日本の漁業が崩壊する本当の理由 片野歩

世界中で魚類資源が増えているのに、日本だけが減っている。
この現実を、恥ずかしいと思うべきである。

日本の漁業が崩壊する本当の理由.jpg

すべての漁協組合長、理事、参事、そして、任意の漁業団体の会長以下すべての役員たちは、この本を読むべきだ。
読みたくないならば、「日本の漁師は大バカものだ」を参照すること。
これを認識できないならば、役職に就く資格はない!

2024年04月21日

メモる 29

ふたたび、こんばんは。

普通の人間として必要なもの」で、旭川の凄惨ないじめ事件に触れたが、この事件は、精神科で処方された薬も関係しているようだ。
発達障害という診断もいいことではなく、これも“作られた”障害ということか。

 旭川医大の医師が爽彩さんの死体検案書の傷病名に、服用薬に基づき「統合失調症」と記載していたことが報道されており、抗精神病薬を死の間際まで常用していたことは疑いない。
 爽彩さんは抗精神病薬によって体調と感覚過敏が悪化していることを夢にも疑っていなかったはずだ。報告書全文に目を通した精神科医の野田正彰氏は「爽彩さんの苦しさは、明らかに薬の投与によって進行していたことが疑われる。第三者委員会には精神科医も入っているのに、なぜ薬の副作用に言及しないのか、不思議で仕方がない」と話した。
(中略)
 爽彩さんに発達障害の烙印を押して苦しませた教育行政の責任、自殺念慮・自殺企図を悪化させるリスクが指摘されている抗精神病薬を、体調不良や希死念慮を繰り返し訴えていた爽彩さんに漫然と投与し続けた精神医療の責任を検討する姿勢はみじんも見えない。そればかりか、重要な論点を提起する多くの事実を黒塗りで覆い隠すのはなぜなのか。不可解この上ない。
 前出の石川氏は発達障害の正体を「大部分は、人為淘汰が生み出した社会現象」(前掲書)と端的に指摘する。子どもの個性を、「病気」「障害」のレッテルの下に抗精神病薬の力で無理やり抑え込む「人為淘汰」は社会の側の都合による理不尽な暴力でしかない。爽彩さんは「人為淘汰」を黙認する社会の暴力による犠牲者である。
(「紙の爆弾」2024年5月号p26)

 
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日本は巨大な逆断層の活断層地帯である

こんばんは。

近年、あちこちで大きな地震が起こっている。
先日は、四国で震度6弱の地震があり、伊方原発の心配をしたが、今のところ、「発電機出力が約2%低下した」程度で何ともないという。

https://www.asahi.com/articles/ASS4K7RSNS4KULBH00ZM.html(「朝日新聞デジタル」)

原発の中でも、軟弱地盤に建てられていると言われるのが、浜岡原発と柏崎原発。
実際に、柏崎原発は、2007年7月に起きた中越沖地震で、敷地内で地割れや陥没が起きており、液状化現象も発生している。

https://www.shomin-law.com/katudoukashiwazakichuetsuoki.html(「庶民の弁護士 伊東良徳のサイト」)

浜岡原発も軟弱地盤の上に立地しており、さらに津波で冷却水の取水口が塞がれるのではないかと疑われている。

https://www.takajo-law.com/disaster/page-907/(「鷹匠法律事務所」)

しかし、軟弱地盤に建てられている原発は、まだまだある。
鹿児島県の川内原発と石川県の志賀原発もそう。(※1)
まるで軟弱地盤をねらって、原発を建てているようなものである。
原発の配管類が破壊されたら、福島原発のような事故は免れない。

2008年に起きた岩手・宮城内陸地震の際には、大規模地すべりが起きて、山が崩壊している。

https://www.ffpri.affrc.go.jp/research/dept/04soil-water/2008_disaster/2008_disaster_rep.html(「森林総合研究所」)

あるはずの山が無くなったのだ。
これには、誰もがショックを受けたことだろう。
一番最初に考えるのは、軟弱地盤上の原発は大丈夫なのだろうか、と。

そもそも、日本に巨大地震が発生しない地域というのが、存在するのだろうか。
これに関して、広瀬隆氏が、日本の地震に関する学問は間違っている、と指摘している。(※2)
日本は、太平洋プレートの沈み込みの上にあるから、大きな逆断層上にあると言える。
常に押される力を受けているのだ。
したがって、活断層以外の岩盤でも亀裂が入る可能性があり、そこが破壊されれば、地震となる。
だから、大地震の可能性のないと言われる所でも、大地震が発生するのだ。
このようなプレート境界上にある地域は、原発立地として、絶対的に不向きである。

伊方原発裁判では、「具体的な危険あるとは認められない」と運転差し止めを却下した。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240307/k10014381811000.html(「NHKニュース」)

日本最大の中央構造線という断層付近の原発を、絶対に安全である、とやったのだ。
この裁判官たちは、アホである。

余談になるが、裁判所というのは、アホの集まりではないか、と思われる判決を下すことが多々あるようだ。
仙台筋弛緩剤事件は、冤罪である。
当時の報道から「コイツ、とんでもない奴だ」と思ったが、とんでもないのは、警察や裁判官たちであった。
再審請求も却下されている。

https://www.saishin-enzai.net/incident/002.html(「再審・えん罪事件全国連絡会」)

この事件は、事件そのものが存在しない。
服役している守大助さんは、非常にかわいそうだ。
人生をこのアホな裁判官たちに台無しにされたのだ。

https://square.umin.ac.jp/massie-tmd/morienzai.html(「どちらかというとお医者さん向けのページ

このほかにも検索すれば、この裁判の判決は、医学的に無理がある、というものがヒットする。
裁判官たちの無能さをさらけだした、恥ずかしい判例である。



(※1)
 鹿児島県の九州電力川内原発では、地盤が軟弱で、掘るたびに硬い部分と柔らかい部分が交互に出てきました。これはサンドウィッチ構造といって、審査を通らないと判断した現場では、ボーリング中にあらかじめ番号なしの硬いサンプルを「貯金」と名付けてとっておき、柔らかいサンプルが出てきた場合に、それと差し替えたのです。
 九州電力は「そんなことができるはずはない」と反論しました。しかし、現地で実際にボーリングの作業をした人が国会に参考人として呼ばれ、「私がやった。昔やっていた」と証言して、バレてしまったのです。
 これで九州電力は、ついにその事実を認めたものの、「差し替えはしたが、測定結果には違いがない」と主張して、川内原発は建設されてしまいました。
 コアを差し替えて、結果が同じであるはずはありません。ところが科学技術庁は軽い警告を出しただけで、地質調査は審査を通過して、川内原発は二基が現在も運転中なのです。
(中略)
能登原発も川内原発と同じく、硬い部分と柔らかい部分が交互になっており、地震の一撃で崩壊する最も危険なサンドウィッチ構造の地盤でした。
 地質調査の偽データを作ってまでして原子力発電所を建設し、運転を開始してしまったのです。
 志賀や川内に限らず、日本の全ての原発はこうして建設されているのです。調査を請け負っているのは御用学者で金をもらった人間です。
(「紙の爆弾」2024年5月号p48)

(※2)
11年の東日本大震災はマグニチュード9.0。震源地は海底でも、陸上での最大加速度は2933ガルと、とてつもない揺れでした。これに対して能登半島地震の最大加速度は、テレビも新聞もほとんど報じませんでしたが、2828ガル。東日本大震災とほとんど変わらない数値です。
 16年4月には日本最大の活断層である中央構造線を動かした熊本大地震が起きました。地震発生確率がほぼ0%だと予測されていた地域です。その2年後の18年には北海道胆振東部地震が起きました。これも日本の地震学者が全く予測できなかった震源でした。
 なぜ予測が外れるのか?「活断層の有無」と「地震の周期性」だけで予測しているからです。こうした予測は、南海トラフ地震のように大昔から周期的に発生してきた巨大地震で、ほんの参考になるものにすぎません。日本の地震学そのものが間違っているのです。
 たとえば、08年6月14日の岩手・宮城内陸地震では上下動が3866ガルを記録。これは史上最大の加速度です。ところがこの震源地には活断層が存在しません。
 地震は無数のプレートが動いたなどと学者は偉そうに言います。けれども、動くのはプレートだけではない。無数の大きな断層が生まれ、日本列島ができたのですから、日本列島の全土が活断層の塊なのです。
(「紙の爆弾」2024年5月号p44)



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2024年04月19日

過剰反応じゃないのかね

ふたたび、こんばんは。

静岡県の川勝知事が辞職した。
県庁というのは別の言葉で言うとシンクタンクです。毎日野菜を売ったり、牛の世話をしたり物を作ったりとかと違って、基本的に皆さんは頭脳・知性の高い方たちです」が原因らしい。

https://www3.nhk.or.jp/lnews/shizuoka/20240405/3030023500.html(「NHKニュース」)

私も、頭脳や知性が高い方たちだと思っている。
だから、「もっとしっかりした仕事しろよ!」と言うのである。
捉え方もいろいろだろうが、過剰反応をマスコミが煽っているように思う。

これは、リニア新幹線という裏があってのことだろう。
リニア新幹線は利便性が悪く、当初から赤字が指摘されていて、シミュレーションしても赤字が確定的である。(※)
電力は4倍も食うし、トンネルばっかりで、まずビジネス以外では、乗客数は増えることはない。

https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/298412(「東スポWEB」)

静岡県にとって何のメリットもなく、逆に、水源が脅かされるのだから、川勝知事は反対したのだ。
メリットを無理やり出すとしたら、浜岡原発の再稼動か。

第二東海道新幹線建設を阻止するために、JR東海はリニア新幹線を作るのだ、という深読みをする人もいる。

https://kansai-sanpo.com/jr-tokai-linear/(「関西散歩ブログ」)

このブログによると、リニアの輸出面でも、単体で赤字になってしまうから、絶望的としている。
リニア新幹線は、費用を回収できず、かつ、エネルギーを余計に食うシロモノなのである。



(※)
 小冊子の内容をなぞるようかのように川勝知事は、名古屋までの部分開業で赤字垂れ流しを招く可能性が高く、現行リニア計画が破綻するという悪夢の近未来図を示してみせたのだ。「リニア全線開業後、『のぞみ中心』から『こだまとひかり中心』のダイヤになるだろうと(岸田首相は)言っている。東京‐名古屋間の部分開業は27年、東京‐大阪間の全線開業は10年後の37年で、JR東海は『まず東京から名古屋まで開業して、体力”をつけて、お金を貯めて、それで大阪に延伸していく計画』と言っている。しかし27年に(名古屋まで)開業した時に、のぞみからリニアにどれくらいが移るのか、よく考えてください」
 川勝知事も小冊子も同様、名古屋までの部分開業時における「東海道新幹線の停車頻度の増加」の程度(実現性)を疑問視。大阪全線開業までの10年間、ドル箱路線”の東京から大阪に行く場合のリニア乗車率は、東京と名古屋での乗り換えの煩雑さから「非常に少ない」と予想、大赤字になると見ているのだ。
「名古屋までリニアで行って東海道新幹線に乗り換えて大阪まで行く乗客は、東京駅から(リニア始発駅の)品川駅まで山手線で移動する(所要時間13分)。ラッシュ時間は立ったままでしょう。山手線の品川駅は陸側、リニア新駅は海側で、しかも地下50メートル。(乗り換え時間は)10分はかかるでしょう。リニアの名古屋駅も地下50メートルです」(川勝知事)
 現行リニア計画の致命的欠陥が浮き彫りになる。名古屋までの部分開業で赤字垂れ流しを招き、JR東海の経営状況がかえって悪化するおそれがあるのだ。静岡県民のメリットも絵に描いた餅となるのは言うまでもない。
 乗換えの煩雑さから名古屋部分開業時の名古屋部分開業時のリニア乗車率(のぞみからリニアへの移行率)が非常に低ければ、既存の東海道新幹線・のぞみ本数の減少率も微々たるものにとどまり、当然、静岡県内に停車するひかりやこだまの本数も現在と大差ないことになるからだ。
 斎藤鉄夫国交相に続いて岸田首相も、需要予測調査で東海道新幹線の停車頻度が増加するというニンジン”を指し示して、「静岡県民の益に反する川勝知事」という悪玉論を広めることで切り崩そうとしたのだろう。
 しかし、23年秋に公表されたシミュレーション結果では、リニアのメリットは微々たるものにすぎず、現行リニア計画のズサンさ、ひいてはJR東海の経営危機リスクが際立つ羽目に陥ったのである。
 岸田首相は需要予測という切り札を持って川勝知事に斬り込んだつもりだったかもしれないが、逆に墓穴を掘ったようにしか見えないのだ。
 シミュレーション結果によれば、名古屋部分開業でリニアに乗り換える乗客は限定的で、既存の東海道新幹線のダイヤ増は1.1倍にすぎなかった。この程度の増加では大赤字確実で、リニアの大阪までの全線開通は絵空事にすぎないことが明白となった。川勝知事の予測は的中したわけだ。
(「紙の爆弾」2024年5月号p32)


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網張温泉

こんばんは。

宮古のいさだ船団はまだ操業中なのに、網張温泉に行ってきた。
何と不謹慎な!

私のNo.1は松川温泉峡雲荘だが、あいにく大工事をするというので休館中。
そこで、学生時代に、スキー帰りに寄った網張温泉に行ってみようと。
ほとんど忘れていて、小岩井農場を抜けて、こんな山ん中だっけ?
岩手山が噴火すれば埋まってしまいそうで、噴火しないうちに楽しまないと。

休暇村岩手網張温泉

ここには、宿の中に2つの湯があって、西側から「大釈の湯」、「白泉の湯」。
外にも「薬師の湯」というのがあって、歩いて橋を渡る。

ゆのさわおおはし.JPG

そのほかにも、「仙女の湯」というのがあって、ここは閉鎖中。
まだ早かった。

どれも源泉は同じなのだが、私の感覚では、一番いいのは、最も東寄りにある外の日帰り温泉館「薬師の湯」が一番いい。
逆に、最も西側にある「大釈の湯」は、浴槽の温度も低く、泉質も劣るような気がした。
どの湯にも、休暇村に泊まれば、入ることができる。

宿の窓からは、雫石盆地が見える。

雫石盆地.JPG

若い頃、箱根から静岡側を見たとき、景色の良さに感動したが、ここにも、そういう趣があると思う。
遠くには、盛岡の街並みが見える。

遠くに見える盛岡の街並み.JPG

ご飯は、夕飯も朝飯もビュッフェ方式で、好きなものを好きなだけ食える。
特に、私みたいにプーファ・フリーをやっていると、これは大歓迎。
オメガ3やオメガ6で揚げたものなどは忌避できて、飽和脂肪酸の牛肉ステーキに大根おろしをそえて、もう満腹。
岩手3大麺もあった。
大して体にいいものではないが、じゃじゃあ麺など、口いっぱいほうばった(笑)。
選択性の高いビュッフェ方式は、悪くない。
ちゃんと、岩泉ヨーグルトも準備してあった。
不満は、フルーツが少ないこと。
フルーツの糖質は、最大級に体にいいのに。

夕飯で箸を落としてしまったが、3秒ルール適用でそのまま使おうとしたら、外国人の給仕さんが新しい箸をもってきてくれた。
彼、合格!
機嫌よくなって、もう一杯!

満足して帰路に着くが、途中、有名な一本桜に寄る。
まだ咲き始めで、天候も霞がち。
写真写りが悪い。

一本桜.JPG

ここに、一人の初老の男がいて、東京から来たのだとか。
生まれは大船渡という。
少しばかり話をして帰ろうとしたら、雫石まで乗っけていってくれ、と懇願された。
片手には缶チューハイを持っていて、「朝っぱらから、幸せな奴め!」と思いつつ、「しかたがねえなあ」と。
酔っ払っているから、近い駅がどこかわからないのだろう。
小岩井駅に下ろして、あとは、バイバイ。
盛岡で冷麺を食って、帰る。

休暇村岩手網張温泉、悪くない。

posted by T.Sasaki at 16:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 観光・絶景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年04月17日

「黙って見てられない」

3回目。

 中村哲さんは、今から40年前の1984年5月、パキスタンのペシャワールに赴任している。
私がまだ大学生だった頃で、この偉人が遠い外国で活動し始めたことなど、知る由もない。
彼の人生に比べると、私は何をやってきたのか、さっぱりわからない。
魚を獲って、そして、誰よりも獲りたい、と頑張った。
ただそれだけだ。

その後、いろいろな本と出会い、中村哲さんの生き方を知り、ショックだった3.11津波を経験した。
数年前、やはり私と同じく、魚を誰よりも獲りたいと頑張った、あの頑丈な父が寝たきりになってしまった。
あんなに頑張り、私を頑張らせた結果が、これだ。
何なのだ?
これを機会に、自分は今後、どう振る舞って行ったらいいのだろう、と私は考えるようになっている。

前にも書いたかもしれないが、通常、医師になると、よほどヘマでもしない限り、飯を食うには困らない。
中村さんは、アフガニスタンの惨状を知り、薬よりも、人間が生きるには、まず、水、そして栄養(食べ物)だ、という考えから、用水路などを作る灌漑事業をやり始めた。
日本政府から何の支援もなく、自分で重機を動かし、土木事業を始めた。
世界中の医者で、こんな人を探しても、なかなかいないだろう。
ノーベル平和賞をもらっていないのが、不思議なくらいである。

中村哲医師の著書のアーカイブがペシャワール会報に載っていて、その中に、日本のホタルをペシャワールで見た話が書かれてある。
日本を懐かしがる話なのだが、「子供の家事手伝いが美徳、かつ日常だったころである」と、昔の日本を思い出している。(※)
家事手伝い、というより、忙しい人を手伝う、という習慣は、社会人になってから非常に役に立つ。
これには、「黙って見てられない」という心意気が前提になる。
中村医師のアフガニスタンに緑を作ろうという行動は、「黙って見てられない」という心意気から起こったものだろう。
もしかしたら、彼の文章に、こういう深い意味が込められていたのかもしれない。

余談になるが、「薬より水、食べ物」という考えは、ワクチン接種の前に、まずは、免疫力の要である糖質の正常な摂取を、と主張する崎谷博征先生に通じる。
人間の身体にとって、最も重要なものは何か、という考えに至らない医師は、みんなヤブだ。
先日、病院のお世話になっておきながら、医師たちをヤブ扱いするのもおかしい話だが、診察の際、先生の説明を興味深く聞くようにしている(私を診た若い医師は、たぶんヤブではない)。
質問して、ロクな回答をできないような医師は、まずヤブである。



(※)
ペシャワールのホタル   中村哲
 私の少年時代の夢は一山を所有して、虫たちと暮らすことだった。これはわがファーブル先生の影響である。その後いろんなことがあって夢は実現せず、虫の観察はどれもこれも中途半端に終わって、モノにならなかった。虫は大好きだが、いまだド素人に近い。それでも興味だけは残っていて、自然が身近にある限り退屈しない。
 ペシャワールでホタルを見たときの感激が忘れられない。ゲンジボタルの幼虫は清流に棲むから、あんな酷暑の砂漠にはいないと決めつけてした。赴任して5年後のある夏の夜、庭に出ていると、ハエのようなものが数匹、空中を漂うように舞っている。それが穏やかに点滅して光る。
 ライトのせいだと思ったが、いかにもホタルらしく見えるので、これも一興、日本の思い出でも嗅ごうかと近寄り、どんな虫か見ようとした。ところが仰天、まさしくホタルではないか。
 正確な同定はしていないが、おそらくヘイケボタルか、その近種である。日本の同種は泥水の中にもいて、幼虫は陸に棲む。おそらく庭に流れる排水溝で発生したものらしい。人間は見ようとするものだけしか見えない。その後気をつけていると、いわるわいるわ、おかげで暑い夏夜の退屈しのぎが増えた。
 日本でホタルが消えていったのは、1960年代の前半。全昆虫たちがあっという間に日本から激減した。私が少年時代、夏の夜は電灯の下にいるだけで、さまざまな昆虫たちが家に飛んできた。虫たちの夜の饗宴は消灯まで続き、カナブンなどのコガネムシ類がブーンと音立てて電灯をめぐり、カンカンとぶつかる光景はご記憶の方も多いだろう。私は眠るのが惜しかった。当時は蚊帳をつって、窓を開けっ放しにして眠っていたから、今考えると治安も各段によかった。田植え、稲刈り、菜種の収穫時は数日休校、手伝いを学校が奨励した。農家の子は長く休みが貰えたので、羨ましかった。子供の家事手伝いが美徳、かつ日常だったころである。虫たちへの郷愁は、これらのおおらかな社会事情と分かちがたい。しかし、異国のホタルで日本を懐古するのは、いくぶんつらいものがある。
(「ペシャワール会報 No.159 p22)
posted by T.Sasaki at 16:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

気候変動の主因は、人為的なものではない

ふたたび、こんにちは。

日本で起こっている気候変動は、もちろん、世界中で起こっている。
その原因として、二酸化炭素犯人説が主流を占めているが、これに異を唱える先生たちがたくさんいる。

http://takahata521.livedoor.blog/archives/16066524.html(「メモ・独り言のblog」)

地球で起こっている温暖化は、何と!太陽系全体で起こっている。
これをどう説明したらいいのか?
単純に、太陽の勢力が強くなっている、という考えでいいのではないか。

https://earthreview.net/planets-in-the-solar-system-are-warming/(「地球の記録」)

化石燃料に依存する社会は、日本にとって、エネルギー属国を意味する。
だから、エネルギーの化石燃料脱却は、必須である。
しかし、世界の化石燃料供給が切迫しない限り、急ぐ必要もない。
気候変動は、人為的な問題よりも、宇宙的な問題だからである。
その点、電動化を急がず、トヨタのハイブリッド戦略は正しかった。

しかし、私たち漁業者にとって、海の酸性化の原因である二酸化炭素の充満は、いいものではない。
ここで少々の朗報である。
厄介者の二酸化炭素を、カーボン・ナノファイバーにする技術が開発されたという。
しかも、リサイクルも容易であるという。

https://karapaia.com/archives/52328750.html(「カラパイア」)

ありがたい。

温暖化を異常に心配する人へ。
200万年前の北極圏は、今よりも10℃以上気温は高かった。
それでも、大丈夫、生物は生き残ってきた。

https://karapaia.com/archives/52318443.html(「カラパイア」)

この「カラパイア」には、気候変動に関する面白い記事がある。
地球が滅びるのは、太陽に依存し、あと10億年後だと推定されている。

https://karapaia.com/archives/52318305.html(「カラパイア」)

10億年は、長い。
数年後には、白人優越主義を、撃退してほしい。
そうすれば、少しは、地球も穏やかになるだろう。
posted by T.Sasaki at 11:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

タリバンは、話せばわかる人たち

こんにちは。

私たち日本人は、西側”の人間と言われる。
したがって、圧倒的多数の西側”の報道を信じるだろう。
しかし、西側報道のウソを、かなりの部分あばかれ、鵜呑みにする人も少なくなっているのではないか。
アフガニスタンのタリバン政権についても、相当の恣意性をもって、西側は報道しているように思う。(※1)

アフガニスタンの荒廃した土地に緑を作った中村哲さんは、世界に誇れる日本人である。
彼が殉職したのは、日本でも大々的に報道された。
私は、ペシャワール会の会員になったばかりで、よくわからないのだが、中村哲医師はPMS(ピース・ジャパン・メディカルサービス)という組織を作り、中村医師の死後も、医療活動や灌漑水利事業などを継続している。
ペシャワール会は、もともと中村医師のパキスタンでの医療活動支援のために、1983年9月に結成された組織であり、PMSも支援している。
アフガニスタンで、ふたたびタリバンが政権を担うようになってから、西側は経済制裁で足並みを揃え、日本も参加させられている。
その中で、タリバン以前のアフガニスタン政府の姿が浮かび上がってくる。
マフィアの存在である。
それでも、原理主義のタリバンのほうが、マフィアよりも強いようだ。
PMSや現地住民たちに言わせれば、マフィアよりも、タリバンのほうが歓迎されている。
灌漑事業などに対する現地住民の自立を促すPMSの活動で、それがわかってきた。(※2)
日本からの支援金が断たれて、灌漑事業継続の資金を捻出するために、用水路周辺の樹木を伐採し売却しはじめた。
幸いにも、植えられている樹木は再生が早い。
これらの植樹も、中村医師の功績である。

ところが、伐採で、問題が起きた。
伐採は禁じられているのだから、処罰される。
「せっかく緑が増えているのに、伐採するとは何事か」という話は、正しい。
しかし、灌漑事業の資金捻出のため、伐採せざるを得ない状況になっているのだ。
水がなければ、緑は育たない。
おそらくは、そういう説明がタリバン側へなされ、解決に至ったのだろう。
中村医師によると、タリバンは「話せばわかる人たち」だそうだ。(※3)

世界で起きている気候変動は、もちろんアフガニスタンにも干ばつをもたらす。
伐採せざるを得ない状況を作った西側に、責任の一端がある。
本当のところ、西側は、アフガニスタンの現地のことなど、どうでもいいのである。
白人の金儲けとメンツ。
白人優越主義しか頭にない連中なのだから。
(前出ニーチェによると、その根源となるローマ教会が最も悪い)



(※1)
 ペシャワール会は2022年12月に12年ぶりのアフガン訪問を果たし、その後5回の訪問が実現しました。PMS支援室メンバーは通算して、1年間のうち6ヵ月近くを現地での活動に従事したことになります。タリバン政権が2021年に復活し、戦闘が無くなり、治安が改善したことが、訪問できるようになったことの背景にあります。これが日本で報道されるアフガニスタンと実際に訪問して感じるアフガニスタンとの差異です。
(「ペシャワール会報 No.159 p2)

(※2)
 この問題を解決するヒントが2021年8月の政変時にありました。経済制裁が課せられ日本からの送金が不可能となったので、PMSでは資金を捻出するため用水路周辺や農場の周りに飢えられた柳やユーカリを伐採、木材や薪として売却しました。中村先生が進めた植樹は現在では百万本をゆうに超え、緑のトンネルが出来るほどになっています。また、ユーカリや柳は伐採しても再生が早いので、誇張して言うならエンドレスに換金できるのです。
 そこでPMSの提案は、@堰に関してはPMSが無償で補修を行い、Aそれにかかる重機のレンタル料等は、住民が用水路周辺に植えられた樹木を売って支払い、B用水路や護岸の補修工事については流域住民たちが行う、というものです。
 現タリバン暫定政権は国民に植樹を奨励する一方で、許可なしの樹木の伐採と土地の利用を固く禁じています。
 2021年8月15日の早朝7時、タリバンはジャララバードのPMS事務所のドアを叩き、土地の使用許可書、建物の使用目的、活動の内容などを取り調べました。PMSだけではなく全国全ての住宅、店舗、事務所等の調査を行い、土地の所有権利書や使用許可書を持たない建物については国土の借用とみなし、賃借料の支払いを命じたのです。
 PMSの職員たちはこの規則を歓迎しました。というのも、前政権時に、カシマバード用水路のすぐ脇に鉄筋コンクリートの家の建設が始まったことがあります。PMSと村人は苦情を申したてたものの聞き入れられず、灌漑局に陳情しましたが、「土地マフィア」による建設とわかると、政府の役人は怖がって対応しませんでした。タリバン政権になると、そのマフィアは早々に逃走したのです。
 今後PMSとしては、灌漑局や農薬局等と話し合い、樹木伐採の承認を得られることを願っています。
(「ペシャワール会報」No.158 p6)

(※3)
PMS支援室より
 本文で報告した樹木の伐採については、PMSは苦い経験と希望を持っている。タリバン政権に経済制裁が科せられたため、ペシャワール会は送金出来ない、また現地PMSは銀行から資金が引き出せない状況が続いた。今では引き出しに制限があるものの解決の道が見つかり全活動が通常通りに進められているが、一時は診療所の薬が買えず職員の給料も数ヵ月にわたって支払えなかった。そこでPMSは立派に成長していた用水路周辺や農場周りの樹木を売り、資金を捻出していた。
 ある日、責任者がガンベリ農場の奥で伐採作業をしている時、タリバン兵が来て責任者を逮捕するという。状況を察した職員が責任者にはジア医師の元へすぐに戻るように伝え、一方で近くのミラーン事務所で働くイスラム僧のムッラーハビブを呼んだ。僧の説明は効果があるだろうと期待したのである。しかし、ムッラーは拘束されてしまった。その時のジア医師の動きも早かったが逮捕の噂はすぐに広まり、シェイワやベスード、シギ村の長老たちが中村先生とPMSがこの地にもらたらした恩恵を説明し、ムッラーはすぐに解放された。
 中村先生が「話せばわかる人たち」と教えてくれた事を思い出す。今では伐採が必要になると農業灌漑局に理由を述べ作業をスムーズに行っていっる。
(前掲 p24)



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2024年04月13日

カレンダーの教え 3

3回目。

説教カレンダーの3月は、次のように説教していた。

失敗から何も学ばなければそれは本当の意味での失敗となる

たいていは、失敗した時、なぜ失敗したのか、その原因を考える。
いさだ漁をやっていたが、思ったように網に入らないと、なぜ入らなかったのか、真剣に考える。
どの船頭もそうだろう。
考えない船頭は、とっくの昔に辞めている。
が、毎年、早く切り上げてしまう悪いくせを考えない私は、まだ船頭をやっている(笑)。

今夜のニーチェを書いた時点で、「老害」に登場するボロ住職のことを思い出した。
あんなボロ住職の言うことなんか、商売上の口上に過ぎない。
仏なんてものは、彼ら仏教界の人間たちが作ったもので、死んだら、灰になって、何も残らないのだ。
死骸はやがて自然界で巡回して、菌類その他の栄養成分になるだけだ。
アホらし!

喉の痛みを自分で治せなかった」で書いたように、もし、食道がんで死んでしまうことになったら、あのボロ住職の祈りに屈することになる。
そうなったら、非常に悔しい。
でも、そうならなかった。
老害を振りまく寺の住職に負けられない!
あっかんべー!

なぜ、あんなボロ住職が辞めないか、というと、私のように、誰も彼に意見しないから。
彼は、あの極小の声でお経を読んで、誰も文句を言わないから自分のやらかしている失敗を認知することがない。
だから何も考えず、「これでいいんだ」と勘違いする。
あのボロ住職は、一生の間、失敗を経験していないのかもしれない、あるいは、認知していないのかもしれない。
そうでなかったら、いつまでもやっているわけがない。
ニーチェみたいに敏感ではなく、非常に鈍感なのだ。
私は、あのボロ住職に、カレンダーが教えてくれた説教文句を、そっくりそのまま贈りたい(笑)。

失敗から何も学ばなければそれは本当の意味での失敗となる

posted by T.Sasaki at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自分の運命を愛せよ

ふたたび、こんばんは。

ニーチェ、最終回、たぶん。

ニーチェは、ローマ教の偽善を見抜いて糾弾したが、それだけではない。
どういうように人間は生きていくのか、という問いを自ら重ね、「永劫回帰」という考えに至った。
ニーチェ自身が病弱で、何度も体の調子が悪くなったり、良くなったりの繰り返し。
天才であるから、ズバっと意見すれば叩かれ、ローマ教会から攻撃され、それでも支援する人もいるから、自分を取り巻く情勢も、良くなったり悪くなったりの繰り返し。
だから、永劫回帰から逃れられない、という結論に達した。(※1)
彼は、永劫回帰を受け入れ、それを克服する方向へと進む。
それが「運命愛」であり、幸であれ不幸であれ、自分の運命を受け入れ、生きて行こうではないか、となる。(※2)

運命愛を受け入れる態度というのは、どうやら、不幸を前提としているようだ。
「にもかかわらず」という考えからは、社会生物学のハンディキャップ理論を思い出すが、彼の場合、これが人生だったか。よし、よかろう。それなら、もう一度味わおう!」ということになる。(※3)

弱者は神に救われる、というローマ教の戯言を否定したニーチェは、もう人間は、何かあっても、神のせいにはできない、と考える。
つまり、人間自身、自分自身の責任で生きていく、と。
それが、健全なのだ、と。(※4)

彼は、若い頃、ギリシア思想に感化され、ローマ教会が求めた「忍従と我慢と謙虚さ」なんてものより、もっと気楽に楽しく生きよう、と考えた。
そのために、LGBTをやったり、共同生活を試したり、いろいろとやった。
いろいろとやったし、勉強もやったし、一所懸命に考えることもやった。
人生なんてものは、宗教の規定するものなど、どうでもよく、自分の思ったとおり生きていけば、それでいい。
失敗は、永劫回帰と考え、できれば、次に同じ失敗をしないように、自分の責任で考える。
病弱な彼の人生は、激しかったのだろう、と想像される。

副島先生が「ニーチェに学ぶ 奴隷をやめて反逆せよ!」を出版してから、弟子の藤森かよこさんが、ニーチェに関するシリーズを3冊の本を出している。

「馬鹿ブス貧乏で生きるしかないあなたに愛をこめて書いたので読んでください」
「馬鹿ブス貧乏な私たちが生きる新世界無秩序の愛と性」
「ニーチェのふんどし いい子ぶりっ子の超偽善社会に備える」

誰の迷惑にもならない程度に、好きなように生きなさい。
ということのようだ。
これの裏は、もちろん、「奴隷になるな!」がある。
飽くまで、日本人を含むアジア人、アフリカ人をもてあそぶ白人優越主義者らの魂胆を見抜け、なのだ。



(※1)
 温泉地のマリエンバートと、スイスの保養地シルス・マリア(サン・モリッツのさらに山の中のほとり)で、ニーチェに新しい着想が湧きあがる。よい処だ。彼はこのシルス=マリアで新たに生きる勇気を得た。ニーチェはペーター・ガストに秘かに大きな思想の構想を書き送った。これが「ツァラトゥストラ」の原型だった。ここの山の湖で突然ニーチェを襲ったのは、「人生は気づいたら、同じことが何百回も繰り返されている。その場面に人間は出会い続ける」という思想だ。これが「永劫回帰」の思想だ。ドイツ語でEwige Wiederkunftという。この言葉をそろそろ皆で覚えましょう。だからこの「永劫回帰」は「己の運命を愛せよ」という「運命愛」という思想とセットである。
 永遠には、「二つの永遠」がある。ひとつは、無限で直線でどこまでも続く。もうひとつは円環である。円環しているとグルグルといつまでも回る。キリスト教は天地創造から世界の終末までを直線だとする。このとき「永遠」とは、直線の始まりと終わりとする。この動きの繰り返しだ。それに対してニーチェが尊敬するギリシア人たちは円環だった、と思いついた。ニーチェはこの後者の思考こそは素晴らしいものだ、と考えた。これはギリシア人の考えを再び受容することではなくて、同じことの永劫回帰(永遠の繰り返し)が突然彼に見えたのだ。この「同じことの永遠の回帰」は、そこから逃れることができない苦痛のニヒリズムとして本当に恐ろしいものである。自分の病気がまさしくこれだ。しかし、同時に、あるがままの自分の生を英雄的に受け容れ肯定することが崇高なのである。能動的ニヒリズムと、いきることの絶対的肯定は、ニーチェの場合、反ローマ教会の思想と常に対をなしている。
 だから、1880年1月の重い苦痛の日に、前出したマルヴィーダ・フォン・マイゼンブーク女史に次のように手紙を書いている。「この苦痛がどんなに苦しくても、私は私がはっきりと分かった自分の生について、偽りの証言をしません」。のちに有名になったニーチェの、“それにもかかわらず!”dennochの断乎たる精神は、彼が破壊的なアフォリスム(箴言)を世間に向けて投げつけることでこのとき表れたのだ。「それにもかかわらず」とは、「それでもなお、私はローマ・カトリック教会(が作って人類に押しつけたキリスト教)の奴隷の思想と闘う」、ということだ。
(「ニーチェに学ぶ 奴隷をやめて反逆せよ!」p253)

(※2)
1882年6月、ニーチェは母のナウムブルクの家から、5冊目の本の初稿ゲラをヴェネチアのペータ・ガストに送った。ヴェネチアにニーチェの本を出してくれる出版社があって印刷機があった。これが『悦ばしき知識』という本である。
 この本でニーチェは、ペシミズム(悲観主義、弱者の思想)を克服することに本気になった。ここで「運命愛」(amor fati)という言葉を打ち出した。運命への愛。自分の苦しい運命を自ら引き受けること。たとえどれほどの苦痛があろうとも自分の生を肯定することだ。それは打算的で計算づくの生き方の範囲をさらに超えることだ。生(生きること)の肯定は、イギリス人(ジョン・ロック)が考えるような、「幸せの総計は苦痛の総計を上回ることで合理的に根拠づけられる」のではない。生の肯定は、人間の厳しい「決意」によるものである。世の中が自分を悪しざまに扱ったからといって、自分の人生を罵り自傷するのは、間違っている。それは不自由で卑しい、奴隷の人間の徴である。自由で誇り高く、勇敢な人間は、たとえ、愛も信頼もなくしたときでさえ、自分の人生を愛し、信じる。したがって、ペシミズムとニヒリズムを克服することは、思想の課題ではなく、ひとりひとりの人間の問題である。ニーチェはひとりひとりの人間の価値を、その人がもつ道徳心の高さから測定(評価)することをしなかった。そうではなくて、その人が自分の人生にもつ「アモール・ファーティ(運命愛)」の能力で評価した。「こんなに苦しくても、それでもなお、自分は今のこの人生を生きる!」と言い切ることができる者、自分の人生を前に踏み進むことができる者のみが、永劫回帰にも耐えることができる。
 人々はこのような(ニーチェの運命愛の)態度を「宗教的」と呼ぶだろう。なぜなら、信心深い人は、世間が示す悪意ぐらいでは、自分の信仰心が揺れることはないからだ。しかし、ニーチェの己の運命への愛という新しい信仰には、宗教につきものの啓示(天から降りてくるもの)が欠けていた。だから本当は、ニーチェは自分の運命への愛を言うとき「信仰」のように話そうとしなかった。
(前掲書262)

(※3)
『ツァラトゥストラ』の核心に「権力への意志」、「超人」、「運命愛」、「同じことの永劫回帰」の思想がある。これらの考えには、ニヒリズムそのものの強い肯定がある。そして、その上でこのニヒリズムからさらに強いものとしてニヒリズムそのものの克服が同時に表現されている。
 永劫回帰(永遠に同じ経験に立ち戻りそれを繰り返す)の思想は、人生は果てしない苦しみだ、と考える者にとって、驚くべき発見である。この発見の恐ろしさそのものに自ら勇敢に耐えるべきだ、とする。自分の運命に耐えることがニヒリズムの克服の最初の一歩だ。ツァラトゥストラが要求するのは、そんな忍耐を遥かに超えるほど残酷なものだ。ツァラトゥストラが要求するのは、「それにもかかわらず」の思想である。すなわち、圧倒的苦痛にもかかわらず、それでもその苦しみを受け入れる運命への愛である。その魂はこう叫ぶ。「これが人生だったか。よし、よかろう。それなら、もう一度味わおう!」
(前掲書p270)

(※4)
「超人」の思想とは、道徳を否定する芸術作品の中で生きる天才の姿だ。社会ダーウィニズム(強者が生き、弱者は滅ぶ)的な「自然淘汰」(ナチュラル・セレクション)の肯定だとも理解される。すなわち、「弱い者は滅びてしまえ。強い者だけが生き延びるのだ」と。「神は死んだ」とニーチェは書いた(前ページ参照)。「神が決めるものではない。人間が決めるのだ」と宣言して出現した(オーギュスト・コントが創始した)ポジティヴィズムpositivismが、1822年に出現していた。このことで、「人類は神の殺害者だ」(神を葬り去った)となった。この時に、人間が存在することの目的は、人間自身の責任になった。もう神のせいにはできない。神の支配を拒絶した人間は、以後、自分自身を上に超えて高まらなければならなくなった。ニーチェの場合、この「上昇」(より上を目指すこと)が重要である。ニーチェは、魂の向上、上昇を常に追い求める。ニーチェという敏感で、病弱な人間が、燃えるような情熱を抱いて、精神と生命が結びついている「健全な人間」の像を追求する。
(前掲書p273)


posted by T.Sasaki at 20:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

漁運丸が切り上げれば大漁になる

こんばんは。

木曜日に皆無食らって、切り上げ。

網のいせ直し.JPG

そしたら今日は大漁で、100万円越えだとか(笑)。
いつも、私が切り上げると大漁なんですよ、このいさだというやつは!
まあ、いつものことなので、乗組員たちも、「いいよ。いいよ」。
何より私自身が一番ダメで、「もう仕事したくない。温泉行きたい」という考えが、頭の中を占めてしまって。
昨年6月に、前沖に帰ってきてからというもの、断続的に漁にあたるものだから、「休もう。休もう」と思っていても、休めない。
ここで休んで、頭を少し冷やそうと考えている。

これには訳があって、最近の金市場が異常。

https://gold.tanaka.co.jp/commodity/souba/d-gold.php(「田中貴金属工業株式会社」)

で、7月に日本で新しい紙幣が出回る予定から、何も起こらなければいいが、と思っているが、この金の急上昇は、何だろう?と。
副島先生によると、この2024年がハイパーインフレ、新円切り換えで要注意だという。
そのインフレ度は、カネの価値が、最大で十分の一になる可能性があるらしい。
つまり、100万円が10万円、1000万円が100万円!
アメリカドルを世界中に刷り散らかしているから、いよいよ、ドルが崩壊し、日本の円に飛び火するのか!

雨風太陽の株をSMBC日興証券で買って、あとはそのままだが、その証券会社からのメールには、アメリカ株に関するセールスが非常に多い。
しかも、NISAを日本の国が推奨しているものだから、これって、日本人のカネをアメリカに貢ぐ構図なのかな、と疑ったりしている。
非常に怪しい。

カネの価値のあるうちに、必要なモノを買って(と言っても買うものもない)、温泉に行ってこよう(笑)。
そして、このまま何も起こらなければ、良しとすればいい。
posted by T.Sasaki at 20:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする