日本の漁業が崩壊する本当の理由 片野歩

世界中で魚類資源が増えているのに、日本だけが減っている。
この現実を、恥ずかしいと思うべきである。

日本の漁業が崩壊する本当の理由.jpg

すべての漁協組合長、理事、参事、そして、任意の漁業団体の会長以下すべての役員たちは、この本を読むべきだ。
読みたくないならば、「日本の漁師は大バカものだ」を参照すること。
これを認識できないならば、役職に就く資格はない!

2016年08月30日

幸運はみんなにくる

みなさん、こんにちは。

台風の日。
一昨日から明日まで休みの予定で4連休♪

盆過ぎ、八戸前沖に漁が出て、地元の人たちは助かった、と言っています。
私は、宮古にいたので遅れてしまい、1日だけ大漁に加わりました。
それでも、その後も100個以上獲れ、台風前まで怪しい天気予報の中、土曜日まで連続浜になりました。

今年は、北海道道東の昼いかも単発的で、船が集結すると、分け合って終わり、というパターンらしい。
岩手も1回だけ漁が出て、そのままへこみました。
大不漁の中、比較的安定しているのが、この八戸前沖。
これから年末まで、いくら水揚げできるかで、正月の小遣いの額が決まってきます。
ゼロなら、かわいそう。

この連休中、私は八戸港内のどこかに雲隠れし、「どこにいるんだ?」との電話から、来客で忙しい日々を送っています(というのはウソです。笑)。
昨日、「風呂に行かないか」という誘いに乗り、もちろん行き先は「しろがね温泉♪」。
気分よく湯から上がり、新聞に目を通していたら、いいものを読ませてもらいました。
錦織選手の記事です。

いつでも だれでも ラッキーはくる
そう思え

http://www.nikkansports.com/sports/photonews/photonews_nsInc_1701914-1.html

元記事は、これ↓

http://www.nikkansports.com/sports/news/1701914.html(「日刊スポーツ」)
でも、こっちのほうが読みやすいと思う。

だれにでも いつかは ラッキーがくる
そう思え

あいだみつを風が抜けてしまうのかな。
どっちでもいいけど、「そう思いましょう」。
posted by T.Sasaki at 14:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月22日

青森県への提言

再び、こんばんは。

せっかくなので、六ヶ所核燃料再処理工場の話題をもう少し。

私は知らなかったのですが、「三陸の海を放射能から守る岩手の会」の会報紙「天恵の海167号によると、昨年8月2日に、再処理工場で、危ない事故があったようです。
それは、落雷。
自然をなめてかかるものではありません。
いろいろな測定計器類がパーになり、もし操業中だったら、とんでもない事故に発展した可能性があります。
とんでもない、とは、地球規模の事故(昨年同時期には八戸にいましたから、大事故なら私は死んでいた)。
福島原発の教訓と合わせて考えると、原子力事業の敵は、津波や落雷などの自然災害であり、それに対応できないヒューマンエラーが事故をますます深刻になる、という結論になります。

そこで、青森県に提言です。
これは昨日の飲み会でも言ってきたことですが、青森県は、核燃料リサイクル事業から撤退すべきです。
そうすると、青森県は、建前上、「この事業を途中でやめるとは何事か!」と怒りますが、この意味は、「青森県民の仕事がなくなるじゃないか!」ということです。
彼らだって、青森県にたくさん仕事があるならば、こんな事業など引き受けるわけがない。
とにかく、撤退するにしたって、仕事があればいい。

原発の廃炉ですら、かなりの年月がかかるんですから、再処理工場の廃棄事業は、もっとかかります。
つまり、ここで、国や電事連が、再処理事業から撤退しても、青森県から仕事はなくなりません。
延々と仕事は続きます。
日本の国が原発事業から撤退してからも、使用済み核燃料の廃棄問題は、ずっとず〜っと続きます。
だから、ハラハラヒヤヒヤの連続である核燃料再処理事業など、とっととやめて、核燃料を安定させながら、工場を解体し、失敗工場の資料館でも作って、世界の失敗例として、世界産業遺産にでも登録すれば、(比較的)安全、かつ、仕事もなくならないのです。

どっちみち再処理工場は破綻しているんだから、決断は早いほうがいい、と思いますけど。
(というように、青森県に促すような感じの戦略転換も、反対運動する人たちにも必要だと思います。)

ここからは余談です。
紹介した「天恵の海」の166号に、福島の「3.11甲状腺がん家族の会」がショックを受けている、ということが書かれてあります。
過剰診療、つまり、本来やらなくていいはずの手術を受けていたのではないか、という疑いについて、です。

がんについて、少し勉強したことのある人は、がんになっても、そのまま放置しておいてもいい場合がある、ということを知っています。
最近のエロ週刊誌「週刊現代」も、がんの診断を利用して、金儲けをする(つまり、切りたがる、あるいは、投薬したがる)医者が、この日本にたくさんいる、と報じています。
切っても治らないがんは、たくさんあり、そういうがんを切ったら最後、息を引き取るまで苦しむだけ。
医者を見抜くスキルを、患者が身につけなければならない時代なんですね。

そんなわけで、被害者である「3.11甲状腺がん家族の会」の心情は複雑だと思います。
放射線に対する過剰反応は、かえって、医者の過剰診療を促すことになりうる、ということを考えてしまう。

放射能潔癖症は、それを他人に押し付けないほうがいいみたいですね。
posted by T.Sasaki at 22:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

飲み会にだけ参加する私

みなさん、こんばんは。

セシウムを除去する薬」で、「豊かな三陸の海を守る会にも、・・・、ますます参加するのが億劫になります」と書いたにもかかわらず、何と!昨日、飲みに行ってきました。
その前日、事務局長の菅野さんと久しぶりに電話会談していたら、「明日役員会の後に、飲み会やるから来ないか?」と誘われ、つい・・・。
飲み会となると、急にノリがよくなるのです。
参加したのは、もちろん飲み会だけですが、みんな知っているメンバーだけで、快く歓迎してくれました。

飲み会中、やっぱり六ヶ所村の核燃料再処理工場の話が出て、あれはもう使えない欠陥工場だ、という意見で一致。
再処理事業は実現不可能であり、豊かな三陸の海を守る会の目的は、ほぼ達成される予想。
国や電事連が、再処理事業から撤退した時点で、この会は、めでたくお祝いをし、解散することになるのでしょう。

この会の発起当時の貴重な話も、田村会長が話していました。
六ヶ所再処理工場の話は、盛岡の永田先生が持ってこられたらしく、今も元気に活動中とか。
彼は、「三陸の海を放射能から守る岩手の会」(略して「岩手の会」)の論理的支柱です。
当時は、「豊かな三陸の海を守る会」も略して「宮古の会」と呼ばれていて、盛岡と宮古の両輪で、日本原燃を相手にしていたのです。

その他、「宮古の会」の論理的支柱である岩間滋先生の話も、相変わらず、抜け目がなく、さらに、この「宮古の会」には、発足当時、実は、お膳たてをした黒幕いた、という目からウロコの話が続きます。。
その人は、何と!藤原埠頭埋め立て反対を、高校教員という立場で率先し、内陸の高校へと転勤させられた(つまり飛ばされた)経歴を持ち、そのような経験から、「宮古の会」の執行部の人選を、裏で糸を引いていた(ちょっと大げさに書いてますよ。そんなに黒くなりですから。笑)。
そのほかにも、船越賢太郎元宮古漁協組合長についても、非常に詳しいことを知っていた。
また、別の役員さんは、これも目からウロコで、鈴木元県漁連会長のしたことを、いろいろと知っている人であり、あとで詳しく聞いて、Webに残しておくのも一考かな、と私は思っています(この方は、山田湾のことも詳しいんですよ)

まあ、こういう会合の飲み会になると、いろいろな話が飛び出して、私としては、非常に面白い。
いや、誰でも面白いと思う。
時間があったら、たまには、年配の方の話を聞くのもいいものですよ。
posted by T.Sasaki at 20:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月19日

セシウムを除去する薬

再び、こんばんは。

先日、ちょっとしたことで、高校ヨット部の後輩と久しぶりに電話会談しました。
もし、当事者がこれを見ていれば、今書くことから、その相手はバレるかな。

さて、今でも、極端な放射能潔癖症の人がいるみたいです。
自分の子どもに、この辺で獲れた魚を、絶対に食べさせないとか。
これだと、子どもだけでなく、周りの人間にもストレスたまります。
ストレスは、病気の元であり、老化も元です。
このストレスで、逆に寿命が縮まるかも。
魚、牛肉以外の肉、大豆製品などのたんぱく質を摂らないと、放射能にやられる前に、細胞が参ってしまいます。

私はもう、この類の話を聞きたくない。
すでに、六ヶ所村の再処理工場だって、ほぼ動かないのは、誰がみても決定しているようなもの。
欠陥工場は、年月が経過すればするほど、老朽化(腐る)する一方。
付き合うのがアホらしい。
豊かな三陸の海を守る会にも、ほとんど出席しなくなった私にとって、放射能潔癖症の話がわんさか出てくると、ますます参加するのが億劫になります。

無線オタク雑誌「ラジオライフ」数ヶ月分を一気読みしていたら、ラディオガルダーゼという薬が登場していました。
これには、セシウムの吸着作用があり、体外に除去できるようです。
放射能潔癖症の人たちは、ぜひ、飲んでください。

あ〜、バカらしい。
posted by T.Sasaki at 21:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

オリンピック放送を観て

みなさん、こんばんは。

今日は、高浜港内掃除の共同作業に参加してきました。
しがたって、沖はサボり。
案の定、大漁だったみたい。
怠けると、こういうことになるんですね。
宮古地区は、明日休漁日ですから、明後日。
ところが、波が高くなる予想で、たぶん、連休。
非常に長いお盆休みになりました。
盆前、頑張ったから、まあいいか。

オリンピックをテレビで見ていて(嫌でも何度も同じのを見せられる)、過去、私学のスポーツ振興に対する批判を書いたことに、自分ながら、矛盾を感じつつあります。
オリンピック選手や大リーグに行っているイチロー選手など、ほとんど私学出身です。
なるほど、感動を与える選手は、私学で鍛えなければ活躍できないのかもしれない。
この点、もらい泣きしてしまう自分が、私学を応援しないのは矛盾しています。

でも・・・。
これは、考え方が逆だと思う。
いくら私学出身で才能があっても、活躍しない人もいる。
いや、活躍しないほうが大多数でしょう。
だから、感動を与えるのは、その後の努力やその個人の持つ人間性、周囲に感化されて育った人間性、というものだと思います。
それを上手に(大げさに)メディアが取り上げるから、みんながそれを観るのであって、そのメディアも取り上げ方が下手だったら、誰も見ないし感動もしない。

人を感動させる物語は、たぶん、その辺に転がっている。
「感動を与える」とは、要するに、そういう人間がいて、それを伝えるものがあって、初めて成り立つもの。
今日、ぼんやりとオリンピック放送を観ていて、このことをわかった気がします。

ということで、私は、やっぱり、高校スポーツで、優秀な選手を集める私学を応援することはできません。
オリンピックの感動とやらも、大なり小なり、本当はその辺に転がっているだろうし、甲子園の感動も、実はその辺に転がっている。
それならば、優秀な選手たちを応援するより、普通の高校生たちのほうを、私は応援したい。

「そういう考え方だと日本のメダルは、絶対に増えない」と言われそうですが、私にすれば、今の若い人たちに、彼らの美談より、努力のほうを伝えてほしい。
体操の内村選手が、「努力」「頑張り」をヒーローインタビューで言っていたと思いますが、私はそっちのほうを強調すべきだと思います。
泥臭い頑張り。
確か、柔道やレスリングもそんなことを放送していたような気がする。

私たちの日常生活も、怠けているとそのツケは自分に来る。
オリンピックを観て、「自分も頑張らなくちゃ」と思うなら、○。
思わないなら、「お前、何のために生きているんだ?」と言われるかも。

久しぶりに、こんな強烈なはっきりした言葉を、八戸の人から聞いてきました。
もちろん、私が言われたわけではありませんよ〜。
posted by T.Sasaki at 21:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月18日

54歳でも金メダル!

みなさん、こんばんは。

今日、沖に行ってきましたが、波が高く、いかの魚探反応も見つけることができなかったので、あえなく退散でした。
せっかく歯医者に通う決心をしたのに、これではまた、旅に出ることになるのかなあ。

オリンピックと甲子園が、テレビ番組の視聴率を奪っているようですが、母校が活躍したセーリングに目が行きます。
インターハイの420級で、宮古高校男子が3位でした。
おめでとうございます。

第57回全国高等学校ヨット選手権・高校インターハイ2016成績(「BULKHEAD Magazine」)

優勝は大阪の清風高校で、2位が山口県の光高校です。
上位6校を見ると、公立高校が3校を占めていて、他のスポーツに比べると、まだ私学に占領されていない分、正常です。
例えば、甲子園の高校野球など、ベスト8は、みな私学。
甲子園は、私学のためにある、といっても言いすぎではありません。
メジャーなスポーツほど、私学は、宣伝のために力を入れる。
盛岡大附属高校も甲子園で勝ったりしていますが、岩手代表でも、他県から選手を集めているので、あまり応援する気になれません。
八戸の有名な光星高校も同じで、私のおばさんの近所にあるため、寄付のお願いが来るけれど、おばは、他所から来た選手ばっかりだから、という理由で、寄付を断るそうです。

セーリングの話題は、もちろん、オリンピックにもあります。
470級女子の日本チームが、現在6位。

吉田/吉岡、メダル獲得圏内で最終レース進出へ!リオ五輪セーリング9日目(「BULKHEAD Magazine」)

この記事の注目すべき発言があります。
ナクラ17級で、2度のペナルティを食らっても、金メダルを取ったという人。
彼の発言を引用します。

記者会見では現状のセーリング界へ対して次のように発言しました。「ナクラ17は、東京五輪が終わったら変更するべきだ。なぜなら、あまりにもお金が掛かるから。ナクラ17に若者が挑戦することはできないだろう。わたしたちは、まず、セーリングの将来を考え、お金のない若者でも挑戦できる艇種を選ぶべきだ」と、高騰する傾向にあるオリンピックに対して警鐘を鳴らしました。


この通り、普通の人なら、やはり、かかる費用のことを考えるのです。
以前書いた「高校ヨット部は、ディンギーメーカーの金づる?」に共通するものです。
この金メダリストは、癌を切り取り、しかも54歳という年齢。
何という逆境!
非常に励みになりますね。

それから、日本チームは5位になっていました。
抗議審問があって、順位繰上げとなり、銀メダルまでたったの4点差。

風弱く470級メダルレースは翌日へ延期。リオ五輪セーリング10日目
(「BULKHEAD Magazine」)

ついでだから、銀メダル獲ってください。
posted by T.Sasaki at 19:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月17日

船乗りには、ゼリー状アロンアルファ

みなさん、こんばんは。

卓球の愛ちゃんは、相変わらず泣き虫ですね。
悔しくて涙を流すのは、ずっと同じで、それだけ意地がある証拠です。
でも、今日の涙は違うかな。
こっちまで、涙をもらいそうになりました。

相変わらず大不漁のするめいかですが、盆直前の2日間、宮古に水揚げしました。
それも、2日連続で3桁。
八戸で乗ってもらった乗組員には、お願いして宮古まで来てもらいました。
おかげさまで、お盆の小遣いを甥や姪に上げることができました。
ホント、助かった〜。

12日の夕方、少し早く入港して、八戸から彼の奥さんが久慈まで迎えに来てくれたので、そこまで送ってきました。
久しぶりに運転したせいか、緊張していたので眠くもなく、無事に船までたどり着き、そこで一杯。
一杯やり始めたら、その乗組員から電話が来て、無事を確認してくれました。

気分よくお盆に入り、今日まで休み。
ところが、昨日、不幸が・・・。
前歯が取れてカッコ悪い。
さっそく、歯医者に行き、くっつけてきました。

実は、八戸にいた時、今から10日ぐらい前かな?
今回取れた歯の隣が取れて、それも不幸なことに土曜日の沖合いにいた時。
八戸の人に相談したら、日曜日にやっている歯医者はない、とのことで、そこで登場するのが、瞬間接着剤アロンアルファ。
古いのがあったので、試しにキャップを取ってみたら、使えそう。
港に着いてから、取れた歯を洗い、歯を磨き、口の中をスーハーやって乾かし、取れた歯も乾かし、慎重に接着(ゼリー状のアロンアルファがベストだけれど、今回はサラサラ風アロンアルファ)。

成功!

そこで気分良くなり、しろがね温泉に行って、その帰りに、やまぶん(居酒屋さんか寿司屋さんかどっちか)。

今日行った歯医者さんはかかりつけ医なので、行く前に取れた歯(それも2本)も治療し始めました。
何と、今回新潟に行く直前に、ブリッジの歯が取れてしまい、時間がないので、新潟の歯医者さんで治療してもらうように先生に指示されていたのです。
その新潟では、いつもより早く八戸に回ったので、根の治療のみでストップとなり、それはそのまま放置していました。
もうどうにでもなれ、と思っていたら、ボロボロとこの有り様。
歯の噛みあわせとか、バランスがいろいろ悪くなると、周りの歯に余計な負荷がかかるのでしょう。
八戸の友だちには、電話で、たまには、歯の治療もまじめにやれよ、との厳しいお言葉をいただき、決心して通うことにします。

ところで、さし歯には、2種類あって、銀色のと白いの。
助手の女の人が、「どっちにします?」と聞かれ、白いのにしようとしました。
でも、よく聞くと、白いほうは、銀色に比べると割れやすいらしく、しかも高価。
私は、「硬い食べ物が好きだから、やっぱり安いほうにします」と言ったら、「そうですね」と笑われた。
でも、笑った顔は美人だったから、笑顔を見て、まあ、いいか。
女の人の笑顔は、武器だよな(笑)。

そんなわけで、歳ととってから歯で苦労しないように、若い人たちは、歯をケアしてください。
逆に歯医者さんに行きたい人は、歯を磨かないでください。
そして、船乗りには、ゼリー状アロンアルファが必需品です。
posted by T.Sasaki at 20:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月31日

しろがね温泉♪

みなさん、こんにちは。

ますます情勢の悪くなるいか釣り業界です。
八戸では、15カ統ぐらいの大型まき網船団が稼動していますが、1日の水揚げが、たったの40トンから50トンの水揚げ。
こんな漁ならば、まき網船団は、他所行って、いか以外の魚を獲ったほうがいい。

木曜日は休みましたが、その日の浜値は、高値が何と7000円。
たぶん、昼いか始まって以来の高値じゃないのかなあ?
翌日に出漁したら、ほぼ皆無状態で、たったの14個。
自分だけ悪いのではなく、八戸の平均も14個。
これなら、平均単価4000円くらいするのかなあ、と思ったら、2300円。
ガクッときてしまいました。

昨日は昨日で、10時までたったの2個。
宮古に帰って、船を繋ごうかと考えましたが、かすかな模様から、何とか70個を超えました。
三沢から久慈までの各港にいくらか揚がったにもかかわらず、平均単価も金曜日よりもいいみたいでした。
金曜日の値段は、たぶん、木曜日に高く買いすぎたため、損切りしたのだと思います。

今度乗ってくれている乗組員は、八戸地元の人で、私より年上にもかかわらず、元気で機敏で私より若く見えるくらいです。
漁がなくても、「食べるものはちゃんと食べよう」ということでは同意し、もらったお菓子や果物など、暇になれば、ブリッジに持ってきてくれます。
人間できている〜。

大不漁でストレスがたまる一方ですから、もうこうなったら、体も心も元気で過ごすしかない。

そこで、大好きな温泉!

しろがね温泉.JPG

私は、しろがね温泉という銭湯に行ってきます。
ちょっと遠いのですが、自転車で登り坂をこいでダイエットし、帰りは、涼しい風で下り坂。
写真にあるように、しろがね軟水泉と書かれてあり、浴場には、飲料水を汲むところもあります。
私のお目当ては、温泉の湯花の入った浴槽で、ここへ浸かって、体中にイオウの香りを浸み込ませてくるのです。
着ているシャツやパンツにイオウの香りが移り、その上着にまでも移ります。
漁をしている最中、調子が悪い時、この香りがすると、心が安らぎ、救われます。

ストレスは、病気の原因、老化の原因になりますから、好きなものを食べ、もちろん、好きなものも飲み、温泉気分を味わうのです。
もちろん、適度に。

八戸には、銭湯がたくさんあります。
数を調べたことはないのですが、人口一人あたりの銭湯数では、日本一かもしれません。
街のいたる所に、○○温泉とか○○湯という看板が目につきます。
私の叔母の見解では、昔は、風呂のある自宅が少なかったそうで、銭湯利用が日課であったらしい。
その名残から、現在、自宅に風呂があっても、銭湯に行くのが、八戸人の掟なのだとか。
開洋丸に乗っていった叔父は、「小さい風呂では、入った気がしない」という理由から、もちろん銭湯通い。

銭湯へは、いろいろな人に誘われます。
いつも行くのは、館鼻漁港の近くの双葉湯。
次が、ちょっと遠い、しろがね温泉。
この前、友達には、寿温泉に連れて行ってもらいました。
その他、極楽湯、野馬の湯、金吹沢温泉、柳湯、松竹湯、などなど(たくさん行き過ぎて、あとはもう忘れました)。

今日は、しろがね温泉に行って、イオウのお香を付けてくる予定です(笑)。
posted by T.Sasaki at 13:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月24日

すべては、自分に、跳ね返ってくる

みなさん、こんばんは。

さて、乗組員の件で、さっそくコメントいただきましたが、その他、電話やメッセンジャーなどで話をしていると、どこの船主さんたちも、若い乗組員には頭を抱えているようです。
薬物中毒だった乗組員のことを、すでに私ですら、3人ほど他の船主や船方から聞きました。
メールで突然「辞めます」と伝えながら、ちゃっかり、最後に自分の車に燃料を入れて、それを船主に置き土産をしていった人もいるとか(笑)。

それでも、船主さんたちは危機感を感じており、新人を育てようとチャレンジしています。
ところが、仕事をなかなか覚えない。
すぐに忘れる。
一人前になるための努力をせず、目を離せば、サボるか、遊ぶこと(スマホ?)を考えているらしい。
向上心があるのかどうかわからず、ただ給料をもらえればいいのだとか。
私の同年代の乗組員たちも、そんな若者たちにはあきれています。

こういうことを書いていると、あの漁運丸の船頭は、今風にいえば、「うざいやつ」とたぶん該当する人(笑)たちは思っている。
「うざいやつ」と思っているうちが花で、いつかは、自分に、あるいは、自分たちに跳ね返ってくるのです。
「時代が違う」「周りがそうだから」とはよく聞く言葉ですが、彼らの時代に、彼らのような人間だけになった時代を想像してみてほしい。
これは、何も海に限ったことではありません。
オカの職業も同じで、責任感の乏しい人たちだけで、いろいろな事業ができるのかどうか。
仕事を覚える気もない人間たちで、繰り返し同じ間違いを起こせば、仕事は進まない。

これは、社会福祉や社会保障の分野にも影響を及ぼします。
向上心がないということは、もちろん給料も上がるわけもなく、また、それに伴い、企業業績だって下がるでしょう。
その結果、税金も納める額は少なくなり、医療、年金など、最低限の社会保障すら破綻するかもしれない。
生活保護を狙っている人が多いとも聞きますが、生活保護の資金さえ捻出できなくなる。
よく考えてみてほしい。
最後は、その年代のすべて人が不幸になるのです。

私の年代も、「今の若者は・・・」とは、よく言われました。
これは、どの年代も言われてきたものだと思う。
しかし、今の若者の意識は、どの時代の若者ともレベルが違う。
いずれ、人工知能を有する機械に使われるか、外国人(漁業ではインドネシア人)に、日本人が使われる時代が来るでしょう。
オラ知らね。



ちょっと話は変わりますが、昨年、あるいか釣り船の船主が亡くなりました。
その数年前に息子さんも他界し、その船主さんと飲んだ時に、「息子は、そういう寿命だったんだ」と口にするものでした。
事後だったからだと思いますが、冷静であっけらかんとしており、「ずいぶんあきらめが早いなあ」と思ったのを記憶しています。
大阪大学を卒業し、一流企業に勤めたけれど、自分のやりたい仕事ができないため、あきらめて船に乗った優秀な息子さんです。
その船主さんは、「起こってしまったのは、しかたがないんだ」とも言っていた。

今の若者たちに、仕事ができないことを理由に怒れないらしい。
まるで腫れ物をさわるみたいに。
すぐに辞めてしまうし、引きこもってしまう。
最悪の場合、自殺もあるかもしれない。

よく社会が悪いから自殺が増えると言うものの、自殺というのは、自分の判断でするもの。
自分の能力の無さを痛感し、自分を嫌になって、自殺する。
こういう書き方をすると、冷たい、というかもしれない。
しかし、寝たきり老人を、家族が死に追いやったとか、心中したとか、そういう話が世の中にはあるのを考えると、私は、自殺自体、そんなに悪いものではないと思う。
子どものいない私が書くだから、説得力がないかもしれないが、何もやる気がない、ただ遊んでばかりいたい、という子どもを持つ親は不幸です。
しかし、そういうように育てた責任は、その子の親にあります。
だから、その子どもが仮に自殺したら、それは社会のせいではない。
こうなると、上述の船主さんのように、「起こってしまったのは、しかたがないんだ」という考えを持ったほうがいい。
やる気のない人間、遊んでばかりいたいという人間は、改心しないなら、あきらめるしかない。
いちいち手を差し伸べる必要もないかもしれない。

それから、もう一つ。
勝手にやめる、つまり、上述のメール一本で辞めてしまうというのは、どう考えても約束違反です。
理由も言わずに勝手にいなくなる、というこんな行為は、社会的に許されるはずもない。
ウソをつく人も同じで、それを信じた人にすれば、約束違反に等しい。
明治維新に騙されるな!」で引用した「明治維新という過ち」という本には、武士の家に関する記述が随所に見られます。
日本人は、昔から約束を守ることにおいて、非常に神経を使っていた。

盟約とは約束である。古臭いことをいうが、命と引き換えてでも約束を守ることは、武家の倫理観の基本中の基本である。盟約に加わったがために、二本松も仙台も相馬も、福島も、そして、会津、庄内も三春を同じ奥羽の仲間だと信じた。二本松兵、仙台兵などは、三春のために命を落とした。三春藩は、そういう奥羽の友藩をあからさまに裏切ったのである。幼い藩主に代わってこれを首謀したのは、家老の秋田主税。奥羽の恥さらしという人もいる。二本松藩などは、盟約を守る、その一点のみで城を枕に藩ごと討ち死にしあのである。金銭しか基準にしない平成人からすればバカであろうが、盟約、約束とは武家の精神文化を尊ぶ者にとってはそういうものである。
(「明治維新の過ち」p226)


これらの精神文化を育むのは、親の躾(しつけ)にあり、しかし、その躾をできない親が、モンスターペアレントとなってくる。
せめて、「約束は守る」とか、「ウソはつかない」とか、その程度のことは、躾けるべき。

あ〜、最後は、バカくさくなった。
社会に出たら、こんなもの最低限の常識!
信用されなくなったら、誰にも相手にされなくなる。
すべて、自分に跳ね返ってくる。
posted by T.Sasaki at 20:03| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月17日

STAP細胞ができたらしい

再び、こんにちは。

以前、「美人は毒を盛る?」「美人は、毒を盛る? 2」で、超有名な小保方さんのことを書きましたが、何と!ドイツでSTAP細胞ができたとか。

STAP細胞が証明された !ドイツ研究チームがSTAP再現に成功!(「Share News Japan」)

久しぶりに覗いてみたFaceBookで、他の人がシェアしてあったのを読んで、ちょっと仰天し、私もシェア。
「STAP細胞」で検索してみると、最新の話題がいっぱい出てきます。
その中でも、これもまた、読んでみたほうがいいと思います。
アメリカ訴訟社会の輪郭がわかりますし、小保方さんの論文を肯定しているわけでもないし、まあ、いろいろとわかってきます。

小保方氏のSTAP細胞、やはり米国に横取りされた? ネットで大きな話題に!(「エキサイトニュース」)

話は飛びますが、「美人は毒を盛る?」シリーズで、リンクしてある藤沢数希さんについて。
昨年新潟の紀伊国屋書店で、彼の著作「反原発の不都合な真実」という本を衝動買いしてしまいました。
結果は、失敗。
ぜんぜん勉強にならなかったし、彼は私より勉強していないと思った。
著者名と題名に釣られて買った私も悪く、これから店頭で買う場合、目次などを見てから買うようにします。
反省。

この本の批判は、こちらでやっていました。

http://ameblo.jp/ohjing/entry-11551396435.html(「そのたびごとにただ一つ、世界のはじまり〜瀧本往人のブログ

しかし、それ以外は特に目新しい説を展開しているわけではない。」と指摘されているくらいだから、そんなものです。
少し知識のある人なら、買わないほうがいい。

ちょっと脱線しましたが、「美人は毒を盛る?」のアップデート、ということで、ごめんなさい。
posted by T.Sasaki at 10:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

八戸館鼻岸壁朝市

みなさん、おはようございます。

休日の前の日に、一杯を張り切らないと、翌朝は5時ごろには目が覚め、ウロウロします。
雨が降る前に洗濯をしに行こうとしたら、やはり降ってきた。
今年は、ヤマセが強い年のようで、気温は過ごしやすい涼しい日が続きますが、雨模様。
予想を裏切り、八戸沖は現時点で、昨年より水温が1度低い。
帰ってきた時など、11度から12度と低く、沖では震えていたほど。
この低水温にヤマセが吹き込むのだから、北東北の太平洋側は涼しいわけです。

館鼻朝市.JPG

小雨の中、八戸のいか釣り船が係船している館鼻岸壁には、たくさんの人が訪れています。
八戸名物となった朝市で、始めた頃に比べると、とんでもない店舗数になりました。
噂では、ちゃんとした店舗を構えるよりも、朝市の簡易店舗のほうが売り上げが多いとか。
やはり集客能力がモノをいうのでしょう。
何しろ、広い館鼻の岸壁が、簡易店舗と車と人で埋まります。
挙句の果て、本来、駐車禁止のはずの道路がご覧の通り。

館鼻朝市2.JPG

八戸を盛り上げるため、景気を良くするため、警察も特別措置を施しているのだと思います。
超法規的措置というのは、人間的です。
みんな機械じゃないんだから、これでいい。

朝市自体、何も異論はないのだけれど、店によっては、それほど安いわけでもなく、この辺はいずれ淘汰されます。
私があまり買いたくない理由は、領収書の発行を渋ること。
この2点、地元の知り合いも同意します。
きっと、私たち以外のサラリーマンや旅人には、人気があるのもしれません。

そんな中、あまり買わない私でも、この店には立ち寄ります。
繁盛しているみたいで、必ず客が並んでいます。

焼き小籠包.JPG

十和田から来ているのかなあ。
焼き小ロン包をその場で作って売っている店で、非常にジューシー。
1個100円というのは、おかずとすればちょっと高い(酒のつまみなら高くない)と思うけど、食べて満足!
並ぶ理由がわかる気がします。

以上、館鼻朝市は、毎週、盛況です。
posted by T.Sasaki at 09:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月15日

開洋丸の見送り

再び。

去る7月6日に、日本で最後の残った大型いか釣り船、開洋丸が出港しました。

開洋丸2016.JPG

ロシア海域です。
その前航海は、ニュージーランド沖でマツイカを獲ってきましたが、これが大漁で、すべてのイカ類が品薄なため、高値で売れたそうです。

昨年もたまたま、出港時に八戸にいたので、昨年も見送りしました。

開洋丸2015.jpg

私の義理のおじさんが乗っていて、今まで見送ったこともなかったから、昨年など、一生に一度の見送りかなと思っていたら、今年も見送りました。
そのおじさんも、今回の私の顛末に憤慨し、「開洋丸に乗っているインドネシア人を3人やりたいくらいだよ。許されるなら」「インドネシア人は、モノが余ってしようがない日本人と比べれば、ハングリー精神が違う」

ちなみに、小型船でインドネシア人を雇うよう導入している漁協は、石川県の門前(朝ドラのロケ地にもなったらしい)と青森県の小泊。

もう日本人は、ダメかしら。
posted by T.Sasaki at 11:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2年続けて乗組員がいなくなった(笑)

再び、こんにちは。

実は、私、乗組員に逃げられました。
八戸に帰ってきて、初日に水揚げをした日です。
次の日の操業は、天気予報が悪く、「朝3時に起きてから決定する」と乗組員に告げ、彼がコンビニに行ってくるというから、ついでに、昼に食べるおにぎりでも買ってくるよう頼みました。
作ったするめいかの刺身とおかずにラップをかけて残しておきました。
彼は、ご飯も食べずにコンビニに行った。

翌朝、長久丸で休みにしたので、私も休むと決め、乗組員に告げるため、船員室に行きました。
が、照明は点きっぱなしで、刺身やおかずもそのまま。
居ない。

「あれ?飲みにでも行って帰ってきていないのかな?それとも海に落ちたのかな?」

携帯に電話したら、電話に出ない。
でも、着信音が鳴ったので、海に落ちていないのはわかりました。
「遊んでいるのかな」と思い、再び、床に就きました。
朝6時頃起きて、気象をダウンロードしていたら、携帯が鳴り、相手はその乗組員。
早速電話に出て、「おはよう。どこにいだ〜や?」と聞いたら、相手が何かを変なことを言って、ガチャン。
それから、折り返し電話したけれど、出なかった。
後に、携帯の電源も切れっぱなし。

この時が金曜日で、土曜日はもっと天候悪く、日曜日は休みだから、3連休。
これを見越して、遊びに行ったのかなあ、と思い、友達に相談したら、「遊びに行ってオカに泊まってくる乗組員もいるよ」「きっと日曜日か月曜日の朝には来るよ」と楽観的。

土曜日には、いか釣り機械屋さんが来て、昼に食堂に入ったら、居なくなった乗組員らしき人がその食堂にいたらしい。
そこの主人と意気投合して、イカを持っていく約束をしたとか。
その翌日の日曜日には、奇妙なことが起きました。
乗組員の洗濯物が、船に投げ込まれていた。
手紙を添えられていて。
内容がまた意味不明で、領収書付き。
何だか、トラブルに見舞われた感じ。
しかたがないので、その洗濯物を干して、畳んで船員室に置いておいた。
乗組員の住居に電話したら、連絡が取れないとのこと。

結局、月曜日の出港時間になっても来ないので、あきらめて一人操業。
なぜか、畳んでおいた上着が一枚なくなっていて、パンや牛乳などが買って置いてあった。
このことから、彼はまだ八戸にいるのがわかります。
帰港してから、乗組員がいなくなったいきさつなどを、一応警察へ出向いて説明。
そうでないと、奇妙な洗濯物や手紙から、最悪の場合、事件に巻き込まれるがあるかもしれない。

ということで、その日から1週間、一人操業でした。
時化になったら、休もうと思ったのですが、その週に限って、良い天候が続き、最初の3日は、体力に余裕なし。
ブリッジからデッキへ、上がったり下がったり。
腰は痛くなるわ、疲れるわで、帰ってくれば、一杯やって、キューパタン。
でも、その後、後半3日は体が慣れてきて、元気になりました。
一杯で終わったのが二杯飲めるようになった(笑)。
まだ若いみたい(笑)

市場に水揚げする時には、かわいそうだというので、「船頭は休んでいないさい。水揚げは市場でやるから」とうれしいことを言ってくれました。
でも、そんなことで休むわけにはいきません。
みんなが水揚げ待ちをしているんですから。

今は、おじさんがお手伝いに来ていますが、年なのでいつまで持つか不安。
でも、乗組員がいない場合、八戸の友達が手伝ってくれる、というので、非常に心強い。

実は、昨年も同じように、7月末で、八戸から荷物ごといなくなった乗組員がいました。
でも、この時は、もう一人の乗組員がいたので、二人で操業できたから、まだマシだった。
荷物も送る手間も省けたし。
今回は、荷物が残ったままで、仲間の船の中には、「そんなもの、海に捨ててしまえ」と乱暴なことを言う人もいます。
次の日曜日に、この荷物を送るため、彼の住居に再び電話したら、あれまあ、本人がいるではありませんか。
いなくなった理由は、海に落ちて、あちこち打撲したから。
「海に落ちたら、落ちた、と、なぜ船頭に言わないんだ?普通は言うはずだよ」と問い詰めたら、無言。
無言だと会話にもならないから、あとは、もう乗らないことを確認し、荷物を送る旨を伝えて、電話を切りました。

辞めるなら辞める、と伝えないで、居なくなるのは、社会人として失格。
彼の場合、このブログを読んでいて、なおかつ、私がハローワークで求人したから、それで電話してきました(と簡単に書きましたが、これ以前の事情も複雑です)。
それなりに覚悟があったはずなのに。
こんなに暇で楽なことは、今までなかったのに。

とにかく、今や、乗組員確保が、どこの漁船も最重要課題なのです。

さきほど書いた、手伝ってくれるという八戸の友達は、「乗れる船があるということは、乗組員にとって、もっと重要なことだよ。頑張って船をやってくれ」と励ましてくれました。
彼には、ウソを見破る能力が、私の倍ぐらいあります。
非常に助けられました。
私は、人の話を信じることにしているのですが、もう、人間不信、いや、若者不信かな、そうなりつつあります。

そんなわけで、あちこちの八戸人がいろいろと情けをかけてくれました。
氷詰めを手伝ってくれる人もいたし、おかずを持ってきてくれる人もいる。
日本酒を持ってきてくれた友達もいた(笑)。
そして、やっぱり、話をしてくれる人が一番いい。

その中でも、いか釣り機メーカーであるサンメイの職員の話には、びっくりしました。
こういう会社の求人ですら、募集しても、従業員確保に苦慮するんだそうです。
今の若者の条件は、土曜日も休日であることが重要だとか。

「え?初めて就職したら、休みを要求する前に、仕事を覚えるのが先じゃないの?」「そんなもの、一人前になってからの話じゃないの?」と私が言ったら、「今は、そうじゃないらしいんですよ」との回答。

日本は、末期的だ。
posted by T.Sasaki at 11:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月01日

海上保安庁の新造船

みなさん、こんにちは。

相変わらず大不漁の日本海です。
昨日は新潟魚市場の定休日でしたが、今日は凪悪いので休みです。
頑張る気力がない。

建造中の船.JPG

入港する時に撮った写真ですが、たぶん、建造途中の海上保安庁の船です。
10年くらい前に一度は不渡りを出した造船場ですが、周りが支援してつぶさなかった。
重要な船を造れる造船場は、お国がつぶさないんですね。
posted by T.Sasaki at 15:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月16日

「育てる」漁業?

みなさん、こんばんは。

いよいよ、明日、新潟沖へ向けて出港します。
今年は、船頭一人と乗組員一人で行きます。
以前、二人で行った時は、それなりの経験者と一緒に行きましたが、今回はいか釣りの素人で、針結びを少し覚えたばっかりの新人です。

昨年は、20代の若者二人の乗せていきました。
そのうち、一人は2年目で、一人は船に乗ったこともない本当のど素人。
最近の漁運丸は、新人育成機関になりつつあります。

「育てる漁業」とは、よく言いますが、それは、きっと乗組員を「育てる」漁業を暗示していたのかもしれません。
でも、成長するのを見るのも悪いものじゃないと思います。
裏切られた時は、ガックリしますけど。

さて、どうなることやら。
それでは、行ってきます。
posted by T.Sasaki at 20:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月13日

原油価格が下がっても、物価が下がらない理由

みなさん、こんばんは。

来週初めに、今度こそ、日本海へ行く予定ですが、その前に、いろんなことにカネを使いました。
まず、巨額なのが、漁船保険。
私は、ほとんど漁船保険を使ったことがないのだから、もっと安くてもいいと思うんですよ。
どっちみち、今の船を沈めてしまうか、全焼させてしまったら、新造船なんて造れるような保険金は下りません。
たぶん、やめると思う。
そういう覚悟だから、船のいろいろな設備に神経を使ったり、津波が来るような地震には、初動を早くする。

今夜は、漁船保険のことではなく、発砲スチロール。
これは、石油の2次製品になるのかな?3次製品になるのかな?
原油価格がかなり下がっているにもかかわらず、安くなりません。
誰が儲けているかって?
それは、発砲スチロールを作っている会社やその従業員、そして、販売網の会社とその従業員です。
総じて、漁業関係の物価は、下がることを知らない。
(エンジンメーカー、漁労設備メーカーは、震災復興でかなり儲けたのをみんな知っている。一般向けの製品は、価格を下げてもいいんじゃないの?)

アベノミクスを実行する上で必要だとされているのが、日銀を使った2%のインフレターゲット、物価上昇策。
物価が上がれば、誰が苦しむか?
それは、末端の生産者と末端の消費者。
いつの時代もトリクルダウン経済ですが、アベノミクスなど、トリクルダウンそのもの。
末端は、税金を使った景気対策で潤う大企業、その傘下の中小企業のおこぼれを拾っているようなもの(これがトリクルダウン。したたり落ちるのを私たちは待つしかない)。
ほとんどおこぼれがないのだから、「経済政策に税金使うのは、やめたほうがいいんじゃないの」と私など昔から言っています。

1億総活躍なんて、誰が信じるものか!
信じる人は、おバカさん。

でも、安倍総理は、人気あるんですね。
私には理解できない人気です。
羨ましい。
posted by T.Sasaki at 21:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月12日

渡り鳥乗組員

みなさん、こんばんは。

今日、ある船主さんの息子とその船で仕事をしている若い乗組員が来ました。
そこで、コーヒーを飲みながら、世間話をやりましたが、何といっても話題の中心は、「私が八戸から戻ってきた本当に理由」について。
それから、話が脱線していって、「渡り鳥」のことになりました。
「渡り鳥乗組員」とでも命名しますか。

乗組員の仲間というのが、あちこちで存在し、各船に散らばっている乗組員仲間は、仲間同士で漁の模様交換をしています。
漁よりも敏感な問題が、給料や最後に清算される歩合のボーナス。
その情報交換が活発みたいです。
つまり、次回の職場を考える上で、参考程度に頭に入れているわけだ。
もちろん、船員保険適用船(10トン以上)かどうかも、船を選ぶ上で重要な選択肢。

しかし、そんな情報が行き交っても、普通はあまり乗る船を変えません。
一度構築した人間関係を、けっこうみんな大事にするんですね。
でも、そうでない人たちも、もちろんいます。
飽くまで、もらうカネ。

あっちの船では、30万の給料。
別の船は、50万円。
清算で100万もらったなどなど。
これを聞いて、給料上げろ!と船主に要求する人もいるとか。

もちろん、プロ中のプロの乗組員ならば、やっぱり船主もその要求に応えたりします。
しかし、最近、乗ったばかりのあんちゃんが、そんなことを言うのは、少し考えもの。
ちょっとばかり手が速くても、ダメ。
地道な準備や道具の整備、そして、先輩の手伝いなど、自分の目で習得しなければならないのは、たくさんあります。
いちいち教えられなくても、自分で覚える。
そんな気概をもって、すべて自分でやれるようになるまでは、一人前とはいえない(と私は思う)。
先輩のやれることが、ほぼ自分でもやれるようになってから、給料のことを口に出すべき(と私は思う)。
一昔前なら、「でかい口叩くな!その前に仕事やれ!」とハッパをかけられました(私は、給料のことなど一言も文句を言ったことはない)。

私も、ある乗組員のグループと親しくしていたりします。
彼らは、プロ。
私は、彼らに混じれないような仕事しかやったことないのですが、それでも私に付き合ってくれます。
同年代のせいもあるかも。
ところが、ちょっと若い世代には、より給料のよい船へと移動するようなグループがあると聞きます。
私としては、このグループには、ちょっと引いてしまいますね。
私が雇うのは無理。
だって、おそらく、給料ばっかりいただいて、沖が休みの日に、道具の手入れをやってくれなさそう。

「あっちの船は、縄さやめをしなくていいって」
「こっちの船は、餌かけをしなくていいって」
「あそこの船は、何もしなくても給料が高いって」

と言われそう。
そして、彼ら「渡り鳥乗組員」は、良さそうな船へと、移籍するのです。

「渡り鳥乗組員」を嫌いな私の出る幕は、もうないのかも知れません。
posted by T.Sasaki at 19:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月10日

八戸からバックしてしまった

みなさん、こんばんは。
お久しぶりです。

実は。

5月5日に宮古を出港しまして、八戸で天候待ちし、日本海へと回航する予定でした。
そして、今朝が新潟初水揚げの予定でした。

ところが、いろいろあって、戻ってきました。
総合的な判断です。
目先のことよりも、将来のことを考えて。
この判断が正しかったかどうかは、後で評価されます。

帰ってきて、リモコンライトの電球が切れているため、カバーをはずして交換しようとしたら、4本のビスのうち、1本が取れない。
しかたがないので、ビスの頭を削り取って、外そうとしても、取れない。
いよいよ、マイナスドライバーで、こじ開けようとしたら、カバーと中の鏡が壊れてしまいました。

壊したリモコンライト.JPG

伊手屋電機さんに行って相談したら、社長がじきじきに出てきて、機種を調べ始めました。
これは、二十数年前のSANSHIN(三信舶用電具株式会社)製で、カタログもなし。
電話で問い合わせたところ、ファックスが送られてきて、機種を特定。
カバーや鏡などの部品があるかどうかを調べるには、ちょっと時間がかかるらしく、何と!ライト本体の在庫がある、とか。

買うかどうか悩みながら、ライトの各部にテスターを当てたら、電球が切れているのではなく、電球を差し込むソケット側のほうに問題があるみたい。
こうなると、交換部品があるのかどうか。
「どうせ、あと15年もやったら、引退だろうなあ」「20年以上も壊れなかったから、あとあと何も気にしないで使えたら、まあいいか」ということで、思い切って、新品注文。
これで、20年は使えるだろうということで。
社長とも話をしてきましたが、外装がアルミだと、ビスがアルミとくっ付いてしまうため、いったんビスを抜き出し、グリスをひいてから、元通りに組み立てたほうがいいみたい。

このリモコンライトの騒動は、八戸に行った時に発覚したもので、帰ってきた理由の一つ。
でも、本当の理由は、乗組員を乗せ忘れて行ったこと(笑。まさか)。

それにしても、前回の投稿アップから、非常に忙しかった。
朝5時に起きて、5時半くらいから仕事をし、帰宅が夕方7時や8時はザラ。
いか釣りの準備のため。

電機屋さん(私)の仕事。

集魚灯トランス配線.JPG

機械屋さん(私)の仕事。

いか釣り機配線.JPG

いか釣り機結線.JPG

その他、秋のたら縄の準備やかごの後始末などなど。

その前に、宮古漁協造船工場に上架。

散水配管に亜鉛をつけてもらいました。

散水配管亜鉛.JPG

二十数年使った鉄配管に効果があるかどうかはわかりませんが、付けないよりは長持ちすると思うのです。
無理に配管の下側に付けたのには、理由があります。
たまに亜鉛だけが、腐り落ちて、配管の中をゴロゴロと転がるから。
摂待鉄工所の社長さんからのアイディアです。
しかし、溶接工事が難しい。
そこで、私が提案。
最初に、15センチくらいの鉄管に、亜鉛ソケットを付けてしまう。
そして、それに合わせて、船の配管を切り、亜鉛ソケットの付いた鉄管を溶接する。

エンジン循環水の排水側の銅配管に、ほんの少し水漏れがあり、電蝕の恐れがあったので、これをステンレスに変え、もちろん亜鉛を。
ステンレスは、経験的に、ピンホールがあくことが知られているので、今の新造船では、ステンレス配管に亜鉛をつけているようです。
私もやってみました。

循環水排水側.JPG

船が古くなると、一番恐いのは、水漏れ関係と電気接触関係。
これに気を使わないと、漁船保険を使う破目になります。

あまりの忙しさにイライラし、予定通り、注文したものが入らないと、ますますイライラ。

でも・・・。
みんな忙しいんですよね。

新潟のはしりの漁は、あきらめました。
帰ってきてからは、のんびりと仕事をするようにしています。
posted by T.Sasaki at 20:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月15日

私の夢

みなさん、今度こそ、こんばんは。

熊本県を中心とした大地震には、びっくりしました。
日本の国というのは、災害列島である、という現実を受け入れて生活していかなければならない、ということを改めて実感させられました。

最近、私は、災害で失った本、それも竹内久美子さんの訳書シリーズを読んでいます。
この一部を、本好きの人に貸してあったのですが、「返してほしい」と頼んでも、一向にその兆しがないので、amazonの中古本を仕入れました。
よって、もし、貸した人がこれを読んでいたならば、返さなくてもよし。
もう相手にしなくてもよし(たぶん、相手はそうであると、私は解釈するしかない)。

その訳書シリーズの中に、「シンデレラがいじめられるほんとうの理由」というのがあります。
これがまた、読む人によっては、感情的になってしまうと、まず読めない代物。
私みたいなクール?な人間なら、まず大丈夫。
中身は、継母が継子をいじめる可能性は少なくなく、これはしかたがないのである、というもの。
著者は、マーティンン・デイリー、マーゴ・ウィルソン。

この論文にさかのぼって、ロバート・トリヴァースという人が、「親の投資」という言葉を定義しています。
これについて、ちょっと引きます。

彼は1972年に発表された、後に非常に影響力を持つことになった論文のなかで、「親の投資」というものを定義しているが、それは子どもの将来の適応度(適応度とは簡単に言えば、生存と繁殖の可能性)を増加させるためにする親がする努力や与える資源のすべて、である。
(「シンデレラがいじめられるほんとうの理由」p31)


著者は、この定義を使い、次のように書いています。

そもそも親は、既にいる子どもの間で、あるいは今いる子どもと将来に生まれるであろう子どもとの間で、自分たちの投資をどう配分するのがベストであるかという問題に直面している。トリヴァースが示したこの問題の答えは、それぞれの子どもの立場からの配分と親の立場からのそれとでは、一貫してずれがあるということである。このような理論的発展は研究者を大いに刺激し、親の投資とその配分を測ろうとする研究が行われるようになった。そして当然導き出された考えは、子どもが本当にその親の子どもかどうかを示す手掛かりによって、つまりその本当らしさの程度に応じ、親が差をつけて投資を分配するだろうというものである。もし、投資の受け手が自分の子どもではないことを示す、何か進化的に信頼できる手掛かりがあれば、親の心理としては皆に等しく投資するのをやめる方向に進化してきたはずだ。実際、両親が子育てをする動物で、子どもがまだ一人前になる前に片親が死んだりいなくなったりして後から継親がくるとする。すると、そういう現象がはっきり起こるのである。
(前掲書p32)


人間以外の動物では、子殺しというのは、よくあることです。
と書くと、びっくりする人がいるかな。
でも、こんなもの、ダーウィンを知っている人なら、ほぼ常識です(これに関しては、「ハヌマンラングール」で検索すれば、他の動物に関しても出てくるはず)。
ナチュラル・セレクション(自然選択、自然淘汰)の世界は厳しい。
しかし、ナチュラル・セレクションがあったからこそ、人間も進化し、生き残ってきた。

人間の場合も子殺しが多く、読みたくない人がいるとは思いますが、実の親子の場合よりも、継親と継子の関係では、前者の数倍から数十倍多くなっています。
死に至らしめる子どもの年齢も、後者のほうが若く、しかもその方法もひどいやり方であり、嫌悪感が感じられるといいます。
これからもわかるとおり、実子と継子の両方に、同じ感情で接する、というのは、データ的に無理がある。

と書いてしまうと、みなさんから、反感を買うでしょう。
実際、この著者両名は、世界中から攻撃されているらしい。

ここでちょっと休憩し、本の巻末にある竹内久美子流の噛み砕いた文章を紹介します。
彼女は、要約を書く天才です。

慎重に論を進め、誤解を最小限に押さえようとしているデイリー&ウィルソンには悪いが、本書の内容をかなり端折って紹介すると、何しろ、

 継子に対して、実の子と同じように愛情を注げと言われても無理である。実の親が実の子を虐待する傾向よりも、継親が継子を虐待する傾向の方が高いのも当然である。しかしそれでもたいていの場合、継親は継子を虐待するまでには至らない。それは人間の場合にはそうしてみても意味がないからである。世間の評判というものがあったりするからである。そして継父の場合には、何より妻が「私の子にそんなひどいことをするなんて・・・。あんたの子なんか絶対、産んでやらないからね!」と機嫌を損ねるのを恐れるからである・・・。

「恐ろしい考え・・・。よくまあそこまで人間を悪く捉えられるものだわね。そうだ、あなた方の心には悪魔がすみついているのよ!」
 あるいは、
「私は継子も育てているけど、一度だって実の子と愛情のかけ方を差別したことなんてありません!他の継子のいる家庭を見たって皆さんおんなじです!」
 といったところか。
 念のために言うと、デイリー&ウィルソンの主張する、継子には実の子ほどには愛情をかけられないというのは、あくまでもそういう傾向があるということ。絶対にそうだという意味ではないのである。
(前掲書p104)


学問で積み重ねたデータから読み取れる結論を、「人間的でない」と一蹴し、否定してしまうことほど不幸なことはありません。
「シンデレラがいじめられるほんとうの理由」のp86から、「我々にできることは何か?」という章が書かれてあり、現実にある継親継子間の虐待を認めない場合、その継子たちを保護することすらできなくなる、と危惧しています。
また、虐待をする前段階の親の悩みに関しても、次のように記述しています。

もし継親が悩んでいるアンヴァレントな感情や苦しみというものが、実は誰にでも現れるものなのだとわかったら、もし自分の連れ子を新しい配偶者が世話することを義務とはせずに相手に感謝の気持ちを持つようにした方がよいとアドヴァイスされたらなら、その方がよほど気持ちが救われるのではないだろうか。実際に成果を挙げている家族関係のセラピストはこういう現実を直感的に理解しているのだ。原則に則った理解だけがうまくいくのである。
(前掲書p92)




なぜ、こんなことを、私が書こうとするのか!
あ〜、自分には、そんなことなど、縁のかけらもない。

いや、ところがそうではない。
誰もが、ナチュラル・セレクションの対象なのだ!

私のやっている、漁業に関する記述は、非常に気前が良すぎる、と思いませんか。
しかし、何のことはない、自分に「親の投資」をするだけの子どもがいないから(この投稿で、上述の必要とするところは、「親の投資」の引用だけ。でも、本の結論まで書かないと、著者の名誉にかかわってしまうし、みなさんもきっと知りたい)。
以前、つまり、津波前にこの本を読んだ時は、それほどの自覚はなかった。
しかし、時間が経った今、それを自覚してしまった。
もし、自分がまともな「人間」であって、すなわち、ちゃんと細君がいて子どもがいたら、こんなことは書いていないのではないか、と思っています。

でも、どうかな?

というのも、漁業で成功する本質というのは(たぶん、漁業だけではないと思う)、誰よりも自分の頭脳や体力を使う努力をすること、だと思うから。
自分の子どもにそういう資質があるかどうかは、別問題。
ここ「漁師のつぶやき」で、漁に関することを書いたからといって、それを鵜呑みにして成功できるわけがない。

私が漁という事業をするのに、最適ではないかなあ、と意見をするのは、ほんの信頼できる人間だけであり、その数は、日本全国合わせても、両手に足りない。
その程度。
ここには、そんな有益なことは書いていません(とはっきり書いておきます)。

戻って、ナチュラル・セレクションの話。

私が、そういうふうに教える、または、相談する相手を選んでいるのには、理由があります。
そう、ナチュラル・セレクション。
自然淘汰、自然選択というのは、個体が生き残るために獲得した遺伝的形質。
誰にでも、生き残るすべを教えるほど、世の中は甘くない。
男にしろ、女にしろ、人口が増えれば増えるほど、自分の生き残りに知恵を絞る(正しくは、自分の生き残りというよりは、自分の子孫の生き残りか)。

現在、岩手沖の漁業環境は非常に厳しい、というのは、岩手県水産技術センターがいちいち指摘するまでもない状況です。
そんな中で、私が知らない人間に対し、仲良くもない人間に対し、全部、教える?
そんなことは、決してない。
鮭にしろ、いか釣りにしろ、本当のところは、教えるはずがない。

もちろん、上には上がいて、私よりたくさん獲る船はいる。
その人たちは、もっと厳しい。
誰もが、確実なものは教えない。
ヒントは教えても。
教えれば、それは、ナチュラル・セレクションに反すること。
そういうわけで、ナチュラル・セレクションに関する本を読んで、自分のやっていることを自覚した次第です。

私は、話をしてみて、素直な人間であると思わない限り、打ち解けて話をするつもりはない。
岩手県沿岸漁業漁船組合の各部会会合に出席し、地区の都合による戦略的な話に付き合わせられて以来、素直な自分の人間性から、他人に疑いを持ち始めている。
だから、基本的に、自分にだけ有利になるような戦略的な話をする人間に対しては、特に、信用しない。

相手を陥れようとする魂胆を、相手に見せつけることで、相手の性格そのものを変えてしまう。
極端になれば、そういう事例ができあがってしまうことを、ここを読んでいる人は、自覚してほしい。

というわけで、信頼できる仲間と情報交換することは、特に、私以外の後継者がある船主さんたちには、大きな利益となり、ひいては、自分の子どもたちに、親のあらゆる資源を残すことができるのです。
だから、信頼できる仲間を大切にすることは、ナチュラル・セレクション、すなわち、淘汰の波をかいくぐる手段なのです。

今回のブログの題名は、「私が漁業に関する技術を公開する理由」だったのですが、中身は、「シンデレラがいじめられるほんとうの理由」の読書感想文みたいになってしまった。
ところが、・・・。
ところが、途中で、その題名は、「私の夢」になった。

以前、漁運丸は、9.7トン型漁船2隻でやっていたのは、まあ、ずっと読んでいた人、あるいは、岩手の小型漁船に詳しい方は知っていると思います。
これは、モロに血縁関係に依存するもので、それこそ、ナチュラル・セレクションの産物。
私はこれを、再びやるのが、夢。

「もう1隻9.7トン型か、それよりも小さい船をやって、若いやる気のある人にいか釣りのやり方を教え、相手が自分より水揚げが少なかったら、私が威張る、という構図を描いてみたい。オレは、性格悪いから」と、仲間には言いふらしている。

これが、私の夢。

何となく、個体淘汰、特に、自分の遺伝子を一番、とする、ナチュラル・セレクションに反するように感じられるかもしれません。
しかし、私なりの解釈は、こういうこと。

ナチュラル・セレクションに耐えられる遺伝子、というのは、そういうもの(血縁関係による個体)だけではない、のではないか。

やっぱり、才能のある遺伝子が、生き残るのではないか。

だから、自分のもつ遺伝子は、大していいものではないらしいから(これには、異性の判断が重要であり、その判断に自分は適わなかったということ)、あとは、自分以外の遺伝子に、漁業をやっていく才能を託すしかない。

ということで、ナチュラル・セレクションをもとに厳しく指摘している「シンデレラがいじめられるほんとうの理由」を酒のつまみして、今のところ、経済的にもできそうにない「私の夢」を書いてしまいました。

ちょっと、考えすぎかな。
posted by T.Sasaki at 21:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月04日

やるべきことは、人材育成

みなさん、こんばんは。

今日は雨でしたが、いか釣りの準備もしなければならないので、昨日から船の板子やその下を洗っています。
乗っている乗組員は、もうすぐ70歳ということで休ませて、一人寂しく。
午後1時くらいまでかかり、その後昼飯を食べて、あとは、寒いので、読書していました。
以前「地方消滅」という本に関し、何度か書きましたが、その続編的な「地方創生ビジネスの教科書」も買い置きしておいたので、それを。

第1章は、ある天才が山形県鶴岡市にやってきて、世界最先端のハイテク素材を開発した、というものですが、そんな天才が地方に来て、事業をやるというのは、非常に特異というしかありません。
第6章まで読んで、「あ〜あ、買わなければよかったかなあ」とがっかり。
というのも、「どこよりも早く商品開発する」「どこよりも早くセールスする」というケースが多く、これだと、どこかがその地域の事業に追いつけば、その商品はあふれてしまう。
結局は地方同士の競争となり、何も目新しいものではありません。

ところが、第7章の岡山県西粟倉村は、別モノ。
ここは、ファンドを作り、それから人材作りが始まった。
「共有の森ファンド」というのが創設され、一口5万円の出資を全国から募りました。
400人以上から、4000万円の出資金が集まり、その使い方が、出資者の心をくすぐります。
少し引用します。

ファンドで調達した資金は、森林管理に係る生産性の向上と施業費用を低減する高性能林業機械の購入費用などに充てられたが、投資家に限定した西粟倉村ツアーや、地域産品の優待販売を行って、地域ファンを増やすことも大きな目的の一つだった。森林事業のための資金は、過疎債などを利用して役場が捻出することもできたが、それではコミュニティとして成長していかない。ファンづくり、お客様づくりを通じて、村と消費者の開かれた関係をつくるには、ファンドで資金を集めることが重要だった、と牧さんは語る。
「ただ応援しますよ、ではなく、多少なりともリスクをとって関わっていただく。お金を出してくれる人は熱心に応援して下さり、一口5万円という金額は少し勇気を振り絞って出す金額ですが、結果として良質なお客さんが集まることになります」
(「地方創生ビジネスの教科書」p129)


少し戻って、第6章。
和歌山県北山村。
人口460人の村で、「じゃばら」というみかんの販売で成功を収めています。
奥田村長の発言こそ、弱小自治体の今後のあり方を語っています。

「過疎化、少子化と悩んでも現実は仕方ない。この地域を守っていくなら、過疎でもない過密でもない、ここに見合った過疎だと思って、村民みんなで頑張ったらいいと思っています。いきなり人口が倍になったら、村のいろいろな整備がおいつかず、かえって大変な状況になる。しかし、高齢化が進んでいくので、せめて若者と子どもを増やしていき、今の460人が600人ぐらいになるのがちょうどいい」
(前掲書p118)


少ない人口でどうやってやっていくのか、ということを真剣に考え、高望みしないこと。
現在の宮古市は、「復興」という言葉を叫び、将来の人口減を勘案しないで、インフラ整備ばっかりやっています。
その維持費用は、誰が払うのか?
アメリカ共和党の大統領候補トランプいわく「メキシコに払わせろ!」のように、「東京に払わせろ!」が本音でしょう。
そんなことより、人材育成というソフト面にカネを使ったほうがいい。
軟弱なスマホ中毒の若者たちを、打たれ強い若者に変える。
這いつくばっても仕事をやる。
そういう人間は、何をやっても大丈夫。
強い気持ちのある人材を作っていかないと、社会はきっと破綻する。
宮古市は、でかいパチンコ屋のすぐそばに、豪華な新市役所を建てようとしています。
あんなところに建てたら、交通渋滞は必至であり、緊急時に役に立つのかどうか。
宮古市に言いたいことは、ホント、山ほどありますよ。

脱線してしまいましたが、「地方創生ビジネスの教科書」の10章ある事例の共通項は、いずれも、地場産業が基礎になっていることです。
成功する秘訣は、きっとここにある。
そして、インフォーメーションテクノロジー(つまりIT)を使うこと。
これが必須。

宮古市の地場産業は、やっぱり漁業。
原料は海だから、産業として、これ以上の好条件はありません。
しかし、漁業従事者の減少率は、宮古市の人口減少率より大幅に上回っています。
これでは、宮古市に未来はない。

それでもようやく、普代村、野田村、洋野町は、漁業就労者を増やす施策をやり始めました。

http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20160403_6(「岩手日報 Web News」)

人材育成にカネを使うべきです。
posted by T.Sasaki at 18:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする