日本の漁業が崩壊する本当の理由 片野歩

世界中で魚類資源が増えているのに、日本だけが減っている。
この現実を、恥ずかしいと思うべきである。

日本の漁業が崩壊する本当の理由.jpg

すべての漁協組合長、理事、参事、そして、任意の漁業団体の会長以下すべての役員たちは、この本を読むべきだ。
読みたくないならば、「日本の漁師は大バカものだ」を参照すること。
これを認識できないならば、役職に就く資格はない!

2018年04月22日

確かな生き方

再び。

妹に、「これほど節約しているのを見たことない」と言われる始末。

マスク.JPG

使い捨てのマスクを洗って干しているのを見られて、つい言われた。
確かに、これを再利用したからといっても、せいぜい100円程度の儲けにしかならないかもしれない(もっと少ないかも)。
でも、貧乏性だから、「もったいない」が後をたたず。

収入がないのだから、何でも節約。
まるで学生時代の寮生活を思い出す。
ああいう生活を経験すると、まあ、何でもできるや。
ない時は、使わない。

20年くらい前の話になるかもしれないが、ある船主が、借金を払わないせいで、恐ろしいくらい家の前を引きずりまわされ、自殺した話を聞いた。
近所の人たちは、とにかく恐くて、誰も出てこなかったそうだ。
その奥さんは、その後、どこかへ行って、やはり自殺したという。

聞けばゾッとするが、それはある意味、まだ「カネを借りたら返す」のが当たり前の時代であった。
今や、借金を返さなくてもいい時代のように映る。
踏み倒すような話をあちこちから聞くし、公共料金を払わない人たちも多いらしい。
そういう人たちは、社会生活を営む資格がないように思う。
このような局面では、ヤクザのような人たちは、必要悪なのかもしれない。

裁判関係の本を読むと、たまに、弁護士が踏み倒す側の味方になっていることがあるようだ。
その弁護士にもいろいろなのがいて、普通なら決着が付くはずの問題が、相手にカネがあるとなると、難癖をつくて、余計にカネを取ろうとするらしい。
私は、保険業界の人から、忠告を受けたことがある。
「弁護士は正義の味方ではない。カネが取れればそれでいい、という人たちだ」と。
こうなると、弁護士もヤクザも変わらないような気がする。

私の家のトイレには、教訓の能書きが書かれたカレンダーが吊るしてある。
今月は、今まで一番いいのが書かれていた。

自分の良心に従って行動する
これ以上確かな生き方はない


貧乏でも金持ちでも、これに限る。
でも、できれば、少しは金持ちになりたいが。
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エンジンがかからない

こんばんは。

昨日の夕方、船のエンジンがかからなくなった。
前にもあったので、いつもお世話になっている機械屋さんに状況を説明し、あるモノを持ってきてもらってかけてもらった。

このエンジンは、新台から2年目でかからなくなった。
ちょうど昼いかで八戸にいる時。
朝にセルを回しても、かかる気配なし。
5回ぐらいやってあきらめた。

会社が始まる時間に電話をし、メーカーの支店の人に来てもらって、秘密兵器でかけてもらった。
2度目ともなると、前の症状を思い出して、「もしや?」と。
それが当たってしまって、エンジンの使い方を反省している。

省エネもほとほどに、というところか。
posted by T.Sasaki at 21:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月18日

宮古市史上最悪の税金の無駄遣い

再び。

宮古市の負の遺産シリーズでも書こうか、と思ったりするが、負の遺産ナンバー2は、税金の無駄遣いである震災遺構、田老観光ホテルである。
「じゃあ、ナンバー1は?」と聞かれたら、十中八九は答えが決まっている。
閉伊川水門である。

昨日のNHKローカルニュースで報じていたが、70億円でできるはずが、何と!今年2月末時点で、293億円もかかっているそうだ。
つまり、200億円以上も、日本全国から余計に税金を頂いたことになる。

https://blog.goo.ne.jp/traum2011/e/39a1479e5250d0e855410aa7c548112a宮古on Web「宮古伝言板」後のコーケやんブログ

http://www3.nhk.or.jp/lnews/morioka/20180417/6040000630.html(「NHK 岩手県のニュース」)

この工事を強行した宮古市長と県は、どんな責任をとるのだろう。
もう辞めて済む問題ではない。
市民に対する背任行為である。

宮古市民は、津波を湾内で反射させるのではなく、川を遡上させ、津波を減衰させるために、河川堤防のかさ上げを主張した。
これは、閉伊川の洪水対策も兼ねているから、一石二鳥の良案であった。
しかし、宮古市長と県は、水門工事のほうが安くできるとし、市民の主張を一蹴した。
一蹴できなかったために、何度も説明会も開いた。
説明会で納得した市民は、あまりいないのではないか。

藤原の消防屯所の前には、昭和22年のカスリーン台風や昭和23年のアイオン台風の水位が表示されている。
藤原地区においては、浸水の水位に限っていえば、東日本大震災の津波程度の浸水を、戦後、すでに2度も記録している、ということになる。
今回の場合、市民の側の主張が正しかった。

宮古市長の顔など見たくもない。
早く辞めてしまえ!
posted by T.Sasaki at 21:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

市議会議員選挙は、人気投票みたいなもの

こんばんは。

宮古は市議会議員選挙でにぎやかである。
今日、選挙広報を見たが、パッとしない議員ばっかりだ。

正月過ぎだったか、豊かな三陸を守る会の新年会だけに参加したが、その時、引退した議員や現職議員たちが何人かして、議会の限界みたいなものを口にしていた。
やれることとしては、せいぜい、請願や議員立法的な条例案程度なのだという。
それでも、そういう認識を持っているだけでも、まだマシである。
この顔ぶれの中には、そんなことすら、頭の中にない人もいるのではないか。

今回の選挙は、定員22人に対し、立候補が24人だから選挙になったが、前回は、ピッタシ。
新里村や田老町、川井村との合併前は立候補者が多く、私が子どもの頃は、落選する人もたくさんいた。
大人たちが選挙に対し、熱中しているのを見ていた頃は、「応援するのも大変なものだなあ」と感じていたが、今思うに、昔も大したことのない議員たちの人気投票みたいなものであったのではないか。

私は、市議会議員の選挙は、人気投票だと思っている。
話をしてみると、「これで議員が務まるの?」と嫌味を言いたくもなる。
基本的な知識もなく、ホント、私が教えたいくらいだが、プライドだけは一人前あり、わからないことを聞くこともない。
例えば、漁業の現状を知ろうともしないで、議会で質問するバカな議員がいるそうだ。
そんなもの、議会で聞くかよ!
議会で聞かないで、水産技術センターを訪ねろよ!

わからないことは、勉強する、あるいは、知っている人に聞く。
小学校や中学校でも教えることだ。

私たちの日常でも、そういうことは多分にある。
わからないんなら、わかっている人に聞けよ!

勉強する気もない、調べものもしない、人からも聞く気もない、そんな議員は要らない。
人気投票的な市議会議員など、税金の無駄遣いである。
posted by T.Sasaki at 21:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月13日

技能資格は若いうちに

さらに、再び。

今回の技能講習会は、宮古でも来月行われる予定である。
私は、すでに日本海へ行く準備がほぼできており、来月初めには、回航するつもりでいる。
したがって、4月に行われる釜石での講習会に応募した。
20名の参加で、一番遠いのは私であり、2番目に高齢であった。
最高齢は73歳であり、ほかは、20代から30代の若者。
実技講習となると、成長の差は歴然とし、若い人たちは飲み込みが早い。
基本は安全第一なのであるが、やはり、それを仕事とするからには、速く作業しなくてはならない。
一人、とんでもなく速い人がいて、正確。
常に百点満点に近い。
大槌の人であり、技能やほかのこともいろいろと教えてもらった。
社会のことにもいろいろと関心があり、仕事の失敗談も話すくらいの人であったから、人間的にも、よく見えた。

何となくではあるが、私は、非常に恵まれたと思っている。
同じグループの若い人たちも、普通によくしてくれたし、指導教官たちも温厚な人たちであった。
特に、私たちのグループを受け持った指導教官は、いろいろと教えてくれた。

彼は72歳であるが、何と!老眼ではないのだそうだ!
現在でも、1.5の視力を持ち、裸眼で新聞も読める。
「何を食べたらそうなるんですか?」と聞いたが、特別なのは食べていないそうだ。
朝食がパンだから、それにブルーベリージャムをつけていて、「もしかしたら、それかも」と答えていた。
私は、メガネを掛けているが、老眼の進行が著しく、新聞や本は、メガネをはずさないと見えない。
老眼にならないためには、ブルベリーを食べるのがいいかもしれない。

この通り老眼のせいで、学科講習では、ひどい目に遭った。
黒板に書かれるのは、メガネを掛けなければならないし、教科書を見るときは、メガネを外す。
非常に忙しい。
面倒なので、頭にメガネを載せたままにし、それを忘れて、メガネを一生懸命探したりした(家でもよくある。父などは、「お前、大丈夫か?」とバカにする。自分の顔の上にあるのだから、そう言われてもしかたがない)。
独学で取れる資格なら、本だけでよいが、そうでない資格は、若いうちに取るべきだ。
技能講習を受けないと取れない資格は、たくさんある。
そのように法律で決められている。
特に、職業訓練校でやるような技能講習は、そういうものらしい。

温厚な指導教官は、訓練校に「3ヶ月コース」というのがあるのを教えてくれた。
もちろん、私にはそんな時間はないから、無理であるが、「3ヶ月コース」だと、パソコンから建設機械に至るまでの主な技能資格を取れるそうだ。
失業保険金を給付されている人には、最高のコースであり、補助も出るらしい。

本当に、若いうちに取れる資格は取ったほうがいい。
年を取ると、技能の呑み込みが悪くて面白くない。
高齢になればなるほど、成績は、年の順番である。
学科では、本の内容も面白くないから、独学などする気にもなれない。
先生の話を必至に聞くのみである(ただし、ほぼ先生の話で合格点はとれる)。
posted by T.Sasaki at 21:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

観光ドライブ?

再び。

暇なので、この機会に、資格講習会に参加。
2ヶ月丸々船を休めるのは、漁運丸始まって以来かも?
ということで、釜石に4日間も往復することに。

フォークリフト講習会.JPG

ついでに、観光も。
釜石大観音。

観音様後姿.JPG

水産技術センターには、何と!岩手大学が。

岩手大学?.JPG

近所には、岩手県の船、北上丸がいて、JRC製サテライトコンパスが二つもある。
面倒を見てもらっている無線屋さんに聞いたら、ジャイロコンパスを積んでいないから、予備が必要で、それがないと、船として許可が下りないのだそうだ。
沿岸海域にしかいない船に、そんな予備が必要なのか疑問に思う。
一級小型船舶操縦士でさえ、沿岸海域なら、レーダーがあれば、それだけで帰れるのに、県職員は、アホが揃っているのか、と言いたくなる。
いや、そうではなく、無線機メーカーと船の検査機構が結託して、税金を食い物にしているのではないか。
震災関連や省エネ関連の補助事業は、すべて、その匂いがする。

北上丸マスト.JPG

岩手丸のスタンには、オッターボードがあった。
オッターと使わなければならないほど、三陸沖には魚がいなくなったのか。
4日間、ぜんぜん動いていない。
役に立っているのか役に立っていないのか、わからないような調査船事業である。
耳が痛いかもしれないが、特に、鮭延縄調査に関しては、最悪であった。
また、昼いか調査というのもやっていたが、あまりにお粗末である。
プロの人たちに参考意見を聞いたこともあるのかどうか、私は知らない。聞いたこともない。
現役のプロたちと、もっと積極的な意見交換があっていいと思う。

岩手丸スタン.JPG

最後に、これが、私を捕まえた岩鷲。
その辺を歩いていたら、取調べをしていた恐いお兄さんが出てきた(笑)。

岩鷲.JPG
posted by T.Sasaki at 21:01| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

玄米の時代

こんばんは。

このブログのどこかで、米、という炭水化物は、良い食品とは言えないようなことを書いてきた。
米農家には悪いが、これは真実だと思う。
私は、一応、肉体労働の端くれに位置する職業についているから、少々、米を食ってもよいのだが、ホワイトカラーの職業の人たちは、意識して、米などの炭水化物を減らすようにしたほうがいいと思っていたが、それは、ほぼ確信に変わっている。

年齢を重ねれば、痩せている人でも、お腹のあたりに肉が付いてくる。
しかし、私は、太らなくなった。
ご飯の量を減らしたからである。
50歳前までは、平気で、ご飯を茶碗で2杯食べていた。
しかし、今では、1杯の8分目くらい、つまり、0.8杯。
その代わり、おかずを余計に作って、それを食べるようにしている。
糖質オフのたんぱく質主義である。
この結果、仕事量が多いと痩せるし、少ないと太る。
実験的にこのことがわかったから、仕事量が多いときは、ご飯以外の糖質(例えば牛乳とか、果物とか、腹が減ったときはお菓子でもいいと思う)を余計に取り、仕事量の少ないときは、もっとご飯を減らし、腹の足しになるような糖質以外のものを食べる。
おかげで、体重は、せいぜい1kg前後の変動のみになった。

夕方、昨年の岩手県産米が、すべて、特A落ちした、というニュースをやっていた。
そこで、他の県では、どんなことをやっているのか、尋ねたりしている、と。

私は、ここで、あえて、岩手県の取り組みに異議を唱える。
美味しい、という米は、体に毒だから。

https://toyokeizai.net/articles/-/215982(「東洋経済オンライン」)

これを読むならば、白米より玄米、ということである。
私のような素人では、美味しい白米=美味しい玄米、であるのかどうかわからないが、美味しい玄米の栽培や売り込みをやったほうが、世のため人のためになると思うのだが。

米農家の人たちは、上記のリンクを読んで、どう思うのか。
posted by T.Sasaki at 20:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月06日

鮭を獲らせろ、の裁判について

こんばんは。

先日、「鮭を刺網で獲らせろ!」裁判があり、訴えた側は負けて控訴したようだ。

https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201803/20180324_33045.html
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201804/20180406_33022.html(「河北新報オンラインニュース」)
(今朝の岩手日報にも記事があったが、Web版にはない)

私は、「海はだれのものか」を読んでからというもの、漁民組合側は負けると思った。
「漁を解禁すると多くの漁業者が参入し、漁獲量の調整が困難になる」という裁判長の判断は正しい。
漁業法で定められている権利が、慣習に基づいているのは、漁業調整が困難になるからである。
誰もが、“平等に”鮭を獲る権利があるのなら、誰がどうやってその資源分配や漁法の設定などをやるのか、非常に難しくなる。
まき網漁業だって、「苦しいから」獲りたい、といい始めるかもしれない。
誰だって苦しくなれば、そういう。
どうやって収拾をつけるのか、逆に質問されたら、漁民組合側は、何と答えるのだろう。
海の利用で、“平等”を盾に権利を主張するには、非常に無理があるから、漁業法では、慣習を大事にするのである。

すでに、小型船漁業では、延縄という漁法で数十年も鮭を獲っているから、これは権利となっている。
許可漁業といえども、それは広義の漁業権である。
もし、10月16日以降に、延縄漁業と刺網漁業が平行して操業することになる場合、刺網漁業者は、少なくとも、実績のあるすべての延縄漁業者からの同意をとる必要がある。
彼らは、脅すことがあっても、延縄漁業者から“了解”をとる努力をしたことがないのではないか。
もちろん、河川捕獲の事業者からも、すべての同意が必要であることは言うまでもない。
10月16日以前の刺網なら、さけ延縄漁業には影響ないから、あとは、河川捕獲の事業者との同意のみである。

しかし、である。
どこにでも昔はいたと思うのだが、鮭の刺網の密漁をやっていた人の話を聞くと、「そんなに甘くない」と言う。
定置網が大漁になるような時期でなければ、刺網にも、たくさんはかからないそうだ。
10月16日以前の許可なら、意味があるのかどうか、という話である。
商売にならないような刺網なら、ただの資源減少の道具でしかない。

岩手日報紙では、「サケの乱」という特集記事を掲載している。

https://www.iwate-np.co.jp/page/sake(「岩手日報」)

第4部「4億匹を問う」というシリーズでは、現在のふ化放流事業のあり方を論じていて、ただ単に、この事業をやっていればいい、というものではないことがわかる。
この舵とりは非常に難しいと思う。

第4部の「がんじがらめ」という記事に、補助金支出で増殖事業を行っているのだから、「鮭を刺網で獲らせろ!」という裁判をやっていることが書かれてある。

https://www.iwate-np.co.jp/page/sake/page-6188(「岩手日報」)

それならば、ふ化放流事業(増殖事業という言葉を使われているが、実際には単なるふ化放流の継続事業にすぎない)に税金を一切使うな、と訴えるべきである。
記事にあるとおり、現在、この事業は曲がりかどに来ている。
もし、本当に税負担と社会的影響を考えてのことならば、そうするべきである。
簡単なことだ。
補助金がなくなったなら、各漁協でふ化場の運営経費と鮭の漁獲収入とを考え、撤退する漁協も出てくるだろう。
このほうが、スッキリしてわかりやすい。

漁民組合の主張で、青森県や宮城県では、鮭を刺網で獲っている、とはいうが、聞いてみると、青森県では、共同漁業権海域のみで、沖合では禁止。
宮城県でも、10トン未満のみの許可であり、近年の不漁で、商売になっているのかどうかわからない状態らしい。
何度も書くが、商売にならないのなら、刺網は、ただの資源減少の道具でしかない。

漁業権について」で取り上げた「海はだれのものか」の同じ引用を引く。

 判決が「慣習に基づく権利」を否定した背景には、司法界に、行政に反する判決を出さない傾向がきわめて強いことに加え、「慣習に基づく権利」を認めようとしない風潮があるように思われる。
 しかし、慣習法は、いいかえれば、司法や行政に依存せずに地域社会を運営するための規範であり、成文法ではカバーし得ないさまざまな事項についての「住民の知恵の結晶」ともいうべきものである。慣習法に基づいて地域社会が運営されるということは、いいかえれば、慣習法によって住民自治が成り立つということである。近年、地方分権が盛んに叫ばれているが、慣習法は、地方分権どころか、住民自治を実現するのである。
 また、慣習法を熟知しているのは地域住民であり、地域に住んでいない裁判官や学者ではない。慣習法の存否が当該慣習法を全く知らない裁判官によって判断され、慣習法を熟知している地域住民がその判断に従わざるを得ないというのは、実はおかしな話なのである。
(前掲書p178)


ここに「行政に反する判決を出さない傾向がきわめて強い」とあるが、行政裁判は、一般にやるだけ無駄である、とされる。
今回の場合、鮭の刺網に、過去の「慣習」も何もないのだから、どうやっても勝ち目はない。

彼らは、担当弁護士に騙されたのではないか、と思う。
担当弁護士は、漁業法がどういう法律なのか、勉強したのであろうか。
まだ裁判長のほうが勉強している、といわざるを得ない。

「鮭を刺網で獲らせろ!」と言い始めたのは、魚類資源が減少し、漁船経営が悪くなったからであり、もし、沿岸漁業が栄えていたなら、誰もこんな裁判を起こさなかっただろう。
もちろん、私には、“裁判で訴える”などという度胸はない。
その点は、「すごいことやるものだなあ」と思ったりしたが、こんな元気があるならば、2そう曳きトロールを、法律違反として告発したほうがずっと正義だし、やりがいがある。

あ〜、その情熱がもったいない。
県や各組合の組合長を敵に回してまでやるような裁判ではなかった。
posted by T.Sasaki at 20:43| Comment(4) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする