日本の漁業が崩壊する本当の理由 片野歩

世界中で魚類資源が増えているのに、日本だけが減っている。
この現実を、恥ずかしいと思うべきである。

日本の漁業が崩壊する本当の理由.jpg

すべての漁協組合長、理事、参事、そして、任意の漁業団体の会長以下すべての役員たちは、この本を読むべきだ。
読みたくないならば、「日本の漁師は大バカものだ」を参照すること。
これを認識できないならば、役職に就く資格はない!

2018年10月25日

悪い予測

こんばんは。

まぐれの八戸は、翌日で終わり、その次の日からダメで、さっさと宮古にきて、いか釣りはやめた。
オーバーホールのため、いか釣り機械を八戸にトラックで陸送し、その帰りに、友だちからご馳走をいただいた。
その友だちには、八戸でいか釣り機械を下ろす時、手伝ってもらい、非常に助かった。
ちょっとばかり足に怪我をしていたので。

ご馳走は、やりいかと鮭。
トロールのいかと鮭である。
八戸では、鮭を水揚げできないので、間違って網に入った鮭は、乗組員で分けるしかないそうだ。
鮭を獲る人に向かって、「鮭を持って行け」というのは、さすがに気がひけたみたいだが、「まだ漁期まで間があるんだから、食べてくれよ」と言ってよこしてくれた。
一方、岩手の2そう曳きは、鮭を曳いて堂々と水揚げしている。
千単位の水揚げらしい。
なぜ、国や岩手県が、こういうことを認めるのか、さっぱりわからない。

足が痛いので、いつものように飛び跳ねたり走ったりできないので、倉庫内の掃除やいか釣りの後片付けをしている。
そんな状態で、しかも大不漁の最中、「船に乗りたい」という人現れ、困ってしまった。
その人は、まだ現在の仕事をやめていないので、「今は我慢して、その仕事をしていたほうがいいよ」と忠告しておいた。
話をしたら、まるっきりの初心者であり、ロープワークから教えなければならない。
そういう人を雇える余裕のある船主は、なかなかいないと思う。
漁業者育成の補助金制度があるが、魚類資源が少なすぎて、もう、そういう施策に意味があるのかどうか、という瀬戸際に来ている。
養殖漁業ならまだわかるが、漁船漁業では、まず資源増殖にカネをつぎ込むべきである。

地球の気候変動、つまり、現在進行中の温暖化は、海にも押し寄せている。
特に、太平洋のいか釣り漁業は、瀕死の状態である。
八戸から帰航しながら、一応、黒埼沖まで調査し、2箱獲ったが、黒埼の南側55分から南は、非常に魚探反応が強く、いかの反応と区別がつかない。
ああいう海になると、昼いかは、お手上げである。
悪い予測はしたくないが、劇的な資源回復がない限り、今後、黒埼より南では、いか釣り漁業は成立しないのではないだろうか。

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2018年10月14日

相撲協会が選んだもの

こんにちは。

先日の大皆無のため、宮古に帰って、いか釣りの道具揚げをしようと思ったが、南下中、ちょっとした反応に針を下ろしたら、簡単に何匹か揚がった。
南に下がれば下がるほど、ツキが良くなり、真面目にやった。
運よく70箱も獲ったため、八戸へバック。
漁なんて、こんなもの。
特に大不漁の時ほど、運に左右される。

事大主義を捨てよう」で、貴乃花の話のリンクを用いたが、まあいろいろとあるみたい。
貴乃花は、たぶん、頭と口の回路に何らかの不具合があって、イマイチ、すんなり言葉が出てこないようだ。

https://news.nifty.com/article/sports/athletic/12136-103582/(「@ニフティニュース」)

こんな人間とは思わなかったが、相撲協会がすでに貴乃花を「そういう人間だ」という認識のもとで、排除しようとしたのなら、それはまた、違う問題だ。
口下手で、相手を説得する能力に欠けるのなら、言わんとすることを理解する必要がある。
そういう能力のある人間が、相撲協会にいないのか。
非常に多様性のない人間ばっかりが集まっているのか。
だから、一般社会の常識、というものを勉強しようともしないのか。

https://www.data-max.co.jp/article/25370/1/(「Net IB News」)

これを読んでわかる通り、相撲協会自体が、「公益財団法人」ではないのだ、という。
そのうえ、

一連の事件報道において、この相撲道の精神について、貴乃花親方の姿勢には一貫した相撲道の精神が体現されていると感じられるが、同じ、力士として相撲道の精神を学び実践すべきほかの親方・理事には微塵もその精神性が感じられない。口からでる言葉には常に腐敗臭が漂い、明らかな虚偽や矛盾の言動が多い。国民の多数が、貴乃花親方を応援するのは何も単純なフアン心理ではなく、かかる状況が示す、本質的腐敗臭が原因である。
https://www.data-max.co.jp/article/25421/1/


となり、私みたいによく相撲を知らない人間でも、「相撲協会のほうがおかしいんじゃないの?」と言いたくなるのである。

そもそも、元横綱日馬富士が暴力事件を起こさなければ、貴乃花は辞めなくてもよかったではないか。
あんな事件があって、相撲協会の言うことと貴乃花の言うことが違っていて、それからが問題であった。
記事中にも書いてあるように、ただでさえ怪我の多い土俵で、ビンタやエルボーを多用する(注意されるまでは、多用というより、ほぼすべて)白鵬と貴乃花が合うわけがない。
その場に白鵬が同席し、同じモンゴルの横綱が暴力事件を起こしたのだから、これでタダで済むわけもないのは、ほぼ相撲協会幹部なら、わかっていたはず。
そこで相撲協会が選んだのは、ビンタやエルボーで相手を痛めつける白鵬を選んだのだ。

原因と結果を見ると、そう結論せざるをえない。

野次馬根性から、今後の展開が楽しみであるが、この事件をこのままにしようとする大相撲は、もう解体したほうがいい、と思う。





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2018年10月09日

事大主義を捨てよう

こんばんは。

笑ってください。
地元のお祭りにしっかり参加したから、ご利益があると思ったら、ぜんぜんなかった。
今日は、たったの3匹、するめいかを捕まえて、八戸入港。
久しぶりに刺身を食べただけに終わった。
でも、稲荷神社の神様を恨んでいるわけではない。
あの神様は、きっとその地区の人たちが仲良くするために、1年に1度のイベントを提供をしているのだ、という解釈でいいと思う。

さて、世の中を騒がした貴乃花であるが、彼は、肝がしっかりしている。
いくら、みんなに疎まれようが、自分の思う道を進んだ。
本当の心の中はわからないが、現時点では、こういうことができる人間は、なかなかいないと思う。

前置きが長くなったが、次のリンクを読んでほしい。
貴乃花云々を題材にした事大主義という日本人にありがちな話のようだ。

http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1810/02/news028.html(「ITmediaビジネスオンライン」)

事大主義とは、何か?

 事大主義とは、「自分の信念をもたず、支配的な勢力や風潮に迎合して自己保身を図ろうとする態度・考え方」だ。
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1810/02/news028_3.html


この文章の下段には、山本七平氏の評論引用があるが、私の理解では、力の強い雰囲気のあるほうへ、日本人は流される傾向がある、ということだ。
しかし、「傾向がある」というだけで、すべてがそうであるわけではない。
こんなことは、日本人に限ったことではなく、世界中の人にも、空気に流されるのは、よくあることだと思う。
中国や韓国など、その典型ではないか、と私は思うのだが。
こう考えると、事大主義の源流は、大陸モンゴル民族にあるかもしれない。

私たち漁業の世界では、この事大主義の力が大きい。
それは、大臣許可の指定漁業に留まらず、小型船の小さな会合でさえ、そういう傾向がある。
いうなれば、私みたいに、ある会合で、「この組織は、利益誘導団体だ」と発言したとき、事実であるにもかかわらず、誰も「そうだ」と応援する人は皆無であった。
陰では、そうだと認める人はいても、いざ、その場になると、事大主義に傾いてしまう。

いっばい叩かれた。
何も言えないくらい叩かれ、それは、何年も続いた。
でも、地区役員を辞める頃、少しは私の話を聞くようになった。
あの時、私を叩いた人たちは、今頃、どう思っているのだろうか。
録音しておいて、他の人たちに、聞かせてやりたいくらいである。
どうせ、人間、寿命は決まっているのだから、自分の考えを素直に言ったほうがいいと思うのであるが。

この通りの大不漁で、経営不振状態の最中、先のお祭りで、意外なお言葉を頂戴してしまった。
私の反2そう曳キャンペーンを応援してくれる人が、世の中にはいるのである。
公衆の面前で、言ってくれたのだ。
言うほうも勇気が要ったと思う。

日本人のすべてが、事大主義ではない。
本当のところ、誰もが、「それって、あんまりじゃないの?」と考えている。
そして、良心的にな人は、意見をいい、また、言われた側は、ほどほどのところで身を引いているような気がする。

身を引いていない人こそ、いうなれば、「事大主義」という宗教の教祖なのである。

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2018年10月05日

中古スマホは、アンドロイド5以上を

再び。

データ通信を上手に使え」で、データ通信用に中古スマホを勧めたが、アンドロイドOSの場合、バージョンは、5以上にしたほうがいい。
各アプリケーションソフトのアップデートで、アンドロイド4以下に対応していないのが多くなってきている。

悪質なのは、ブラウザ「Google Chrome」である。
タブレットをオールリセットして、最初からやり直ししても、このブラウザは、勝手にアップデートされる。
アンドロイド4で、アップデートすると、「新しいタブ」ボタンを押しても、そのタブは起動しない(アンドロイド5では、ちゃんと機能する)。
したがって、アップデートせずに、最古のバージョンがいいのではないかと思う。
以上のことから、だんだんとGoogle製品に不信感を持つようになってきている。
そういうわけで、下の余談にあるWindows10タブレットを使い始めている(が、困ったことに、しばらく使っていなかったために、PINコードを忘れてしまった。起動するのに疲れた〜)。



いつも余談を書くが、実は、今年新潟のビッグカメラで、Windows10の「ASUS」タブレットを買った。
キーボード脱着できるやつである。
珍しく衝動買いである。
といっても、衝動買いにも伏線があって、ドンキホーテに、同じようなタブレットがあり、店員には、「全国で売り切れ状態で在庫はありません」と。
その時は仲良しと一緒に行っていて、ついでに彼の大好きな酒を物色していたら、そこがビッグカメラ。
何で「ビッグカメラ」なの?
「ビッグカメラ」で酒を買うのは違うんじゃないの?

それから二人で、タブレット、PC売り場へ。
ドンキホーテ製品より、ずっとスペックが良く、一応、ちゃんとした「ASUS」だったので、「これ、いいなあ」「値段も申し分ない」(値段は後で書きます。?)。

買った〜。

これで、いちいちノートPCを持ち歩かなくてもいいから、VAIOは、セカンドストリートへ。
ところが、これも非常に安い(笑)。
たったの3000円。
およそ、買った値段の20分の1。
安い理由は、Windows7が、あと少しでサポートが切れるから。
心の中では、「確か、無償で、Windows10にバージョンアップできるんじゃなかったっけ?」
若い頃なら、Linuxを入れたりしたが、今はそんな元気がない。

悪いことは言わない。
サポートが切れるといっても、Windows7のPCは売らないで、Windows10に変えるべし(たとえ有償でもそのほうがいいと思う)。
ただし、ハードディスクではなく、SSDの場合のみ。
ハードディスクの場合、SSD搭載のPCに変えたほうがいいと思う。


posted by T.Sasaki at 21:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

港内では、早めに減速を

こんばんは。

体でお返し」でお返ししたつもりが、最終日にまたY丸さんが酒を持ってきた。
それも泡盛の古酒である。

二本の酒.JPG

緑色のビンのほうが、「会津ほまれ 純米大吟醸」で、ほまれ酒造製。

https://www.aizuhomare.jp/

白いビンが、「くら 琉球泡盛 3年熟成古酒」ヘリオス酒造製。

http://www.helios-syuzo.co.jp/

日本酒のほうは、美味しかった。
泡盛古酒は、ひさしぶりに飲んだ酒で、新潟で紹介された「千年の響き」以来。
これは、ロックで飲むと美味しいが、もう強い酒は飲めなくなった。

プレゼントしてくれた人を、Y丸さんと書いたが、勇漁丸さんである。
私が今まで見た人の中では、世界一のお人よしだ。
他人に何かされても、「いいよ。いいよ」と。
これしか、答え方をしらないのかもしれない(笑)。
また久慈にいったら、彼の好きな焼酎を持っていくことにする、かな?

彼は地元船であるにもかかわらず、いか釣り船が込み合うために、市場の外側の諏訪下公園岸壁に係船している。
そして、知り合いであることから、私は、彼の船にそのまま係船した。

久慈港は、湾口防波堤ができてから、港内が非常に静かになった。
以前は、ちょっとした波やうねりがあると、船が行ったり来たり忙しかったが、今や、八戸の舘鼻漁港と同じくらいの静かな港になった。
係船場所が少ないのが、大きなネックではあるが。

勇漁さんは遠慮して、久慈漁港で最も悪い場所に係船している。
帰航船の中には、減速のしかたが遅い船がいて、勇漁さんと私の船が、とんでもなく揺れたりした時もあったが、それを見て後悔したのだろうか。
ほどほどに手前から減速するようになった。
減速の遅い船は、一般に、小さい船が多い。
小さい船でも、いか釣り船は、大きな波を立てる。

日曜日以外のいか釣り船の休みの日には、定置網漁船が行き来する。
勇漁さんが話していたが、1隻だけ、減速しない定置漁船がいるのだという。
釣り舟(?)でも、同じ船名の船が、やはり減速しないのだという。
防舷材をしっかりやっていても、勇漁さんの船の取り舵側は、傷だらけである。
かわいそうだ。

そこで、少し提案しておいた。
定置網の船長というのは、どうせ自分の船ではないから、乱暴に乗る人が多い。
何かあれば、組合や事業主が負担するのだから、という考えを持っているのだと思う。
そこで、私は、定置漁船が減速しないで通って、何かを壊した場合、組合や事業主ではなく、「船長本人に請求したほうがいい」「そのほうが理に適っているよ」と。

宮古港で、氷を積んでいた時に、やはり、ある漁協の定置漁船が、あまり減速しないで入港してきて、恐いくらい船が揺れた。
そこで、その漁協に電話でクレームをつけたことがある。
それでも、直さない船長がいて、次は、船まで行って直談判した。
効き目があったのか、静かになった(といっても、最近、宮古近海のいか釣りは大不漁だから、氷を積むことも少ないから真相はわからない)。

せいぜい200mくらいも前から減速すればいいだけの話なのだ。
宮古港の場合、赤灯台と離岸堤の間を通過したら、減速すればいい。
市場前の岸壁に係船するまでの時間は、せいぜい2分か3分だろう。
それくらい我慢できないような自己中心主義なら、船を動かす資格はない、と私は思うのだが。


posted by T.Sasaki at 21:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月04日

昔のトロールは、するめいかを獲れなかった

暇なので、4回目。

漁運丸が、まだ木の船の時代。
その頃のトロールは、もちろん、かけまわししかなく、エンジンも貧弱な馬力だったらしい。
これは、私の父の回想であるが、当時から、黒埼沖は、するめいかの好漁場であった。
そこで、トロールが、万丈カゴで1カゴでも獲ってくれば、そこへ行って、いか釣り船は集魚灯を点ける。
結果は、大漁だったそうだ。

当時の集魚灯は白熱球のみであり、今のメタハラ灯ではないことを考えれば、どれほど大漁だったかわかると思う。
逆にいえば、当時は、それほどトロールにするめいかを獲る能力がなかったのだ。
したがって、ローカル群に関していえば、三陸でのするめいかの産卵は、非常に好環境にあったといえる。

現在、同じ漁場で操業すれば、トロール2そう曳きが獲る能力は、いか釣り船と比較ならないほど大きい。
昔なら、いか釣り船より、トロールは獲れなかったのだから、ローカル群が増えただろう。
しかし、今は違って、すべて逆である。
だから、以前獲れた夏いか、いわゆる小スルメは、定置網に極端に入らなくなったのではないか。
結果として、山田から南の、早い時期のアンカーイカは、商売になっていない。

2そう曳きトロールの漁獲圧は、恐ろしいのである。

posted by T.Sasaki at 21:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

県の調査船みたい

3度目。

気仙沼から、直接、高浜の港まで廻航するのも芸がないから、トロールが獲っている深みの海域を調査してきた。
非常に無駄だった。

1回目。
釜石沖のGPS波浪計北側、16分、230m。
するめいか0尾。
むらさきいか3尾。

2回目。
山田沖、28分、160m。
するめいか0尾。
むらさきいか3尾。
水温は、1回目より1度ジャスト低い。

3回目。
閉伊埼北側、41分、176m。
プランクトンが上まであり、有望かと思いきや、ガクッときた。
するめいか0尾。
むらさきいか12尾。
水温は、2回目より、さらに8分ほど低い。

1匹もするめいかを釣ることができなかった。
夜中に宮古に入る。

同じ晩の操業で、大船渡沖に点灯船が見えていた。
浅いほうと深いほうの両方に見えた。
新聞では、2隻で12個だったそうだ。

なんらかの理由で、するめいかが、浮いてこない。
たぶん、するめいかの嫌いな水が、中層から表層を覆っていてのだろう。

まるで、県の調査船の代行をやったようなものだ。
posted by T.Sasaki at 21:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新しい気仙沼

再び。

せっかくだから、気仙沼から帰ってくるときに撮った写真。

気仙沼港1.JPG

昔、この岸壁には、もう動かないマグロ船が、たくさんつながっていた。
今は、漁船を放置するのを、どこでも良しとしないから、廃船を見かけるのは少なくなった。
八戸でさえ、大型の廃船は、1隻のみである。
写真の手前の船は、サンマ船の廃船らしいようで、まるっきり動く気配がない。
岩手のK丸と書いてあった。

気仙沼港2.JPG

気仙沼港3.JPG

気仙沼港の入り口上空を通る予定の三陸道の橋げたである。
どこにインターチェンジができるかで、造船場へのアクセス時間が決まる。
気仙沼の大島と造船場街への利便性を考えるなら、港の北側に作ったほうがいいし、気仙沼市街地への利便性を考えるなら、港の南側。
たぶん、北側に作ると思う。
なぜか?
「気仙沼中央」というインターチェンジがすでに街の南側にあるから、もし、港の南側にインターチェンジを作るとなると、間隔が近すぎる。

大島1.JPG

これは、新設した大島への橋(鶴亀大橋というらしい)である。
大島フェリーが動いているから、まだ開通はしていないのだろう。
国道45号線から、鹿折(ししおり)、浪板地区を通り、この橋へと道路が新設される予定のようだ。
市街地から浪板地区への道路の端は、異常に高くなっているので、三陸道のインターチェンジへ結ぶ予定ではないかと思う。
この道路は、45号線から大橋へのアクセス道と交差し、その交差した地点を十字路にするのだろう。
そうすれば、大島へも近い。
大島が何なのかわからないだろうから、GPS画像をアップ。
南側にあるのが大島であり、私は大島瀬戸を通過しているところ。
気仙沼から北上する場合、ここを通過して、唐桑半島を眺めるのが近道である。

大島2.JPG



少し、余談。
鹿折地区から、浪板地区の低地には、新築の家は、ほぼない。
造船所の息子さんに聞いたら、高台への集団移転になったそうだ。
やっぱり人の住む家は、高所移転が正しいのである。
だから、気仙沼の津波防潮堤は、宮古市のようには高くない。
閉伊川の河川堤防くらいである。
住居と生業の場所とを区別し、景観を大事にし、税金を有効に使っているのであろう。

posted by T.Sasaki at 21:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

プロペラの選択 2

こんばんは。

先日、丸竹造船所に上架してきたのであるが、秘密にしていたプロペラの公開。
いろいろなプロペラを試してみたが、船の振動を極力おさえたいなら、これ(昨年の写真で、新品のピカピカ)。

4枚ハイスキュー.JPG

4枚ハイスキュー。
ナカシマプロペラ製

昨年の春、これに交換し、日本海デビュー。
小泊から来た乗組員が、振動のなさにビックリし、「ゴウヘイ(go ahead)」しているのか、「アスタン(go astern)」しているのかわからない、と言ったほど。
しかし、慣れてくればくるほど、ほんの少しの振動も気になるようになってしまう。
欲に限りがないというのは、このことなのかもしれない。

今年の乗組員は、鈍感な人間だが、それでもやはり振動がない、という。
船齢が25年にもなると、FRPの場合、どうしても船は重くなる。
だから、スピードのほうはあきらめて、乗り心地をとった。

メーカーの計算よりも、ピッチを10mm大きくしたが、それでも最大回転が前のプロペラと同じなのだから、高回転ほど効率がいいと思う。
あと10mmピッチを大きくすればよかったかな、と思ったが、この前の3枚ハイスキューでは、ピッチを大きくしすぎて、舵を切ったときに振動が起こり、ハロゲン球を何個もお釈迦にした。

私は、前のプロペラでは、ダイヤを小さくして、ピッチを大きくした。
ダイヤを小さくすれば、その分スリップするから、船速は変わらないような気がするが、実際には、仮にスリップしても、ピッチを大きくしたほうが、船速は出る。
しかし、上記の通り、いくらハイスキュープロペラでも、大舵を切ったときが難点である(船の舵の形式によるかもしれないが)。
posted by T.Sasaki at 21:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月01日

ターニングポイントか

再び。

今月のラジオライフ(11月号)は、NHKを攻撃している。
「何で、こんなに目くじら立てるの?」と思ったが、なるほど、その通りである。
元NHK職員が怒っているのだから(今月号は、価値ある一冊だと思う)。

偶然なのか何なのか知らないが、ラジオライフ記事「DJ InterView vol.166」で、元NHKアナウンサーの草野満代さんが登場している。
彼女は、NHKニュースでレギュラーで登場したりして、当時は、NHKの顔みたいな存在であった。
退職してから、ニッポン放送に勤めることになったが、人生とは、転機がある、ということなのだろう。
少々長くなるが、インタビュー形式の記事を紹介する。

― でもこうして新番組のオファーが来たわけですから、成功と捉えていいと思います。

そう、年明けくらいに「新番組やりませんか?」というお話が来てびっくり!しかも月〜木曜日の生放送、夕方の忙しい時(笑)。夕方のワイド番組となるとニュースは欠かせませんが、実はニュースはやりたくないなと思っていたんですよ。

― え!?それはなぜですか?

年齢と共に志向も変わってきて、例えば新聞を読む時は、ニュースより先にコラムから読むようになりました。最新のニュースより、自分の身の回りのこと、親のこと、老後のことに関心を持つようになったんです。だから、「生活に寄り添ったことをテーマにした番組ができるんだったらやってみたいです」とお答えしました。

― その返事は?

「あ、いいですよ」って軽く言われちゃって(笑)。じゃあやりますってOKしたんです。

― 草野さんの人生のターニングポイントに合わせるように、この番組が始まったのですね。

そんな感じです。これまでは、深夜遅くまで仕事をして、興奮したまま眠れなくて、夜明け頃にようやく眠るような生活をずーっと送ってきたんです。仕事最優先で、それ以外のことにはあまり目を向けてきませんでした。だけど、私は一体いつまで、こんなにキビキビ、ワサワサ、バタバタし続けるのかなと、考えるようになっていったんです。自分が本当に好きなことって何だろう、自分の将来はどうなるんだろうって。そんなタイミングで、このラジオの話が来たんですよ。
(「ラジオライフ」2018年11月号p13)

自分と何となく重なる部分があるかなあ、と少し思う。
一応、前歴なのか前科になるのかわからないが、取調べを受けて、検察へ調書を送致されたものだから、その時が、私の分岐点になったような気がする。
実は、この時、私の恐い父親が、意外なことを言って笑った。
「捕まるのも、遺伝するのか」
この言葉に、私は救われた気がする。

その後、新潟に行って、ちょっとしたことがあった時も、「主犯格は、岩手の漁運丸だということにしたら?」と言った。
もう、どうでもいい感じだったから。
しかし、さすがに支所長は笑って、それには耳を貸さなかったが。

一度、悪さをして捕まれば、二度も三度も同じである。
5回も捕まった先輩がいるのだから、5回まではいいのだ(笑)(そんなはずはない!)。

友だちというのは、貴重である。
こんな悪さをした私の話をよく聞いてくれて、問題の本質は別のところにある、ということを見抜いてくれた。
その友だちいわく、「金儲けもいいが、人に迷惑をかけない程度に生きていればいいじゃないかな」「もう少し、ゆっくり生きてみたら?」と。

友だちに言われて改めて考えさせられるが、こんなイカの大不漁に見舞われると、船を休めて、転職したほうがいいような気がする。
魚ばっかり追うのも、資源がないと、面白いものではない。
しかし。
たぶん、船は続けるだろう。

人生の転機は、たくさん訪れる。
7年前の津波は、転機の一つであったし、今後も、きっと転機は来る。
人は、それにより、どんどん変わっていくと思う。




posted by T.Sasaki at 20:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

気仙沼丸竹造船所

こんばんは。

丸竹造船所から午後に船を下ろし、そのままその辺に係船した。
今日、宮古へ回航するのは、ちょっと嫌なので。

気仙沼にいて、偶然台風に遭遇したのは、2回目である。
この港は、いくら外洋が時化でも波が立たない。
気仙地区の沼だから、気仙沼という地名がついたのかもしれない。
だから、造船場が多数存在するのであり、天然の良港である。

復興事業は、宮古から比べれば、かなり遅れた感じがするが、来年あたりは、三陸一の交通網が、この造船場街に登場する予定である。
三陸道は、気仙沼港の入り口上空を通過する予定であり、鹿折(「ししおり」と読む)地区の川沿いから大島にかけて、立派な道路が通る予定。
震災時の映像では、気仙沼港は、火の海であった。
気仙沼が復活していく様子を見ていると、感慨深いものがこみ上げてくる。

ここで船を造ったのは、今から25年も前である。
ちょうど今時期であり、私が、まだ20代の頃だ。
丸竹造船所の社長もまだ若く、弟の工場長もまだ若かった(社長は、老眼鏡をかけて、事務所でまだ図面を書いているし、粉だらけにもなるのだ)。
次代に担う息子さんは、その当時、ここにはいなかった。
ここの人たちはみんな人が良く、工場長は、仕事に関しては、「絶対」という言葉が付くくらい間違いがない。
兄弟の仲がよく、信頼し合っている、ということは、とんでもない大きな財産なのである。

ここの造船所は、後継ぎの息子さんもしっかりしているし、ちゃんとした相棒もいるし、そのまた下にも、若い人が育っている。
少なくとも、私が船をやめる年齢までは、この造船所は安泰である。
この上下のチームワークは、羨ましいかぎりである。




posted by T.Sasaki at 20:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする