日本の漁業が崩壊する本当の理由 片野歩

世界中で魚類資源が増えているのに、日本だけが減っている。
この現実を、恥ずかしいと思うべきである。

日本の漁業が崩壊する本当の理由.jpg

すべての漁協組合長、理事、参事、そして、任意の漁業団体の会長以下すべての役員たちは、この本を読むべきだ。
読みたくないならば、「日本の漁師は大バカものだ」を参照すること。
これを認識できないならば、役職に就く資格はない!

2018年07月03日

沖縄への理解

再び。

週刊金曜日の編集者たちが書いた「国防政策が生んだ沖縄基地マフィア」と読んだ。
週刊金曜日といえば、左翼系の雑誌だと思うが、昔、「噂の真相」という暴き系の月刊誌があったが、似たようなものかもしれない(読んだことがない)。
内容は、名護市辺野古地区の基地移転問題で暗躍している地元土建業界の話である。
沖縄全体としては、「米軍基地、出て行け」なのであるが、地元としては、「カネがほしい」という、どこにでもある話である。
地元の欲たかりたちが、基地移転問題や沖縄の問題をややこしい話にしている。

現在、沖縄経済界でさえ、それに嫌気がさして、オール沖縄で、反基地で一致しているようだ。
しかし、政府自民党は、沖縄よりもアメリカの味方だから、沖縄の人たちは、その態度に苦しんでいる。

この本を読んでわかったことだが、翁長沖縄県知事が言った「戦後70年で初めて、みずから基地を差し出した」というのは、前知事の仲居眞弘多氏のことである。
沖縄の基地というのは、戦後に米軍が強制的に作ったものであり、辺野古にできる予定の基地は、初めて、沖縄が容認してできる基地なのだという。
誤解されるとよくないから、自民党とそれに従う沖縄の勢力が容認した、ということ。

大方の日本人は、私をはじめ、よくわからない。
だから、沖縄に対して、誤解だらけである。
引用する。

実行委の共同代表には翁長氏がつき、東京・日比谷での街頭デモでは先頭に立った。しかしここで翁長氏が目のあたりにしたのは「琉球人出ていけ」という日本人からのヘイト・スピーチだった。
 屋良氏は、だからこそ今回の知事選は沖縄の保革が争う性質のものではないと言う。
 「沖縄の基地問題をいつまでも保革対決に落とし込もうとするのは冷戦思考。この選挙は偏狭なナショナリズムとパトリオリズム(郷土愛)の闘いだと考えています。沖縄を今後も戦後レジームの枠内にとどめておこうとする勢力と、戦後レジームから脱却し『沖縄の心』を取り戻そうとする勢力の闘いなのです」
(「国防政策が生んだ沖縄基地マフィア」p191)


これは、2014年の知事選のことであり、屋良氏というのは、当時の那覇市議である。

沖縄には、金秀グループというのがあり、その会長は、次のように語っている。

 原発は廃炉に時間とカネがかかります。基地も原発も、建設工事より廃炉、撤去工事のほうが喜んでやれるじゃないですか。いつ日本を破壊するかわからないものを建設するより、安心安全な国をつくるための工事のほうが誇りだって持てる。
 米軍基地関連の収入は県民総所得の5%程度です。私は、どんどん米軍基地を返還してもらって、その跡地に福島の放射能渦にいる人々が戻れる日がくるまで沖縄に来て生活してほしいと思っているんです。
(前掲書p203)


照正組という建設会社の社長も、沖縄経済界にとって、基地はすでに重要ではないことを言っている。

 そもそも、沖縄は基地経済だとか言われますが、基地関連収入は「復帰」直後に15.2%だったのが今は5%程度にまで落ち込んでいる。返還された跡地に新しいまちをつくったほうが経済が好転することは雇用のデータなどを見てもはっきりしている。
 こう考えますと、いくら建設業がわれわれの生業だからといって基地建設に賛成するわけにはいかない。その代わり、基地撤去の仕事をしたいと考えています。基地は戦争につながる。その基地を撤去することは平和につながる。撤去にはさまざまな工事が派生しますから、建設業者にとっても当分は仕事があるんです。そこに新しいまちをつくるとなればまた仕事が生まれる。どっちが県民の将来の幸せにつながるかは明らかでしょう。こういう議論を建設業協会の会長のときからやっていたんです。それで米軍基地が撤退したフィリピンのクラーク基地やスービック基地に視察に行きました。2012年のことです。議会で契約更新を拒否したフィリピンの過去を見ると、国の意思さえあれば米軍の基地返還は叶うのだと、そう確信しました。辺野古移設反対の道筋を描くことができたのです。
(前掲書p209)


こういう意思が、沖縄県民のほとんどにある。
しかし、それらは、政府により、踏みにじられているのである。
そして、この構造は、原発立地地区や核燃料リサイクルの六ヶ所村も、同じであるといえる。
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2018年06月26日

「水危機 ほんとうの話」を読んで

こんにちは。

ちょっとした入門書、とはいっても、教科書みたいな本を読んだ。
著者である沖大幹さんは、水全般の学問のことを水文学と呼び(天文学ライクに)、「水危機 ほんとうの話」にわかりやすく書いている。
水資源は、一般的に、地球を循環する水蒸気、液体である水、固体である氷などであるが、水循環はそれだけではない。
バーチャルウォーターと呼ばれる、人間の食料などに使用される水なども含まれている。
であるから、食料の輸入大国である日本は、つまり、水を大量に輸入しているのである。
今日は、本の主題である水文学とは、少し趣の異なる引用のしかたをするが、考え方として、必要なものだと思うから。

このように、世界的なグローバリゼーションの進行によって水はローカルな財から、グローバル財になった側面がある。バーチャルウォーターを輸入しているから、という心理的な問題ではなく、自分たちの生産活動、消費活動が海外における水の適切な管理によって維持されているのである。グローバリゼーションがもたらした緊密な関係を支えているのは水だけではなく、各地の安定した生産と消費であり、それを支える人や社会システムである。だからこそ食料を大量に輸入している日本だけではなく、大量に輸出している国にとってでさえ、他国の社会的な安定と災害軽減が自国に対するのと同じように重要な世界になっているのだ。
(「水危機 ほんとうの話」p170)


世界の紛争の原因は、宗教や政治思想の急進的勢力によるものが多いと思うが、特にひどいのは、イスラエルとそれに敵対的である中東の国であるように思う。
厄介なのが、イスラエルの味方がアメリカであること。
これに死の商人たちが群がるから、この地域の紛争が解決するのは、非常に時間がかかるように思う。
しかし、当事者たちの国は、バーチャルウォーターに救われているように思うのだが、そのありがたみを彼らは感じているのだろうか。
上記の引用のように、もし、世界の主な農業生産国が、戦争に巻き込まれたりしたら、たちまち、バーチャルウォーター不足になるのは目に見えている。
農業生産国と原油生産国の安定は、日本だけではなく、世界の生命線である。
したがって、どこの国の戦争であれ反対する、という態度は、正しいのである。

もう一つ。
環境問題の本を読んで、真剣に、自分のことのように地球環境を考えたことのある人なら、次の引用は救われるかもしれない。
一つ目の引用は問いであるが、二つ目がその答えである。

「人類は死んだ方がましでしょうか?地球温暖化、あるいは地球環境問題を考えると」
こういうナイーブな質問にも真剣に答えてくれそうな方に出会う度に尋ねたが、誰も「生きていていいよ」とは言ってくれなかった。かといって「死んだ方がいいよ」とも言われなかったのでそのまま悩みを忘れたことにして生きていた。
(前掲書p264)

「手段の目的化に注意」
 本来は人類が幸せに暮らすという目的達成のひとつとして地球環境の保全という手段があるのに、主客転倒して人類が滅んでしまっては元も子もない、ということである。つまり、地球環境さえ保全されればヒトの幸せはどうなっても良いというわけでもなく、地球温暖化を阻止できても、持続可能性や快適な暮らしが損なわれるのなら、それは手段が目的化してしまっており、本来の目的達成を阻害しない別の手段を考えた方がいいのである。
 これに気づいた遠因にはいろいろあり、生物多様性の保全は絶対善である、という従前のドグマに対して、新たに出てきた生態系サービスという考え方が、人間社会に貢献するからこそ生態系の保全は重要である、という人間中心主義に回帰していたことに影響されたという側面はあるだろう。また、ある年の「科学技術研究費の使い方」という東京大学が作成して配布した小冊子の表紙に「目的は手段を正当化しない」と書いてあった影響もあるかもしれない。言わずもがな、これは、優れた研究のためだからといって、科学研究費補助金の不正経理が許されるわけではない、という警告である。
(前掲書p265)


だからといって、資源浪費をじゃんじゃんやれ、というのではない。
資源は「分け合って」という考えが基本であり、何で読んだか忘れたが、日本の「コタツ文明」すなわち、暖を分け合う、という考え方をすべてに当てはめていくことが、持続可能性のヒントになる。
分け合うことで、われわれ日本人は、満足感を味わうこともできる。
これがコタツ文明である。

水文学の本の紹介とは、かなりかけ離れていたとは思うが、大学の教授のような人たちも、自分の考えと社会との妥協点をいつも悩んで探しているのだろう。
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2018年06月09日

黒い炭水化物

こんにちは。

今月に入って高値に支えられ、少し順調になりつつある日本海するめいか漁であったが、悪天候予想で明日から4連休くらいを覚悟しなければならず、ガクッときている。
しかし、漁を休めば、それだけ魚が増える、と考えれば、気休めになるか。

「世界一シンプルで科学的に証明された食事」。
これ、デブの人は必見。
デブ以外も必見。

今まで、私が紹介してきた「炭水化物=悪」論は、少し違う。
人間の体は、栄養成分に対し、それほど敏感ではないらしい。
栄養成分というより、食べ物そのものに注目すべきなのだという。

例えば、果物であるが、これは、糖質を食べているようなものだから、あまり摂取しないほうがいいように感じられるが、そうではない。
糖質といえば、炭水化物であるが、これも、すべての炭水化物が悪い、というものではないらしい。

炭水化物には、白い炭水化物と黒い炭水化物がある。
白いほうは、精製された白米や小麦粉、それを原料とするパン、うどん、と言ったところか。
黒いほうは、このブログで少し書いたことがあるが、玄米や精製していない全粒粉と呼ばれる小麦粉、そして、蕎麦。

白い炭水化物は、血糖値を上げ、動脈硬化による脳卒中や心筋梗塞のリスクを上げることがわかっている。
もちろん、デブになる。
一方、黒い炭水化物は、糖尿病や動脈硬化による病気のリスクを下げ、ダイエットにも有効である。
がんリスクは、大腸がんのみ、下がっている。
なぜ黒い炭水化物が良いのか、というと、精製されないがために残った食物繊維や他の栄養成分による影響によるものではないか、ということである。

この本に書かれているものは、すべて、ある食べ物を摂取した群と摂取しない群を比較検討した研究を取り上げ、さらにそれらの研究の集合体(メタアナリシスという)から、結論を導きだしたものである。
栄養成分ではなく、食べ物そのものを研究している。
食べ物には、いろいろの複数の栄養成分が含まれているから、それが体内に入って、どう作用するかは、本当のところわかっていない。
だから、食べ物そのものに着目する。

理想の食事は、地中海式の食事が理想とされ、次のように具体的に書かれている。

普段どおりの食事を食べながら、塩分と白い炭水化物を減らす代わりに、オリーブオイル、ナッツ類、魚、野菜と果物を増やすことが最も健康に良い食事であると言って良いだろう。
(「世界一シンプルで科学的に証明された食事」p69)


面倒くさいので、あとは、箇条書きに書いておく。

黒い炭水化物以外の糖質は、上記の病気リスクを上げる。
例外は、ダークチョコレートであり、血圧を下げ、アルツハイマー病や脳卒中のリスクを下げる。

鶏肉以外の肉や加工品は、全死亡率を上げる。
動脈硬化による脳卒中や心筋梗塞、がんリスクを上げ、特に、大腸がんのリスクが上がる。

大人の乳製品のとり過ぎは、前立腺がんや卵巣がんのリスクを上げる。

野菜や果物は、全死亡率を減少させ、心筋梗塞や脳卒中のリスクも下げる。
しかし、がんリスクに対しては、有意な減少は認められない。
ただし、イチゴやメロン(特に赤肉腫のマスクメロン)は、糖尿病のリスクを上げる。
また、フルーツジュースは、同じく糖尿病のリスクを上げる。
ジュースは、不溶性の食物繊維が除去され、果糖が強調されるから、糖質アップされる。
だから、ジュースより、果物そのものを食べろ、というのだそうだ。
ちなみに、野菜類に含まれるβカロチンは、それそのものをサプリメントから摂取すると、全体的な死亡率が向上し、膀胱がん、心筋梗塞のリスクが上がり、喫煙者では、肺がん、胃がんのリスクも上がることがわかっている。
ある栄養成分だけを摂取することは、むしろ健康によくないこともある。

魚は、心筋梗塞やがんのリスクを下げる。
特に、乳がんリスクを下げる。

私は、今まで、食事指導に関し(特に白米)、医師や国は、まるっきり役に立っていない、と書いたことがあると思う。
むしろ、医師や米作農家という商売のために、食事指導するのをやっていないのではないか、とさえ書いた。
実際には、当事者にそういう悪意はないものの、著者の津川友介(UCLA助教授、医師)さんが本の冒頭で書いている次の記述には、思わず笑ってしまった。
そんなものだろう。
引用しておく。

医学部ではあまり食事や栄養のことを習わないため、医師は食事に関するきちんとした知識を持っていないことも多い。アメリカやイギリスの医学部ですら、食事と栄養のことを十分時間をかけて教えていないことが問題視されているのだが、日本ではもっと遅れていると思われる。
 栄養士は、「このような食事をすれば健康になる」というルールを一般人に指導することに関しては秀でているが、そのルールがそもそも本当に科学的根拠にもとづく正しいものであるかどうかを判断するための必要な専門知識(統計学や疫学という学問)を持っていない人が多い。
(前掲書p10)

農林水産省は農家を保護しなければいけない立場であるので、それを「忖度」して白米は糖尿病のリスクを増やすのであまり摂取しない方が良いとは書きづらいのかもしれない。実際に、2015年に厚労省が、玄米や麦など精製度の低い穀物を含む弁当やレストランのメニューに「健康的な食事」のマークを付けてお墨付きを与えようとしたことがあったのだが、自民党の農林水産関係の会合で「白米の生産に影響が出る」ということで取りやめになった。
(前掲書p11)


この本は、新潟のジュンク堂書店で、すでに、ベストセラーの書棚に並べられていた。
白米生産に味方する勢力や言論機関が、みんなからバカにされるのは、時間の問題である。
岩手県は、「玄米の時代」を先取りすべきである。
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2018年05月26日

「平成政治20年史」を読んで

5回目。

「平成政治20年史」を読むと、平野貞夫さんという人の人柄や能力がわかる。
元参議院議員であり、政策立案能力や事務能力が非常に優れていて、見識もしっかりしている。
そして、私は、この本から、小沢一郎という政治家も、再評価せざるをえなくなった。
彼は、単なる「よっしゃ、よっしゃ」の子分ではなかったのだ。

 私が「見方が甘い。野党の首脳がそんな認識ではだめだ」と大きな声を出すと、小沢党首が「僕はあんたより小泉との付き合いが古い。性格を知っているんだ」と、激論になった。すると菅さんが、「自由党は、小沢党首の独断でやっていると思っていたら、実際は自由な議論をしているんですな」と水を入れて収まった。
(「平成政治20年史」p227)


というぐあいに、平野貞夫と小沢一郎が、言い争う場面が何度も出てくる。
何日も口をきかない時もあり、周囲がそれをとりなしたりしている。
議論が盛んであるのに、なぜ、みんな小沢一郎から離れていったのか?
たぶん、その議論についていけない人や自分のことしか考えない人たちが、「小沢嫌い」とか変な理由をつけて誤魔化そうとしたのだろう、と私は思う。

それを裏付けるのが、著者の次の記述である。

平成時代20年間の政治は、この『政治改革大綱』の実現をめぐって、本当に日本を改革しようとする勢力と、改革の仮面をつけて官僚や財界と共に既得権を守ろうとする勢力の闘いであった。それは今日でも続いている。
(前掲書p28)


『政治改革大綱』は、度重なる政治家の汚職や疑惑事件から、自民党政治改革委員会(後藤田正晴会長)がまとめたものであり、竹下登首相が総辞職する時に、自民党衆参両院議員に要請したものである。

この大綱は衆院に比例代表制を加味した小選挙区制を導入し、政権交代を可能とするとともに、国会・地方議員の資産公開、パーティや寄付の規制、政治資金による株式の売買の禁止などを網羅していた。また、派閥と族議員の弊害を除去し、わかりやすい国会を実現しようとするものであった。
(前掲書p28)


結局、政治改革大綱は、道半ばで達成されておらず、小沢一郎の不人気から達成は困難であろう。
その不人気さの原因に、小沢一郎の頑固さ、信念の固さがあると思うが、その部分を引用する。

小沢 私が幹事長になったのは、ポストを求めたのではない。竹下さんは反対したが金丸さんから強く言われたからだ。国際情勢も変化し、自社55年体制で政治をやれなくなった。大変化の時期だから引き受けた。これからもよろしく頼む。
権藤 わかった。
平野 これまでのように個人的意見を言うわけにはいかない。与党の幹事長だ。
小沢 自民党には、僕の考えをわかる人は少ない。なんとしても自民党を改革したい。言いたいことがあれば、いま言ってくれ。
平野 政治改革が大事だといって『政治改革大綱』をつくっても放りっぱなし。解党的改革をしないと、国民から見捨てられますよ。
小沢 このままなら、二年に一度、派閥のボスは捕まるだろう。僕は総理になるためのカネ集めをする能力はない。総理になるつもりもない。自民党の解党的出直しをしたいのだ。もしそれができないなら、自民党を潰す。国家国民のために必要なのだ。ぜひこれからも相談にのってくれ。

 小沢幹事長の真剣な話に、私も事務局の立場を越えざるを得なかった。田中角栄、金丸信、竹下登らが肥大化させた自民党を潰そうという話だ。後に引けない、小沢一郎との付き合いは天命だと腹を固めた。私にとっては人生の岐路となる夜であった。
(前掲書p31)


残念ながら、自民党の改革はできなかった。
したがって、自民党の外から改革するしかなく、非自民政権を樹立するが、それもうまくいかなかった。
そして、現在に至る。
どの政治家も、不勉強で、政治思想や理念というのが乏しく、腐っているのだろう。
次の記述は、中でも腐りきった自民党の体質を表している。

 細川・羽田非自民改革政権に対抗して、自民・社会・新党さきがけの三党(自社さ)は裏交渉だけで、連立政権をつくるという破廉恥さであった。公式の会談は、なんと平成6年(1994)6月29日の首班指名の当日、1回だけである。しかも『新しい連立政権の樹立に関する合意書』なるものが、議会政治を冒涜したものであることは、あまり知られていない。その冒頭には、「新しく発足する連立政権(自社さ政権)は、昨年7月29日の『連立政権に関する合意事項』及び『八党会派覚え書き』(非自民政権樹立のためのもの)を継承発展させ、以下の重点的政策の実現に取り組む。・・・・』(カッコは著者記入)と書かれている。非自民連立政権を樹立した理念や基本政策の合意書をそのまま盗用して、自民党を中心とする連立政権を成立させたわけだ。こんな不条理は、人間の世界ではありえないことである。ここに自民党という政治集団の本質があるといえる。政治理念も政策もどうでもよいのだ。政権にしがみつき利権を維持継承させれば、よいのである。
(前掲書p107)

今日の自民党政治家にもいえることだが、政策や国のあり方よりも自民党自体を大事に考える者がなんと多いことか。議会民主政治の根本を理解していない。
(前掲書p98)


この本は、読んで損はないと思う。
マスコミにいいように書かれてきた小沢一郎という人間がわかり、また、著者の平野貞夫という人間もわかる。
そして、平成20年までの、各党、各国会議員の功罪もわかる。

「平成政治20年史」の記述に対し、マスコミはどう思っているのだろうか。
放置したり見抜けなかったりしたその罪は、非常に重い。
副島隆彦流ならば、マスコミは、日本の政治家をバカのままにしておくよう、アメリカに仕向けられたのだ、ということになるだろう。
こういう政治状況も、資本主義と同じく、滅ぶことはないのかもしれない。
posted by T.Sasaki at 16:33| Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「いま生きる資本論」について

再び、4回目。

佐藤優さんが書いた「いま生きる『資本論』」は、マルクスの「資本論」を学ぶための講義を、本にしたものである。
わかりやすく解説しながら書いたようだが、やっぱり難しい。
難解だからこそ、二つの読み方があるようで、宇野弘蔵という人の宇野学派とそれ以外の学派のものがある。
そして、マルクス「資本論」の記述にも間違いがあり、それを修正しながら解釈していく部分もあるようで、佐藤優さんの解説がなかったら、まず、読むことが難しい。

佐藤優さんは、副島隆彦先生と何度か対談本も出しているので、名前は知っていたが、今回初めて、彼の著作を読んだ。
マルクス、というと、共産主義なのであるが、その資本論を右寄りの人が読み砕くと、共産主義経済が滅び、資本主義経済は滅ばないということ。

マルクスは、次のような結論を出す。

資本主義が発達していくと、資本家同士の間で競争が起きて、巨大資本だけが生き残るようになる。その巨大資本はグローバリゼーションの中で、少数の資本家が富を独占し、スーパーリッチが生まれてくる。その一方では、窮乏、抑圧、隷従、墜落、搾取がどんどんひどくなって、あらゆる場所で二極化が進んでいく。
 そうなると、労働者は堪えきれなくなり、反抗し、団結し、抵抗する。そこで資本主義は行き詰る。大きな資本は、もはやその経済規模に対応することができなくなって、資本主義というシステムは爆破され、革命が起きる。資本主義的私有の最期を告げる鐘が鳴り、収奪者が収奪される。かくて、共産主義革命が達成される。共産主義の世の中が来る。
(「いま生きる資本論」p166)


この論理は、「資本論」第一巻末尾にあり、これが、思想的に左寄りの人たちの主な主張の根拠となっている。
対して、宇野弘蔵さんは、これを意味のあるものではない、と考えた。
資本主義が行き詰れば、恐慌が起こったりするのだが、それを補うものが出てくる。

大量の商品が生産されているのに商品が常に貨幣になるとは限りませんから、つまり誠の恋はおだやかに進みませんから、まったく売れない時もあって、それがやがて恐慌に至ることもある。すると労働者に商品を買うカネがなくなり、貧困という状況は生じる。しかし、そんなことはイノベーション、新技術の開発によって基本的に乗り越えていくことができる。労働者が窮乏化する必然性はない。資本主義は爆破されず、崩壊もせず、あたかも永続するかのごとくに生き延びていくのだ、というのが宇野の考え方です。
(前掲書p167)

左派・リベラル派は、理論的に破綻しているこの窮乏化理論に乗っかって、異議申し立て運動をしようとしてきました。だから、必ず負けてしまいます。資本主義のイノベーションの力を過小評価しているからです。もっと言えば、成長戦略として本当に経済成長を狙うのであれば、いったん景気を最悪の状態に持って行って、大イノベーションを起こすことだって考えられるのです。
(前掲書p168)


つまり、資本論の結論として、資本主義は滅びない、ということになる。
基本的に、滅びない。

しかし、資本主義は、労働力も商品化することになっているから、今度は、人間のほうが大変だ。
機械と違って、体力に限界があるし、気持ちという部分もある。
だから、現在の日本人の選択のように、子どもを作らない人たちが増えてくる。
それでも、資本主義は滅びない。
人間は、この滅びない資本主義に対し、どうやって生きていったらいいのか。

これが、この本の主題である。

そこで、カール・ポランニーという天才経済学者の話になる。
彼は、「人間の経済」には、3つの要素がある、という。
贈与、相互扶助、そして商品経済。
商品経済は、資本主義経済そのもの。
だから、それ以外に人間の行うことのできる経済は、贈与と相互扶助。

お金をたっぷり持っているやつがひたすらばらまく。みなさんも、文化人類学の方で〈ポトラッチ〉なんて言葉を聞いたことがあるでしょう。ポトラッチをやる人間は、富をばらまいて、とにかく全部ばらまき終わって完全に破産するまでばらまき続ける。やがてまた別の新しいポトラッチが行われる。
 贈与って、モースの『贈与論』を読めばわかるように、面白いんです。人間には贈与されると、モノを返したくなる性格があります。
(前掲書p135)

ソビエトシステムが崩壊しても、ロシア社会は崩れなかったのです。急速な資本主義がある部分で進み、オリガルヒと呼ばれる億万長者があれだけ出てきて貧富の差が大きくなっても、ロシアでは暴動も起きないし、べつに飢えるということもない。それはなぜかといったら、互助制度が発達しているからです。
(前掲書p138)


そして、佐藤優さんの結論。

資本主義システムに対応できるのは、個人でも国家でもない中間団体であると私は考える。具体的には、労働組合、宗教団体、非営利団体などの力がつくこと、さらに読者が周囲の具体的人間関係を重視し、カネと離れた相互依存関係を形成すること(これも小さな中間団体である)で、資本主義のブラック化に歯止めをかけることができると思っている。
(前掲書p322)


沖縄県の久米島は、ポランニーのいう「人間の経済」の3要素が揃っていると紹介されている。
つまり、資本主義経済だけに頼らない人間の経済は、ちゃんと存在する、ということなのだ。

そして、それに必要なのが、人間関係の構築なのである。
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「地政学入門」を読んで

また、再び。

いつもよりかなり暇な新潟であるから、その後、3冊ほど読書。
「地政学入門」「いま生きる資本論」「平成政治20年史」。

まずは、曽村保信さんの「地政学入門」。
これを読んでも、しかたがないように思う。
ただ、私の場合、読書している時、よく「地政学的に」という言葉を目にしたため、「これって、何だろう?」という好奇心が強くなってしまい、Amazonの書評も参考にして買った。

ここで少し、Amazon書評について。
結構良心的に書かれている方が多く、非常に参考になる。
間違いの記述の指摘もちゃんとある。
それから、評価の低い書評も読むこと。
気をつけなければならないことは、故意というか、恨みなのか、それとも読解力のなさからなのか、必ず「この書評はおかしい」というのがある。
特に、評価の低い書評には気をつけること。
それを見抜けば、ほぼ「買って損した」ということはない。
ダメな本は、もちろん評価もよくない。

戻る。
初版が1983年という古い本であり、私が読んだのは、その改版。
副題に、外交戦略の政治学とある。
外交戦略と書いてはあるが、これは、戦争を前提としたものである。
だから、はっきり言えば、地理的な問題から戦争を考えた学問、ということ。
シーパワーとかランドパワーとか、そんな言葉が出てきて、つまり、各国の海軍と陸軍とその力関係を、歴史的に考察したものである。

終章に、「核宇宙時代の地政学」があるが、今や、核宇宙時代の地政学は、北朝鮮に学ぶことが多いと思う(本の発行がかなり前だから、現在のことは書かれていない)。
通常兵器による戦争、つまり従来のシーパワーやランドパワーによる戦争だと、技術革新についていけない国は、明らかに負ける。
北朝鮮の通常兵器は、一昔前のものだから、戦争を起こしても数日で敗戦が決まるだろう。
だから、通常兵器など目もくれず、北朝鮮は、核兵器、それも弾道ミサイル開発をやってきた。
こうなると、地政学という学問は、あまり意味がないと思われる。

ただ、地政学の開祖といわれる、イギリスのH.J.マッキンダーという人は、最後の論文で、次の言葉を残している。

均衡こそ自由の基礎だ
(「地政学入門」p85)


これは、核時代、インターネット時代の今でも通じる。
こんなに武器だらけの世界だから、ある程度、大国どうしの武力が均衡しないと、戦争が起こるかもしれない。
そのため、軍縮会議だとか、戦略核兵器削減の会議だとか、そんなことを大国はやっているのだろう。

ここで、中国を考えてみる。
中国の軍備拡張は、きっと地政学的な考えでやっているのであろうが、時代遅れである。
これに対し、もし、北朝鮮がやっているように、面と向かって、中国と対決しよう国が現れたら、同じように核開発をするだろう。
衛星監視と通信網監視時代に、このような対決をあおるような軍備拡張には、意味はない。

これを逆に捉えれば、監視網をすべて遮断して戦争を起こせば、とんでもないことになる、ということ。
中東の出来事が、ネットを通じて伝わるのは、まだ、本気で戦争をやるつもりはない証である。
もし、通信網がすべて使えなくなったら、戦争が起こっている、と疑ったほうがいいかもしれない。
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2018年05月17日

ヤマト運輸から学ぶこと

再び。

小倉昌男さんの書いた「経営学」について。

これは、ヤマト運輸のサクセスストーリーである。
そのストーリーを通じて、どういう経営がいいのか、ということを示したものである。
難しい計算式などは皆無であり、損益分岐点、という言葉を知っていれば、それで用の足りる本である。
ヤマト運輸の社員のために書いた本かもしれない。

ヤマト運輸は、もともとは個人企業体であったが、いろいろなことをやって大きくなった。
特に前社長である著者の小倉昌男さんが生み出した「クロネコヤマトの宅急便」は、働く人さえいれば、まだまだ伸びる事業である。
ネットオーダーの伸びる時代であるから、宅急便事業は減速する要素がない。

ヤマト運輸も必ずしも順調だったわけではなく、宅急便事業をやる前は、他社に乗り遅れ、会社存続の危機にも見舞われている。
いうならば、起死回生の事業が宅急便だったのである。
しかし、その計画は決して無謀ではなく、ちゃんとした需要を見込み、全国展開を前提としていたものである。
今となっては、私たちにすれば、「全国展開なんて、当たり前でしょ」という感覚であるが、当時は、運輸省という組織が威張っていて、いろいろな許可を出さなかった。
だから、ヤマト運輸は、国と喧嘩をしながら、自分たちの開発した宅急便事業を勝ち取った、と言える。
それをできた最大の理由は、ちゃんとした信念を持っていたからである。

サクセスストーリーであるからには、読書自体は簡単である。
もちろん、宅急便事業の技術的展開のことも書いてある。
ヤマト運輸に追従するのは、設備投資の面からすでに無理があるから、このように堂々と記しているものと思われる。
私は、技術的なことを紹介するつもりはない。
ただ、3点、どの事業でも有用であることを書いておく。

まずは、労働組合。
一般に労働組合は、経営側と交渉する場合、賃上げ条件で、駆け引きを行う。
このことに、著者の小倉社長は嫌気がさしていた。
何度も折衝するから、時間の無駄が大きい。
非常に悩むところがあったが、宅急便事業に会社の命運をかけなければならない事態に直面した際、何と、労働組合側が、その事業に対し、賛成に回ったのである。
宅急便事業を興す際、会社の役員会では、社長以外の役員は全員反対だったのに、だ。
つまり、この時、労働組合側が、危機を肌で感じ取っていたと思われる。
労働組合が賛成した背景は、もちろんある。
ヤマト運輸の危機は何度かあったのだが、リストラをやる際、正社員を一人も辞めさせることがなかった。
だから、その点で、最後の最後は、会社を信用していた。
人間は、やはり信用なのだ。

「ダントツ三ヵ年計画」のパート3までを社員とともに作り、全員経営の方針を掲げた。
だから、ヤマト運輸の宅急便事業を作ったのは、ヤマト運輸社員であり、会社の組織図でも、SD(セールスドライバー。ヤマト運輸では、運転手とは言わない)が一番上に書かれてあるそうだ。
社長は、その線路を敷き、国の規制と闘ったのである。

 労働条件向上の方針と目標を労使で共有する代わりに、それを実現する方策も共同で責任を持つ。社内に、この考え方が定着するにつれ、労使の一体感は強まっていった。
 労使一体を象徴した動きのひとつが、昭和60(1985)年2月に上部団体の運輸労連が出した「規制緩和反対の運動方針」に対するヤマト運輸労組の態度表明であった。ヤマト労組は、運動方針から規制緩和反対の項目を削除するよう求めたのである。
 これを契機に、ヤマト運輸の労働組合は独自の考えをはっきり表明するようになり、運動方針を会社の経営路線と一致させるに到ったのである。
(中略)
 会社と労働組合は一心同体で、夫婦のようなものである。それが経営の方向、戦略において一致していることは、市場主義経済の激しい競争の中で大きな力を発揮する原動力となっている。それは難しいことではあるが不可能ではない。一朝一夕には無理でも、細かい努力を積み重ねれば、必ずできるのである。
(「経営学」p211)


宅急便事業で、ヤマト運輸の労働組合は、本当の労働組合になった。
会社なくして、労働組合などありえない。

ここで、小倉社長が、労働組合を変えようと思い至った理由も転載しておく。

 日本人にとって働くということは、生き甲斐である。収入を得るために好きではない仕事をいやいやする場合もあるだろう。そんなときは、労働が苦役に感じられるだろう。でも大方の日本人は、働くことに生き甲斐を感じている人が多いと思う。
 特に自分の属する会社への帰属意識が強いことと、仕事への参画意識が強いことは、日本人の特色である。会社の帰りに、会社の同僚と赤提灯の店に立ち寄り、上司の悪口を言いながら一杯飲むのはどういうわけだろう。会社が嫌いなら、また、上司が嫌いなら、会社のことなど忘れて自宅に帰ればよいものを、わざわざ悪口を言うために赤提灯に立ち寄るのは、会社が嫌いだからだとは思えない。むしろ会社が好きだから、一杯飲みながら批判的な意見を口にするのではないだろうか。
 俺が社長なら会社をこうする、俺が課長ならやり方を変えてこうやる―。社長は、とか、課長は、とか批判するのは、自分を会社の中に置いて、参画意識のもとで常に考えているからではないだろうか。赤提灯で会社の悪口を言うのは、むしろ会社が好きな証拠ではないか。本当は建設的な態度なのだと私は思う。
(前掲書p188)


ヤマト運輸のSDたちは、宅急便事業で、配達先の主婦たちから、初めて「ありがとう」と感謝の言葉を口にされたそうだ。
それ以前の、大口荷主との取引では、逆に傲慢な態度しか示されなかったという。
この時点で、SDたちの気持ちは変わり、やる気が出てくることになる。
私たちは、何かやってもらったら、「ありがとう」と口にするほうがいい。
それで相手の人間が変わるかもしれない。

2点目に、行政や政治家に頼らないこと、言い換えれば、社会を変えることになるかな。

宅急便事業を全国展開する時の足かせとなったのが、規制官庁である運輸省である。
ある免許申請で、あまりに杜撰なことをするものだから、行政訴訟まで起こしている。
今あるすべての類似宅急便事業は、ヤマト運輸が当時の運輸省と闘ったから存在するのである。
ここで、小倉昌男さんの怒りを記しておく。

規制行政がすでに時代遅れになっていることすら認識できない運輸省の役人の頭の悪さにはあきれるばかりであったが、何より申請事案を5年も6年も放っておいて心の痛まないことのほうが許せなかった。与えられた仕事に最善を尽くすのが職業倫理ではないか。倫理観のひとかけらもない運輸省などない方がいいのである。
(前掲書p163)
需給を調整するため免許を与えるかどうかを決めるのは、役人の裁量権だという。では需給はどうかと聞いても資料も何も持っていない。行政指導するための手段にすぎない許認可の権限を持つことが目的と化し、それを手放さないことに汲々としている役人の存在は、矮小としか言いようがないのである。
 すべての役人がそうだというわけではないが、権力を行使することに魅力を感じて公務員になった人もいると聞く。何とも品性の落ちる話ではないか。
(中略)
 役人の一番いけないところは、結果に責任をもたないことである。人間誰しも間違いはある。私お経営上の判断で間違いを犯したことは多い。しかし気がつけば、社員に率直に謝って訂正したものである。過ちがあったとき率直に訂正するから、社員から信頼を得ることができたのだ。
 霞ヶ関には無謬性という言葉があるそうだが、その思い上がった精神構造は理解することができない。煎じ詰めていくと、世間知らずの役人の言うことを聞く経営者が悪い、ということになるのだ。
(前掲書p279)


非常に手厳しい。
わたしたちも、何か役人と話をする機会があったなら、おかしいところは、「おかしい」と徹底的に言うべきである。

3点目は、ちゃんとした倫理観を持つこと。
簡単に言えば、やって良いことと悪いことをちゃんと認識していること。
小倉社長流だと、次のようになる。

 企業は社会的存在である。それは財なりサービスなりで社会に貢献するとともに、雇用の場を提供するからである。しがたって企業は永続しなければならない。永続するには、倫理性に裏打ちされた優れた社格が求められる。
 倫理性、それは、顧客、取引先、株主、社員など関係者に対し、フェア(公正)な姿勢を貫くことだ。社員の先頭に立つトップは常にフェアでなければならない。
(前掲書p260)


そして、経営者としての態度は、

年に1回の株主総会が、たとえ5時間かかろうと1日かかろうと、受けて立つ気力がないなら、経営者をやめたほうがよいと思っている。総会で株主の質問に答えることは、経営者の最高の責任ではないか。会社のためと称して総会屋に金を渡した社員がいたら、正に君側の奸である。
(前掲書p282)
 私も人間だから欠陥も多い。だが「真ごころ」と「思いやり」をいつも忘れずにきたつもりだ。
 経営トップがひとり高い倫理を誇っても、社徳の高い会社にはならない。社員全員が倫理性が高くてこそ、社徳の高い会社といえるのである。それにはまず、トップが先頭に立ち、高い目標を目指して歩まなければならないのである。
(前掲書p290)



岩手に2そう曳きを擁する漁業会社は、三陸沖の海を荒廃させている。
それを自覚することを拒否し、ずっと2そう曳きトロールという漁法を続けようとしている。
企業は永続しなければならない、と小倉昌男さんは言っているが、それは、倫理性に裏打ちされたものがないといけない、と念を押している。
これらの会社には、倫理性などあるのかどうかもわからない状態である。
私が違反操業した背景には、大臣許可というトロール漁業との漁業調整がうまくいってないことが原因の一つであることはすでに記している通りであるが、彼らは、その権威で、私たち小型船に対し、傲慢な態度を貫いている。
このような会社は、ヤマト運輸とは正反対である。

現在、ヤマト運輸などの運送会社は、人手が足りない。
SDを見ても、若い人は少なく、私年代が多いのではないか。
仕事大好き世代である。
日本人そのものである。

しかし、現在の日本の若者の多くは違う。
したがって、この「経営学」の「第9章 全員経営」は、当てはまらなくなってきている。
このようなことを子を持たない私がいうと、「子どももいないくせに」と常に言われてはきたが、人材育成は、親元を離れる前から、すでにやらなければならない事態になっている。
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ゲノム解析は「私」の世界をどう変えるのか

こんにちは。

超暇は、いつまで続く?

「ゲノム解析は私の世界をどう変えるのか」という本を読んだ。
高橋祥子さんというジーンクエスト社の社長が書いたもの。
何が書いてあるのか、というと、どんなテクノロジーにしろ、その進歩は速く、それに人間社会がどう対応していったらいいのか、それを遺伝子解析サービスを例にして説明している。

 2013年、ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーは、自身のゲノムの中にある遺伝子変異を理由に乳房切除の手術を受けました。2015年には卵巣も摘出しました。
 彼女にふたつの手術を決断させたのは、BRCA1という遺伝子です。この遺伝子に変異があると、白人女性では生涯で乳がんになる確率は87%、卵巣がんになる確率は50%になるという統計データがあります。
(「ゲノム解析は私の世界をどう変えるのか」p132


これには特許という問題が絡んでいたため、非常に高額医療となった。
アメリカで裁判が起こり、遺伝子そのものに特許はない、として、今では特許無効である。

日本では、晩婚化が進み、体外受精テクノロジーが発展した。
その結果が次の通りである。

 そして2014年のデータでは、体外受精で生まれた子どもは約21人に1人という割合にまで増加しました。数にすると約4万7000人です。日本の少ない出生数(年間約100万人)を考えると、もはや無視できない数字なのです。
(前掲書p217)


これには、もちろん、出生前の遺伝子検査があり、胎児のいろいろな情報がわかる。
したがって、倫理的な問題に対する議論が山ほどある。

 テクノロジーは発展そのものが目的であるためにひたすら発展しますが、社会はテクノロジーの有用性について時間をかけて吟味します。そのため、テクノロジーが発展するスピードと、社会がテクノロジーを受け入れるまでのスピードには、どうしても差が生じてしまいます。
(前掲書p183)


筆者の高橋祥子さんは、その出発点が遅い、と嘆いている。

私は「スマホ中毒が日本を滅ぼす」といつも書いているが、これにも同じことが言える。
無線通信のテクノロジー自体、非常に有用であることは誰もが認めるところだが、一方、スマホ中毒という、大きな問題がある。
これに対する議論が、まだ家庭の主婦程度にしかないのが現状である。
先日のテレビ番組で、クラブ活動の休日の是非について、お母さんたちがいろいろ言っていた。
休日にスマホばっかりやるよりは、クラブ活動に行っていたほうがいい、という意見が、たくさんあるのだ。
今のところ、スマホ中毒に関し、政府はもちろん、間違っても、通信事業者が問題提起することはない。
社会はまるっきりノープロブレム状態であり、非常に遅れているとしか言いようがないのである。
先ほど引いたアンジェリーナ・ジョリーの遺伝子特許の件、あれは、日本では有効なのだそうだ。
遅れすぎである。

社会は何をすべきか。

 テクノロジーに目的は、真理の追求やテクノロジーそのものの発展。それに対して、社会はテクノロジーの目的自体に興味があるのではなく、テクノロジーによる変化や影響を受け入れることが目的です。
(前掲書p181)


そして、私たち個人は、

 テクノロジーはツールであって使うことそのものが目的ではないこと。テクノロジーを使うことで得られる幸福こそが人々の目的だと認識する必要があります。
(前掲書p202)


高橋祥子さんは、自らが立ち上げたジーンクエストという会社がなくなるかもしれない、ということも想定している。
社会的圧力が大きくなるのかもしれない。
しかし、それでもテクノロジーは、どんどん進歩する。
そのことについて、彼女は、私たちに願望を伝えている。

 変化について、進化学者ダーウィンの有名な言葉があります。
「生き残る種というのは、最も強いものでもなければ、最も知能の高いものでもない。変わりゆく環境に最も適応できる種が生き残るのである」
 変化する時代に変化に適応する。それ自体は自明であるように思えます。しかし、50年や100年では変化しないという前提で生きてきた人は、新しいテクノロジーの活用を否定することがよくあります。
 変化する人と変化したくない人が一定母数いるのは、生命の生存をかけたA/Bテストだと考えると、当然発生しうる現象のひとつであるのかもしれません。しかし、読者の皆さんには、未来を思い描いたうえで、起こるべき変化を素直に受け入れて適応する側であってほしいと願います。
(前掲書p228)


生き残る、とは、変化に対応することなのだ。
社会がその変化に対応できないなら、自分が対応するしかない。
現在の国家官僚を見ていると、そうするしかなさそうである。

このことは、次に読んだ「経営学」という本に続く。
矛先は、もちろん、岩手の2そう曳きという事業に向いている。
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2018年03月30日

日本語は万能?

再び。

このブログ、というか、私の書く文章、あるいは、日常での私の説明は、わかりやすいのではないか、と思う。
これは、乱読の賜物だと思っている。
わかりやすくする、というのは、ある意味、翻訳的なことである。
例えば、先日の「海はだれのものか」という本を初めて読む人は、理解できない人が多いかもしれない。
それを簡単に説明するのが、私のやったことであり、いわば翻訳的作業。

日本語だから、これができるのだそうだ。

と書いたら、「え?外国語はできないの?}という疑問を持つと思うが、答えは、イエス。
英語などを母語とする場合は問題ないが、この東アジア、東南アジアの国は、非常に困難なのだそうだ。
引用する。

 先ほども申し上げました通り、東アジアの旧辺境国(韓国やベトナム)は彼らのハイブリッド文字を棄てました。フィリピンは二重言語国ですが、知的職業の公用語は英語です。母語は生活言語として残っていますが、それで例えば国際政治や哲学を論じることはできない。そのための語彙が彼らの母語には存在しないからです。ですから、英語のできないフィリピン人は知的職業に就くことができない。他の旧植民地国はどこも同じ事情です。韓国でもベトナムでも母語しかできない人にはしだいに大学のポストがなくなりつつあります。その中で、日本だけが例外的に、土着語だけしか使用できない人間でも大学教授になれ、政治家になれ、官僚になれます。これは世界的にはきわめて例外的なことなのです。
(「日本辺境論」p239)


私たちにとって、日本語は日常であるから何も感じないが、非常に特殊な言語であるらしい。
全部説明するのはあまりに長くなるのでやらないが、日本語には、かな(仮名)とまな(真名)がある。
まなとは漢字のことである。
後から入ってきた漢字が「真名」であり、従来からあった音声言葉であるかなを「仮名」と表現することで、「日本辺境論」の著者である内田樹さんは、言語においても、日本人は、辺境人の受動的性格を示している、という。
ここで再び引用。

 土着の言語=仮名=女性語は当然「本音」を表現します。生な感情や、むき出しの生活実感はこのコロキアルな土着語でしか言い表すことができません。たしかに、漢文で記された外来語=真名=男性語は存在します。けれども、それは生活言語ではない。それを以ってしては身体実感や情動や官能や喜怒哀楽を適切に表すことができない。
 漢詩という文学形式がありますけれど、残念ながら、漢詩は限定的な素材しか扱うことができません。庶人の生活実感や官能は漢詩の管轄外です。
(前掲書p236)


つまり、事務的な学術的な作業は、男性的な真名の役割であり、日常は、女性的な仮名の役割である、というような使い方をされていた。
それを変えたのが、紀貫之。
「をとこ」の作業を、「をんな」言葉で書いてみた。
紀貫之「土佐日記」であり、日本で最初の、翻訳的表現の作業であった。

それが日本語の正しいとは言わないまでも、もっとも効率的な運用法になった。とりあえず、そういう言葉づかいをしないと私たちの社会では言葉はうまく人に届かないということが確かめられた。
 現に、私がいま使っているのは紀貫之伝来の語法です。本書が論じているのは「地政学的辺境性が日本人思考と行動を規定している」という命題ですから、当然さまざまな学術用語や専門用語を駆使しなくては論じられない。けれども、私はそれをできるだけ具体的な生活言語を使って論じようとしています。学術論文の形式ではなく、大学のゼミや居酒屋での同僚とおしゃべりのときのしゃべり方と同じ語法で語ろうとしている。そうしないと「何を言ってるかわからない」からです。
(前掲書237)


実は、私がいろいろと学んだ副島隆彦先生こそ、この作業を一生懸命やってきた人だ。
彼は、難しいことを理解しやすいように本に書いてきた。
たまに癇癪を起こして、日本語を、欠陥言語だとか面倒くさい言語だとか言っていたような気がするが、この翻訳的な作業のことを言っていたのだと今さらながら気付いた。

そんな面倒くさい日本語は、それでも、一つで全部の学問を学ぶことができるのだから、役に立っていると言えるだろう。



ここからは、余談になるが、日本語は、マンガを読むには、非常に効率のよい言語なのだそうだ。
それは、脳の構造と関わりがある。
漢字は表意文字であり、かなは表音文字。
表意文字とは、すなわち、図形であり、視覚的に脳で処理され、表音文字のほうは、音声的に脳で処理される。
脳の中では、日本語を使っている限り、これを同時に処理している。
したがって、マンガを読む場合、視覚的処理と音声的処理が、もっと簡単に行われることになる。
通常でさえ、同時処理をやっている日本人にとって、マンガは非常に慣れたもの。
したがって、マンガ読書では、日本人は世界一である。

この性質は、失読症(ディスレクシア)にも影響している。
失読症は、俳優のトム・クルーズが有名であるが、欧米語圏での失読症は、単に、文字を読めない。
しかし、日本の場合の失読症は、漢字が読めない場合とかなが読めない場合の二種類ある。
日本語は、本当に特殊だったのである。

今日、引いた「日本辺境論」は9年前の著作であるが、中古本で手に入れたにもかかわらず、すでに33刷目である。
日本人論として、ベストセラーであるが、それでも、けっこう難しい。
第3章の「機」の思想は、難しい。
何なのか、さっぱりわからない。
そこを除けば、良い本である。
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2018年03月25日

「法令遵守」が日本を滅ぼす

こんばんは。

いさだ漁業が、史上最高の勢いで、水揚げが伸びている。
キロ単価が120円で、1日の水揚げが100万円!
これを10回やれば、簡単に1000万円!
乗組員の欠員を待っていても、この状態だときっと誰も休まない。

一方私は、超ひまな状態なので、読書したり、調べものをしたり。
今日は、「法令遵守」が日本を滅ぼす、という本を読んだ。
元東京地検特捜部、長崎地検次席検事を務めた郷原信郎さんの書いたもの。

題名をみると、「おや?法令を守ることが日本を滅ぼすのかよ」と思ってしまうのだが、読んでみて納得。
法令のほうが、世の中についていってない、というもので、経済活動にその弊害が及んでいる、と。
だから、法令の根っことなっている、基本的なことに目を向けよ、ということ。

 法令の背後には必ず何らかの社会的な要請があり、その要請を実現するために法令が定められているはずです。だからこそ、本来であれば企業や個人が法令を遵守することが、社会的要請に応えることにつながるのです。
 ところが、日本の場合、法令と社会的要請との間でしばしば乖離・ズレが生じます。ズレが生じているのに、企業が法令規則の方ばかり見て、その背後にどんな社会的要請があるかということを考えないで対応すると、法令は遵守しているけれども社会的要請には反しているということが生じるわけです。
(「『法令遵守』が日本を滅ぼす」p100)

大切なことは、細かい条文がどうなっているなどということを考える前に、人間としての常識にしたがって行動することです。そうすれば、社会的要請に応えることができるはずです。
(前掲書p103)


このことは、JR福知山線の脱線事故で、被害者の家族が肉親の安否確認を問い合わせたのに、対応した医療機関側は、個人情報保護法を盾に教えなかった、という例をあげて説明したものである。
医療機関側は個人情報保護法を守った、ということなのだが、実際には但し書きがあり、それまで認識していなかった。
しかし、認識の前に、「これは教えなければ・・・」という普通の人間の考えるところを守っていれば、こんなことは起きない。
そういうことなのだ。

パロマ事件というのがあって、これで最終的に21人が亡くなっている。
法令の穴(著者は隙間と表現している)があったため、経済産業省の商務情報政策局製品安全課、経済産業省の外局のガス安全課、液化石油ガス保安課、という3つの部署があっても、事件の原因が追求できなかった。
一方、パロマ工業製と特定されているにもかかわらず、パロマ側は、不誠実だった。
引用する。

 パロマ側は、民事、刑事の責任回避のための訴訟対応を行なうという「法令遵守的対応」をとり続け、それが、メーカーとして必要不可欠な事故再発防止のための社会的責任を果たすことを妨げてしまいました。監督官庁の側でも、複数の組織や部署に所管が分散していたために、事故情報が一元的に把握されていませんでした。その結果、危険を認識することができず、事故防止のための抜本的な対策はとられませんでした。
 ガス給湯器の一酸化炭素中毒事故という極めて身近な問題に関して、日本の法令は、国民の生命を守るという最低限の機能を果たすことができなかったのです。
(前掲書p93)


この本では、過去の事件を例にして、最初の2つの引用を結論とし、各組織のコンプライアンスの提案を行っている。
一般にコンプライアンスとは、「法令遵守」と訳されているが、著者は、「組織が社会的要請に適応すること」と定義しているから、法令は、社会的要請に応える道具、とでも解釈できる。
逆に考えれば、社会的要請に応えないような法令は、ゴミである。

ここまで書くと、前回の「法律を悪質に解釈している2そう曳きトロール」は、この本を読んでから自信をもって書いたのではないか、と勘ぐられそうだが、偶然の一致である。
書いてから、たまたま読んでしまったから、あえてこの本を紹介しただけである。

この本の書き出しは、少し難しくて、あまりパッとしたものではないが、読んでいるうちに、なかなかの構成であることがわかる。
戻って読みたくなるのだ。
「あとがき」もよい。
スッキリする。



最後に、談合について少し。
リニア談合で、4社が捜査を受けた。

https://www.huffingtonpost.jp/2018/03/23/linear-shinkansen_a_23394110/(「ハフポスト」)

こういう専門的な大型工事案件をできる業者は、限られていると思う。
したがって、過去の談合が普通だった時代、すなわち、高度成長期には、違法な談合システムが公然と行われていた。
それでも、「予定価格上限拘束」という縛りから、それほど極端な建設業界の利益というのはなく、ほぼ適正な形で公共建設事業は行われてきたという。
談合システムは、建設以外の公共調達でも行われてきた。
一方、独占禁止法は、談合を取り締まり、低価格でより品質のよいものを生み出すという自由競争を促す法律である。
しかし、何の制限のない自由競争は、いつも摩擦や問題を起こすものである。

競争は常に万能で、あらゆる場合に善かというと、そうではありません。競争がその機能を発揮するのは、取引の当事者に情報が十分に与えられ、自己の責任で判断できる場合です。つまり、競争だけでは解決できないような問題、競争を機能させることが必ずしも適切ではない状況があるのです。
(前掲書p37)


たとえば、公共事業で造った橋やトンネルなどの安全性は、自由競争で担保されるわけではない。
あまりに低価格で落札して工事を請け負ったはいいが、安全性をおろそかにしたものを造ってもらっては困るのだ。
安全性は確保できても、今度は、その低価格落札の影響が、労働賃金を削る方向へ進むかもしれない。
この辺をすべて、法律で規定できるか、というと、非常に難しくなるだろう。

建物の安全性では、耐震強度偽装事件も起きた。
私がよく行く新潟の港のすぐそばには、有名な姉歯物件がまだある。
事件は、姉歯一級建築士、イーホームズ、ヒューザー、木村建設、総研などが関わった。
建築基準法があるにはあるのだが、複雑な構造計算書などのチェック機能が働かない環境であり、実際には、「会社の信用と技術者の倫理が日本の建築物の安全性を支えてきた(前掲書p80)」のである。
しかし、ここで、談合を全面的に否定する独占禁止法の運用強化が、事件の背景となってしまった。

 最近では、機能しない建築基準法に代わって建物の安全性を支えてきた施工会社の信用と技術者倫理自体にも大きな問題が生じつつあります。1990年代後半の建築不況の中、企業間での価格競争の激化によって極端な安値受注が横行し、その結果、工事の質を落として採算を確保しようとする手抜き工事、粗漏工事が横行していると言われています。設計の段階で耐震基準を充たしていても、施工工事段階で強度不足の建物が建築される危険性が高くなっているのです。
(前掲書p82)


本当のところ、リニア談合はどうなのか?
安全性を捨ててしまうような落札より、少々の談合は認めてもいいような気がする。
独占禁止法の適用範囲を柔軟にするしかない。
再掲するが、最終的に著者の言うとおりにするしかなさそうだ。

大切なことは、細かい条文がどうなっているなどということを考える前に、人間としての常識にしたがって行動することです。そうすれば、社会的要請に応えることができるはずです。
(前掲書p103)
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2017年09月18日

柳田國男と遠野物語 4

こんばんは。
今夜で今日は4回目。

明日が沖に出られるかもしれない、というので、準備していたら、ある悲劇が・・・。
でも、これは、私の健康を考えての自然からの贈り物だという人もいる(笑)。

昼に書き忘れたことなのだが、「遠野物語」に柳田國男が残した謎は、遠野物語の献辞と序文にあるようだ。
献辞には、

この書を外国に在る人々に呈す

とあり、序文は、次のようになっている。

 この話はすべて遠野の人佐々木鏡月君より聞きたり。昨明治四十二年の二月ごろより始めて夜分折々訪ね来たりこの話をせられしを筆記せしなり。鏡月君は話上手にはあらざれども誠実なる人なり。自分もまた一字一句をも加減せず感じたるままを書きたり。思うに遠野郷にはこの類の物語なお数百件あるならん。我々はより多くを聞かんことを切望す。国内の山村にして遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。願はくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。この書のごときは陳勝呉広のみ。

ここにある「陳勝呉広」とは、中国秦末期の
紀元前209年に、中国史上初の農民反乱を起こした陳勝と呉広のこと。これを陳勝呉広の乱と呼ぶ。
その他の文章は、次の引用が十分に説明していると思う。

 序に遠野の説話が「目前の出来事」「現実の事実」であることを繰り返すのは、日露戦争の勝利に沸き、列強に伍して海外の植民地を支配していこうとするときに、いまだ国内の現在、目前で起きている出来事にすら喫驚を禁じ得ない知識人の、何と脆弱なことか、また政府中枢にあってそれらを掌握できていない中央官僚としての自らの、非力の慨嘆であろうと考えられる。加えて、前へ前へ、早く早くと脱亜入欧を急ぐ同僚への警鐘ではなかったか。
 戦慄せしめる平地人とはすなわち、心が外国に向いている日本の知識人だとすれば、柳田が発したメッセージは明快である。
 心が外国にある日本人よ、本書を読んでまずは驚かれよ。そして、今いちど、日本とは何か、日本人とは何なのかを、まずは足下である国内辺境に目をむけることで考えてみようではないか。
(「柳田國男と遠野物語」p60)


明治というのは、例のごとく、平気で人を殺すような人が総理大臣になった時代であり、明治に生まれた柳田は、いろいろな活動を通して、それを実感していたのかもしれない。
彼は、農商務省に勤務した高級官僚であり、その後、新渡戸稲造の推薦を受け、国際連盟のある委員会の委員になるが、英語で議論するとなれば、かなり厳しい。

 柳田は新渡戸を誘い、言語がもたらす不公平を避けるため作業言語のひとつにこの人工言語を加えてはどうか、と提案してみるのだが、英仏の代表者の反対にあい、一蹴されている。
(前掲書p70)


ここある人工言語とは、エスペラント語であり、かの宮沢賢治もエスペラント語に関わっている。
この言語は、ポーランド生まれのユダヤ人眼科医が考案したものであり、動機は、柳田らと同じく、「言葉の違いが人々に対立をもたらし、憎しみを育てる」ということを実感したことにある。
こういう背景の下に、彼は「遠野物語」の献辞および序文で、明治の知識人たちに訴えたのだ。

外国の華麗な薔薇ばかりに目を向けず、日本の桜に目を向けよ。

新渡戸流に言うならば、そういうことなのだろう。

柳田國男は、維新を始めとした明治という時代を、きっと、鋭く見抜いていた。
献辞や序文を読む限り、遠野物語には、その批判の意味を含めたのかもしれない(と深読みしておく)。
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柳田國男と遠野物語 3

再び、柳田國男の遠野物語。

柳田國男は、日本民族学の父といわれているが、「民俗学という学問とは何なんだろう?」と考えても、パッと答えることが、私はできなかった。
しかし、だいたいこの本を読んで、おぼろげに理解できたような気がする。
伝承や風習などを理解し、起源など体系化し、今後、私たちが、どういう生活をしていったらいいのか、ということを問う学問なのだろう。
これは、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」に通じるものである。
宮沢賢治も飢えとの闘いで、柳田國男を同様、農業に関わったものだが、彼の結論は、「雨ニモマケズ」なのだと思う。

柳田國男は、民俗学の父とはいわれているが、民俗学を完成させたわけではない。
しかし、いろいろなことにチャレンジした彼に一貫していたことは、「日本人の生活は、どうやっていくべきだろう」ということを考えていた。

彼は、兄の不幸が、日本人の生活を考える原点であったとしている。

 國男は生家を「家の小ささは日本一、それもきっちした形の小ささ」といった。小さな家に大勢が住むことから兄の結婚生活は破綻する。「兄の不幸を思うとき、私は日本の家が悪いこと、家が小さくなったこと、それに前後の影響も考慮せずに制度を改めたこと、そして漢学者が中国の忠孝の孝の字を、文字通りに使ってしまったことなどが、間違いのもとだと考えている。兄の不幸は、日本の家の組織が無意識に存在し、どう変えるべきかということがなおざりにされていたからだと思うのである」「じつは、この家の小ささ、という運命から私の民俗学への志も源を発したといってもよいのである」(『故郷七十年』)と述べている。
(「柳田國男と遠野物語」p64)


小さい家で一緒に寝るだから、新婚の奥さんにとって、それは大変だ。
「秘め事は畑でしなさい」と言われかねない(笑)。
これを柳田は改善したかった。
柳田に限らず、その当時の人たちは、たぶん、そう思っただろう。
昔の新婚夫婦は、本当に大変だったと思う。
今の夫婦は、満足しすぎて、すぐに飽きるのかもしれない。

彼は、子どもの頃、ショックを受けた間引きの絵馬から、飢饉を忌み嫌い、それをなくそうと、農政学を学ぶ。
「時代ト農政」が出版され、農業の規模拡大と産業化を訴えたが、この時代の地主たち農業関係者に肯定されなかった。
それから、「近代日本に登場したインディ・ジョーンズ」(前掲書p6)として紹介されているように、あちこちを旅をするようになる。
これには、朝日新聞社の社員になったことが利点となったようだ。
柳田國男の業績の原点は、多くのフィールドワークにある。

そして、遠野。

人間の長寿は、今や、厄介者となる場合が多くなっている。
健常な老人ならいいが、医療の発達によって長生きできるようになった老人は、医療の実験台になったりしている。
人間の末期は、社会的に微妙な段階になっている。
静かに死ねない。
そこで、姥捨ての話である「遠野物語」第111話に登場してもらう。
遠野での姥捨て山は、「デンデラ野」である。

 この遠野に出てくる姥捨て=棄老伝説は、『楢山節考』などからイメージするものとは、少し趣が異なる。村の貧しさから口減らしとして老人を山深い山中に捨てに行くというのが姥捨ての一般的理解だが、ここでは捨てられた老人たちは、無駄に死んでもいけないので、日中は里へ下りて農作業などをして暮らしをたてていたとも書かれている。それをこの土淵のあたりでは、朝に農作業へ出ることを「ハカダチ」、夕方仕事を終えて帰ることを「ハカアガリ」と呼んでいるというのだから、なんとも牧歌的。
 親を捨てるというきわめて酷薄で背徳的な風習というふうにも言いきれない、何かがある。
 凶作や飢餓を逃れて老人たちが、死に場所をもとめてデンデラ野に入ったとも言われている。
(前掲書p34)

このことに関し、赤坂憲雄学習院大学教授は、デンデラ野が、老人が捨てられる場所しては近すぎる、としている。
遠野という土地には、「生・老・死」が、ちゃんとデザインされている、と。

これをどう捉えるのか。

ある人は、「死ぬまでみんなの役に立つのがいいのかな」と考えるかもしれない。
しかし、「死ぬまで働け、ということか」と怒る人もいるかもしれない。
君は、どう考える?

これが、柳田國男の作った「遠野物語」である。
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柳田國男と遠野物語 2

再び、「遠野物語」の話。

遠野物語第8話に、神隠しにあった女が突然30年も経て帰ってきた、というのがある。
その考察として、次のように深読みされている。

 神隠しは、ある日突然、日常から忽然と失踪し消えてしまった娘、死んだものとしていた子や娘に対するその家の者たちが納得するための結論ではなかったかとも考えられる。柳田は「かりにただ一人の愛娘などを失った淋しさは忍びがたくとも、同時にこれによって家の貴さ、血の清さを証明しえたのみならず、さらにまた眷族郷党の信仰を、統一することができたのではないかと思う」(『山の人生』)と、家制度のなかでの、一族がかかえた何らかの秘密を守る必要から出たものとも受け取れるのだ。
(「柳田國男を遠野物語」p31)


そして、遠野物語第56話に子を捨てる話があり、「遠野物語拾遺」第247話の話を持ち出し、その解説がいい。

 年廻りの悪い子、つまり占星術などによって運気が悪いとされた子を、捨て子にして仮親になる人に拾ってもらう、そんな儀式をすることで、運気、年廻りを良くしようということだろうか。それならば、子供のための親心というもの。少し安心するエピソードではある。
(前掲書p37)


これらをもっと深く読むならば、神隠しは、捨て子をした家の、口実なのかもしれない。

捨て子とは、物騒な話だが、遠野物語の伝承された時代は、度重なる飢饉で、日本人が飢えていた頃の話である。
「遠野物語」は、柳田國男の人生と大いに関わっている。

柳田國男は、13歳から15歳まで、茨城県布川で生活している。
そこで徳満寺の間引き絵馬を見てショックを受けた。

「約二年間を過ごした利根川べりの生活を想起する時、私の印象に強く残っているのは、あの河畔に地蔵堂があり、誰が奉納したものか堂の正面右手に一枚の色彩された絵馬が掛けてあったことである。その図柄が、産褥の女が鉢巻を締めて生まれたばかりの嬰児を抑えつけているという悲惨なものであった。障子にその女の影絵が映り、それに角が生えている。その傍らに地蔵様が立って泣いているというその意味を、私は子ども心に理解し、寒いような心になったことを今も憶えている。」(『故郷七十年』)
(前掲書p66)


「布川の町に行ってもう一つ驚いたことはどの家もツワイ・キンダー・システム(二児制)で一軒の家には男児と女児の二人ずつしかいないということであった。私が『兄弟八人だ』というと『どうするつもりだ』と町の人々が目を丸くするほどで、このシステムを採らざるをえなかった事情は子供心ながら私にも理解できたのである」(『故郷七十年』)。地蔵堂の絵馬と重なった。はげしい飢饉におそわれた記憶、しかも人々の貧しさは途切れることはなかったのだ。
(前掲書p65)


ちなみに「間引き絵馬」のリンクはこちら。

http://www.rekishikan.museum.ibk.ed.jp/06_jiten/rekisi/untitled.htmkogaesiema.htm(「茨城県立歴史館」)

ビッグダディとか、テレビでもてはやされているのがいるが、あんなもの、くだらない視聴率稼ぎの道具でしかない。
彼は、この本を読むべきである。
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柳田國男と遠野物語

こんにちは。

「遠野物語」といえば、あんべ光俊であるが、本ならば、柳田國男である。
昨年だったか、松川温泉へ行った時、その宿に「柳田國男と遠野物語」という本が置いてあった。
津波後の翌年、2012年発行で、その年が柳田國男没後50年であり、記念出版であるという。

「遠野物語」は、佐々木喜善という遠野人の話が元になっている。
それを柳田國男が聞き、脚色してできたのが、「遠野物語」である。
私は読んだことがないが、ある程度のことは知っている。
しかし、単純な物語ではなく、奥が深い。

偶然にも、没後50年の前の年に津波が来たものだから、「遠野物語」第99話が取り上げられている。
明治29年の大津波の時の話である。

ある男が、田の浜(岩手県山田町船越)へ婿へ行った。
そこへ津波が来て、妻と子どもを失う。
彼は元の屋敷に小屋を作り住んでいると、そこへ男女の幽霊が来て、女のほうが彼の妻だった。
一緒にいた男の幽霊は、妻の婚前に深く心を通わせていたという男だった。
婿は、それを見て、しばらく悩み苦しんだという。

「柳田國男と遠野物語」では、次にような悲しい解説を加えている。

 幽霊となって、かつての夫に姿をひと目見せ、あの世では、もともと寄り添いたいと願っていた男と夫婦になったことを知らせにやってきたのであろうか。あの世では、幸せになっているから安心して、あなたは子供と生きていってほしいと伝えにきたのだろうか。
 自分の妻が、死んだ後とはいえ自分とは違う男と夫婦になっているというのは、男としては悲しく情けない複雑な心境であるが、それも死んだ人なら仕方ない。思い煩う日々は続くだろう。
(「柳田國男と遠野物語」p57)


しかし、私なら、そうは思わない。

「私はもう死んでしまったのよ。どうやっても生き返れない。この事実は重いのよ。だから、幽霊同士、幸せになっている。あなたも、私のことなど早く忘れて、次の奥さんをもらいなさい」

この物語を、今風に前向きの捉えるならば、こうなると思う。

明治大津波の時、3.11ほど手厚い被災者保護があっただろうか。
そのことを、「遠野物語」から読み取るべきである。

地球温暖化が進み、気象災害が多くなっている。
台風が来るたびに、どこかで義捐金が必要なほど、災害が大きくなっている。
東日本大震災は、もう過去の出来事なのであり、東北の被災者は、他の被災者を助ける番になったのだ。

八戸は、今、台風が通過しただろうが、通過後のほうが風が強い。
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2017年09月10日

石油の無機起源説

こんにちは。

この世の中では、カネの力で、秘密を作り、大金持ちの利益になるようなことをやっている。
それを暴く人たちがいるのは、唯一の救いである。

「日本のタブー」という本は、副島隆彦先生が弟子を育てた、その彼らの論文集である。

石油生成には、有機起源説と無機起源説があるのを、ご存知であろうか?
私は有機起源説しか知らなかった。
有機起源説とは、石油類を化石燃料と呼ぶことからもわかるように、昔々、動物や植物などが堆積し、それが年月を経て石油になった、ということである。
しかし、どうも真実は違うらしい。
無機起源説のほうが、非常に有力だ。
だから、石油の推定埋蔵量は、いつも増えていく。

なぜ、無機起源説が、表舞台に出てこないのか。
それは、大金持ちやアメリカにとって、不都合だからである。
石油の埋蔵量が膨大にある、とわかれば、石油製品は下落するのだ。
だから、それを隠す、とまでは言わないが、率先して公表することはしない。

 Petroleum(石油)の利権を掌握している人たちからすれば、「petroleum(石油)は有機物質が由来で、資源として限りがありますよ」というようにしておかないと、都合が悪いという見方が自然ではなかろうか。その一つが、金本位制崩壊後のドル・石油体制で、「petroleum(石油)の代金は、かならずアメリカのドル紙幣で決済しなければならない」という決め事がある。
(「日本のタブー」p294)


ドルの信用は、石油によって、担保されているといっても過言ではない。
もし、無機起源説が、世界中の人たちの常識となったなら、今度は、石油産出量の抑制を行うようになるだろう。
石油がずっと高価なままならば、私たち貧乏人は、あまり報われない。
だから、反アメリカ勢力などが、必要なのかもしれない。

「石油 無機起源説」で検索すればいいが、まとめサイトなどと論文のリンクを貼っておく。

http://column.cx.minkabu.jp/12007
https://matome.naver.jp/odai/2136848864625154601
https://www.jstage.jst.go.jp/article/japt/80/4/80_275/_pdf



ここからは、余談。
私は、大津波前、新型インフルエンザに罹った。
流行に乗りすぎた。
リレンザという吸入薬で一発で治った。
「新型は死ぬ人が多くでる」という噂から、私の家には、親戚ですら近づかなかった。
ご馳走をいただいても、ケータイで「外に置いておいたからね」という避けられかた(笑)。

その新型インフルエンザは、豚インフルエンザだったらしい。

世間一般に流布されている「新型」インフルエンザという言葉は、世界最大の工業的豚肉製造業者であるスミス・フーズなどが米国政府を通じてWHO(世界保健機構)に圧力をかけ、純粋な豚インフルエンザの名称変更をさせたものである。正しくは豚インフルエンザ(swine flu)である。
(前掲書p97)


そして、危険性の確認されていないワクチンが、WHOのお墨付きで使用された。

 我が国では推定1600万人に豚インフルエンザワクチンが接種され、ワクチン接種早期死亡が107人も出ている。これは同時期に行われた米国のワクチン接種早期死亡率の24倍にもなる。豚インフルエンザは従来の香港型インフルエンザと病原性(感染した時の重症度)はさほど変わらなかったことがすでに検証されている。しかもわっクチンの効果おなかったことも判明している。あのパンデミック騒ぎはいったい何だったのか?
(前掲書p98)


これ、みんな知っていた?

医者も誰も公表しない。
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2017年08月09日

義務教育とカネによる買収

こんにちは。

土方を殺すには刃物はいらぬ。雨の3日も降ればいい。
これを漁師にすれば、「漁師を殺すには刃物はいらぬ。時化が3日も続けばいい」

今回の台風5号、そして、その後の週間予報では、3日どころの話ではなく、とんでもない長期の休みになりそう。
日本は、地震列島と荒天列島になった。

そんなわけで、暇すぎて、一杯やりながら読書。

「最高支配層だけが知っている日本の真実」

これも失った本の買い戻し。
いいと思った本のみ買い戻すようにしている。
失敗したくない。

目次から重要なものを抜粋する。

2.大衆世論を操縦せよ!「郵政洗脳選挙」と「広告プロバガンダ代理店」
3.遅れて来た「拝金主義」― 外国勢力に踊らされ続ける日本人
4.日本銀行はロスチャイルドがつくった
5.世界の歴史をカネで動かす男たち ― 国際エスタブリッシュメントの金融支配

上記の論文2で、ジョン・テイラー・ガットの「バカをつくる学校 ― 義務教育には秘密がある」を端的に表している部分を引用する。

 ガットによると義務教育が誕生したのは1850年頃のマサチューセッツ州で、その目的は、「大衆を厳しく管理すること」だったという。「支配階級」だけに自立と個性が許され、それ以外の大衆は問題にされない教育によって、「大人の世界に無関心になる」「集中力がほとんどなく、あっても長続きしない」「物質主義的になる」「依存的で受け身で、新しい挑戦に臆病になる」ような子供に教育されるというものである。
 義務教育はプロセインの「国家と産業に民衆を奉仕させる」教育システムに源を発しており、それをアメリカがまず輸入し、それが明治日本と中国、ロシアに輸出されたのだという。この背景には、大衆というものは本質的に無知な存在であり、「人間は生まれながらに権利を有する」というアメリカの建国の父の一人であるトマス・ジェファーソンの抱いた古典的な民主主義の考え方を完全に捨て去ったアメリカの一部のエリート層の自己正当化であった。
 「優れた知的エリートが大衆を正しい方向に誘導してやる必要がある」― これは、つまり逆に言えば、「大衆というのはどうしようもないバカで、放っておけば反乱を起こして自分たちエスタブリッシュメントの支配体制をゆるがしかねない」ということである。
(「最高支配層だけが知っている日本の真実」p87)


義務教育は、もちろん、税金という公のカネが使われるが、これも、最後は、金持ちのため、ということになる。
それを見破ってしまったのが、副島隆彦先生である。
国営の事業を民営化する、ということは、国有財産の私物化を意味するのだ。
引用する。

 副島隆彦の主張によれば、私たちは「民営化」という言葉の一見自由な甘い響きにだまされているのだ。「民営化」とはすべての財産を株式の形にして一般に公開するものだ。
 ということは、「完全民営化」とは、力を持っている一部の私人たちが国有財産を個人で所有できるようにするこなのだ。だから、「プライヴェタイゼイション privatization、民営化」と日本で言われているものは、本当は、「私有化」と訳されるべきことなのだ。いや、「私物化」といったほうがいい。力とはお金である。
(前掲書p174)


このように、貧乏な私たちの公有財産は、着々と、金持ちたちの切り売りされている。
そして、私たちは、義務教育により、それが正しいものだと思わされている。
かわいそうなものだ。

バカな大衆を管理するという思想の源流をたどれば、それは、プラトンに行き着くそうだ。
上記の論文5は、クレオン・スクーセンの「世界の歴史をカネで動かす男たち」の紹介であるが、そのスクーセンによれば、プラトンの「国家論」が、世界管理の源流となる。
引用する。

 選ばれた男性と女性とによる子作りが政府主導と実践され、劣った、あるいは障害のある子供は排除される事態も生じる。社会を「支配階級」「軍人階級」「労働者階級」という三層に分割し、各階級に固定化する。プラトンいわく、人々は生まれながらにして、心に金、銀、銅を持っている。支配者は、国民がそれぞれ持つその金属を見定めた上で、その者にふさわしい階級に割り当てるのだという政府が吹き込む嘘を、国民が信じ込むようにお膳立てされている。
 プラトンはこれが真っ赤な嘘であると認めた上で、支配者の統治にとっては好都合である、と述べる。国民に宗教的下足として教えやすいからである。プラトンは全面的に共産主義(共同体主義)とたたえて、支配者階級のためにそれを用意した。私有財産をなくし、家族関係を共有化し、下層大衆に恩恵を与えるために知的エネルギーを使うことを念頭においたのだろう。(『世界の歴史をカネで動かす男たち』六三−六四頁)
(前掲書p186)


地球が丸い、というのがわかって世界史が始まってからは、つまり、各大陸間の貿易が始まってからは、これが現実である。
世界管理とは、義務教育による洗脳からすでに始まっていたのだ。

ショックを受けたかもしれないが、私はこれを読むのが2度目であり、これをタイピングするほど暇である。
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2017年08月06日

天皇の伝説 2

再び。

前回、「天皇の伝説」という本を紹介したが、その中で、南北朝時代までさかのぼる天皇家の諸問題が今でも尾を引いていることに関して、一つ書くことにする。

奈良県川上村。
この地は、南朝最後の御所があったところ。
そこの自天王(尊秀王)は、北朝側が南朝にあった三種の神器の一つを奪うために殺された。
南朝最後の天皇である。
その首は、いったん持ち去られたが、取り戻し、金剛寺の境内に葬られた。

川上村では、その後、500年以上も、自天王を偲ぶ「拝朝式」を毎年行っている。
だから、この村では、南朝が滅ぼされた歴史というものを、村民全員が知っているのだろう。
一般の日本人は、このことを、ほとんど知らない。

平成3年、首を討ち取ったとされる北朝側の武士の子孫と川上村の重鎮たちが、交流を始めた。
引用する。

 北朝、南朝という言葉がごく日常的な感覚で用いられるこの村で、“敵同士”が「和睦」するには、なんと五世紀の時間を要さなければならなかったことになる。敵討ちではお馴染みの、吉良と赤穂よりもさらに長い歳月が必要だったのだ。
 この和睦のきっかけとなったのが、平成三年四月に初めて開かれた「櫻の宴」だった。この仕掛け人のひとり、というよりも発起人となったのが、先に紹介した市毛實。市毛はこした歴史をテーマとした東京在住の写真家。櫻の宴では、地元の民謡同好会の笛や、太鼓、笙などが披露され、今日では村おこしのひとつともなっている。こうしたイベントは、自由な発想と行動が村外の人間のほうが起こしやすかったのだろう。その市毛が語る。「いちばんの供養は楽しいのがいいのではと思い、自天皇様が十八歳で亡くなっていることもあって若手中心で始めました。最初は東京から行った者だけで十人くらいでスタートした。村でもチラシをつくってくれるというので協力をお願いし、去年からは観光協会が主催で村の祭りとして定着してきました」
 自天王という存在があり、伝承がある。朝拝式を欠かすことなく五百四十年続ける村人がいて、その村の祭りでかつての敵味方が五百年を経て初めて手を携え合う。
 真偽や正否、あるいは恩や仇といった歴史のすべてのしがらみを包括して人の世があることを、この村は物語っている。
(「天皇の伝説」p257)


会津と長州と和睦し、お祭りをする時代が来るのは、いつになるのか。
世界的には、イスラム教のムスリムとユダヤ人たちが和睦するのは、いつになるのか。
身近にもある。
彼と彼が仲直りするのは、いつになるのか。

引用した文章は、いろいろなものを示唆している。
人の世は、元を突き詰めれば、各自の性格の違いが渦巻いてできているものであり、争いごとがあるのは、ある意味、しかたがないのかもしれない。
しかし、揉め事があっても仲直りする、ということは、人にしか、できない。
その辺をわきまえて、私たちは生きたほうがいい。


この本では、天皇はどこから来たのか、と問うているのも面白いし、奈良市にある円照寺の住職が、昭和天皇の妹さんであったのではないか、という記事など、少し、やるせなさを感じるものもある。
この住職の話は、現代では、DNA鑑定ですぐにわかるものだが、もし、存命であっても、その鑑定に応じたかどうか。
実の妹であるならば、たぶん拒否しただろう。
記事からは、そういう人柄だったと察する。
妹でなかったら、きっとDNA鑑定に応じた。
本人は、妹説を否定していたから。

面白い読み物であった。
posted by T.Sasaki at 18:45| Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月23日

天皇の伝説

再び、こんにちは。

「天皇の伝説」という本を、Amazon中古市場から購入した。
中古市場から手に入れる、ということは、津波流失で買い戻した、ということ。

これには、明治天皇がすり替えられたのではないか、という衝撃的なことが書かれてあった。
再度読んでみると、明治維新の悪役たちが深く関与していることがわかる。

「天皇の伝説」にある諸問題は、南北朝時代にさかのぼり、この時の分裂で、さまざまな伝説が誕生した。
明治天皇も、南朝系にすげ替えた、という話である。
それも、長州出身であり伊藤博文の生家から近い、というから、穏やかではない。
明治天皇の父、孝明天皇は北朝系であり、すなわち、現在の天皇家は北朝系である。
しかし、どうやら、即位した明治天皇は、それがおもしろくなかったらしい。
引用する。

 明治天皇が有栖川宮に命令してつくらせた明治十年の「纂輯御系図」という皇統表では、北朝天皇家のルーツである貞成親王を「父不詳」としている。明治天皇の父・孝明天皇はあきらかに貞成親王の末裔。明治天皇は北朝の天皇として、自らのアイデンティティを否定している。新国家の最初の大事業でなぜ、そんなことをやっているのか。
 本来なら北朝の天皇と解すべき明治天皇は、伊藤博文暗殺の翌年の明治四十三年、自ら乗り出して南朝正系論を公式に認めた。これでは父・孝明天皇が「偽系の天皇」になってしまう。そのうえ、父の怪死を追及していない。死因が暗殺なら、あきらかに黒幕は岩倉具視や伊藤博文であると知りうる立場にありながら、両者を心底から信じたことなど、あまりにも不可解な矛盾を感じないわけにはいかない。
(「天皇の伝説」p30)


父である孝明天皇の死を追及しないというのは、明らかに、その子の態度ではない。
普通ならば、「なぜ死んでしまったのか」を知りたがるものである。

ここに岩倉具視と伊藤博文が登場するが、彼らが、孝明天皇を暗殺(刺殺)した、という説もあるのだ。
なぜ、暗殺したのか、という理論的支柱は、吉田松陰、もっとさかのぼれば、水戸学にある。
すべて明治維新(「明治維新に騙されるな!」参照)という暴走が、天皇家にも影を落としているのである。

 伊藤博文がさしたる功績もないのに、維新後は並みいる先輩たちを押しのけて、明治天皇の股肱の臣として国政を左右した。その理由は、彼こそが天皇暗殺の首謀者であったからに違いない。
 むろん天皇暗殺などという大事は、ひとりだけでできるものではない。三条実美をはじめとする長州亡命の七卿たちも、長州を朝敵と断じた孝明天皇のもとでは絶対に浮かばれないから、この計画を支持したことは容易に想像されよう。(中略)。また、岩倉具視の義妹で、孝明天皇の愛妾だった堀河紀子が後日、薩摩浪人の手にかかって斬殺されていることを考えれば、岩倉が義妹に伊藤らの手引きを命じていたことが考えられる。この頃、公卿たちが列参というクーデターをしたことはよく知られているが、それから考えてもごく上層部の者以外は、ほとんど天皇暗殺に加担していたことがわかるであろう。
 明治を聖代であったとする人は多いがそれは権力にあざむかれて、歴史を解せざるものの言である。「明治の元勲」とは、天皇を殺しても自分たちの目的を達成しようとした悪逆非道の者たちであった。幕末とは、このような大逆を可能ならしめる動乱の時代であったのだ。
(前掲書p18)


伊藤博文の人柄について、歴史家である鹿島fさんも、次のように語っている。

 そりゃ孝明天皇を殺したことは彼らの世界ではひとつの手柄なんだろう。だけど、それを実績にして総理大臣に成り上がるっていう論理は間違ってると思うよ。伊藤のもの凄い上昇志向は幼児期に原体験がある。彼は最下級武士の中間に仕えた人間だよ。中間の伊藤家にお父さんと一緒に養子になって、それから初めて人間扱いされたわけだ。そういう屈折した人格を吉田松陰に認められて下忍として育てられた山県有朋はもっとひどい。奴だったんだからね。岩倉具視は孝明天皇の同性愛、衆道の相手だろ。忍者、殺し屋、男娼で根性最低、ヒガミだらけのやつらが組んでつくった政権が明治政府だよ。
(前掲書p40)


 伊藤博文は閔妃を子分たちに殺させて輪姦したあげく、ガソリンをぶっかけて焼いてしまった。ところが、これを外国人に見られて、大慌てで三浦梧樓たちを逮捕させるんだけど、すぐに朝鮮に圧力をかけて事件に無関係の朝鮮人を出させて、犯人だといって処刑してしまう。
 伊藤のやるものは無法そのもので、こんなのが日本の初代総理大臣だったなんて恥ずかしいよ。アメリカが先住民族のインディアンを大量虐殺した歴史を認めているように、日本もこういう歴史を認めなればダメだ。
(前掲書p42)


新渡戸稲造が現行5000円札にいるのは、前回のとおり納得できるのだが、旧札にプリントしてあった伊藤博文や岩倉具視らは、とんでもない悪人である。
よくもまあ、あんな人物を、日本の1000円札や500円札に採用したものだ。

武士道とはかけ離れた、本当に恥ずかしい歴史である。
当時のまっとうな武士たちの悔しさが、わかる気がする。
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2017年07月04日

「武士道」を読もう!

再び。

新渡戸稲造の「武士道」に関して要約し、ここにアップしようとしたが、やめた。
日本人なら、読んでいい本であるからだ。
でも、少しばかり書いておく。

私たち一般の日本人は、ほぼ「武士道」の精神を受け継いでいる。
日常生活や日本人特有の微笑みなど、「こういうことだったのか」ということがわかる。

日本人論なのか、日本文化論なのか詳しく知らないが、ルース・ベネディクトの「菊と刀」が有名らしい。
彼は、日本の文化を、恥の文化としているが、それは、見方が小さい。
日本人をよく観察しなかったと思われる。
だいたいにして、題名に、「菊」という言葉を使うこと自体、間違っている。
日本は、「桜」の国なのだ。

全部記すのは、非常に骨が折れるので、「武士道」を端的に表している文章を少し引く。

 嘘やごまかしは、ともに卑怯とみなされた。武士は、みずからの社会的地位の高さゆえ、商人や農民よりも高い水準の信を要求されると考えた。「武士の一言」 ― サムライの言葉、あるいはドイツ語でいう「リッターボルト(騎士の言葉)」と全く同じ意味 ― は、その言葉が真実であることの十分な保証であった。
 武士の言葉には重みがあり、その約束は一般に証文なしで結ばれ、かつ履行された。証文などを書くことは、武士の威厳にもとることだと考えられたからだろう。「二言」、つまり二枚舌を死によって償った人びとについて、多くの恐ろしい物語が伝わっている。
(「現代語訳 武士道」p78)


武士は、卑怯なことを嫌い、金銭のために、自分の志を曲げることもしない。
幼い頃からそれは教育され、みだりに刀を抜かない。
水戸黄門などという番組はただの娯楽であり、あんなに刀を抜くことはなかったのである。
以前、明治維新の長州勢力のやったことを書いたが、あれは、日本人として、恥ずべき行為である(「明治維新に騙されるな!」参照)。
「武士道」のかけらもない。

「こんな理不尽なことがあるのか。許せない!」と思う任侠的な心があれば、それは武士道の名残なのである。
そして、その精神は、同時代、つまり、サムライの時代の士農工商の末端まで及んでいたのである。

次にぜひ紹介したいのが、男と女のこと。
今の若い人たちは、自分の奥さんのことを褒めちぎっているかもしれないが、私の親の年代は、奥さんのことを蔑称で呼んだり、けなしたりした。
しかし、これは、武士道に起因することだったのである。
「自分を褒める」という行為を、普通の日本人はしない。
夫婦は一体である、という考えから、細君を褒めることもしないのである。
これを表している文章を、再び引く。

 私は、一知半解の外国人の間に皮相な見解が広まっていることに気づいている。― 日本人は自分の妻を「荊妻」などと呼んでいるから、妻は軽蔑され尊敬されていない、というのである。しかし、「愚父」「豚児」「拙者」などの言葉が日常使われているのを告げれば、それで答えは十分明らかなのではないだろうか。
 日本人の結婚観は、ある意味においてはいわゆるキリスト教徒のそれよりも進んでいると私には思われる。「男と女は一体となるべし」(『創世記』)。だが、アングロ・サクソンの個人主義は、夫と妻とは別々の人格であるという観念を脱することができない。したがって彼らが争う時は、それぞれの権利が認められるし、仲良くなればあらゆる種類の馬鹿馬鹿しい愛称や無意味な甘い言葉を交わす。
 夫や妻が第三者に自分の半身のことを ― 善い半身か悪い半身かは別として ― 美しいとか、聡明だとか、親切だとか何だとか言うのは、日本人の耳にはたいへん不合理に響く。自分自身のことを、「聡明な私」とか「私のすてきな性質」だとか言うのは、趣味のいいことだろうか。
 私たちは、自分の妻をほめるのは自分自身の一部をほめるのだと考える。そして日本人の間では、自賛は控えめに述べた場合でも悪趣味だとみなされている。― そしてキリスト教国民の間でもそうなってほしいと願っている!自分の妻をけなして呼ぶことは礼儀にかなっており、武士の間では通常よく行われた習慣だった。
(前掲書p163)

そして、本当は、日本人の夫婦は、仲良しなのだ(笑)。

 父親が息子を抱くと威厳を損なうとされ、夫は妻にキスをしない習慣だった。― 家の中ではしたかもしれないが、人前ではしなかった。ウィットのある青年が言った、「アメリカ人の夫は妻と他人の前でキスをし、私室では殴る。日本人の夫は妻を人前で殴り、私室ではキスをする」という言葉には、いくぶんかの真理があるだろう。
(前掲書p117)


新渡戸稲造の「BUSHIDO The soul of japan」は、明治32年にアメリカで出版され、日本では翌年出版された。これは世界的なベストセラーとなったようだ。
できれば、これくらいの本は、みんな読むべきだ。
私たちの心にあるものが、説明されている。

5000円札に新渡戸稲造が印刷されている理由が、ここにあるのかもしれない。
造幣局のデザイナーは、粋な計らいをしていると思う。
posted by T.Sasaki at 16:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月12日

野球好きの人が読む本

再び。

暇なので、「兵隊になった沢村栄治」という本を読んだ。
沢村栄治といえば、沢村賞の沢村である。
これは野球の話である。

私は、ある年齢になって、巨人の振る舞いが嫌いになった。
カネで強くなろうとするからだ。
子どもみたいだと思われるだろうが、性格だからしかたがない。
再三、ここでも書いているが、私学中心の高校野球にもげんなりしているから、野球自体にも興味がなくなった。

しかし、沢村栄治は別である。
彼は、日本プロ野球の創生期に、来日したアメリカの選手をきりきり舞いにした投手であり、戦死した人間だからである。

この本を読む前、沢村栄治のイメージとしては、せっかくそんな良い選手を戦争がつぶしたのだから、戦争がなかったら、もっとすごい選手だったのだろう、である。
もちろん、戦争がなかったら、もっと活躍しただろう。
しかし、最後は、もう使えなくなり、巨人を放り出され、最後に戦死した、というのが、本当である。
がっかりしたか、と言えば、そうではなく、生身の人間である沢村栄治が、そこにはいた。

沢村栄治は、3回も出征し、3度目で死んだ。
戦争は人を変える。

 前回の出征で、比島へ向かった沢村はミンダナオ島に上陸すると、現地にいた日本人小学生に持っていた菓子をすべて差し出すなど心やさしく接した。しかし、戦火が激しくなるとそうした心の余裕はなくなり、目も血走っていく。
 沢村はマニラの市街に突入すると、あるホテルの厨房で日本人が惨殺された光景を目の当たりにした。さらに、日本人女性への強姦事件が多発しているのを知ると、再び鬼と化した。犯人をみつけるやいなや、「金網をまるめた棒切れで叩きのめし」たのだと、青田に話したのだった。
(「兵隊になった沢村栄治」p229)


沢村栄治やその他の選手の話も感動するが、権力からの独立を目指した野球連盟理事たちの奮闘も感動する。
権力から独立して、プロ野球(職業野球)を興行しようとした努力は、読んでいて居心地がいい。
ましてや、相手は、戦時中の強大な権力である。

昔のプロ野球の功労者といえば、正力松太郎が有名である。
読売新聞初代社長である。
しかし、日本プロ野球創生期を描いたこの本では、たまにしか出てこない。
この当時から、巨人は傲慢だった。
その傲慢さと軍の無理な要求の狭間の中でプロ野球を守ったのは、鈴木龍二と赤嶺昌志らであり、読売巨人とは、全く別である。
野球好きならば、外せない本だと思う。



今、東芝が窮地に陥っている。
戦時中、選手たちを戦地へ送り込まない方法として、軍の工場で働かせる、という手段を、野球連盟は選び、東京の選手たちは、東京芝浦電気にお世話になった。
原発メーカーだった東芝の不買を私は書いたこともあり、そういう人間がこういうことを書くのもおかしな話だが、プロ野球、特に読売巨人は、その恩返しに、一肌脱いでもいいような気がする。

それにしても、私はバカだ。
「原発推進=東芝=読売新聞」なのを知っていて、こんなことを書くのだから。
「助けるのが当たり前だろ」と言えなくもない。
原発連合だもの。
posted by T.Sasaki at 20:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする