日本の漁業が崩壊する本当の理由 片野歩

世界中で魚類資源が増えているのに、日本だけが減っている。
この現実を、恥ずかしいと思うべきである。

日本の漁業が崩壊する本当の理由.jpg

すべての漁協組合長、理事、参事、そして、任意の漁業団体の会長以下すべての役員たちは、この本を読むべきだ。
読みたくないならば、「日本の漁師は大バカものだ」を参照すること。
これを認識できないならば、役職に就く資格はない!

2017年06月04日

諦める、ということ

こんにちは。

今年の日本海は、非常に天候が悪く、そして、寒い。
例年より休みが多く、今日で3連休。
先日も3連休した。

あまりに暇なので、本屋さんで物色し、新書を6冊も買ってしまった。
今まで近くの紀伊国屋書店に行っていたが、他の船に乗っている友だちが、「大きな本屋があるから一緒に行こう」という催促に応じ、行ってビックリ。
ジュンク堂書店というのだが、各社の新書版が、ほぼ揃っているのだ。
だから、注文する、ということが必要ない。
新書版だけだと思うが、それほどの蔵書だから、逆に探すのが大変だった。
目がおかしくなる。

私の友だちは、最近年寄りくさい趣味を持つようになった。
いろいろな木を庭に植え、その成長を喜んでいる。
こうやって旅歩きしている間に、それらを盗む人が来ないことを祈っているが、もし、無くなっていたら、その落胆を大きいと思う。
その友と本を探していると、「GDP4%の日本農業は自動車産業を超える」というのがあり、これを買って私が読み、「内容を教えろ」ときたもんだ。
まあ、面白そうだから、買ってしまった。
これを今から読もうと思う。
「農業やって、二人で儲けっか!」

曽野綾子さんの「人間にとって成熟とは何か」。
これには少しいいことが書いてあった。
もちろん、「違うなあ」という記述もある。
しかし、いつものように、良いところだけを取る。

人権を強調する人たちは、特に、「格差」について、非常に問題視することがある。
格差があるからといって、貧困ではない。
所得が小さいからといっても、ちゃんと生活している。

 私は25年間くらいアフリカの貧しい土地だけに度々行っているせいか、本当の貧困というものを、何度もはっきりと見せられてきた。いつも言うことだが、貧困の条件はたった一つしかない。貧困とは「今夜食べるものがない」ことを言う。その条件に当てはまる人は間違いなく「貧しい人」である。
 しかしそれ以外の、家のローンが払えない、子供を大学にやる費用の捻出がむずかしい、新車を買えない、などという理由は、世界的に見て全く貧困の条件にはならない。
 貧困の苦悩はもっと「積極的」なものである。何々ができない、という形は取らない。屋根が穴だらけなので濡れて寝ている。一度お腹いっぱい食べてみたい。医者にかかる金がなくて死んだ家族がいる。埋葬の費用がないので家族の遺体を引き取りに行かなかった。そんな理由がまかり通っている社会を貧困社会と言うのである。
(「人間にとって成熟とは何か」p217)


はっきりいって、人権主義の人たちは、ずるい部分を多く持ち合わせている。
例えば、先程の引用文にあるアフリカの話を持ち出すならば、日本の格差より、アフリカの貧しい人々のほうが、ずっと問題なのだ。
「格差」を声高に叫ぶ人たちは、曽野さんのようにアフリカでいろいろ経験すべきである。

漁業の世界は、格差社会である。
腕のいい人や頑張る人は、所得も上位に位置するし、船頭として能力の劣る、あるいは、能力のない人は、淘汰される。
こんなことは、当たり前の話である。
それを漁師たちは、「格差」といって非難することはない。
まっとうな漁師たちが非難するのは、ずるい人間である。

私も淘汰される側の船頭になりつつあると最近思う。
絶望の資源管理の現場を見せられたり、やることの結果が裏目になったりするが何年も続くと、漁に対する情熱のほうが冷めてしまう。
ほどほどになったら、あきらめることを考えるようになっている。
そのことに関し、曽野さんは、良いことを書いている。
引用する。

できるだけは、頑張る。しかし諦めポイントを見つけるのも、大人の知恵だ。
(中略)
 諦めることも一つの成熟なのだとこの頃になって思う。しかしその場合も、充分に爽やかに諦めることができた、という自覚は必要だ。つまりそれまで、自分なりに考え、努力し、もうぎりぎりの線までやりましたという自分への報告書はあった方がいいだろう。そうすればずっと後になって、自分の死の時、あの時点で諦めて捨てるほかはなかったという自覚が、苦い後悔の思いもさしてなく、残されるだろう。
(前掲書p138)


そして、次の言葉で救われる思いがした。

 人間にとって大切な一つの知恵は、諦めることでもあるのだ。諦めがつけば、人の心にはしばしば思いもしなかった平安が訪れる。
(同頁)


だから、自分が船をやめる時、が訪れても、落胆することもない。
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2017年05月23日

絶望感が消える

再び。

絶望感が大きく、ブログ更新をする気も起きなかったのは事実である。
しかし、ただ何もしないで生活したわけではない。
今後を考えて、いろいろなものをやったし、いろいろなものを作ったりした。
成果のあるものもあるが、もうここでは報告しない。
くたびれた、というのが本音である。

その後、絶望感はなくなった。
良い乗組員に恵まれたからだ。
私より10歳上である。
今のところ漁の調子は悪いが、今まで背負ってきたハンデから比べれば、気持ちの面で気分いい。
その乗組員には、「漁をしないのに、気分がいいのか?頭おかしいんじゃないのか」と言われるが、それだけ、今までのハンデが、自分的に大きかった。
若い人たちに期待していたこともあり、このブログも書いてきたが、裏切られ続け、本当にくたびれた。

「自分だけよければいい」という態度でやっていくなら、非常に楽である。
もう私もいい年なのだから、そのほうがいいのかもしれない。
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2017年04月09日

ネットサービスについて

再び。

最近、SNSなるもの、ソーシャルネットワークサービスなるものが、自分に不向きだとわかった。
今、手元にある「日本の漁業が崩壊する本当の理由」という本がある(今から読む。「魚類資源減少について」シリーズが的を得ているのかどうか、楽しみだ)。
これをFaceBookで紹介してくれた方がいて、しばらくFaceBookにアクセスしていなかったら、その投稿が、ず〜っとず〜っと下のほうに行っていた。
あのサービスは、毎日アクセスするのが必須事項のようだ。
もうあきらめて、今はほぼアクセスしない(笑)。
有益な情報ばかり見たいけれど、どうでもいいような投稿が山のように積まれていると、目がおかしくなってくる。

ブログ連携も途中でできなくなり、設定しなおさなければならないから、もうやめた。
あれは、欠陥サービスだ。

LINEというのもやってみたが、どこがいいのか、さっぱりわからない。
あれもやめた。
電話機能を使ったことがないが、通話品質が悪いらしい。
FaceBookのメッセンジャー電話のほうは、一度使ってみたが、通話品質はいいような気がした。
FaceBookメッセンジャーの場合、PCで簡単に打ち込めるが、LINEのほうは、いろいろ制約があるみたいだ。
メッセンジャーソフトの性能なら、LINEよりFaceBookに軍配を上げる。

このブログというサービスも、実のところ、私は不満である。
どこからでも、どのPCからでも、どのスマホやタブレットでも投稿できる点は、確かに便利であるが、ツリー状に編集できないのは、もう致命的欠点である。
カテゴリー分けが一応できるが、それでは、十分ではない。
以前、何を自分が書いたか探すのに、非常に時間がかかるからだ。
最近は、探すのも面倒だから、リンクも貼らない。
重複している文章がたくさんあるだろう。
こうなると、昔のように、HTML言語を使ったソフトを使うほうがいいような気がする。
もう一つ、ブログの欠点をあげるならば、表示が重いこと。
バックグランドで動いているプログラムがたくさんあると思われる。
一方、プロバイダーのレンタルスペースは、非常に軽く、瞬時に表示される。
ただし、この場合、ソフトの入ったPCでないと、アップできない。
これが唯一悪いところ。
だから、ブログの文章を集約したものを、昔の「漁師のつぶやき」形式でアップするほうがいいと思う。
しかし、記事数が600以上にもなるから、この作業をやる気が起きない。

1ヶ月くらい前、GEOに行って、中古のスマホを買ってきた。
税込み2000円くらいの古いやつ。
動くかどうか不安だったが、ちゃんと動いた。
スマホといっても、タブレットのような使い方を試してみたかった。
メモリーが0.8G(たぶん1Gなのだろう)しかないようだが、ちゃんと動いた。
しかし、メモリーを要らないアプリが占領するため、いちいちメモリーを解放してやらないと、速度が遅くなる。
これらの端末は、2Gのメモリーが必要だと思う。
実際、一番最初に買ったソニーの10インチタブレットは、2Gのメモリー実装なので、遅くなったことがあまりない。
だから、安いから、という理由で、メモリーの小さいのを選ぶべきではない。
イライラするだけである。

この「イライラする」のは、PCも同じで、今や、ハードディスク(HDD)実装のPCなど買わないようがよい。
少々高くても、SSDのほうを選んだほうがいい。
起動からシャットダウンまで、全部速い。
SSDを使っていると、HDDのPCは、イライラする。

電話は、ガラケーのほうがいい。
電話は時々落とす。
私の場合、ガラケーをスマホにしたら、すぐに壊れて話にならないだろう。
ガラケーからテザリングでスマホ(タブレット)を動かしたほうが、ベストだと思う。

いい大人が、街中でスマホをいじっているのを、私はみっともないと思う。
私だけの感覚かもしれないが、不健康極まりない。
頭の中の疲労も蓄積するだけだろう。
スマホ中毒は、救われない。
posted by T.Sasaki at 19:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

法事の意味

再び、こんばんは。

法事などの仏事は、寺の坊主のためにあるのであって、やってもやらなくてもいい。
坊主たちは、仏に手を合わせろ、とはいうが、何のご利益もない。

3.11の母の葬式の際、私は、寺の和尚に食ってかかった

「神や仏を毎日拝んで、結果はこれか?」

私の顔つきや言い方が悪かったんだろう。
いつも威張っている和尚も、さすがにたじろいでしまって、「自然の力は偉大だということがわかった。云々」としか言えない。
父は「あんまり言うな」とさえぎったが。

私に子どもがいないから、私が死んだ後、漁運丸一族の仏は、無縁仏となるのだろう。
だから、墓参りには、いつも無縁仏の墓石の前で、手を合わせる。

自分の家の墓を維持するということは、ちゃんと結婚して子どもを作って、その子どもにもいろいろと言って聞かせなければならない、ということだ。
しかし、5代先や10代先に、一族があるのかどうか、を考えると、ない方が多いような気がする。
実際に、墓参りをした跡のない墓もあちこちに散見されるから、数百年先には、現在ある墓地は墓地跡という程度にしかなっていないだろう。
つまるところ、仏事というのは、坊主たちの収入手段でしかない。

こういう結論から、法事などというのはやらなくてもいい、と、一時思ったものだが、今回の法事で、その意味というのを少し考え直した。
法事は、寺の坊主のためにあるのではない。
主催する一族のためにある。
たまにしか会わない親族と飲んだり雑談したりする機会なのだと思う。
だから、そういう機会を設けるために、寺の坊主を利用しているのだ、と考えれば、気分もスッキリする。

しかし、私の一族は、仲がよいから、何かあれば、すぐに集まる。
だから、いつも法事をやっているようなものかもしれない。
坊主の出番は、もうない(笑)。

話題は、いとこや姪や甥の将来に集中する。
みんなやさしいことしか言わないから、私が、「そんなんで大丈夫か?」「頭がちょっといかれていないか」と喝を入れたりする。
一人ぐらい、そんなのがいて、バランスが取れるだろう。
posted by T.Sasaki at 17:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月07日

私が「嫌なやつ」でも結構

みなさん、こんばんは。

もう書くことをやめようと思ったが、たまにではあるが、「隠れファンです」とか、「見ているよ〜」と言われると、「やめないほうがいいのかなあ」と思ったりする。
実は、今日も意外なところで意外な人物と遭遇し、告白された。
私がブログをやめて喜ぶのは、まずは2そう曳きのトロール業界だろう。
その他、槍玉にあげられた人たちが喜ぶわけだ。

私は、予定通り、3月末日で毛がに漁を切り上げた。
時化が来たりして、延期したけれど、31日の夕方にすべて道具をあげてきた。
したがって、特別採捕という漁業には加わらない。

毛がにの特別採捕とは、簡単にいえば、4月末日まで甲長8cm以上の毛がになら採ってよい、という許可である。
3月から採れ始めた年もある、という人もいたから、一応、許可を取っておいたが、せいぜいよくて50kg程度しか採れないので、私は切り上げた(8cm以上なら半分以下)。
資源が少ないと思うなら、自主的にやめるべきなのだ。
今日、特別採捕許可を返してきた。
こんなものやっていても、漁業者自身が消耗するだけで、未来はない。

しかし、大方のかご漁業者は、獲りたいようだ。
ミズダコの小さいのも獲りたくて獲りたくてうずうずしている。
こんな綱渡りの資源状況で、改善しようという気概が全く感じられない。
だから私は、「この人たち、頭おかしいんじゃないの」と思うのだ。

このような資源状況とこんなお粗末な資源管理の中、もし、私に息子がいたとしても、「漁業を継げ」などと言うことはできない
何も改善されないならば、楽しい職業とは言えない。

何が楽しいか?
それは二つある。
一つは、文字通り、大漁すれば、金儲けになる。
もう一つは、漁をする楽しさ、というのがある。

しかし、かご漁業というのは、金儲け以外に、何の楽しみもない。
調査してそれを狙う、という漁業ではないからだ。
ある人に言わせれば、「バカでもできる」のだ。
一方、流れものを獲る漁業は、先ほどのように、、探して獲る、という楽しみがあり、これは、「バカ」ではできない。
「流れもの」とは、回遊魚を指し、例えれば、今年は景気がいいいさだ漁業、いか釣り漁業、さんま漁業、さけ延縄漁業などを指す。
ここで「バカ」という言葉を使ったが、「頭をあまり使わなくてもいい」ということを表現したものととらえてほしい。

こんなあんばいだから、後継者、という言葉を使うことに責任を感じてしまう。
後継者がいる場合、漁船漁業をやらせるほうが良いのか、良くないのか。
私は、先ほども書いたように、「やれ」と言うことはできない。
私が先代の後を継いだ時代とは、全く違う。

私は、大学を終わってから家業を継いだのだが、ほぼ給料というのをもらったことがなかった。
厳しい父親で、ちょっとでも遊んでいたりすると、怒鳴られた。
だから、あまりよその人たちとも話もできなかった。
そんな状況で仕事をしてきたものだから、これが普通のことだと思っていた。
しかし、ある時、いいのができて、その女に指摘された。

「それは普通じゃない」

結局、その女は、自分までずっと仕事をさせられて貧乏すると思ったのか、私と一緒になるのをやめて、さっさとほかの男と一緒になったらしい。
まるで、浜田省吾の「Money」の世界だ。
何が「愛してる」だ!(笑)

ところが、習慣というのは恐ろしいもので、仕事ばっかりするのに、それほど苦痛を感じなくなる。
仕事好きと言ったらいいのだろうか。
恐らくは、高度成長期を支えてきた日本人の多くは、同じように仕事好きだと思う。
仕事好きというより、モノを作るのが楽しい、のかな。
実際に、現在の私は、漁をするにあたっての、システム作りに傾倒している。
どうやったら、楽に仕事をできるのか、ということだ。
自分自身が年をとってきて、いずれ、今みたいに仕事をできない時がやってくるのを見越して、という理由もあるし、昨年のように、一人で操業しなければならない事態も想定している。
一人でも操業できる、ということは、同じ仕事を二人でやるなら、ずっと楽にできる。

若い時分に、比較的無駄使いしなかったため、今の自分があり、ほぼ震災前の設備を取り戻した。
こうなると、日本人の「もしかのための」貯蓄性向は、正しかったことになる。
つまり、私の父の厳しさは、ある面、正しかった。
(考えてみれば、「愛している」と言った女と甘い生活を営んでいたら、たぶん今の自分はないと断言できる。自分のことしか考えない女だったから。女を選ぶのは難しい。笑。逆に女の側も男を選ぶのは難しいだろう。特に今は)。

こんな私が、他のかご漁業者と同じように、資源増殖を無視する覚悟をもってやるならば、容赦なく獲るだろう。
周年操業で、コソコソしながら、いろんな漁業を平行してやる。
実際に、そのような灰色な話は、いろいろと耳にするから、やる気なれば、やれる。

でも、気分が悪いなあ。
だから、やらない。

あ〜、何となくスッキリした。

私は、みんなに「嫌なやつだ」と思われる。
でも、そんなのが一人ぐらいいてもいいじゃないか!
それでいろいろと考える人が出てくれば、本望である。

コメント欄に、名前も名乗らずに勘違いを記した人もいるが、労働環境の改善は、どこの事業者も考えていることだ。
厳しく育てられた後継者ほど、労働者のことを考えている(と思う)。
私は、そろそろ、日本人らしくない日本人に頼ることをやめたほうがいいのではないか、と考えている。
このことについては、後で記述することになると思う。
posted by T.Sasaki at 20:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月09日

勧められない起業

再び。

こういう大不漁が続くと、問題は、カネが続かなくなる、ということ。
もちろん、これを見越して、今年使う道具を前年に買っておく、という対策は練ってはいるが、本業のするめいかが、前沖で2年も大不漁を食らうと、非常に厳しい。
さまざまな魚類資源は減少傾向にあり、秋鮭も見通せない状態が続いている。
これでも、船の付属品などは、容赦なく消耗し、出費は減ることを知らない。

現在、私の懸案は、主機関のプロペラである。
ちょっとしたことが原因で起こる振動対策で、プロペラを小さくし、その分、スリップが大きくなるから、ピッチを少し立てた。
直線走行では、狙い通り振動は減ったが、舵を大きく切った時、逆に振動が大きくなった。
1kwのハロゲン作業灯の球が、切れてしまうのである(これが1灯1万円もする!)。
その後、対策として、電源を切ってから旋回するようにしたら、球は切れなくなった。
おそらく、振動でショートしたのだと思う。

しかたがないので、新造の時の最も古いプロペラに取り替えた。
しかし、実は、これも、流木を乗り越えてしまった時、裂けてしまったプロペラである。
修正してもらったが、ほんの少し欠けている。
このためか、いか釣りの艤装を解除した軽装備の時、いくらか振動する。

そこで、今回、思い切って、プロペラを買うことにした。
ついでにバイタも交換することにし、費用がちょっとかかる。
4枚プロペラのハイスキュー。
船の振動は、長期的には悪いので、先行投資ということである。
これは、つい2日前に決断した。

震災以前の漁ならば、この程度の出費など気にならなかったのに、今は深刻だ。
若くて、小型船で起業したいと考えている人は、この岩手では、思いとどまったほうがいいと思う。
本当は応援したいけれど(このブログには、若い人向けに、たくさんのヒントが書かれてある)、限られた漁場を、先輩たちが譲るほどの余裕はないと思うから。

この大不漁の原因が、本当のところ、何なのか、誰にもわからない。
わかるのは、海全体を見渡すことのできる神様だけだ(そんなのがいるはずもない)。
もし、私たちが獲り過ぎた、というならば(そう私は思っている)、これは、私を含む先輩たちの責任である。
だから、どうやって資源増殖していくのかを考えるのは、先輩たちのやるべきことなのだ。
posted by T.Sasaki at 18:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

毛がにの大不漁

こんばんは。

ご存知のように、毛がにが大不漁で、不漁だった昨年の3分の1も獲れそうにない。
しかし、単価が異常に高いため、乗組員の給料ぐらいは払えそうになった。
他の船の人たちからは、「あなたはタダ働きね」とからかわれたりするが、しかたがない。
このまま異常な高値が続くとは思えないし、確保してある餌がなくなり次第、切り上げるつもりいる。
あと7回ぐらいの操業で、海から道具を回収して、来年に期待しよう。

漁がない時は、さっさと切り上げれば、その分、魚も増えるだろうし、育つだろう。
漁師は、こういう時、リフレッシュしたり、勉強したりするのがいいと思う。
漁がある時は、時間がいくらあっても足りない、という事態になるのだから。

いるはずの小さい毛がにがいない、ということをすでに報告しているが、昨年夏のたこかご漁の時は、小さい毛がにはたくさんいたそうだ。
まさか、短期間に、まだらが食べつくしたわけではないと思う。
もしかして、低水温が押し寄せないため、広範囲にまばらに散らばっているのかもしれない。
と、希望的考察を書いておく。

私は今年、ミズダコを昨年より多く漁獲している。
ミズダコ資源が多くなっているのかな、と思っていたら、宮古魚市場の水揚げは減少傾向なのだという。
岩手県内のミズダコ水揚高がトップであることを考えると、これは不安材料である。
春先の水揚げの増加は資源増大を意味する、と、先日、岩手県水産技術センターでは説明していた。
水温上昇による影響が、じわじわと出てくるのかもしれない。

このミズダコの野郎、憎たらしいことに、長い足で餌だけ横取りして、かごの中に入らないのがいる。
たぶん、20kg以上の大きな奴だろう。
10キロ以上になると、オスは生殖活動した後に、死ぬそうだ(オスはかわいそうだ。笑)。
昨日、24kgのミズダコを獲った。
私にしては、最大のタコだ。
仲間内では、成熟してセックスしたオスが死ぬことを知ってから、「遠慮なしに、でかいタコは獲ったほうがいい」と話をしている。
死ぬ前に獲って食ったほうがいい。
posted by T.Sasaki at 18:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月02日

恥ずかしくないのだろうか

これが天下の田老港であり、田老の壁である。

田老の壁.JPG

遠くてわからないと思うが、自慢の防潮堤を3.11で破壊され、さらに大きく復旧した。
これで田老は大丈夫だから、野球場を作った。
三陸鉄道の新駅も、この防潮堤の中に作るそうだ。
税金を使った施設は、たろう観光ホテルもある。
日本人はバカだから、いちいち震災遺構として残さなければならないという(こういうものを残さないと忘れる、というのだから、バカと言われてもしかたがない)。

宮古市民は、永遠に、これらを維持する税金を納めなければならない。
そして、それだけでは絶対に足りないから、東京などの都会人に、これらにかかる経費を、永遠に納めさせることになる。

「永遠に」という言葉を使ったが、もし、途中で「やめよう」というのなら、最初から震災遺構など必要ないのだ。

現宮古市長は、田老出身である。
だから、田老の壁(防潮堤)のように、宮古湾を醜く囲み、それでは足りないから、市民や議会の大反対を押し切り、閉伊川の水門まで作った。
その結果、昨年の台風10号の大浸水を招いた。
宮古市民はおとなしいから損害賠償を請求しないようだが、これは、損害賠償ものである。
民意に逆らって行った事業なのだから、市長に明確な責任がある。

しかし彼は、責任をとるどころか、また市長選に立候補するそうである。
厚顔無恥もいいところ。
恥というものを知らないらしい。

田老から来た現市長は、宮古を破壊している。
ふるさとの景色はありがたきかな」では、すでにない。
石川啄木と宮古市民は、かわいそうだ。
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ふるさとの景色はありがたきかな

数日前の早池峰山。

早池峰.JPG

思わず綺麗なので、パシャっとやった。
私のカメラでは、これが限界(ヘタクソ!)。

宮古高校時代には、天候の良い日には、いつも校舎のベランダから見ていた。
あの当時、山を見ても、あまり何も感じなかったが、今は、月山や早池峰山を見て、「お〜、いいな」と思うようになった。
石川啄木の詠んだ短歌の

ふるさとの山に向ひて言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな

を実感できる年頃になったようだ。
ようやく大人になったかな(笑)。

宮古から盛岡へ向かうとき、区界峠を越えると、岩手山が見えるようになる。
東京などから帰省してきて、盛岡駅から出ると、岩手山が見える。
その時やはり、「お〜、いいな」と思う。

そして、3日間も盛岡などにいて、宮古に帰ると、海が見える。

「お〜、いいな」

山に限らず、ふるさとの景色は、ありがたいのだ。
posted by T.Sasaki at 20:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

逃げてしまう原発労働者

こんばんは。

最近、連絡もなしに、乗組員が来なくなった。
30代の若者で、ちゃんと奥さんもいて、子どももいる人である。
何度電話しても出ない。
これが尋常なのか。
あきれ返って、もう笑うしかない。

一人一台携帯電話を持ち、どこにいても連絡できる時代なのに、居留守を使い、電話に出ない人間は、携帯電話を持つ資格がないような気がする。
しかも、今回のように、突然職場放棄するなど、社会人として失格である。
「仕事を嫌になったので辞めます」くらいは、言えるはずだ。
せめて、「辞める」の連絡くらいはすべきである。
このことによって、彼は、少なくとも私の周りでは、信用を失ったことになる。

今の若者の全部が全部、このような人間ばかりでないことくらい、私は知っている。
テレビで頑張る若者を取り上げているのだから、ちゃんとした若者は、たくさんいるだろう。
しかし、何度もどろんされると、「大丈夫?」と疑いたくもなる。
もしてかして、素晴らしい若者とやる気のない若者の両極端になっているのではないか。

こういう両極端な労働者の構成で困るのは、国家的セキュリティの必要な職業であろう。
それは、ズバリ、題名の原発労働者である。

私のような、「どんな人でも使ってみるか」的な事業なら、たとえ逃げられても、社会に与える影響は少ない(私的には影響は甚大ではあるが)。
しかし、原発で事故が起きた時、現場を投げ出して逃げられては、とんでもないことになる。
福島原発事故で、その場で頑張った人たちが、もし、逃げ出すような若者であったならば、今の日本はない。
こう考えると、ぞっとするではないか。

この観点から、現状の原発はやめるべきである、と私は思う。
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2017年02月23日

帰港中に撮った宮古湾西岸の写真。
まずは魚市場前から。

鍬が崎の壁.JPG

次に、藤原埠頭岸壁。

藤原岸壁の壁.JPG

ヨットハーバー隣。
警察署が見える。

磯鶏の壁.JPG

あ〜、高浜が埋もれる。

高浜の壁.JPG

最後に、消える運命の藤の川海水浴場。

藤の川海水浴場.JPG

まるで、「進撃の巨人」の壁みたい。
みなさん、壁が好きなのね。
オレは嫌い。
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閉伊川の流木、その後(「漂流物回収船」アップデート)

再び、こんばんは。

漂流物回収船」に記した閉伊川の流木の山は、ほぼ整理されていて、残っているのはわずかだった。
これで一安心。
posted by T.Sasaki at 21:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月02日

トランプ大統領はもしかして・・・・

こんばんは。

「トランプ大統領はもしかして、脳みそが少し足りないのではないのか?」と思う人は、私だけではないだろう。
移民の制限まではいいが、特定の外国人の入国まで阻止するとは、ビックリものだ。
テロリストなどというのは、恐らくは、国籍変更など、たやすいものと思われる。
世界中を騒がせるほとのメリットは、きっとない。

日本たたきも始まった。
特に、自動車。
今では、アメリカの工場で日本車を作っているが、それ以前は、日本で作ったものを輸出して貿易摩擦を生んでいた。
なぜ、こんなに日本車が売れたのかを考えれば、アメ車の性能が悪いから、という結論に行き着く。
日本をどんどん排斥するとは思えないが、もし、日本や外国の企業をアメリカから追い出しはじめたらどうなるか?
アメリカの生産技術は、どんどん落ちていくだろう。
仕事に対する勤勉性など、国民性が大きく左右するのは、歴史の示すところだ。
それが、たった数十年で変わるとは思えない。
最終的に、外国製品の性能の向上に、アメリカ製品の性能が追いつかないだろう。
外国排斥オンリーだと、アメリカは遅れた国になり、経済的にも取り残されることになる。

トランプ大統領のアメリカ・ファーストは、節度がなく、傲慢だ。
今まで、傲慢な態度で事業を成功させてきたのだろう。
それが、通用するほど世界は甘くない。
彼は、頭が悪いとしか言いようがない。

アメリカの上層部にいる連中は、抜け目がない。
大統領のおかしな政策が、部分的に修正され始めている。
獰猛な彼らが、大統領の頭の悪さを利用し始めたのではないか、と私は疑っている。

もうちょっとマシなアメリカ・ファーストを期待していたが、ガッカリだ。
これではただの、わがままな大統領にすぎない。
posted by T.Sasaki at 16:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月10日

放射線ホルミシス療法

みなさん、こんばんは。

再び、「研究室の同期と飲んできた〜」の話題。
飲んだ場所は、鶯宿温泉の「赤い風車」というところであるが、壁やエレベーターなど、いろんなところに、放射線ホルミシスの本のポスターが貼られていた。
売店で少し立ち読みしたところ、「まあ、買って読んでみるか」ということで、「医師も認める!!健康&美容の最新療法」という本を買った。
赤い風車」のサイト内にリンクが貼られていた「ホルミシス臨床研究会」というところで、この本が紹介されている。

反核燃運動に参加し、放射線のことを勉強してきた私にとって、内容は意外であった。
低線量の放射線は、人体にとって、有益である、という結論であるからだ。

がんの原因には、いろいろあって、はっきりとわかっているわけではない。
主に、細胞を攻撃する活性酸素にあることは、以前に勉強している。
その攻撃陣には放射線も加わっているらしい、ということも。
しかし、放射線については、そうではないようだ。
その部分をこの本から少し紹介する。
まずは、活性酸素について。

 活性酸素とは、「酸化させる力が強い酸素」のことです。生物は、食べ物などから得たブドウ糖を細胞内で燃焼させ、エネルギーを取り出しますが、この際、必ず活性酸素が発生します。また、呼吸によって取り入れた酸素のうち、約2%が活性酸素になるといわれています。さらに、ウイルスや細菌、毒物などが体内に侵入したときやストレスを受けたとき、紫外線にさらされたとき、過剰な運動をしたとき、飲酒や喫煙をしたときにも、活性酸素が発生します。
 酸化力が強いということは、殺菌力が強いということでもあり、活性酸素は、体内に侵入した異物の駆除に、絶大な力を発揮します。しかし一方で、活性酸素は、その強い酸化力や攻撃力により、身体のDNAや細胞、組織をサビさせたり傷つけたりします。
 それを防ぐため、身体にはもともと、抗酸化酵素や抗酸化物質を活性化させ、活性酸素を除去する「抗酸化系」とよばれるシステムが備わっています。ところが、活性酸素が増えすぎたり、加齢などによって抗酸化酵素の働きが弱くなったりすると、活性酸素を制御しきれなくなってしまうのです。
(「医師も認める!!健康&美容の最新療法」p16)


次に、低線量の放射線が体にいい理由も引いておく。

 活性酸素の活動を抑制するためには、ビタミンCやビタミンEの摂取が効果的ですが、実は低線量の放射線には、それらとはけた違いの抗酸化作用があることがわかっています。
 人が低線量放射線に被ばくすると、体内の水分が分解され、瞬間的に大量の活性酸素が発生します。すると身体は、あわてて抗酸化系のスイッチを入れ、活性酸素に対抗しようとします。その結果、抗酸化酵素が次々と発生し、余計な活性酸素を除去してくれるのです。
 また、低線量放射線には、DNAの修復力を強化する効果もあります。
 DNAにはもともと、自己修復機能が備わっており、活性酸素などによって多少傷つけられても、自力で治すことができます。
 強い放射線を浴びてしまうと、放射線のエネルギーや過剰に発生した活性酸素により、DNAの周囲の原子が壊されたり、つながりが切断されたりするため、修復できなくなり、細胞は死んでしまいます。しかし低線量の放射線を浴びた場合には、その刺激により、かえってDNAの修復能力が高まることが、実験などによって確認されています。
(前掲書p18)


オーストリアに、ガスタイナー・ハイルシュトレンというところがある。
ここはもともと金山坑道であった。
鉱山労働者のリウマチなどの関節痛が良くなる、という現象が発生し、原因を調べたところ、坑内に充満していたラドンガスによるものであった。
ラドンの半減期は、3.824日と短く、これが体内に作用する。
ラドンガスを吸い込んでも、ほぼ2時間で排出されてしまうから、長時間にわたって、放射線にさらされるということはない(といっても、体内にある自然放射線で被ばくしているのだが)。

ホルミシス臨床研究会」が正式に発足したのは2007年であり、東日本大震災のたった4年前である。
それ以前、ホルミシス効果がある、という程度のことしか知られていなかった。
広島、長崎などの例から、放射線は、常に危険視されてきたのは、しかたがないことである。
私は、この本を読んで、少しは救われたと思う。
がん治療の臨床例などが紹介されていたり、日本全国のホルミシスルームやホルミシスグッズも紹介されている。

最近、小林麻央さんが、乳がんから全身へ転移しつつあるニュースでもちきりである。
その乳がん転移の腫瘍が消えてしまったケースも紹介されている(「医師も認める!!健康&美容の最新療法」p52)。
タカラクリニック

ただし、低線量の放射線が、抗酸化系のスイッチを入れるとか、DNAの修復能力を高める、というのは、実験的にわかっているだけであり、なぜそうなのか、ということまではわかっていないのではないか。
だから、すべての人がそうだというわけではなく、遺伝子的に欠陥のある人もいるかもしれない。
このあたりは注意すべきである。

以前「がんになっても望みはある」で、超高濃度ビタミンC点滴のことを書いたが、そこで引いた「ビタミンC点滴と断糖療法でガンが消える!」の筆者である西脇俊二医師は、なぜビタミンCが効くかについて、まだわからない、としていた。
しかし、ここで引いた文章に、理由があるように思う。
活性酸素の活動を抑制するためには、ビタミンCやビタミンEの摂取が効果的ですが、実は低線量の放射線には、それらとはけた違いの抗酸化作用があることがわかっています。」から考察するが、ビタミンCは、経口摂取だとあまり効率よく体内に取り込むことができない。
だから、超高濃度ビタミンC点滴という方法が考えられ、この場合も、けた違いに抗酸化作用ができるのではないだろうか。

昨年、八戸のおばから、黒にんにくをプレゼントされた。
「いつまでも男として使えるように」という理由があるかもしれない(笑)。
あまり食べ過ぎて胸焼けを起こしたら、「バカじゃないの?」と言われた。
なにせ、抗酸化力が通常のにんにくの10倍もあるから、たくさん食えば効く、と単純な思考。
何でも過剰摂取はよくない。

今のところ、体をがん化させない安全な方法は、断糖、ビタミンC、黒にんにく、といったところか。
放射線ホルミシスから、がんの話になってしまったから、ついでに。
がん治療最前線のことが、「週刊ポスト」12月9日号に書いてあった。
NHKスペシャル“がん治療革命”が始まった 〜プレシジョン・メディシンの衝撃〜」である。
要約ページがあるので、参照してもいいと思う。

http://yonta64.hatenablog.com/entry/NHKSPECIAL/2016-1120-Precision-Medicine(「yonta6eのテレビ番組ブログ
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2017年01月09日

頭がいい、とは?

再び、こんばんは。

研究室の同期と飲んできた〜」の席上で、東北大学の人たちは頭がいい、と徳美先生は言っていた。
私は、「そんなに頭がいいんですか?」と尋ねたら、「そうだ」と。

「頭がいい」にもいろいろあると思うのだが、私流の解釈で「頭がいい」というのは、頭の回転の速い人。
私の知っている人に、すばらしく頭の回転の速い人、というのは、あまりいない。
学校教育や研究現場などの過去の経験から、あまりそういう人にめぐり合ったことがない。

ほんの数年前のことだが、そんな人と話をする機会があった。
私が何か言うと、先回りして、というか、もっとよい解釈で表現する、といったらいいのか、とにかく、頭の回転の速い人だった。
一を聞いて十を知る、とは、こういうことなのだろう。
しかし、知識が間違っていた。
大元の知識が間違っていたら、宝の持ち腐れである。
もったいない。
彼が、若い時代にちゃんとした知識をもっていたならば、きっと出世したと思う。
それほど頭の回転の速い人だった。
今は、その人は音信不通であり、生きているのか死んでいるのかわからない。
たぶん生きているとは思うのだが。

私のいとこに、医者のはしくれがいるのだが、そいつは、本を速く読む能力がある。
そのためか、頭の回転が速い。

それに比べて、私は、少し鈍いほうだと思う。
後になってから、「そういうことだったのか」と気付くほうだから。
漁に関しても、これで何度も失敗している。
年をとれば、もっと鈍くなっているから、今はちゃんとノートするようにしている。

きっと星の数だけある船頭の中にも、とんでもない頭の回転に速い人がいるだろう。
そんな人が羨ましい。
若い人も羨ましい。
どんなに頑張っても、CPU速度では、若い人に敵わない。

話を戻して、東北大学。

学生時代にも、私はヨット(今はセーリングという)をやっていたのだが、インカレの東北予選では、全国インカレ出場を目指して、東北大学と競った。
3年生の時、岩手大学は、初めて東北予選を突破した。
4年生の時は、東北大学に負けた(というより、勝ったとしても辞退する気でいた。そんな気持ちで勝てるわけがない)。
対戦してみて、私の直感は、「勉強できるわりに、少し足りないんじゃないの?」というものだった。
特に、スタートなんか、ヘタクソ!
何考えて、練習していたんだか。

ヨット競技の基本は、スタートとセールハンドリング。
どちらもミスをしないことが、勝つことの前提条件であり、「ミスしない」という表現からわかるとおり、減点法のスポーツである。
いかにミスしないか(大門未知子よ!笑)。

次に、コースを読みながら、戦術を練る。
これが、体操競技でいえば、加点部分。
だから、非常に、クールなスポーツだと思う。

当時の東北大学のヨット部は、頭の回転の速さという点では、私並みだった(と書かれたら、くやしいだろうなあ)。
posted by T.Sasaki at 16:49| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

平成29年 新年のご挨拶

みなさん、遅くなりましたが、新年おめでとうございます。

相変わらず、宮古の天候はよく、毎日、晴れか時々くもりです(今朝は少し降った)。
今年も雪が降らないことを祈っています(昨年はほとんど降らなかった)。

年末年始(29日と3日)にちゃんと沖に出て、何となく忙しい気がしましたが、それでも、今年の場合、ほかにやることがあまりないので、テレビ観たり、読書したり、ケータイ電話で話をしたりしています。
そして、いろいろなことが重なって、ついに長いゴールデンウィークみたいなのをやっています。
余裕があるものですから、いろんなことを考えました。

まずは、たった今から、文体を変えます。

ドクターXの人気の理由 (私の嫌いな人 4)」を書いたのだから、これから私は媚びるような文体では書かないことにする。

というように、「です」「ます」調で書かない。

素直で読解力のある人は、少々誤字脱字があっても、内容重視であり、なおかつ、論理を大事にする人。
そんな人に媚びてもしかたがない。
読んでいて疲れるかもしれない。
逆に、文脈を取り違え、ひねくれて読み、いちゃもんをつけたい人に対しては、もちろん媚びる必要などない。
どっちみち、どう表現しても、いちゃもんをつけたい人は、どこにでもいるから。

世界は右傾化していると言われている。
イギリスのEU離脱やトランプ新大統領のアメリカファーストなどがその代表みたいに言われるが、その大きな原因は移民問題である。
どの国であっても、雇用は無限ではない。
移民を野放しにして、もともといた自国民が職を失っていくのを黙っている指導者のほうが、よほどおかしい。
自分の国をどうやって盛り上げていくか、ということは、おのおのの国でやっていくべきもので、国民のほとんどがそう考えていくならば、他国で職を得る、などということにはならず、移民問題などというものは存在しないはずである。
これには、人口が多すぎる、という話も当然出てくるのだが、しかしこれは、親たちが養える人数以上の子どもを作ってしまうことの、拡大版、あるいは、国家版であると言える。
地球上の資源は有限であるのだから、これより帰納的に考えるなら、自分たちで養える人数以上の子どもを作る親というのは、地球人として失格である。
その点、日本のちゃんとした親たちは、子どもの人数にブレーキをかけるから、先進国の人間と言えるだろう。

単純に書いてしまったが、その上に、宗教の違いによる争いがある。
その他の政治思想もあるし、こんなに簡単ではない。
このアウトラインを知りたいならば、副島隆彦先生の「世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち」を読んでほしい。
私は、この本を読んでいたために、報道番組の内容をだいたい理解できる。
副島隆彦の学問道場」の「重たい掲示板」[2065]で、「これを何とか分かりなさい」と書いているのは、本当にその通りだと思う。
世界中の半分以上の“国民”が、これらの知識を得れば、きっと権力者に騙されなくなる。

と、新年早々、難しそうなことを書いたが、「10億年後の地球」には、未来はない。
だから、神経質になるのもよくない。
私たちは、地球上で、うごめいているだけだ。
しかし、せっかく生まれてきたのだから、悔いのない時間を過ごしたほうがよい。

昨年は、乗組員で苦労した。
春先から夏にかけて、経験したことのないことがたびたび起こり、そのたび、白髪が少しずつ増え、一人操業も覚悟した。
1週間、一人で昼いかをやったら、体が若返った感じがし、白髪がなくなった。
この時は、「意外にできるじゃないの」と自画自賛。
一人でやっていると、市場の人たちも、水揚げの時、「船頭は見ているだけでいいから。あとはオレたちがやるから」って。
そのうち、見かねて乗ってくれた八戸の人がいて、2週間ほど手伝ってくれた。
その後、乗組員に関しては順調。
八戸の人は、みんな優しかったなあ。

今後の船の動かし方について、昨年の経験から、いろいろ考えさせられる。
自分も、いつまでも、踏ん張って仕事をできるわけではない。
50歳を過ぎた頃から、冬には、腕の関節や腰が痛くなり、体が温まるまでは、手加減して動いている。
体を冷やすのは良くない。
これは、医学的にも正しいらしい。

食べ物は、やっぱり糖質制限をすべきで、太らないこと。
太れば、足や腰に必ずくる。
関節や腰は、人生という長い観点では、機械部品と同じであり、消耗品といえる。
無理すれば、いつかは壊れてしまう(「無理しない」と「怠ける」は、同じではないことに注意)。

私たちの体の中で、年をとっても、フルに使える場所があり、それを最近になって気がついた。
それは、頭の中。
頭を使いすぎて、ガタがきた、という話を聞いたことない。
逆に、頭を楽させ過ぎたためにボケた、というのは、よく聞く。
だから、頭は、どんどん使ったほうがいい。
いろいろなことを考え、話をし、また考える。
寝ている時以外、ず〜と頭を使う。

私は異常なことに、細君もいないので、家のことをすべてやらなければならない。
炊事、洗濯、掃除。
母親が脳梗塞を担ったときから、炊事は父親と分担し、在宅時は、私の役目。
家事以外も私の役目。
この時に、女の人の大変さを、嫌でも感じ取った。
今は、一応、船主でもあるから、仕事の段取りから、物資の調達、計算、なども私の役目。
金融機関などの用足しがあると、ついでに他の用足しも一度にやり、行ったり来たりしないように、回る順序や内容を紙に書いておく。
これを間違うと、とんでもない時間の無駄になるから。
でも、その紙を家に忘れると、もっととんでもない!(何度もやった。笑)。
朝起きてから、夜寝るまで、私の頭はフル回転している。

以上から、新年の教訓、かな?

肉体労働は、自分の年齢に合わせて。
頭脳労働は、手加減なしのフル回転。

今年もよろしくお願いします。
posted by T.Sasaki at 16:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月27日

一票の格差は、あってもよい

再び、こんばんは。

国政選挙の議員定数について、1票に不平等があるので違憲である、とする判断が各裁判所でなされています。
しかし、私は違うと思う。

もう何回も議員定数の改正が行われてきました。
それでも改善するどころか、あちこちで裁判所が振り回されている状態になっています。
なぜ、改正が行われても、またこういうことが起きてしまうのか?

結局は、過疎と過密が起こっているから。

裁判所は、条文解釈にしたがって、判決を下すからしかたがありませんが、私は、これを訴えるほうがおかしいと思う。
彼らは、そして、彼らの住む地方は、何を求めているのか?
「小さな政府」ならまだしも、福祉国家、それも過剰福祉国家で、バリバリに経済政策を税金使ってやる政府なのだから、彼らが議員定数改正で望むものは、ズバリ、利益誘導ではないのか。

人口が増えて、一票の相対的な価値が下がっている地域は、ある程度仕事があって、田舎から人口が移動して、そこで家庭を築いて子どもたちが育った環境だろうと思います。
田舎から出て行った人たちが人口を増やしたわけだ。
ちょっと乱暴に言えば、「田舎から出て行ったのは、自分の勝手だろう。それで、自分の持つ一票の価値が下がるから、それを変えろ、というのは、身勝手すぎないか」となります。

「違憲だ!」と叫ぶ人々の地方で、議員が増えて、そこへの利益誘導の経済政策が増えれば、その地域は、ますます栄え、人口も増えていくでしょう。
逆に、議員が減った田舎は、限界集落ではなく、限界自治体が増え、予算も減っていく。
結果は、想像しただけでも目に見えてしまう。

もし、日本の議員たちに利益誘導をやろうという気持ちが全くないならば、一票の格差は是正されるべきですが、でも、そういうレベルになったなら、選挙区を全国区にすればいいだけの話。
全国区なら、一票は平等です。

最近、というか、前からだけれども、法曹界の人たち(特に訴える側)の、社会全体を見渡す能力に、疑いを私は持っています。
posted by T.Sasaki at 22:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鮭の漁獲高ダントツ2位の岩手県

みなさん、こんばんは。

これといったおかずがないので、鮭の切り身や餌さんまを解凍して焼いて食ったりしています。
それに、すき昆布の煮物を作り、今日の昼は玉子丼、夜はイカの刺身を解凍し、一杯。
鮭は、冷蔵庫の中にも外にも、家の外にも余っていますから、ほぼ毎日食卓に上がります。
鮭の漁獲高は、ダントツ1位が北海道で、ダントツ2位が岩手県。
表現がおかしいかもしれませんが、それほど1位と2位と3位の差が開きすぎている。
でも、ダントツ2位の漁獲を誇る岩手県は、涙が出るほど、知られていない。

研究室の同期と飲んできた〜」で、超サプライズが起きました。
同期の一人が、何と!岩手県で鮭が獲れることを知らなかったそうです。
岩手大学にいて、知らなかったとは。

以前、宮古関連のWebサイトで、もう名前も忘れましたが、「岩手県で鮭が獲れているなんて、東京の人は誰もしらないよ。新潟県村上市の鮭のほうが有名だよ」と言っていた人がいて(彼は広告関係の仕事をやっていた)、北海道に次ぐ鮭の産地は岩手だ(宮古だ、ったかな?)とWebサイトで宣伝していました。
あれから10年近く経っているかもしれないけれど、まさか、今でも岩手県で鮭が獲れることを東京の人たちは知らないのかもしれない。
その同期の彼は、わざわざ北海道まで鮭を買いに行ったりしたそうです。

そうだ!
日本ハムの大谷選手に、「160kmの速球のたんぱく源は、地元(岩手)の鮭」とか言ってもらおう!

ところで、鮭の卵を、宮古では「はらっこ」または「はらこ」と言いますが、「イクラ」というのが共通語になっているみたいです。
NHKあたりでも、「イクラ」と言っているのかな。

でも、イクラの語源は、ロシア語のようですから、「イクラ」ではなく、「はらこ」と呼んだほうがいいような気がします。
「はらこ」のほうが日本語らしいじゃないですか。

そのはらこを私は、小さい子どもの頃から食べているので、たいして食べたいとも思いません。
今年も傷鮭を水揚げせず、メスもけっこうあったのですが、たった1匹のみメスをもってきて、そのはらこが冷蔵庫に入っていて、まだ口にしていません。
贅沢な話ですが、本当に食べたいと思わないのです。
はらこより鮭本体のほうが飽きない。

小学校の頃、はらこが弁当表面を覆いつくしていて、今考えると、非常に贅沢な弁当だったと思うのですが、私は、隣の子の弁当のほうが美味しそうだった。
いつも食べているため、隣の弁当のほうがよかった(笑)。
こんなに、私にとって、メジャーな鮭が、東京では、「岩手で鮭が獲れるの?」なんてことを言っているのだとすれば、情報は、双方向ではなく、一方通行なんですね。

日本人はアメリカのことを知っているけど、アメリカ人は日本のことなど知らない。
同じように、岩手人は東京のことを知っているけど、東京人は岩手のことなど知らない。

のかな?
posted by T.Sasaki at 21:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月24日

禁煙先進県

再び、こんばんは。

研究室の同期と飲んできた〜」で、神奈川県に住んでいる同級生が、煙草をやめた話をしました。
でも、彼だけでなく、徳美先生もやめたし、みんなやめていた。
その理由の中で変わったのがいて、携帯灰皿をポケットから出し入れしたり、喫煙所まで行ったり来たりするのが面倒になりやめた、というのがありましたっけ。
これには「イマイチわからないなあ」と首を傾げたのですが、ちゃんとそうなる理由もあるんですね。

宮古みたいなゴロツキがたくさんいる所では、煙草の吸殻なんて、ポイ捨て同然です。
携帯灰皿なんて、みんな持っているのかしら?
若い頃は、車の窓からポイ捨てしていた人を怒ったこともありますが、今は、もうそんな元気もありません。

ちょっと前の話ですが、IBCラジオで、煙草の吸殻拾いボランティアのことをやっていました。
検索してみたら、それがあるんですね。
風見好栄アナウンサーのこのページ。

http://www.ibc.co.jp/announcer/blog/yoshiekazami/archives/942

1日で4342本!

煙草を吸う人は、煙まで回収しなさい、とまでは言いませんが、吸殻くらいは、自分で回収すべきです。

みっともない。

同級生のいる神奈川県では、「神奈川県公共的施設における受動喫煙防止条例」というのを制定していて、飲食店まで禁煙又は分煙にしています。

http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/f6955/p23021.html

あれ?
飲食店って、ネーチャンたちのいるスナックなんかもそうなのかな?

どうせだから、公共的施設の適用範囲を道路にまで広げれば、ポイ捨てはなくなります。
宮古市もやらないかな。

医療関係者が二人続けて宮古市長になっても、まだこんな条例も作っていないんですから、脳みそ足りないんじゃないの?と嫌味を書いておきます。

宮古市も、道路などの公有地まで公共施設とみなして、受動喫煙防止条例を!
posted by T.Sasaki at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

漂流物回収船

みなさん、こんばんは。

完全に鮭延縄を切り上げ、年内は、あと1回、たらの延縄に出漁予定です。
年越しの魚を獲りに。
年末は、安くなるそうですから、適当に。

先月、「研究室の同期と飲んできた〜」の会場は、雫石の鶯宿温泉だったのですが、そこへ行く途中、国道106号線沿いの閉伊川を見て、愕然としました。
ぜんぜん片付いていない。
閉伊川でこの通りなんですから、きっと岩泉町の各河川は、もっとひどいでしょう。
原型をとどめていない車は、そのまま放置されています。
流木も河川敷の高い所に積まれたまま。
問題は、車よりもこれらの流木や根がむき出しになって枯れている木々(葉が落ちている季節なので本当に枯れているかどうかは未確認)。
次回、大雨が降ったら、これらが一斉に流れてきて、海へ流出したら、さあ、大変。
事故の元です。

今年の大雨で、海に木やゴミがたくさん流れ出しました。
その流れ物で、ソナーの足を壊した人たちがけっこういると聞きます。
ソナーの足を壊すと、船を陸揚げしなければ修理できません。
ソナーなら、部品があれば、1日で全快しますが、それがプロペラの破損となると、これは大変!

でもなかった。
私も以前、大雨で、はるばる日本海から流れてきた大量の流木にプロペラを当ててしまい、曲がるどころか、裂けた!
これには、みんな驚いた。
曲げることはあっても、裂けるなんて!

「交換しなければならないのかなあ」「プロペラって、どれくらいでできるのかなあ」「長期休漁かなあ」と思っていたら、機械屋さんが、その場で修正してくれました。
ある程度の欠損なら、それほど振動もないように感じました(振動する回転域もある)。

そうだ!
思い出した。
あれは、確か、国体で岩手県ヨット選手団が大活躍して、お祝いをやった年だ。
そのお祝いの席上に、私も参加し(なぜ参加できたのかわからない)、その時、宮古海上保安署の署長さんも来ていて、談判したのだった。
何を談判したか、と言うと、海に流れ出た流木の件。
海上での事故を未然に防ぐため、海上保安庁では、流木を回収すべき、と。
血気盛んな若い時の話でした。

でも、あのまま、閉伊川や各河川の流出する可能性のある木々を放っておくならば、海上保安庁は、海上漂流物の危険情報を出すだけでなく、回収船を造って動かすべきだと思います。
この辺は、ぜひ検討してもらいたいです。
特に、漁船保険組合は、最初に声をあげるべきですね。
posted by T.Sasaki at 20:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする