日本の漁業が崩壊する本当の理由 片野歩

世界中で魚類資源が増えているのに、日本だけが減っている。
この現実を、恥ずかしいと思うべきである。

日本の漁業が崩壊する本当の理由.jpg

すべての漁協組合長、理事、参事、そして、任意の漁業団体の会長以下すべての役員たちは、この本を読むべきだ。
読みたくないならば、「日本の漁師は大バカものだ」を参照すること。
これを認識できないならば、役職に就く資格はない!

2016年05月25日

ストレスが寿命を決める

みなさん、こんにちは。
今日1日暇なので、珍しく登場です。

「進化論の現在 DARWINISM TODAY」シリーズの最後の本「寿命を決める社会のオキテ」について、少々。
これは、ストレスが寿命を縮める、という話です。
ストレスは、社会生活に人間が参加しているからには、必ず私たちにつきまとうもの。
貧富の差、そして、それを嫌なものと思ってしまう屈辱心、つまりは自尊心が、ストレスの源。
もちろん、ストレスの原因には、個人差がありますから、貧富の差以外にも、さまざまなものがあります。
この本の最終的な提言としては、人間社会のあらゆる格差を縮める方向へと導けば、きっと寿命は伸びるであろう、としています。
でも、そんな夢みたいな話は誰も信じないだろうし、すべて平等になったら、ずるい人間がいて、必ず仕事をサボり始める。
行く末は、ソ連崩壊と同じ。

コルチゾールという物質は、体内の副腎という臓器から、ストレスホルモンとして分泌されます。
短期的な分泌は、自分の体を守るという防御機能の一つです。
ところが、ストレスが長く続くと、コルチゾールが多くなり、これは、免疫系などの機能低下をもたらします。
その結果、どうしても病気などになりやすくなり、平均的に寿命が縮まる。

その意外なる証拠が、ちゃんとあるので、引用します。
何と、鮭が産卵してから死んでしまう原因は、コルチゾールにあるらしい。

 サケのメスが卵を産むと、オスが放精する。すると、どちらもすぐに死んでしまう。この場合はどうだろうか。実はこの死に至る生物学的メカニズムには、非常に高濃度のコルチゾールが絡んでいるのだ。サポルスキーが言うところによれば、産卵・放精後のサケを捕まえてみると「副腎がとても大きく、胃や十二指腸に潰瘍があり、腎臓には傷が見られる。免疫系は壊滅状態で、寄生虫や感染症に冒されている」のである。どうやらコルチゾールを制御するシステムが産卵と放精に伴って壊れるらしく、それがためにコルチゾール濃度が極度に高まるのだ。しかし、この病的な状態は本当にコルチゾールの増加だけが原因となって起こっているのだろうか?それが、どうおそうらしいのだ。産卵と放精後に副腎を取り除きコルチゾール濃度が上がらないようにすると、彼らは死なないのである。このメカニズムは五種類のサケで見つかるに留まっているわけではない。オーストラリアのフクロネズミの仲間の何種類かでも別個に進化していて、オスが交尾後ただちに死ぬのである。この場合にも同じメカニズムが働いている。副腎を除去すれば、やはり死なないのだ。
(「寿命を決める社会のオキテ」p86)


サケだけかなあ、と思ったら、人間でも、副腎が重要!

二十世紀の初めの頃、医学生が解剖実習するとしたら、それは貧しい人の体で、医学生はその際、かなり大きいサイズの副腎を見ることに慣れていたのだが、中産階級の人々が医学の教育の研究のために献体するようになると、解剖学者はずっと小さい副腎を見ることになったのである。小さい方には何かおかしなところがあるのだろうと考えた彼らはこの不思議な状態に対し、「特発性副腎萎縮症」なる名をつけた。異常なのは貧しい人々の物の方で、それはおそらく貧しい生活に伴う慢性的なストレスの結果なのだろうとわかったのは後のことである。
(前掲書p87)


ということで、寿命は、ストレスをためない気持ちの持ち方が、大きく左右するんですね。
社会を変えるより、自分を変えるほうが、ずっと簡単で速い。

金持ちじゃなくても、常にゴキゲンであれ!

新潟に来てから、もう少しで1週間になります。
大不漁は続く!
日本海するめいかのこんな大不漁を私は知らない。
いや、私がかしぎで乗って3年目くらいかな?その時も大不漁で、日本海沖合いにある大和堆に通ったことがあります。
あの時も、岸寄りは今年と同じような状態だったような気がする。
昔と違って、今や、赤い色をしたするめいかでないと、値段がとれない。

ストレスがたまる〜。

本当は、この本の紹介をするつもりはなかったのですが、ストレスで健康を害しそうなので(もちろん暇だと理由もあります)、あえてアップしました。

出港直前にブリッジにした歯が取れてしまい、かかりつけの歯医者の先生には、新潟にもちゃんとした歯医者がいっぱいあるから、そっちで直しなさい、と言われました。
でも、もう八戸に帰りたくなっていますから、歯を作っても、居なくなりそう。

かわいそう!

でも、一杯やって、ゴキゲンに。
私の場合、酒は、ゴキゲンの材料の一つなのです(笑)。
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2016年05月16日

「育てる」漁業?

みなさん、こんばんは。

いよいよ、明日、新潟沖へ向けて出港します。
今年は、船頭一人と乗組員一人で行きます。
以前、二人で行った時は、それなりの経験者と一緒に行きましたが、今回はいか釣りの素人で、針結びを少し覚えたばっかりの新人です。

昨年は、20代の若者二人の乗せていきました。
そのうち、一人は2年目で、一人は船に乗ったこともない本当のど素人。
最近の漁運丸は、新人育成機関になりつつあります。

「育てる漁業」とは、よく言いますが、それは、きっと乗組員を「育てる」漁業を暗示していたのかもしれません。
でも、成長するのを見るのも悪いものじゃないと思います。
裏切られた時は、ガックリしますけど。

さて、どうなることやら。
それでは、行ってきます。
posted by T.Sasaki at 20:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月15日

フェミニストの居場所がなくなる?

再び、こんばんは。

それでは、フェミニストが、顔を引きつらせそうな文章を紹介します。

 男と女が仕事か家庭かを選ぶ際、もしその選択に一貫した違いがないのなら、仕事に対してより多くの時間とエネルギーを投入する者が多くの報酬を得ても何ら問題はない。仕事に対して投入するエネルギー量が違うのに同じだけの報酬を要求されたとしたら、ほとんどの人はショックを受けるに違いない。ところが、フェミニストの多くが言っているには他でもない、そういうことなのである。献身的に働かなければ高い報酬を得られないというのでは女に不利だ、という理屈で労働市場は批判されているのだが、不利になるのは誰であろう、献身的に働くことを選択しなかった個々の女なのである。その事情は個々の男でも同じことなのだ。
(「女より男の給料が高いわけ」p94)

「その事情は個々の男でも同じことなのだ」とは、全くその通り!
真面目に仕事をしようとしない人たちへ、この引用文を贈ります(要らないでしょうけれど。笑)。

女の人が働いているいろいろな局面で、「この女はできる」「きっと出世するだろう」と思うのは、よくありますが、本当のところ、出世できているかはわかりません。
能力のある人なら、それは、仕事に対するエネルギー投入量と同じ見方で、男であろうと女であろうと、高い報酬をもらうべき。
そのようにならないから、フェミニストの攻撃を受けるのです。
私の職場には、女はいませんからわかりませんが、実のところ、どうなのでしょう。
生まれ変わったら、たくさんの女がいる職場を目指します(笑)。

「パラダイムの変換」が必要だというフェミニストもいて、社会は「主夫」をもっと認めるくらい広い視野をもつべきだという。社会がお墨付きを与えさせすれば、稼ぎ頭の半分は女で、家事をする者の半分は男になるだろうと言うのである。
 進化心理学でわかったことからすると、多くの家庭がそういう道を選ぶだろうとは、とても考えられない。それはあまりにも無邪気で世間知らずというものだろう。男が地位を望み、目に見える形の報酬を欲しがるのは持って生まれたものであって、ただの社会の「パラダイム」よりもずっと深いところで作用している。それは女が地位の高い男を好むのと同じことである。地位が高い、あるいは専門職にある女の多くが家庭に入って子どもの世話をする男を好んで夫にするなどという話は、空想の中にしかありえない。成功している女は夫が働くことを望むだけでなく、同じように成功している男と結婚したいと思っており、その思いの丈は男よりもずっと高いのだ。家庭に入って子どもと過ごし、長期にわたって妻に養われたいという男は滅多にいないだろうが、そういう男を喜んで養い、男として魅力があると感じる女はもっと少ない。「男こそ変わるべき」と言うのは「女こそ変わるべき」と言うのと同じくらい実りがないし、妥当なことでもない。
(前掲書p95)


これなどを読めば、フェミニストたちは、きっと泡を噴いて倒れる(笑)。
基本的に、女の要求は、凄い!かも?

 男と女は同じであるという信仰のために、賢明とは言えず、その効果のほども疑わしい政策がいくつも生まれてきている。経営者は生産性を犠牲にしてまでも、労働力に占める男女の比率の格差をなくすようにという圧力を受けている。学校は男女は同じだというプロパガンダの機関に成り果てており、子どもたち自身の経験とはまったく相容れないことを言って学校及び教師の信用を失墜するかもしれないということなどまるで気がついていない。軍備の面でも、大勢に従って女をほとんどすべてのポジションに採用しなければならず、またその目標を成し遂げるために必要な基準も変えなければならない。事態は深刻なのである。
 これまでとは違う、もっと実りのある水準で議論できるよう我々が変わるべき時が来ている。生物学的な見方は、現状の変化が適当かどうかとか、望ましい変化が起こるにはどういう政策をとったらいいかとかいうことを指図しているのではない。そういう問題の存在を告げているのである。政策を決定する立場からすれば、人間の本性に沿っても、またそれに反しても物事をすすめることができるだろう。だが、人間を取り巻く環境を人間の本性に沿って手直しする方が、本性そのものを変えるなどという土台無理なことをしようとするよりも、ずっといい解決に至るのではないだろうか。そう私は考えている。
(前掲書p108)


この「女より男の給料が高いわけ」の著者は、キングズレー・ブラウンというアメリカ人であり、これら「進化論の現在 DARWINISM TODAY」シリーズは、イギリス発です。
「日本の経営体では、女性のトップ採用が少ないから、欧米を真似しなさい」とはいうものの、欧米の論文がこれに反旗を翻しており、それも反論できないほどの内容です。
「日本人って、やっぱり模倣民族の代表?」と言われそう。

最後の引用は、安倍首相に贈ります。
女性票にしっぽばっかり振っていないで、この本を読んでください。

税金の無駄遣いはよくない。
posted by T.Sasaki at 21:34| Comment(0) | TrackBack(0) | ダーウィニズム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

読解力のない人たちへ

みなさん、こんばんは。

先日、「私の夢」で、「シンデレラがいじめられるほんとうの理由」という本から引用しましたが、これは、「進化論の現在 DARWINISM TODAY」シリーズの中の1冊であり、全部で7冊、新潮社から出版されました。
しかし、これらはすでに絶版になっています。

生物は体のかたちを自分で決める(SHAPING LIFE)
シンデレラがいじめられるほんとうの理由(THE TRUTH ABOUT CINDERELLA)
農業は人類の原罪である(NEANDERTHALS,BANDITS AND FARMERS)
女より男の給料が高いわけ(DIVIDED LABOURS)
現実的な左翼に進化する(A DARWINIAN LEFT)
女だけが楽しむ「ポルノ」の秘密(WARRIOR LOVERS)
寿命を決める社会のオキテ(MIND THE GAP)

このうち、「農業は人類の原罪である」は、すでに紹介しています。
「シンデレラ〜」「農業は〜」と「女より男の〜」は、比較的読みやすく、他は慣れていないと非常に読みにくい。

「女より男の給料が高いわけ」は、フェミニストが読めば、卒倒しかねない代物で、卒倒しなくても、顔が引きつるでしょう。
これは、あとで紹介します。

「女だけが楽しむポルノの秘密」は、題名だけで男は興味深々、という感じですが、中身は、女と男の配偶心理に関すること。
男は、やればそれで済み、やる数が命。
しかし、女は、出産そのものが命がけだから、男と違い、結婚後、出産後のサクセスストーリーを求める。
という話です。

この「進化論の現在 DARWINISM TODAY」シリーズを翻訳した竹内久美子さんは、英語を得意としているわけでもないようで、巻末の解説で次のようにお詫びしています。

 私はただでさえ英語は苦手である。もちろん何人もの方(それも英語のつわものとでも言うべき方々)に、お知恵を拝借した。それでも、残念ながらこの本から不明瞭な点を払拭することはできなかった。読み進めるうちに、わかりにくい箇所があったかもしれないが、こういう事情があるのだ。ご勘弁願いたい。
(「寿命を決める社会のオキテ」p118)


実は、「生物と無生物のあいだ」を書いた福岡伸一さんが、同書で、彼女の「そんなバカな!」の“直訳”をやんわりと批判しています(p123)。
だから、英語のできる人は、原版を読むほうがもっとおもしろいかも。

さらに、「そんなバカな!」は、彼女のオリジナル著作だけれども、あまり評判がよくない。
amazonで検索していると、カスタマーレビューで、「誤解が多すぎる」「ドーキンスにタダ乗りしたトンデモ本」などなど。
しかし、「誤解が多すぎる」と感じるのは、読解力のなさを露呈しているようなものだと、私は思います。
ちゃんと読めば、進化論の考え方を、面白く紹介しているのだなあ、と。
そういう考えで読まないと、「ドーキンスにタダ乗りしたトンデモ本」というひがみっぽいレビューも登場するのです。

そして、伊藤嘉昭さん(おそらくは第一線の研究者なのだろう)は、教科書みたいな本「新版 動物の社会」で、何と、第9章のセクション2で、わざわざ「竹内久美子による社会生物学の人間社会への悪用」と題して、批判している。
読んでみると、「ん〜、もうちょっと大人になったら〜」と思わずにいられません。

同書で、「男と女の進化論」も批判の俎上にあげていますが、皮肉にも、「男と女の進化論」の巻末で、林望(はやしのぞむ)さんという方が、「実証と解釈―解説に代えて」と題し、次のように書いています。
ちょっと長くなりますが、御免ください。

 世の中に、学問ということのわかっていない人が多いことは、これは仕方のない事実かも知れないけれど、なかでも、いちばん分かっていないところは、学問というものが、なにか「真実」を解きあかす魔法の鍵であるかのような幻想を抱いている人が(学者の中にさえ)多いことである。
 絶対の真実、なんてそんなものは、この矛盾に満ちた現実の世界に在るはずはないのである。
(中略)
一つの社会に共通する行動の様式を、よく観察分析して、いくつかの要素に分け、それをつかさどる原理を推量して、「もしかして、これはこういう訳ではないかしら」と一つの「仮説」を作る。それを、社会学的に構築する場合もあるだろうし、医学的衛生学的に考えることも可能だろう。または、そのよって来たる歴史に思いを致す人もあるやもしれぬし、民族宗教的な意味付けをしたいというむきもあるに相違ない。つまり同じ現象を前にして、そこに想定される仮説は決して一つだけではないのである。
 ともあれ、これを、まず実証のための目標と定めるのであって、こういうのを「作業仮説」という。
 かくして、仮説ができたら、次の手順は、その仮説がどんな場合も正しいのかどうか、ということの「確かめ」をしなければならない。
 これを「検証」といい、この仮説通りに事実が説明できたとき、それを「実証」というのである(ということは、同じ現象を前にして「実証」されることがらもまた一つではないということである)。
(中略)
 この実証ということを注意深く眺めてみると、そもそも、無数に存在し、しかも連続的に変異する現実の事象についての「一つの解釈」が「仮説」なのであり、その仮説で現実を説明するのが「検証」なのであり、その例外をどう考えるかということもまた、明確に「解釈」なのだと断定してよろしい。
 以上のごとく、結局、現実に対する、「観察」と「解釈」の総合として、「実証」があるということになるのである。それは「絶対の真実」の発見ということではない。
(中略)
 学問的に正しい、ということはつまり叙上の手続きを経て「実証」され得たということの謂いであるが、それはどこまで行っても「解釈」であることを免れないのだから、あとはすべて、いかにたくさんの周到な実例を用意して、わかりやすい言葉で人を説得するか、ということにかかっている(むずかしげな分かりにくい言葉で言うのが学問的だと思っている人が少なくないのだが、それは一種の小児病的態度であると言ってよい)。極端な話、読んだ人が「ははぁ、なるほどなぁ」「ウーム、そのとおりだなぁ」と思ってしまえば、それは立派に「実証された」ということになるのである。おわかりだろうか。
 私は、遺伝子の学問をよく承知していない。しかし、自分の子どもをつぶさに観察しながら、あたかも一人一人の子どもたちが、すべて私と妻との遺伝子をモザイクのように組み合わせて持っていることを実感する。そして、そのモザイクはまた、私と妻のそれぞれの両親の遺伝子のモザイクである。そしてさらに、その私たちの両親のモザイクは、そのまた両親たちの遺伝子のモザイクである。・・・・という風に思いを先祖に致す時に、私は、自分の存在というものが、とりも直さず先祖の意志の遺伝であることを思わずにはいられない。こうして、私には一見個人的素質や努力の総和のように見える現実のさまざまは、もしかしてすべてが先祖からの遺伝ではなかろうかというように見えてくるのである。
 それを、私は「御先祖主義」という原始民族宗教的なタームズにおいて解釈する。
 しかしそれは、竹内さんのような動物行動学者からすれば、「利己的な遺伝子」の意志であると、このように解釈されるであろう。
 つまりどちらでもよろしいのである。
 私自身、竹内さんの著書を何冊か読んで、たぐいまれな面白い本であると思った。いくらなんでもそれは穿ちすぎじゃないかと思うことも絶無ではないけれど、そんなことはすこしも問題ではない。なにしろ、これは複雑怪奇なる現実に対する、動物行動学的な「一つの解釈」である限りにおいてすでに十分実証的なのであり、その論述に「こりゃぁ、面白い。目から鱗だ」と思わされてしまったからには、それが学問的真実だと言って一向にさしつかえないのである。
 それを、くだくだと詰まらぬ反証を上げて、大人げなく批判したりするのは、実のところ間違っている。
(「男と女の進化論」p217〜p225)

これって、もしかして、伊藤嘉昭さんへ向けた言葉?と思ったら、出版順序が逆でした(笑)。

林望さんに同感で、私に言わせれば、「彼女の著作は、ダーウィンの進化論とは何か、ということを面白く説明している。ダーウィニズムを日本の一般読者層に広めたのは、彼女の功績である」となります(実のところ、「新版 動物の社会」は、ぜんぜん面白くなく、一般読者向けではない。これではダーウィニズムは広がらない)。
感想に個人差があると思いますが、まあ、読んでみてもいいんじゃないですか(決して「読め」ではありませんからね。責任逃れ。笑)
posted by T.Sasaki at 20:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ダーウィニズム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月13日

原油価格が下がっても、物価が下がらない理由

みなさん、こんばんは。

来週初めに、今度こそ、日本海へ行く予定ですが、その前に、いろんなことにカネを使いました。
まず、巨額なのが、漁船保険。
私は、ほとんど漁船保険を使ったことがないのだから、もっと安くてもいいと思うんですよ。
どっちみち、今の船を沈めてしまうか、全焼させてしまったら、新造船なんて造れるような保険金は下りません。
たぶん、やめると思う。
そういう覚悟だから、船のいろいろな設備に神経を使ったり、津波が来るような地震には、初動を早くする。

今夜は、漁船保険のことではなく、発砲スチロール。
これは、石油の2次製品になるのかな?3次製品になるのかな?
原油価格がかなり下がっているにもかかわらず、安くなりません。
誰が儲けているかって?
それは、発砲スチロールを作っている会社やその従業員、そして、販売網の会社とその従業員です。
総じて、漁業関係の物価は、下がることを知らない。
(エンジンメーカー、漁労設備メーカーは、震災復興でかなり儲けたのをみんな知っている。一般向けの製品は、価格を下げてもいいんじゃないの?)

アベノミクスを実行する上で必要だとされているのが、日銀を使った2%のインフレターゲット、物価上昇策。
物価が上がれば、誰が苦しむか?
それは、末端の生産者と末端の消費者。
いつの時代もトリクルダウン経済ですが、アベノミクスなど、トリクルダウンそのもの。
末端は、税金を使った景気対策で潤う大企業、その傘下の中小企業のおこぼれを拾っているようなもの(これがトリクルダウン。したたり落ちるのを私たちは待つしかない)。
ほとんどおこぼれがないのだから、「経済政策に税金使うのは、やめたほうがいいんじゃないの」と私など昔から言っています。

1億総活躍なんて、誰が信じるものか!
信じる人は、おバカさん。

でも、安倍総理は、人気あるんですね。
私には理解できない人気です。
羨ましい。
posted by T.Sasaki at 21:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月12日

渡り鳥乗組員

みなさん、こんばんは。

今日、ある船主さんの息子とその船で仕事をしている若い乗組員が来ました。
そこで、コーヒーを飲みながら、世間話をやりましたが、何といっても話題の中心は、「私が八戸から戻ってきた本当に理由」について。
それから、話が脱線していって、「渡り鳥」のことになりました。
「渡り鳥乗組員」とでも命名しますか。

乗組員の仲間というのが、あちこちで存在し、各船に散らばっている乗組員仲間は、仲間同士で漁の模様交換をしています。
漁よりも敏感な問題が、給料や最後に清算される歩合のボーナス。
その情報交換が活発みたいです。
つまり、次回の職場を考える上で、参考程度に頭に入れているわけだ。
もちろん、船員保険適用船(10トン以上)かどうかも、船を選ぶ上で重要な選択肢。

しかし、そんな情報が行き交っても、普通はあまり乗る船を変えません。
一度構築した人間関係を、けっこうみんな大事にするんですね。
でも、そうでない人たちも、もちろんいます。
飽くまで、もらうカネ。

あっちの船では、30万の給料。
別の船は、50万円。
清算で100万もらったなどなど。
これを聞いて、給料上げろ!と船主に要求する人もいるとか。

もちろん、プロ中のプロの乗組員ならば、やっぱり船主もその要求に応えたりします。
しかし、最近、乗ったばかりのあんちゃんが、そんなことを言うのは、少し考えもの。
ちょっとばかり手が速くても、ダメ。
地道な準備や道具の整備、そして、先輩の手伝いなど、自分の目で習得しなければならないのは、たくさんあります。
いちいち教えられなくても、自分で覚える。
そんな気概をもって、すべて自分でやれるようになるまでは、一人前とはいえない(と私は思う)。
先輩のやれることが、ほぼ自分でもやれるようになってから、給料のことを口に出すべき(と私は思う)。
一昔前なら、「でかい口叩くな!その前に仕事やれ!」とハッパをかけられました(私は、給料のことなど一言も文句を言ったことはない)。

私も、ある乗組員のグループと親しくしていたりします。
彼らは、プロ。
私は、彼らに混じれないような仕事しかやったことないのですが、それでも私に付き合ってくれます。
同年代のせいもあるかも。
ところが、ちょっと若い世代には、より給料のよい船へと移動するようなグループがあると聞きます。
私としては、このグループには、ちょっと引いてしまいますね。
私が雇うのは無理。
だって、おそらく、給料ばっかりいただいて、沖が休みの日に、道具の手入れをやってくれなさそう。

「あっちの船は、縄さやめをしなくていいって」
「こっちの船は、餌かけをしなくていいって」
「あそこの船は、何もしなくても給料が高いって」

と言われそう。
そして、彼ら「渡り鳥乗組員」は、良さそうな船へと、移籍するのです。

「渡り鳥乗組員」を嫌いな私の出る幕は、もうないのかも知れません。
posted by T.Sasaki at 19:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月10日

八戸からバックしてしまった

みなさん、こんばんは。
お久しぶりです。

実は。

5月5日に宮古を出港しまして、八戸で天候待ちし、日本海へと回航する予定でした。
そして、今朝が新潟初水揚げの予定でした。

ところが、いろいろあって、戻ってきました。
総合的な判断です。
目先のことよりも、将来のことを考えて。
この判断が正しかったかどうかは、後で評価されます。

帰ってきて、リモコンライトの電球が切れているため、カバーをはずして交換しようとしたら、4本のビスのうち、1本が取れない。
しかたがないので、ビスの頭を削り取って、外そうとしても、取れない。
いよいよ、マイナスドライバーで、こじ開けようとしたら、カバーと中の鏡が壊れてしまいました。

壊したリモコンライト.JPG

伊手屋電機さんに行って相談したら、社長がじきじきに出てきて、機種を調べ始めました。
これは、二十数年前のSANSHIN(三信舶用電具株式会社)製で、カタログもなし。
電話で問い合わせたところ、ファックスが送られてきて、機種を特定。
カバーや鏡などの部品があるかどうかを調べるには、ちょっと時間がかかるらしく、何と!ライト本体の在庫がある、とか。

買うかどうか悩みながら、ライトの各部にテスターを当てたら、電球が切れているのではなく、電球を差し込むソケット側のほうに問題があるみたい。
こうなると、交換部品があるのかどうか。
「どうせ、あと15年もやったら、引退だろうなあ」「20年以上も壊れなかったから、あとあと何も気にしないで使えたら、まあいいか」ということで、思い切って、新品注文。
これで、20年は使えるだろうということで。
社長とも話をしてきましたが、外装がアルミだと、ビスがアルミとくっ付いてしまうため、いったんビスを抜き出し、グリスをひいてから、元通りに組み立てたほうがいいみたい。

このリモコンライトの騒動は、八戸に行った時に発覚したもので、帰ってきた理由の一つ。
でも、本当の理由は、乗組員を乗せ忘れて行ったこと(笑。まさか)。

それにしても、前回の投稿アップから、非常に忙しかった。
朝5時に起きて、5時半くらいから仕事をし、帰宅が夕方7時や8時はザラ。
いか釣りの準備のため。

電機屋さん(私)の仕事。

集魚灯トランス配線.JPG

機械屋さん(私)の仕事。

いか釣り機配線.JPG

いか釣り機結線.JPG

その他、秋のたら縄の準備やかごの後始末などなど。

その前に、宮古漁協造船工場に上架。

散水配管に亜鉛をつけてもらいました。

散水配管亜鉛.JPG

二十数年使った鉄配管に効果があるかどうかはわかりませんが、付けないよりは長持ちすると思うのです。
無理に配管の下側に付けたのには、理由があります。
たまに亜鉛だけが、腐り落ちて、配管の中をゴロゴロと転がるから。
摂待鉄工所の社長さんからのアイディアです。
しかし、溶接工事が難しい。
そこで、私が提案。
最初に、15センチくらいの鉄管に、亜鉛ソケットを付けてしまう。
そして、それに合わせて、船の配管を切り、亜鉛ソケットの付いた鉄管を溶接する。

エンジン循環水の排水側の銅配管に、ほんの少し水漏れがあり、電蝕の恐れがあったので、これをステンレスに変え、もちろん亜鉛を。
ステンレスは、経験的に、ピンホールがあくことが知られているので、今の新造船では、ステンレス配管に亜鉛をつけているようです。
私もやってみました。

循環水排水側.JPG

船が古くなると、一番恐いのは、水漏れ関係と電気接触関係。
これに気を使わないと、漁船保険を使う破目になります。

あまりの忙しさにイライラし、予定通り、注文したものが入らないと、ますますイライラ。

でも・・・。
みんな忙しいんですよね。

新潟のはしりの漁は、あきらめました。
帰ってきてからは、のんびりと仕事をするようにしています。
posted by T.Sasaki at 20:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする