日本の漁業が崩壊する本当の理由 片野歩

世界中で魚類資源が増えているのに、日本だけが減っている。
この現実を、恥ずかしいと思うべきである。

日本の漁業が崩壊する本当の理由.jpg

すべての漁協組合長、理事、参事、そして、任意の漁業団体の会長以下すべての役員たちは、この本を読むべきだ。
読みたくないならば、「日本の漁師は大バカものだ」を参照すること。
これを認識できないならば、役職に就く資格はない!

2016年10月20日

魚類資源の減少について 5

みなさん、こんばんは。

昔々、私が生まれる前、私の父がまだ小学校に通っている時代、地先の宮古湾は、魚が豊富でした。
戦争もあって、私の父は、小学校に通いながらも、魚を獲って生計を立てなければならなかった。
小学校4年生から、スズキ縄に行ってスズキを獲っていた。
この時から、「漁運丸」を名乗っていたそうです(今年で、70周年!)。

とにかく、貧乏でも、スズキ縄で何とかご飯を食っていた(本当に貧乏だった)。
父の回想では、その当時、漁船の数も少なく、魚のほうが多かったのでは、とのこと。
そして、獲る魚種を変え、旬の魚を獲ることが多かったらしい(旬でない魚を獲らなかった。だから資源を維持できた)。
マツカワなど、両腕で抱えるような大物が、宮古湾には普通にいた!

しかし、スズキ資源は長くは続かず、今や、スズキなどという魚は、めったに見ません。
刺網で撮り尽くしたのではないか、と父は疑っている。
それほど、網という漁業は、魚類資源に対して、脅威なのかもしれません。

時代が変わって、三陸するめいかの大豊漁の時代です。
山田湾だけでも、100隻ものいか釣り船がいたそうです(山田の御箱丸も無線機で言っていた。彼は震災後に船を売ってやめました)。
それが、三陸でするめいかが獲れなくなり、いか釣り漁業は大倒産時代となりました。
その頃、漁運丸は、福島の松川浦から買ってきた14トンくらいの木船で、日本海へいか釣りに行き始めました。

その後、日本海いか釣り漁業もパッとしなくなり、またまた転機が訪れます。
私が学校を卒業する前後あたりから、鮭の大漁期で、春にしろ、秋にしろ、鮭が余っていた時代になります。
そして、その頃、毛がにやミズダコも余っていた。
うまく転業したり兼業したりして、いかの大不漁を乗り切ったらしい。

その後再び、三陸するめいかが復活し、日本海へ行かなくていい年が続き、前沖だけで操業できたりした。
前沖で何でも獲れた、良き時代でした。
ピークはいつだかわかりませんが、それからは、いか釣りで釣れるするめいかは、年々減少傾向になり、なぜか、どの魚種も減少傾向。

今、山田湾で稼動しているいか釣り船は、昼いか専用船が2隻のみ。
海洋環境が変わったのが一つの要因かもしれませんが、私は、獲りすぎ漁業(ハイテクまき網漁業や沖合底曳網漁業)の野放し、そして、それらへの政府による支援に、大きい原因があると思う(山田町大沢小学校の「海よ光れ!」という劇を観てほしい。今でもやっているらしい)。

「漁運丸は、何でも獲り、それが悪い」という人もいる。
しかし、「何でも獲る」のは、旬の魚であり、ご存知の通り、毛がにの旬の時期には、毛がにを獲り、いさだが来遊すればいさだを獲り、夏はするめいかを獲り、秋は鮭を獲る(昔は秋鮭の前にたら縄でまだらを獲った)。
定着している魚を獲り尽くすのではなく、艤装や道具を変え、旬の魚を獲る。
旬の魚を獲る、ということが、資源維持のために、本当は必要なことではないか、と思います。
中には、何でも獲る人間より専業者のほうがエライ、という人もいますが、専業者は、1年中、その魚種ばっかり獲ってしまい、育つ時間や増える時間を魚に与えていないと思う。

するめいかやその他の魚類資源減少の中、「魚類資源の減少について」で紹介したあの論文を読んでからというもの、どうしてもこのように考えるようになりました。
やっぱり漁師たちは、魚を獲り過ぎているのかもしれない。
特に、定着魚は、養殖漁業のように、育つのを待つ、という考えを持たなければならないような気がする。

市場も仲買人も、目先の利益だけでなく、将来を考えたほうがいい。
資源が少なくなれば、取扱量が少なくなって、浜値だけが高くなり、経営が大変になります。
消費者のほうも賢いのだから、高すぎると、魚離れがますます多くなります。
現状をこのまま放っておけば、みんな苦しくなるだけ。
水産加工会社などを含め、水産関係者は、積極的な提言をすべきだと思います。

偶然にも、ほぼ1年前に書いた「税金が魚類資源を減らす?」が、するめいかに関しては、ほぼ現実になってしまった。

だから最近、私は、「岩手の2そう曳きは、海のために一番良くない」と、みんなに言い始めたのです。



以上、ネット上にある論文を少し勉強し、啓発したつもりです。

公開されている論文が多すぎて、特に、するめいかの回遊経路に関して、あまりに自己流に書いてしまった感じもします。
しかし、昼いかをやっている人はわかるのですが、するめいかは、「潮のぼせ」をするのです。
太平洋の夏いかは、1日で10マイルくらいは平気で潮に逆らって北上したりします。
例えば、岩手県の八木沖に入ったいかが、翌日には、八戸沖の大きな「根」まで北上したり、10年くらい前の岩手沖で大漁だった時は、閉伊埼から明神埼にいた大漁いかが、翌日には黒埼まで北上していた。(日本海のするめいかも、瀬の周辺に上がったいかは、潮のぼせをします)。

かごに関しては、もっと具体的に書きたいことはありましたが、まあ、あとは、かご部会のトップの人たちが考えることだと思います。
その手下(?)の人たちも、これを読んだりしているらしいので、反映されるかどうか、楽しみです。
再来年からは、岩手沖の毛がにも、北海道並みのサイズ規制が行われる予定です(甲長8cm以上)。

「あいつがこういうことを書いていた」と裏で噂したり、中には、「このやろー」と言ったりしている人もいると聞きます。
しかし、「このやろー」ではなく、必要なのは、資源増加へ向けて何ができるのか、ということを考えることだと思います。

(「魚類資源の減少について 4」を書いた後、茨城県のかごの許可はたったの2ヶ月である、ということを教えてくれた方がいました。いわてけ〜ん、少しは考えよう!)
posted by T.Sasaki at 20:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 魚類資源の減少について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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