気をつけるように。

他者の感情や痛みに対する共感性が低く、「相手を思いやる」という感覚が乏しい。(p10)
ウソがばれるなど自分の悪事や失敗が追及されると涙を流して、同情心に訴えかけその場を逃れようとする。(p11)
逆ギレした場合、何をするかわからない。(p12)
人より上に立ちたい上に立ちたいという願望が強い。(p42)


サイコパスは、今のところ、治らないそうだ。
だから、そういう人間がいた場合、「付き合わない」「相手にしない」のが、最も賢明な手段だということらしい。

もちろん、誰が見ても、100%サイコパスというのは、おそらくはいない。
だから、そういう性格を持った人は、少し注意したほうがいいだろう。
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2019年04月17日

ネットことば

再び、こんばんは。

松川温泉は2泊3日であったが、2泊もすれば、体は硫黄の香りで幸せ気分である。
が、これで翌日から仕事をすると、体を壊す。
「2泊くらいなら、大丈夫だろう」と思って仕事をしたら、具合が悪くなり、結局、その後何日か休んだことがある。
だから、せめて、温泉から帰った翌日は、休むようにしている(1泊なら問題ない)。
そのため、今日も読書したり、これを打ち込んだり。

峡雲荘では、2冊ほど読んだが、そのうちの1冊は、これ。

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163900100(「文藝春秋BOOKS」)

読もうとしていたものだが、すでに書店では手に入らないので、Amazon中古で手に入れた。
作品紹介には、「ネット文化、ネット言葉に懐疑を抱く中高年待望の書」とあるが、中高年は読まなくてもいい。
若い人たちが読むべきものだ。

人間社会のコミュニケーションツールは、話しことば、書きことば、ネットことば、というように、変遷してきた。
文字が発明されるまでは、話しことば、つまり、会話がコミュニケーションの手段であったが、しかし、文字が発明されても、印刷技術が発達するまでは、それほど文字は重要ではなかったが、活版印刷という印刷技術の出現により、話しことばより書きことばが重要になったのである。
そして、現在、書きことばを駆逐し始めたのが、ネットことばであるが、これは、始まったばかり。
ネットことばとは、メールやSNS(特に流行りのLINEかな?)で行き来する、スピード感のあることばであり、映像なども含む。
情報量が膨大なこともあり、ネットことばは、軽い。
一方、書きことばのほうは、何度も訂正され、校正され、それから、紙媒体を通じて世に出るから、反省的思考がある。
ネットことばは、スピード感がある分、発せられることばを吟味できない。
引用する。

 ネットことばの「プロセスが見えにくい」という原理は話しことばといっしょです。ことばを発するまでの瞬間的な脳内の作業は見えません。ことばを口にだす本人にも見えない。ことばにだしたあとになって、なぜあんなことをいったのかと悔やむのはそのためです。やはり同じようにSNSやメールソフトでことばを「打ち込む」ときも、ことばを「書く」ときと違い反省的思考が不足します。ネットことばは、まるで話しことばのようなスピードで打ち出されていくのですから当然なのですが。
 つまりネットことばは、話しことばときわめて似た特質をもっているといえます。ネットことばは書きことばより、ずっと話しことば的なのです。
(「ネットで『つながる』ことの耐えられない軽さ」p65)


しかし、書きことばよりも、ネットことばへの転換は、止めることはできない。
とにかく、ユーザーの印象に残り、利用されるのは、現在では、ネットことばである。

1960年代に、すでに、このことを先取りした人がいた。
それは、カナダの英文学者であるマーシャル・マクルーハン。
彼は、「メディアはメッセージ」と表現した。

 メッセージそのものよりもメディアが重要だということです。
 かつて米大統領選でケネディとニクソンが討論したとき、テレビを見た人はケネディが優勢に議論を展開したという印象をもったのにたいして、ラジオではニクソンが優勢だったと、まるで逆の印象を多くの人がもったという話は有名です。ラジオで聞いた場合と、テレビで見た場合とでは演者の印象ががらりと変わるという話もメディア(テレビかラジオか)によってメッセージの印象や評価が変わるということ、つまり「メディアはメッセージ」だということと重なります。
(前掲書p182)


メディア自体がメッセージであるのに、さらに、著者の藤原さんは、今度は、メディアがメッセージの選ぶのだという。
太古の時代の石版は、メッセージを彫るのに、かなりの時間と労力を費やす。
したがって、簡潔で重要なメッセージしか記すことができない。
そして、現在を支配しつつある、「つながり」の媒体であるSNSが、どんなメッセージを選ぶか。
推測すると、またまたこれが非常に悩みのタネになる。
書きことばは、読解力を養うが、ネットことばは、そうではない。

 書きことばが衰退するということは、読む力も衰退するということです。よって読者の力も同時に衰えていきます。現在、紙に書かれる文章も短文化が進んでいますが、短文しか読まない読み手がふえているからにほかなりません。長文を読めない人がふえているのです。
 ネット上では「長々と書いて説明しなければならないのは、そもそもダメなアイデア」と見なされます。
(前掲書p208)


SNSやゲーム、ギャンブルなどに、個人の嗜好というか、それぞれに、「合う」「合わない」があるだろう。
私にとって、まず、ゲームやギャンブルは、時間の無駄にしか感じられない。
ああいうものに熱中しても、何も残らない。
SNSは、どうか。
以前、少し参加してみたが、使い方が悪かったせいか、何も残らなかった。
感覚的な問題かもしれない。
「軽く、付き合いのがいいよ」と助言をいただいたりしたが、私は、その「軽く」ができない不器用な人間である。
しかし、その感覚的なものを書き表したのが、この本に記してあった。
私的には、これが、この本の結論である(もちろん、結論はちょっと違う)。

 ネットが思考を拡散させるバイアスが強く働くシステムだということを、経験的に納得している人は少なくないはずです。
 だから、いつまでたっても仕事を終えることができないと、苛立つことも多い。
 もちろん紙とペンで仕事をしていた時代であっても、作業を中断して、辞書で調べものを始めたり、新聞を読み始めたりということがありました。しかしネットことば時代における作業の中断と再開とは本質的に意味が異なります。
 ネット上において作業の中身(画面)を切りかえるとき、それがあまりに瞬間的で簡単なために、それまでかかっていた作業を中断したという意識もなくなります。別のテーマに移りつづけたとき、その前に自分が何に取り組んでいたのか思いだせないということもある。たくさんのメールをチェックしたり、フェイスブックを開いてメッセージを「読む」。しかしそのうち、いくつのことばが記憶に残るのか。ほとんどのことばは右から左へと流れて消えていくだけ、ということはないでしょうか。
 その間、思考は深まりを見せることがほとんどなくて、時間だけが過ぎていくということが起こります。これはゲームをやっているときとよく似ています。
 こうしてやるべきことがいっこうに進行しないということが少なくありません。
(前掲書p200)


副産物として、プレゼンテーションや検事の不正事件、日本の経済発展に関わった日本の書きことばなど、面白い記述がたくさんあった。
ネットことばの隆盛により、英会話の能力の違いが、さらなる格差を生むことになり、いずれは、日本語も淘汰されるのではないか、という推測まで書いてある。

おもしろかった。
posted by T.Sasaki at 22:32| Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月11日

オウムサリン事件の本

こんばんは。

先ほど、「サリン事件死刑囚 中川智正との対話」を読み終わった。
オウム真理教、及び、地下鉄サリン事件が起こった頃、私は、「噂の真相」誌を読んでいて、よくオウム真理教事件のことが話題になっていたのを記憶している。
しかし、はっきり言って、オウム真理教自体に興味がなかった。
学生時代の先輩たちに、すでに、「宗教団体には気をつけろ!」と洗脳されていたからだ(笑)。
だから、サリン事件などの概略を、この本を読んで初めてわかった。
“世界初”だらけであったのが理解できる。

私が岩手大学に在学中、ヨット部の先輩や学生寮の先輩たちから、「盛岡の街には、国際勝共連合(原理研ともいわれた)=統一教会がいるから、それには関わるな」ときつく言われた。
そのくせ、大学、というところは、全体的に左翼思想の巣窟である。
副島隆彦先生が、左翼からの転向を吐露していのと同様、私も当時、左翼思考であり、社会人になってからの読書で、右寄りに転向した。
それもリバータリアンということで、思想的には、超右翼であり、自己責任主義である。
副島先生のアメリカ政治思想の本のおかげで、世界的な政治の枠組みを理解できたのである。
しかし、いくら自己責任主義であっても、人間は、社会的動物だから、すべて自己責任で生きていけるわけがない。
したがって、どこまでが自己責任でやることであり、どこからが、みんなで負担すべきものなのか、それを考えながら生きていくのが肝要だ。
そこに宗教の入り込む余地は、私はないと思う。
そう考えるから、オウム信者や統一教会信者のことを私が理解できるわけがない。

副島先生の著書に触れたのは、30歳を過ぎたあたりだったと思うが、学生時代は、もちろん、アメリカ政治思想などという考えなど全くなかったが、宗教自体、まるっきり信じる要素が私にはなかった。
居酒屋で友だちや研究室の仲間たちと酒を飲んでいると、たまに、第三文明という創価学会系のサークルの人たちがいたりした。
暇なときは少し相手をしたが、布教のつもりだろうが、面白くないし、言い方がヘタクソだった。
そういう人が言い寄って来たため、私は運が良かったのかもしれない(笑)。

この本は、私のいとこが読んで平積みしてあったのを、借りてきて読んだものである。
昨年7月に出版された本だ。
いとこは、非常に頭がよく、盛岡一高から自治医大を経て、現在、岩手医大の先生みたいなのをやっていて、私の10倍くらいの読書家である。
しかし、頭がいいはずなのに、社会のことになると、私より低レベル。
そんなものだ。
彼女は、なぜか、私のことを「お兄ちゃん」と呼ぶ。
小さい頃に、遊んであげたから。
小さい頃に遊んであげると、みんな「お兄ちゃん」と呼ぶのだ。
妹の3人の子どもたちも、全部、「お兄ちゃん」。
何歳になったら、「おじさん」と呼ぶようになるのだろう。
挙句の果て、内陸にある温泉旅館で、私が20代の頃、そこの子どもたちと遊んであげたら、私を「○○にい」と呼ぶ。
そして、今でも、「○○にい」なのだ。
まあ、いいか。

話が脱線してしまったが、みんな、普通に日本人であり、オウム事件の死刑囚たちも、普通の日本人であったようだ。
著者のアンソニー・トゥーは、中川智正に親近感を覚えている。
人柄もよく、頭もいい。
オウム教団の化学兵器などを作った土谷正実も同様な印象だ。
著者は、人材的に惜しいような書き方をしているが、しかし、どの社会にも、人の良し悪しはある。
例えば、良い警察官がいるし、悪い警察官もいる。
良い医者もいるし、悪い医者もいる。
良い漁師もいるし、悪い漁師もいる。
そう考えれば、著者の思い入れは、あまり意味がないと思う。

読後の感想は、それぞれ立場が違えば、視点も違う。
アマゾンのレビューを読めば、だいたいどんなことが書かれてあるか、わかると思うので、そちらを参照したほうがいいと思う。
元オウム信者も書いているのには、少し驚いたが。

これらのレビューにも少し書かれてあることだが、中川智正の母親には、涙が出てくる。
1年に1回ぐらいは、面会に来ていたようだ。
レビューとは、違う文を引く。

2015年の日本の新聞に彼の母親のコメントが出ていたので、その内容を簡単に紹介する。
「死刑が執行されたら、迎えに行きます。連れて帰りたいからです。骨つぼは仏壇に置いておきます。私たちが死んだら遺骨を一緒にいれてもらいたい。長男なのに、生きているときは何もしてくれなかったんだから、あの世で世話してもらおうって」
(「サリン事件死刑囚 中川智正との対話」p124)


一方、土谷正実の母親は、会ってもくれなかった。
何となく、悲しく感じた。

日本映画に、「真昼の暗黒」というのがある。
年代もののモノクロ映画である。
冤罪の裁判を扱っていて、モデルとなったのが、昭和26年の八海事件。
最後に、グっとくる。
母親たちの息子に対する想いは、とても深い。
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2018年07月28日

抗生物質の冬

再び。

抗生物質の多用から、抗生物質の効かない細菌が増えているのはご存知かと思うが、それ以外の影響が、私たちの体で起きているそうだ。
もう面倒くさいので、訳者あとがきを引用する。

 本書は、アメリカの微生物学者であり、ヒト・マイクロバイオーム研究の第一人者であるマーティン・J・ブレイザーが、ヒトの常在細菌が恐ろしい結果を引き起こしながら、今、大きく変化していることを実証的に警告した書である。私たちはこれまでに、地球環境下における絶滅危惧種や生物多様性の喪失が、生態系の攪乱を通して私たち自身の生息環境を大きく損なうことを知った。しかし同じことは、私たちの最も身近な身体内でも起こっていたのである。
 結果、多くの人が「現代の疾病」とでも呼ぶべき病気に苦しみ始めることになった。肥満、若年性(I型)糖尿病、アレルギー性疾患、炎症性腸疾患、そしてそれは自閉症にまで及ぶ可能性があるという。
 常在細菌の変化は約半世紀前から始まった。夢の薬と言われた抗生物質の使用と、帝王切開の過剰な実践(必要な帝王切開もある!)が原因である、と著者は言う。そうした行為が最終的に私たちにどのような影響を与えることにあるか、私たちはその全容をいまだ把握していない。
(「失われてゆく、我々の内なる細菌」p281)


私は、しかたなく、ネキシウムという薬を飲んでいる。
逆流性食道炎の薬であるが、医師の指示通りには飲んでいない。
大体1日おきくらいの服用である。
指示通りに真面目に飲んでも、飲むのをやめれば、また、胸焼けが起きてしまう。
薬は効果がある反面、毒である。
副作用は、その毒の作用なのだ。
幸いにして、この薬に副作用はないように思うが、できるなら、飲まないほうがいいに決まっている。

この逆流性食道炎は、ピロリ菌と関係している。
胃がんの原因であるとされるピロリ菌である。
しかし、ピロリ菌は、逆流性食道炎を予防してくれる。

胃酸は大半の細菌を殺す。しかし長い進化の過程で、ピロリ菌は胃酸のなかにあっても絶滅を回避する適応を遂げた。その意味では、ピロリ菌は胃酸を好ましいと思っているのかもしれない。胃酸という厳しい環境下に棲むコストはかかるが、胃酸は競争相手を排除してくれる。敵の敵は味方である。
 事実、私の研究室で行った研究のひとつはピロリ菌が胃酸の調整を助けているということを示した。ピロリ菌が炎症を引き起こし、炎症が胃のホルモンに影響を与え、それが胃酸産生のスイッチを「オン」にしたり「オフ」にしたりする。生まれて最初の10年間、胃酸のバランス調整機能はよい。顕微鏡で見ると、胃酸を産生する内分泌腺は、そよ風に揺れるシダの葉に似ている。しかし年をとるにつれ、慢性の炎症が胃壁を覆い始める。ピロリ菌を持った人では、それがより早く広範囲に起こる。胃酸を産生する内分泌腺は短く平らになり、胃酸の産生が減少する。萎縮性胃炎である。結果として胃潰瘍になる可能性は低くなる。シュヴァルツの「胃酸なくして潰瘍なし」という格言は正しい。
 しかし子ども時代にピロリ菌に感染しなかった人、あるいは抗生物質によってピロリ菌を根絶した人は、胃酸の高産生を四十代になっても続ける。これほど多くの人が胃酸の分泌量が衰えることなく中年に達するというのは、おそらく人類史上初めての出来事ではないだろうか。そうした人々にとって、胃内容物が食道中を逆流することは、酸性度の高い胃酸が食道に障害を与えることを意味する。ピロリ菌感染率が劇的に低下した今日の子どもの多くは、以前とは異なる胃酸調整システムとともに成長する。子どもにおける胃酸逆流は、かつては稀であったが、現在では増えており、多くの子どもが制酸薬の投与を受けている。こうした現象には何らかの関連性があるのだろうか。
(前掲書p141)


これから類推すると、私はピロリ菌を持っていないかもしれない。
父と妹は、ピロリ菌を持っていたので、除菌したそうだ。
本来なら、私も持っているのだろうが、子どもの頃、体が弱かったので、抗生物質をたくさん投与されたのではないか、と疑っている。
その後も、難治性の骨折をした時、3回も手術しているから、抗生物質だらけである。

抗生物質が売れれば、今度は、体内の常在細菌は抗生物質に殺され、その不在により新たな病気が発生し、その治療薬は売れる。
薬の過剰投与は、ますます製薬会社の儲けを大きくするのである。
それにしたがって、国民医療費も大きくなる。
医師たちは、抗生物質の過剰投与をやめるだろうか。
posted by T.Sasaki at 10:32| Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月03日

沖縄への理解

再び。

週刊金曜日の編集者たちが書いた「国防政策が生んだ沖縄基地マフィア」と読んだ。
週刊金曜日といえば、左翼系の雑誌だと思うが、昔、「噂の真相」という暴き系の月刊誌があったが、似たようなものかもしれない(読んだことがない)。
内容は、名護市辺野古地区の基地移転問題で暗躍している地元土建業界の話である。
沖縄全体としては、「米軍基地、出て行け」なのであるが、地元としては、「カネがほしい」という、どこにでもある話である。
地元の欲たかりたちが、基地移転問題や沖縄の問題をややこしい話にしている。

現在、沖縄経済界でさえ、それに嫌気がさして、オール沖縄で、反基地で一致しているようだ。
しかし、政府自民党は、沖縄よりもアメリカの味方だから、沖縄の人たちは、その態度に苦しんでいる。

この本を読んでわかったことだが、翁長沖縄県知事が言った「戦後70年で初めて、みずから基地を差し出した」というのは、前知事の仲居眞弘多氏のことである。
沖縄の基地というのは、戦後に米軍が強制的に作ったものであり、辺野古にできる予定の基地は、初めて、沖縄が容認してできる基地なのだという。
誤解されるとよくないから、自民党とそれに従う沖縄の勢力が容認した、ということ。

大方の日本人は、私をはじめ、よくわからない。
だから、沖縄に対して、誤解だらけである。
引用する。

実行委の共同代表には翁長氏がつき、東京・日比谷での街頭デモでは先頭に立った。しかしここで翁長氏が目のあたりにしたのは「琉球人出ていけ」という日本人からのヘイト・スピーチだった。
 屋良氏は、だからこそ今回の知事選は沖縄の保革が争う性質のものではないと言う。
 「沖縄の基地問題をいつまでも保革対決に落とし込もうとするのは冷戦思考。この選挙は偏狭なナショナリズムとパトリオリズム(郷土愛)の闘いだと考えています。沖縄を今後も戦後レジームの枠内にとどめておこうとする勢力と、戦後レジームから脱却し『沖縄の心』を取り戻そうとする勢力の闘いなのです」
(「国防政策が生んだ沖縄基地マフィア」p191)


これは、2014年の知事選のことであり、屋良氏というのは、当時の那覇市議である。

沖縄には、金秀グループというのがあり、その会長は、次のように語っている。

 原発は廃炉に時間とカネがかかります。基地も原発も、建設工事より廃炉、撤去工事のほうが喜んでやれるじゃないですか。いつ日本を破壊するかわからないものを建設するより、安心安全な国をつくるための工事のほうが誇りだって持てる。
 米軍基地関連の収入は県民総所得の5%程度です。私は、どんどん米軍基地を返還してもらって、その跡地に福島の放射能渦にいる人々が戻れる日がくるまで沖縄に来て生活してほしいと思っているんです。
(前掲書p203)


照正組という建設会社の社長も、沖縄経済界にとって、基地はすでに重要ではないことを言っている。

 そもそも、沖縄は基地経済だとか言われますが、基地関連収入は「復帰」直後に15.2%だったのが今は5%程度にまで落ち込んでいる。返還された跡地に新しいまちをつくったほうが経済が好転することは雇用のデータなどを見てもはっきりしている。
 こう考えますと、いくら建設業がわれわれの生業だからといって基地建設に賛成するわけにはいかない。その代わり、基地撤去の仕事をしたいと考えています。基地は戦争につながる。その基地を撤去することは平和につながる。撤去にはさまざまな工事が派生しますから、建設業者にとっても当分は仕事があるんです。そこに新しいまちをつくるとなればまた仕事が生まれる。どっちが県民の将来の幸せにつながるかは明らかでしょう。こういう議論を建設業協会の会長のときからやっていたんです。それで米軍基地が撤退したフィリピンのクラーク基地やスービック基地に視察に行きました。2012年のことです。議会で契約更新を拒否したフィリピンの過去を見ると、国の意思さえあれば米軍の基地返還は叶うのだと、そう確信しました。辺野古移設反対の道筋を描くことができたのです。
(前掲書p209)


こういう意思が、沖縄県民のほとんどにある。
しかし、それらは、政府により、踏みにじられているのである。
そして、この構造は、原発立地地区や核燃料リサイクルの六ヶ所村も、同じであるといえる。
posted by T.Sasaki at 20:03| Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする