日本の漁業が崩壊する本当の理由 片野歩

世界中で魚類資源が増えているのに、日本だけが減っている。
この現実を、恥ずかしいと思うべきである。

日本の漁業が崩壊する本当の理由.jpg

すべての漁協組合長、理事、参事、そして、任意の漁業団体の会長以下すべての役員たちは、この本を読むべきだ。
読みたくないならば、「日本の漁師は大バカものだ」を参照すること。
これを認識できないならば、役職に就く資格はない!

2017年07月23日

天皇の伝説

再び、こんにちは。

「天皇の伝説」という本を、Amazon中古市場から購入した。
中古市場から手に入れる、ということは、津波流失で買い戻した、ということ。

これには、明治天皇がすり替えられたのではないか、という衝撃的なことが書かれてあった。
再度読んでみると、明治維新の悪役たちが深く関与していることがわかる。

「天皇の伝説」にある諸問題は、南北朝時代にさかのぼり、この時の分裂で、さまざまな伝説が誕生した。
明治天皇も、南朝系にすげ替えた、という話である。
それも、長州出身であり伊藤博文の生家から近い、というから、穏やかではない。
明治天皇の父、孝明天皇は北朝系であり、すなわち、現在の天皇家は北朝系である。
しかし、どうやら、即位した明治天皇は、それがおもしろくなかったらしい。
引用する。

 明治天皇が有栖川宮に命令してつくらせた明治十年の「纂輯御系図」という皇統表では、北朝天皇家のルーツである貞成親王を「父不詳」としている。明治天皇の父・孝明天皇はあきらかに貞成親王の末裔。明治天皇は北朝の天皇として、自らのアイデンティティを否定している。新国家の最初の大事業でなぜ、そんなことをやっているのか。
 本来なら北朝の天皇と解すべき明治天皇は、伊藤博文暗殺の翌年の明治四十三年、自ら乗り出して南朝正系論を公式に認めた。これでは父・孝明天皇が「偽系の天皇」になってしまう。そのうえ、父の怪死を追及していない。死因が暗殺なら、あきらかに黒幕は岩倉具視や伊藤博文であると知りうる立場にありながら、両者を心底から信じたことなど、あまりにも不可解な矛盾を感じないわけにはいかない。
(「天皇の伝説」p30)


父である孝明天皇の死を追及しないというのは、明らかに、その子の態度ではない。
普通ならば、「なぜ死んでしまったのか」を知りたがるものである。

ここに岩倉具視と伊藤博文が登場するが、彼らが、孝明天皇を暗殺(刺殺)した、という説もあるのだ。
なぜ、暗殺したのか、という理論的支柱は、吉田松陰、もっとさかのぼれば、水戸学にある。
すべて明治維新(「明治維新に騙されるな!」参照)という暴走が、天皇家にも影を落としているのである。

 伊藤博文がさしたる功績もないのに、維新後は並みいる先輩たちを押しのけて、明治天皇の股肱の臣として国政を左右した。その理由は、彼こそが天皇暗殺の首謀者であったからに違いない。
 むろん天皇暗殺などという大事は、ひとりだけでできるものではない。三条実美をはじめとする長州亡命の七卿たちも、長州を朝敵と断じた孝明天皇のもとでは絶対に浮かばれないから、この計画を支持したことは容易に想像されよう。(中略)。また、岩倉具視の義妹で、孝明天皇の愛妾だった堀河紀子が後日、薩摩浪人の手にかかって斬殺されていることを考えれば、岩倉が義妹に伊藤らの手引きを命じていたことが考えられる。この頃、公卿たちが列参というクーデターをしたことはよく知られているが、それから考えてもごく上層部の者以外は、ほとんど天皇暗殺に加担していたことがわかるであろう。
 明治を聖代であったとする人は多いがそれは権力にあざむかれて、歴史を解せざるものの言である。「明治の元勲」とは、天皇を殺しても自分たちの目的を達成しようとした悪逆非道の者たちであった。幕末とは、このような大逆を可能ならしめる動乱の時代であったのだ。
(前掲書p18)


伊藤博文の人柄について、歴史家である鹿島fさんも、次のように語っている。

 そりゃ孝明天皇を殺したことは彼らの世界ではひとつの手柄なんだろう。だけど、それを実績にして総理大臣に成り上がるっていう論理は間違ってると思うよ。伊藤のもの凄い上昇志向は幼児期に原体験がある。彼は最下級武士の中間に仕えた人間だよ。中間の伊藤家にお父さんと一緒に養子になって、それから初めて人間扱いされたわけだ。そういう屈折した人格を吉田松陰に認められて下忍として育てられた山県有朋はもっとひどい。奴だったんだからね。岩倉具視は孝明天皇の同性愛、衆道の相手だろ。忍者、殺し屋、男娼で根性最低、ヒガミだらけのやつらが組んでつくった政権が明治政府だよ。
(前掲書p40)


 伊藤博文は閔妃を子分たちに殺させて輪姦したあげく、ガソリンをぶっかけて焼いてしまった。ところが、これを外国人に見られて、大慌てで三浦梧樓たちを逮捕させるんだけど、すぐに朝鮮に圧力をかけて事件に無関係の朝鮮人を出させて、犯人だといって処刑してしまう。
 伊藤のやるものは無法そのもので、こんなのが日本の初代総理大臣だったなんて恥ずかしいよ。アメリカが先住民族のインディアンを大量虐殺した歴史を認めているように、日本もこういう歴史を認めなればダメだ。
(前掲書p42)


新渡戸稲造が現行5000円札にいるのは、前回のとおり納得できるのだが、旧札にプリントしてあった伊藤博文や岩倉具視らは、とんでもない悪人である。
よくもまあ、あんな人物を、日本の1000円札や500円札に採用したものだ。

武士道とはかけ離れた、本当に恥ずかしい歴史である。
当時のまっとうな武士たちの悔しさが、わかる気がする。
posted by T.Sasaki at 17:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

不吉な姿

こんにちは。

その後、新潟沖合いの長距離航海が嫌になり、翌日には再び秋田沖へ。
瓢箪礁から秋田沖の新礁まで6時間全速で走り、それでたったの67個。
水揚げしてから、そのまま八戸へ。
来てから、すでに2週間以上経っている。
とにかく日本海が嫌になった。
八戸に戻ってからも、漁は決して順調ではないが、ただ平均単価が昨年より高く、そのため、金額的にまあまあの線をいっている。

しかし、今夜から、まき網漁業の天下が始まる。
こんな薄い資源でまき網がするめいかを獲ったなら、小型いか釣り船は、あきらめるしかない。
八戸港は、まき網漁船がすでに集結しており、私たち小型船からは、この光景が不吉にしか見えない。

お先真っ暗。
posted by T.Sasaki at 17:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月04日

「武士道」を読もう!

再び。

新渡戸稲造の「武士道」に関して要約し、ここにアップしようとしたが、やめた。
日本人なら、読んでいい本であるからだ。
でも、少しばかり書いておく。

私たち一般の日本人は、ほぼ「武士道」の精神を受け継いでいる。
日常生活や日本人特有の微笑みなど、「こういうことだったのか」ということがわかる。

日本人論なのか、日本文化論なのか詳しく知らないが、ルース・ベネディクトの「菊と刀」が有名らしい。
彼は、日本の文化を、恥の文化としているが、それは、見方が小さい。
日本人をよく観察しなかったと思われる。
だいたいにして、題名に、「菊」という言葉を使うこと自体、間違っている。
日本は、「桜」の国なのだ。

全部記すのは、非常に骨が折れるので、「武士道」を端的に表している文章を少し引く。

 嘘やごまかしは、ともに卑怯とみなされた。武士は、みずからの社会的地位の高さゆえ、商人や農民よりも高い水準の信を要求されると考えた。「武士の一言」 ― サムライの言葉、あるいはドイツ語でいう「リッターボルト(騎士の言葉)」と全く同じ意味 ― は、その言葉が真実であることの十分な保証であった。
 武士の言葉には重みがあり、その約束は一般に証文なしで結ばれ、かつ履行された。証文などを書くことは、武士の威厳にもとることだと考えられたからだろう。「二言」、つまり二枚舌を死によって償った人びとについて、多くの恐ろしい物語が伝わっている。
(「現代語訳 武士道」p78)


武士は、卑怯なことを嫌い、金銭のために、自分の志を曲げることもしない。
幼い頃からそれは教育され、みだりに刀を抜かない。
水戸黄門などという番組はただの娯楽であり、あんなに刀を抜くことはなかったのである。
以前、明治維新の長州勢力のやったことを書いたが、あれは、日本人として、恥ずべき行為である(「明治維新に騙されるな!」参照)。
「武士道」のかけらもない。

「こんな理不尽なことがあるのか。許せない!」と思う任侠的な心があれば、それは武士道の名残なのである。
そして、その精神は、同時代、つまり、サムライの時代の士農工商の末端まで及んでいたのである。

次にぜひ紹介したいのが、男と女のこと。
今の若い人たちは、自分の奥さんのことを褒めちぎっているかもしれないが、私の親の年代は、奥さんのことを蔑称で呼んだり、けなしたりした。
しかし、これは、武士道に起因することだったのである。
「自分を褒める」という行為を、普通の日本人はしない。
夫婦は一体である、という考えから、細君を褒めることもしないのである。
これを表している文章を、再び引く。

 私は、一知半解の外国人の間に皮相な見解が広まっていることに気づいている。― 日本人は自分の妻を「荊妻」などと呼んでいるから、妻は軽蔑され尊敬されていない、というのである。しかし、「愚父」「豚児」「拙者」などの言葉が日常使われているのを告げれば、それで答えは十分明らかなのではないだろうか。
 日本人の結婚観は、ある意味においてはいわゆるキリスト教徒のそれよりも進んでいると私には思われる。「男と女は一体となるべし」(『創世記』)。だが、アングロ・サクソンの個人主義は、夫と妻とは別々の人格であるという観念を脱することができない。したがって彼らが争う時は、それぞれの権利が認められるし、仲良くなればあらゆる種類の馬鹿馬鹿しい愛称や無意味な甘い言葉を交わす。
 夫や妻が第三者に自分の半身のことを ― 善い半身か悪い半身かは別として ― 美しいとか、聡明だとか、親切だとか何だとか言うのは、日本人の耳にはたいへん不合理に響く。自分自身のことを、「聡明な私」とか「私のすてきな性質」だとか言うのは、趣味のいいことだろうか。
 私たちは、自分の妻をほめるのは自分自身の一部をほめるのだと考える。そして日本人の間では、自賛は控えめに述べた場合でも悪趣味だとみなされている。― そしてキリスト教国民の間でもそうなってほしいと願っている!自分の妻をけなして呼ぶことは礼儀にかなっており、武士の間では通常よく行われた習慣だった。
(前掲書p163)

そして、本当は、日本人の夫婦は、仲良しなのだ(笑)。

 父親が息子を抱くと威厳を損なうとされ、夫は妻にキスをしない習慣だった。― 家の中ではしたかもしれないが、人前ではしなかった。ウィットのある青年が言った、「アメリカ人の夫は妻と他人の前でキスをし、私室では殴る。日本人の夫は妻を人前で殴り、私室ではキスをする」という言葉には、いくぶんかの真理があるだろう。
(前掲書p117)


新渡戸稲造の「BUSHIDO The soul of japan」は、明治32年にアメリカで出版され、日本では翌年出版された。これは世界的なベストセラーとなったようだ。
できれば、これくらいの本は、みんな読むべきだ。
私たちの心にあるものが、説明されている。

5000円札に新渡戸稲造が印刷されている理由が、ここにあるのかもしれない。
造幣局のデザイナーは、粋な計らいをしていると思う。
posted by T.Sasaki at 16:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鷲崎で良い空気を満喫

こんにちは。

秋田から出港し、一応針を下ろしたが、2時間操業で、たったの5尾。
これはダメだ、ということで、ゆっくりと佐渡島の鷲崎へ。
そこで、一杯やって一晩ぐっすりと眠り、凪待ち。
何もないところと聞いてはいたが、港にあるのは、ジュースの自動販売機のみ。
非常に静かでいいところ。
こういうところで本を読むのは幸せ。

朝起きて、Google mapを開き、旅館を探し、電話で風呂を注文。
「シャワーだけなら、OKです」というありがたい返事をもらい、さっそく行ってきた。
坂を上がって少し弾埼のほうへ歩くと、寂れた旅館があり、シャワーだけのはずが、ちゃんと浴槽にもお湯を入れてあった。
お金を払おうとしたら、「要りませんよ」というが、「タダというのは良くないですよ」と1000円置いてきた。

鷲崎.JPG

これが、旅館の前で撮った鷲崎の風景である。
半農半漁の生活なのだろうか。
「GDP4%の日本農業は自動車産業を超える」では、農家の規模について記述があったが、このような超過疎地では、半農という生活は、しかたがないと思う。
いくら日本農業のためといっても、全否定は良くない、と思い知らされた。

お昼ごろ、風も凪ぎたので、それから出港。
なかなか、いかの反応を見つけられず、それでも4時ごろから上がり始め、夜の集魚灯点灯操業は、今年初めて100個超え。

良かった。安心した。

今年の電気いかは、やってみても20個か30個しか獲れず、電気設備が悪いのか、といつも首を傾げていた。
しかし、ちゃんと獲れたのをみると、自分の位置取りが悪かっただけだったのだ。
とにかく安心した。
再び、新潟へ入港。
posted by T.Sasaki at 16:20| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする