日本の漁業が崩壊する本当の理由 片野歩

世界中で魚類資源が増えているのに、日本だけが減っている。
この現実を、恥ずかしいと思うべきである。

日本の漁業が崩壊する本当の理由.jpg

すべての漁協組合長、理事、参事、そして、任意の漁業団体の会長以下すべての役員たちは、この本を読むべきだ。
読みたくないならば、「日本の漁師は大バカものだ」を参照すること。
これを認識できないならば、役職に就く資格はない!

2018年03月19日

スマホ中毒が日本を滅ぼす 8

再び、こんばんは。

スマホ中毒裁判は、検察の求刑を上回る判決。
求刑を上回ったということは、裁判官たちも、スマホ中毒を真剣に考えているのだろう。

https://news.biglobe.ne.jp/domestic/0319/mai_180319_8944856370.html(「BIGLOBEニュース」)

何年前からだったかわからないが、金融機関で契約書を作る場合、「反社会勢力ではない」という文書に署名させられる。
借金する場合も口座を作る場合も。
今日、それを書いてきた。
対応した人は、比較的暇と思われる支店長代理。
遺産相続に関する相談セールスを話し出したので、私は反社会勢力に関することに話題を振る。

「スマホ中毒を知ってますか?」
「あれって、仕事をしなくなるんですよ」
「スマホ中毒は、反社会的ですよね」
「それを生むソフト会社やゲーム機メーカー、スマホメーカー、携帯電話会社なども、私に言わせれば、反社会勢力ですよ」
「これら全部を対象としたら、銀行、困りますね」

代理は笑っていたが、そんなボケた世の中だ。
忙しいから、あとは出てきた。

スマホ中毒は、反社会的なのだ。
posted by T.Sasaki at 21:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月16日

昔の新造船進水式

こんばんは。

暇なので、いとこが2年くらい前に持ってきてくれた進水祝いのビデオを観ていた(現在乗っている船)。
みんな若く、妹なんか、ふっくらした丸い顔。
いとこなんかガキで、私があやしていた。
25年前の映像だから、ホント、みんな若いこと、若いこと。
DVDに焼いた。

日付は、平成4年11月2日となっていて、ちょうど鮭延縄に間に合うかどうかの進水式であった。
今みたいな政府の補助金はなく、この頃はまだ船価も安かった時代で、船体が2100万円だったから、何とか自力で新船を造れた。
新造船となると、ある程度のその計画を立てなければならず、前年からすでに発電機類を購入していた。
だいたい全部で7000万くらいかかったそうだ。
今は、それが9000万から1億円の時代である(9.7トン型)。

この船は気仙沼の丸竹造船所で作った船であり、納期に間に合わないという理由から、ブリッジだけ大船渡の「こうしん加工」(もう漢字も忘れた。あるのかどうかも知らない)という会社に特注したため、従来の丸竹造船所の船とは、違う型になったのである。
これを造っている間、船主と船頭は気仙沼通いで、その代わり、私がダメもとで、古い方の漁運丸を任され、いか釣りの船頭をやらされた。
この時、船頭として芽が出てしまったため、その後、いか釣りだけは船頭を任された。

新人船頭を任された頃、2そう曳きトロールに漁生丸という船があった。
2そう曳きだから、相手があり、それは清福丸(清福丸の現在はまぐろ船のみ)。
当時は、違う会社で2そう曳きをやっていたりした。
現在でも、寿丸と蛭子丸がやっている。

その漁生丸の船主(山内漁業部)と私の父は、なぜか付き合いがあり、年末の付け届けは毎年やっていた。
漁生丸の船頭と私のおじは、釜石の黒森丸(今はない)で船頭と通信長という間柄から、付き合いがあった。
おじは口が悪いから、常に2そう曳きの悪口をいい、漁生丸の船頭は、「そうだよな〜」と相づちをうつ。
すごいデブであったが、そのせいか、気持ちも非常に大らかだった。
おじに紹介され、無線機で潮流を教えてもらったりした。
そのうち、漁生丸は、他の水産会社の負債をかぶり、最終的に廃業した。

あ〜、懐かしい。

この頃は、私の父の付き合っていた船主たちは仲が良かった。
ビデオを観て、長い時間が経つとどうしてこんなになるだろうと思わずにいられない。
○○丸、○○丸、○○丸と出てきて、歌を歌ったり、お酌(今でいうコンパニオン)とダンスをしていたり。
今は、この人たちは、喧嘩別れしたり、船をやめたりした。
私は、その息子たちに、「仲良くしなさいよ」と言ったが、どうも無理みたい。

どうしてこうなったか、というと、自分が悪いのに「悪かった」と潔く謝らなかったからではないかと思う。
後々まで尾を引く。
これは、漁師に限らず、どの世界でもそうだと思う。

新造船ができて、地元に廻航してくれば、お祝いの餅まきがある。
ビデオでは、「こんなに大勢来ていたんだなあ」というのがわかる。
子どもたちもたくさん来ているから、高浜港に寂しく繋がっている私の船を見て、餅を拾ったことを思い出すこともあるかもしれない。
思い出されても、今の私は、複雑な心境である。

景気のいい頃の漁運丸と比べると、天と地の差がありすぎる。

昔はよかった。

これは、うまくいっていない人の常套句である。
posted by T.Sasaki at 21:34| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月13日

「ありのまま」か

こんばんは。

とんでもない出来事の取調べは終わったから、私は自由の身となった。
取締り事務所の職員の尋問は終わり、供述調書は検察へ送致される。
そこで、起訴されるか不起訴なのかは、検察での判断なのだそうだ。
だから、取締り事務所で、有罪とか罰金とか、そんなことはわからないらしい。

「自由の身になった」と大袈裟に書いたが、心理的にそう表現したに過ぎず、普段の生活は、ごく普段通り。
最初から自分のやったことを「認めます」だったから、供述もそのまま、ありのまま。
終われば、本当に、「自由だ」と。

この心境は、まるでちょっと前の「アナと雪の女王」let it go 。
見てはいないが、曲を思い出して、youtube で、「let it go」「May.j」を検索したら、いろんな人が歌っているのがわかった。。
映画は、松たか子なのか。
youtubeのコメントを読むと、May.jは、あまり人気がなかったのかな。
わからない。
テレビでは、頻繁に見たような気がしたけど。
歌自体、息遣いが聞こえるくらい全力で歌っていて、あんなに上手なのだから、私は、May.jの歌唱力を素晴らしいと思う。
外国の人の歌も聞いてみたが、英語版でも、May.jは、素晴らしい。

この let it go という歌には、誤解されている部分もあるようだ。
youtubeコメントには、May.jのほうが、ディズニーから正式なオファーが来て「エンドソング」を歌い、松たか子のほうが、アフレコで映画の中に入れられた、ということらしい。
つまり、日本版 let it go のオリジナルは、May.j。

「アナと雪の女王」は妹が見たが、何がよかったか聞いたら、「歌がよかった」というのには笑った。
「じゃあ、見ないほうがいいのか」と聞いたら、何も返事がなかった。
この映画は、女の人に断然人気があったらしい。

「ありのままの姿見せるのよ」

女がそんなことを言うと、「え?本当かよ?」と勘ぐるのだけれど(笑)、でも、今の自分の心理状態では、「アナと雪の女王」を見たいような気がしないでもない。
posted by T.Sasaki at 21:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月11日

変わる誕生日

再び、こんばんは。

7年前のことは、すでに過去のものだ。
7年前にたくさん死のうと、昨日、一人きりで死のうと、個人にとって、その重さは同じだと思う。

1ヶ月前に、血縁的に少し遠いが、おじさんが亡くなった。
比較的、付き合いがあるために、線香をあげに行ってきたのだが、そこで、びっくりするような話を聞いてきた。
題名にあるとおり、誕生日が変わっていた、というものである。

生前、その故人の誕生日をめぐり、家族内でいろいろ言い合ったらしい。
住民票や運転免許証の記載の誕生日が正しい、と思いきや、当の本人は、小さい頃の思い出では、誕生日はある行事と一緒に祝ってもらったから、記載の誕生日とは違う、というが、周りの人は、ボケ扱いをして信じない。
ところが、亡くなってから、いろいろ手続きをしているうちに、戸籍の原本をたどった。
そして、生まれ故郷の戸籍が出てきた。
そこにあったのは、故人の記憶の通りの誕生日だったのである。
それがどこで変わったか、というと、結婚した時、職員が誤って書き写したらしいのだ。

今みたいに電子化などなかった時代であるし、届出と誕生日の違いもわかったりわからなかったりした時代だから、そんなことも起こったのだろう。
しかし、もしかして、戸籍が変わる時など、よく確認したほうがいい。
間違いは今でも起こっているし、日本最高の頭脳が結集している財務省ですら、文書の捏造をやっているのだから。

いろいろな申請などの時に、本人確認できない事態になったら、大変である。
posted by T.Sasaki at 20:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

震災遺構は、残したい人たちが維持費用を払えばいい

こんばんは。

毎年、この日のテレビは、つまらない番組ばっかり。
仕事を終えて、しかたなくテレビを見ていたら、大槌町役場の保存か壊すか、をやっていた。
保存派の主張は、まあどこにもあるような震災遺構っていう目的のものである。
これはどう考えても、明らかに税金の無駄遣いなのである。

保存するにしても、まるっきり維持しないでいく、という方法もある。
崩れたら、崩れっぱなし。
いずれは、ただのゴミの山になる。
そうなる間に、子どもたちがそこで遊ぶだろう。
たとえ、立ち入り禁止にしても、子どもは、そういう場所に入りたがるものだ。
少なくとも、私の小さい頃は、そうだった。
親が、「危ないから行くな」と言っても、そんなものは聞かない。
そんなものだろう。

そこで、子どもが怪我なんかすると、特に今の親たちは「放置していた自治体が悪い」と言い出し、マスコミもそれに加担し始める。
そして、補償問題となり、自治体が支払う破目になる。
そのカネは、結局はみんなの税金で支払われる。
そして、その廃墟は撤去される。
撤去費用も税金だ。
これらのカネを、「震災遺構を残せ」と言っている人たちが、自治体の代わりに責任をとって払ってくれるだろうか。

次に、保存する震災遺構を、常にメンテナンスして維持していく場合を考えるが、これは、「いつまで?」「ずっと永遠に?」という問題に突き当たる。
過疎はどんどん進み、だれがこの維持費用を払うのか?
宮古でいえば、田老観光ホテルであるが、旧田老町民なのか?
維持費用を払えなくなった時は、たぶん、上記のような経過をたどるだろう。

丁寧に考えれば考えるほど、震災遺構というのは、税金の無駄遣いなのだ。

余談になるが、たぶん各家庭のポストに、共産党宮古支部?から、市政に関するアンケートがあったと思う。
宮古市の市議会議員の選挙が近いからだろう。
それにも、震災遺構に関する意見を書く欄があった。
私は、「あんなの税金の無駄遣い」だと書いた。
もちろん、閉伊川水門のこともあったから、あれはクソだらけだと書いた(もちろんクソだらけとは書かないよ。表現の話)。

さらに、共産党のダメな点も書いた。
私は、思想的に正反対だから、共産党を好きでない。
まず、頼ることはありえない。
posted by T.Sasaki at 20:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月09日

心は広く

こんばんは。

法律のことばっかり書いていると疲れるので、ちょっと「もぐもぐタイム」。
取引先からもらったカレンダーに、次のように書いてあった。

忙しさは美徳ではない
心を亡くすと文字が教えている

私は性格が悪いので、このことをいとこに当てつけて言ったら、「自分のことじゃないの?」と切り返され、「心を亡くすと書く字なら、忘れるもあるでしょ」と教えられた。
つまり、ボケが進むのも、心を亡くすということなのか。

そんな私は、ご存知の出来事で、時間的に体力的に余裕がある。
したがって、いろいろと考えている。

今日の夕方のニュースでは、近畿財務局職員の自殺が報じられ、国税庁長官が辞任した。
自殺がなかったら、辞任しなかったのか?
真実はどこにあるのかわからないが、自分の落ち度は潔く認めれば、事態は複雑にならず、辞任や退職はあっても、自殺までいくこともなかったのではないか。

もし、私も、自分のやったことを「違う」と言い張っていれば、それを取り繕うために、いろいろなことを複雑に考えなければならず、仕事もできなっただろう。
先のことも考える余裕もなくなる。
ご飯を食べても、美味しくない。

日本人には、せっかく武士道というのがあるのだから、潔く生きていけばいいと思う。
精神的に余裕があれば、心が大きくなるし、行動も広がる。
自分で楽しみながらご飯を作り、酒を飲む。
これが最高。

私の場合、酒がなくなれば飲まない。
何かで頂いた酒は、なくなるまで毎日飲むが、買ってまで飲む気にはなれない。
スーパーに買いものに行ったついでに、ご褒美に缶チューハイを1缶買う程度である(ケチ!)

私は、先の冬季オリンピックで、小平選手の心の大きさに感心させられた。
敗者に対する気配りは、銀メダルの韓国選手に学んだものだと、小平選手は言っていた。
あの写真は非常に美しいと思う。

http://www.sankei.com/pyeongchang2018/photos/180226/pye1802260020-p1.html(「産経ニュース」)

しかし、ほかの感動物語は、私がひねくれ者のせいか、あまり感心しない。
以前、このブログでも書いたが、現在のオリンピックはテレビあってものであり、NHKでさえ、視聴者に感動を与えるように、編集し放送している。
オリンピック選手の努力は並み大抵ではないのはわかるが、一般人でも、並み大抵ではない努力をしている人もいるのだ。
活躍したオリンピック選手たちには光があたり、いろいろなご褒美もちゃんとくる。
しかし、一般人は、友だちや親類などそれを見ている人しか知らない。

「元気を与えたい」とか、よく聞く言葉だが、日本の金メダルの数が多くなったからといって、私たちの生活が良くなるわけではない。
オリンピック選手やスポーツ選手の活躍はショーであり、娯楽なのだ。
酒の肴なのだ。
私は、むしろ、友だちや知り合いの頑張っている姿や成功した話のほうが、ずっと楽しい。
そして、その相手と酒も飲める(笑)。

話は脱線したが、小平選手の行動は、私的には、国民栄誉賞ものだ。
しかし、金二つや金銀銅をとったスケート選手がいるなかで、金と銀の選手に国民栄誉賞を与えたら、喧嘩のもと。
だから、きっと彼女は、一生もらえないだろう。
でも、私は与えたい。

私も失敗した人に、「尊敬しています」とは言わないまでも、「いろいろと教えられました」程度のことを言える人間になりたい。
posted by T.Sasaki at 20:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月04日

スマホ中毒が日本を滅ぼす 7

こんばんは。

今日は毛がに祭りだったらしいが、私は、今日を境に、毛がに漁を切り上げ、他船のいさだ漁に乗るつもりでもあった。
ただし、S丸かI丸のどちらかである。

S丸には、いさだ漁を教えてもらうために乗せてもらった過去があるからであり、I丸は、兄弟でやっていて、非常に人間性にあふれる人たちだから。
しかし、S丸はやらないと言うし、I丸は、乗組員が余っていると言う。
だから、あきらめた。
いさだ漁は腰を傷めるから、無理して乗っていいのは、この2隻のみ。

私は、若い時にいさだ漁で腰を酷使したから、今、あまり自信がない。。
腰や関節は、消耗品であり、ほどほどに使ったほうがいいと思っている。
自分の船でやるときは、乗組員の負荷を減らすために、考えるところがあり、変えるところは変えるつもりでいる。

私の同い年の友に、とんでもなく仕事をする人がいる。
八戸の人である。
若い頃からいか釣りの凍結船に乗っていて、現在は、小型いか釣り漁船に乗っている。
私の2倍から3倍ぐらいは体を使ったようで、一昨年、腰が壊れ、手術した。
腰の手術は、間違えば、車椅子の生活を余儀なくされるくらい、失敗もあることを私は知っている。
心配したが、八戸労災病院には、その道の名医がおり、彼は、今では、普通に仕事をしている。
この出来事は、人間の頑張りには、やはり限界があるのだ、ということを示していると思う。

しかし、である。
今のあんちゃんたちは、自分の体を使いなさ過ぎる。
あまりに動かないために、体力がなくなり、デブになり、むしろ不健康である。
その上、スマホ中毒になり、ゲーム中毒になり、精神的にも不健康である。

何度もここに登場しているが、八戸に、日本最後の大型いか釣り船、開洋丸がある。
私のおじが乗っているものだから、いろいろと話を聞く。
ここ2年くらい景気が良く、水産高校卒業の新人でも、1000万円前後の給与があったのだそうだ。
現在のいか釣りの凍結船は、大漁だった頃と比べれば、非常に楽であり、過労死というのは、まずありえない(前述の友が乗った頃の昔は、過労死がかなりあったそうだ)。
彼らは、それでも辞める。
理由は、スマホができないから。

大型凍結船ともなると(中型も同じだが)、ケータイの電波など届くはずもなく、通信できない。
それに我慢がならなかったらしい。
新卒で1000万円ももらえる業界がほかにあるのだろうか。
辞めるなら、景気が悪くなってもいいと思うのだが、彼らは、きっと、年をとってから後悔すると思う。

今日の夕方のニュースで、日本に定住する外国人が増えているそうだ。
私は、賛成である。
武士道を捨てた不真面目な日本人より、真面目な外国人のほうがいいのではないか。

「日本を売る気か?」

と言われそうだが、そうではない。
良く解釈すれば、彼らは、日本を尊敬していて、日本を好きなのである。
そういう人たちが、日本で仕事をするなら、大歓迎である。
実際に仕事をしている外国人たちは、それなりにちゃんとやっている。

日本を売っているのは、むしろ、スマホ中毒の人間たちであり、スマホ中毒を促している人間たちなのだ。
posted by T.Sasaki at 20:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月01日

とんでもない出来事

こんばんは。

かなり間をおいての投稿となるが、他意はない。
ただ忙しいだけ。
本当は、漁業権に関わる本を紹介するため、解説を書こうと考えていたのだが。

「海はだれのものか」

熊本一規さんが書いたものである。
事例をあげ、くどいくらい繰り返しの記述もあるから、漁業権についての教科書にしてもいいくらい。
「水協法・漁業法の解説」という水色の本もあるが、あれは、非常にわかりにくい本である。
それを読んでから、「海はだれのものか」を読むと、一発氷解!
法律とは、どうあるべきか、ということまで書いてあるから、私は、この本を薦める。

宮古と室蘭を結ぶフェリーの定期航路開設は、鮭延縄漁業に影響を与えることを以前書いてある(面倒くさいのでリンクは貼らない。検索してください)。
このことで、年末年始から宮古市役所へ行って、説明会を開くよう要請してきた。
それが、ようやく実現しそうだ。
私としては、「今ごろでは遅すぎるよ」という感想をもつが、しかし、まあいいか。
この件で、実は、「海はだれのものか」を読んでいたからこそ、市の職員を説得できる部分もあったのは確かである。

そして、・・・。

黙っていても、宮古魚市場の前で、白昼から取り調べを受け、たくさん写真も撮られたから、すでに、この情報は出回っている。
「やっぱりアイツは、とんでもない奴だった。ブログでは偉そうに・・・」
「さすがにブログも書けないだろう」
私を嫌いな人は、そう思っている。

つい先日、私は、岩手県漁業調整規則違反という罪を犯し、犯罪者となった。
現在、取調べを受けている身である。
母親が生きていたら、涙を流していたと思う。
一切を事実として認め、漁も切上げた。
しかし、ある噂を耳にしてから、非常に腹が立ち、変えなければならないところは変えるべき、という考えが、頭の中を占領してしまっている。

いさだ漁をやっていれば、こんなことにはならなかったが、しかし、今回の事件を起こしたため、いろいろなことが見えてきた。
最近は、むしろ、「いさだ漁をやらなくてよかったかも」という思いのほうが、だんだん強くなっている。
いったん、犯罪者になると、すべて捨てた分、何も気にならなくなる。

事件の背景や今後の許可制度のあり方など書こうと思うが、すべては、終わってからにする。
posted by T.Sasaki at 20:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月04日

平成30年新年おめでとう

平成30年の新年おめでとうございます。

しばらく更新していなかったので、「きっと死んでしまった」と思ったかもしれないが、残念ながら生きている。

昨年は、11月に鮭が獲れず、右往左往していた。
漁のない時こそ、と思い、いろいろな道具の手入れや省力化の工事をやっていた。

まだこが異常な大漁。

まだこ.JPG

これがずっと続いていたので、私もにわかに参戦。
おかげで、11月の乗組員の給料を払った。
そうしているうちに、急に鮭が釣れだした。
12月は、こんなブログや付き合いなど後回し。
魚は時を待っていない。

鮭延縄は特に重茂地区から山田地区にかけて大漁だったらしく、昨年の2倍とか3倍とか10倍だったとか。
私は、昨年より3割減の水揚げで、ガックリ。
いつも悪い所にいるから、魚の毛並みも悪い。
しかし、最後の最後で、とびっきり毛のいいオス鮭が来て、これは正月に食べた魚。

釣り鮭の一級品.JPG

ほとんど歯が生えていないから、身は若くて文句なしの大きさ。
脂の乗りは間違いない。
こんな魚は滅多に獲れるものじゃないから、権力を駆使し(笑)、私が持ち帰った。

私の新巻造りは甘塩タイプで、最初に造った4匹は、超甘塩。
食べてみて、これは日持ちしないと思い、「早く食べて下さい」と、送ったりあげたり。
妹などお嬢様で育ったものだから、「切り身を送って!」だって。

毎度こんな調子だから、仕事はどんどん遅れ、昨年の後始末をまだやっている。
元旦には飲んだくれたが、2日からはシャキッとして、後始末仕事。
まだ平成29年モード。



私は、脳がいかれている。
逆流性食道炎。
胃酸の抑制を、脳が放棄しているらしい。
しかたなく胃酸抑制剤を飲むようになった。
しかし、医師の処方通りではない。
あんなもの、個人差があるのだから、自分にあったように飲めばよい。
私の場合、消費するのに、通常の2倍から3倍の時間がかかる。

父親は薬で一度おかしくなった。
筋肉が緩くなって、起きるのが大変になった。
薬は恐ろしい。
処方通りに飲んでいたら、寝たきりになるかと思い、薬を減らしたら改善した。
医者は、薬を売って儲かるらしいが、患者は、その副作用の被害に遭う。
半分くらいは、疑っていたほうがいい。

最近、というわけではないが、私は、基本的に、日常生活が忙しい。
朝起きて、6時ごろには洗濯をやり始め(洗濯機がやるのだが)、その間に掃除機を動かし、あとは、朝ごはんの支度。
日中は、もちろん、沖に行かなくても漁師仕事をやり、昼、夜のご飯の支度。
こうなると、正常な夫婦二人分の仕事を一人でやっていることになる。
自営業だから、タダさえ、乗組員に対する仕事の割り振りから、経理業務までやらなければならないから、ホント、忙しい。

私はもう、若くないから、もう、こんなブログも書く余裕がなくなってきている。
この辺は、同業者たちも理解できると思う。

私は、自分の経験上、いろいろなことを書いてきた。
ここに載せた実務的なことだけでも、十分、みなさんに貢献してきたと思う。
もっと公表しようかとも思ったが、ずるい人間をいっぱい見てきて、「世の中、こんなものか」とがっかりさせられ、やめた。
きっと、これが、何十世代も続くのだろう。
だんだん、落胆が大きくなり、もう書く気力もなくなってきた。
とにかく疲れた。

何度も書くが、結婚していないから、性的障害者だと、私に向かって、あからさまに言う人もいる。
もう何を言われてもいい。
慣れっこだ。

それでも、疲れた。
あまりの忙しさに、ちょっと前に、さし歯も呑み込んでしまった。
歯医者の先生や助手たちには笑われたし、家の人たちも、困ったような笑ったような顔をしていた。
私は、本当に、忙しいのだ!

元旦に休んだから、少し元気になったような気がする。
今年もよろしくお願いします。
posted by T.Sasaki at 20:41| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月10日

高校時代の私(ドラゴン桜の続き)

再び。

小学、中学と、私は、いくらか勉強ができた。
同級生たちは、たぶん否定しない。
家で勉強したことはなく、宿題もほぼ授業の終わりに全部やった。

私は非常に純粋だったから、工業高校に入って、いろいろな発明をして、社会の役に立ちたい、と思っていた。
だから、志望校は宮古工業高校だった。
しかし、親が許さなかった。

親の希望は宮古高校であり、市内随一の進学校。
工業高校に入るくらいだったら、さらに上の大学を目指し、そこで、工学系の学科へ入るのが筋である。
私は、考えが幼稚だったのである。
しかし、親の考えは、そうではなく、ただ単に、見栄だったのではないか、と私は疑っている。

宮古高校に入学した私は、ヨット部に入ったが、当時の3年生がちょっと暗い雰囲気であったのがあまりいい気がしなかった。
それは、活躍した同級生の女子も言っていたことでもある。
そんなこともあり、辞めようと先生に相談しに行ったら、先生が引きとめてくれた。

その後、3年生が引退した夏季合宿が転機となる。
先輩である2年生が、解放的な人たちであり(男2人しかいなかった。常に女子と一緒に練習するから、本当に先輩は2人しかいなかった)、1年生の話もよく聞いてくれた。
その頃から、ヨットは面白いと思った。
実際に、のめり込んでしまうほど面白い(かな?)

熱中しすぎて、あまりにも学業の成績が悪かった。
後から聞いたのだが、入学時、私は360人中50番で入ったらしい。
1年生の期末で、150番。
これには親もカンカンで、「2年の最初の校内実力テストで、50番以内に入らないと、ヨット部をやめさせる」という約束が、先生とかわされた。
ヨットを続けたい私は、真面目に勉強し、何とか30番くらいになった。
先生からは、「やればできるんじゃないか。よかったな、ヨットを辞めなくて」と褒められたが、談判された先生のほうが、安心したと思う。
私より。
それからは、成績があまり下がらないように、テキトーに勉強し、3年生までヨットを続けた。

インターハイが終わったら、思う存分勉強しよう、と思っていたが、そうはうまくいかない。
ドラゴン桜」で書いたように、「学ぶ面白さより、金儲けのために押し売りされた面白さへと、傾倒する」のである。
友だちと街をブラブラしたり、つまらないことに興味をもって遊んで歩いたり。
尻に火がついたのは、11月に入ってから。
ある試験で、得意科目である数学が、まるっきりダメだったから。
得意科目がダメなら、ほかの科目はもっとダメに決まっている。
そこで意を決して、「共通一次試験までは、絶対にテレビを見ない」。

本当に年末年始もテレビを見ずに受験勉強した。
共通一次試験(今のセンター試験)はマークシート方式であり、得意の数学で、マークする問題の欄を一つ間違えて書いてしまい、その下は、つまり全部ずれた。
終わる直前に気がついて、全部書き直し、それがちゃんと機械で認識されたかどうか不安だった。
書き直した部分は正解だったので、不安は、それのみ。
国語と英語は、まるっきりダメであったが、そのハンデを覆すだけの理系科目と社会でかなり点数を稼いだので、入学した学科の成績は、2番だったらしい。

今思うのだが、「ドラゴン桜」流に勉強に熱中すれば、岩手大学よりは、もう少しマシな大学に入れたと思う。
でも、たぶん、入ってからが問題だったと思うから、やっぱり、これで良かったのだろう。
斉藤徳美先生や研究室の仲間とも出会えたことだし。

「あの時、こうしていれば・・・」という場合の数は、たくさん考えられるが、「ドラゴン桜」を読むと、その場合の数は、無限になる。
遊ぶのは、大人になってからでいい。
子どもの時分より、大人になってからのほうが、遊びのレパートリーも広がる。
したがって、子ども時代の遊びなど時間の無駄であり、勉強して、東大を目指すべきである。
「ドラゴン桜」に、「東大に入ってから遊べ」とは書いてないが、東大に入らないよりは、東大に入ったほうが、いろいろな可能性は広がる、ということは書いてある。

つまり、勉強しないよりは、勉強したほうが、人生の選択肢や未来への可能性は広がる、ということだ。
posted by T.Sasaki at 20:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ドラゴン桜

こんばんは。

「最近のコメント」で、私の学歴コンプレックスを指摘されたことに関連して、「ドラゴン桜」に話題を振ることにする。

マンガ「ドラゴン桜」は、私の青春時代にはなかった。
2003年から連載が始まっているから、それは、私がとんでもなく忙しい時期であり、知らない。
しかし、私の同世代か、それより下の世代が、何らかの形で、「ドラゴン桜」を読み、高校生の子どもを持つ頃にあたる。
私が「ドラゴン桜」を知ったきっかけは、ラジオだったか、テレビだったか忘れたが、「ドラゴン桜を読んで、子どもを東大に入れた」という話を聞いたから。

今年、八戸で、台風休みで暇だったから、マンガ喫茶だったか、そんな店で、念願の「ドラゴン桜」を少し読んだ。
なるほど、面白かった。

熱い!

私の甥っ子や姪っ子に読ませるために、つい、全巻、買ってしまった(笑)。
そして、今、少しずつ、私も読んでいる。
21巻もあるから、普通の読書より疲れるような気がして、1日1巻と決めている。
若い時は、マンガなど一気に読破したが、今は、疲れて途中で読む気が失せる。
なぜか、マンガを読むのは、疲れるのである。

このマンガは、いろいろなものが詰まっている。
学歴社会のトップに君臨する人間への嫌味を、読み方によっては感じるだろう。
私のいう嫌味と同じようなものだから、面白いと、私は思うのかもしれない。

小学校のうちは、ほぼ人間の気持ちは純粋だと思う。
それが、中学になって、いろいろなことに感化され、より面白いと思うものへと感情が流される。
例えば、ゲームやスマホ。
勉強どころではない。
学ぶ面白さより、金儲けのために押し売りされた面白さへと、傾倒する。
ここが、子どもやその親たちの試練である。
誰もが、ここで、学歴社会の分岐点に立つのである。

ドラゴン桜は、そこを暗に指摘している。
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2017年11月09日

糖質制限について

こんばんは。

このブログで、以前、がんと闘病する際、糖質は大敵だと紹介した。
さらに、デブの元は、糖質だということも紹介した。
いちいちリンクを貼るのは面倒くさいので、検索してください。
いつか貼るかもしれないけど。

しかし、世の中では、糖質制限は良くないという主張も、少なからずあるようだ。
両方あると、私たちのような素人は、どちらが本当なのか、どちらを信じたらいいのか迷ってしまう。
私も、このブログで書いたものだから、「本当はどっちよ」と叫びたくなったりするが、私は、糖質制限が正しいと思う。

日常生活で、普通、ご飯にしろ、パンにしろ、嫌でも食べている。
その他、機会があれば、ラーメン、うどん、そば、と、糖質に出会わないほうが珍しいくらいだ。
そして、10時や3時に一服(休憩時間)には、お菓子や果糖ぶどう糖液糖の入った飲み物をご馳走になったりする。
これでは、糖質制限を意識しないと、デブになる一方である。

私はデブではない。
しかし、腹の皮は、若い時に比べれば、明らかに厚みを増している。
私の父は、腹がデブである。
現役を退く前から、甘いものが大好物であり、1日に、お菓子を1袋あけるのは普通のことだった。
引退しても、同じ調子で食べているから、いくらご飯を減らしても太るわけだ。
このままでは、デブ過ぎて、自分の足で自重を支えきれない可能性があるから、私は、父を戒め始めた。
寝たきりになったら、たまったものではない。

人間の体を構成するのは、たんぱく質である。
これと最低限度の糖質を摂取すれば、人間は、デブにならずに生きていける。
糖質は魅力的だから、できるだけ制限する方向で摂取すべきだ。
だから、最近、美味しい米や美味しいパン、その他には、最近、宣伝する側に、悪意すら感じてしまう。
そんなに、私たちをデブにしたいのか!
どうせなら、高タンパク、低糖質の美味しい食べ物を、宣伝してほしい。

医者にも文句を言いたくなる。
ちょっと話は変わるが、父は、薬をいろいろと処方される。
私は、騙されている部分があると思う。
似たような効能のある薬を、なぜ二つも処方されるのか。
「これ、おかしいんじゃないの?」と言っても、信者たちは、医者を信じる。
ところが、新しく処方された薬の効きが良すぎて、副作用が出て、日常生活に不都合が生じてくると、その処方に疑いを持ち始めるのだ。
今、父は、その薬を半分しか飲まない。
医者は、個人差など考えないで、ほぼ「この程度でいいかな」と薬を出すのだろう。
あとは、患者がそれに対し、不満を訴えるかどうかにかかっている。
過剰な投薬は、百害あって一利なし。
そんなことは、医者自身わかっている。

薬のデパートみたいに、食後にたくさんの薬を飲む人を知っている。
私は、例のごとく、「お医者さん、ヤブじゃないの?」と言うと、信者は怒る。
そんなものだ。
一つの投薬で、副作用が出る場合がある。
過剰だと、それは顕著であるから、患者は、ここが具合が悪い、と言う。
今度は、それを改善するために、新たな投薬をする。
訴えた症状は緩和されたが、次は、その投薬によって、新たな副作用が出て、それを患者は訴える。
医者は、さらに薬を処方する。
これが、薬で儲ける方法である。
医者たちが、この儲ける構造を知らないわけがないだろう。
だから、たくさんの薬を処方する医者は、正直ではないと思う。

薬は儲かると思う。
病院のそばの薬局へ行くと、店舗の割りに、従業員にの数が多いと思わないだろうか?
ほぼ、暇な人が多い。
暇と言ったら悪いから、余裕がある、と言っておくか。

先日、コンビニのことを書いたが、あのように、競争の激しい業界は、従業員に余裕はない。
コンビニだけではない。
競争の激しい業界は、手を動かしなら、常に次の作業のことを考えていなければならないのだ。
それぐらいやらないと、コスト競争はできない(一人あたり、かつ、単位時間あたりの作業量を増やすということ)。
それから見れば、薬局の従業員は、非常にのんびりしている。

糖質制限の話から、薬局の悪口になってしまったが、話を戻す。
なぜか、医者も薬剤師も、「糖質制限したほうがいいんじゃないの?」とは言わない。
「痩せなさい」とは言うが、具体的に言わない。
国民にデブのままでいてもらったほうが都合がいいのだろう。
この辺にずるさがある。
私が「糖質制限しなさい」というのと、医者が「糖質制限しなさい」というのでは、患者に対し、効き目が違う。
私が言ったって聞かないけれど、医者が言えば、信者は聞く(笑)。
医者は、この性質を多いに利用すべきである。

お〜、我ながら、いい提言だ(笑)。

前にも書いたが、デブになるのは、簡単である。
脂質と糖質をたくさん摂取し、頭を使わない、体を動かさない。
これでオッケー。
だから、デブにならないようにするには、これを逆にすればいいだけの話なのだ。

日常生活をしている中で、自分を取り巻く人々を見て、本当にそう思う。
「オレ、そんなに食べてないよ」という人でも、私に比べれば、やっぱり驚くほど食べている。
「水を飲んでも太る」という人もいるが、それはウソだと思う。

悪いことは言わない。
デブは足に来る。
年をとれば、足のけがは致命的であり、私の祖母は、それで寝たきりになった。
母はその面倒をずっと見た。
ボケた祖母は、最後は、嫁である私の母を、娘だと思って他界した。
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2017年11月06日

インド人が金を好きな理由

さらに再び。

中国とインドは、金(ゴールド)購入の世界一を争っているのだそうだ。
中国は、急成長の成金であり、しかも見栄をはる民族だから、そうなのだろう。
しかし、インドは、少し事情が違うらしい。
インド人が金を好きな理由を、少しわかった気がする。
引用する。

ゴールドは家族の愛の証
新婚家庭に女の子が生まれると、親はいつか嫁いでいく娘のために、コツコツとゴールドを蓄えはじめます。かわいい娘にできるだけたくさんのゴールドを持たせてやりたいという親心です。インドでは、かつては女性の地位や権利が認められず、土地や家屋などの不動産を相続することができませんでした。嫁入り時の持参財は、その代償。財産の生前分与と考えられます。
親からもらったゴールドは、いざという時の助けになりますが、よほどのことがない限り換金しないと言います。そして自分に子どもができた時、親がしてくれたの同じようにまたコツコツをはじめ、もらったゴールドと一緒に子どもへと受け継がれていくのです。

有事に人を救ったゴールド
インドは、29の州と7つの直轄地からなる連邦国家です。長い歴史の中で、外からの異民族侵入や各地の諸王国が分立する状況が繰り返されました。ヒンディー語が公用語とされていますが、地域ごとに言語が異なります。16世紀に統一王朝としてムガル朝が成立してからも各地で争いが絶えず、19世紀にはイギリスの支配下に置かれました。
王が代わり、為政者が代われば、貨幣の価値も変わります。独立後には凄まじいインフレも何度か経験しました。でもどんなに政治情勢が変わろうとも、ゴールドの価値が失われることはなかったのです。そのことがインドの人の身に染みついているのでしょう。
「1947年にインドがパキスタンと分離独立する前、私の両親はパキスタン側の地域に住んでいました。でもヒンドゥーとイスラムを強制的に分けようとしたことで暴動や虐殺が起こり、その地を追われました。家も土地も商売もみんな捨てて逃げるしかなかった・・・。生き延びることができたのは、その時、母が身につけていた金のおかげなのです」
({PATU46」p3〜p5)


都合にいいように引用したが、さらに、続けて、都合のいいように引用する(笑)。
先ほどのはインドだが、これは、日本人の話である。

結婚する際に1オンスの金貨のネックレスを渡しました。これだけあれば、国内ならどこからでも自宅へ帰れるお金になるので、非常用のお金になると考えての贈り物でした(50代・男性)
(「PATU46」p10)

こういう懐の深い男にめぐり逢えた女は、幸せなんだろう。
中身は知らないが・・・。

真似してみたいけど、相手が・・・(笑)。
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コンビニオーナーを救え!

再び、こんばんは。

今や、地元の零細商店を駆逐した感じのあるコンビニであるが、そのオーナーたちも苦労しているようだ。
引用する。
現実は厳しい。

「毎日、廃棄弁当食べています」というキャッチコピーで話題の新書『コンビニ店長の残酷日記』(小学館)。コンビニオーナーは悲惨というイメージが、世間にはありますが、実際のところはどうなのでしょう?
 何と言っても気になるのは、儲かるかどうかです。1日の売り上げが約50万円だと、粗利は15万程度。そこから上納金34%〜43%・バイト代・光熱費・廃棄ロス・万引き(内引き)などが引かれ、年中人手不足なので求人費用などもかかります。意外と知られていないのが、コンビニコーヒーで使われるミルク、包装おしぼり、おでんのカラシなどの無料提供品。これらも実はオーナーが身銭を切っています。あって当たり前になったトイレですが、トイレットペーパーや石けんなどの消耗品、破損時の修理も店の負担です。
 それでも売り上げが伸びれば、儲けも順調に増えるでしょう。1店舗が成功すると、本部は地域を独占しようと、直営店の投入など集中的に出店するドミナント戦略を採ります。一定地域を独占すれば、配達の効率も上がるので本部としては当然の施策です。が、個人経営のオーナーにしてみれば、客の取り合いになるので死活問題。たまったものではありません。それならばと無理をして、数店舗を経営するオーナーもいるようですが・・・。
(「ラジオライフ」2017年10月号p45)


つまり、コンビニオーナーは、コンビニ本部の道具になっているに過ぎない。
本部は、とにかく売り上げが大きくなれば規模の経済で潤うわけであり、末端のコンビニオーナーや消費者のことを考えているわけではないのだ。
たぶん、「売り上げ次第でオーナーは儲かりますよ。頑張って〜」と言われるのだろうが、行く末は、見えてしまっている。
かわいそうだ。

おでんのカラシは、家で食べない納豆のカラシを使おう!
私は、納豆のカラシを冷蔵庫に入れておき、煮しめを食べる時に使っている。
みんなもそうしよう。
おしぼりなんて、あんなの無くてもよい。
コーヒーはブラックのみ。
砂糖やミルクなど、デブの元。

地元の商店が無くなった現在、コンビニオーナーにも、幸せを。

(漁師のほうが、楽だと思うのだが)
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現在は無職みたいなもの

こんばんは。

もう私は、いか釣りを切り上げて、鮭延縄の準備もほぼ終わったが、鮭も獲れていないので、現在、無職の状態である。
今年のいか釣りの乗組員は、昨年から決定していて、信頼のおける人物からの紹介だったので、安心していた。
私より10歳も年上だが、しっかりした人だった。
来年は、彼のおじさんの船を手伝うから、もう乗れないと。
だから、さっそく心当たりのある人に声を掛けたら、「OK」ということで、来年もいか釣りに関しては安泰である。

なぜ、切り上げたか、というと、乗組員に対する配慮である。
もともと、鮭延縄には乗らない予定だったので、どこで漁を切るかがポイントであった。
月給30万円で、あとは、歩合給がどれだけ付くかが、乗組員の楽しみ。
10月の時点で、すでに、商売として成り立つかどうか疑問符のつく水揚げしかなく、もちろん、10月以降、歩合給など、つく見通しもない。
それならパッと切り上げて、数十万でも持たせて里に返したほうがいい。
これは、理に適っていると思う。
漁に見込みのない時、パッと切り上げれば、その結果、魚類資源は増えるのだから。

彼が帰る時、「ご覧の通り、不漁だったから、小遣い銭程度しか当たらないよ」と言ったら、「わかってるよ」と。
しかし、計算してみたら、意外にも歩合金があった。
彼は、里に帰っても、じっとしている人間ではないので、すでに仕事をしていると思う。
仕事なんて、選ばなければ、いくらでもある。
私としては、1年いっぱい乗ってほしいのだが、彼は地元の人間ではなく、青森の人間だから、彼なりの都合があるのだろう。
それでも、近年雇った乗組員にしては珍しく、最後まで乗ってくれてよかったと思う。

私が経営するようになってから、1年間に船を動かした日数の最も多い年で、185日である。
近年は160日前後であり、1年の半分は、休業状態なのである。
慣れてしまえば、こんな楽な職業があるだろうか。
と、いつも思うのである。

これほど魚類資源が少なくなると、「もうやめてもいいかなあ」と思ったりするのだが、昨年やった一人操業もできなくもない。
一人でやったって、船の維持経費のほかに、生活費や年金ぐらいは払えるだろう。
少なくとも、いか釣りに関しては、日本海であろうと、太平洋であろうと、たぶんできるのではないか、と思っている。
posted by T.Sasaki at 20:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月23日

自民党は、選挙上手だ

こんばんは。

今日、台風で、船を見回りに行って来ては、ぼーっとテレビを見ていた。
選挙一色で、あーだこーだとテレビは言っている。
その中で、小泉の息子さんが、希望の小池東京都知事に感謝している、と言っていたことが報じられていた。
ネットで検索したら、あった。

http://www.sanspo.com/geino/news/20171010/pol17101015340010-n1.html(「SANSPO.COM」)

この中で、「3つ目は、選挙目当てでいろいろやっても有権者は見抜くということ。ありがとう」とある。
しかし、これは違うと思う。
野党のゴタゴタに乗じて、解散を仕掛けたのが、安倍総理だ。
あのタイミングでの選挙は、不意打ちだから、選挙目当てなのは、明らかに自民党だったのだ。
それに対し、野党はみんな解散に対して、反発した。
ゴタゴタの中、準備どころではない。
急場しのぎの民進党党首の妙案から、小池都知事が、つい、本音(だろうなあ)を漏らした。

「排除」

こういうのは、日本人だけでなく、世界中の人が嫌うだろう。
まあ、「希望」小池の自滅としか言いようがない。

結果は、自民党の安泰で、まあ、そんなものだろう。
若い人たちが、保守好きみたいだから、かもしれない。

それでいいのかい?

と言った人が、電波芸者と昔いわれたことのある田原総一郎である。
で、前にブックマークしておいたはずが消滅しているので、いいリンクを見つけた。
掲示板形式で、コメントが少し書かれてある。
冷やかしがほとんどみたいだが、これを書いているのが若者だとしたら、まあ、そんなものか、と思うしかない。
田原や私たちは、どうせ先に死ぬんだから、あとは、若い人たちで考えればいい。
自民党は、何なのか、ということを、田原は言おうとしているのに、話が、強い日本から戦争に行ってしまっている。
言葉尻だけ捉えるのではなく、もうちょっと、全体を読んでほしいと思う。
本当は、若者たちには、「先代のツケを残すな」という一言でも言ってもらいたいのだが。

http://u1sokuhou.ldblog.jp/archives/50500435.html(「U-1速報」)


コメント欄に、元気のいい?若者から、「学歴コンプレックスをこじらせてますなあ」という、有難くないような有難いようなコメントいただいた。
学歴コンプレックスにもいろいろあると思うが、私の場合、「君たちは頭がいいんだから、もう少し、マシな政策を考えたら?」と嫌味を言いたくなる、というものだ。
つまり、「マジメにやれよな」と。
これが、コンプレックスというなら、そうかもしれない。

日本の国を動かしているのは、政治家をうまく使っている官僚たちである。
専門的で面倒な計画は、たくさんいる政治家のうち、半分もわかっていないのではないか。
「頭のいい先生なら、ご理解いただけると思います」と一言口ぞえされれば、選挙が終わってふんぞり返り始める政治家は、わからないくせに「わかった」というのだろう。
官僚の肥大化は、増税であり、国民の税負担を軽くするために、彼ら自身から、身内を減らす策を講じることはない。
こういうことを書いている本は、枚挙にいとまがない。
だから、自由勢力(減税勢力)vs.民主勢力(増税勢力)の対立軸は必要なのであり、官僚を引き締めるのは、国民の負担を軽くしようとする自由勢力の政治家の役割である。
自由勢力が皆無であるから、日本は、いずれ、先進国に先駆けて、財政破綻するかもしれない。
危機感がなく、今のままでいい、という若者が、ずっと自民党に投票するならば、彼らは支持を得られたと思い、どんどん財政支出を増やすだろう。
最後は、後の世代に、そのツケが回っていくというのに。

まあ、若い人たちは、そこを考えて、うまくやりなさい。
と嫌味を書いておく。

私の学歴コンプレックスは、嫌味を書いて解消することにしよう(笑)。
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2017年10月21日

日本の政治家は、半分でいい

今夜も三度目。

衆議院議員選挙の真っ最中であるが、たぶん、みなさんは、国会議員たちにがっかりさせられていると思う。
今後も期待しないほうがいいかもしれない。
とても、国の将来のことなど考えているとは思えない。
配信されるニュースを読んでいると、嫌でもそう感じる。

「希望の党」に、なだれ込んだ民進党議員たちは、情勢が悪くなると、今度は希望を見限ったりする。
彼らに主義などないのだろう。
これなら、もう「希望の党」に希望はない。
もともと、「希望の党」は、安倍自民党のエラーを指摘しているのみで、主義や政策に、決定的な違いがあるわけではない。
二大政党といっても、小沢が目指した二大政党とは、全く違う。
その点、立憲民主党のほうがわかりやすい。
これは、あきらかに自由勢力との対立軸にあるからだ。
立憲民主党に勢いがあるのは、ある意味、救いである。
日本の有権者に、まだ、判断能力がある、と思う。

「希望の党」の「内部留保課税」、これは、とんでもない政策だ。

http://toyokeizai.net/articles/amp/192702(「東洋経済オンラインhttp://toyokeizai.net/list/welcome

記事にあるとおりだが、「希望の党」は、ちょっと考えたほうがいい。
私ならば、労働者との利益配分を是正せよ、と提言するのだが。
内部留保をやりすぎても、労働者には、その分、賃金が少なくなるから、あまりいいものではない。
景気がよければ、企業は、賃金を上げるし、設備投資も大きくする。
内部留保は、いわば保険みたいなものだから、この規模がどれくらいがいいのか、それは、私にはわからない。
今でも、自分のやっている小型船の事業で、数値化できない。
私は、こういうカネの問題が苦手であるから、内部留保をどれくらい持っていればいいのか、判断できない。
しかし、「希望の党」や国会議員たちは、頭がいいのだから、それくらいのことは考えているはずなのである。

もしかして、考えていないかもしれないが。

考えていないと言えば、自分の無駄な発言の後のことを考えていない議員もいる。
彼は、議員の資質がない。

http://news.livedoor.com/lite/article_detail_amp/13776863/

岩手3区で立候補している小沢一郎へ投票する人は、「脳がおかしい」のだそうだ。
選挙中にこんな発言をする連中が国会議員なのだから、議員など、半分でいい。

小沢一郎の二大政党制の夢は、潰えた、と言っていいだろう。
彼は、「自由勢力 vs. 民主勢力」を作りたかった。
自民党の分裂である。
自由民主党などという、どっち勢力も混ざった政党は、非常にわかりにくい。
それに比べ、頑張って仕事をやり税金を払う側と、一方、福祉主義、平等主義など、税金をたくさん必要とする側とを、対立軸とし、前者を自由勢力、後者を民主勢力、として、政党を作り直したほうがよかった。
これが、たぶん、小沢一郎の夢だった。
彼の「日本列島改造計画」を読めば、その夢がわかる。
私が津波で流した本だが、彼は、本の冒頭から、自己責任について、記していたはずだ。
彼は、だから、「自由党」と作ったのであって、それがうまくいかなかった。
二大政党が彼の夢であるのに変わりはなく、だから、自分の主義とは違う民主党を作った。
最後は、孤軍奮闘し、結局、「自由党」で終わった。

彼は、あまりに傲慢だから、みんなに嫌われ、一人ぼっちになった。
私も、自民党時代の小沢一郎は大嫌いだった。

しかし、彼の二大政党制は、国民に対し、わかりやすい対立軸の提示であったと思う。
私の小沢一郎論は、これに尽きる。

傲慢な分、わかりやすい政治家であったと思うし、わかりやすい分、他のライバル政治家やアメリカ政界から、簡単に陥れられたのだと思う。

その点から言えば、安倍も小池も、非常にわかりにくい。
立憲民主党や社民党、共産党のほうがわかりやすい。
わかりやすいが、私とは主義が違う。
維新など、名前自体から悪い。
自民党は、もっと嫌いだ。
あの政党は、漁師の敵である。
彼らの現政策は、魚類資源を減らす方向へと導いている。

では、何がいいか、って?

何もいいのがない。
posted by T.Sasaki at 20:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ダイソーの時計

再び。

自己責任といえば、これも自己責任だと思う。
安物買いの銭失い。

ダイソー時計.JPG

八戸で台風避難していたとき、暇なので、ダイソーに行って、いろいろ物色しながら、ついつい買ってしまった時計。
乗組員が100均ファンなので、釣られて。

私は腕時計を20年くらいやったことがない。
なぜ、腕時計をやらないか、というと、壊したり、バンドがいかれて落としたりするから。
特に、船の上で、荒い仕事をするようになると、バンドがいかれて、海へ落としたりしたことがあったから、それ以来、やらない。

今年、新潟へ行った時、ある人が「腕時計って意外に必要だよね」と言っていた。
言われてみて、初めて同感。
時間を調べるのに、いちいちケータイをポケットから出さなければならないのだから、時間がかかる。
だから、買ってみた。
シンガポール製500円。

これが、とんでもない代物で、買った当初、1日当たり、1分くらい遅れる。
「まあ、こんなものか」と思っていたら、朝目覚めたら、止まっていた。
あきらめて、その辺に置いていたら、再起動していた。
それで腕にはめたら、今度は、2分くらい進んでいた。
その後は、一進一退の攻防(笑)。

結論。
ダイソーの製品は、消耗品に限る。

腕時計は、やっぱり、SEIKO。
岩手県雫石には、SEIKOの工場がある。
posted by T.Sasaki at 20:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

地元のお祭りに今年も参加

こんばんは。
お久しぶりです。
本当は、それほど忙しくもないのに、ブログはサボっていました。
でも、更新を楽しみにしている人もいるようなので、しかたなく。

この暇な間、するめいかの大不漁で、八戸と宮古を行ったり来たりし(なぜか久慈沖にばかり漁がある。きっと、久慈の船は景気がいい)、身になっていない。
現在は、運よく、前浜で、電気いか(夜いか)をやっている。
今の時期、アンカーの電気いかで、何とかなるのは珍しい。

10日ぐらい前には、地元高浜のお祭りがあり、高浜の岸壁にぽつんと船がいる。

お祭り船2017.JPG

神輿運行後、恒例の飲み会で、黒森神楽が、特別の舞をやる。
高浜の消防屯所兼公民館(地区センター?)の落成祝いらしい。
来年、曳船をやりたい、という話をされたが、震災後、一度もやっていないということもあり、私自身は「やりましょうか」と了承したが、あとは、祭典委員会がどう行動するかにかかっていると思う。

近年の曳船はハードルが高く、損害保険をかけなければならない。
以前は、万が一、事故が起きても、それは、搭乗者の自己責任であったのだが、現在は、それを国が許さないらしい。
だから、祭典委員会などでは、費用の問題やその万が一の責任をどうしたらいいのかを悩んでいる。

本当は、単純なものだ。
自発的行動は、自分の責任であり、搭乗者は、自由意志で乗るのだから、自己責任でいい。
船主や祭典委員会は、搭乗者に強制しているわけではないのだから、重大な責任を負うことはない。
祭典委員会だって、怪しそうな船に、お願いするわけではないのだから。
今一度、自己責任、社会責任、国の責任の範囲というものを考えてほしい。

責任の一端について、ここで例示する。
公は、強制的に税金を私たちから取るのだから、その使い道に対して、非常に大きな責任があるのだ。
「他人に強制する」ということは、そういうことなのだ。
「強制する」ということは、その分、大きな責任を背負うことになる。
このことを自覚する親分やその子分たちは、異常なほど少ない。
posted by T.Sasaki at 20:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月15日

迷惑な最後の船

再び。

以前、八戸の館鼻岸壁を占領している迷惑な動かない船のことを紹介した(「八戸漁港水揚岸壁・係船岸壁利用区分」「八戸漁港水揚岸壁・係船岸壁利用区分」その後 参照)が、それは、今年いなくなった。
さすがに、船主もまずいと思ったのだろう。
最後に残るのは、この1隻のみ。

岸壁を占領する最後の船.JPG

この動かない船を処分できない船主は、公共のこの岸壁を、どう思っているのだろう。
まさか、「オレの岸壁だ」とは考えていないだろう。
こういう迷惑な船は、公共の岸壁を使う資格はない。

館鼻岸壁では、中埠頭が小型船専用岸壁であり、そのすぐ横の岸壁もそうである。
ところが、大型まき網の運搬船が、懲りずに、中埠頭に係船していたりする。
昨日などは、ある船主がとんでもなく怒っていた。
彼があんなにエキサイトするのは、非常に珍しい。
でも、良い情報もいただいた。

船が混んでいない時は、まあ、空いている岸壁を使ってもいいだろうが、この通り、日本全国でも、比較的マシなのが、久慈沖から八戸沖の漁場であり、そこに小型いか釣り船がひしめいている。
だから、常に、八戸港には50隻以上はいる。
鮫の港には、小型船は係船禁止であり、その理由は、まき網船の水揚げに支障があるから。
だから、水揚げの終わったまき網船は、広い鮫の港に係船すべきなのである。
それをわざわざ館鼻港の中埠頭に係船しているのだから、小型船への嫌がらせと取られてもしかたないだろう。
沖では、するめいかを根こそぎ獲って小型船をいじめ、オカでは、岸壁を占領して小型船をいじめている。
これが、八戸港での、大型まき網の姿である。
posted by T.Sasaki at 19:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする