日本の漁業が崩壊する本当の理由 片野歩

世界中で魚類資源が増えているのに、日本だけが減っている。
この現実を、恥ずかしいと思うべきである。

日本の漁業が崩壊する本当の理由.jpg

すべての漁協組合長、理事、参事、そして、任意の漁業団体の会長以下すべての役員たちは、この本を読むべきだ。
読みたくないならば、「日本の漁師は大バカものだ」を参照すること。
これを認識できないならば、役職に就く資格はない!

2017年08月06日

天皇の伝説 2

再び。

前回、「天皇の伝説」という本を紹介したが、その中で、南北朝時代までさかのぼる天皇家の諸問題が今でも尾を引いていることに関して、一つ書くことにする。

奈良県川上村。
この地は、南朝最後の御所があったところ。
そこの自天王(尊秀王)は、北朝側が南朝にあった三種の神器の一つを奪うために殺された。
南朝最後の天皇である。
その首は、いったん持ち去られたが、取り戻し、金剛寺の境内に葬られた。

川上村では、その後、500年以上も、自天王を偲ぶ「拝朝式」を毎年行っている。
だから、この村では、南朝が滅ぼされた歴史というものを、村民全員が知っているのだろう。
一般の日本人は、このことを、ほとんど知らない。

平成3年、首を討ち取ったとされる北朝側の武士の子孫と川上村の重鎮たちが、交流を始めた。
引用する。

 北朝、南朝という言葉がごく日常的な感覚で用いられるこの村で、“敵同士”が「和睦」するには、なんと五世紀の時間を要さなければならなかったことになる。敵討ちではお馴染みの、吉良と赤穂よりもさらに長い歳月が必要だったのだ。
 この和睦のきっかけとなったのが、平成三年四月に初めて開かれた「櫻の宴」だった。この仕掛け人のひとり、というよりも発起人となったのが、先に紹介した市毛實。市毛はこした歴史をテーマとした東京在住の写真家。櫻の宴では、地元の民謡同好会の笛や、太鼓、笙などが披露され、今日では村おこしのひとつともなっている。こうしたイベントは、自由な発想と行動が村外の人間のほうが起こしやすかったのだろう。その市毛が語る。「いちばんの供養は楽しいのがいいのではと思い、自天皇様が十八歳で亡くなっていることもあって若手中心で始めました。最初は東京から行った者だけで十人くらいでスタートした。村でもチラシをつくってくれるというので協力をお願いし、去年からは観光協会が主催で村の祭りとして定着してきました」
 自天王という存在があり、伝承がある。朝拝式を欠かすことなく五百四十年続ける村人がいて、その村の祭りでかつての敵味方が五百年を経て初めて手を携え合う。
 真偽や正否、あるいは恩や仇といった歴史のすべてのしがらみを包括して人の世があることを、この村は物語っている。
(「天皇の伝説」p257)


会津と長州と和睦し、お祭りをする時代が来るのは、いつになるのか。
世界的には、イスラム教のムスリムとユダヤ人たちが和睦するのは、いつになるのか。
身近にもある。
彼と彼が仲直りするのは、いつになるのか。

引用した文章は、いろいろなものを示唆している。
人の世は、元を突き詰めれば、各自の性格の違いが渦巻いてできているものであり、争いごとがあるのは、ある意味、しかたがないのかもしれない。
しかし、揉め事があっても仲直りする、ということは、人にしか、できない。
その辺をわきまえて、私たちは生きたほうがいい。


この本では、天皇はどこから来たのか、と問うているのも面白いし、奈良市にある円照寺の住職が、昭和天皇の妹さんであったのではないか、という記事など、少し、やるせなさを感じるものもある。
この住職の話は、現代では、DNA鑑定ですぐにわかるものだが、もし、存命であっても、その鑑定に応じたかどうか。
実の妹であるならば、たぶん拒否しただろう。
記事からは、そういう人柄だったと察する。
妹でなかったら、きっとDNA鑑定に応じた。
本人は、妹説を否定していたから。

面白い読み物であった。
posted by T.Sasaki at 18:45| Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。