こんばんは。
昨年の盆は、漁運丸史上初めて、他港に船をおいて、人だけ帰ってきたが、今年は、台風の進路予測が定まらなかったので、船も連れてきた。
万が一のことが起こるといけないから。
帰ってきて、いろいろと聞いたが、今年もみずだこの漁は、うまくなかったようだ。
昨年よりも単価が安く、電話の声も曇っていた。
やっぱり獲りすぎではないか、といつも言っているが、今回は、かわいそうだったので、あまりそのことは言わなかった。
本当は、こっちのほうがかわいそうなのだが、来年、また日本海へ行ったらいいのか、前沖でみずだこを獲ったらいいのか、悩んでしまう。
とにかく、新潟以北の海のいか釣り船は、今のところ、かわいそうな年である。
本来、沖合を操業するはずの凍結船も、今年は、小型船に混じって操業していた。
岩内湾の中にまで入ってきたり、八戸沖に姿を現したり、佐渡沖の瓢箪も占領していたりした。
それほど、沖合には、するめいかがいない、ということか。
帰ってくる前に電話連絡があったのだが、懸案のいさだ漁業の新規許可募集があり、普代地区から船越地区までの広域で、募集は、たったの2隻。
選考基準は、従来どおりで、何の改善もされていない。
県職員もやる気があるのかないのか、さっぱりわからない。
あきらめモードであったが、漁協職員が、「ダメもとでも、申し込みはしておきましょう」と言ってくれた。
私は、違反聴聞の時、県職員と取締り事務所の職員に、ちょっと言ったことがある(いさだ漁業許可と違反の件は、過去ログを探して読めばわかる)。
何を言ったか、というと、法律のプロたちでさえ、法律の条文をいろいろと都合のいいように解釈しているんだよ、と。
ここに一つの例を出す。
刑法第200条には、「自己又ハ配偶者ノ直系尊属ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期懲役ニ処ス」とあった。
そして、昔、これに関する次のような事件があった。
娘が、実の父親に犯され、妊娠までしてしまった。
そこで、父親を殺してしまった。
法律通りだと、死刑か無期懲役であり、執行猶予はつけられない。
この顛末を引用する。
検察庁がこの女性を尊属殺人罪で起訴したものですから、裁判所が困ってしまったわけです。無理に犯されて妊娠までしたわけですから、なんとか釈放してやりたい。しかし、執行猶予がつけられないということで、「尊属殺人罪というのは憲法第十四条、『法の下の平等』に違反するんだ」と。「他人を殺した場合と親を殺した場合とで差をつけること自体は当然だけれども差が大きすぎるという意味で合理的といえない差別がある」という判断を理由中でして、通常殺人罪を適用し「被告人を懲役三年に処する。この裁判が確定した日から五年間その刑の執行を猶予する」という主文にしたわけです」(最高裁大法廷判決昭和四十八年四月四日)。
(「法律学の正体」p130)起訴する検察の良識を疑う出来事であるが、この場合、裁判所には、普通の人間の感情がある。
Webで検索してみたら、あった。
詳しく書かれてあり、なかなか感動する。
https://business.nikkei.com/atcl/report/15/120100058/120200001/(「日経ビジネス」
)
その後、検察は、第200条で起訴することはなく、第200条自体が削除された。
これが、人間のすることなのだ。
エライ地位の人たちは、少しぐらい、こういう本を読んだりして、柔軟に行政すべきである。
posted by T.Sasaki at 20:30|
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