日本の漁業が崩壊する本当の理由 片野歩

世界中で魚類資源が増えているのに、日本だけが減っている。
この現実を、恥ずかしいと思うべきである。

日本の漁業が崩壊する本当の理由.jpg

すべての漁協組合長、理事、参事、そして、任意の漁業団体の会長以下すべての役員たちは、この本を読むべきだ。
読みたくないならば、「日本の漁師は大バカものだ」を参照すること。
これを認識できないならば、役職に就く資格はない!

2017年04月12日

日本の裁判の大きな欠点

こんばんは。

鮭の刺し網裁判について」で、「裁判の秘密」という本を持ち出したが、これは、ずっと前、「漁師のつぶやき保存版」で紹介している。

http://milky.geocities.jp/umaimono_tabetai_hito/tubuyaki-kansoubun11.html

私がこれを書いたのが2003年だから、14年前のことである。
最初の「裁判の秘密」の出版は1997年で、それが「新版 裁判の秘密」となって再発行されのが2003年。
その文庫化されたものが、私の手元にある。
したがって、文庫本には、「あとがき」が3つ記してある。

単行本「新版 裁判の秘密」は、最初ものから6年目で出版されたが、その「あとがき」について、少し触れる。
6年の間、司法試験合格者を6倍に増やす、という改革が議論された。
これは、日本のどこの誰も要求していない。
要求したのはアメリカである。
アメリカとは、そういう国だ。
そこで日本の裁判環境が変わっても良さそうなのだが、「しかし本書の中で描かれた数々の旧弊の法曹慣行は現に行われており、一部を除いて変更や改善点はない」と書かれてある。
文庫化は2008年で今から9年前である。

一昨年、新潟の紀伊國屋書店で本を物色していたら、「絶望の裁判所」が目に留まった。
これは2014年発行の比較的新しい本である。
これを読んで唖然とした。
やめた裁判官自身が書いた本である。
「第5章 こころのゆがんだ人々」を読むだけでいい。
裁判官が、どういう性質の人間であるか、読むのが嫌になるくらい記してある。

「新版 裁判の秘密」は、自分自身、もしかして裁判に関わることがあるかもしれない、ということから、津波で流失したものを買い戻したものだ。
これにも「第13章 裁判官とはこんな人種だ」にも、同じようなことが書かれてある。
だから、およそ9年経っても、変わっていないことになる。

全くこのような分野の本を読んだことのない人が、この2冊のうち、どちらを読んだらいいのか、というと、「新版 裁判の秘密」のほうに軍配をあげる。
身近な裁判実務を、比較的やさしく説明しているからだ。
著者は、わかりやすい文章を書く副島先生であり、また、弁護士の実務にかかわっているのが、山口宏さんである。

2点、少し長文引用するが、法律や規則を作るとき(もちろん、身近なものも含めて)、どういう考えでやったらいいのか、ということを、これから汲み取ってほしいと思う。

 通常の、平均的な裁判官僚を考えてみると、この業界にはさしあたって学閥はない。しかし現実に裁判官になるのはやはり東大出が多いから、まず東大に入るのに勉強をする。少なくとも、暴走族をやりながらは入れないと思う。法学部に入るとすぐに司法試験の勉強を始める。つまり、法律学だけをやるわけだ。
 実際に、現役だ、卒一だ、卒二だというきわめて若い年齢で司法試験に受かるためには、本人たちはカッコつけて「僕はあんまり勉強しなかった」などと言っているが、それなりに猛勉強している。それで受かって、司法研修所に入ると、今度は裁判官になるために努力する。裁判官になるためには一生懸命、いい点数が取れる模擬判決などを書かなければならない。
 弁護士志望の者たちはこの研修期間の間タラタラ遊んでいるのだが、裁判官志望となると遊べない。これで、晴れて任官して裁判官の世界に入れば入ったでまたしぼられる。こういう事情を考えてみると、彼らにとって楽しい青春なんてものはありえない。
 結局、この人たちは、独自の判断というものができないのではないか。
 私は、社会のルールなるものをきちんと習得している人びとが独自の判断をもって正義判断するということが最も望ましいと思っている。ところが、この秀才たちは、日本社会を真に規律しているものが何なのか知らない、習わない。教える者がいない。いや法律があるではないかと言ったって、これまでに何度も説いたように、現に存在する法律などというものが、何かを判断するときの根拠になるわけがないのである。「人様から金を借りたら返しなさい」という判断はあるのだが、これはなにも、法律がそれを要求しているからそれが正しいのではない。それは世間のルールだからだ。
(「新版 裁判の秘密」p297)

 日本における真の法とは何か。日本の社会を真に規律している本物のルールとは何か。それは、塩月弥栄子女史の往年のベストセラー『冠婚葬祭入門』(光文社)であり、旧大名華族である前田家出身の酒井美意子女史の「図解・マナー全科」(家の光協会)なのである。私たち日本人は日頃、互いにどのようにご挨拶をし合っているか、どのような人間関係をとり結んでいるか。それらは、端的には日本の冠婚葬祭の礼儀のなかにこそ見られるものである。日本人のまごころをうつ、本当の法やキマリとは、まさしく、私たちの日々の礼儀作法と行動様式のなかにあるのであって、あの「六法全書」の法律のなかにあるのではない。
 現行の日本国憲法を無闇にありがたる、勘ちがい人間たちが今でも国民の圧倒的多数だが、あれは、占領軍であったマッカーサーGHQ(本当はSCAF)司令部のなかのアメリカ人の法務将校たちが九日間の突貫作業で作文して、日本国民に与えた英文であり、その翻訳文である。だから、何十回読んでもじつのところ少しも私たちの琴線には触れないし実感に迫らない。
 現在の民法典も商法典も刑法典も、十九世紀のドイツ法典を富井政章と梅謙二郎がほとんど正確に一条ずつ翻訳しただけの代物である。当時、無理やりにでも一気に近代国家の仲間入りをせねば格好がつかないと思った国家指導者たちが明治二十年代に行ったやっつけ仕事である。
 だから、日本社会の地面から生え出たような、私たちの体をさし貫く本当の規範を、私たち日本国民は自分たちの手でさぐりあててゆく作業を、今からでも始めなければならないだろう。日本の法律家(法曹)はこの輸入品の法体系を取り扱うことを自明の職業にする人びとである。この舶来輸入品そのままの洋服(六法全書)を着せられてその服を取り扱うことを自分の一生の仕事にしているものだから、どうしても、その服(六法全書)が体に合わずしっくりこなくて気分が悪いのだ、ということに各種法律を生業にしている人びと全員に早く気づいていただきたい。そこには、内閣法制局の法律条文作成官僚たちや大学法学部の法学者たちも含まれる。
 山口氏の説く、日本の世間なるものから自然に流れ出てくる日本国の真の法を私たちは見つけてゆく作業をこれから敢然と行ってゆくべきだ。だからここで、日本の真の法のその最高法規は、じつは日本の冠婚葬祭の儀礼のなかにこそあると鋭く発見し提起した山口宏弁護士こそは、もしかしたら現在、日本最高の法学者・法思想家なのではないか、と私は長く考えてきた。今のこの考えに変わりはない。
(前掲書p334)


私たちの善悪の判断、やって良いこと、やって悪いことの判断は、法律群から学んだことではなく、オギャーと生まれたときから、親にしつけされ、その後、友だちと遊んだり学校へ入ったりして、社会生活を経験し、学ぶものである。
「誰かが一生懸命やっていることを、横取りしてはならない。ただし、その誰かの許可を得るならば、その限りでない」という価値判断は、私は正しいと思う。
漁船漁業の漁師は、回遊魚を「流れモノ」というが、調査中に「流れモノ」の魚群を発見した人は、どこでも尊重される。
その模様を感じ取って後から来た漁師が、最初に発見した人の前で乱暴な振る舞いをすれば、それは非難される。
これは暗黙の了解事項となっている。
水産六法に、こんな規定はあるわけではない。
以上のことから「鮭の刺し網裁判について」で、私は、バッサリと断定的に書いた。
最後に、なぜ、鮭放流河川の流域住民への余計な配慮が出てきたかというと、引用文の「世間なるもの」を考えた場合の価値判断が働いたからである。

さて、あることをやって、訴えられたらどうしようか、と考えることがあるが、もう開き直って、素直に訴えられる覚悟である。
やるかやらないかは別にして。
「こうことがあって、こうだ。これはおかしいと思わないか」と10人に聞いて、10人が「おかしい」という類のものである。
しかし、日本の裁判は、簡単に、それが正しい、とは言わない。
「新版 裁判の秘密」を読んで、それがわかった。

疲れる話である。
posted by T.Sasaki at 19:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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