日本の漁業が崩壊する本当の理由 片野歩

世界中で魚類資源が増えているのに、日本だけが減っている。
この現実を、恥ずかしいと思うべきである。

日本の漁業が崩壊する本当の理由.jpg

すべての漁協組合長、理事、参事、そして、任意の漁業団体の会長以下すべての役員たちは、この本を読むべきだ。
読みたくないならば、「日本の漁師は大バカものだ」を参照すること。
これを認識できないならば、役職に就く資格はない!

2017年11月11日

君が若いなら、社会保険!

こんばんは。

毎年、いか釣りで新潟へ行っているが、何年も行っていると、自然に友だちができるものだ。
その中の一人は、同じ9.7トン型で、小型底曳きをやっている。
近年、新潟沖でも、変わった魚が獲れたりするそうだ。
どこでも同じ現象なのだが、漁船数も減っている。
しかし、その分、資源が増加傾向にあるのかな、とも言っていた。

彼は、10トン未満でも、最近になって社会保険に加入し、船を動かしている、という。
つまり、法人組織にしたわけだ。
尊敬する。

10トン未満は、船員保険の対象外だから、非常に不利である。
元々、10トン未満の船は、制度上、家族経営が基本とされる階層の船であるらしい。
だから、健康保険は国保であり、飽くまで、家族以外の人間を雇用するようにはなっていない。
労災保険も、強制ではなく、任意加入となっているのは、そのためだと思う。
社会保険になれば、国民年金ではなく、厚生年金だから、老後の手当ては雲泥の差である。
小型漁船には、少しハードルは高いかもしれない。

私は、もう、50歳も過ぎても細君ももてず、私のことを性的障害者とレッテルを貼る人もいる。
飲むと、平気でバカにする人がいるくらいだ。
スルーしないと喧嘩になるだろう。
そんな私の環境では、今さら、社会保険を掛けても、遅すぎる。
逆に考えれば、若い人が小型漁船で起業し、乗組員に歩合金を払えるくらいの水揚げがあるならば、会社組織にして、社会保険に加入すべきである。
そのほうが、乗組員のためにもなるし、自分のためにもなる。

なぜ、こんなに、社会保険制度が複雑なのだろう。
いっそのこと、これらの保険に加入できないくらいの経営能力しかない人なら、自分で事業をすべきでない、と判定するような価値基準を、みんなが持ったほうがいいと思う。
そうすれば、いちいち複雑な制度は必要なくなるし、老後、微々たる国民年金で暮らさなければならない、という不安もなくなる。

そうでなかったら、逆に、すべて、厚生年金などをすべて国民年金にし、老後は自分で考えよ、と。
なおかつ、すべて国民健康保険にし、3割負担。
労災も、すべて3割負担。

そうだ。
労災は、負担ゼロだから、ずるい人間は、治らないふりをして、いつまでも病院にいるのかもしれない。
特に、綺麗な看護婦さんがいる場合はそうかも(笑)。

バカな話になったが、若くして起業したら、社会保険に入ったほうがいい。
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2017年11月10日

高校時代の私(ドラゴン桜の続き)

再び。

小学、中学と、私は、いくらか勉強ができた。
同級生たちは、たぶん否定しない。
家で勉強したことはなく、宿題もほぼ授業の終わりに全部やった。

私は非常に純粋だったから、工業高校に入って、いろいろな発明をして、社会の役に立ちたい、と思っていた。
だから、志望校は宮古工業高校だった。
しかし、親が許さなかった。

親の希望は宮古高校であり、市内随一の進学校。
工業高校に入るくらいだったら、さらに上の大学を目指し、そこで、工学系の学科へ入るのが筋である。
私は、考えが幼稚だったのである。
しかし、親の考えは、そうではなく、ただ単に、見栄だったのではないか、と私は疑っている。

宮古高校に入学した私は、ヨット部に入ったが、当時の3年生がちょっと暗い雰囲気であったのがあまりいい気がしなかった。
それは、活躍した同級生の女子も言っていたことでもある。
そんなこともあり、辞めようと先生に相談しに行ったら、先生が引きとめてくれた。

その後、3年生が引退した夏季合宿が転機となる。
先輩である2年生が、解放的な人たちであり(男2人しかいなかった。常に女子と一緒に練習するから、本当に先輩は2人しかいなかった)、1年生の話もよく聞いてくれた。
その頃から、ヨットは面白いと思った。
実際に、のめり込んでしまうほど面白い(かな?)

熱中しすぎて、あまりにも学業の成績が悪かった。
後から聞いたのだが、入学時、私は360人中50番で入ったらしい。
1年生の期末で、150番。
これには親もカンカンで、「2年の最初の校内実力テストで、50番以内に入らないと、ヨット部をやめさせる」という約束が、先生とかわされた。
ヨットを続けたい私は、真面目に勉強し、何とか30番くらいになった。
先生からは、「やればできるんじゃないか。よかったな、ヨットを辞めなくて」と褒められたが、談判された先生のほうが、安心したと思う。
私より。
それからは、成績があまり下がらないように、テキトーに勉強し、3年生までヨットを続けた。

インターハイが終わったら、思う存分勉強しよう、と思っていたが、そうはうまくいかない。
ドラゴン桜」で書いたように、「学ぶ面白さより、金儲けのために押し売りされた面白さへと、傾倒する」のである。
友だちと街をブラブラしたり、つまらないことに興味をもって遊んで歩いたり。
尻に火がついたのは、11月に入ってから。
ある試験で、得意科目である数学が、まるっきりダメだったから。
得意科目がダメなら、ほかの科目はもっとダメに決まっている。
そこで意を決して、「共通一次試験までは、絶対にテレビを見ない」。

本当に年末年始もテレビを見ずに受験勉強した。
共通一次試験(今のセンター試験)はマークシート方式であり、得意の数学で、マークする問題の欄を一つ間違えて書いてしまい、その下は、つまり全部ずれた。
終わる直前に気がついて、全部書き直し、それがちゃんと機械で認識されたかどうか不安だった。
書き直した部分は正解だったので、不安は、それのみ。
国語と英語は、まるっきりダメであったが、そのハンデを覆すだけの理系科目と社会でかなり点数を稼いだので、入学した学科の成績は、2番だったらしい。

今思うのだが、「ドラゴン桜」流に勉強に熱中すれば、岩手大学よりは、もう少しマシな大学に入れたと思う。
でも、たぶん、入ってからが問題だったと思うから、やっぱり、これで良かったのだろう。
斉藤徳美先生や研究室の仲間とも出会えたことだし。

「あの時、こうしていれば・・・」という場合の数は、たくさん考えられるが、「ドラゴン桜」を読むと、その場合の数は、無限になる。
遊ぶのは、大人になってからでいい。
子どもの時分より、大人になってからのほうが、遊びのレパートリーも広がる。
したがって、子ども時代の遊びなど時間の無駄であり、勉強して、東大を目指すべきである。
「ドラゴン桜」に、「東大に入ってから遊べ」とは書いてないが、東大に入らないよりは、東大に入ったほうが、いろいろな可能性は広がる、ということは書いてある。

つまり、勉強しないよりは、勉強したほうが、人生の選択肢や未来への可能性は広がる、ということだ。
posted by T.Sasaki at 20:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ドラゴン桜

こんばんは。

「最近のコメント」で、私の学歴コンプレックスを指摘されたことに関連して、「ドラゴン桜」に話題を振ることにする。

マンガ「ドラゴン桜」は、私の青春時代にはなかった。
2003年から連載が始まっているから、それは、私がとんでもなく忙しい時期であり、知らない。
しかし、私の同世代か、それより下の世代が、何らかの形で、「ドラゴン桜」を読み、高校生の子どもを持つ頃にあたる。
私が「ドラゴン桜」を知ったきっかけは、ラジオだったか、テレビだったか忘れたが、「ドラゴン桜を読んで、子どもを東大に入れた」という話を聞いたから。

今年、八戸で、台風休みで暇だったから、マンガ喫茶だったか、そんな店で、念願の「ドラゴン桜」を少し読んだ。
なるほど、面白かった。

熱い!

私の甥っ子や姪っ子に読ませるために、つい、全巻、買ってしまった(笑)。
そして、今、少しずつ、私も読んでいる。
21巻もあるから、普通の読書より疲れるような気がして、1日1巻と決めている。
若い時は、マンガなど一気に読破したが、今は、疲れて途中で読む気が失せる。
なぜか、マンガを読むのは、疲れるのである。

このマンガは、いろいろなものが詰まっている。
学歴社会のトップに君臨する人間への嫌味を、読み方によっては感じるだろう。
私のいう嫌味と同じようなものだから、面白いと、私は思うのかもしれない。

小学校のうちは、ほぼ人間の気持ちは純粋だと思う。
それが、中学になって、いろいろなことに感化され、より面白いと思うものへと感情が流される。
例えば、ゲームやスマホ。
勉強どころではない。
学ぶ面白さより、金儲けのために押し売りされた面白さへと、傾倒する。
ここが、子どもやその親たちの試練である。
誰もが、ここで、学歴社会の分岐点に立つのである。

ドラゴン桜は、そこを暗に指摘している。
posted by T.Sasaki at 19:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月09日

糖質制限について

こんばんは。

このブログで、以前、がんと闘病する際、糖質は大敵だと紹介した。
さらに、デブの元は、糖質だということも紹介した。
いちいちリンクを貼るのは面倒くさいので、検索してください。
いつか貼るかもしれないけど。

しかし、世の中では、糖質制限は良くないという主張も、少なからずあるようだ。
両方あると、私たちのような素人は、どちらが本当なのか、どちらを信じたらいいのか迷ってしまう。
私も、このブログで書いたものだから、「本当はどっちよ」と叫びたくなったりするが、私は、糖質制限が正しいと思う。

日常生活で、普通、ご飯にしろ、パンにしろ、嫌でも食べている。
その他、機会があれば、ラーメン、うどん、そば、と、糖質に出会わないほうが珍しいくらいだ。
そして、10時や3時に一服(休憩時間)には、お菓子や果糖ぶどう糖液糖の入った飲み物をご馳走になったりする。
これでは、糖質制限を意識しないと、デブになる一方である。

私はデブではない。
しかし、腹の皮は、若い時に比べれば、明らかに厚みを増している。
私の父は、腹がデブである。
現役を退く前から、甘いものが大好物であり、1日に、お菓子を1袋あけるのは普通のことだった。
引退しても、同じ調子で食べているから、いくらご飯を減らしても太るわけだ。
このままでは、デブ過ぎて、自分の足で自重を支えきれない可能性があるから、私は、父を戒め始めた。
寝たきりになったら、たまったものではない。

人間の体を構成するのは、たんぱく質である。
これと最低限度の糖質を摂取すれば、人間は、デブにならずに生きていける。
糖質は魅力的だから、できるだけ制限する方向で摂取すべきだ。
だから、最近、美味しい米や美味しいパン、その他には、最近、宣伝する側に、悪意すら感じてしまう。
そんなに、私たちをデブにしたいのか!
どうせなら、高タンパク、低糖質の美味しい食べ物を、宣伝してほしい。

医者にも文句を言いたくなる。
ちょっと話は変わるが、父は、薬をいろいろと処方される。
私は、騙されている部分があると思う。
似たような効能のある薬を、なぜ二つも処方されるのか。
「これ、おかしいんじゃないの?」と言っても、信者たちは、医者を信じる。
ところが、新しく処方された薬の効きが良すぎて、副作用が出て、日常生活に不都合が生じてくると、その処方に疑いを持ち始めるのだ。
今、父は、その薬を半分しか飲まない。
医者は、個人差など考えないで、ほぼ「この程度でいいかな」と薬を出すのだろう。
あとは、患者がそれに対し、不満を訴えるかどうかにかかっている。
過剰な投薬は、百害あって一利なし。
そんなことは、医者自身わかっている。

薬のデパートみたいに、食後にたくさんの薬を飲む人を知っている。
私は、例のごとく、「お医者さん、ヤブじゃないの?」と言うと、信者は怒る。
そんなものだ。
一つの投薬で、副作用が出る場合がある。
過剰だと、それは顕著であるから、患者は、ここが具合が悪い、と言う。
今度は、それを改善するために、新たな投薬をする。
訴えた症状は緩和されたが、次は、その投薬によって、新たな副作用が出て、それを患者は訴える。
医者は、さらに薬を処方する。
これが、薬で儲ける方法である。
医者たちが、この儲ける構造を知らないわけがないだろう。
だから、たくさんの薬を処方する医者は、正直ではないと思う。

薬は儲かると思う。
病院のそばの薬局へ行くと、店舗の割りに、従業員にの数が多いと思わないだろうか?
ほぼ、暇な人が多い。
暇と言ったら悪いから、余裕がある、と言っておくか。

先日、コンビニのことを書いたが、あのように、競争の激しい業界は、従業員に余裕はない。
コンビニだけではない。
競争の激しい業界は、手を動かしなら、常に次の作業のことを考えていなければならないのだ。
それぐらいやらないと、コスト競争はできない(一人あたり、かつ、単位時間あたりの作業量を増やすということ)。
それから見れば、薬局の従業員は、非常にのんびりしている。

糖質制限の話から、薬局の悪口になってしまったが、話を戻す。
なぜか、医者も薬剤師も、「糖質制限したほうがいいんじゃないの?」とは言わない。
「痩せなさい」とは言うが、具体的に言わない。
国民にデブのままでいてもらったほうが都合がいいのだろう。
この辺にずるさがある。
私が「糖質制限しなさい」というのと、医者が「糖質制限しなさい」というのでは、患者に対し、効き目が違う。
私が言ったって聞かないけれど、医者が言えば、信者は聞く(笑)。
医者は、この性質を多いに利用すべきである。

お〜、我ながら、いい提言だ(笑)。

前にも書いたが、デブになるのは、簡単である。
脂質と糖質をたくさん摂取し、頭を使わない、体を動かさない。
これでオッケー。
だから、デブにならないようにするには、これを逆にすればいいだけの話なのだ。

日常生活をしている中で、自分を取り巻く人々を見て、本当にそう思う。
「オレ、そんなに食べてないよ」という人でも、私に比べれば、やっぱり驚くほど食べている。
「水を飲んでも太る」という人もいるが、それはウソだと思う。

悪いことは言わない。
デブは足に来る。
年をとれば、足のけがは致命的であり、私の祖母は、それで寝たきりになった。
母はその面倒をずっと見た。
ボケた祖母は、最後は、嫁である私の母を、娘だと思って他界した。
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2017年11月06日

インド人が金を好きな理由

さらに再び。

中国とインドは、金(ゴールド)購入の世界一を争っているのだそうだ。
中国は、急成長の成金であり、しかも見栄をはる民族だから、そうなのだろう。
しかし、インドは、少し事情が違うらしい。
インド人が金を好きな理由を、少しわかった気がする。
引用する。

ゴールドは家族の愛の証
新婚家庭に女の子が生まれると、親はいつか嫁いでいく娘のために、コツコツとゴールドを蓄えはじめます。かわいい娘にできるだけたくさんのゴールドを持たせてやりたいという親心です。インドでは、かつては女性の地位や権利が認められず、土地や家屋などの不動産を相続することができませんでした。嫁入り時の持参財は、その代償。財産の生前分与と考えられます。
親からもらったゴールドは、いざという時の助けになりますが、よほどのことがない限り換金しないと言います。そして自分に子どもができた時、親がしてくれたの同じようにまたコツコツをはじめ、もらったゴールドと一緒に子どもへと受け継がれていくのです。

有事に人を救ったゴールド
インドは、29の州と7つの直轄地からなる連邦国家です。長い歴史の中で、外からの異民族侵入や各地の諸王国が分立する状況が繰り返されました。ヒンディー語が公用語とされていますが、地域ごとに言語が異なります。16世紀に統一王朝としてムガル朝が成立してからも各地で争いが絶えず、19世紀にはイギリスの支配下に置かれました。
王が代わり、為政者が代われば、貨幣の価値も変わります。独立後には凄まじいインフレも何度か経験しました。でもどんなに政治情勢が変わろうとも、ゴールドの価値が失われることはなかったのです。そのことがインドの人の身に染みついているのでしょう。
「1947年にインドがパキスタンと分離独立する前、私の両親はパキスタン側の地域に住んでいました。でもヒンドゥーとイスラムを強制的に分けようとしたことで暴動や虐殺が起こり、その地を追われました。家も土地も商売もみんな捨てて逃げるしかなかった・・・。生き延びることができたのは、その時、母が身につけていた金のおかげなのです」
({PATU46」p3〜p5)


都合にいいように引用したが、さらに、続けて、都合のいいように引用する(笑)。
先ほどのはインドだが、これは、日本人の話である。

結婚する際に1オンスの金貨のネックレスを渡しました。これだけあれば、国内ならどこからでも自宅へ帰れるお金になるので、非常用のお金になると考えての贈り物でした(50代・男性)
(「PATU46」p10)

こういう懐の深い男にめぐり逢えた女は、幸せなんだろう。
中身は知らないが・・・。

真似してみたいけど、相手が・・・(笑)。
posted by T.Sasaki at 21:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コンビニオーナーを救え!

再び、こんばんは。

今や、地元の零細商店を駆逐した感じのあるコンビニであるが、そのオーナーたちも苦労しているようだ。
引用する。
現実は厳しい。

「毎日、廃棄弁当食べています」というキャッチコピーで話題の新書『コンビニ店長の残酷日記』(小学館)。コンビニオーナーは悲惨というイメージが、世間にはありますが、実際のところはどうなのでしょう?
 何と言っても気になるのは、儲かるかどうかです。1日の売り上げが約50万円だと、粗利は15万程度。そこから上納金34%〜43%・バイト代・光熱費・廃棄ロス・万引き(内引き)などが引かれ、年中人手不足なので求人費用などもかかります。意外と知られていないのが、コンビニコーヒーで使われるミルク、包装おしぼり、おでんのカラシなどの無料提供品。これらも実はオーナーが身銭を切っています。あって当たり前になったトイレですが、トイレットペーパーや石けんなどの消耗品、破損時の修理も店の負担です。
 それでも売り上げが伸びれば、儲けも順調に増えるでしょう。1店舗が成功すると、本部は地域を独占しようと、直営店の投入など集中的に出店するドミナント戦略を採ります。一定地域を独占すれば、配達の効率も上がるので本部としては当然の施策です。が、個人経営のオーナーにしてみれば、客の取り合いになるので死活問題。たまったものではありません。それならばと無理をして、数店舗を経営するオーナーもいるようですが・・・。
(「ラジオライフ」2017年10月号p45)


つまり、コンビニオーナーは、コンビニ本部の道具になっているに過ぎない。
本部は、とにかく売り上げが大きくなれば規模の経済で潤うわけであり、末端のコンビニオーナーや消費者のことを考えているわけではないのだ。
たぶん、「売り上げ次第でオーナーは儲かりますよ。頑張って〜」と言われるのだろうが、行く末は、見えてしまっている。
かわいそうだ。

おでんのカラシは、家で食べない納豆のカラシを使おう!
私は、納豆のカラシを冷蔵庫に入れておき、煮しめを食べる時に使っている。
みんなもそうしよう。
おしぼりなんて、あんなの無くてもよい。
コーヒーはブラックのみ。
砂糖やミルクなど、デブの元。

地元の商店が無くなった現在、コンビニオーナーにも、幸せを。

(漁師のほうが、楽だと思うのだが)
posted by T.Sasaki at 21:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

現在は無職みたいなもの

こんばんは。

もう私は、いか釣りを切り上げて、鮭延縄の準備もほぼ終わったが、鮭も獲れていないので、現在、無職の状態である。
今年のいか釣りの乗組員は、昨年から決定していて、信頼のおける人物からの紹介だったので、安心していた。
私より10歳も年上だが、しっかりした人だった。
来年は、彼のおじさんの船を手伝うから、もう乗れないと。
だから、さっそく心当たりのある人に声を掛けたら、「OK」ということで、来年もいか釣りに関しては安泰である。

なぜ、切り上げたか、というと、乗組員に対する配慮である。
もともと、鮭延縄には乗らない予定だったので、どこで漁を切るかがポイントであった。
月給30万円で、あとは、歩合給がどれだけ付くかが、乗組員の楽しみ。
10月の時点で、すでに、商売として成り立つかどうか疑問符のつく水揚げしかなく、もちろん、10月以降、歩合給など、つく見通しもない。
それならパッと切り上げて、数十万でも持たせて里に返したほうがいい。
これは、理に適っていると思う。
漁に見込みのない時、パッと切り上げれば、その結果、魚類資源は増えるのだから。

彼が帰る時、「ご覧の通り、不漁だったから、小遣い銭程度しか当たらないよ」と言ったら、「わかってるよ」と。
しかし、計算してみたら、意外にも歩合金があった。
彼は、里に帰っても、じっとしている人間ではないので、すでに仕事をしていると思う。
仕事なんて、選ばなければ、いくらでもある。
私としては、1年いっぱい乗ってほしいのだが、彼は地元の人間ではなく、青森の人間だから、彼なりの都合があるのだろう。
それでも、近年雇った乗組員にしては珍しく、最後まで乗ってくれてよかったと思う。

私が経営するようになってから、1年間に船を動かした日数の最も多い年で、185日である。
近年は160日前後であり、1年の半分は、休業状態なのである。
慣れてしまえば、こんな楽な職業があるだろうか。
と、いつも思うのである。

これほど魚類資源が少なくなると、「もうやめてもいいかなあ」と思ったりするのだが、昨年やった一人操業もできなくもない。
一人でやったって、船の維持経費のほかに、生活費や年金ぐらいは払えるだろう。
少なくとも、いか釣りに関しては、日本海であろうと、太平洋であろうと、たぶんできるのではないか、と思っている。
posted by T.Sasaki at 20:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月23日

時化のもやいのとり方

再び。

今日の宮古湾は、北寄りの台風風もあって、波高し。
港へ何度か行って、もやい綱の効き具合を見てきたが、一応、役に立っていた。
今回の台風は、超大型、というから、マジメにこしらえておいた台風用のもやいセットを使った。

大きなうねりがある場合、単純に、太いロープを使うとか、ロープの本数を増やすとか、そんなことでは、良くはない。
船自身に「ガツンガツン」と堪えるから。
この表現は、わかる人にはわかると思う。
つまり、クッションが必要だということ。

ロープに加わる衝撃が強いと、それ自身が、切れる可能性もある。
だから、もやいの元に、古タイヤを使う。
岸壁や船でタイヤが使われているのは、そのためである。

もし、タイヤがない場合、どうしたら良いのか?

太いロープと細いロープ、つまり、丈夫なロープと伸縮性のあるロープの両方を使う。
丈夫なロープは最後の砦だが、伸縮性のあるロープは、クッションの役目である。
クッション役のロープが伸びていった時に、丈夫なロープが張るように設計して、係船するのである。
下撚りの強いものほど、ロープに伸縮性があるが、さつま加工(スプライス?って言ったけかなあ。あちら語で)がやりにくい。
しかし、下撚りの強いロープは、弱いものより、ロープの強度も強い(漁師以外の人は、何書いているかわからないかも)。

これは、昔から伝えられている、時化の時の係船もやいの知恵である。
そして、この「強弱」の利用は、沖合で操業する時の道具にも応用される。
posted by T.Sasaki at 21:49| Comment(0) | 漁業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自民党は、選挙上手だ

こんばんは。

今日、台風で、船を見回りに行って来ては、ぼーっとテレビを見ていた。
選挙一色で、あーだこーだとテレビは言っている。
その中で、小泉の息子さんが、希望の小池東京都知事に感謝している、と言っていたことが報じられていた。
ネットで検索したら、あった。

http://www.sanspo.com/geino/news/20171010/pol17101015340010-n1.html(「SANSPO.COM」)

この中で、「3つ目は、選挙目当てでいろいろやっても有権者は見抜くということ。ありがとう」とある。
しかし、これは違うと思う。
野党のゴタゴタに乗じて、解散を仕掛けたのが、安倍総理だ。
あのタイミングでの選挙は、不意打ちだから、選挙目当てなのは、明らかに自民党だったのだ。
それに対し、野党はみんな解散に対して、反発した。
ゴタゴタの中、準備どころではない。
急場しのぎの民進党党首の妙案から、小池都知事が、つい、本音(だろうなあ)を漏らした。

「排除」

こういうのは、日本人だけでなく、世界中の人が嫌うだろう。
まあ、「希望」小池の自滅としか言いようがない。

結果は、自民党の安泰で、まあ、そんなものだろう。
若い人たちが、保守好きみたいだから、かもしれない。

それでいいのかい?

と言った人が、電波芸者と昔いわれたことのある田原総一郎である。
で、前にブックマークしておいたはずが消滅しているので、いいリンクを見つけた。
掲示板形式で、コメントが少し書かれてある。
冷やかしがほとんどみたいだが、これを書いているのが若者だとしたら、まあ、そんなものか、と思うしかない。
田原や私たちは、どうせ先に死ぬんだから、あとは、若い人たちで考えればいい。
自民党は、何なのか、ということを、田原は言おうとしているのに、話が、強い日本から戦争に行ってしまっている。
言葉尻だけ捉えるのではなく、もうちょっと、全体を読んでほしいと思う。
本当は、若者たちには、「先代のツケを残すな」という一言でも言ってもらいたいのだが。

http://u1sokuhou.ldblog.jp/archives/50500435.html(「U-1速報」)


コメント欄に、元気のいい?若者から、「学歴コンプレックスをこじらせてますなあ」という、有難くないような有難いようなコメントいただいた。
学歴コンプレックスにもいろいろあると思うが、私の場合、「君たちは頭がいいんだから、もう少し、マシな政策を考えたら?」と嫌味を言いたくなる、というものだ。
つまり、「マジメにやれよな」と。
これが、コンプレックスというなら、そうかもしれない。

日本の国を動かしているのは、政治家をうまく使っている官僚たちである。
専門的で面倒な計画は、たくさんいる政治家のうち、半分もわかっていないのではないか。
「頭のいい先生なら、ご理解いただけると思います」と一言口ぞえされれば、選挙が終わってふんぞり返り始める政治家は、わからないくせに「わかった」というのだろう。
官僚の肥大化は、増税であり、国民の税負担を軽くするために、彼ら自身から、身内を減らす策を講じることはない。
こういうことを書いている本は、枚挙にいとまがない。
だから、自由勢力(減税勢力)vs.民主勢力(増税勢力)の対立軸は必要なのであり、官僚を引き締めるのは、国民の負担を軽くしようとする自由勢力の政治家の役割である。
自由勢力が皆無であるから、日本は、いずれ、先進国に先駆けて、財政破綻するかもしれない。
危機感がなく、今のままでいい、という若者が、ずっと自民党に投票するならば、彼らは支持を得られたと思い、どんどん財政支出を増やすだろう。
最後は、後の世代に、そのツケが回っていくというのに。

まあ、若い人たちは、そこを考えて、うまくやりなさい。
と嫌味を書いておく。

私の学歴コンプレックスは、嫌味を書いて解消することにしよう(笑)。
posted by T.Sasaki at 21:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月21日

日本の政治家は、半分でいい

今夜も三度目。

衆議院議員選挙の真っ最中であるが、たぶん、みなさんは、国会議員たちにがっかりさせられていると思う。
今後も期待しないほうがいいかもしれない。
とても、国の将来のことなど考えているとは思えない。
配信されるニュースを読んでいると、嫌でもそう感じる。

「希望の党」に、なだれ込んだ民進党議員たちは、情勢が悪くなると、今度は希望を見限ったりする。
彼らに主義などないのだろう。
これなら、もう「希望の党」に希望はない。
もともと、「希望の党」は、安倍自民党のエラーを指摘しているのみで、主義や政策に、決定的な違いがあるわけではない。
二大政党といっても、小沢が目指した二大政党とは、全く違う。
その点、立憲民主党のほうがわかりやすい。
これは、あきらかに自由勢力との対立軸にあるからだ。
立憲民主党に勢いがあるのは、ある意味、救いである。
日本の有権者に、まだ、判断能力がある、と思う。

「希望の党」の「内部留保課税」、これは、とんでもない政策だ。

http://toyokeizai.net/articles/amp/192702(「東洋経済オンラインhttp://toyokeizai.net/list/welcome

記事にあるとおりだが、「希望の党」は、ちょっと考えたほうがいい。
私ならば、労働者との利益配分を是正せよ、と提言するのだが。
内部留保をやりすぎても、労働者には、その分、賃金が少なくなるから、あまりいいものではない。
景気がよければ、企業は、賃金を上げるし、設備投資も大きくする。
内部留保は、いわば保険みたいなものだから、この規模がどれくらいがいいのか、それは、私にはわからない。
今でも、自分のやっている小型船の事業で、数値化できない。
私は、こういうカネの問題が苦手であるから、内部留保をどれくらい持っていればいいのか、判断できない。
しかし、「希望の党」や国会議員たちは、頭がいいのだから、それくらいのことは考えているはずなのである。

もしかして、考えていないかもしれないが。

考えていないと言えば、自分の無駄な発言の後のことを考えていない議員もいる。
彼は、議員の資質がない。

http://news.livedoor.com/lite/article_detail_amp/13776863/

岩手3区で立候補している小沢一郎へ投票する人は、「脳がおかしい」のだそうだ。
選挙中にこんな発言をする連中が国会議員なのだから、議員など、半分でいい。

小沢一郎の二大政党制の夢は、潰えた、と言っていいだろう。
彼は、「自由勢力 vs. 民主勢力」を作りたかった。
自民党の分裂である。
自由民主党などという、どっち勢力も混ざった政党は、非常にわかりにくい。
それに比べ、頑張って仕事をやり税金を払う側と、一方、福祉主義、平等主義など、税金をたくさん必要とする側とを、対立軸とし、前者を自由勢力、後者を民主勢力、として、政党を作り直したほうがよかった。
これが、たぶん、小沢一郎の夢だった。
彼の「日本列島改造計画」を読めば、その夢がわかる。
私が津波で流した本だが、彼は、本の冒頭から、自己責任について、記していたはずだ。
彼は、だから、「自由党」と作ったのであって、それがうまくいかなかった。
二大政党が彼の夢であるのに変わりはなく、だから、自分の主義とは違う民主党を作った。
最後は、孤軍奮闘し、結局、「自由党」で終わった。

彼は、あまりに傲慢だから、みんなに嫌われ、一人ぼっちになった。
私も、自民党時代の小沢一郎は大嫌いだった。

しかし、彼の二大政党制は、国民に対し、わかりやすい対立軸の提示であったと思う。
私の小沢一郎論は、これに尽きる。

傲慢な分、わかりやすい政治家であったと思うし、わかりやすい分、他のライバル政治家やアメリカ政界から、簡単に陥れられたのだと思う。

その点から言えば、安倍も小池も、非常にわかりにくい。
立憲民主党や社民党、共産党のほうがわかりやすい。
わかりやすいが、私とは主義が違う。
維新など、名前自体から悪い。
自民党は、もっと嫌いだ。
あの政党は、漁師の敵である。
彼らの現政策は、魚類資源を減らす方向へと導いている。

では、何がいいか、って?

何もいいのがない。
posted by T.Sasaki at 20:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする