日本の漁業が崩壊する本当の理由 片野歩

世界中で魚類資源が増えているのに、日本だけが減っている。
この現実を、恥ずかしいと思うべきである。

日本の漁業が崩壊する本当の理由.jpg

すべての漁協組合長、理事、参事、そして、任意の漁業団体の会長以下すべての役員たちは、この本を読むべきだ。
読みたくないならば、「日本の漁師は大バカものだ」を参照すること。
これを認識できないならば、役職に就く資格はない!

2012年11月03日

読売巨人が優勝か!

みなさん、再び、こんばんは。

私の大嫌いな巨人が、日本一になってしまいました。
巨人の選手には悪いんですが、渡読売新聞は、原発を推進した新聞であり、かつ、福島原発の再稼動時、再稼動に反対した元佐藤栄佐久知事を非難した新聞です。

大嫌い!

そういう球団に好き好んで入団する選手は、ちょっと考えたほうがいいと思います。
野球人である前に、人間であり、日本人であり、ちゃんとした大人のはずです。
野球は、どこでもできる、と思いませんか?

福島原発を再起動した、あるいは、今でも、原発を動かさないと困る、という、経済界の重鎮たちが、この日本を、奈落の底へと追い落とした。

彼らは、福島原発再稼動を促した新聞社と同様、福島原発事故のA級犯罪人です。

日本経済界のトップたちは、率先して、福島の食べもの、東北の食べものを、社内で購買するよう、命令すべきだ。
それをしない奴は、福島原発事故の責任を負ったとは言えません。

大嫌いな巨人が優勝した日にちなんで。

ではでは〜。

雷
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2012年04月24日

福島県を応援しよう

みなさん、こんばんは。

実は、一昨日、右手の小指の爪をつぶしてしまい、昨日の午前中まで、血が止まりませんでした。
昼飯を食べてからようやく血が固まり、それからパソコンをさわっています。
まだ、爪が浮いた状態で、膨らんでいます。

それでは、昨日に続き、1F事故の主犯格を紹介していきます。
もちろん、主犯は、東京電力ですが、それに群がった原発立地自治体も主犯格。
電力のカバーしている領域は広く、政治家からマスコミ、大企業へと、果てしなく続きます。
これらの垂れ流した主張や情報は、紛れもなく犯罪です。

そんな中でも、福島県の前知事は奮闘しましたが、あまりに敵が多すぎた。
弱いものいじめは、誰にでもできるが、強いものに歯向かうことは、誰でもできるものではありません。
弱いものをいじめた結果が、1F事故なのです。

尖閣諸島購入で、今や、英雄視されそうな石原東京都知事も、弱いものいじめをしたのです。

東京都の石原慎太郎知事は、「石原知事と議論する会」で、「東京の電力自給率は6%しかない。東京はあちこちから電力をもらっている。東京は東京で努力しなければならない。極端なことを言うと東京湾に原子力発電所を作ってもいい。しかし、いきなりというわけにはいかない」と答えている。しかし、刈羽村の住民投票の結果について問われると、
「一部の反体制の人たちがたきつけて、日本をぶっこわしちゃおうということだろう」
「原子力発電所は仕事をすればするほど危険だというわけもわからない理屈で反対している。東京湾に作ったっていいくらい日本の原発は安全だ」
と批判した。
(「福島原発の真実」p103)

これは、2002年のことです。
すでに10年も経っていますから、東京都に、原発計画があっても不思議ではありません。
だから、石原知事の「いきなりというわけにはいかない」という発言は、ただの逃げの口実だったのです。

彼は、そういう人だ。

早すぎた瓦礫撤去」でちょっと指摘したように、福島の瓦礫を受け入れないで、なぜ、宮古の瓦礫を受け入れたのか?
最も放射能の少ない瓦礫を狙って、先に手を挙げ、英雄視される。
早いもの勝ち。

「やっぱり石原知事だ!」

彼は、そういう人だ。

こういう事例は、調べれば、たぶん、枚挙に暇がない。

一方、佐藤栄佐久前知事は、健気にも、原発再稼動に反論しましたが、新聞からも叩かれ通し。

 『読売新聞』は4月20日付紙面で、「原発は急に立ち上がらない」というタイトルの社説を掲げた。
「電車は線路上で立ち往生し、信号が消えた道路は大渋滞に陥っている。ようやく戻った家はロウソクで薄暗く、料理もままならない。高層住宅は断水し、トイレにも困る―。関東全域で、大停電という悪夢が、現実のものになろうとしている」
 このような書き出しで、「大停電」の恐怖をあおった。そして、
「地元に反対の残る再稼動を前に、経産省と東電、県と市町村が決断の責任を押し付けあっているように見える」
 原発全機停止から10日後の4月25日、原子力安全・保安院は新潟の柏崎刈羽原発3号機に安全宣言を出し、運転再開に向けての動きが始まった。5月7日、同機が稼動開始、国は、「次は福島」という雰囲気に持っていこうとしていた。
 原発立地地域の双葉郡内各市町村や県議のもとには、保安院の担当者や東電幹部が次々に訪問し、5月になると、相次いで意見集約のための会合を開くようになっていた。5月15日には東京都議会が福島県議会を訪問して、事態の打開を要望した。発覚当時は強硬だった県議会も再稼動に向けての議論を開始したい、という雰囲気になってきた。
 2003年4月、資源エネルギー庁は新しい「アメ」を用意してきた。プルサーマルを受け入れた自治体に対して、電源三法交付金から、使用済み核燃料に対して拠出する交付金の額をMOX燃料はウラン燃料の2倍に、それまで設備容量ベースで算定されていた交付額は発電電力量に応じた算定方式に見直され、プルサーマルには、ウラン燃料の発電に対して3倍額を交付することに決めたのだ。
(中略)
そこで、『朝日新聞』に福島県の考え方を投稿し、5月24日付の「私の視点」欄に、「核燃料サイクル立ち止まり国民的議論を」というタイトルで掲載された。東電の原発が停止することになった経緯についての反省もなく、相変わらず核燃料サイクルを唱える国の原子力政策について、歴史をさかのぼって検証して批判、それまでの経緯を簡単にまとめた上で、
「いったん決めた方針は、国民や立地地域の意向はどうであれ国家的な見地から一切かえないとする一方、自らの都合を優先、簡単に計画を変更するという国民や地域を軽視した進め方である」と強く非難し、「今、本音で議論することが必要だ」と強く求めた。
 すると、6月5日付の『日本経済新聞』に、「最悪の電力危機を回避せよ」というタイトルの社説が掲載された。
「首都圏の夏場の大停電という最悪の電力危機が回避されるかどうかのタイムリミットが迫っている」と、読売と同様、危機をあおる書き方で始まるこの社説は、
「(運転再開の)見通しが狂ったのは、原発10基が立地している福島県の佐藤栄佐久知事の動向だ」と、私を名指しして悪者にしている。
 社説は、実際には私が表明したこともない「地元8町村の意向と県議会の了承があれば運転再開を認める」との条件について、私一人が新たな条件を加えることで運転再開の「値段」を釣り上げていると批判し、「電力供給を「人質」にとる形では誰も真剣に耳を傾けないだろう。(中略)地元町村は原発再開で議論を重ねて合理的判断をした。佐藤知事にも早急に合理的判断を求めたい」と結んでいる。
 遠い福島県のごたごたなど、どうでもいい。早く電気を送れ。
 これが「東京」の本音なのだろう。
(前掲書p184)

総攻撃を受けた佐藤栄佐久前知事は、このあと、謀略で失脚し、福島の顔となった佐藤雄平知事は、“慎重に”原発を“推進”し始め、県議会も凋落。

 2009年2月、原発立地地域の双葉郡の町長たちが、プルサーマル実施の要請を佐藤雄平知事に行った。(中略)
 東京電力が福島第一原発3号機(大熊町)の定期点検にあわせてMOX燃料を装架し、プルサーマルを開始したいと福島県に申し入れを行ったのに対し、佐藤雄平知事は、「プルサーマル受け入れ三条件を設定した。耐震安全性、高経年化対策、搬入から10年近く燃料プールに貯蔵したままのMOX燃料の健全性の技術的検証を行うこと、を条件とする内容だったが、2010年8月6日、「県が求めた条件が充たされた」として、プルサーマルに同意を与えた。
 知事の同意を受けて、県議会でも同意の決議をすれば最終決定となる。ところが、2002年8月29日に発覚した原発点検データ改竄・トラブル隠しを受けて県議会が10月14日に採択した「原子力発電所における信頼回復と安全確保に関する意見書」が問題になった。その中で県議会は、「プルサーマルは福島県では行わない」ことを自ら明言しているからである。困った県議会は、結局この意見書採択は「なかったこと」にしてしまった。議会という権威と、県民を守るとりでの役割を、自らかなぐり捨てたのだ。
(前掲書p234)

今まで、私は、福島県が、喜んでカネをもらって、原発を推進しているのだと思っていました。
「身から出た錆」。
しかし、「福島原発の真実」を読んで、それは、一方的な考えであったと認識し、今は、福島県を応援しようという気持ちになっています。
みんなで、福島県も応援しよう!

ところで、立地自治体の双葉町長が、謝罪しました。
「立地町長として責任があれば」は、余計ですが(責任ない、と言うほうがおかしい)。

http://www.asahi.com/special/10005/TKY201204070390.html

これが、当たり前!

私は、佐藤雄平知事も、ちゃんと、謝罪すべきだと思います。
原発を稼動させる判断をしているのは、知事なのですから、責任は免れない。

一言でいいから、「私も悪かった。お詫びします」と。

素直に。

まだ、一言もありません。
これで許されるのか。

みなさんも、私も、素直にいきましょうね。

ではでは〜。

晴れ
posted by T.Sasaki at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月23日

原子力安全・保安院は、最初からウソつきだった

みなさん、こんばんは。

放射性物質がばら撒かれた現実」で書いたように、豊かな三陸の海を守る会のUさんが、私にある本と紹介してくれました。
佐藤栄佐久さんの書いた「福島原発の真実」。
Uさんが、「感動するよ」と言っていましたから。

佐藤栄佐久さんと言えば、佐藤栄作、ではありません。
「知事抹殺」を書いた福島県の前知事です。
謀略で抹殺された前知事は、1F再稼動に立ちはだかったため、“抹殺”されたのです。
今日は、その原因を作った東京電力の不正から紹介します。

何と!東京電力が、GE子会社に、改竄指示を行っていたんですね。
勇気ある内部告発から、それがバレちゃった。

福島第一・第二原発の点検は、アメリカのゼネラル・エレクトリック社(GE)の子会社であるゼネラル・エレクトリック・インターナショナル社(GEII)社が請け負っていたが、点検記録の改竄は東電側が指示したものであることが判明した。改竄は福島第一・第二、そして柏崎刈羽と複数の原発で行われており、組織ぐるみで改竄を主導した疑いが濃厚である。これは、東京電力だけの問題ではなく、日本の原子力政策の問題そのものだ。
(「福島原発の真実」p151)
 内部告発を行ったのは、ゼネラル・エレクトリック・インターナショナル社(GEII)に勤めていた日系アメリカ人社員スガオカ・ケイ氏だった。保安院の説明によれば、2000年7月に内部告発文書を通産省が受け取り、その後、2001年に発足した原子力安全・保安院が調査を引き継ぎ、点検記録の写しなどの資料の提供を受けていたのだという。2001年後半になってスガオカ氏がGEII社を退職し、「身分を守ってくれなくても結構だ」という同意があったため、同年11月以降、GEIIとGEに調査への協力を要請した。両社で内部調査を行ったところ、他にも虚偽記載の疑いがあるところが見つかったのだ、と経緯について釈明した。
 しかし、その考え方は根本的におかしい。内部告発者の個人情報を保護しながら調査するのは当たり前のことだからだ。
(前掲書p154)

たまりかねた福島県は、国へ要望。

9月5日、自民党福島県連は平沼経産相を訪ね、「原子力安全・保安院を経産省から分離独立させるよう」要望する要望する要望書を手渡した。平沼経産相は「当然のことだ」と応じ、前向きに検討することを約束した。
(前掲書p157)

原子力安全・保安院の、経産省から独立ということで、原子力規制庁が設けられようとしていますが、すでに、10年以上も前、福島県から要望されていたんですね。
佐藤栄佐久氏や関係した人たちは、きっと、「何を今ごろ!」と怒っているでしょう。
私たちは、当時の福島県の苦悩を知らなかった。

そして、スガオカ氏の内部告発と原子力安全・保安院の話は、唖然とさせられる結果となります。

2003年放送「筑紫哲也NEWS23」の録画が「You Tube」に掲載され、スガオカ氏のインタビューから、前掲の引用にある原子力安全・保安院の説明がウソだった・・・。

 福島第一原発1号機の点検作業を担当していたスガオカ氏が、蒸気乾燥機の誤設置によるひび割れがあるのを最初に発見したのは1989年だった。スガオカ氏は会社に問題を訴えたが、GEIIは東電の指示するまま、その事実を削除したデータシートを作成した。スガオカ氏は抵抗するが、結局1998年、彼はコスト削減の名目で解雇される。スガオカ氏が当時の通産省に内部告発したのは2000年6月、つまりGEIIを退職した後のことだった。
 ところが、2002年8月29日のデータ改竄発覚の翌日、原子力安全・保安院は、内部告発から発覚まで2年以上かかっていた理由をこう説明してたのである。
「(スガオカ氏は)告発時にはGE社員の身分だったが、2001年後半にGEを退社し、本人から『身分を守ってくれなくても結構だ』と情報源を明かしての調査に同意があったため、GEとGEIIに調査を要請した」(『毎日新聞』2002年8月31日付朝刊)。
「NEWS23」に対しスガオカ氏は、「2000年の内部告発の後、通産省からは1年ぐらいいろいろ聞いてきたが、その後はなしのつぶてとなった」と答えている。つまり、原子力安全・保安院は8月29日の発覚当時、内部告発者の退社時期も、調査の機関についても大嘘をついていた。われわれは、まんまとだまされていたのである。
「原子力の安全を監視する」と、チラシまで配って鳴り物入りで発足した原子力安全・保安院という組織は、実は最初から、すでに腐っていたのだ。
(前掲書p237)

津波によって、1Fはメルトダウンしたとされていますが、地震そのものによって、1Fはすでに全電源喪失したのだ、とする指摘する人もいます。
しかし、その大元の原因こそ、東京電力と原子力安全・保安院が、佐藤栄佐久知事時代に作っていたのです。
背後から支援したのが、政府、経産省、各新聞社。
1F事故は、起こるべくして起こったのです。

そして、今回、設置される原子力規制庁という組織も、「実は最初から、すでに腐っていたのだ」となるのでしょうか。

歴史は繰り返すのです。

ではでは〜。

曇り
posted by T.Sasaki at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月25日

放射性物質がばら撒かれた現実

みなさん、こんにちは。

宮古は、今年一番の雪になりそうです。
春の湿った重たい雪が、宮古地方大雪の特徴であり、これによって、ご飯をたくさん消費します(笑)。
イサダ漁の準備もできず、今日は、珍しく休みで、ようやく風邪も治り、体力も余り気味。
久しぶりにパソコンの前で暇を持て余しています。
福島原発関連の本、その他は、いろいろ読んでいたので、それ関して、ちょっと長く。



ご存知の通り、私は、反核燃運動に参加しています。
あの六ヶ所村の核燃料リサイクルを、無駄な事業である、と断定し、反対してきました。
何ら利益もなく、ただ単に、放射性物質を海へ流す、ということに、一漁業者として反対せざるをえない。
あれは、もうダメだろう、と喜んでいた矢先、3.11大津波が発生し、1F(「ヤクザと原発」という本では、福島第1原発のことを1Fと記述しています。もちろん福島第2原発は2F)が爆発しました。
六ヶ所村再処理工場の本操業より先に、放射性物質が大量にばら撒かれるとは、予想もしなかった。
そして、もう、これは現実です。

副島隆彦先生の本「放射能のタブー」という本が、宮古市の書店で平積みになっているのにびっくりし、思わず買ってしまいました。
こんな田舎で、副島先生の本があること自体、非常に珍しいのですから。
ついでに、隣に積んであった「ヤクザと原発」という本もいっしょに。

本当のところを言えば、副島先生の理系本は、あまり読む気がしませんでした。
「エコロジーという洗脳」という本を買って読んだ時、排出権取引に関する論文のほかは、あまり面白くなかったからです。
ほかは、みなさんが知っているようなことばかり。
あれは、わたし的には、買って損した、と思います。
だから、「放射能のタブー」もあまり気がすすまなかった。
でも、今回のは、買ってよかったと思います。
もちろん、全部がよかったわけではありません。
昔から行われている「LNT対閾値」対決をやっている部分には、本当にうんざりさせられます。
その中でとりわけ目をひいたのが、六城雅敦さんの「微量の放射線は生命の必須栄養素だ」という論文。
これがすごい。

びっくりした。



私たちの行動は、すべて、利益とリスクの比較によって決まります。
例えば、3.11大津波があっても、やはり元の土地に住みたい、という願望も、利益の一つとみなすことができ、大津波というリスクを、その願望が上回れば、その人は、元の土地に家を建てるでしょう。
利益とは、自分の感情を満たすものを含まれます。

私は、利益とリスクの比較について、皮肉にも、原発推進と思われる人から学びました。

http://www.enup2.jp/

ついで、私も「核発電の憂鬱」で、次のページを作りました。

http://sky.geocities.jp/nuclear_gloom/2.html

そして、びっくりさせられた六城さんの論文は、何と、放射線被曝がリスクではなく、利益になっているのです。
リスクではなく、利益ならば、使用済み核燃料は、再処理工場で切り刻んで、航空機で日本全国にばら撒けばいい。

彼の論文は、簡単にいえば、放射線ホルミシス効果。
その最適値は、年100mSvであり、福島は、その最適の地であると。
元論文を書いたラッキー博士によると、年間1ミリシーベルトから10シーベルトの間が最も好ましい被曝線量であるらしい。
放射線を浴びた人は、長寿である。

副島隆彦の学問道場」の会員専用掲示板でいろいろと質問しましたが、管理人(各掲示板ごとに管理人がいます)さんは、はぐらかしたような回答でした。
そこで、六城さんに何とかメールで質問し、彼の話では、低線量被曝のリスクは、限りなくゼロに近い、との回答。
もちろん、除染など必要ない、とのことです。
この後、副島先生も、「重たい掲示板」[887]で、「除染など何の意味もないのだ。」とはっきり書きました。

私は、六城さんにメールした頃、非常に忙しく、おまけに風邪もひいていたので、彼の返信メールに感動だけし、あとは、あまり深く考えませんでした。
この時ひいた風邪がちょっと長引いたため、数年前の新型インフルエンザのことと広瀬隆先生の話を思い出しました。

「なぜ、個人差がこんなにあるんだろう」と。

そして、今度は、「ヤクザと原発」の記述。
あるプラントメーカー系の社員が、水素爆発後に被曝しました。



いったん現場を離れた後、彼は病院で検査を受けた。
もう彼は子どもが作れない。
(「ヤクザと原発」p126)



彼の被ばく線量は、どれくらいだったのか。
彼だけ特別なのか。

それから、原発作業員の亡くなった記事を思い出し、なぜ、嶋橋さんは、あの程度の被曝線量で、白血病になったのか。

http://www.chugoku-np.co.jp/abom/00abom/ningen/000322.html(「中国新聞」)

そして、市川定夫さんの話。
大宮ガンマフィールドで圃場作業員が2人も白血病で亡くなったのは、エネルギーの小さい散乱放射線ではなかったのか(これはリンク切れになっています)。

私は、エビアレルギーであり、酒を飲みながらエビを食べると、確実にじんましんがでます。
30歳前は、じんましんなんて、一度もでたことがありません。
同じ人間でも、歳をとると、こうなるんですね。
たぶん、体内の遺伝子が、どこかで変化した?



実は、私、副島先生に、「私の場合、広瀬先生に近いと思います」とメールしてしまいました。
ネット環境をようやく復活させた時で、まだ「放射能のタブー」を読んでいませんでしたし、広瀬隆講演会の直後でもありました。
きっと、「こわいこわい派のバカな奴」と思っているでしょう。

副島先生いわく「放射能こわいこわい派」のバカ筆頭級、広瀬隆先生は、「こわいこわい」論拠を、個体差においています。
私は、これに賛成します。
なぜ、こんなにも、病気に個体差があるのか。
きっと、放射線被曝による影響も、個体差があるはず。
そうでなかったら、嶋橋さんが、たった通算被曝線量50mSvで、慢性骨髄性白血病になるはずがありません。
もしかして、遺伝的に自然がんに罹る運命だったとしても、放射線が発がんを早めたかもしれない。

放射線ホルミシスを、私は否定するわけではありませんが、しかし、六城さんみたいに、必須栄養素として、新たに放射性物質を過剰に取り込むのは、どうかと思います。
私たちの必須栄養素は、いろいろあるのでしょうが、どんな栄養素でも過剰に摂取すると、必ず、副作用が現れます。
薬も副作用があり、もちろん、個人差も大きい。
放射線だけが例外か?



その後、Sさんから、「放射性セシウムが人体に与える医学的生物学的影響」という本を紹介されました。
この本には、ユーリ・I・バンダジェフスキーという人が、ベラルーシのゴメリ医科大学病院でなくなった患者を解剖し、各臓器に蓄積したセシウム137の量と細胞組織の変化を調べたものが書かれています。
けっこうシビアに傷つきます。
セシウムも、過度に“蓄積させない”ように、気をつけたほうがいい。



再処理工場から放射性物質が流される前に、1Fから大量の放射性物質が拡散され、大気を汚染し、すべて海へと流れ出ます。
もう、再処理工場どころではなくなりました。
何事も、起こる前が肝心です。
再処理工場の場合、何ら利益もないのですから、放射性物質のリスクを強調してもしすぎることはありません。
どんなことをしても止めろ!

しかし、放射性物質大量拡散が現実に起こってしまった。
今までとは、状況が変わりました。
私たちは、嫌でも、放射性物質とともに生きていかなければなりません。
したがって、放射性物質のリスク評価は、今までのように強調しすぎるのではなく、正確にやらなければならない、と思う。

広瀬隆先生が、宮古市で講演したとき、ECRRの飛んでる論文を持ち出した時は、私は青くなった。
あの頃、ちょうどネット環境が復活したので、検索で「ECRR」と打ち込んだら、次のページを発見した。

http://d.hatena.ne.jp/buvery/20110520(「buveryの日記」)
(これは、後に出版された「放射能のタブー」でも引いている。ぜひ、読んでほしい。リスクは、チェルノブイリより桁違いに小さい)

広瀬先生は、ECRRに、一杯食わされたと思う。

「ECRRの論文は、ちょっと違うんじゃないの?」というメールを、「三陸の海を守る岩手の会」のメーリングリストに投稿しましたが、反応のあったのは、1名のみ。
たぶん、ECRRの論文は、神格化されているかもしれない。

反核燃団体だけでなく、反核団体の好きな本に、肥田舜太郎・鎌仲ひとみ「内部被曝の脅威」があります。
引用してある活性酸素・フリーラジカルの本(「『内部被曝の脅威』にちょっと異議」を参照のこと)を2冊買い込んで読んでみましたが、「内部被曝の脅威」は、あまりに都合の良すぎる引用のしかたをしていました。
素直に読めば、放射線だけが活性酸素・フリーラジカル発生に特別寄与しているわけではなかったと思う。

活性酸素・フリーラジカルの本を読んだ頃から、私は、実のところ、「内部被曝の脅威」を持ち上げる人々に、あまり良い感情を持つことはなくなった。




1F爆発の影響は、私たち漁業者に、じわじわと及んできます。

最初は、私には直接関係なかった。

宮古魚市場に水揚げしているトロール船は、スケソウダラを獲ってきます。
それが格段に安い。
スケソウダラからは、ほとんど放射性物質は検出されません(検出されても、数ベクレル程度)。
一方、マダラは、ちょっとでます。
これから、スケソウダラのほうが、回遊性の高いと言えるでしょう。
このほとんど検出されないスケソウダラは、風評被害で、韓国への輸出がストップしています。

1Fにより近い岩手なら、風評被害もしかたないかもしれない。
ところが、北海道も同じ目に遭っているのです。

ここで、考えてほしい。
私は、すべての魚類には、検出限界以下の放射性物質は、絶対に含まれていると思う。

今、岩手のローカルニュースでは、旬の毛がにの話題でいっぱい。
私の船も、ちょっとだけテレビに映った。
岩手日報にも、私の獲ってきた毛がにが載っていた。
あれだって、本当は、検出限界以下の放射性物質が含まれていると思う。

六城さんによると、普通の遺体を火葬した骨からも、400〜1000ベクレルくらいは、放射性物質が出るそうです。
骨ですから、おそらく、過去の核実験フォールアウトによるプルトニウム、ストロンチウムなどが入っているのでしょう。
私たち日本人は、過去のフォールアウト同様、もう、1F由来の放射性物質から逃れることはできない。
だから、これからは、どうやって放射性物質とうまく生きていくか、ということを考えなければならない、と思う。

3月1日、三陸沖では、イサダ漁が解禁となります。
しかし、イサダ(ツノナシオキアミ)から放射性物質が検出されるのを、私たち漁業者は、何より怯えています。
イサダも、中国産や韓国産という代用品が用意され、もし、放射性物質が微量でも検出されれば、三陸イサダ漁は崩壊します。
今まで、岩手から茨城まで獲っていた4万トンものイサダが、すべて中国産や韓国産に入れかわり、利益を得るのは、取り扱う商社と中国や韓国漁業者。

幸いにも、宮古沖、山田沖のイサダサンプルからは未検出となり、ほっとしていますが、他県の漁業者のことを考えると、他人事ではありません。
このまま行けば、放射性物質に対する過剰反応が、日本の農漁業を崩壊へと追いやってしまいます。
こっちのほうのリスクが、被曝リスクより大きいとなると、これは大問題。
これを無視し、自分の体に対する微小リスクだけを叫ぶ人とは、少し考え直したほうがいいと思う。



私たちの体内には、カリウム40という放射性物質が4000ベクレルも存在し、合計で7000ベクレルもの放射能を持っています。
毎秒に7000発も放射線が体内から発射しているのです。
これにより、DNAが破壊され、瞬時?に修復されます。
もし、修復されなかったら、みんな簡単に病気になっているでしょう。
酸素も本当は毒です。
その毒を打ち消すスカベンジャー(本はすべて津波で流失したので、確実ではありません。みなさんで調べてください)が、私たちの体内には備わっていて、酸素を有用なものにしているのです。
この酸素毒に比べたら、体内の放射線など問題にならないらしい。
もちろん、修復機構やスカベンジャーに欠陥があって、病気になる人もいるかもしれない。
これは、運命。

放射線被曝は、DNAを傷つけるリスクがあり、放射線ホルミシスという利益もある。
大体、100mSvを境にリスクが増大し、ホルミシス領域と重なる。
長生きするか、病気になるかは、おそらく個人差でしょう。

そこに私たちの実生活する上での利益を考慮し、どれくらいまで被曝を許容するかは、個人の判断です。
1F事故で、今ほど、被曝リスク評価の情報が、たくさん出ている時はないと思う。
その情報をどう考え、どう行動するかは、自己責任ではないでしょうか。



「放射能のタブー」は、原発の最大の被害者、福島県を応援する本です。
私は、本当のところ、原発マネーをふんだんにもらっていた福島県を嫌いだった。
広瀬隆講演会の時、「豊かな三陸の海を守る会」(宮古の会)のUさんから、「福島原発の真実」という本を紹介され、読みました。
謀略で引きずり下ろされた佐藤栄佐久前福島県知事の書いた本です。
前知事は、立地自治体の意思に反して、1F再稼動に反対していたのです。
私はこれを読んでから、福島県を応援しようと思い始めた。
前知事のリーダーシップも見事なものだ。

福島の人たちは、岩手よりはるかに高い放射線リスクであるにもかかわらず、「故郷に住みたい」あるいは、「故郷を復活させる」願望を満たすという利益を選択してもいいと思う。
彼らにとって、その利益が、リスクを上回るなら。
これは、私たちが判断するのではなく、彼らが判断することです(六城さんのいわれるとおり、ゼロリスクでホルミシス効果のみなら完璧)。

私自身、「美味しい」という利益を得るために、セシウムを“蓄積させない”程度、食べてもいいと思っていますし、農業、漁業を我慢強く営んでいる人たちを応援する意味でも、食べようと考えています。

みなさんも、自分の利益とリスクを考え、過剰反応しないように、そして、摂取しすぎないように。

ではでは〜。

曇り
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