ふたたび、こんばんは。
2日間のサイクリングで、何軒か解体作業が行われていた。
明らかに何年も人の住んでいない空き家も、多数ある。
これは、どこの過疎地でも同じで、私の近所にもある。
人の住めないくらいにあちこち穴があいていれば、それは資産ではなく、超粗大ゴミである。
私は震災後、家を建てる必要はなかった。
空き家を探せば、たぶん、あっただろうし、災害公営住宅に応募すれば、住むことはできたに違いない。
無理やり住宅ローンを組んで、借金返済を苦にするのもバカげている。
しかし、年寄りは、やっぱり自分の家に住みたい、というから、しかたなく住宅ローンを借りた。
結局は、被災地には空き家が増えている気がする。
その空き家は、何年も人が住まず、手入れもしなければ、ただのゴミになる運命なのだ。
固定資産を持つ、ということは、それを維持するための費用を払うことになり、やがては、その廃棄費用も考えなければならない。
そして、それは船も同じである。
これほど悲惨なするめいか資源では、いか釣り漁業は、もう何年ももたないのではないか。
その時、船の売買は停滞するだろう。
年もとり、船をやっていけなくなった時、船の解体費用まで捻出できるだろうか。
新造船を見て「いいなあ」とは誰しも思うのだが、「そのカネで美味しいものを食べていた方がいい」というほうに、分があるような気がする。
カックウ土偶の「ゴミになるな 土になれ」から、いろんなことを考えずにはいられない。
posted by T.Sasaki at 19:07|
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