ふたたび、こんばんは。
「
プーファフリーの実力 3」で書いた、むくみをとる薬というのは、「フロセミド錠20mg」である。
利尿薬であるそうだ。
しかし、父は、十分に尿が出るし、出すぎてもよくない、ということも聞いた。
そこで、私は、医師の指示を無視して、フロセミド錠をカットし、2ヵ月飲ませなかった。
それでも、尿の量は十分過ぎるし、むくむわけではない。
その後の受診で、先生にフロセミド錠を処方しないように要請した。
先生は渋った様子だったが、「尿の量は十分だし、要らない薬ですよ」と言って聞かないから、「何かあったら、連絡してください」と言って、処方しなかった。
フロセミド錠は、私の家に余っている。
ほしい方は、来て下さい(笑)。
そして、今度は、「ランソプラゾールOD錠」という薬をカットしている。
これは、胸焼けの薬であり、私の好きな薬(笑)である。
本人に、胸焼けするかどうか聞いたら、していないという。
なぜ、こんな薬を処方しているのか、わからない。
そこで、これもカットしてすでに1ヵ月経過しているが、何の変化もない。
次に病院に行くまで、何ともなかったら、これも「要らない」と言ってくる。
残った胸焼けの薬は、私がいただく(笑)。
しかし、私も、胸焼けの薬を飲まなくなっている。
胸焼けがきつかった頃、食道がんで死ぬ覚悟をしていたが、なんだか死にそうにない(笑)。
医師たちは、一度、薬を処方すると、治っても薬をそのまま出し続ける傾向にあるのではないか。
「お変わりありませんか」と患者に一応聞くが、特に老人たちは、「え〜、おかげさまで」くらいしか返答しないだろう。
そこで、喜んで、そのままの処方箋を書く。
「じゃあ、お薬を休んでみますか」ということは、ほぼない。
これは、私の母が存命の頃も、そういう場面があった。
私は、これとこれ、要りませんよ。
と言ったら、本当にその薬を処方しなかった。
明らかに要らない薬だったからである。
私はいつも、「その薬、本当に効いているの?必要なの?」と聞いても、父は、私の言うことよりも、医師のほうを信用していた。
どうせそんなものだろう、と私もあきらめていたし、まじめに相手にする気もなかった。
しかし、状況が変わって、薬の中身まで私がみるようになった。
医師たちの受け持つ患者はたくさんいるから、個別に、薬をカットして試してみる、という時間的精神的余力はないと思う。
だから、一度処方したら、そのまま継続投薬するというのが無難な方法なのだろう。
入院患者でもなければ、一人一人毎日診るわけにはいかないから。
それはわかる。
しかし、投薬すれば、必ずではないが副作用が起きる。
老人の患者たちは、その副作用を言うだろうが、その副作用を消すために、また喜んで医師は、薬をプラスする。
そして、またその副作用が起きて、それを消すために、また薬をプラスする。
こうやって薬が増えていくのが、現実ではないだろうか。
そのわりに、ワクチンの副作用は無視して、診る気もない。
コロナワクチンの副作用に対し、真面目に取り組んでいる医者は、全国でもかなり少ないだろう。
私は最近、医師をあまり尊敬しなくなった。
が、一応、「先生」という言葉を使って、おだてている(笑)。
posted by T.Sasaki at 21:02|
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